普通の日常、というのはどうやら退屈らしい。突然戦いが起こる事もなく、想定外の事態で心労を抱える事もなく、家でも学校でも同じ様な日々が毎日続く。それが、普通の日常。
普通の日常、同じ様な日々…と言うと大概の奴は詰まらないもの…と繋がるんだろうが…俺はそうは思わない。確かに四六時中楽しいとは思わないが、同じ様な日々でも楽しい事は沢山ある。好きな食べ物を口にした時、趣味に没頭している時、気心の知れた相手と話す時、一日の終わりに睡魔に身を任せて寝る時…普通の日常でも、ありふれた事柄でも、楽しいという感情や幸福感を抱く出来事は沢山あるじゃないか。そういう事は慣れていないと気付かない…とは言うけれど、実際にはそんな事ない筈だ。ただ後から振り返ると特筆する程ではないと思うだけで、その瞬間その瞬間は確かに幸福を感じるのが人間なんだ。
だから、俺は断言出来る。今の俺は…普通の日常を送っている俺は、幸せだと。
*
「緋奈さんやーい、お兄ちゃんはそろそろ待ちくたびれますぞー」
協会に所属するか否かの件が終わってから暫くした、ある休日。俺は靴を履いた状態で玄関の廊下と土間の境の部分…具体的には上がり框と呼ばれる部分に腰掛けていた。これがどういう状況なのかは…俺の発言見れば分かるんじゃないだろうか。
「もうちょっとだから待って〜」
「俺、こういう場合における女の子のもうちょっととか後少しってあんまり当てにならないと思うんだけどー」
「じゃあ、もう暫く待って〜」
「えぇー……」
少し捻くれた言い方をしたら急いでくれるかな〜…と思ったら、行動ではなく表現を変えられてしまった。もう暫くって…人を待たせてるんだからそりゃないだろ……俺一人で行ったってしょうがないから待つけどさ。
「今何選んでるんだー?スカートかー?」
「ううんー、ちょっと部屋の模様替えしてるところー」
「へー……って今!?今やる!?これから出かけるって時に、兄を待たせてる時に模様替えやる!?はぁぁ!?」
「冗談冗談、でもお兄ちゃんこそその質問はちょっとデリカシーに欠けてると思うよー?」
「緋奈だからこその質問だ、安心しろー」
「…それは安心出来るのかなぁ……」
なんてやり取りをする事数十秒。話しかけてたら急ぐどころかむしろ遅くなるか…と思って黙ろうとしたところ、ガチャリと言う扉の開く音が聞こえた。どうやらやっと準備が終わったらしい。
「待たせてごめんね、お兄ちゃん」
「気にすんな…とは言わんが、別に腹立ててる訳じゃないからな。今後気を付けてくれりゃそれでいいさ」
「んー…まぁ、善処はするよ」
「なら結果として現れる事を祈るか…」
玄関へと姿を現した緋奈を連れ、外へ。
そう、今日は緋奈と一緒にお出かけである。俺はちゃんと約束を守る男なのだ。
「…………」
「…………」
「……ね、今日はどこ行く気?」
「ま、ぶらぶらとな。全く決めてない訳じゃないが…決められた通りの場所に決められた時間で行くなんて窮屈だろ?学校の課外授業じゃあるまいし」
「そっかぁ…」
「…………」
「…………」
「…んーと、緋奈」
「……!何かな、お兄ちゃん?」
「…なんか俺、変か?」
取り敢えず繁華街へと足を向けて歩き出す俺達。……が、どうも緋奈の様子に違和感を禁じ得ない。
緋奈は今日をそこそこ楽しみにしていて、今だってわざわざ俺を待たせてまで準備していた。にも関わらずいまいちはしゃぐ様子もなく、それどころかちらちらと俺の方を見てきている。…一体どういう事なんですかね?
「いや、別にお兄ちゃんは変じゃないけど…」
「じゃ、間違ってるのは世界の方か?」
「なんでそんな厨二チックな発想になるの…お兄ちゃんも世界も間違ってません」
「ならなんだよ?」
「……服」
「服?……履いてますよ?」
「お兄ちゃんはとにかく明るいキャラじゃないでしょ!…はぁ、もういい……」
普段の調子でボケてみたら、緋奈は溜め息をついて項垂れてしまった。とぼとぼと数歩先を歩く緋奈の姿を見て、俺は思う。…わーってるよ、服って言われりゃ分かるよ。とはいえなぁ、冗談ならともかくこういうのをマジで言うのは恥ずい訳で…。…ま、期待されたんだ。お兄ちゃんとして応えん訳にもいかないよな。……よし。
「……似合ってると思うぞ。特に上…ええと、チューブトップだっけ?…が、な」
「…お兄ちゃん……」
俺がそう言った瞬間、緋奈はぴくりと反応した。…流石に俺にゃ女心なんて分からんし、家族に格好を褒められてもそこまで嬉しいとは思えないが……どう思ったのか言ってほしかった、って事位は伝わるからな。…つっても、服って言われるまで分からなかった時点で察しがいいとは言えないが。
緋奈が止まってる間に今度は俺が追い抜く。さて、あんまり詳しく言うのもクールじゃねぇし、ここは格好良く先を歩いて……
「…お兄ちゃん、照れてる?」
「……うっせ、妹とはいえ女の子褒めるのは恥ずいんだよ…」
「へぇ…じゃあ、ひゅーひゅー言ってあげようか?」
「なんで褒められてる奴がひゅーひゅー言うんだよ…」
「あはは、それはそうだね。〜〜♪」
……緋奈は余計な事に気付く妹だった。くそう。
そんな感じでちょっと調子を狂わされた俺とご機嫌になった緋奈。十数分程歩いたところで俺達は……千嵜家御用達のゲームセンターへと到着する。
「やっぱり二人でお出かけってなったらまずここだよね」
「だな。んじゃ…勝負といこうじゃねぇか」
にぃ、と不敵な笑みを浮かべ合い、俺達はゲーセンへと突入。目に付いた対戦ゲームを片っ端から行うという、血気盛んなプレイで遊び始める。
「はっはー、反応が遅いぞ緋奈よ!」
「むむ…相変わらず大人気ないね!」
「大人気も何も一歳しか違わないからな!」
「それはそうだけど…リズム系ゲームになったら覚悟するんだね!」
まずはガンシューティング、続いてレーシング、その後は体感型ダンスゲームと休憩無しで三連戦。緋奈の言った通り、ダンスゲームでは惨敗の俺だったが…その前二つは勝ってるから別に悔しくはないです。なんなら負けたダンスゲームもぴょこぴょこと跳ねる緋奈が見れたので満足です。
「今のところ一勝二敗、か…まだまだやるよね?」
「当然。圧倒的勝利を飾るまでは止められないな」
「圧倒的惨敗をした後でよくそれ言えるね…んと、次は…クレーンゲームとかにする?」
「クレーン?…いや、嫌いじゃないが…勝負には向かないだろ。回数やら景品ごとの点数やらを細かく設定しないと勝敗つけ辛いし」
「言われてみるとそうだね。じゃ、コインゲームかパンチマシーンか…って、パンチマシーンとかわたし絶対不利だ……」
定番対戦ゲームを初っ端に消化してしまったせいで、早くも迷い始める緋奈。そんな緋奈の様子を見ながら俺は感慨深い気持ちを抱く。
千嵜家御用達、と言った通りこのゲーセンに来るのは初めてではない。これまで何度も来ているし、更に言えば両親と来た事もそこそこある…というより、親父にとっても愛着のあるゲーセンなのか俺と緋奈はよく連れてきてもらっていた。そんな家族単位で来ていた場所だからこそ、ここへは今でも俺達が時々来るし、来る度に満足して帰っている。……まぁ、こういう事考えると少し両親の事思い出して寂しくもなるんだけど…な。
「…よし、決めた。お兄ちゃん、次は格ゲーにしよう」
「…ん、そうだな…って格ゲー?お前、格ゲー得意だっけ?」
「いやそんなに。でも格ゲーなら勝敗分かり易いし、正直わたしは楽しければそれでいいからね」
「……それは負ける事を予期した予防線か?」
「まさか、楽しければそれでいいけど、楽しい上で勝てたらもっと嬉しいからね。負けるつもりは毛頭ないよ」
「ま、だよな。…よし、じゃあ第四試合といくか」
感傷的な気分になる前に、俺は緋奈の声に意識を引き戻される。一方意識を引き戻した緋奈の方はあっけらかんとした様子で、俺と違って雑念なく今この時を楽しんでいる様に見える。そんな緋奈に一瞬俺は「呑気だなぁ」と思ったが…実際は緋奈が呑気なのではなく、俺が陰気なだけなんだとすぐに気付いた。
そう、俺は思い出に浸りに来た訳でもなければ、不幸を嘆きに来た訳でもない。緋奈と出掛けたいと思って、最初に来たのがこのゲーセンで、思いの向くままに緋奈とゲームに興じていたのだ。だからそこに感傷的な事を考えなきゃいけない理由は無いし……そんな辛気臭い事考えるより、緋奈と目一杯楽しんだ方がずっといいに決まってる。…それに、親父とお袋との思い出がある場所でローテンションになるのも二人に悪いし、な。
その後も俺と緋奈は競い合いながらゲームを続けた。結果、俺は総合勝利こそしたものの圧倒的勝利は出来ず、緋奈もああ言ってた割には中々悔しそうにしていたが……それでも満足出来る位には十分に楽しむ事は出来のだった。…少なくとも、俺が思う限りはな。
*
ゲームセンターで結構な時間を過ごした俺達。ゲームでもやっぱり頭を使う以上長時間やれば空腹になるし(更に言えば身体動かすゲームもアーケードにゃそこそこあるからな)、そうでなくともお昼には丁度いい時間という事もあって、ゲーセンを出た後俺達は即次の目的を昼食に決めた。
で、その目的通り俺達は緋奈が選んだカフェに入った。……入ったんだが…
「うにゃ〜〜」
「にゃー?にゃにゃ〜?んにゃあ〜」
……カフェはカフェでも、緋奈が選んだのは猫カフェだった。…一応補足しておくと、先に鳴いた方が猫で、後からにゃーにゃー言ってる方が鳴き真似中の緋奈である。
「…………」
「うりうり〜……あれ?お兄ちゃんは猫ちゃんと戯れないの?」
「いや、まぁ…うん…」
先程会話を試みていた猫のお腹をくすぐる緋奈。その光景は中々に和むし、別段俺も猫が嫌いという訳じゃないが…流石にこの展開では気持ちが乗らない。……つか、つかさ…
(普通、食事を目的にしてる時に猫カフェ来るか…?)
確かに名前にカフェって付いてるし、実際ちゃんと食事と出来る訳だが……本来猫カフェってそういう所じゃないだろう。猫と戯れる事がメインであって、あくまで飲食はサブ的なものだろう。なのに何故、飲食をメインにしていた俺達はここにいるんだよ……いや緋奈が選んだからだけど!なんの迷いもなく緋奈が選んだからって断言出来るけど!そういう事じゃねぇ!
「…お兄ちゃん?どうかした?」
「…すまん、何でもない…後緋奈、お前はやっぱりどこかズレてる」
「へ?」
良くも悪くも素直というか、思いに正直というか…それは別に悪い事じゃないし、恐らくその方面に関しては宮空の方が重症だろうが…それでも振り回されればたまったものではない。もし相手が緋奈ではなく御道や時宮だったら、俺は無言で別のカフェなりファミレスなりに行っていただろうな。
「…一応言っておくが、注文来たら猫は離せよ?」
「分かってる、っていうかわたしがそれ分かってないって思ってたの?」
「や、そういう訳じゃないんだが…っと、噂をすれば…」
タイミングよく店員が注文を持ってきてくれた事で、俺達は食事へ。ふぅ、やっと昼食が食える…。
「ね、お兄ちゃん。ご飯の後はどうしよっか?」
「そうだなぁ…猫はもういいのか?」
「ううん。でもこのまま夜まで猫と戯れるのは流石にね」
「まぁそりゃそうだわな…」
俺はハンバーグのランチメニューを、緋奈はパスタを食しながら午後のプランについて会話する。勿論基本はぶらぶらと歩いて直感で決める訳だが…全く何にも決めないでいると、逆に迷って時間を浪費してしまうのは明白。それに、選択肢が多い中から選んだ時よりそこそこの中から選んだ時の方が満足度が高くなるとも言うしな。
「…んじゃ、次は落ち着けるっつーか激しくない所にするか。食後だし、刺激ならゲーセンで十分手に入っただろ?」
「そだね。じゃ、動物園とか…って、今わたし猫と触れ合ったばっかりだっけ…」
「映画館…は俺と緋奈の両方が満足出来る映画やってるか怪しいから没として……図書館とか?」
「…それ、割と早い段階で飽きると思うんだけど」
「だよな…ふーむ、ならば方向性だけ決めとくか。あんまり激しいものじゃなく、互いに満足出来て、且つ五分十分では飽きない施設…」
「…条件だけ羅列すると結構ハードル高そうだね……」
「二番目と三番目は似たようなもんだしなんとかなるだろ」
なんて会話の数十分後。食事も終え、猫との戯れにもひと満足(なんだかんだ俺もちょっと猫と遊んだ。…もふもふだった)した俺達は猫カフェを後にする。
「いい所見るかるといいけど……あ、お兄ちゃんちょっと待って」
「はいはい」
通りかかったアクセサリー店前で足を止める緋奈。俺はぽけーっとしながら緋奈が満足するまで十数分程待つ。
「ごめんね待たせて。それじゃ行こっか」
「あいよ」
「にしても今日は晴れてよかったね。もし雨なら台無し……っと、少し待ってもらっていい?」
「へいへい」
偶々見つけた靴屋の前で足を止める緋奈。俺は靴を眺める緋奈を眺めながら十数分程待つ。
「またごめんね」
「気にすんな。どうせどこ行くか決まってないんだからな」
「……じゃあ、そのついでにまたいい?」
「ほいほい」
興味の惹かれた雑貨屋前で足を止める緋奈。……ご覧の通り、昼食以降はずっとこんな感じだった。それっぽい言い方をすれば…ウィンドウショッピングである。そして俺は完全に付き合わされてる立場である。
「〜〜♪」
様々な店に足を向ける緋奈は、普通に楽しそうに見える。俺もただ待つのは暇だが、緋奈が楽しそうにしてるのを見られるのは悪い気分じゃない。だから、これもこれでそこそこ良い。
──だが、それは暫くしたところである感覚によって遮られる。
「……っ…」
突然、ざわりとした違和感の様な、不快感の様なものが胸中に渦巻いた。一瞬昼に食べたハンバーグで胸焼けを起こしたか…と思ったが、恐らく違う。それはかなり鈍く、曖昧なものではあるが……確かに、『あの』感覚だった。
「結構時間経っちゃったね、お兄ちゃんは気になるお店…って、お兄ちゃん?」
「……緋奈、ちょっと自然公園にでも行かないか?」
「え、自然公園…?」
「森林浴がしたくなったんだ、駄目か?」
「森林浴なんてお兄ちゃんらしくない事言うね…良いけど」
努めて穏やかな表情を作りつつ、俺は行き先の提案をする。
緋奈の言う通り俺は森林浴なんて柄じゃないし、森林浴がしたくなったというのも勿論嘘。本当はただここから移動したいだけ。『それ』から少しでも遠ざかりたいというだけの話。
(…冗談じゃねぇ…こんなの低確率なんてもんじゃねぇぞ……)
『それ』が俺を標的としているのか、それとも偶々居合わせただけなのかは分からない。が、そのどちらにせよ、こちらから探した訳でもないのにこの短いスパンで再び遭遇するなんて普通はあり得ない。しかも…それが、俺と緋奈が丁度出かけてるタイミングにだなんて……ほんとに冗談じゃねぇぞ……。
「…………」
「……?」
緋奈は俺へ怪訝な顔を向けているが…今の俺はそんな事気にしていられない。ここは別に人里離れた山奥じゃないんだから、協会がその内気付いて(或いは既にもう気付いていて)討伐に来るとは思うが…ぼーっとそれを待てる訳がない。ここには今緋奈もいるんだから。……いや、待てよ…?
(偶々居合わせただけならここから離れればいい話だが…もし、俺狙いだったら……俺の側にいる方が、危険なんじゃないのか…?)
当たり前の話として、俺が狙われてるならちょっと移動した程度で安全を確保出来る訳がない。もしも今俺が一人なら、万が一襲われたとしても霊装者としての力を使えば逃げられる可能性はあるし、何なら時宮に渡されたナイフで戦う事だって出来る。……が、それはあくまで俺一人の場合。緋奈を守りながら逃げたり戦ったりは今の俺にゃ難しい話で、それ以前に緋奈にこっち側の事を知らずにいてほしい俺としては出来る限り避けたいところ。…となると…このまま一緒にいるのは、賢明じゃねぇか……。
「…悪い、緋奈。お兄ちゃんちょっと野暮用が出来た」
「え、野暮用…?…このタイミングで…?」
「このタイミングで、だ。だから、先に帰っててくれないか?勿論埋め合わせは後日する」
「…そりゃ、止むに止まれない用事なら仕方ないし、タイミングの謎さはまぁいいけど……野暮用、って何…?」
緋奈は俺の横から前に出て、見上げる様に俺の顔を覗いてくる。野暮用は野暮用だ…で済ませたいところだが、それで納得してくれるならそもそも訊いてこないだろうし、下手に有耶無耶にしようとしても十中八九時間がかかるばかりで結果が着いてこない。かと言って、正直に話す訳にもいかんし……こうなると、緋奈の俺に対する信頼度に期待するしかない、か。…よし。
「…それは話せない。けど、ほんとにただの野暮用なんだ。数十分か数時間か…まあ夕飯時までには帰ってくるし、いつも通り夕飯を作るって約束する。……だから、追求せずに家に帰ってくれ。頼む」
「…そうまでして、言えない事なの?」
「そういう事だ」
「そっ、か……」
「…………」
「……分かった。埋め合わせ、ちゃんとしてよね?」
「…勿論だ。ありがとな、緋奈」
仕方ないなぁ、という顔をしながら帰路についてくれる緋奈の後ろ姿に、俺は感謝を告げる。
そして、俺は胸中に感じる不快感…霊装者の探知能力を頼りに動く。戦闘になる事に備えて人の少ない方へ移動しつつ、探知能力の範囲内に収め続ける様に歩速を調整。さっさと逃げちまうのが安全だが…俺が狙われる事で戦う力もない一般人が難を逃れるなら、そっちの方がいい。……一応言っとくが、俺は別に『知らん奴なんてどうだっていい』みたいなスタンスではないからな?少なくとも、危険だって分かってて無視する様な精神はしてねぇよ。
「…さっさと来てくれりゃありがたいってのに……」
ここに来て、時宮への連絡手段を持たない事が悔やまれる。…細かい事言えば、無料メールアプリのクラスルームに俺も時宮も入ってるから、そこから手順追って連絡する事も出来るっちゃ出来るが…それじゃ正確性が低過ぎる。すぐに反応が欲しい時にメール形式は向かないんだよなぁ、くそ…!
そうして歩く事十数分。なんとも落ち着かない時間を過ごしていた俺は…段々と別の可能性を感じ始める。
「……俺狙いって断言…出来る、のか…?」
一番初めはどちらの可能性も考えていたが、緋奈の身を案じる事で俺は無意識に考えを『俺が狙われている』という方向に寄せていた。
だが、考えてみれば今の俺の探知能力は決して高くない。そんな俺でも探知出来てるという事は、奴の…魔物の姿はそう遠くないと見て間違いない。なのにイマイチ距離を詰めてこないのは、俺の見立てが誤りだったという事じゃ──
「……っ!?消えた…!?」
ふっ、と消える不快感。それを受けた俺は咄嗟に反転し、今まで歩いて来た道を駆け足で戻る。すると、数秒後に再び不快感が現れて…次の瞬間、また消滅した。……って事は…今奴は探知限界付近にいて、俺からは遠ざかろうとしてるのか…?
段々と感じていた可能性が、少しずつ嫌な予感へと変わっていく。それを拭いたいが為に俺は動き回り、探知範囲限界を利用して魔物の移動先を確かめようとする。
そして……
「……嘘、だろ…?」
あくまでそれは、報告というだけ。あくまで、今はそちらに向かっているというだけ。そちらにだって色々あるし、色んな人がいる。けれど、でも……その可能性を、俺は意識せざるを得ない。だって、それは…魔物の向かった方向というのは……
────俺の自宅がある方……緋奈が、向かった方なんだから。