双極の理創造   作:シモツキ

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第百八十三話 まだ続く戦い

 インカム越しに告げられる、期待とはかけ離れた言葉。襲い来る脅威は目の前にいる存在だけではないのだという、雪山の中であっても鮮明に感じる程の悪寒。

 強襲を受けたのは、先程の部隊だけじゃない。別の部隊も、撃退した魔物とは群れによって襲われたと…今交戦している魔人とは違う魔人も現れたのだと、インカムの向こうの妃乃さんは言った。

 

「オラオラ気が散ってんぞ女ぁッ!もうバテたのか、それとも逃げる算段でも建ててんのかよぉッ!」

 

 苛烈に、荒々しく、暴れるが如く綾袮を責め立てる魔人。普通の人間がやれば速攻で体力が尽きそうな動きで綾袮に仕掛け、綾袮はそれを天之尾羽張と体捌きとを駆使する事で凌いでいる。

 妃乃さんからの通信を受けてから数分。この場においては、何も起こっておらず…けれど勢いは、魔人の方へと傾きつつある。

 

「誰が、逃げる事なんか…ッ!」

「だったらもっとやる気見せやがれッ!折角本気を出してやってんだから、温い事してんじゃねぇよッ!」

「折角って…知った事じゃないよ、そんなのは…ッ!」

 

 振るわれた両腕の軌跡から生まれるように、至近距離で現れる二体の蛇の様な魔物。それを綾袮は一太刀で纏めて斬り裂き、返す刃で魔人を狙うも、その一撃は靄を纏った右腕で阻まれ左腕の貫手が綾袮へ迫る。

 身体を捻り、突き出された左手を寸前のところで避ける綾袮。如何に戦場においては冷静な綾袮でも、妃乃さんからの連絡には動揺を禁じ得なかったのか、さっきまでよりその動きは精細さを欠いていた。

 

「はっ、それこそ知ったこっちゃねぇな!いいから黙ってテメェは……っと、当たらねぇんだよッ!」

「ちぃ……ッ!」

 

 自分に高速で動く両者の内、片方には絶対当てないようにして撃つだけの技術もなければ、遠くから普通に撃って当てられる可能性も大してないと判断した俺は、追撃をかける魔人へ向けて突撃をかけつつライフルで射撃。近付けば両方解決出来るという単純ながらも確実な方法で撃ち込んだ光弾は、しかし魔人には避けられ何もない場所を通り過ぎていく。

 飛び退く両者。速度を落とす事なくその間を駆け抜ける俺。そして俺が振り向いた時、そこに迫っていたのは魔人が放った魔物達。二丁同時の引き撃ちで取り敢えずその小型魔物群は片付けられるものの……その内に距離を引き離される。

 

「どっかで見た事あると思ったら、そっちの餓鬼も前に見逃してやった奴かよッ!世間ってのは狭いんだ、なッ!」

「く……ッ!綾袮!」

「顕人君……!」

 

 跳ね上げた砲の照射で一気に一網打尽とし、今度は正確な狙いを付けずに弾をばら撒く。狙いはほんの僅かでも魔人の注意を晒す事で、綾袮の実力を考えればこれだって少しは援護になる筈。現に連絡を受けるまでは、互角以上に立ち回れていたんだから。

 

「綾袮、俺がこうして面の攻撃を続ければ、奴も魔物を出し辛い筈。当然その分俺も狙われ易くなるだろうけど、ここは……」

 

 直撃コースの弾を魔人が左手で叩き落としている間に綾袮は踏み込み、数度斬撃。攻めた綾袮と凌いだ魔人、両者共にその場を飛び退き…綾袮が着地した場所の側へと俺も降り立ち、魔人を見やりながら並び立つ。

 魔物を呼び出す魔人の能力は、凄まじく厄介。単純に遠隔攻撃として使えるだけじゃなく、壁としての活用どころか、独立した一つの戦力としても使えるんだから、そんな能力が弱い訳がない。だけど魔物故に、倒す事が出来る。やはりどこかから転送してるのではなく、即席で作り出す能力なのか、独立して動くと言ってもその動きは割と単純だし、あまり硬い印象もない。つまり、個々の力は強くない、けれど自在に無数に魔物を生み出せるという能力であるのなら……強力な個には敵わない、けれど膨大な霊力量に物を言わせて撃ちまくる事なら大いに得意な俺という存在は、魔人に対して有利に働くんじゃないだろうか。当然その『強力な個』である魔人自身には通用しなくても、能力を俺が妨害し、魔人本体を綾袮が叩くという形なら…きっと倒せるんじゃないのか。

 そんな思いを胸に抱き、俺は綾袮に提案した。俺よりずっと戦いを知る綾袮に、判断を仰いだ。けれど、それに対する反応は……何もない。

 

「…綾袮……?」

 

 否定ではなく、難色を示すでもなく、完全な無言。魔人の動きを警戒しての事かと初めは思ったけど…それならもっと前から無言の状態になっていた筈。理由の分からない無言に俺は少し不安となり…次の言葉を発しようとしたその時、綾袮が静かに口を開く。

 

「…顕人君。顕人君は、別の部隊の援護に行って。ここは…わたしに、任せて」

「え……?」

 

 発されたのは、全く違う言葉。否定でも肯定でもない、俺の言葉からはかけ離れた返答。

 

「…それは、どういう……」

「顕人君の言ってる事は一理あるよ。わたしもそう思う。だけどこいつは、状況が状況だったとはいえおかー様とおとー様が本気で戦って取り逃がした魔人。なら多分、顕人君の言う通りにしてもすぐには倒せない。立ち回り易くはなっても、きっとかなり時間がかかる」

「…だから、俺一人でも他の場所の手助けに……?」

「そういう事。…大丈夫だよ、顕人君。わたし一人でも、勝機はあるから。何とかするから」

 

 そう言ってほんの一瞬こちらを向き、にこりと笑みを浮かべる綾袮。そこに、嘘や強がりは感じない。多分本当に、綾袮には勝機が見えている。

 だけど…その代わりに、感じるものがある。俺を心配させまいとするのとは違う、別の無理をしているような、そんな何かが。

 

(…もしや、綾袮……)

 

 あるとすれば、それはきっと俺へ対する不安。別の部隊を守る為とはいえ、俺一人を…まだ群れや魔人が潜んでいるかもしれない中で、一人向かわせる事への不安と心配が、綾袮に無理をさせているんだと思う。無理に自分を納得させて、俺を送り出そうとしている…確証はないけど、そういう事なんだと俺は思う。だって綾袮は、いつでも俺の身を案じてくれてるんだから。

 だとしたら俺に、何か出来るか。そんな綾袮に、どんな言葉をかけたらいいのか。…正解は分からない。でも…伝えたい思いなら、ある。

 

「…綾袮。それ…思いっ切りフラグじゃない?」

「え?……あ"…ほんとだ、これ死亡フラグじゃん…!ここは俺に任せて先に行けのパターンじゃん…!」

「やっぱり気付いてなかったか…綾袮って、ちょこちょこ狙ってないところでボケを繰り出してたりするよね……」

「うぅ、何その評価…ちょっと恥ずかしいんだけど……」

「はは…。…だからさ、俺がそのフラグを折る。こっから八面六臂の大活躍をして、最速でここに戻ってきて、綾袮の言った事を成立させない。…それが出来たら、格好良いだろ?」

「…顕人君…ふふっ、それは難しいハードルだよ?なんたってわたしは、顕人君よりずーっと強い、世界トップクラスの霊装者なんだからね」

 

 それは、凡そ戦場…それも魔人という強敵を前にしてするような会話じゃない。あまりにも気の抜けた、ふざけた会話。

 だけど…いやだからこそ、俺と綾袮が普段している、日常的な会話だからこそ、しているだけで心の中に安心感が湧いてくる。変に理屈を捏ねるよりも、ずっと大丈夫だって伝えられているような気がする。それに、ちゃんと俺が今思っている事、俺の抱いている意思も伝えられたんだから…大丈夫。

 

「よぉ、作戦会議は終わったか?わざわざこのオレが待ってやったんだ、詰まらねぇ策だったらどうなるか分かってるよなぁ?」

「…行ってくるね、綾袮」

「うん。任せたよ、顕人君」

 

 やはり敢えて待っていたのか、高慢な言葉をぶつけてくる魔人。その魔人へと睨み返した後、俺はふっと表情を緩め…穏やかな声と共に、小さく雪原を蹴る。綾袮からの「任せた」という言葉を受け止めながら、救援を必要としている部隊の下へと飛び上がる。

 

「なッ……テメェ、まさかオレの相手はこの女一人だけでするってか!?舐めた事してんじゃ……」

「──舐めた事?そっちこそ、あまりわたしを…舐めないでよねッ!」

「……ッ!…そうかい、そりゃあ悪かったなぁッ!」

 

 俺がこの場から離脱しようとしている事に気付いた魔人は、怒りを露わに俺へと仕掛けようとする。けれど次の瞬間、俺よりもよっぽと強く雪原を蹴った綾袮が一気に魔人へと肉薄し、上段から天之尾羽張の一撃を魔人の身体へ叩き込む。

 その一太刀を魔人が防御したところまでを見て、俺は背を向けた。背を向け、スラスターを吹かし、夜空を駆ける。救援に向かう為に。今すべき事を果たす為に。そして……有言実行、する為に。

 

 

 

 

 通信を元に、俺は複数の場所を転々とする事になった。それは代わる代わる魔物の群れが侵攻と撤退を繰り返し、その場での勝利は出来ても富士という広い戦場そのものでの戦闘は終わらない為。

…という説明だと、少し間違っている。戦闘が集結しない理由は、その通りだけど…俺が転々としているのは、俺の意思。霊力量だけは飛び抜けてる俺なら、何ヶ所も渡り歩いて継戦が出来ると俺自ら進言し、それを了承された結果…今の俺は、一人遊撃部隊みたいになっているのだ。

 

「はぁ…はぁ……ふ、ぅぅ……」

 

 今俺がいるのは、小さな洞穴。そこに腰を下ろし、一旦背中の砲は収縮させ、カイロを手に休んでいる。

 幾ら霊力量が飛び抜けてると言っても、無限にある訳じゃない。何度も戦って、その都度撃ちまくって、移動にも霊力を使ってるとなれば、そりゃガス欠が見えてくる。それに戦ってる以上は霊力だけじゃなく体力だって消費する訳で、そっちはほんとに限界が近い。

 

(…この辺りが引き時か…?へろへろの状態で戦闘に参加したって、足手纏いになるだけだし……)

 

 富士山という高度が高い場所なだけあって、息が整うのも普段より遅いような気がする。

 このなんちゃって一人遊撃部隊の任務を拝任する際、妃乃さんは言った。貴方にこんな役をさせて、普通自分達がやるような立ち回りをさせてしまって、申し訳ない、と。これは俺から言い出した事なのに、申し訳ないと妃乃さんは思っているんだ。なら、更に申し訳ないなんて気持ちにさせない為にも、俺は無理をしちゃいけない。

 それに綾袮だってきっと、無理してまで救援に回る事なんて望んでない。俺は俺がしたいからこうしてるとはいえ……誰かに負い目を感じさせたり、悲しませたりする事に対してその言葉を使ったら、その瞬間からそれはただの自己正当化になる。この思いが、保身の為のものに成り下がるなんて…そんなのは嫌だ。

 

「…けど、言っちゃったもんな…大活躍…は、まぁ…主観的に出来てると言えなくもないような気がしないでもないからいいとして……最速で戻るが、まだ達成出来てないもん、な…ッ!」

 

 自分を鼓舞すると同時に膝へ置いた両腕へと力を込め、ゆっくりと立ち上がる。カイロを仕舞い、エンジンを温め直すように軽くストレッチし、俺は洞穴を後にする。

 確かに疲れてる、消耗してる。だけど気力は、まだ衰えていない。それどころか、戦う度に燃え上がっている。まだだ、もっといけるって、心の中で叫んでいる。

 これは、一概に良いとは言えないだろう。疲労からハイになってるだけの可能性もあるし、気力じゃ体力は回復しないんだから。でも、もう少しだけ俺はやれる。楽になりたい気持ちで限界を決めるなんて…出来るもんか。

 

「こちら御道顕人。状況はどうなっていますか?」

「…君、大丈夫?まだ若い君が無理する事はないのよ?」

「…疲労はあります。だけど…いえ、だから…次で、最後にします。そこに、残りの力を注ぐつもりです」

「…分かったわ。まずは場所を教えて頂戴」

 

 僅かな沈黙の後、答えてくれるのは情報を取り纏めている支部から、各部隊へ指示を出してくれている人。その人曰く、段々と魔物を一箇所に集められつつあると、けれど動きからして、まだ何か裏がある可能性もあるとの事。当然これから俺が向かうのも、その地点。一番近い部隊に合流し、その攻撃を支援する。

 ゆっくりと一つ深呼吸し、飛び上がる俺。今言った言葉に、嘘はない。流れや状況次第でなく、自分からちゃんと線を引いて、そこまでに全力を注ぎ込む。

 だけど、全力で行くけど、残った力を使い切るとは言っていない。俺が見据えた着地点は、最後にやると決めている事は……一つ。

 

「……!見えた…!」

 

 体力集中力温存の為にやや抑えた速度で飛んでいた俺だが、それも移動中だけの話。戦闘の光が見えた時点で抑えるのを止め、一気に残りの距離を駆け抜けて撃ち始める。

 今俺が握っているのは、用意してもらったライフル。弾丸だけでなく、銃器そのものだって消耗品な訳で、しかも戦い方の関係から俺は他の人よりライフルの磨耗が早い。だから今は交換したライフルを握っているし、転戦するようになってからは砲の使用も控えていた。

 やっぱり、普段使ってるものじゃない武器の感覚には違和感がある。でもそんなの、一流の霊装者だったら言い訳になんてしないもんな…ッ!

 

「でぇええぃッ!」

 

 弧を描きながら光弾を放ち、魔物の動きが止まったところで左手のライフル(こちらも交換済み)と同時攻撃。蜂の巣にしたところでその場を飛び退き、次の瞬間俺のいた場所へ飛び込んできた別の魔物をすぐに砲撃。周囲へと視線を走らせ、敵味方の位置を確認する。

 

(多い…けど、手負いの魔物も結構……)

「顕人、顕人じゃないか!」

「よぉ御道、良いとこに来てくれた…!」

「皆……!」

 

 一箇所に集めつつある、追い込みつつあるという話の通り、魔物の側にも消耗が見える。けど消耗してるのに各々逃げない辺りは、やっぱり何かおかしくて…けれどそこに関する思考が始まる前に、俺は何人かに名前を呼ばれる。

 驚いて振り向けば、そこには前の作戦で仲良くなった皆が勢揃い。これはまた凄い偶然…じゃないか、こっちも総力戦って事だよな…!

 

「皆、魔物の勢いは俺が押さえ付けるッ!だから皆は……」

「止まったところを倒せ、だよなッ!あいよッ!」

 

 言うが早いか俺は高度を上げ、ざっくりした狙いで攻撃をばら撒く。上手く当たる個体、避ける個体、当たったけどものともしない個体、鼻先や足元を掠めてつんのめる個体。魔物の反応も様々で、皆はその内の当たって動きの鈍った個体や、つんのめって姿勢を崩した個体を優先的に狙っていく。

 そこは次なる援護を…そう思ったところで、逆に魔物から放たれる遠隔攻撃。咄嗟に高度を下げると針の様な遠隔攻撃は頭のすぐ上を抜けていって…けれど俺は、それで調査を崩したりしない。既にこの位なら、恐れない。

 

「させねぇ、よッ!」

 

 放ってきた魔物をすぐに特定し、砲で反撃。ライフルは弾のばら撒きを続け、同時ではなく左右の砲を交互に撃つ事によって目標の魔物を追い立てる。

 全く恐怖がないと言ったら嘘になる。でも前程は怖くない。それよりやってやろうじゃねぇかって気持ちの方が強くて、気持ち関係なしに思考は回り続けている。

 アドレナリンのおかげか、重ねてきた経験の賜物か、或いはその両方か。まあ何にせよ、この程度…魔人や魔王、それにゼリアさんに比べりゃ驚異でもなんでもねぇ……!

 

「もらったぁッ!」

 

 敢えて対応が遅れたような砲撃を放った次の瞬間、回避に専念していた魔物はくるりと振り向き、口を開いて針を飛ばしてこようとする。

 けれどそうくると思っていた。反撃を狙っているという予想はついていたから、わざと外し…振り向く挙動に入った時点で、もう一門の砲を撃ち込む。結果本命の砲撃は、口を開いたタイミングとバッチリ重なり…針は発射される事なく、砲撃がその顔を貫く。

 

「ひゅー、俺等も負けてられないね…!」

「ああ、顕人だけに良い思いはさせねぇさ…!」

「…いいねぇ、若いって。なら、おじさんももう少し頑張ろうかな…!」

 

 聞こえてくるのは、思いが奮い立ったような声。俺が派手に撃てば撃つ程、それが加速しているような気がする。

 多分これが、刀一郎さんの言っていた事なんだろう。でも今は、そんなに気にならない。全力で戦い、全力で守り、綾袮の下に戻る…それさえ頭にあれば、それで十分だ。

 

「……っ、弾切れ…!えぇい、両方ビームの方が良かったか…ッ!」

 

 何も出てこなくなった実弾ライフルを手離し、代わりに純霊力剣を柄だけの状態で抜いて手に。まだ実弾ライフルはマガジンが一つ残っているけど…今はその余裕もない。やろうと思えば出来るけど、今俺の中にある勢いを止めたくない。

 味方へ突っ込もうとしていた数体の魔物の前へ砲撃を撃ち込み、進路上へ光芒を置く事によって味方を支援。続けてすぐに視線を宙へと向け、飛び掛かってくる魔物へと射撃をかける。

 単発の威力は決して高くないライフルじゃ、飛行し勢いが付いている相手は中々止められない。だからこそ俺は光弾をギリギリの距離まで撃ち込み…衝突の寸前、右に避けると同時に左に持った霊力剣で一閃。高い切断力を持つ霊力剣は魔物を深々と斬り裂き、射撃によるダメージと合わさる事でそのまま絶滅。ふっと小さく息を吐き、それで気を引き締めて次なる敵へ。

 

「さぁ皆、後少しで目標地点まで押し返せる!けどそういう時こそ一番油断しちゃあいけないよ!おじさん、経験だけは豊富だからね…ッ!」

(あの人が部隊長だったのか…!…でも確かに、相談をしそうなタイプの人だ……!)

 

 俺と同じ二丁ライフルスタイルで一見なよなよと…けれどよく見れば魔物の攻撃を的確に交わし、最小限の弾数で魔物を倒している中年らしきその人が、どうやらここの指揮官らしい。多分この人はぐいぐい引っ張ってくれるタイプじゃなきゃ、冷静且つ緻密な指示で部隊を動かしてくれるってタイプでもないんだろうけど…こういう人なら、些細な事でもきちんと報告しようと思える。殆ど知らない俺でもそう感じたんだから、きっとこの部隊の人はもっとそう思ってる筈。

 後一歩。それは気力に直結する言葉で、どんなに疲れていたとしても、後一歩だと思うだけでまだやれるような気がしてくる。そしてそれが気休めではなく、本当に後一歩ならば、十分な力となって魔物達を……

 

「うわぁああぁぁぁぁッ!?」

 

 そう思った次の瞬間、聞こえてきたのは悲鳴。弾かれるようにして振り返れば、そこには落下していく味方の姿。不味いと思った俺はすぐにその後を追い、ライフルの様に霊力剣も手離してその人を掴む。

 

「うっ……す、すまない…」

「ま、間に合っ──」

「先輩ッ!上っすッ!」

「……ッ!?」

 

 雪原に落ちる寸前に腕を掴めた俺は、そのギリギリ具合に安堵……しかけた次の瞬間、ずっと消えていた慧瑠がかなりの声量で突如叫ぶ。

 それに驚いて腕を離し、条件反射的にライフルを上へと向けた俺。そして気付く。俺がライフルを向けたその先にいた、一つの影に。

 

「…反応は悪くない。けど……」

「……ッ…!」

 

 ヤバい。本能的にそう感じた俺は、誰なのか確認する事もなくトリガーを引く。…いや、引こうとした。けれどそれよりも一瞬早く、その存在は俺のライフルを掴み……破壊する。

 

「な……ッ!?」

「後ろに飛ぶっす先輩ッ!早くッ!」

 

 力で握り潰した訳じゃない。武器を使った訳でもない。ただ、触れられた砲身が一瞬歪んだように見え…何なのか理解する前に、触れられた部位周辺がバラバラに砕けた。

 全く予想出来なかった事に茫然としそうになった俺を動かすのは、慧瑠の声。言われるがままに俺は飛んで…飛んでからそれが、奴から離れろって意味だと気付いた。

 俺が離れ、落下した人も奴の危険性を理解しているのか跳躍し、すぐにその存在へと放たれる味方からの射撃。それによって雪煙が上がり、一度奴が見えなくなり……けれどその煙が晴れた時、そこには健在な奴の姿。

 

(くッ……後一歩ってとこで、魔人かよ…ッ!)

 

 一見人の様な体躯。この場に突如現れた事。ライフルを破壊した、謎の力。そして防いだのか避けたのかは分からないものの、射撃を受けても落ち着いたままで一切揺らいでいない表情。あぁ、そうだ。間違いない。奴は……魔人だ。

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