双極の理創造   作:シモツキ

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第百四十四話 誰にも討たせやしない

 夜の帳が下りつつある空から、流星の様に飛来した閃光。霊装者にとっては見慣れている青色とも、綾袮さんや妃乃さんの翼が放つ蒼の輝きとも違う、神々しくも禍々しくも感じる紅の光。それが……慧瑠の背中を、斬り裂いた。

 

「…なッ、ぁ……!?」

 

 ふらりと一歩前によろけ、愕然とした顔で慧瑠は振り向く。慧瑠を背後から斬り裂いた、その存在を確かめる為に。

 そこには一人の女性がいた。真紅の刃を携えた、一人の女性が。……俺は、その人を知っている。忘れなどしない、忘れられる訳がない。それは、その人は……

 

「…ふむ。一撃で仕留めるつもりでしたが…流石は魔王級と称されただけはありますね。まさか、この私が狙いを外す…いえ、外されてしまうとは」

 

 ゼリア・レイアード。BORGの代表であるウェインさんの秘書であり、俺にとっては遥か雲の上の霊装者である彼女が……今、ここにいた。

 

「ですが、それならば数を持って斬り伏せるだけです」

「……ッ!」

『逃がさない(わ)よッ!』

「……!慧瑠ッ!」

 

 視認するのも困難な程の速度で振るわれる刃。それが横一文字に駆け抜けた時、慧瑠は地を蹴り空中にいて……その慧瑠へ向かって綾袮さん達二人が飛ぶ。空へと逃げた、慧瑠を追撃する為に。

 

(そんな…なんで、なんでゼリアさんが日本に……ッ!)

 

 繰り広げられるのは、凄まじい程の空中戦。双統殿を魔王が襲った時と同じような戦いが、俺の目の前で巻き起こる。

 俺は混乱していた。全く状況が飲み込めなかった。綾袮さんや妃乃さんが来るのは分かる。けれどゼリアさんは協会の人間じゃないし、普段いるのはイギリスの筈。なのに、どうして……!

 

「…いや、違う…そんな事より、今は……」

 

 何故、という思考を振り払い、渡された霊装者用のコートを着る俺。そしてライフルに手をかけ、引き抜こうとして……固まる。俺はそれで、どうするつもりなんだって。俺は今、何をすればいいんだろうって。

 三人と共に、慧瑠を討つ?違う、そんな事は絶対に御免だ。だったら、綾袮さんや妃乃さんを撃つ?…それだって違う。そんな事だってしたくない。なら、撃つのはゼリアさん?……それも、違う。状況は分からないけど、霊装者として見れば今のゼリアさんは間違ってないし、二人と共闘しているのも明白。…そもそも、今は…これで、武器で…誰かを撃って、誰かと戦う事が…正解、なのか…?

 

「……っ、ぅ…!」

「やりますね。先程よりも上手く当たらないとは…」

「…それは、こっちの台詞ですよ…正面に気を取られていたとはいえ、自分の認識している外から、一発で攻撃を当てるとか…貴女、本当に霊装者ですか…?」

 

 そう俺が迷っている間にも戦闘は続いて、半ば落ちるように慧瑠が着地。綾袮さん達も広がって着地し、戦意はそのままに構え直す。

 

「ふん、それだけは同感よ。…で、まだ抵抗するつもり?素直にやられるってなら、苦しまないよう仕留めてあげるわよ?」

「あぁ、命だけは助けてくれる…とかじゃないんで──」

「…させないよ?」

 

 ある種の勝利宣言、けれど一切の油断や慢心を感じさせない妃乃さんの言葉に、慧瑠は残念そうな顔をしながら一歩下がり……かけた瞬間、綾袮さんの飛ばした斬撃が足元へ飛来。酷く冷たい、無情な声が俺の心に響き渡る。

 

「この距離でその傷なら、隠れるよりもわたし達の刃の方が早い。…そうじゃないと思うなら、試してみなよ。どっちにしろ、斬り裂くだけだから」

「…はー…ほんとに全く容赦がない…はは、ここまで追い詰められたのはいつぶりっすかねぇ……」

 

 俺に向けられている訳じゃないのに、綾袮さんの声が、言葉が突き刺さる。慧瑠に向けて、綾袮さんがそんな事を…そんな目をするのかと思うと、やり切れない思いが立ち込めてくる。

 三人に囲まれ、敵意…いや殺意を向けられ、痛みからか表情を歪ませたままの慧瑠。だけど、それから慧瑠は呆れたように小さく笑って……ふっ、と身体の力を抜く。

 

「……これが、年貢の納め時ってやつですか…」

「……ッ!」

 

 そう言って、慧瑠はゆっくりと両手を挙げる。観念したように、諦めるように。

 年貢の納め時。それは、もうどうにもならない…って時に使う言葉。…けど、待ってよ…待てよ慧瑠…今そんな事を言うなんて、それじゃあまるで……

 

「ふぅん、案外物分かりがいいのね。…で、何を企んでいるのかしら?」

「何も、企んではいませんよ…魔人だって死ぬ時は死にますし……自分は、もう…十分、生きましたから…」

 

……慧瑠は、笑う。自信でもない、嘲りでもない…諦観に満ちた、同時にどこか満足げな、寂しい笑顔で。

 嘘だと、思った。何かの間違いなんじゃないかと、俺は思おうとした。でも…違う。そんな訳がない。慧瑠が浮かべているのは…そんな嘘や間違いで浮かべるような表情じゃないから。

 

「…そう。なら……」

「でも…その前に、一つ…最後に、さっき言えなかった事を、言わせてくれませんか…?信用ならないというのなら、手脚は斬り落としてくれて構いません…だから……」

「…聞くに値しないね。妃乃」

「えぇ。恨むなら、人に仇なす存在に生まれた自分自身を……」

 

 諦めた慧瑠。受け入れてしまった慧瑠。けれど慧瑠は言う。死ぬ前に、せめて後一言言わせてほしいと。たったそれだけで、それだけの為に苦しむ事となってもいいから、最後に一言言いたい、と。

 俺には分かる。それは、俺へ向けた…さっきは言えなかった言葉なんだって。最後まで慧瑠は、俺の事を…俺との時間を大切にしようとしてくれてるんだって。

 だけど、綾袮さんはそれを拒絶した。論外だとして、妃乃さんと共に慧瑠の生を終わらせようとする。…そして、その言葉が俺の耳に届いた時…綾袮さん達に討たれる慧瑠の姿が脳裏に浮かんだ時……俺の身体は、もう動いていた。

 

「……ッ!慧瑠ぅぅううううううッ!!」

『な……ッ!?』

 

 全力で、持てる力の全てで慧瑠の前へと飛び出す俺。咄嗟に二人が止まるべく地面へ足を突き立て、ゼリアさんがぴくりと眉を動かす中、俺は慧瑠の前に立つ。慧瑠の前で、立ち塞がる。

 

「……っ…先、輩…?」

「…顕、人…君……?」

 

 背後から聞こえてくる、二つの声。一つは慧瑠のもので、もう一つは綾袮さんのもの。どっちも唖然としたような声音をしていて…同時に俺は、少し安心していた。…だって、俺は妃乃さんとゼリアさんの前には立っているけど、綾袮さんから見れば俺は慧瑠の向こう側にいるから。もし俺に構わず、綾袮さんが攻撃を続けていたら…俺にはどうする事も出来なかった。

 

「…貴方…何を、しているの……?」

「…話位…聞いてやったって、いいじゃないか……」

 

 信じられないものを見ているような目をしている妃乃さんに向けて、俺は言葉を返す。普段の俺なら、やってしまった…と内心で物凄く焦っていたと思う。…でも、今の俺は違う。今の俺に焦りはないし…後悔も、していない。

 

「話…?話って…最後に、ってやつの事…?」

「それもだけど…それ以前に、慧瑠は自分からの攻撃なんてしてないじゃないか…。綾袮さんは知ってるでしょ…?慧瑠は、前だって戦闘意思がなかった事を……」

「…今はそもそも反撃するだけの余裕がなかった。前回は、わたしの実力を見定める事が目的だった。…それだけだよ、顕人君」

「……っ…なんで、そうなるのさ…普通そうなったら、対話の余地があるかもしれないって考えるものじゃないの!?現に俺だって怪我一つしてない!これまでだって、危害を加えられた事はない!そうだろ!?」

「あ、顕人君…それは、魔人の本性が分かってないからそう思えるだけで……」

「分からないのは聞かないからだろ!?聞きもせず、端っから倒そうとしたからだろ!?俺は聞いたよ!知ったよ!慧瑠が何を考えていて、どうして俺を傷付けなかったのかを!確かに、俺に慧瑠の言葉の真偽を見定める方法はないけど、これは思い込みなんかじゃない!思い込んでるのは、何も聞かない綾袮さん達の方じゃないかッ!」

 

 あまりにも霊装者側一辺倒な、決め付けるような綾袮さんの言葉に、俺の中で渦巻いていた思いが一気に噴き出す。

 俺は、綾袮さんが嫌いな訳じゃない。そんな訳がない。俺にとって綾袮さんは恩人で、一緒に居たいと思える人の一人で、俺の憧れでもあるんだから。…だからこそ、その綾袮さんが、同じく尊敬している妃乃さんが慧瑠の話をまるで聞こうとしなくて、慧瑠の気持ちを考えてすらいない事が耐え切れなくて、俺は思いの丈をぶちまけた。──だけど、

 

「……そ、っか…顕人君…顕人君は、そんな事を考えてたんだね…」

「そうだよ、だから……ッ!」

「……散々食い物にしたばかりか、ぬけぬけとまた現れて、あまつさえ顕人君を誑かすなんて……やっぱり生きてる価値ないよ、さっさと死ぬべきだよ、魔人」

「……っ!?綾袮、さん……?」

 

 聞こえてきたのは、どこまでも冷たく凍てついた言葉。あの日、手負いの魔人に投げかけたのと同じ声。俺の知る綾袮さんとはかけ離れた、冷徹そのものなその声に、思わず俺は振り向いてしまう。

 

「…妃乃、顕人君の事はお願い。魔人はわたしが討つ」

「…あんまり感情的になるんじゃないわよ?ここで取り逃したらそれこそ……」

「分かってる、だから……」

「はいはい、顕人の事は引き受けたわ」

 

 氷の様な眼差しを慧瑠に向ける綾袮さんに対し、妃乃さんは言う。あまり感情的になるな、と。

 俺には分からない。これのどこが感情的なのかが。…けど、綾袮さんは本気だ。元から、本気で慧瑠を討とうとしていたけど……何となく分かった。分かってしまった。今の綾袮さんには…どんな言葉を投げかけようと、伝わる事はないんだって。

 

「…綾袮さん…どうして……」

「大丈夫だよ、顕人君。悪いのは全部そいつだから。すぐにわたしが始末するから、そしたらゆっくり話そ?」

「違う…違うよ綾袮さんッ!俺は……!」

「…そこまでよ、顕人」

「……!?」

 

 にこり、と微笑む綾袮さん。声のトーンはいつも通りで、確かに微笑みも浮かべているのに……なのに、綾袮さんからは凍て付いた雰囲気しか感じない。

 伝わらないんだって事は分かってる。でも諦められなくて、今の冷酷な綾袮さんは見たくなくて、それでも…と俺は食い下がる。

 だけどその瞬間、完全に俺が振り返ってしまった瞬間に、逆に俺の背後にいる形となっていた妃乃さんは動き出していた。

 

(なぁ……ッ!?)

「同情はするわ。でも、貴方も少し頭を冷やしなさい」

 

 俺が振り返るよりも早く、声が聞こえたのとほぼ同時に、左右後方から蒼い壁が俺を慧瑠の前から隔離。それが妃乃さんの拡大させた翼だと気付いた時には腕を掴まれ、力尽くで慧瑠から距離を取らされる。

 

「くっ……慧瑠、慧瑠ッ!」

 

 霊装者として遥か高みにいる妃乃さんの手を、何もなしに振り払える訳がない。悔しいけどそれが絶対の事実で、だからこそ俺は思いを言葉に乗せて呼ぶ。慧瑠の名前を叫ぶ。そこに意味なんかなくたって、そうせずにはいられなかったから。

 翼が戻され、開けた視界の先には二人の姿。大太刀を腰に構えて突進する綾袮さんと、慧瑠の後ろ姿の二つ。そして、コマ送りのようにゆっくりと視界の中の光景が進む中、遂に綾袮さんが大太刀の届く距離に慧瑠を捉えて……

 

 

──次の瞬間、弾丸の様な勢いで何かが空から飛来した。…いや、違う…これは……

 

(う、で……!?)

 

 目を疑った。あり得ないと思った。でも違う、見間違いじゃない。確かにそれは……空から伸びてきた、一本の腕。

 

「なっ、うぇッ……!?」

「これ、って…まさか……!」

 

 流石にこれには綾袮さんも驚いたらしく、目を見開きながら跳んで後退。同時に妃乃さんも声を上げるけど…その声に籠っていたのは、綾袮さんとは違う響き。

 俺はと言えば、反射的に見上げていた。伸びている腕の大元を、それを放ったであろう何かの方を。そうして、見上げた先にいたのは……魔人。

 

「…間一髪とは、このような時言うのでしょうね。皆様お初にお目にかかります。そして…お久し振りですね」

「あんたは……ッ!」

 

 恭しく頭を下げる魔人に対し、妃乃さんはギロリと睨んで視線を返す。

 間違いない。間違いなくあれは魔人で…妃乃さんはあの魔人を知っているんだ。恐らくあの魔人が、前に妃乃さんと千㟢が一戦交えたって奴なんだ。

 

「…なんであんたがここにいるのよ…!」

「それは勿論、目的があるからですよ。…お嬢さん、援護致します。ですので私と共に来て頂けますか?」

『……!』

 

 肩を竦めた魔人は、慧瑠の方へと視線を移してもう一礼。ずっと高所から頭を下げたところでむしろ煽っているようにしか見えなかったが……それは二の次。それよりも問題は、この魔人が慧瑠を連れて行こうとしている事。

 魔人が何を考えているのかは分からない。けど、もしそれに同調してしまったら。…俺と三人とでその意味は違っても、それが最悪の展開だという認識は変わらない。

 

「援護……貴方一人で、この状況が何とかなると…?」

「まあ、やれる限りの事を尽くしますよ」

「はぁ…なら、嫌だ…と言ったら?」

「それは困りますね。私も通りかかったついでに手を貸す訳ではありませんから」

「ま、そう言うと思ってましたよ…そもそも自分の事を嗅ぎ回ってた相手が、軽く引いてくれる訳が……」

 

 けれど、慧瑠は魔人の誘いに同調しない。その表情はむしろ迷惑そうで、魔人の方から目を逸らす。そして……次の瞬間、慧瑠が言葉を言い切るよりも早く、それまで見上げるだけだった二人が動き出す。

 

「はっ、そんな事させる訳がないでしょうがッ!綾袮!」

「分かってるッ!今度こそ確実に……って、またッ!?」

 

 翼を広げて飛び上がった妃乃さんと、再度慧瑠に肉薄をかける綾袮さん。二人共狙う相手に向けて刃を翻し……だけどそこに、先の腕の様に次々と飛来する黒い何か。

 でも、これは俺も見覚えがある。それは攻撃であっても、無機物やエネルギーなんかじゃない。

 

「……っ…文化祭の時の魔人まで来てる、って訳っすか…もてもてですねぇ、自分…!」

「ちっ…ゼリア!貴女ちゃんと協力するって話よね!?だったらこいつら蹴散らすの手伝いなさいッ!」

「えぇ、構いませんよ。ですが宜しいのですか?」

「何がよッ!」

「貴女方だけで、作戦を完遂出来るのか…という話です」

「……ッ!うっさいわねッ!減らず口を叩く暇があったら……」

「勿論、その分も動きますよ」

 

 黒い何か…いや、文化祭での魔人がどこからか放ったのであろう小型の魔物が、慧瑠から綾袮さん達を引き離すように殺到する。一部は俺の方にも襲いかかってきて、当然俺はその魔物達を迎撃するが…やっぱり大半が向かっているのは二人の方。

 さっきまでは、一方的な戦いだった。けど、今はもう乱戦状態。次々襲ってくるのとは別の、もしかしたら戦いを嗅ぎ付けてきた無関係の個体かもしれない魔物達まで現れて、どんどん状況は変化していく。

 

(くそッ、これじゃあ本当に止められない…ッ!こんな乱戦じゃ、まともに話す事だって……!)

 

 横槍が入った事で、慧瑠がこのままやられる…という可能性は下がったかもしれない。慧瑠が魔人に着いていく気がない、って事もさっきの言葉で分かった。…でも、それじゃ駄目だ…それだけじゃ駄目なんだ…ッ!俺は、慧瑠が生きてさえいてくれれば…なんて格好良い事を言える人間じゃない…!俺は、俺は……ッ!

 

「あぐ……ッ!」

「……──ッッ!」

 

 その時、魔物の妨害を受けながらも無理矢理綾袮さんが大太刀を振るった。その刃からは飛翔する斬撃が放たれ、一直線へ慧瑠の前へ。怪我の影響が酷くなってきたのかふらついていた慧瑠は咄嗟に靄を纏わせた両腕で防いだものの、その拍子に姿勢を崩して倒れてしまう。

 そして、それを見た綾袮さんは邪魔な魔物を一気に蹴散らしにかかる。魔物を寄せ付けないどころか通り過ぎた場所の魔物は全て両断された後、なんてレベルの力を見せるゼリアさんもその時視線が慧瑠を捉えていて……だけど、慧瑠はこの瞬間フリーだった。三人の内、誰からも攻撃を受けておらず、魔物も周囲にはいない、完全なフリー。三人にも、魔人にも及ばない俺が……それでも、何か出来るかもしれない、一瞬のチャンス。だから俺は……飛ぶ。

 

(何が出来るか、じゃない…ッ!俺が助けるんだッ!慧瑠をッ!)

 

 心の中で叫んで、力全てを注ぎ込む位の思いで、俺は地を蹴り真っ直ぐ突進。尻餅を突いた状態の慧瑠を掴んで、抱えて…そのまま夜空に飛び上がる。

 

「…ぇッ、ぁ…先輩……?」

『顕人(君)!?』

 

 驚愕に目を見開いた慧瑠の声と、後ろから聞こえてくる綾袮さん達の声。

 まさか俺が、こんな行動に出るなんて。三人の声には、そんな響きがあった。でも、驚くのも当然の事だ。だって俺自身、俺の行動に驚いているんだから。

 

「しっかり掴まってて、慧瑠…ッ!」

「あ、は、はい……!」

 

 首と膝の裏に腕を回したお姫様抱っこで、肩と太腿を強く掴んで、スラスターフル点火、最大推力で公園から離れていく。

 俺に、具体的なプランがある訳じゃない。感情的に、衝動的に…ただ慧瑠を失いたくないという思いだけで、俺は動いた。動いてしまった。…だけど……

 

「待って顕人君!そんな……ーーッ!邪魔をしないでよッ!」

「そうはいきません。逃げられてしまうのはこちらとしてもありがたくはないですが…貴女方をここで押し留められれば、数に勝るこちらに利がありますからね」

「ちッ…だったら……ッ!」

 

 数は分からないけど、魔物が追走してくる気配はある。でも、綾袮さん達の気配は感じない。

 乱戦状態。さっきまで俺から言葉を…話す事を奪っていたその状態は、今は俺に味方していた。襲ってくる魔物が邪魔で、綾袮さん達は俺の方に来れないでいた。勿論、魔物は追走してきているけど……綾袮さん達に比べれば、ずっといい。

 

「…先輩…どこへ……?」

「分からない!けど、とにかく遠くッ!」

「む、無策…ですか……?」

「そうだよ、悪いッ!?」

「いいや…ふふ、無策で遠くへなんて…まるで駆け落ち、ですね……」

 

 辛そうな顔をしながらも、小さく笑ってそんな事を言う慧瑠。その発言にちょっとだけ俺は安心して…けどすぐに気を引き締める。

 綾袮さん達と違って、魔物なら対応は出来る。でも楽勝ではないし、仮に戦うとしても俺は両腕が塞がった状態。両腕が塞がったままで、まともに戦える訳がない。

 

(……っ…振り切れない…!)

 

 飛びながら背中の砲を後ろへ向けた角度で止めて、気配を頼りにさっきから何度も撃っている。でも多分当たってない。俺は気配で相手の位置を正確に捉えられる程の実力者でもなければ、背中にも目を付けられるようなエースでもないんだから、そもそも撃墜を望める訳がない。

 それでも牽制にはなると思って撃っていた。だけどそれも限界があって、次第に気配が近付いてきている。

 

「こう…なったらッ!」

 

 張り切るのは困難。後ろから攻められたら、回避も難しい。ならば取れる手は一つしかない。

 そう思った俺は、一か八かで身を翻す。そして俺の視界に入ってきたのは……魔物三体。

 

「……ッッ!」

 

 不味い、と思った。三体じゃ、縦に並んでない限り同時に撃ち抜く事は出来ないと。でも今更動きを変える事なんて出来ず、俺はそのままの勢いで砲撃。だけど振り向きざまで、碌に相手を見定める事も出来なかった砲撃は狙いがブレ……撃ち込んだ二体の内、一体は横をすり抜けてしまう。

 

「……!しまっ……」

 

 振り向いた事で、速度の落ちてしまった俺。魔物は好機とばかりに翼をはためかせ、弾丸の如く俺へ向かって突っ込んでくる。

 慣性に引っ張られ、もう回避は間に合わない。迎撃も出来ない。出来るとすれば、せいぜい慧瑠を庇う事だけ。でも…耐えれば、堪える事が出来れば、まだ何とかなる可能性はある。だから俺は痛みを覚悟し、歯を食い縛って……次の瞬間、横からの光が二体の魔物に遅いかかった。

 

(これ、って……)

 

 一つは光芒。その光芒は、魔物の頭部を的確に撃ち抜く。もう一つは二振りの刃。その刃は、魔物の首を一瞬で撥ね飛ばす。…そう、それは…その攻撃は……

 

「…ラフィーネさん…?フォリンさん……?」

 

 呆然とする俺の前に、それぞれナイフと長大なライフルを携えて現れる二人。そのあまりにも絶好な、嬉しさから頬が緩んでしまいそうなタイミングでの登場に、思わず俺は肩の力を抜きかけて……けどすぐにハッとする。もし綾袮さんや妃乃さんの考えが、霊装者として普通の事なら…二人も、慧瑠を討とうとするんじゃないかって。

 だから俺は、身構えた。身構えたけど……返ってきたのは、思いもしない意外な言葉。

 

「顕人さん、追ってくる魔物は全て私達が迎撃します」

「だから、顕人は行って」

「へ……?」

 

 意外も意外、思っていたのとは真逆の言葉に、俺はぽかんとしてしまう。するとラフィーネさんもきょとんとした顔で見つめ直してきて……え?…じゃあ……

 

「…二人は、慧瑠の追撃に来たんじゃないの……?」

「……?何を言ってるの?」

「な、何をって…慧瑠は……」

「わたし達は、顕人の味方」

「……っ!」

 

 真っ直ぐな目で、何の淀みもなく言うラフィーネさん。あんまりにも自然な…だからこそ、本心だって素直に思えるその言葉に俺が何も返せないでいると、フォリンさんも言葉を続ける。

 

「…言いたい事は分かります。実際私達は元々、伏兵として別の場所で待機していましたから。顕人さんの行動に、理解出来ない部分だってあります」

「…なら……」

「ですが、そんな事は関係ありません。どうだっていいんです。確かに私達は、協会からの命で動いていましたが……私もラフィーネも、協会ではなく顕人さんの味方ですから。協会ではなく、顕人さんの力になりたいんです」

「わたしもフォリンさんも、顕人の為に戦う。顕人の願いの為に、わたし達はいる。だから……」

 

 

「行って、顕人」

「行って下さい、顕人さん」

 

 信念の籠った瞳で、強い意思を思わせる声で、二人は言った。俺の背中を、押してくれた。本気で助けたい、力になりたいと思った二人が…今は、俺の力になってくれた。

 だから…だから俺は、反転する。もう一度振り返って、再度推進器をフル稼働させる。

 

「…分かった……ありがとう、ラフィーネさん!フォリンさん!」

 

 本当はもっと、感謝を伝えたい。無理はしないでって、色々な言葉をかけたい。…でも、そんな事をしてる場合じゃない。二人は俺の為に引き受けてくれたんだから…一刻も早く飛び去る事こそが、二人の思いに応える行為。

 そうして俺は、夜空を駆ける。ただひたすらに、飛び続ける。力の限り、体力の続く限り……慧瑠を、守る為に。

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