双極の理創造   作:シモツキ

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第百四十九話 それは、普通のようで

 冬もどんどん深まって、気付けば年末もそう遠くない今日この頃。なんか大分前に「冬休みまで後四ヶ月弱…」的な事を言ったような気がするが、もうその休みが目前に。…いやぁ、嬉しいなぁ。

 

「…何気分良さげな顔してんの?」

「冬休みがもうすぐで嬉しいなぁって思ってんの」

「あそう…」

 

 最早お馴染みの昼食シーン。いつの間にか妃乃や綾袮と机を囲んでいる事をクラスの誰からも奇異の目で見られなくなった、昼休みの時間。てか俺、表情に出てたのか…さらっと返したが、これは少し恥ずいな……。

 

「うんうん分かる分かる。長期休暇って、近付いてくるだけで嬉しくなるよね」

「そうそう、気が合うな綾袮」

「…でも、冬休みって二週間位しかないから、それを考えると悲しくなるよね…」

「全くだ…」

「うわ、瞬く間に二人のテンションが落ちてった……」

「ほんとに急降下だったわね…」

 

 あっという間に、マジであっという間に終わってしまう事に対してげんなりとする俺と綾袮。夏休みの半分もねぇから、冬休みって始まるまでは楽しみだが、なった途端に「後○日か…」って終わりが頭をちらつくんだよな…はぁ……。

 

「むむぅ…せめてもう数日、いや数週間…いやいや数ヶ月あればなぁ……」

「順を追って強欲になってくね…まあ元気出しなよ。クリスマスとかお正月とか、イベント自体は割とあるんだからさ」

「クリスマス…顕人君は、わたしに何プレゼントしてくれる…?」

「え、プレゼントする前提なの…?」

「お年玉は、幾らくれる…?」

「お年玉もあげる前提なの…?同年齢だし、絶対綾袮さんの方がお金持ちなのに…?」

 

 とかなんとか思っていたら、いつもの様に御道と綾袮が漫才を開始。ほんと毎日よくやるなぁと思いつつ、弁当のおかずを食べていると…俺はクラスの出入り口に、ある人物を発見した。

 

「…ん?」

「どうかした?」

「いや、緋奈がいた…なんかあったのか…?」

 

 その人物とは、一つ下の学年に所属している緋奈…って、この説明は今更か…こほん。緋奈は俺と目が合うと、こちらは軽く手を振ってきて…俺はそれに答えるように、立ち上がって出入り口へ。

 

「どうしたんだ、緋奈。何か用事か?」

「ううん、別の用事でこっちに来たから、ついでに寄ってみただけだよ。駄目だった?」

「いや、シンプルに嬉しい」

「ふふっ、ありがとお兄ちゃん。今日もお弁当美味しかったよ」

「そっか、って早いな…」

 

 ついでとはいえ、わざわざ寄ってくれたのならそれは兄として嬉しいところ。もう弁当を食べ終わってた事には少し驚いたが…まぁ、俺だって用事がある時はさっさと食べるしな。

 

「ところでお兄ちゃん、お兄ちゃんはいつも妃乃さん達と一緒にお昼食べてるの?」

「うん?まぁ、そうだな。前は御道と二人でだったが…文化祭の辺りから、四人で食うようになったんだ」

 

 そう。なんかもう前から四人で食べてる気もするが、実際にはまだそこまで経っていない。…つっても御道とは前から食べてるし、妃乃も春から同居してるから、面子的には前から…と言えなくもないが…。

 

「ふぅん…お兄ちゃん、ちゃんと午後の授業も受けなきゃ駄目だよ?」

「えー…仕方ないなぁ……」

「もう、そんなんじゃ留年しちゃうよ?わたしと同じ学年になってもいいの?」

「正直それは嫌じゃない」

「開き直らないの。ほら、ほんとにちゃんと受けてねお兄ちゃん」

 

 くるりと反転させられ、軽く背中を押される俺。一方前に出てから振り向くと、緋奈はこちらを見ながらまた手を振り、それからどこかへ…恐らくは自分の教室へと戻っていく。

 

(世話焼きだなぁ、緋奈は……)

 

 歩いていく緋奈を見送りながら、心の中で今のやり取りを振り返ってそう呟く。こうも真面目に授業を受けるよう言ってきたのは、妹として恥ずかしい…とかではなく、本当に俺の事を案じてくれているのだろう。緋奈なら、きっとそうだ。

 

「お帰り、何の用だったの?」

「いや、用事のついでに寄ったんだとさ。後、ちゃんと授業を受けるよう言われた」

「そ、そう……緋奈ちゃんに言われたんだから、しっかり受けなさいよ?」

「何言ってんだ妃乃。学業は誰かに言われたからじゃなく、自分の為にするもんだぞ」

「……そ、そうね…癪に触るタイミングだけど、全くもってその通りよ…」

「ま、俺はそんなの知ったこっちゃないけどな。それよか緋奈の言葉の方が貴重ってもんだ」

「…………」

「あ、妃乃が殴るかどうか迷ってる…」

 

 そうして席に戻った俺は、片手間で妃乃を弄りつつ残った弁当を腹の中に収めていく。んで昼休みが終わり、授業が始まる頃には予想通り睡魔が襲ってきたが……ま、今日は緋奈に言われたんだ。どこまで持つかは分からんが…出来る限り、頑張ってみましょうかね…。

 

 

 

 

「はー、さっむ…カイロ持ってくりゃよかったかな……」

 

 昇降口で上履きから靴に履き替え、入り込む寒風にコートの前を締めて対抗。

 時間は現在放課後。なんとか爆睡する事なく午後の授業を乗り切った俺は、漸く今日も帰路に着く。

 

「さて、今日の夕飯は……」

「和食が食べたい気分かな」

「そうか、ならおでんでも……え、緋奈?」

 

 何気なーく聞こえてきた声に、俺も何気なーく言葉を返し……数秒後、少し驚きながら声のした方を振り返る。

 するとそこには、案の定緋奈。高校なんだし、下校のタイミングが一緒になっても何らおかしい事はないが…緋奈よ、いつの間にお兄ちゃんの斜め後ろへ…?

 

「ごめんね、後ろ姿が見えたからつい」

「いやまぁ、それは別にいいが……」

 

 いきなり声をかけられりゃ誰だって驚くが、別に怒るつもりはない。どっちかって言うと、接近にまるで気付けなかった事の方が気にはなるが…まぁ、一緒にいるのが普通過ぎて、逆に気付かなかったとかそんなところか。

 

「…で、実際おでんはどうよ?」

「うん、おでんでいいよ。あ…おでんがいい、って言った方が良かった?」

「いやいや緋奈、お兄ちゃんがそんな些細な部分で怒る訳ないだろ?」

「そっか、お兄ちゃんだもんね」

「あぁ、お兄ちゃんだからな」

 

 という訳で、今日は校舎を出る時点から緋奈と一緒。うむ、緋奈がいるだけで寒さをちょっと忘れられるな。

 

「お兄ちゃん、あの後ちゃんと授業受けた?」

「受けた受けた、珍しくちゃんとノートも書いたぞ」

「お兄ちゃんにとって板書するのは『珍しく』なんだ…流石にそれはちょっとどうかと思う…」

「心配するな緋奈。俺はまだ、本気を出してないだけだ」

「あ、うん…ほんとにそうである事をわたしは信じるよ…」

 

 何だか緋奈にマジの心配をされてしまった気がするが…それより今考えるべきは夕食の事。昨日はうっかりしてて緋奈に苦労をかけちまったし、二日連続で同じ轍を踏む訳にはいかないよな。えーと、確か冷蔵庫には…。

 

「……ん?」

 

 スーパーの方へ歩きつつ、考える事数十秒。買うべき物を頭の中で一通りピックアップしたところで、ふと横を見てみると…緋奈は楽しそうな表情を浮かべて、こっちを見ていた。

 

「…俺、何か面白い表情でもしてたか?」

「ううん、考え事してる時のお兄ちゃんは素敵だなって思っただけ」

「そうかそうか。つまり普段の俺は、あんまり素敵じゃないのか……」

「あ、ち、違うよ!?そういう事じゃなくて…って、些細な部分は気にしないんじゃなかったの…!?」

「…なんてな、冗談だから大丈夫だぞ」

 

 わたわたと慌てる緋奈の表情を見て、俺は内心したり顔。撤回しつつ軽く頭を撫でてやると、緋奈は初め「むー…」と不満そうな顔をしていたが、そこまで怒ってはいない様子。

 最近は妃乃やら依未やらをよく弄ってる俺だが、反応自体は緋奈だって良いし、何なら慌ててる緋奈は普通に可愛い。してやった感はやっぱり強気だったり生意気だったりする二人の方が大きいが…って、何の話してんだ俺は……。

 

「もー…お兄ちゃんってば意地悪なんだから……」

「悪い悪い。っとそうだ、記憶違いがあっても困るし、一応妃乃にも訊いておくか…」

「…訊く、って…冷蔵庫の中身の事?それならわたしが……」

「いや、妃乃なら正確な数も覚えてる可能性高いしな。あー、もしもし?」

 

 緋奈の記憶力に不安がある訳じゃないが、やっぱりこういうのは普段から料理をしている妃乃の方が意識して覚えてる筈。そう考えて俺は首を横に振り、その直後に電話に出た妃乃と手早く通話。記憶違いがなかった事を確認し、ついでにちょこっとからかった後に電話を切る。

 

「お待たせ、緋奈。んじゃ、スーパー入ろうぜ」

「…また、妃乃さん…今は、わたしがいたのに……」

「うん?緋奈?」

「あ…ううん、何でもないよ。行こっか」

 

 携帯を仕舞いつつ声をかけた時、何かをぼそりと呟いていた緋奈。考え事でもしていたのかと思ってもう一度声をかけると、今度は声が届いたみたいで俺より先に歩き出す。

 

「お兄ちゃん、折角だから今日は夕飯作るの手伝うよ?」

「え……?…じゃ、じゃあ緋奈には大根に火が通ったかどうかを串で確認してもらおうかなぁ…」

「え……何その出来ない事をやりたがる子供に、最後の一行程だけやらせてあげる的なのは…」

「は、はは…じゃあ、おでんに青のりをかける役を……」

「だからそれは手伝いとは言わないよね…!?な、何…!?お兄ちゃんは何かを企んでるの…!?」

 

 油断をするからいけないんだ、とばかりに突如として襲来する危機。咄嗟に思い付いた言葉で誤魔化そうとするも、むしろ変な不信感を与えてしまうという結果に。だが当然、ここは乗り切る他に選択肢などなく……

 

「…ふっ……つまり、そういう事さ」

「どういう事…!?」

 

 結局この後、俺は雑な誤魔化しの一点張りで何とか窮地を脱するのだった。……まぁ、その結果緋奈からかなり引かれてしまったがな…はぁ…。

 

 

 

 

 おでんと言っても、食べるのは家。だからわざわざこんにゃくやはんぺんを串に刺したりはしないし、当然アルコールが一緒に食卓に並んだりはしない(未成年だし)。あくまでメインの『おかず』として、俺達はおでんを食し…今現在は、夕食後。

 

「家で食べるおでんも中々良いものね。…まぁ、そもそもおでんを食べる機会自体がこれまで殆どなかったけど……」

「だろ?うちじゃ毎年冬になると、二〜三回は食べてるぞ」

「へぇ、そうなの。なら今年…っていうか、今年度中にもう一回位は食べたり?」

「するだろうな」

 

 口振りからして、妃乃からの評価は上々。ほんと、どうして妃乃がここまで庶民的なのかは分からないが…美味しく食べてくれたんだ。そりゃ、作った側として悪い気はしないわな。

 

「さてと、んじゃあ食器洗いするか…」

「あぁ、それなら拭くのは私がするわ。今日は特にやる事もないし……」

「あ、それならわたしがやるので大丈夫ですよ」

 

 リビングからキッチンへ向かうと、すぐに後をついてくる妃乃。だがそこで俺が「なら頼んだ」と言いかけた瞬間、同じくリビングにいた緋奈もすっと俺達のいるキッチンの方へ。

 

「え…緋奈ちゃん?」

「やる事がないなら、今日はゆっくり休んで下さい妃乃さん。ここのところ、あんまり休めてませんよね?」

(…そういや、そうだったな……)

 

 驚く妃乃に、緋奈はにこりと微笑みながら返答。妃乃へ割って入るような緋奈の言葉に、俺も一瞬驚いたが…どうやらその申し出は、妃乃を思っての事らしい。

 確かに緋奈の言う通り、ここのところ妃乃は忙しくしていた。御道に近付いていた魔人は何とかなったとはいえ、同時に現れた別の魔人はまだ姿をくらましたままなんだから、妃乃がその対処や会議に追われていても当然の事。学校じゃ普通に生活しているが、逆に言えばその分学校外で時間を取られているのが今の妃乃で…休息が足りていないのは、恐らく間違いない。

 

「…もしかして…心配、かけちゃった…?」

「いえ、妃乃さんはしっかりしてるので心配はしてませんよ。でも、休めそうな時はわたし達の事を気にせず休んでほしいなって思ってます」

「緋奈ちゃん……」

「…だとよ。折角の緋奈の厚意なんだ、甘えたっていいと思うぞ?」

「…そう、ね…えぇ。ありがとう、緋奈ちゃん」

 

 数秒間、考え込むような表情を見せ…それから、さっきの緋奈へお返しをするように妃乃は微笑む。その微笑みと、お礼の言葉は…厚意に甘えるという意思の表明。

 上手いものだ、と思った。俺には性格的にも関係性的にも出来ない、年下や後輩ならではの言葉。妃乃のプライドや自尊心…っていうとアレだが…要は妃乃が自然に受け止められる、それでいてちゃんと筋も通っている言葉だからこそ、反発する事も強がる事もなく、妃乃はそれを受け入れた。…もしこれを狙ってやったなら……やるな、緋奈。

 

「それじゃ…少し早いけど、お風呂頂こうかしらね」

「はい。お兄ちゃんはわたしが見張ってるので、ゆっくり入って下さいね」

「おーい緋奈。気遣いの隙間に変なものを混ぜ込むんじゃないぞー」

 

 キッチンから出て、廊下へと向かう妃乃をぐわんぐわんと緋奈を揺らしながら二人で見送る。そうして妃乃がリビングの扉を閉めたところで、俺は手を止め…言う。

 

「…ありがとな、緋奈」

「わたしはわたしがしたい事をしただけだよ、お兄ちゃん」

「…そうか…」

 

 それから俺は食器を洗い、緋奈が洗った物を拭いて、二人で食器を片付ける事数分。その間、これといって話したりはしなかったが…だからなんだと言う事はない。話したい事があれば話すし、無言になってもそれを居心地悪いとは感じないのが、何年も一緒にいる家族ってもんだから。

 

(……けど、したい事を…か)

 

 したい事をしただけ。なんつーか、これは良い言葉だと思う。自分本位な言葉だが、本当に自分の事しか考えてない奴は、こんな言葉を言ったりしない。これは自分がと言いつつも、相手の事を思っている時にこそ言える言葉で……って、よくよく考えたらこれ、俺も偶に言うじゃん…うわはっず!自画自賛になるじゃんはっず!

 

「…お兄ちゃん?何変な顔してるの?」

「あ、い、いや……妃乃も、自分のやりたい事をやるってタイプだと思ってな…」

「……妃乃、さんも…?」

 

 何気なく、さも穏やかな感じに自画自賛をしようとしていた…なんて言える訳がなく、咄嗟に思い付いた事を言う俺。まあ当然、それが表情を歪めてた理由じゃないが…別に嘘でもないだろう。何せ妃乃も、したい事をしただけ…って言う奴の一人なんだからな。

 

「ほら、妃乃って俺に対しては当たりが強かったりするが、基本的にはいつも周りに気を配って、誰が相手でも真摯な姿勢で接するだろ?」

「…そうだね」

「それは環境や育ちも要因の一つだとは思うが、やっぱ一番は本人の気質ってか、性格の影響が大きいと思うんだ。…でも、妃乃はそういう気配りをして、それを感謝されたり凄いと思われた時、決まって『したい事をしただけ』とか、『時宮の人間としてこの位は当然だ』って返すんだよな」

 

 誤魔化しに「それっぽさ」を付ける為、続けて俺は妃乃のエピソードトーク…というか、俺から見た妃乃に対する印象を展開。勢いで言い出した事の割には、自分でも少し驚く位にすらすらと言葉が出てくるが……無論それなら好都合。このまま話題そのものも変えてしまおうと思って、更に俺は言葉を続ける。

 

「これさ、普通に考えれば謙遜とか、それこそ相手が申し訳なさを感じなくて済むようにする為の言葉だって思えるけど、多分実際には違うんだよな。勿論、相手の為にって思い自体はあるんだろうが…建前とかじゃなく、妃乃は本当に思ってるんだよ。相手がどうこうじゃなくて、本当に自分がしたかっただけなんだって。これは、して当然の事なんだって」

「…………」

「…それって、凄い事だよな。自分って存在の柱をちゃんと持ってなきゃそういう思考は出来ねぇし、利他を利他と思わない、当たり前の行為として捉えてるなんて……よっぽど人間が出来てる奴じゃなきゃ、やろうとしたって出来ねぇよ」

 

 人の為にってのは、得てして窮屈なもんだ。自分の得にならないのなら、少なくとも直接的には無駄な事をしてる訳だし、ましてやそれを当然の事として行うのなら、「良い事をした」って自己満足すら得る事が出来ない。勿論、人の為に動く奴は周りから信頼されるし、いざって時に助けてもらえたりする訳だが……それは行為に対する副産物であって、見返りそのものであったりはしない。

 そして、いつかは辛くなる。労力のかかる「人の為」をしていたら、その内疲れてきてしまう。でも、きっと…妃乃はそれで疲れを感じる事はあっても、辛いと思う事はないんだろう。だって妃乃は…本気で「したい事をしただけ」って思っているんだから。

 

「んまぁ、その分…ってか自分の中の柱がしっかりし過ぎてるせいか、変に強情なところもあるが……ほんと、心に凄い強さを持ってるよな、妃乃はさ」

 

 妃乃の在りようを言い表すならば、それはきっと強さだ。妃乃は、強いんだ。力があるから、環境に恵まれてるからそういう心を持てたんじゃなくて…強い心があるから、あれだけの力を律し、環境に怠ける事なく自らを高め続ける事が出来るんだ。だからこそ……俺は妃乃を、尊敬している。

…なんて、そんな締め括りをしていると少し恥ずかしくなって、頬を掻きつつ明後日の方向へ目を逸らす俺。…てか、気付いたらもう食器洗い終わってるし……。

 

「…あー、っと…まあとにかく、そんな感じの事を考えてたんだ。食器洗いの最中って、ふとした事を考えたりしちゃうよな」

「…………」

「あ、けど俺は緋奈の事も凄いと思ってるぞ?流石に経験してきた事は違ぇが、緋奈だって十分……って、緋奈?」

「…………」

「おーい、緋奈?緋奈も何か考え事か?だったらここまでは緋奈が聞き手だったし、今度は俺が話を聞いてや──」

 

 

 

 

「……お兄ちゃんッ!」

「……っ!?…緋奈……?」

 

 不意に、突然に、叩き付けるように……俺に向けて、声を荒げる緋奈。それまでは至って普通だった、静かに俺の話を聞いていた緋奈の、突然の豹変に俺は思わず面食らう。

 一瞬、頭が真っ白になった。只でさえ、緋奈に声を荒げられるなんて…そんな声をぶつけられるなんてショックなのに、今回はその理由すら分からないから。ただ普通に、話をしていただけなのに…何故緋奈が声を荒げたのか、全くもって分からない。何か、緋奈の気に触る事でもしちまったのか…?緋奈を不愉快にさせるような、或いは気に食わないような事を、いつの間にか俺はして……

 

「……凄いよね、妃乃さんって。わたしも思うよ、妃乃さんは強い人だって」

「…え……?…あ、お、おう…だろ……?」

「うん。…妃乃さんは、ほんとに凄い人…だからさ、お兄ちゃん。わたしが妃乃さんを超えられたら、お兄ちゃんは嬉しい?妃乃さんの出来ない事をわたしが出来たら、お兄ちゃんは凄いって思ってくれる?」

 

 すっ、と緋奈は俺に背を向ける。背を向け、後ろで手を組んで、そうして口にしたのは静かな声。さっきの荒げた声が聞き違いだったんじゃと思う位の、落ち着いた言葉。

 それに再び驚いた俺が同意すると、緋奈は更にくるりと回って、今度は俺と向かう合う。いつも通りの、明るさのある声に戻った緋奈が浮かべているのは…穏やかな笑み。

 

「……それは…そりゃ、そうだな…やっぱ俺の妹は最高だわ、とか思うと思う……」

「ふふっ、だよね?お兄ちゃん、兄に二言はないよね?」

「いやそれを言うなら男に二言…って、それはどっちでもいいか。どっちにしろ、これを撤回する事なんざないだろうしさ」

「そっかそっかぁ。ふふふっ、でもびっくりしちゃった。お兄ちゃん、凄いって思う人の事は結構饒舌に語るタイプなんだね」

「うっ…そ、その認識はまぁいいが…妃乃には言わないでくれよ…?」

「大丈夫。言おうなんて思ってないよ」

「なら良かった……ありがとな、食器洗い手伝ってくれて」

「うん、どう致しまして。お兄ちゃん」

 

 笑ったままの緋奈を見て、これなら大丈夫そうだなと一安心。あの時声を荒げた理由は分からないが…どう見たって緋奈は元気。ならきっと、些細な何かでつい大声になってしまったとか、そんな程度の事だろう。そう考えて俺は訊く事なく、緋奈と共にキッチンを後にする。

 思い返すと、今日はよく緋奈と話している気がする。特に今日は一緒にいたように思える。今日は可愛い妹と一緒にいる時間が多くて、妹の立派な一面も見られて、兄としては大満足。だから俺は、廊下に出ても心の中は温かいままで……それからは何の気兼ねもなく、何もおかしいと思う事なく、普段通りに夜の時間を過ごすのだった。

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