双極の理創造   作:シモツキ

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第百七十話 この気持ちは手作りで

 二月になった。四季の観点で言えば、冬ももう後半戦。まだまだ春には程遠いけど、それでも一番寒い時は過ぎた…そんな時期に該当する月だろう。…いや寒いけど。んなの知った事かって位、相も変わらず寒いけど。

 

「お兄ちゃん、わたし薬局寄るつもりなんだけど、どうする?着いてくる?」

「んー?まぁ別に薬局位付き合うが…どうしたんだ?具合が悪いのか?」

 

 少しでも暖を取ろうと手をポケットに突っ込んだまま歩く、学校からの帰り道。信号を渡り終えたところで、隣にいる緋奈がそんな事を言ってくる。

 

「ううん、乳液切れちゃったから買ってこようと思っただけだよ」

「へぇ、乳液ね…牛乳じゃ駄目なのか?」

「え、お兄ちゃんそれはギャグで言ってる…?」

 

 回答に対して何気なく思った事を返してみると、緋奈は唖然とした顔で俺の事を見やってくる。とてもじゃないが、それは普通仲良し兄妹の間で発生するような表情じゃない。

 

「いやまぁ、流石に冗談だが…全くもって別物って訳でもないだろ?いや全然知らないけども」

「それはまぁ、実際乳が使われてる乳液はあるし、牛乳石鹸なんてものもあるから、肌に毒って事はないだろうけど…それは服が無いなら大きい紙を纏えばいいじゃないか、って言ってるようなものだからね?」

「ま、そりゃそうだよな…というか、牛乳をばしゃばしゃ肌にかけてる緋奈は見たくない……」

「わたしだってそんな奇妙見られたくないよ……」

 

 ふざけて言ってはみたものの、ちょっと乳液について詳しくなっただけで、あんまり話は盛り上がらない。むしろ空気的には、変な感じになってしまった。…むぅ、チョイスをミスった……。

 

「…しかし、ほんと女って大変だな…夏は日焼けを気にしなきゃならないし、冬は乾燥に気を付けなきゃいけないし」

「まあね。でも、見た目の為には色々気にしなきゃいけないなんて、当たり前の事じゃない?例えばだけど、男女関係なく不摂生な食生活をしていたら大概の人は太っちゃうし、スタイル良くいたいなら日々の食事に気を使ったり、適度な運動をしなきゃいけないでしょ?」

「…言われてみれば、確かに」

「ね?それに、わたしが綺麗でいた方がお兄ちゃんも嬉しくない?」

「それは違うぞ緋奈。肌とか外見云々じゃなく、緋奈は緋奈という存在の時点で可愛いんだからな」

「存在の時点でって…そういうのは流石にちょっと気持ち悪いかなぁ……。…それ位愛してくれてるのは、嬉しいけどね」

 

 今度は冗談とかじゃなく、割と本気で言ってみた俺。だがそれに返ってきたのは、ちょっと気持ち悪いという発言。確かに我ながら普通じゃない発言だって自覚はあったが…これは辛い。この思いに対して気持ち悪いは、心へ中々に突き刺さる。

……と思っていたところへ付け加えられたのは、嬉しいという言葉。見れば緋奈は、ほんのりと頬を染めていて…うん、ここが外じゃなかったら、取り敢えず抱き締めてたな。てか周りに人いないし、ちょっと位は良いんじゃないだろうか。

 

「…緋奈、ちょっとちょっと」

「……?どうかしたの?」

「いや、ちょっと抱き締めようと」

「…欲望に忠実だね、お兄ちゃん……」

「…緋奈がそれ言うか?」

「うっ…あ、あの時の事は掘り返さないで…後悔はしてないけど、我ながらとんでもない事をしたって自覚はあるんだから……」

 

 今度はバツが悪そうに顔を逸らし、同時に恥ずかしさもあるのか顔の赤みを増す緋奈。…良かった、そういう自覚はあるのね……。

 

「と、とにかくどうする?…ってそっか、最初に付き合うって言ってたね…」

「そんな何時間もかかる訳じゃないんだろ?」

「普段使ってるやつを買うだけだからね。それじゃ一緒に……あ」

「ん?」

 

 無理矢理話を切り替えた緋奈だが、実際蒸し返すのは可哀想だから俺はその事について何も言わず、ついでに抱き締めるのも取り敢えず我慢。すると緋奈は一緒に行こうと言いかけて…しかしそこで、何故か止まる。

 

「えー…っと、ごめんねお兄ちゃん。やっぱり先に帰っててくれるかな…?」

「はい?え、何故に?」

「や、あの…他にも寄りたいお店があったの。でもそうすると時間かかっちゃいそうだから…ね?」

「う、うん?緋奈、何か隠してないか…?」

「そ、そんな事ないよ?それよりほら、今日はお兄ちゃんがご飯作るんでしょ?だったら寄り道は控えないと…!」

「いや、まぁ…それはそうだが……」

 

 あからさまに何かを隠してる様子の緋奈だが、話してくれる感じもない。しかも言うだけ言った緋奈は「それじゃ、また後でね!」と慌ただしく走っていき、俺は置いていかれる形に。本気で走ればまぁ追い付けるだろうが…そういう問題ではない。

 

「うーむ…これは追求すると、お互い得しない展開になるパターンか…?」

 

 これが悩みを抱えてるとかなら放ってはおけないが、ここまででそういう風なものはなかった。となると、困ってはいないが俺には話せない…例えばそう、下着を買おうと思ってたとかなら、それは間違いなく訊いちゃいけない。下着買いに行こうと思ってる事を無理矢理聞き出して、しかも付いていくとかになったらもう、お兄ちゃんとしても男としても完全にアウトな所業じゃないか。…いや、他の目的が下着かどうかは知らないけども。

 という訳で若干釈然としない気持ちになりつつも、俺は一人で家へと向かうのだった。

 

 

 

 

 夕食後。一日の疲れと、食べた物を消化しようとする身体の動きで自然と眠くなるその時間に、緋奈ちゃんが声をかけてきた。

 

「妃乃さん、相談があるんですけど…聞いて、もらえますか…?」

 

 携帯でメールを確認していたところでかけられた声。断る理由もないからと私が頷くと、私は緋奈ちゃんの部屋へと呼ばれる。…って事は、悩み事…それか、悠耶には聞かれたくない話なのかしら…。

 

「…あ、ちょっと待ってて下さいね。すぐ暖房点けますから」

「急がなくて大丈夫よ。…まぁ、ボタン押すだけの事に急ぐも何もないでしょうけど……」

「あはは…じゃ、それは機械の方に言ったって事で……」

「いや私機械を気遣うタイプじゃ…って、いきなり脱線しちゃったわね。…で、相談って?」

「はい。その…もうすぐ、バレンタインデーじゃないですか」

 

 毒にも薬にもならないやり取りの後私が本題を切り出すと、緋奈ちゃんはある日の事を口にする。

 バレンタインデー。それは今や、クリスマスやハロウィン並みに日本で定着した外国のイベント(まぁ、かなり日本独自の要素が強くなってるらしいけど)の一つで……即座に私は意図を理解。

 

「あぁ、悠耶にチョコかお菓子を送りたいのね」

「え、と…はい。そういう事です…」

 

 ふっと頬を緩めながら言葉を返すと、緋奈ちゃんは少しだけ照れた顔をしながらそれに首肯。…ほんと、緋奈ちゃんは素直で可愛いわね。

 

「でも、どうしてその話を私に?何か、渡せない事情でもあるの?」

「あ、いえ、そうではなくて…わたし去年までは、市販のチョコをあげてたんです。でもそれだと普段の、『このお菓子一口食べてみる?』…の延長戦でしかないように最近思えてきまして…なので高校に上がったのを機に、今年からは手作りのチョコをあげたい…と思ったんです」

「え、手作り……?」

「……?はい。…けど、わたしチョコ作りなんて初めてですし、お兄ちゃんならどんなチョコでも喜んでくれるとは思いますけど、やっぱりせっかくあげる以上は美味しいものを食べてほしくて…だから、妃乃さんに一緒に作ってほしいな、なんて……」

 

 微笑ましいと思える話へ不意に飛び込んできた、手作りというワード。緋奈ちゃんの料理下手を知っているが故に、思わず訊き返してしまったけど…結論部分は、私にチョコ作りへの参加を求めるというもの。それを聞いた私は、内心でほっと胸を撫で下ろし…それから緋奈ちゃんに向けて微笑む。

 

「そういう事ね。勿論良いわよ、緋奈ちゃん」

「本当ですか?ありがとうございます!」

「気にしないで。私も元々毎年綾袮からせびられてチョコ作ってるし、今年も作るつもりだったもの」

 

 私の快諾を受けてぱっと表情を明るくする緋奈ちゃんだけど、私は綾袮の事抜きにもこの頼みは引き受けるつもりだった。だって、毎日同じ屋根の下で生活を共にしている、他ならぬ緋奈ちゃんからのお願いだもの。だったら、聞かない訳にはいかないわよね。それにこれは、新年絡みの務めは大方終わったとはいえ、新たに浮かんだ懸念事項の関係で考えなくちゃいけない事が多いここ最近とっての良い息抜きにもなりそうだし。

 

「じゃ、折角だしこのまま何を作るか決めましょ。緋奈ちゃんは何にしたい?別にチョコじゃなくても良いわよ?」

「そう、ですね…でもやっぱりバレンタインですし、お兄ちゃんにはチョコを……」

 

 計画は決められる時に決めた方が良い。その考えで私が訊くと、緋奈ちゃんは右手の人差し指を頬に当てつつ考えた後に、私の問いへと答えようとしてくれて……けれどそれを遮るように、私の携帯が音を鳴らす。

 着信音が示しているのはメッセージの受信。ならすが携帯を取り出す必要はないと思ったけど、大丈夫ですよという緋奈ちゃんに促されて、私はメッセージの内容を確認。すると、メッセージの送信相手は今さっき名前を出した綾袮で……

 

「…あー……」

「…どうかしました?」

「えっとね、緋奈ちゃん…今約束した件、もっと大人数になっちゃっても…いい…?」

 

 意外というか、ある意味でタイミングばっちりなメッセージの内容。不思議そうにしている緋奈ちゃんへと、メッセージの内容を見せる私。

 綾袮から送られてきたメッセージ。そこに書いてあったのは……綾袮と共に住むラフィーネとフォリン、二人のチョコレート作りの指南役を頼みたいというものだった。

 

 

 

 

 翌日、双統殿の食堂の一角。時間帯を選んで確保したこの部屋の中には、現在私含めて六人の女性がいる。

 

「よーし、それじゃあ早速始めてくれ給え!」

「あー、はいはい…」

 

 何故か偉そうにしている(まあ平常運転とも言えるけど)綾袮を適当にあしらい、私は改めて今回の面子を確認。

 まずは緋奈ちゃん。彼女がいるのは当然の事で、緋奈ちゃんのチョコ作りに支障が出ない範囲で、というのが綾袮からの頼み事を請け負う条件。

 同様に、件のロサイアーズ姉妹がいるのも当然。私が知る限り料理なんてする柄じゃないけど、仲介役となった綾袮がいるのもまぁ一応理解は出来て……でも一人だけ、どうしても「何故?」と思う女の子がいる。

 

「ええっと…どうして、依未ちゃんが…?」

「ですよね…あたし、場違いですもんね……」

「ああぁ違う違う!そういう意味で言ったんじゃないわ!」

「わー、妃乃酷〜い」

「だから違うって言ったでしょ!?」

 

 訊き方が悪かった…んじゃないと思うけど、私が問いかけた六人目…依未ちゃんは自信なさげに言葉を返す。…しまった…ここ最近は元気な姿もよく見てたから、依未ちゃんはちょっと卑屈なタイプだって事を忘れていたわ…。

 

「…こほん。依未ちゃん、料理に興味があったの?」

「あ…いや、その……」

「…あの、わたしが誘ったんです。折角だから、依未ちゃんも一緒にどうかな…って」

 

 気を取り直して訊いてみると、何やらまごつく依未ちゃんの代わりに、隣にいる緋奈ちゃんが回答。確かに連れてきたのは緋奈ちゃんだし、緋奈ちゃんが誘ったから…っていうのは、私も予想していたけど……

 

「…理由は、それだけ?」

「ぅ、あ…そ、の……そ、そう…!…あたし、友チョコ…っていうか、こんな事をするのも…一度位は、やってみたいって思ってた…なんて……」

「…依未ちゃん…そうだったのね。なら、要望があれば言って頂戴。出来る範囲で、応えてみせるわ」

「うんうん。あ、勿論わたしも応えるよ?わたしも依未ちゃんとは長い付き合いだからね」

「あ、ありがとうございます…」

 

 若干の淀みを残しながらも、自分の言葉で理由を言ってくれた依未ちゃん。恥ずかしさ、或いは引け目からか、最後は声が萎んでいってしまったけど…思いはちゃんと伝わってきた。だから私も、聞いていた綾袮も、依未ちゃんに向けてにこりと微笑む。

 そう。その力故に小さい頃からずっと双統殿にいる依未ちゃんと、時宮と宮空それぞれの娘である私達は、歳が近い事もあって接する機会も多かった。多かっただけで、悠耶の様に依未ちゃんの日常を変える事は出来なかったけど…それでも頼りにしてくれるのなら、いつだって私は力になりたい。

 

「…あのー…もしかして、私達はお邪魔だったり…?」

「あ…ごめんなさい、そんな事はないから気にしなくていいわ」

「大丈夫。わたしは気にしてない」

「そ、そう…じゃ、時間もあるし早速始めましょ。取り敢えず、全員レシピの用意はしてあるわね?」

 

 フォリンちゃんからの声で本題を思い出した私は、皆へと確認し、一先ずそれに沿って作ってもらう事で料理開始。

 毎年作ってるとはいえ、別に私はチョコ菓子を作るのが得意って訳じゃないし、各々作ろうとしてる物も違う。だから今日は練習の日として、私も意見を求められたり困っていたりしたら適宜アドバイスをするという事に決めた。

 

(普段から料理の手伝いをしてるらしいフォリンちゃんと、味見係位しかやらないであろう綾袮はまぁ大丈夫よね。依未ちゃんとラフィーネちゃんは未知数だから何とも言えないけど……)

 

 一通り見回したところで、私は視線を緋奈ちゃんのところへ。緋奈ちゃんには悪いけど…やっぱり、一番不安になるのは彼女。自然な流れで「え…?」と思う事をするのが緋奈ちゃんだから、正直あんまり目を離せない。

 

「えぇと…ラフィーネはまず、牛乳を温めるところからですね。お鍋の空焚きはいけませんよ?」

「…電子レンジじゃ駄目?」

「電子レンジで沸騰は難しいかと……」

 

 一方ロサイアーズ姉妹の方は、早速ラフィーネちゃんがフォリンちゃんに教えてもらっている様子。…なんかあの二人のやり取りって、ちょっと私と綾袮を思わせるわね…ラフィーネちゃんは綾袮と同じようにマイペースって感じだし、フォリンちゃんも私と同じ位しっかり者の雰囲気があるし。

 

「あ、あの…妃乃様……」

「うん?何か困り事?」

「その…ここのオーブンって……」

「あぁ、そういう事。確かに分かり辛いものね」

 

 ちょっとだけ姉妹のやり取りを眺めた後、私は視線を緋奈ちゃんに戻し…たところで、私の事を依未ちゃんが呼ぶ。何かと思って訊いてみれば、オーブンの使い方が分からなかったらしい。

 という訳で依未ちゃんの作るものに必要となる操作を一通り教えて、今度こそ私の視線は緋奈ちゃんの方へと帰還。目を離している隙に、独特の調味料とか入れていないか若干不安ではあるけど…ま、まぁ今回は練習だものね。練習で失敗する分には良いのよ、うん。

 

「ねーねー妃乃〜。今年も作ってくれるんだよね?」

「あー、はいはい。作ってあげるから貴女は大人しくしてなさい。…というか、一応訊くけど…綾袮は作る気ないの?」

「ふっふーん!」

「何で思いっ切り自称宇宙一可愛い理想の後輩みたいな反応するのよ…まあなんだって良いけど別に……」

 

 意味の分からない返しが来たけど、綾袮が意味分からないなんて今更の事。どっちにしろもう綾袮にあげるのは恒例行事みたいになってるし、特に気にする事でもない。…んまぁ、勿論…もし手作りのお返し…っていうか、綾袮からもチョコなり何なりをくれたら、そりゃ嫌な気はしないけど……。

 

「あ…妃乃さん…」

「ひ、妃乃様……」

「え、と…すみません。宜しければ少し助言を……」

「お、引っ張りだこだねぇ妃乃。わたしと話してていいのかな?」

「話しかけてきたのは貴女でしょうが…はいはい順番にね」

 

 それから私は緋奈ちゃんを中心に見つつ、呼ばれる度に向かうという行動を繰り返す。それぞれやってる事も違えば料理への経験値も違う訳で、そういう意味じゃ気の抜けない時間だったけど、同時にちょっと楽しい時間でもあった。だって私、人に教えるのは嫌いじゃないし…頑張ってる人達の手助けが出来るって、素敵な事だもの。

 

「フォリン、とろっとしてきた。これ位?」

「うーん…妃乃さん、度々申し訳ないのですが……」

「大丈夫、気にしないで。それで、今度は何?」

「これ。まだかき混ぜた方がいい?」

「そうねぇ…このままでも、ちゃんと完成はすると思うわ。ただでももう少しかき混ぜると完成した時の食感がまたちょっと変わるから、後は好みの問題じゃないかしら」

「好み…わたしはぷるぷるしてるのが好き」

「い、いや貴女のじゃなくて…というか、ラフィーネちゃんは誰にあげる気なの?勿論、言いたくないなら訊かないけど…」

「んと、顕人にあげる。でもフォリンにもあげるつもり」

 

 料理は完成した時点じゃなくて、食べる、或いは食べてもらう事を目的にしているものだから、食べる人の好みも考えなくちゃいけない。という訳で訊いてみると、ラフィーネちゃんは特に躊躇う様子もなく、顕人の名前を口にした。…緋奈ちゃんは…まぁ、何はともあれ兄妹って名目がある訳だけど…そういうのが特にないのに、ラフィーネちゃんは平然と異性の名前を出せるのね…。

 

「ふふ、ありがとうございますラフィーネ。勿論私も、顕人さん、それにラフィーネにあげますよ」

「あ、二人してあげるのね……」

「えぇ」

「お返しが楽しみ」

 

 姉だけでなく妹も躊躇いがないこの姉妹に、むしろ私の方が少しだけど照れてしまう。しれっと下心がある事も判明したけど…それが望みなら市販のチョコをあげれば良いだけなんだから、間違いなくメインの理由はそれじゃない。

 二人がそうしようと思う理由は分かる。私は全て知ってる訳じゃないけど、二人にとって彼は自分自身の、そして家族の恩人でもあるんだから。

 だからきっと、二人にとって彼は大切な人なんだと思う。緋奈ちゃんが悠耶を大事に思うように、二人は顕人を大切な相手だと思っているから、その思いを形にして送りたいんだと思う。そういう思いは尊いものだし、時に苦しくなったり切なくなったりする事があっても、やっぱり幸せな思いなんじゃないかって、そう思える。そして、私の中にもそんな思いがあるとしたら、そんな気持ちを向ける日が来るとしたら、それはきっと……

 

「……──っ!?」

「うぇ?妃乃、どうかした?」

 

 傍から見れば急に、何の脈絡もなく顔が真っ赤に染まった私。本人である私からしても、それが…その人物の事が、悠耶の事が頭の中に思い浮かんだ。

 別に、悠耶の事を考えようなんてしてない。そんな気なかったし、そういう流れでもなかった。私はただ、大切な人へ送ろうとする気持ちは良いものだと思ってただけで、もしも私もそちら側になる日が来るとしたらって想像を働かせてかせていただけで…なのに、なんで悠耶の事が思い浮かぶのよぉ……!

 

(……っ…い、いや…落ち着きなさい私。緋奈ちゃんも二人もチョコを上げようとしているのは身近な男の人で、私は緋奈ちゃんと同じ家に住んでる以上、悠耶は私にとっても身近な男性。ただ、要素の一部が被っていたから連想しただけよ、うん。そうに違いないわ!)

「妃乃ー?心ここに在らずって感じだけど、大丈夫ー?」

「…はっ…だ、大丈夫大丈夫。ちょっと思考が短絡的になっていただけだから…」

「思考が短絡的…?…何の話か分からないけど…大丈夫なら、わたしも皆のをもう少しのんびり見てるね」

 

 他意などなく、深い理由もなく、ただただ偶々そうなっただけ。あくまで共通項から浮かんできただけの事。勢いのままそう結論付ける事で私は何とか落ち着きを取り戻し、怪訝な顔をしていた綾袮を誤魔化す事にも成功。この事をこれ以上掘り下げないよう気を付けながら、もう少しかかりそうな皆のチョコ作りを私は丁寧に見つめていく。

 一応は指導役って事になっていたし、身体的に休めたかどうかは怪しいところ。でも普段はしない体験が出来て、バレンタインに向ける皆の思いも少なからず知る事が出来て…そういう意味では、今日のこのひと時は良いリフレッシュになる時間だった。

 

 

 

 

(…そう、だから…本当に、特別な理由なんてないの。偶然思い浮かんだだけなの。確かに悠耶は、単なる同級生とか、単なる同居人…なんて相手じゃないし、悠耶との関係性には唯一無二の部分だってあるけど……ほんとただ、それだけなんだから……)

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