双極の理創造   作:シモツキ

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第百九十話 何を以って正しさと呼ぶか

 富士での出来事は、協会の上層部において起こる可能性があると認識していた事。長い歴史の中で、過去にも起こった事のある出来事。そう、俺は綾袮から聞いた。

 けれど同時に、『起こった』とはっきり分かっているのは今回を含めて数度しかなく、未だ謎の多い現象でもあるらしい。だから俺は、経過観察を兼ねて…或いはそれを建前に、何度か検査を受けるように言われている。

 

「桜の花弁が風で舞う光景は綺麗ですが、アスファルトに落ちた花弁を見ると、正直『掃除が大変そう』と思っちゃうんですよね、私…」

「あぁ…確かに桜の花弁って薄いし、引っ付いちゃってるのもよくあるもんね…」

「桜…そうだ顕人。桜とさくらんぼって、違うの?」

「え?…あー、なんだったかな…俺もよく覚えてないけど、確かよく見る桜の木の実は、所謂さくらんぼ、って感じの果実にはならないらしいよ?」

 

 双統殿の廊下を歩く最中、ロサイアーズ姉妹と共に交わす会話。桜絡みの話題となったのは…まあ恐らく、窓から桜の木が見えるから。

 今回俺は、検査を受ける為に来た。けど二人も二人で呼ばれたらしく、ここまで俺達は一緒に来た。勿論最終的に行く場所は違うし、そろそろ別れる事になるけど。

 

「さくらんぼ…そういえば、日本には桜の名前を冠する食べ物が色々ありますよね。桜餅であったり、桜エビであったり、後お菓子でもありませんでしたっけ?」

「桜大根の事?確かに言われてみると、結構あるね。多分春を象徴する花で、馴染み深かったりもするから…じゃないかな。…桜エビに関しては、料理じゃないけど…」

「…桜餅…顕人、桜餅食べたい。作れる?」

「桜餅を?…うーん…帰りに買ってくじゃ駄目?」

「ん、それでも良い」

「じゃ、そうしようか。…って言ったところで、ここで一旦別行動だね」

 

 何気ない会話を続けて俺達は廊下を進み、俺が目的の場所に着いたところで同行は終了。二人もどこへ行けば良いのかは分かってるらしいから、俺はそのまま見送って…指定された部屋へと入る。

 

(…もしかしたら、霊装者の力が戻ってるかもしれない。一時的に封じ込められていただけで、消えた訳じゃなかった。…なんて事は、ないんだろうな……)

 

 中へと入りながら、ぼんやりと俺は考える。いや…考えるというより、思う。

 もしもそういう可能性があるのなら、どんなに低確率だったとしても、俺はそれを信じたい。そうであってほしいと、願いたい。…だけど、分かってる。依然として俺は霊力を扱えず、感じる事も出来ていないんだから…そんな可能性が、ある訳ない。ある訳ないけど…そう願う心は、消えやしない。今はまだ使えないだけで、強固に封じられているだけで、もっと時間が経てば、もしかしたら……根拠のない妄想だとは理解しているけど、それでも俺はそう考えるのを止められない。止められないし、止めたくない。

 

「すみません、御道顕人です」

「御道…うん、時間通りだね。それじゃあまずはそこに荷物を仕舞ってもらえるかな?貴重品はそっちのロッカーね」

 

 それから俺は、検査開始。内容としては、人間ドックっぽいもの(って言っても受けた事ないけど…)と、霊装者ならではのものとが半々位で、退院前にやったものとほぼ同じ。そして、やってみての結果や、感じたものも…変わらない。

…実際のところ、この検査に意味はあるのだろうか。もしこれが、霊装者の力は失われていないのに、何らかの理由で引き出せなくなっている…って事なら、確かに検査して調べる価値はあるんだろうけど、そもそも無くなってしまっているのなら、何の反応も出てこない筈。

 

(…って、それは流石に素人考えか…駄目だな、何か卑屈になってる……)

 

 明るく考えられる訳ないだろ、っていうのが俺の正直な気持ちだけど、だからって必要以上に卑屈な考えをしたって、余計に気持ちが滅入るだけ。だったらまだ「近くに桜餅売ってるとこあったかなぁ…」とでも考えてる方がマシだと思い直して、検査を受ける事数十分。検査は滞りなく進み…一通り終わったところで、俺は一度待合室へ。

 

「……あ」

「うん?…あ」

 

 一日一人、って事はないだろうなぁと思っていた通り、待合室には他にも何人かの霊装者の姿。けどよく見れば、その中には知り合いも数人いて…俺がその事に気付いた直後、向こうも気付く。

 

「そっか…お前もだったんだな…」

「まぁ、ね…」

 

 お互い気付いたんだから…と俺がその数人の隣に座ると、何とも言えない感じの顔でその中の一人がぽつりと言う。

 

「…なんつーか…やっぱキツいよな、よく分からない内に力が無くなるとか……」

「俺、親も霊装者で生まれた時からずっと霊力はあって当然のものだと思ってたから、正直まだ慣れないわ……」

 

 俺へと話し掛ける形で、その数人は口々に呟く。当然だけど、話す皆の顔は暗く…その気持ちは、良く分かる。

 そう、失ったのは俺だけじゃない。あの光に飲み込まれた霊装者の全てが、例外なく失っている。加えて今一人が言った通り、その中には霊装者である事が当たり前として生きてきた人もいる訳で…もしかすると、俺以上に堪えてる人もいるのかもしれない。

 

「それに、やり切れないよな…自然現象のせいじゃ、文句をぶつけたって独り言にしかならないし……」

「だよね…まだ人為的なものなら、それをやった奴のせいだって言えるのに、自然じゃあ言っても仕方ないっていうか……」

(……っ…そうか、皆は…)

 

 ぽつぽつと続く皆の話。多分それは、俺へ話し掛けた事を皮切りにした、やり切れない思いの発散で……その途中、俺は気付いた。皆は、これが完全に事故だと、誰にも予想出来ないものだったんだと思っていると。そういう説明を、受けているんだと。

…当然だ。話してもらえた俺が例外で、皆の方が普通なんだから。皆は、真実を隠されていて…隠されてるって事すらも、知らないんだ。

 

「…………」

「はぁ…こうなるなら、もっと霊装者の力で好きなだけ空を飛び回ってみるとかしてみりゃ良かった……って顕人?どうかしたのか?」

「…あ…いや…俺もさ、まだまだ道半ばだったのにっていうか、すっぱり諦めるなんて…って感じで……」

「分かる。…何とか、ならないのかな……」

 

 話の内容的に当然ではあるけど、どれだけ話しても暗くなるだけ。雰囲気を好転させられるようなものもなく、沈んだ空気のままで会話は途切れる。

 どうかしたのかと訊かれた時、咄嗟に出てきた言葉は誤魔化しだった。真実を伝える事ではなく、そのままにする事を反射的に選んでいた。

 勿論、深く考えての行動じゃない。むしろ、深く考える時間がなかったからこそ、一先ず現状維持を選んだって部分もある。でもそれなら、今考えて、それから言う事も出来る。出来るけど…俺の中に、そうしようって気持ちはない。

 

(…話して、どうするんだ…それで一体、どうなるってんだ……)

 

 何故言わないのか。どうして隠されていた事に対し俺自身は怒りを覚えておきながら、隠すという同じ事をしようとしているのか。…そんな自問自答に対し、心の中で吐き捨てるようにして俺は呟く。

 あぁそうだ、どうにもならないんだ。真実が分かったところで、力を取り戻す術はなく…さっき「人為的なものなら」って意見もあったけど、実際知ったとしても、怒りや憎しみが燃え上がるだけでしかない。ある種傲慢な考えかもしれないけど…このまま予測不能だった、100%自然が悪い結果の事だと思っていた方が、皆の精神的にはまだマシなのかもしれないんだから。

 でも…結局それも、どんな理由があろうとも、勝手に真実を隠してるって点は全くの同じ。ここで俺が話さないのなら…例えそれが皆の為でも、俺への罪悪感から話してくれた綾袮の首を絞めない為だとしても、もう俺に協会を責める事は出来ない。したところで、自分本位な行動になるだけ。

 

「…っと、呼ばれたから行くわ。力が復活しそうだって言われたら、皆俺を祝ってくれよ?」

「…あぁ。お互いそういう事があったら…ね」

 

 そうして結局俺は話さず、最後まで知らない振りして、皆と同じ事しかしらないような言葉を返して、それで終わらせてしまった。

 悪いとは思わない…とは言えない。これで良かったんだと、胸を張る事も出来やしない。モヤモヤした気持ちだけが、俺の心の中に残り……

 

「顕人、眉間の皺が凄い」

「いでっ…ちょっ、力強い力強い……!」

 

 そのモヤモヤを合流した後も抱えたままにしていた結果、ラフィーネに眉間を突かれてしまった。軽く押すとか突っ付くとかじゃなく、指でかなりぐりぐりとされてしまった。

 

「ん、治った」

「荒療治っていうか、力尽く過ぎるでしょう…。しかもこれ、内面的には何の解決もしてないからね…?」

 

 肩凝りとかじゃないんだから…と思いながら軽く文句をぶつけてみるも、ラフィーネにそれが響いている感じはない。…いやまぁ、良いけどさ…ラフィーネさんだって、気を遣っての行動だと思うし……多分…。

 

「表情は気分に影響を与えるとも言いますけどね。…それで、何かあったんですか?」

「…いや、別に…ないとは言わないけど、話す程の事でもないよ」

「誰が見ても分かる程眉間に皺を寄せていたのに、ですか?」

「それでもなの。二人こそ、結局今日は何だったの?」

 

 少し雑だとは思うけど、俺は俺の事から話を逸らす。理由は単純。今俺の中にあるモヤモヤは人に話してすっきりするようなものでもないだろうし、ならまた違う話をする方が心も晴れる。それに、二人の用事が何だったのか興味があるっていうのも事実。

 そして実際二人はその雑さを感じたようで、互いに顔を見合わせる。でも無理に訊く事は避けてくれたみたいで…それ以上の追求はない。

 

「まぁ…端的に言いますと、これからはもう少し幅広く任務を、普通の任務もやってもらおうと思っている、みたいな話でした。勿論それだけなら綾袮さんからでも聞けますし、実際にはもう少し複雑な話だったんですけどね」

「普通の任務も…って、事は……」

「はい。好意的に解釈するなら、少しずつ信用してもらえている…という事です」

 

 気が滅入る一方だった俺の用事とは対照的に、二人の用事は明るいもの。

 これまで二人は、急を要する場合を除いて、あまり大っぴらにはしたくない類いの任務を任されていた。綾袮も知っているんだから、BORGにいた頃のような任務はさせられてないと思うし、装備のテストみたいな、割と普通の任務もした事があるって聞いているけど、それでも二人の立場は二人の持つ経緯や背景に強く影響を受けていた。

 その二人が「これからは普通の任務も」と言われたのなら、それは信用されつつあるって事に違いない。考えてみれば、いつの間にか二人の行動に対する縛りも、かなり緩くなっているような気がする。そしてそれは、俺にとって喜ばしい事。だって二人が、また一つ幸せな未来に近付いたって事なんだから。

 

「そっか…良かったね、二人共。…うん、ほんとに良かった……」

「…まあ、否定的に解釈する事も出来なくはないですけどね」

「否定的…いや、まぁ…確かにそうだとしても…」

「えぇ、私達にとって良い事であるのは変わりありません。それに……」

「これを聞いて、顕人が喜んでくれた。それも嬉しい」

「ですね。自分の事でないのにこうして喜んでくれるのって、かなり嬉しいんですよ?」

「…そりゃ、二人の事なんだから…ね」

 

 否定的に解釈すれば。そう言われて、俺も気付く。今協会は富士での出来事でかなりの数の霊装者を失い、そうでなくとも戦闘の中でそれなり以上に負傷者が出ている状況な訳だから、その穴を埋める為に仕方なく…って事なのかもしれないと。…でもそうだとしても、全く信用出来ない人にそんな話をする訳がない。つまりやっぱり、二人がある程度信用されてるっていうのは…確かなんだ。

 そう考える俺へと向けられた、言葉通りに嬉しそうな二人の微笑み。少し恥ずかしくはあったけど、頬を掻きつつ俺はそれに首肯する。…そうだ、俺はあの時もそれからも、二人の為に、二人の未来の為に頑張ろうと思って、強くなろうとも思って……

 

「……っ…」

 

──なのにもう、その力はない。今の俺は、強くなるどころかあの時よりもずっと弱くなってしまった。まだ俺も、二人も、全然ゴールになんか辿り着いていないのに。

 

「…帰りましょうか、顕人さん」

「うん。桜餅、買って帰ろ?」

「……そう、だね…」

 

 多分、また俺は心が表情に表れていたんだろう。次に二人から発されたのは、気を遣っている事がはっきりと分かってしまうような声で……情けないな、と思った。折角二人が嬉しそうにしていたのに、それに水を差して、しかも気まで遣わせて…力のない今の自分も知っている事を結局話さなかった今日の自分も、全部が俺は情けなかった。

 

 

 

 

 任務にしろ訓練にしろ、霊装者として活動するなら、自然と双統殿へ行く機会は増える。…まあ、そこは当然だな。一人で、家で出来る事なんざ、たかが知れてるんだから。

 って、訳で…って事でもないが、その日俺は双統殿に訪れ、その足で宗元さんにも会いに行った。ついでに顔を出しとくか、って位にな。

 

「…それで、妃乃から話を聞いて、俺の真意も気になったという訳か。昔に比べて、随分と人の事を気にするようになったな」

「あーいや、今日はほんとついでなんで。普通にこの後行く依未の方が主目的っすから」

「…相変わらず可愛くない奴だな、お前は……」

「宗元さんも相変わらずで…」

 

 よくもまあ言うもんだ…とばかりの視線を向けてくる宗元さんに、似たような視線で俺も返す。…いや、実際先に皮肉っぽい言い方したの、宗元さんですからね…?

 

「…けどまあ、話した事は事実ですし、宗元さん自身から聞きたいと思った事も本当です。…この件、直接的な影響はなくても、間接的には結構影響受けてるんで」

「間接的、か…。…なら、聞いてどうする。仮に気に食わない答えだったとして、お前はそのまま帰るのか?」

「えぇ、そうなのかって思うだけです。組織には組織の、トップにはトップの考え方があるでしょうし」

「…………」

「…まぁ…そうじゃない理由も、あってほしいとは思いますけどね……」

 

 特別鋭い訳じゃない、だが静かな圧力を感じさせる目付きで俺を見据える宗元さん。それに俺は、飄々とした態度で答えるが…その後から、少し目を逸らしながら付け加えた。恥ずかしいとは思いつつも、そう考えてるって事は伝えたくて。

 するとその数秒後、宗元さんはふっと目付きを緩めると吐息を漏らし、椅子へと身体を深く預ける。

 

「悪いが、俺はお前が思っている程善人じゃないさ。…だが、俺は自分の選択に対し、常に責任と自信を持ってはいる。俺がそうしたんだと、胸を張れる位にはな」

 

 協会の長としてではなく、嘗ての上司として(一応今もそうではあるか)の顔で宗元さんはゆっくりと言う。その声には深みがあり、強く感じさせるものがあり……だから俺も、静かに返す。

 

「…それ、ちゃんと答えてるようで全然具体的な事言ってませんよね」

「ちっ、体良く流そうとしたのに気付きやがって…」

「おい……」

 

 急に態度が変わるわ舌打ちしてくるわ、いっそ清々しい程に大人気ない反応。ほんとよくこれで妃乃に心から尊敬されてんな…と言いたくなってしまう程、若い頃と変わってない返し。率直な突っ込みに対して返されたのは、そんな返事だった。……うん、まぁ確かにあの頃と変わっちゃいねぇや、この人は…。

 

「こういう辛気臭い話は仕事の中だけで十分だってんだよ。お前だって楽しかねーだろ」

「いやここ執務室でしょうに、何だよ仕事の中だけでって…。…まぁいいですよ、真面目に話したくはないって言うなら……」

「…そんなもんなんだよ、組織の長ってのは。組織としての目的だけじゃなく、組織の中も外も気を付けなきゃならねぇ。特に今みたいな平和な時代は、情報面での緩みが生じ易いからな。…けどその上で、出来る限りの事で以て、少しでも良い方へ持っていく。その結果がどうなろうと、長として責任と自信は持ち続ける。…そこは今も昔も、変えちゃいねぇつもりだ」

 

 気を遣ってグイグイくる事はあっても、気を遣って遠慮したり相手に合わせたりする事はしない。少なくとも、俺に対してはそういう気の遣い方をしないのが、時宮宗元という人物だ。それが分かっているから、きっと話したくないんだろうと俺は判断し……だが俺の方から終わりにしようとしたところで、また少し真面目な顔になった宗元さんは言った。

 多分、今度こそ本心だろう。…いや、さっきのも本心である事には間違いない。ただ、さっきは言いたかった事を、今度は俺に気を遣った上で改めて言いたい事を、それぞれ言った。そういう事じゃないんだろうかと、俺は思う。

 

「…苦労、してますね」

「全くだ、冗談抜きで戦場に出てた頃の方がよっぽど楽だろうよ。んまぁ、その頃はその頃で手のかかる小僧がいたんだけどな」

「へいへい、申し訳ありませんね…」

「…やれる事が、手の届く範囲が増える事は悪くねぇし、その為にあいつと協会を作り上げたんだから、別に良いんだけどよ」

「…独り言ですか」

「独り言だ」

 

 俺から気遣われたり、ましてや賞賛されたりなんかしたら、それこそ宗元さんは表情を歪めるだろう。不快には思わない…でいてくれると思うが、まあ「調子に乗るんじゃねーよ、小僧」とか言われてしまうのがオチだ。

 であれば、こんな感じに返す方が良いだろう。宗元さんと妃乃の性格は全然違うが…人の上に立つ者として振る舞い、その為に行動を重ねる事を苦に思わない点じゃ、やっぱり似通っているからな。

 

「…で、結局お前はどうするんだ。そう思うだけで終わってんのか?」

「どうでしょうね。ただまぁ、聞いた結果何かが変わったりとかは…ないです」

「はっ、そうかい。なら良いさ」

「良いんですか?」

「要は、これまで思っていた通りだった。だから、変わってないって事だろ?」

「じゃあまあ、そういう事で」

 

 にやりと口角を上げて言う宗元さんに、俺は素っ気ない感じに…そう思いたいなら、それで良いですよ、とでも言う感じに言葉を返した。……けど…多分、伝わったんだろうなぁ…俺が思いっ切り見抜かれて、でもそれを認めるのは何か恥ずいから、こういう何とも思ってない風の返答をしたんだって事は…。

 

「素直じゃねぇよなぁ、ほんと。……あぁ、そうだ。一つお前から、訊いておきたい事がある」

「なんです?」

「今も尚、結局何故予言されたのかは分かってねぇ。…なのに今、こういう現状がある。その辺り、お前はどう思うよ?」

「それを俺に聞かれても…。…俺と違ってあいつは色々してきた訳ですし、俺とセットでの予言って訳じゃなく、それぞれ別の意味がある…ってとかじゃないですかね」

「別の意味、か…。なんだ、珍しく頭使ったな」

「そりゃ、宗元さんと違って若い頭してますからね」

「はっはっは、言うじゃねぇか。確かに頭の回転じゃ勝てねぇかもなぁ」

「いや、そう言いながら往年の雰囲気纏い始めるの止めてくれませんかねぇ!?」

 

 往年の、どころかあの頃から更に数十年の年月を重ねたからか、そこらの魔人なんかじゃ比較にならない程のヤバげな雰囲気を見せてくる宗元さん。あんまりにも大人気ない反応だが、流石にそんな雰囲気を出されちゃこっちも下手に出るしかなく、結局俺はやり込められた感じに。…ほんっと大人気ないな、この人は…!

 

「ま、冗談だ。気にすんな」

「悪い冗談にも程があるんですよ…!」

「あー、悪ぃ悪ぃ」

「ったく…じゃあ、失礼するんで…」

「あぁ、お前も頑張るこったな。…それと…また顔出せ、悠弥」

「…出しますよ。また来た時、宗元さんに時間がありましたらね」

 

 そうして俺は、宗元さんの執務室を後にする。ひらひら手を振り、部屋を出て…本来の目的である、依未の部屋へ。

 ついで、なんて表現はしたが…聞きたい事、確認したい事は、宗元さんの口から聞く事が出来た。宗元さんは、やっぱり宗元さんなんだなと、改めて思う事も出来た。

 はっきり言って、俺は人の上に立つような人間じゃないと思う。やった事もねぇのに何言ってんだって話だが、多分そうだろう。そして俺は、組織の中での信念なんて持ち合わせちゃいねぇが……俺個人としての意思や信念は、ちゃんとある。

 

(ああ、そうさ。俺に、組織だの全体だのについて語る口はない。けど……)

 

 あの日俺は、妃乃に言った。何が正しいかってのは、それを信じられるかどうかじゃないのかって。信じられないものを、正しいなんて言えないだろうし…信じられるのなら、それはそいつにとっての正しさなんだろうと。

 そして、俺は信じている。信じられると、思っている。妃乃へ向けている信用と同じように…ちゃんと俺へ対して、腹を割って話してくれた、宗元さんの事も。


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