双極の理創造   作:シモツキ

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第百八十六話 潰える夢

 霊装者の力に目覚めた時、俺は嬉しかった。危うく死にかける、殺されかけるところだったのに、その原因は俺に霊装者としての才能がある事だったというのに、それでも俺は嬉しかった。

 それは何故か。…そんなの、決まってる。俺が、そういう存在に…非日常に、憧れていたからだ。ファンタジー、異能、常識の通用しない領域の何か…そういうものに憧れて、そういう世界に俺も行ってみたくて、ずっとずっとその思いを心の中に秘めていたからだ。どうせそんなものはない、つまらなくはないけど最後まで『普通』で終わるのが人生なんだと心のどこかで思いながらも、それでも期待を捨てていなかったから、あの瞬間は俺にとって夢が叶ったようだった。

 けれどそれは違う。確かに夢の一部は叶ったけど、同時にそれはまだ始まりでしかない。夢見ていた世界の入り口に立っただけに過ぎない。ちゃんとそれが理解出来たから、俺は頑張って、頑張って、色々な経験をして、多くの人にも出会って、楽しい事も苦しい事もあって、時には命を落としかけて、それでも一歩一歩進んで、大切だと思えるものも出来て、だからもっと頑張って、強くなろうと思って…やっと段々強くなってきたと思ったのに、それなのに……

 

「…何、を…言ってるのさ……」

 

──綾袮は、言った。俺から、その力が…霊装者としての能力が、なくなっているんだと。

 

「信じられないと思うけど…これは嘘でも、冗談でもないよ」

「ば…馬鹿な事、言わないでよ…そんな、訳……」

「現に、出来ないんでしょ?霊力の、付加が」

「……っ…!」

 

 そんな訳あるか。そんな馬鹿な事があるもんか。信じられない、信じられる筈のない俺は綾袮の言葉を否定しようとして…指摘される。今ここにある、目の前で起こっている、現実を。

 

「これは…だから、ちょっと身体が不調なだけで……」

「うん、確かにその可能性もゼロじゃないよ。だって今はまだ、それに流せなかったってだけだから。…でもね、顕人君…君だけじゃ、ないんだよ」

「え……?」

「言ったよね、かなりの人がまだ意識不明だって。かなりの人は、まだ目を覚ましてないけど…何人かはもう、目を覚ましてるの。顕人君より先に目覚めた人達もいて……その全員が、霊装者としての力を発揮出来なくなってる。あの光に飲み込まれて、能力の確認が出来た人の、全員が」

 

 俺から目を逸らす事なく、言い淀む事もなく、綾袮は言う。真剣な顔で、宮空家の人間としての表情で、俺に事実を伝えてくる。

 

「…だ、だとしても、そんな…そもそも急に、なんで……」

「…あの光だよ。あの光が、あの光に飲み込まれた事が、原因。…顕人君も、感じたでしょ?あれがどれだけ、常軌を逸したものなのかを」

 

 そう言われて、思い出す。あの光に飲み込まれる前、飛び上がった直前、俺は感じた。あれがどれだけ危険な光なのかを、本能的に。

 

「あれに飲み込まれた事で、霊力を…力を根こそぎ、吸収された。だから…だから、今の顕人君は、普通の人と同じような状態なの。完全に普通、って訳じゃないのかもしれないけど…少なくとももう、霊装者じゃ…ないの」

「…………」

「…これが、起きたばっかりの顕人君に言うような事じゃないってのは分かってる。すぐに飲み込めとも言わないよ。けど……」

「……あるもんか…」

「え……?」

「そんな事が…ある、もんかよ……ッ!」

 

 言葉を途中で遮るようにして、それ以上言わせないようにして、それは拒絶する。綾袮の言わんとしてる事を、突き付けられる現実を。

 

「霊力が…霊装者の力が無くなったなんて、そんな簡単に言われて堪るか…そんな簡単に、無くなって堪るか……!」

「あ、顕人君…あのね、これは……」

「俺は、認めない…そんな事、あるもんか…ッ!」

 

 毛布を捲り、立ち上がる。拳を握り締めて、怒りにも似た思いで肩を震わせて。

 立ち上がった俺を、綾袮は引き止めようとした。けどそれを俺は視線で制して、部屋を出る。別にどこか、行きたい場所がある訳じゃない。ただ今は、このまま話をしていたくなかった。この行為に、認めないという言葉に、たとえ一片の意味すらなくても…俺はこのまま、綾袮の言葉を受け入れるなんて、出来もしないししたくもなかった。

 

(そうだ、そんな訳ない…きっと何か、誤認があるんだ…他に理由が、ある筈なんだ……!)

 

 部屋を出てからも、頭の中を渦巻くのは話した事。ナイフに霊力を流せなかった事。

 あり得ない、あり得ないんだ。綾袮の言う事が、真実で良い筈がない。俺から力が無くなってるなんて、あり得る訳がないんだ。

 

「…ねぇ、慧瑠。慧瑠も、そう思うでしょ?慧瑠は、これについてどう考えてる?」

 

 当てもなく歩き、角を曲がり、行き着いたのは外の非常階段に繋がる突き当たり。そこで半ば俯くようにして、俺は訊く。綾袮とはまた別方面でこっちの世界の事に詳しい、慧瑠に。

 考えてみれば、慧瑠はかなり早い段階から違和感を抱いていた。その時点じゃ何もなかったし、任務中だからどうしようもないだろうけど、もしその段階から対応していれば、誰も被害に遭わずに済んだのかもしれない。非現実的なたらればだけど…それもまた、一つの可能性。

 そんな慧瑠は、きっと誰もが予想しなかった事を成し得た慧瑠なら、今の俺の状態をどう見るか。何が原因だと判断するか。きっと慧瑠なら、違う答えを出してくれる。無くなった訳じゃないと言ってくれる。…そんな根拠もない期待を抱きながら、俺は慧瑠へと訊いて……けれどそれに対する反応は、何もない。

 

「……慧瑠…?」

 

 変に思って、もう一度呼び掛ける。けどまた反応がない。無言とかじゃなくて、そもそも全く慧瑠の事を感じない。

 見回してみる。でもどこにも、慧瑠の姿はない。待ってみても、三度目四度目と慧瑠の名前を呼んでみても、常に共にいた慧瑠がいない。

 

(…どういう事…?まさか、結界的なものがここには張ってあって、入れなくなっているとか…?)

 

 ここは協会が管理する施設で、怪我をした霊装者が集まるという観点から、魔物や魔人に対する防衛策を講じていてもおかしくはない。

 けど、慧瑠はもう普通の魔人じゃ…普通の存在じゃない。綾袮でも全く認識出来ないような今の慧瑠へ有効な結界なんて張れるのかどうか甚だ疑問だし、そもそもそういう術自体があるのか不明な訳で、この線はあんまり濃厚じゃない。

 じゃあ、何なのか。何が理由で、慧瑠は今ここにいないのか。あれだけ特異な存在の慧瑠が、俺ありきの存在だって言っていた慧瑠が、こんなにも現れないし感じる事も出来ないなんて……

 

 

 

 

 

 

「…………ぁ…」

 

 

 

 

 俺は、気付いた。気付いてしまった。慧瑠が現れない…慧瑠がいない、その理由に。

 もしも俺が今気付いた通りなら、辻褄が合う。説得力も生じる。あぁ、でも、だけど…認めたくない。そうであってほしくない。だって、だって……

 

 

──もしその理由が、俺が霊装者でなくなったからだったら…霊装者としての俺が死んだ事で、慧瑠を繋ぎ止める力も失われたのだとしたら……もうどこにも、慧瑠はいないって事だから。

 

「…あ、あぁ…ああぁああああ……」

 

 心を捻り潰されるような、泥沼の中へ沈んでいくような、そんな感覚が俺を包む。

 そんな訳ないと、そんな事認めないと、俺は言いたかった。さっきのように、綾袮へ言ったように。けれど言葉が出てこない。呻き声しか、絶望が欠片となったような声しか音にならない。

 

「慧瑠…ああ、ああああああ……」

 

 膝を突く。だらりと両手が下に落ちる。湧き上がるのは、暗く冷たい絶望感。

 認められないから、認めたくないから、綾袮の言葉を俺は拒絶した。でもそれは、結局のところただの虚勢。綾袮に言っていたようで、本当は自分に向けて言っていた言葉。心の奥底では、綾袮の言葉と目の前の事実で、俺にもう力はないんだと理解してしまっていて…だけどそこから目を逸らす為に、奥底からの声を搔き消す為に、俺は強く否定していた。

 でももう、逸らし切れない。それ程までに大きな事実が、絶対的な現実が、争う事すら出来ない絶望が……俺の心に、『慧瑠はいない』という楔を打ち込んでいた。

 

 

 

 

「あ…顕人、君……」

 

 気付けば俺は、自分の当てがわれた部屋へと戻っていた。戻る道中の記憶はなく……心にあるのは、ぽっかりと開いた喪失感。

 

「え、と…そ、そうだ顕人君。顕人君の活躍は、結構色んな人が評価してるんだよ?勇敢さや周りに与える影響もだけど、結構周囲を見て動く事も出来るって……」

「…それを、今の俺が聞いて喜ぶと思う…?」

「…それ、は……」

 

 戻ってきた俺に対して。綾袮は励ますような事を言ってくれる。でもそれに対して俺が返したのは、卑屈な言葉。言ってからすぐに、その発言が性格の悪いものだって事には気付いたけど…今はそれを、訂正する気にもなれない。

 

「…ねぇ、綾袮…俺はもう、本当に霊装者じゃないのかな……」

「か、確定とまでは言わないよ?まだ状況証拠だけで……」

「気休めは、いいよ。…俺はもう、霊装者じゃ…ないんだね…」

「…気休めじゃないよ、気休めじゃないけど……うん」

 

 俺が言葉を遮り、語尾を変えてもう一度言うと…綾袮もまた、小さくだけど確かに首肯。…それで良い。もう、俺自身理解してしまったから。今の俺の事を。今の俺が、もう霊装者ではない事を。

 

「…俺さ、夢だったんだ…最初からこっちの世界にいた綾袮には、理解出来ないと思うけど…こういう世界に、憧れてたんだ……」

「…そう、だったんだ……」

「だからさ、嬉しかった…自分にそういう力があって、戦えて、色々な『普通じゃない』経験を出来た事が…そこに危険があったり、死にそうになる事もあったけど…それでも全然気持ちが揺らがない位、俺は一つ一つに喜びを感じていたんだよ…」

 

 それから俺は、語り出す。訊かれた訳じゃない。伝えたい訳でもない。ただ、でも…言わずには、話さずにはいられなかった。

 

「本当に嬉しかったし、毎日が充実してた…訓練だって、大変だったけど…少しずつ強くなってるって、自分が霊装者として一歩一歩進めてるって、そう思えたから何も苦じゃなかった…。それに、こうして綾袮と仲良くなったのも、ラフィーネやフォリンに出会えたのも……切っ掛けは霊装者なんだ。俺にこの力がなかったら、出会ったり仲良くなったりしなかった人は…沢山、いるんだ…」

「…顕人君……」

「たった一年…ううん、まだ一年も経ってないけど…この一年は、これまでの十六年強全部と比較しても遜色ない位、俺にとって満ち足りた、幸せな時間だったんだよ…俺が過ごしたこの一年は、そういう世界だったんだよ……なのに、なのに…なんで…ッ!」

 

 振り返れば、思い出が沢山ある。つい数日前の事のように思い出せるものだって、幾つもある。これは俺の、大切な思い出で…だけど漫画やドラマで言うような、「この思い出があるから」…なんて気持ちにはなれない。失った悲しみは、失われた未来への絶望は、思い出なんかじゃまるで拭えず…むしろ、余計に辛い。それがもう過去のものなんだと、もう続かないものなんだと思えてしまって、辛い気持ちしか湧き上がってこない。

 

「畜生…大怪我を負って、それで戦えなくなったなら納得もいくさ…!弱かった自分の、正しい判断の出来なかった自分のせいなんだから…!俺はあの日始まった霊装者としての人生に、その道に、命だって賭けるつもりだったんだ…!捨てる気はさらさらないけど、この命を燃やして突き進もうってずっと思ってたんだ…!なのに…霊力がなくなったって、なんだよ…ッ!あんな得体の知れない光に飲み込まれて、こんな訳も分からないまま、気付いたら力が無くなってて、もう霊装者じゃないだなんて……そんなの、納得出来る訳がねぇだろうがよぉッ!こんなにもあっさりと、こんなにも呆気なく夢を奪われて、まだまだもっと先に進みたかった思いもあって、守りたいものや貫きたいものも沢山あったのに…畜生、畜生、畜生ぉぉ……っ!」

 

 ダムが決壊したように、それまで少しずつ漏れ出ていた俺の思いが、やり切れない気持ちが、一気に溢れ出す。肩が震える程に拳を握り締め、床を見つめ、どうにもならない現実に向けて悔しさの丈を叩き付ける。

 これを綾袮に聞かせたかった訳じゃない。そもそももう、綾袮が聞いているという意識もなかった。ただ俺は思いを抑え切れなくて、吐き出したくて、ぶつけたくて……

 

「…ごめん、なさい…ごめんなさい、ごめんなさい…顕人、君…っ!」

 

──聞こえてきたのは、綾袮の謝罪の言葉だった。涙に濡れたような、震えるか細い声だった。

 その声に引き付けられるようにして、ゆっくりと顔を上げる俺。そして俺が見たのは…自らの肩を抱き、涙を零す綾袮の姿。

 

「やっぱり、止めるべきだった…もっとちゃんと、わたしが止めるべきだった…!わたし、顕人君が頑張ってる事も、霊装者である事に対して強い思いを持ってる事も知ってたのに、わたしが止めていれば、こんな事にはならなかったのに…!」

「…綾、袮…ち、違う…それは違うよ綾袮、俺は……」

「ううん、わたしの…わたしのせいなの…ッ!ほんとはわたし、知ってた…!あれを、あの光の存在を…!こういう事が起こるかもしれないって、富士山はそういう場所なんだって、前から知ってた…!知ってたのに、話さなかったから…秘密に、してたから…ッ!ごめんなさい、ごめんなさい顕人君……っ!」

 

 ぽろぽろと涙を零し、自分を責める綾袮に、思わず俺は違うと言った。だって、本当だから。綾袮は真剣に俺を止めていて、それでも俺は調査に参加すると言ったんだから。選んだのは、俺自身なんだから。

 けれど、綾袮の懺悔は続く。綾袮は言う。そうじゃないんだと。これは想像し得なかった事態ではなく、その可能性を初めから認識していた事態なんだと。

 

「…知っ、てた…?じゃあ、綾袮は…協会は、その危険があるって分かってて…その上で、この調査を実行したの…?分かってて、秘密にしていたの…?」

「…うん…今回起こった事は、協会にとって…ううん、霊装者の世界全体にとっても極秘事項で…それに、不明なままになってる部分も少なからずあるから、一部の人間以外には秘匿にするように、って決まりになっていたの……」

 

 思いもしなかった吐露に茫然となりながらも訊き返すと、綾袮は項垂れ罪を告白するかのように話を続ける。

 不幸な事故だと思っていた。予想なんてしようのない事故だからこそ、やり切れない思いをぶつける相手もいないと思っていた。だけど、そうじゃないのなら…故意ではないにしろ、予想し得た事態であり、その上でわざとその事を隠していたのなら……抱く感情は、大きく変わる。

 それに、そういう事なら全員が霊装者なのに、護衛部隊と調査部隊で、完全に役目が分かれていた事も合点もいく。調査部隊全員が、この事を知っていたのかは分からないけど…それもきっと、真実を隠す為。

 

「…そこまでして、隠さなきゃいけない事なの…?こういう危険があるって事は、それだけだったら話しても良かったんじゃないの…?霊装者が何人も、何十人も一気にいなくなる事は、協会にだって損失でしょう…?」

「…それがね、組織なんだよ…協会の形にしたのは、おじー様達だけど、霊装者の組織自体はそれよりも前からあって…普通じゃ見えないところに、色々なものが隠されるようになるのが…組織って、ものなの……」

「……っ…だったら、綾袮は……ッ!」

 

 それが、組織というものだから。そのあまりにも理不尽な、身勝手な理由に、湧き上がる怒り。

 俺だって、そういう事は理解出来る。ラフィーネとフォリンの件、慧瑠の件で俺も胸を張れないような事をしてるから、糾弾出来る義理じゃないかもしれない。でも今回の件は…そういうレベルの話じゃない。そういうものだから、で片付けられる訳がない。

 そしてそれはつまり、綾袮は分かった上で黙認していたという事。組織の側に付いていたという事。綾袮の事は心から信頼して、尊敬もしていたからこそ、俺は裏切られたような気持ちになって……だけど、気付く。

 

「…待てよ…じゃあ、今…綾袮が、俺に話しているのも……」

「…そうだよ。本当は、話しちゃいけないの…秘密にして、誤魔化さなきゃいけない事……」

「…なら、どうして……」

 

 あの白い光の事は、秘匿にしなければならない。もしそうなのであれば、仮に多くの人に見られたとしても、だからと言って真実を話したりはしない筈。現に俺は、言われるまでこれが想定外の事故だと思っていたのだから。言い換えるならそれは、そういう方向で誤魔化してしまう事も可能な筈だって事。

 にも関わらず、綾袮は話した。嘘を更なる嘘で覆い隠す事はしなかった。それを、まさかと思って訊くと…綾袮は言う。言って、続ける。

 

「だって、だって…わたしはもう、顕人君を裏切れない…っ!今更だけどっ、もう言い訳にしかならないけどっ、これ以上顕人君を傷付ける事なんて出来ないっ!したくない…っ!」

「……綾袮…」

「わたしもっ、楽しかった!最初は、役目で一緒に生活し始めただけだったけど、今はもう違う!霊装者とか、協会とか関係なしに、顕人君と一緒に居たいって思ってるのっ!顕人君と居るのが、顕人君が居るのが、今のわたしの『いつも』だから!…だけど、なのに…なのにっ、わたしは…うぁ、うぁぁぁぁ……っ!」

 

 綾袮もまた、堰を切ったように…抑えていたものを解き放つようにして、言葉を紡ぐ。紡ぎ、後悔と自責の涙を流す。

 知らなかった。綾袮が、そこまで思ってくれていたなんて。想像していなかった。こんなにも綾袮が、後悔をしていたなんて。

 

「わたしのっ、せいだ…っ!わたしが、止めなかったから…嘘を吐いて、騙してたから…そのせいで、顕人君は…顕人君のっ、夢は…わたしっ、が…顕人君からっ、夢を……ッ!」

「……もう、いいよ綾袮」

 

 明るく、前向きで、良くも悪くもいつだって快活だった『俺の知る綾袮』からかけ離れた、罪の意識に苛まれる姿。自分を責め、自分を否定し、自分を追い詰める今の綾袮。

 それは酷く悲痛で、霊装者でも何でもないただの…いいや、本来なら十代の女の子がとても背負うようなものじゃない責任や義務の数々と、一人の少女としての感情に押し潰されそうになっている綾袮が今も、泣き続けていて……だから俺は、抱き締める。側に寄って、座る綾袮の前で膝を折って包み込む。

 

「…あき、ひと…くん…?…なん、で……」

「…もう、いいんだよ綾袮。…良くないけど…俺だって辛いし、まだ認めたくもないし、綾袮の事を悪くないとは言わないけど……」

 

「…それでも俺は、綾袮に泣いてほしくない。綾袮が辛そうに、苦しそうに泣く姿は…見たく、ないんだ」

 

 頭を胸元に抱き寄せ、優しく抱き締め、俺は伝える。俺の気持ちを。俺の思いを。諭すように、ゆっくりと。

 

「…ぁ…ぅぁ、あ…ぁああああああっ!ごめんね、ごめんなさいっ、ごめんなさい顕人君…っ!わたしはっ、わたしはぁぁ……っ!」

 

 その言葉が、その行動が引き金となり、更に後悔の涙を流す綾袮。懺悔の言葉を零す綾袮。泣く姿は見たくないと言ったけど、だからといって無理に止めたりはしない。頭を撫で、背中をさすり、綾袮が落ち着くのを…落ち着けるまで気持ちを吐き出せるのを、静かに待つ。

 そうだ。多少取り繕いはしたけど、本当は綾袮に対する怒りもあるけど、それよりも今は綾袮に泣いてほしくない。霊装者としての力を失った俺自身への気持ちも、協会や隠していた一部の人達に対する気持ちも、俺の中では渦巻いているけど…それを差し置いても、俺は綾袮に笑ってほしい。……そう、心から思ったんだ。

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