双極の理創造   作:シモツキ

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 ほんの少しですが、前話に加筆を行いますました。しかし十文字前後で流れもほぼ変わらないので、読み返さずとも大丈夫です。


第百四十三話 さよならのデート

 俺は今、ある喫茶店の中にいる。そこは落ち着いた雰囲気のある、THE・喫茶店って感じの店舗で、ありがたい事に窓際の席の確保に成功。

 いい感じに入ってきている冬の日差しに、綺麗なカップとそこに注がれた紅茶。そして、どこを取っても雰囲気が良いと言えるこの喫茶店で、テーブルを挟んで向かいに座っているのは……慧瑠。

 

「どうです先輩。素敵な喫茶店でしょう?まぁ、自分も入るのは初めてなんですけどねー」

 

 レモンティーを一口運び、カップをソーサーに戻した慧瑠は朗らかに言う。その姿は…やっぱり、ただの少女にしか見えない。

 

「…いや、あの…慧瑠……」

「はいはい。自分はいつでも慧瑠ですよ?」

「う、うん…それは知ってる……」

「まぁそうですよねぇ。……あ」

「……?」

「…ごめんなさい先輩、今の嘘です。自分、いつでも慧瑠って訳じゃなかったです」

「…はい?」

 

 けれど、見た目や雰囲気がどれだけ普通だったとしても、慧瑠は魔人だ。人じゃないんだ。…そんな思いが渦巻く中、どういう訳か慧瑠は前言撤回。しかも、続く言葉の意味がまるで分からない。

 

「えぇとですね……あー、やっぱりこの説明は後でいいですか?話すと結構長くなるかもしれないので」

「…ごめん、意味分からな過ぎてこのまま飲み込めっていうのはちょっと…」

「まぁまぁ、飲み込んで下さい。理由まで話すと長くなりますけど、意味自体は単に『前は別の名前で生活していた』ってだけですから」

「あ、あぁそういう事…なら最初からそう言ってよ……」

「すみません、つい流れで返してしまいました」

 

 てへっ、と舌を出す慧瑠。あんまり反省している感はないけど…いつもこんな感じだから気にしない。それに、今の返答で意味も理解出来たしここはこれで良いとする。…訊きたい事、気になる事は、まだまだ沢山あるんだから。

 

「…慧瑠は、何のつもりなの?」

「…何のつもり、とは?」

「俺の前に、こうして姿を現した理由だよ。…どうして?」

「どうしてって…それはさっき言ったじゃないですか。自分は先輩とデートをしに来たんですよ?」

「デートって…慧瑠、俺は真面目に……」

「真面目、ですよ。自分だって、ただからかう為だけに先輩の前に現れたんじゃないんです」

 

 俺が最後まで言う前に、ふっと落ち着いた…それこそ真面目な表情を浮かべて、慧瑠は言う。自分だって、真面目なんだと。…それを聞いた俺は、そう言われた俺は……

 

「…って事は、からかうのも目的の一つだったのか……」

「それはまぁ、折角先輩と会うのに冗談の一つも無しじゃ味気ないですし?」

「あのねぇ…。……俺は、霊装者だよ?」

「えぇ、知ってますよ?」

「さっきだって今だって、攻撃しようと思えば出来るんだよ?」

「それも知っています。けれど先輩はそうしていない。そうする気もない。…そうでしょう?」

 

 真っ直ぐ見つめて言う俺に、慧瑠も真っ直ぐ俺を見つめ返す。全て見透かしているような瞳で、俺の心の中を言い当てる。

 

「…本気、なんだね?慧瑠は…全部」

 

 俺は別に、目を見て心が読めるような人間じゃない。俺が出来るのは、せいぜい「こんな事考えてそうだなぁ」と想像する程度。…だけど、そんな俺でも分かった。慧瑠は…慧瑠の瞳はどこまでも澄んでいて、ふざけていても心の中には真摯な思いがあるんだって。

 

「……分かった。今日は、慧瑠に付き合うよ」

「ありがとうございます、先輩♪」

 

 にこっ、と浮かぶ慧瑠の笑顔。そこには作ってる感じなんて微塵もなくて、本当にただデートをしたかっただけなんじゃ…とすら思えてしまう。

 勿論、真摯な思いがどういうものなのかは分からない。目的もはっきりとはしていない。…でも、そういう疑問は一度頭の隅にでも置いておこうと思う。だって俺は、慧瑠が魔人どうこうじゃなく……俺の知る慧瑠だからこそ、慧瑠が慧瑠である事には変わりないんだって感じたからこそ、付き合おうと思ったんだから。

 

 

 

 

「はー…凄いものですねぇ、映画館って。自分、小さい画面で見ようが大きい画面で見ようが、映像なんて一緒だと思っていました」

「まあ、機材の質とか見る環境が違うからね。後はまぁ、『映画館』っていう場所自体に特別感があるし」

 

 喫茶店を出た俺と慧瑠は、まず映画館へと向かった。何故映画館かというと…それは単に、慧瑠が行ってみたいと言ったから。まぁ、この口振りから考えるに、今見た映画に興味があった…とかじゃなく、映画館そのものが気になってたっぽいけれど。

 

「それに最近は3Dどころか、4Dだの4DXだのもあるからね。俺はどれも興味ないけど」

「そういえばそんなのも書いてありましたね。…そこまで現実味がほしいのなら、現実で体験すればいいものを……」

「いやそれが出来ないから創作物…っていうかフィクション作品はあるんだって。勿論ある程度再現出来たりするものもあるけど」

「まぁ確かにそれもそうですね。さて先輩、今は丁度お昼時ですが…どうです?お腹空いてます?」

「…つまり、次は昼食にしたいと?」

「ふふ、察しが良い先輩は好きですよ〜」

「そりゃどーも。じゃ、どこにする?」

 

 全く響かない告白を軽く流した俺は、近くで食事の出来る場所を思い出す。一番近いのは、ハンバーガー店だけど…曲がりなりにもデートでジャンクフードっていうのはどうだろう…。

 

「先輩は何が食べたいですか?自分はそれでいいですよ?」

「何、って言われてもなぁ…元々今日は家で普通に食べるつもりだったし…」

「何をですか?」

「ん?スパゲッティ」

「ほほぅ、スパゲッティですか…ではそれにしましょう」

 

 という訳で、お昼ご飯はスパゲッティに決定。やけに主体性のない決め方だなぁとは思ったけど…慧瑠を見る限り、俺に遠慮してる感じはない。…食べるものは何でも良くて、それよかさっさと決めてさっさと行きたかった…とか?

 

「…ほんとにいいの?」

「ほんとにいいんです。料理より、先輩と一緒に食べる事の方が楽しみですから」

「……っ…!…そ、そう…」

 

 にこり、と喫茶店の時と同じように…いや、あの時以上に自然な微笑みを浮かべて、そんな事を言ってくる慧瑠。不意打ちのように言われた俺は一瞬どきりとしてしまい、若干声が小さくなりつつ慧瑠の方から目を逸らす。

 

「……?どうしました?」

「な、何でもない……」

 

 逸らした視線の先に回り込んでくる慧瑠から更に目を逸らし、俺は心の中で「落ち着けー、落ち着け俺」と呟きながら歩き出す。

 

「なんですかー、先輩。あ、もしかして漸くデートだった事が恥ずかしくなっちゃいました?」

「ち、違うわ……えぇと…イタリアンのお店の方がいい?それともスパゲッティがあれは普通のレストランとかでも大丈夫?」

「どっちでもいいですよー。強いて言えば、近い方がいいかなぁ…って位です」

 

 相変わらずふわっとしている慧瑠の返答を受けて、俺は近い方であるイタリアンレストランへ。入ってからはこれまた窓際の席に座り、俺はカルボナーラのセットを、慧瑠はミートスパゲッティを選んでまったりと待つ。……うん、魔人とまったり待つとか異常にも程があるけど…気にするな、俺。慧瑠は慧瑠だ。

 

「お待たせしました。こちらがカルボナーラセット、こちらがミートスパゲッティとなります」

「あ、ありがとうございます」

 

 来店から数十分後。俺はまず自分の注文を受け取り、続いてミートスパゲッティも受け取って慧瑠の方へと置き、おしぼりで手を拭いてフォークを持つ。

 頂きます、と手を合わせ、フォークで麺を巻き、ぱくりと一口。その瞬間カルボナーラの濃厚な味とベーコンの程良いしょっぱさが口の中で広がって…はぁ、やっぱりお店の料理は美味いなぁ……。

 

「はふぅ…いいですねぇ、この口の中で広がっていく感覚……」

「…楽しそうだね、慧瑠」

「あ、そう見えます?」

「うん、そう見える。美味しいっていうより、楽しいって感じ」

 

 俺と同じようにスパゲッティを口に運んだ慧瑠は、もごもごしながら愉快そうな表情を浮かべる。

 そしてそういえば、慧瑠と一緒に食事をするのは初めての事。基本生徒会は放課後だから当たり前なんだけど、もっと言ってしまえば慧瑠が食事してる姿を目にするのも初めてで……

 

(…ん……?)

 

 そこでふと、俺はある事が気になった。それは、場合によっては雰囲気を壊すかもしれない疑問で…でも俺からすれば、本当に気になる事。だから俺はちょっとの間だけど考え…口を開く。

 

「……あの、さ…慧瑠…」

「ふぁい?…んっ…なんですか?」

「…魔人も、そうやって食事したりするの…?」

 

 ごくん、と飲み込んだ慧瑠に向けて、半ば伺うように俺は訊く。すると慧瑠は一度目を瞬かせて、フォークを置いて…それからうーん、と腕を組む。

 

「そうですねぇ…魔人というか、自分は偶にしますね」

「偶に…?」

「はい。ご覧の通り、食べる事は普通に出来るんですよ。けど魔物は勿論、魔人だって見た目は人と似ていても、中身は全然違います。なので味や食感を楽しむ事は出来ても、基本栄養摂取には繋がらない…って感じですかねー」

 

 だから自分は娯楽として食べる事もありますが、大概の魔人は興味すらないと思いますよ、と言って慧瑠は締め括る。

 それを聞いて、俺は…正直、残念だった。だって、もし人と同じように食事で栄養を得られるのなら、争う必要はないんじゃないのかって思っていたから。…でも、考えてみればそんなのは端からあり得ない事。だって、もしそうなら…農作物や動物だって、魔物に襲われる筈なんだから。

 

「…そ、っか……」

「…気落ちする事はありませんよ、先輩。だって、先輩が悪い事なんて何にもないじゃないですか」

「そりゃ、そうだけどさ…。…ん?基本的に…?」

 

 確かに魔人や魔物の性質に関して、俺に非なんかある訳ない。でも気落ちしてるのはそういう事じゃなくて…と思ったところで気付いた。慧瑠が、含みのある言い方をしていた事に。でもどうやら、それは俺の考えている事とは違うらしい。

 

「あ、そこは言葉の綾というか、深い意味はないです。自分は他の魔人や魔物の事なんて全然知りませんし、魔人という存在について調べてみた事がある訳でもないので、断言は出来ませんよー、位の気持ちで付けました」

「そ、そうなの…まぁそれもそうか……」

「む、なんですか先輩。自分が友達の少ない奴…今で言うぼっちだとでも思ってたんですか?」

「い、いやそういう訳じゃ…てか、ぼっちはぼっちでしょ。だって一年のとこ探してみたけど、慧瑠を知ってる人なんて全然いなかったぞ?」

「…へぇ。自分の事、探してくれてたんですね」

「うっ……そこは食い付かなくていいの…」

 

 これは良い事を聞いた、とばかりに愉快そうな顔をする慧瑠。まさかこんな反撃をされるとは思っておらず、俺はまたまた目を逸らしてしまう。…俺、よっわ……。

 

「…ま、知らないのは当然ですよ。そういう風にしていたんですから」

「…え?それは、どういう……」

「それよりも先輩、食べるの遅いですよー。まだ自分は色々やりたい事があるんですから、早く食べて下さいね」

「えぇ…ってうわ、もう食べ終わってる…いつの間に……」

 

 何やらはぐらかされた俺だけど、にこにこと無言で急かされちゃったら食べるしかない。ペースを握られっ放しな気もするけど、そっちはほんとどうしようもない。

 

(…てか、綾袮さん達はこの状況をどう見てるんだろう…相手が相手だし、下手に動く事はせず…とかかな……)

 

 出来る範囲で急いで食べる片手間に、協会としての判断について考える。多分俺の動きは誰かしらが気を付けてると思うけど、さっき今日は夜まで出掛けるかも…とメッセージを送った時、「りょーかーい。でも周囲には気を付けてね」なんて驚いてる感じゼロの文面が返ってきたから、正直どう見てるのか分からない。

 けど、綾袮さん達はプロだ。俺よりずっと、俺の想像もつかない領域まで精通してる人達だ。だったら俺も変な事はせず、このまま普通にいた方がいいかもしれない。……そう思って、俺はこの思考に区切りを付けた。…それに、今日一日付き合うって決めたんだし、さ。

 

 

 

 

 食後最初に向かったのは、デパートの洋服店。これにはちょっと驚いた。だって慧瑠は高校のブレザーを着ていて、そこから俺は「慧瑠は服装に無頓着なんだ」と思っていたから。

 

「さぁさぁ先輩。自分に合いそうな服を選んで下さいな。そうしたら自分、なんでも着てあげますよ?」

「え、ほんとに?物凄く恥ずかしい服でも着る?」

「いいですよ?物凄く恥ずかしい服を着ている女の子の隣を歩く自信があるならですけど」

「うっ……しまったそうだった…」

 

 軽快なカウンターにしてやられた俺は、内心でぐぬぬ…とか思いながら店内を見回す。理由は勿論…慧瑠の服を選ぶ為。

 

「…何か、服装の好みとかはある?」

「特にはないですね。というか身も蓋もない事を言うと、服装どころか服そのものにあまり興味ありませんし」

「あそう……ふーむ…」

 

 ほんとに身も蓋もない事を言われた俺は、呆れながらもふと思う。ならなんで今は服着てるのよ、と。

 でも言わない。そりゃ言わないよ。今さっき慧瑠が言った通り、慧瑠の外見は間違いなく女の子のそれだし、俺自身そういう認識でいるんだから。

 

「…結構真面目に考えてくれるんですね」

「ま、適当に決めたら折角着てくれる慧瑠に悪いしね」

「…そういう気持ち、魔人的に好感度高いですよ」

「魔人的にかよ…怖くて全然喜べんわ……」

 

 こんな感じの会話もしながら店内を回る事十数分…か、数十分。俺なりに頭を捻って、どんな服が似合うか考えて、服同士の組み合わせなんかも意識して、遂に俺は着てもらう服一式を決定。若干緊張しつつそれを慧瑠に手渡すと、慧瑠はこくりと頷き試着室の中へ。

 

(…慧瑠が気に入ってくれるといいけど……)

 

 当たり前だけど女の子の服を選ぶなんて初めての経験だし、しかもその相手は元から趣味がよく読めない&実は人ですらなかった慧瑠。だから自信なんて微塵もないけど…もう渡しちゃったんだから後戻りは出来ない。出来るのは待つ事、不快にさせてない事を祈る事だけで……そして数分後、更衣室のカーテンが開く。

 

「お待たせしました、先輩。…どう、ですか…?」

「…おぉ……」

 

 仕切りとなっていたカーテンを開いて、一歩前に出て、いつもより少しだけ自信なさげに俺を見てくる慧瑠。

 暖かそうなクリーム色のパーカーに、髪と瞳の中間の色を想像して選んだシャツワンピース。薄い黒とでも言うべきミニスカートに、純粋な黒のニーハイソックス。良くも悪くも軽快な、慧瑠らしい服装は…というコンセプトの元選択したのがこのチョイスで……はっきり言おう。思った以上に、俺の選んだ服は似合っていた。シンプルに、可愛かった。

 

「おぉってなんですかおおって…」

「あ、わ、悪い……えっと、その…」

「…………」

「……似合ってるよ、慧瑠…」

 

 じぃっ、と見つめてくる慧瑠に恥ずかしさを覚えながらも、「ここで濁したら流石に男らしくねぇ!自分で選んだ服だろうが!」と心の中で鼓舞した俺は、頬を掻きつつそう返答。すると慧瑠は、ぴくっと肩を揺らしながら目を丸くして……それから興奮したように目を輝かせる。

 

「…嬉しいです…自分今、びっくりする位嬉しい気持ちです!」

「え、あ、そう…?なら良かった…」

「いやぁ、服装を褒められるってこんなにも気分の良いものだったんすね。…あ、それともこれは、先輩が選んでくれたから…ですかねぇ?」

「し、知らないよそれは…!てか一々俺弄り繋げようとするの止めてくれる…!?」

 

 言葉通り嬉しそうに喜んでくれて、緊張から解放された俺は一安心。けど冷静に考えてみると、俺はスカートやらニーハイやらまで選んでる訳で……あぁぁ想像したくねぇ!選んでる間、周りはどう見てたんだろうとか考えたくねぇ!

 

「えへへ、すみません先輩。つい気分が乗ってしまって」

「ついってか、今日はいつも以上に弄ってるよね…?」

「それはまぁ、ご愛嬌ですよ。…で、この服ですが…折角ですし、自分今日はこのまま着ていたいと思います」

「…そっか。じゃ、お金払ってくるから一度着替え直してくれる?」

「え…いいんですか?」

「いいのいいの。俺はこういう時、ちゃんと払える男になりたいからね」

 

 遠慮される前に俺は押し切って、慧瑠に更衣室へと戻ってもらう。待ってる間、「あれ?言えばそのままお会計してもらえたんじゃ?」とも思ったけど、まぁ今更言っても余計手間が増えるだけ。だから出てきた慧瑠から一式を受け取って、お会計して、またまた更衣室へ行って……学生服から買いたてほやほやのファッションとなった慧瑠と共に、俺は洋服店を後にする。

 

「〜〜♪」

「…ご機嫌だね」

「えぇ、現在自分は上機嫌です。でも、惜しい事をしましたね先輩」

「惜しい事?」

「忘れたんですか?自分の力を使えば、誰にも怪しまれず、認識すらされずにこの服持ち帰れたんですよ?」

「…え、と…それは冗談で言ってるんだよね…?」

「……?そうですよ?先輩、そういうの好きじゃなさそうですし」

「…そりゃ、好き嫌い以前に窃盗だからね……」

 

 平然と言ってのける慧瑠に対し、肩を竦めながら俺は返答。…でも、正直…今の慧瑠の発言には、複雑な気持ちだった。

 冗談としては、まぁありふれている部類の発言。けど慧瑠からは言葉通り、『俺が好きじゃないからしない』って雰囲気しか伝わってこない。倫理とか、道徳とか…そういう感じの空気感は、微塵もなかった。

 それも当然と言えば当然の事。だってそれは人の倫理や道徳であって、人同士ですら時代や地域でそれ等の捉え方は変わるんだから、人じゃない慧瑠が持ち合わせてなくたって、何もおかしいところはない。…ない、けど……

 

(……いや、止めよう。慧瑠は実際に盗んだ訳じゃないし、俺だって倫理や道徳が完璧な人間なんかじゃないんだから)

 

 軽く髪を揺らすように頭を振るった俺は、何か別の話題に切り替えようと思って周囲を見やる。そして、視線は慧瑠の方へも行って…あれ?と気付く。

 

「…そういえば慧瑠、さっきまで着てたブレザーは…?」

 

 手を後ろで組んでぽてぽてと歩く慧瑠。完全にブレザーはどっかに行ってしまっていて、それを疑問に思った俺。…まさか、置いてきちゃった…?

 

「あぁ…ブレザーは力を服の形にしていただけなので、もう無いですよ」

「え、力って…あの靄みたいな…?」

「それですそれです。靴もそうですし、だから細部は結構雑なんですよ。気付きませんでした?」

「それは…気付かないよ。男の物ならまだしも、女子のブレザーの細部なんて……あ」

「……?」

 

 女子の制服をじろじろ見るような趣味はないからな、的な事を返そうとして、ふと俺はある事を考えてしまう。制服が作ったものなら、下着はどうなんだろうって。下着もそうなのか…或いはそもそも着ていないのかって。で、まぁ……当然の如く、ちょっと頬が熱くなる俺。

 

「…どうかしました?」

「い、いや何でもない…」

「本当ですかー?先輩、頬赤いですよー?」

「何でもないって!そ、それより次は?次はどこ行きたい?」

「誤魔化し方雑ですねぇ…まぁいいです。次は……あ、あそこなんてどうです?」

 

 我ながら雑だという自覚はあったけど、幸い慧瑠はあまり追求したりせず、すぐに次の事へと興味を移してくれる。

 さて、ここに他意はないのか、それとも俺の思考なんかお見通しで、俺を翻弄して遊んでいるのか。そこが全く読めない慧瑠だけど、浮かべているのは本当に楽しそうな明るい笑み。だから…それを見て、俺は思うのだった。慧瑠が楽しめてるなら、まぁいいかな…と。

 

 

 

 

 それからも、色々な場所を回った。アクセサリー店に入ってみたり、パン屋に寄っておやつ代わりに一品ずつ買ったり、カラオケに行って歌ったり…そんな、普通のデートをして慧瑠と過ごした。霊装者も、魔人も、そんなの関係ない一日を。

 

「はー……遊びましたねぇ、今日は…」

 

 沢山の場所を回って、沢山の事をして、最後に来たのは街外れの広い公園。と言っても最終的にここに辿り着いたってだけで、別に目的地にしていた訳じゃない。…というか、あれだな。よく考えたら昼に魔人の事訊いてるし、全く関係ない一日でもなかったわ…。

 

「慧瑠って、結構好奇心旺盛なんだね。意外だったよ」

「そういう訳じゃないですよ。ただ、普段はあまり出歩いたりしないので、色々気になったというのは事実ですね」

「そっか…。…楽しかった?」

「はい、とても。…先輩はどうでした?」

「俺も、凄く楽しかった」

 

 数歩先の位置で振り返った慧瑠に、俺は答える。…これは嘘じゃない。俺は本当に、今日一日楽しかった。

 

「…………」

「…………」

 

 向かい合って、数秒沈黙。俺は慧瑠を見つめて、慧瑠は穏やかな表情を浮かべていて……

 

「…先輩、訊きたい事があるんですよね?自分に…天凛慧瑠という、魔人に」

 

 穏やかな表情のまま、だけど瞳には真面目な雰囲気を灯して、慧瑠は言う。

 その言葉に、俺は頷く。このまま訊かなければ、楽しかったで終われるけど……それは出来ない。俺の心は、納得しない。

 

「…どうして、俺を狙ったの?どうして、普通の人として俺と接していたの?どうして…俺を、殺さなかったの?」

「…順番に、話しましょうか」

 

 目を逸らさずに、俺は訊く。聞いた慧瑠は、一拍を置いて…口を開く。

 

「先輩を狙ったのは、先輩が膨大な霊力量を有しているからです。先輩を殺さなかったのは…殺さずいれば、何度も何度も先輩を養分に出来るからです」

「……っ…」

「……なんて、嘘ですよ先輩。…勿論、全く無関係という事ではありませんが……先輩を殺さなかったのも、先輩を狙ったのも……本当は、自分が殺したくなかったからです。先輩の事も、他の人も」

 

 温かくも冷たくもない、何の心も籠ってないような慧瑠の言葉に、一瞬俺は心が辛くなって…けれど慧瑠は撤回する。撤回して、言った。殺したく、なかったんだって。

 

「自分達魔人や魔物が生きる上で、霊力は必要不可欠です。生きる為に、奪う必要があるものです。けれど、それとは別に…本能的に、自分達は強くなる事を求めます。その為に、より多くの霊力を得ようとするんです」

「…そう、なんだ……」

「けど…自分はあんまり、強くなる事への欲求がないんですよね。いや、全くないって訳でもないんですけど…自分、元からかなり強いからなのか、多分他の魔人や魔物よりずっと欲求が薄いんです」

「あ、あぁ…確かに、魔王級らしいもんね……」

「魔王?…あー、そういえばそういう呼び方もありましたね。ふっ…悪くない響きじゃないですか、魔王って」

 

 魔王という呼び方を聞いて、満更でもなさそうな笑みを浮かべる慧瑠。まあ確かに、魔王って響きは悪くないよね…。

 と、俺が思ったのは一瞬の事。それは慧瑠も同じみたいで、すぐにまた真剣そうな顔に戻る。

 

「…だから、ずっと…ずっと悩みだったんですよ。強くなりたい訳ではないけど、生きる為には霊力が必要で、そして霊力を奪う中で命すらも奪ってしまう事になるのが」

「…………」

「自分も気を付けました。こっそり行動するのは得意なので、殺さずに済みそうな人を頑張って探して、負担にならないように同じ人から二回以上奪うような事はしないようにして。それにこっそりやったとしても何度も知らぬ間に霊力がぞっそり奪われてる…なんて事になったら怪しまれるので、どこかに定住する事もありませんでした。…苦労してるのは、わざわざ大変な事を自らしている自分の自業自得ですが……それでもやっぱり、ずっと続けていたら…疲れ、ちゃいますよね」

 

 静かに語る慧瑠の言葉に、俺は想像する。これまで慧瑠が、どんな生活をしてきたのかを。

 知らなかった。慧瑠が、そんな苦労をしていたなんて。生きる為に命を奪うのは、生命として当然の事で、過剰に殺したり楽しんだりしない限りは否定されるべき事でもないのに、わざわざ他人の為に苦労をしていた慧瑠の事を。

 

「…そんな時…って言っても、この生活を随分と長く続けていたんですが…ある時、自分はある人を見つけました。魔人…いえ、魔王の自分が霊力を奪ってもまるで身体に悪影響なんて起きず、それどころか気付きもしない程多くの霊力を有する、一人の人を」

「…それ、って……」

「はい。それが、先輩です」

 

 そう言って、慧瑠は微笑む。今日だけで何度も見た…でも、そのどれとも違う、落ち着いた笑みを見せてくれる

 傲慢かもしれない。自信過剰かもしれない。…でも、俺は思った。その微笑みには…感謝の感情が、籠っていたんじゃないかって。

 

「驚きました。自分の感覚が間違っているんじゃないかと思いました。先輩程膨大な霊力を有している人間なんて、これまでに一度見た事あるかどうかでしたから。…だから、ですかね…その驚きが興味になって、殺す心配なく得られる事が安心感になって……先輩と、話してみたくなったのは」

「…じゃあ……」

「…これが、三つ目…いえ、二つ目の答えです。自分は先輩と接してみたくなって、もっと知りたくなって…いつしか、楽しいって思うようになったんです。こんな、先輩との日々が」

 

 そこで慧瑠は、一度語りに区切りをつける。俺が投げかけた質問三つを、答えたところで。

 俺を殺さなかったのは、殺したくなかったから。俺を狙ったのは、俺を狙えば誰も殺さなくて済むから。俺と接していたのは……俺といる事を、楽しいと感じたから。……嗚呼、それは…なんてそれは、優しいのか。そんな優しい慧瑠に、俺は一緒にいて楽しいと思ってもらえたのか。

 

「あぁ…それと、もう一つありましたね。後で、って言ったものが」

「後で……あ、名前…」

「…先輩、天凛慧瑠って名前を聞いて、何か連想したりしませんか?」

「連想…?…連想って言われても…全体的に画数が多いな、としか……」

「では、平仮名にして考えてみて下さい」

 

 慧瑠に言われて、俺は置き換える。慧瑠の名前を、漢字から平仮名に。

 てんりんえる。てんりんえる、てんりんえる……うぅん…?

 

「…ごめん、分からない……」

「…やっぱり、無理がありますよね。じゃあ……」

 

 その反応は想定済み、と言いたげに苦笑いしつつしゃがむ慧瑠。それから慧瑠は、地面に文字を書く。まずは漢字で『流転輪廻』と。続けてそこに振り仮名も書く。それぞれ『る』『てん』『りん』『え』と。……え、あれ?

 

「…それ、最後は『ね』じゃないの…?」

「そのまま読んだらそうですね。けど、これは『え』とも読むんですよ」

「あ、単独で読んだらか……って、待った…これって……」

 

 ねではなくえだという答えを聞いて、まず俺が思ったのは「何故そこだけ…?」という疑問。…けど、気付く。これは…『るてんりんえ』って文字列、これを入れ替えたら……

 

「……てんりん、える…」

「…ご名答。自分はこれまで何度も名前を変えてきました。人と殆ど接しないのに、名前はあった方が便利だ…なんて、適当に理由を付けて。そして…天凛慧瑠という名前は、流転輪廻から付けたんです。何度も何度も違う名前で、違う場所で、生まれて死んでを繰り返してるような自分には、これがぴったりな名前なんじゃないか…って」

「…何度も何度もって、だったら…慧瑠は……」

「…この地球上で今も生きてる生命の中で、自分より長生きな存在なんて…そうそう、いないでしょうね」

 

 流転輪廻。迷いの為に生死を繰り返す事のアナグラムが、天凛慧瑠。

 それは単なる言葉遊び。何度も名前を変えてるって事は、慧瑠的にはハンドルネーム位の感覚で決めたのかもしれない。だけど、俺は……その程度の事だなんて、思えなかった。だって…そんな名前を付ける程に長い間、慧瑠は生きていて……ずっとずっと、他人の為の苦労をしてきたって事なんだから。

 

「……慧瑠…」

「…これで、疑問への回答は終了です。…先輩は、どう思いましたか?」

「ど、どう?…どうって……」

 

 言いたい事は分かる。けどざっくりとした質問に、一瞬詰まってしまう俺。けど、慧瑠の真っ直ぐな目を見た俺は……余計な思考なんて一切捨てて、正直に答える。

 

「…良かった、かな。慧瑠が、悪人じゃないって分かったのもそうだし……慧瑠の過ごしてきた時間からすれば短い間でも、慧瑠にとっての助けに俺がなれていたなら」

「……っ…そう、ですか…先輩は、そう思って…くれるん、ですね…」

「…え、と…慧瑠……?」

「ふふっ…全く、もう……嬉しいですよ、先輩…」

 

 ぴくんと肩を震わせて、一度呟くような声になって…それから慧瑠は言う。言ってくれる。俺の思いが、嬉しいって。

 そう言われて、俺も嬉しかった。光栄だった。やっぱり、訊いて良かったって思った。…でも……それから慧瑠は、またこれまでとは違う笑みを俺に向ける。

 

「…ほんとに、良かったです…最後に、そう言ってもらえて……」

「……え…?…最後…?」

「…はい、最後です。自分…見つかってしまいましたから。このままじゃ、ずっと狙われ続けますし…自分が、争いの種になってしまいますから」

 

 慧瑠は、言っていない。だからどうするのか、って部分を。だけど分かる。分かるに決まってる。つまり、慧瑠は…またどこかに、どこか遠くに行くんだって。これまでと同じように、また。

 それはきっと、辛い事。折角得られた絶好の場所を、失うって事だから。…なのにまだ、なのにまた、慧瑠は笑っている。自分の事より、争いを起こさない事を優先して……受け入れていた。

 

「そんな……」

「だからこそ、今日はデートに誘ったんです。最後の思い出作りの為に。ちゃんと先輩と、お別れしてから消える為に」

「最後って…待ってよ、それは……!」

「仕方のない事です。それにいつかはまた、会いに来ます。だから先輩、最後のお願いです。どうか、自分を…自分の事を……」

 

 嗚呼、嫌だ、聞きたくない。認めたくない。そう、心が拒絶する。聞いてしまえば、認めてしまえば、それで終わりになってしまうから。楽しかった慧瑠との時間が、少し前までこれからも続くと思っていた日々が、俺の手から消えていってしまうから。

 だけど慧瑠は言葉を止めない。止めてくれない。もう慧瑠は受け入れていて、それしかないと分かっているから。だから慧瑠は一歩前に、一歩俺の近くへと歩み寄って、何かを言おうとした……その時だった。

 

「……──ッ!?」

 

 俺の目の前を駆け抜ける、蒼い光。一瞬俺は、それが何なのかまるで分からず…次の瞬間、反射的に光の行き先を目で追った事で、理解する。それが…得物を手にした、綾袮さんと妃乃さんだって。

 

「な……ッ!?どうして、二人が…!?」

「顕人君、無事?怪我はない?」

「え……?け、怪我はないけど…って、そうじゃなくて…!」

 

 ひとっ飛びで俺の前へと移動してきた綾袮さんの言葉に、戸惑いながら俺は返答。でも言いたいのはそういう事じゃなくて、もう一度訊こうとして……そこで、慧瑠が着地した。いつの間にか、俺の前から消えていた慧瑠が。

 

「随分と間の悪い事をしてくれますね。まぁ、貴女方も仕事なんでしょうけれど」

「ふん、よく言うよ。警戒担当からの報告がなんか変だと思って探してみれば……」

「…と、いう事は気付いたんですね。ははぁ、流石歴史ある家系の霊装者です」

 

 さっきまでの空気から一転して、一触即発の雰囲気となる公園内。…いや、違う。既に綾袮さん達は先制攻撃を仕掛けていて……だからもう、三人にとっては交戦状態なんだ。

 

「これまでは上手く隠れてたみたいだけど…もう逃がさないわよ」

「それは困りましたね。自分は戦いたい訳じゃないというのに」

「魔人の戯言なんて聞く気はないよ。…顕人君、戦えるなら援護お願い。無理そうなら…下がってて」

「……っ…!ま、待って…待ってよ綾袮さん!それに妃乃さんも!俺は…ッ!」

 

 そう言って、装備一式を渡してくる綾袮さん。瞳は、声はあの時と同じようにもう完全に慧瑠を敵と認識していて…止めなくちゃ、と思った。俺は、慧瑠が討たれる事なんて絶対に嫌だし…綾袮さん達と慧瑠が戦う姿も、見たくないから。

 だけど、それは止められる。綾袮さんでも、妃乃さんでもなく…慧瑠によって。

 

「…無駄ですよ、先輩。先輩は知らないと思いますが、霊装者にとって魔人は敵で、討つべき悪なんです。そういうものなんです。良いとか悪いとか…そういう話じゃ、ないんです」

「……っ!でも……!」

「…知ったような口を聞かれるのは不愉快だけど…奴の言う通りだよ、顕人君。あれは魔人で、わたし達の敵。それ以上でも、それ以下でもないよ」

「綾袮、さん……」

 

 綾袮さんは、そう冷たく言い放つ。優しくて、お茶目で、子供っぽいところもある綾袮さんが…これっぽっちの躊躇いもなく。

 その隣にいる妃乃さんも、眉一つ動かさない。…それが、何よりの証明だった。二人にとって…霊装者にとっては、それが常識だっていう事の。

 

「はぁ…ほんとに残念ですが、仕方ありません。どちらか片方ならともかく、お二人が相手では何があるか分かりませんからね。…ですから、これでお別れです、先輩」

「……ッ!慧瑠!俺は、まだ…ッ!」

「これが、霊装者と魔人の在るべき形なんですよ、きっと。だけど自分は楽しかったです。幸せだったと思います。ですから先輩、ありがとうございました。そして……さようなら、先ぱ──」

 

 最後に…本当に最後だって、そうするつもりだって分かってしまう、儚げな笑み。俺は追おうとするけれど、心のどこかで分かっていた。間に合わないって。俺の手は、届かないって。

 そうして、慧瑠は言った。俺へ向けた、感謝の言葉を。そして、別れの言葉も。両方言って、最後に俺の…俺を示す単語である、『先輩』って言葉で呼ぼうとして…………

 

 

 

 

 

 

「……ぇ──…?」

 

 次の瞬間、天空から飛来した紅い閃光が──慧瑠の背後を、斬り裂いた。

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