双極の理創造   作:シモツキ

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第百七十八話 霊峰へ向かう、その前に

「妃乃、朝食用のおにぎりは冷蔵庫に入れといたからな」

 

 学校外では勿論の事、学校内でも何だかんだで色々あった今年度も、いよいよ終わりに差し掛かっている。遂に三年か、三年になってしまうのか…と思ってる真っ最中の春休み。…うん?そうだぞ?もう春休みだぞ?…別に急って事はないだろう。そりゃ勿論、終業式やら何やらは飛ばしてるが、それは見たって面白くないだろ?……ごほん。

 そんなある日の夜。俺は作ったおにぎりの存在を伝えるべく、ノックの後に妃乃の部屋の扉を開いた。

 

「悪いわね。わざわざ用意させちゃって」

「別に然程苦労する事でもねぇからいいさ。妃乃だって、明日はさっさと食べて行きたいだろ?」

「…まぁ、ね」

 

 このやり取りから分かる通り、おにぎりは特別に作ったもの。そして何故作ったかといえば、妃乃は明日朝早くから任務に出掛けるから。勿論市販のおにぎりを買っておくって手もあるし、実際妃乃はそうするつもりだったっぽいが…折角白米が残ってて、家の中には暇してる奴もいるってのに、スーパーやコンビニで買っておいた物を…ってのは味気ないからな。

 

「…入念な準備だな」

「えぇ。過剰に準備しちゃったってなら骨折り損で済むけど、準備不足の結果何か取り返しの付かない事に繋がったら、そんなの悔やんでも悔やみきれないもの」

 

 俺が部屋へと入った時、妃乃は天之瓊矛の手入れ…つまりはメンテナンスをしていた。幾ら霊力を纏わせる事で真価を発揮する武器だとしても、芯となるのは霊力ではなく実体の刃や柄である以上、武器の手入れは欠かせない。だが妃乃の手入れは焦れったく感じる程に入念で……そんな様子からも感じられる。明日より行われる任務が、どれだけ重要なものなのかが。

 

「…そんなに気を張り詰めなくてもいいと思うけどな。手入れはきっちりやっておくべきだが、妃乃ならそこまで入念にやらなくたってミスはねぇだろ」

「かもしれないわね。でも、そういう考えが油断を招く。安易な楽観視は、注意力そのものの低下に繋がるわ」

「んまぁ、それはそうなんだが…。ただ、俺が見る限り妃乃にそういう間違った楽観視や油断はなさそうっていうか、どっちかっつーと気を付け過ぎて疲れちまう可能性の方が高く感じるっていうか……」

 

 返ってきた言葉はご尤も。自分を勇気付ける為の「これだけやったんだから」は有用だが、楽をしたいが為の「これだけやったんだから」は油断を招く要因になる。とはいえ俺が伝えたかったのはそういう安易な判断ではなく、もっと別の……と思っていると、いつの間にやら妃乃が天之瓊矛から目を離し、こちらへと視線を向けていた。

 

「…悠耶…もしかして貴方、私を気遣ってくれてる……?」

「う……ま、まぁ…平たく言うと、そうなるな…」

「あ、そ、そう…そうなのね……それはその、ありがと…」

「お、おう……」

 

 じっと俺を見つめたまま、妃乃の口から発された問い。毎日の様に見ている相手と言えども、非の打ち所がない程整った顔立ちを持つ妃乃に、紅玉の様な瞳で、どこか真剣そうに訊かれてしまえば上手い事誤魔化すなんて出来ない訳で……正直に答えてしまった結果、何だか気不味い雰囲気になってしまった。…むむぅ…なんか最近、時々こういう事になるんだよな……。

 

「…でも、ほんとに大丈夫だから…それにこれの手入れは、正直安心感に繋がってるとこがあるし……」

「…武器マニアだったのか?」

「そ、そういう事じゃないわよ!これは先祖代々受け継がれてきた武器で、実際私の手にもよく馴染んで、私の全力にも応えてくれるから、これの状態が良ければそれだけでも何とかなりそうな気がしてくるってだけ!」

「だけって割には説明長いな…。…ま、気持ちは分かるけどよ…」

 

 武器は自分の力をより効率良く発揮する為の物。100%の力を発揮出来るかどうかは武器にかかってくる部分も少なからずあるし…何よりずっと一緒に戦ってきた存在であれば、安心感に繋がるのは普通の事だよな。

 そういう事なら、これ以上とやかく言う必要もないだろう。というか俺が作業の邪魔をしてちゃ世話ねぇよなという事で、部屋を出て行こうとする俺。…だが、頭では大丈夫だろうなと思っていても、やっぱり少し気になって……余計なお世話かもしれないけれど、振り返って俺はもう一言。

 

「…妃乃。妃乃は強いし、しっかりしてる。多分こう言うと自分はまだまだだって思うかもしれねぇが、昔の宗元さんや俺が世話になった人達と比べても、劣ってるなんて事はない。だから……」

「…えぇ。悠耶にそんな事言われても…って言いたいところだけど、貴方にそう言ってもらえると大丈夫だって思えてくるわ。…す、少しだけどね」

 

 お節介だとしても、1㎜でも妃乃の心に余裕が出来るのならと、妃乃の目を見て言った言葉。今度は込めた思いがちゃんと伝わったようで、妃乃も表情を緩めて頷いてくれた。…素直じゃない一言を最後に加えてきた辺りは、何とも妃乃らしいが…そういうとこに意識が回るって事は、気を張り詰め過ぎてるって事はないんだろう。……多分。

 

「…なら、その調査任務が終わったら、偶には何か出前でも取ろうぜ」

「それもいいわね…って、ちょっと!?何さらりと弱めのフラグ建ててるのよ!?」

「あ、悪い…って、これフラグになるか…?弱めってか、フラグとしちゃしょぼ過ぎね…?」

 

 結婚でも告白でもなく、出前。それでフラグになられても反応に困るだけだろうとか思いながら、俺は再び出入り口の方へ。そうして最後の最後で変な感じになってしまったが、俺はきっと大丈夫だという信用を胸に妃乃の部屋を出るのだった。

 

 

 

 

 冬は気温も湿度も低いからか、ぱりっとした空気感がある。朝はそれが特に顕著で、気持ちが引き締まるというか、やるぞ…という心待ちにさせてくれる。…まぁ、今は時期的に冬というより冬と春の境…それもかなり春よりの境なんだろうけど…ともかくそんな空気を、俺は玄関で感じていた。

 

「顕人君、忘れ物ない?」

「大丈夫…だと思う」

「じゃ、行く前に片付けておきたかった事とかは?」

「それもないよ」

「宿題やった?歯磨きした?」

「うん、それじゃまた来週になっちゃうからね?今回の話はまだ終わらないからね?」

 

 準備に対して抜かりはないか、それを訊いてくる綾袮さん。普段は訊かれる側である綾袮さんがこうして訊いてくるのは、それだけ綾袮さんが真剣な思考になってるって事。

 

(…と、思ったけど…普通に冗談も交えてるんだよなぁ…冗談に関しては、もう無意識に言っちゃうレベルだとでも……?)

「……?顕人君、わたしの顔に何か付いてる?」

「あ、ごめん何でもないよ。…よし」

 

 小声で軽く掛け声を口にし、俺は土間に繋がる廊下の縁から立ち上がる。頭の中で今日の朝、それに昨日の夜の行動を思い出し、何もし忘れた事がないのを確認。

 

「それじゃあ、お留守番頼むね」

「はい、お任せ下さい」

「大丈夫。泥棒が入っても叩き返す」

 

 振り向きながら掛けた言葉に返ってくるのは、ロサイアーズ姉妹の言葉。実際の話、二人なら大概の泥棒は返り討ちに出来るだろう。何なら霊装者だったとしても、相当な実力者じゃなければ二人を突破し金品を盗む事なんて出来ないと思う。だって二人、素手でも普通に強いし。

 

「間違って宅配の人とかを叩き返したりはしないようにね…?後、長期化した場合は悪いけど……」

「ちゃんと用意して食べますよ。もう、顕人さんは心配し過ぎです」

「その通り。わたし達なら、食事はどうとでもなる」

「どうとでもって…いやほんと、ちゃんと食べてね…?フォリンさん、ラフィーネさんの事頼むよ…?」

 

 相変わらずラフィーネさんはマイペースというか、言ってくる事がほんと予想の斜め上。だから変に不安になるんだけど…幸いフォリンさんの方は常識的。偶にズレてたりラフィーネさんに乗ったりするからフォリンさんもフォリンさんで時々油断ならないけど、こういう事なら大丈夫な筈。というか精神衛生の為に、大丈夫であると信じたい。

 とまぁ、ここまでのやり取りで分かる通り、これから俺と綾袮さんは任務に出る。そしてその任務というのが…あの調査。

 

「あはは…でもさ、実際顕人君は少し心配し過ぎだと思うよ?顕人君の性格的に、ついつい気にしちゃうんだとは思うけどさ」

「…やっぱそう?」

『そう』

「おおぅ、速攻で全会一致が…。…ま、まぁじゃあこれ以上は言わないとして…行ってくるね、ラフィーネさん。フォリンさん」

「行ってらっしゃい、顕人さん、綾袮さん。お二人共、お気を付けて」

「…………」

 

 真顔で即答×3をされてしまったとなればもう俺は何も言えず、内心で乾いた笑いを漏らした後に行ってくるよと二人に伝える。

 それを受けて、しっかりとした言葉を返してくれるフォリンさん。でも、答えてくれたのはフォリンさんだけで…何やらラフィーネさんは難しい顔を浮かべている。

 

「…ラフィーネさん?」

「…顕人、本当はわたし達の事嫌いなの?」

「へっ?」

 

 何か、気になる事でもあるのだろうか。そう思って呼び掛けた俺だったけど…返ってきたのは、微塵も予想していなかった言葉。き、嫌いって…え、一体何がどうして急にそこへ至ったの……?

 

「…え、と…どういう、事……?」

「だって顕人、ずっとわたし達の事を呼ぶ時『さん』を付けたまま。最初の時から、ずっと変わってない」

「それは…うん、確かにそうだけど…それがどうして、嫌いって事に……?」

「さん、を付ける対象は、偉い人か親しくないかのどっちかな筈。そしてわたし達と顕人に、上下関係はない。これまではずっと、顕人はさんを付けている期間が長い人なんだろうと思っていたけど……」

「あー……」

 

 ラフィーネさんの口から語られたのは、かなり飛躍を感じる思考。ただでも何から何まで間違ってる…って程ではないし、どういう考えで答えに至ったのかっていうのは分かった。

 普通、親しくなれば無くなる筈のさん付けが、未だに続いている。つまりそれは、親しく思っていないという事なんじゃないか。…要約すれば、ラフィーネさんの主張はこんな感じで…そういう考え方は、何ともラフィーネさんらしい。

 

「…別に、そういう事じゃないよ。それに、さん付けならフォリンさんだってしてるでしょ?」

「フォリンは、わたし以外皆に『さん』って言ってるから別。でも顕人は違う。顕人は、呼び捨てにする相手もいる」

 

 結論から言ってしまえば、そんなのただの勘違い。けどその勘違いを訂正しようとまず俺が言った言葉は普通に返され、同時に少し理解もいく。ラフィーネさんと出会う前から呼び捨てにしていた千嵜だけならともかく、茅章に対しても呼び捨てにしているとなれば、確かに「じゃあ、自分は…?」と思ってしまうのかもしれない。

 だからこそ、少し迷う俺。ちゃんと説明すれば分かってくれるだろうけど…その説明が恥ずかしい。でも、このままちゃんと説明せずに押し切ったり、有耶無耶にしたりする事はしたくない。思考はどうあれ、ラフィーネさんは真剣に俺へと訊いているのだから。そんなラフィーネさんからの言葉だからこそ、俺は数秒の躊躇いの後意を決し…そうしてきた理由を話す為に、口を開く。

 

「…その…別に、本当は嫌いだからさん付けのままにしてるとか、そういう事ではないんだよ…?」

「じゃあ、どうして?」

「(まあ、そりゃそう返すよね…)どうしてかって、言うと……」

「言うと?」

「…いや、だって…なんか…ハードルがあるんだよ、女の子をさん付け以外で呼ぶのって……」

 

 そう言いながら目を逸らし、若干熱くなった頬を掻く。言うだけでも恥ずかしい、そういう認識があるのも恥ずかしい、つまりダブルで恥ずかしい事だったけど、言わなきゃきっと分かってもらえないから、そんな事はないんだってちゃんと伝えたかったから、俺は言った。嫌いだからではなく、俺が所謂…奥手タイプな人間だからだ、って。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「う、うん。まあそういう事だから、皆もそういうものだと思って……」

『…へー……』

(…あ、不味い……)

 

 我ながら、何を情けない事言ってるんだとは思う。異性を呼び捨てであったりちゃん付けしたりする男なんて普通にいるし、マジで何を恥ずかしがってるんだって話。

 でも、実際そういう事に躊躇いがあるんだから、その躊躇いは心から出てきてるものなんだから、そう思っちゃうのは仕方ない。むしろ、それ以上に問題と言えるのは……それを聞いた事で、三人が獲物を見つけた女豹みたいな目をした事。

 

「そっかそっかぁ、顕人君はわたし達をさん付け以外で呼ぶのが恥ずかしくて、だからずっとさん付けだったんだぁ…」

「うっ…ま、まぁ…そう、だけど……」

「という事はつまり、さん付けじゃなきゃ駄目という事ではないんですよね?でも、恥ずかしくてそれ以外に出来なかった…そうですよね?」

「そ…そう、です……」

「…顕人、子供みたい」

「う、うぅぅ……」

 

 にやにやしながらわざとらしく言う綾袮さん。これは良い事を聞いたとばかりに確認してくるフォリンさん。そしてシンプルに突き刺さる言葉を言ってきたラフィーネさん。三人の言葉と視線でもう完全に俺は羞恥心に包まれてしまい、穴があったら入りたい気分。でも仮に穴があったとしても、この状況で三人が逃してくれる訳がない。

 

「そうですかそうですか。もう、駄目ですよラフィーネ。顕人さんを辱めるような事を訊いては」

「うん、こんな理由だとは思ってなかった。ごめんね顕人」

「止めて、そういう事言わないでっ!余計刺さるから、余計に恥ずかしくなるからぁっ!」

 

 もう明らかにフォリンさんは弄りにきてるし、瞳に浮かぶ感情からしてラフィーネさんも分かって言ってる。

 女の子三人からの、しかもその内二人は歳下からの、まさかの言葉責め。弱みを自ら見せる形となった俺に対抗する手段などなく、更に俺の窮地は続く。

 

「あれー?でも先輩、自分に対しては呼び捨てっすよねぇ?もしかして、それは自分が特別だって事ですかー?」

「そ、それはその……」

「それはその、何です?自分、ちゃーんと聞いてあげるっすよー?」

「もう止めて…慧瑠まで優しさの皮を被ったサディズム発言をしないで……」

 

 ここまで姿も見せなかったのに、いきなり現れたかと思えば愉快そうに追撃をかけてくる第四の女の子…もとい魔人。その煽る気満々の表情は正に魔の側に立つ者のそれで、先輩呼びも含めて生意気感が凄まじい。…けど、言い返せない。悔しいけど何一つやり返す事が出来ない。

 もしも俺が倒れていたのなら、ぐりぐりと踏み付けられていたんじゃないか。そう思う程に四人の視線と声には加虐的な何かが混ざり込んでいて……うん、これはヤバいね。何がヤバいって、そういう四人を俺は蠱惑的に感じてるんだもん。煽ってくる四人もこれはこれで…とか思っちゃってるんだもん。…え、俺ってそっち系の気があったの……?

 

「…もう、聞かん…何も聞かん……」

「あちゃー、顕人君耳塞いじゃった…流石にちょっとやり過ぎちゃったかな?」

「どうでしょう…でも顕人さんって、時々可愛いですよね」

「うん、可愛い」

「…うん、まぁ…わたしが言うのもアレだけど、顕人君の周りって性格とんがった子ばっかりだよね……」

 

 このままじゃ心が…特に羞恥心を感じる部分が持たないと悟った俺は耳を塞ぎ、皆に背を向けて自己防衛。それはそれで情けない対処だけど……仕方ないじゃない。ここで逆に皆を翻弄するような出来る俺じゃないんだもの。

 

「おーい顕人くーん、もう言わないから戻っておいでー」

「……言わなきゃ良かったって、今本気で後悔してるよ…」

「あはは…しかし顕人さん。こうなると、これまで通り『さん』を付けて呼ぶのももう恥ずかしいのでは?」

「それは誰のせいでしょうかねぇ…!」

「…自爆?」

「ごはぁッ!」

「うわぁっ!?ちょ、トドメは駄目だってラフィーネ!あ、顕人君大丈夫!?」

 

 たった二文字、平仮名にしても三文字の…けれど鋭過ぎるラフィーネさんの一言で、精神に致命傷を受ける俺。流石に心配してくれた綾袮さんに気遣われる中、残された僅かな力でラフィーネさんを見ると彼女は何をするでもなくただきょとんと俺を見ていて……天然、強過ぎるでしょう…がくっ。

 

「絶滅したー!?…って、ほんとに何これ……」

「俺だって知らないよ…てか、だったらどうしろってのさ……」

「…じゃあ、呼んでみればいい。わたしを、ラフィーネって」

「それは良いですね。呼んでみると、案外なんて事なかった…ってなるかもしれませんよ?」

「んな無責任な……」

 

 こんな事になった要因(ラフィーネさん)へと恨めしさを込めた視線を送る俺だけど、ラフィーネさんはそれに眉一つ動かず平然と返し、フォリンさんも軽く手を叩いてそれに賛同を示してくる。…まさかラフィーネさん…というか二人は、ここへ行き着く為にここまでの流れを…?

 

…………。

 

……いや、ないね。それはないわ。前やった模擬戦やゲームやってる姿を見る限り頭の回転は早いんだと思うけど、こんな事で計算高い一面を見せる…みたいな性格じゃ絶対ないもん。

 

「呼んでみて下さい、顕人さん。でなければ、仮に話を打ち切ったとしても何だか締まりの悪い終わり方になってしまいますよ?」

「だからなんで二人は勝手に……って言いたいところだけど、実際そんな気がしてる自分がムカつく…あー、もう……」

 

 わーったよ言うよ言いますよ!…みたいな気分になりながら、ゆらりとその場で立ち上がる俺。なんか上手い事乗せられてるみたいで癪だけど…どうせもう散々恥ずかしい思いをしたんだ、それに比べりゃ呼び捨てなんて大した事じゃないさ。……多分。

 

「…言っとくけど、何が起きても俺は責任取らないからね?」

「え、何か起きるの?」

「知らん、ほらいくよ」

 

 ただ呼ぶだけなのに?…という綾袮さんの返しはご尤もだけど、なんかもう投げやりな気分になっている俺は雑に処理。そしで気持ちが変わらないまま皆を見やり……俺は名前を、口にする。

 

「……ら、ラフィーネ」

「…ん」

「…フォリン」

「はい」

「…綾袮」

「うぇ?わ、わたしも?」

「…………」

『…………』

 

 

 

「……案外、普通に呼べたわ…」

 

 一人一人の名前を呼び、各々の反応を受けて、それから数秒後。呼ぶ直前までは、頬がすごく熱くなりそうとか、赤面してしまいそうとか思っていたのに…いざやってみたら、割と普通に呼べてしまった。そりゃ勿論、少しは恥ずかしさもあったけど……ぶっちゃけ、拍子抜けも良いところだった。

 

「…え、えーっと……」

「これは……」

「…良かった…ね……?」

「う、うん…反応に困る結果でごめん…でもこうなったのに関しては、そっちにも非があるからね…?」

「で、ですよね…何か、すみません…」

 

 困惑というか何というか、とにかく反応に困ってしまっている綾袮…達の姿を見て、責任は取らんと言っていたのに思わず謝ってしまう俺。一方フォリン達も流石にこれには思うところがあったのか、姉妹揃って俺へとぺこり。綾袮もずっと苦笑いをしていて……何とも言えない雰囲気のまま、結局締まりの悪い終わり方となってしまった。…ほんと、何でこうなったし……。

 

「は、はは…何だったんだろうか、この時間は……」

「先輩先輩、それに関してはよく分からないっすけど…まだのんびりしていていいんっすか?」

「へ?……あ、そうじゃん俺達出掛けるところだったんじゃん!」

「あぁっ!?そ、そうだったぁ!」

 

 物凄く珍妙な、そして無駄の多い時間を過ごしてしまった。そんな思いを俺が胸中で渦巻かせる中、事の成り行きを眺めていた慧瑠が軽い感じで質問をしてきて……その言葉で、漸く俺は思い出した。俺達は、今から任務に出向くところだったじゃん、と。

 

「ふっ…二人共、うっかり屋」

「こうなった原因がそれ言う!?ほんっとマイペースだねッ!」

「ら、ラフィーネがすみません…後、そんな事言ってるとまた出発が遅れるのでは…?」

「うっ、た、確かに…あーもー、なんで余裕を持って出る筈がこんな羽目になるのさぁぁッ!」

「先輩が最初の段階で、『そう言えばそうだね。じゃ、これからは呼び捨てにしてみようか』とか言えば即終わってたのでは?」

「そういう正論は要らないよ!ぐぐぐ…えぇいもう行ってきます!ラフィーネ、フォリン、何かあったら連絡してよねッ!」

『はーい』

 

 時間に余裕を持つと、心にも余裕が出来て、慌ててる時には気付かなかったり後回しにしちゃうものにも意識を向ける結果、それに時間を取られて余裕がなくなる…というのが真理なんだろうけど、そんなの今の俺にはどうだって良い事。今大切なのは、さっさと家を出て双統殿へと向かう事のみ。そう自分の中で言い聞かせた俺は「え、正論云々って誰に対して言ったの…?」と言ってる綾袮を連れ、ラフィーネとフォリンの返事を聞きながら家を出発するのだった。

 

「…あ、そうだ顕人君顕人君!」

「え、な、何!?まさか忘れ物!?」

「ううん、全然関係ない事なんだけどさ、今回の話は大部分が玄関のシーンだけで終わるとかびっくりだよね!」

「言わなくて良いんだよそういうのはッ!」

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