双極の理創造   作:シモツキ

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第百九十四話 もう決まっているのなら

 毎日続く、なんて事ない日々。去年の今頃までは当たり前だった、普通の日常。そんなある日…綾袮が声を掛けてきた。

 

「顕人君。ちょっと、話があるの」

 

 学校から帰り、リビングのソファで一服していた時、不意に綾袮からされた呼び掛け。

 当たり前だけど、呼び掛けられる事自体は何も珍しくない。流石に未だそういう程度の関係だったら悲し過ぎるし、そもそも綾袮は自分から積極的に話し掛けてくるタイプだから、むしろ話し掛けられない日はほぼ無いと言っても過言じゃない。

 けど、真剣な面持ちで、静かな声音でとなれば話は別。そういう普段はしない雰囲気の時は…十中八九、霊装者絡みの事。

 

「…何か、あったの?」

 

 ソファの背凭れから身体を離し、佇まいを正す俺。投げ掛けた問いに対して、綾袮は首を横に振る。

 

「じゃあ、話っていうのは?」

「話、っていうか…報告、かな。これは、顕人君にちゃんと伝えておかなきゃいけない事だと思うから」

 

 思い当たる節はない。だからストレートに訊くと、返ってのは前置きのような言葉。それ自体は、内容なんて推測のしようがないものだったけど…こういう言い方をするって事は、きっと相当重要な話なんだろう。そう思って、俺が心の中の真剣さを高める中…綾袮は座る事なく、立ったままの姿で言う。

 

「…富士山の、調査。この作戦を…近々、再開するんだ」

「……っ…!」

 

 あの時の、あの任務の再開。それは、全く予想していなかった、予想も出来なかった…だけど、すぐに納得の出来る話。確かに、その件なら…俺に話す、理由も分かる。

 

「…ごめんね。そんな事言われたって、そんな話されたってっていう思いは、抱いて当然だよ。だけど……」

「…分かってる。話さないのは、黙ったままにするのは、不誠実だと思った…そういう事、なんでしょ」

 

 申し訳なさそうな顔で話を続ける綾袮を、俺は言葉を被せる事で静止。引き継ぐ形で言った俺の言葉に、綾袮はこくりと一つ頷き…そして沈黙。

 例の作戦が完全な中止ではなく、一時中断に過ぎない事は、俺も知っていた。しっかり考えた事はなかったけど…何となく、無意識化では理解していたような気もする。いつかはこの調査作戦が、再開されるんだろう…と。

 でも今、それを実際に聞いた時…俺が抱いたのは、自分でも上手く言葉に出来ない感情だった。勿論嬉しくはない、ほっともしない…けど怒りや嫌悪かと言われると…多分、それも違う。

 

「…その作戦はさ、一からやり直す形なの?それとも、続きから再開する形?」

「…一応、続きからだよ。でも、今回は前みたいな大規模じゃなくて、少数精鋭で進める事になってる」

「…綾袮も?」

「…うん。わたしもまた、行くよ」

 

 次に口から出たのは、作戦の進め方に対する質問。そんな事訊いてどうするんだ、と我ながら思うような、今の俺には無駄な問い。

 それに対して静かに答え、頷く綾袮。でも…そうだろうとは思っていた。訊きはしたけど、少数精鋭という事なら、間違いなく綾袮は行くんだろうと、そう感じていた。

 

「…何としても、協会は調査をしたいんだね」

「…うん」

「それが協会の決定で、協会の意思なんだね」

「…うん」

「……なら、頑張って。それと、気を付けて」

 

 自分や協会を取り繕うような事は言わず、ただ綾袮は首肯を返す。それは今も綾袮が負い目を感じているからかもしれないし、俺に誠実にいてくれようとしているからかもしれない。…だから、という訳じゃないけど…そんな綾袮に対して、俺は言う。強くじゃないけど、応援を。気を付けて、って言葉を送る。

 

「…優しいね、顕人君は。もっと、怒りをぶつけてくれたっていいのに……」

「…そりゃ、思うところはあるよ。あるけど…だからって、人の不幸を願ったりはしないよ。ましてやそれが綾袮なら…何事もなく、無事に帰ってきてほしいに決まってるじゃないか。こうして毎日、同じ家で過ごしてる相手なんだから」

「……っ…顕人、君……」

 

 言ってから、心の中に湧き上がる恥ずかしさ。柄でもないのに、キザっぽい事を言ってる自分自身が少し恥ずかしくなって…でも別に、自分を良く見せようと思って言った訳じゃない。言い方こそそれっぽくなったけど、無事に帰ってきてほしいと思っているのは本当で……気付けば綾袮は、胸の前で右手をきゅっと握っていた。

 

「…ちゃんと、帰ってくるから。顕人君がそう言うなら、そう思ってくれるなら、わたしは……」

「…綾袮。それが罪滅ぼしだって言うなら、それは止めて。それを、俺が失ったものの代わりにしようっていうのは…気に食わないから」

「…ぁ…ご、ごめん…顕人君……」

「…それにさ、綾袮ももう分かってるでしょ?俺は、そういうのを望む人間じゃないって。そういう暗い感じじゃなくて、もっと明るい考え方をしてよ。じゃなきゃ、綾袮らしくないよ?」

「…そ、れは…うん、そうだね…はは、敵わないなぁ……」

 

 肩を竦め、苦笑いし、そうして綾袮が漏らす乾いた笑い。自嘲にも、自分に呆れてるようにも見えるその笑い方は、やっぱり綾袮らしくなくて…でも、それも仕方ない事だろう。話が話なんだなら、それはもう仕方のない事。

 あぁ、そうだ。俺は罪滅ぼしなんか望んでない。綾袮には明るく、騒がしい位に賑やかでいてほしいし、俺の失ったものを何かで埋められるとは誰であろうと思ってほしくない。全部全部、どれもこれもが俺の本心。

 

「…それと、さ…多分、今度はラフィーネとフォリンも行く事になるんだ。まだ、反対だって人もいるけど…二人は強いし、余計な事を言ったり訊いたりはしないだろう、って事で……」

「…そう、なんだ…。じゃあ、その作戦の間は……」

「…ごめんね……」

「…気にしないでよ。その間俺は、何も気にする必要のない環境でゆっくり羽を伸ばしてるからさ」

 

 そういえば、つい最近ラフィーネから「寂しくなかった?」…なんて聞かれたっけ。…そんな事を思いながら、謝る綾袮へ言葉を返す。…うん、そうだ。数時間とか半日とかじゃなくて、偶には一日以上一人でのんびりするのも悪くないだろうさ、きっと。

 

「…話は、それで終わり?」

「あ…う、うん…他に何か訊きたい事とか、言いたい事がないなら、これで終わり…」

「そう。それじゃあ俺は、夕飯の準備に取り掛かるとしようかね」

 

 軽く勢いを付けて立ち上がり、リビングから台所へと向かう俺。その俺を、綾袮は複雑そうな顔で見ていたけど…俺は何も言わなかった。というより、何を言っても気を遣わせるか、余計気不味い雰囲気になるかのどちらかだろうから、ならば大丈夫だという事を行動で示した方が良いだろう。…そう思って、俺は言わない事を選んだ。

 今更質問なんてない。強いて言えば、他に俺の知人で作戦に参加する人はあるのか、って位だけど、それだって聞いても仕方ない。

 

(…一人、か……)

 

 そうして俺の参加する事はない作戦の話は終わり、俺は料理へと取りかかり、普段の時間が戻ってくる。それ以降、綾袮さんがこの話をする事はなく、ラフィーネさんフォリンさんも触れたりはせず、静かにその日が近付いていく。

 この時もっと、色々訊いていたらどうだったんだろうか。もっと思いをぶつけていたら、何かが違っていたんだろうか。…じっさいのところ、どうなのかは分からない。分からないが…多分、あまり変わりはしなかっただろう。だって、この件は…再開される作戦においてはもう、俺に直接の関係はないのだから。

 

 

 

 

 長期休暇の終わりにしろ、試験の日にしろ、まだまだ先だと思っているものは案外すぐにやってくる。それは本当に時間が加速しているとかではなく、単に過ぎ去ったものはどんな期間であろうとあっという間に感じてしまう、振り返るという行為そのものの性質なんだが…まあ、そんな事はどうでもいい。

 

「準備は全て問題なし、っと。後は明日の朝食の用意だな…」

 

 纏めた荷物と装備を全て見直し、抜かりがない事を確認して部屋を出る俺。何の準備かと言えば…そんなのは、一つしかない。

 

「あ、お兄ちゃん。明日の準備はもう万端?」

「万端万端。逆に不安になる位万端だ」

「そっか。逆に不安になるのはよく分からないけど、とにかく万端なんだね」

 

 さらーっとボケを流していく緋奈にちょっぴり寂しさを感じながらも、返された言葉に俺は首肯。…もうちょっと、突っ込みとかしてくれても良いんだけどなぁ…。

 

「…まあ、そういう訳で何日か家を空ける事になるが、その間家の事は頼むな。それと何かあったら、おじさん達に連絡するんだぞ?」

「分かってるって。一応言うけど、わたしお兄ちゃんとは一歳しか違わないんだからね?」

「止めろ言うな…去年の今頃の俺と、今の緋奈とが同年齢と考えると、何故か物凄くモニョるから言うな……!」

「え、えぇぇ…?お兄ちゃんがモニョるって…全然キャラと合ってないよ…?」

「あ、突っ込むのそこなのか……」

 

 兄というのは、いやシスコンというのは、妹に『妹』でいてほしいもの(異論は認める)。その点において、去年の自分と今の妹が、学生での立場においては同じところに位置している…そう考えるとほんとモニョる。言語化出来ない感情が湧き上がり、何だか凄くモニョってしまう。……が、それが緋奈には上手く伝わらなかったらしく…何やらズレた突っ込みをされてしまった。…まあ、良いけども。俺がモニョるって言葉を使うなんて、自分からしても違和感バリバリに感じるし。

 

「…こほん。とにかくほんと、何かあったら一人で何とかしよう…なんて思わなくていいからな?」

「うん、それも分かってる。それでさお兄ちゃん、お兄ちゃん今から、明日の朝ご飯作ろうと思ってる?」

「そうだが…何かリクエストか?」

「ううん。わたしも手伝おうかなと思っただけ。何を作るの?」

「う、それは……」

 

 話を変えてきたなと思ったら、次に発されたのは料理の申し出。不意打ちの如く出された申し出に、俺は内心一瞬たじろぎ、言葉にも数秒詰まってしまう。

 料理の状況や進行具合にもよるが、普段ならこういう時、テーブル拭きや白米の盛り付けを緋奈へと頼む事で、『料理』への手伝いはある程度避ける事が出来る。だが今回作るのは、これからの食事ではなく明日の朝食。即ち普段の方法では手伝いを避ける事など出来ず、かといってもし普通に手伝いを受ければ、明日は幸先の悪いスタート…って事にもなりかねない。

 ならばどうするか。どうすれば回避出来るのか。緋奈に見つめられる中、俺は僅かな時間で頭をフル回転させ……その結果、一つの案を思い付く。

 

「…そうだ、おにぎり…明日の朝食は、おにぎりにしよう……」

「…おにぎり?」

「あぁ。おにぎりなら忙しくても食べ易いし、ラップに包むだけで持っていく事も出来るだろ?」

「あ、それは確かに…」

 

 咄嗟に思い付いた誤魔化し案だが、我ながらそこそこ理には適っている。そのおかげで緋奈は納得してくれたようだし、実際こういう時はおにぎりと後一品、何か汁物って位の方が楽だろう。そして何より…幾ら緋奈でも、おにぎりなら変な味や食感にはならない筈、なったりなんてしない筈だ!…ちょっと、フラグっぽくはなってしまったけども。

 

「具材はまぁ、冷蔵庫の中にあるものから適当に選ぶとして…海苔はあったかな……」

「海苔なら、そこの棚になかった?」

「そういや確かに、ここで見た気が…おぉ、あった。後あっぶね、これ賞味期限今月までだ…」

 

 という訳で、おにぎり(と味噌汁)に決めた俺はまず白米を炊き、それからおにぎりの用意を開始。サランラップに白米を広げ、軽く塩を振り、具材を入れて両手で形を作っていく。

 

「こんなもんか。緋奈、これも頼んだ」

「任せて。まずはここをこうして、っと…〜〜♪」

 

 手始めに二つ作った後、俺は自然な流れで作業の分担、俺が具材を入れるところまでを担当し、緋奈は握る行程を担当するって形を提案。緋奈がそれを了承してくれた事で本当に心配はなくなり、更に握っている最中緋奈は楽しそうにしてくれるもんだから本当に俺としては一石二鳥。この結果へと導いてくれた、自分の抜群のアイデアを心の中で自画自賛し……だがふとそこである事が気になり、俺は手を動かしつつも緋奈に訊く。

 

「…緋奈は、やっぱり料理するのが楽しい…ってか、もっとやりたいって思ってるのか?」

「え?…もしかしてわたし、楽しそうに見えた…?」

「思いっ切り見えた」

「そ、そうなんだ…それはちょっと恥ずかしいね……」

 

 質問に質問で返される形にはなったが、日常の中じゃ別に起こる程の事でもない。だからストレートに肯定を返すと、緋奈はほんのりと頬を染め…うむ、可愛い。やっぱり緋奈は可愛いなぁ。

……じゃなかった。頬を染めた後、緋奈は軽く苦笑いし、それから完成したおにぎりを皿に置いて言葉を続ける。

 

「やりたいか…は、正直半分半分かな。わたしが作った物をお兄ちゃんに食べてもらえたら、それは勿論嬉しいけど、わたしはお兄ちゃんの作る料理を食べるのも好きだもん」

「そっか…嬉しい事言ってくれるじゃないか、緋奈……」

「ふふっ。…あ、でも別に妃乃さんの料理は嫌だって事じゃないよ?…で、楽しいかどうかは…勿論YESだよ。だって…今は、お兄ちゃんと一緒に作ってるんだもん」

 

 そう言って、俺はにこりと微笑む緋奈。その前の言葉も、滅茶苦茶嬉しかったが…今のはもう、反則級だった。一瞬もう一品と掛けて「毎朝味噌汁を作ってくれないか」と言いそうになってしまった位、もう最っ高の言葉だった。

 

「緋奈…俺は今、成仏出来そうな気分だよ……」

「成仏!?え、お兄ちゃん死んでたの!?いつの間に霊に!?」

「くぅっ、キレキレの突っ込みも心に染みる…!」

「余計に意味が分からないよ!?あ、あれ!?わたし暫くぼーっとしてた!?会話がちょっと飛んだとしか思えないんだけど!?」

「某ギャングのボスが能力を使ったのかもな…」

「それはないと思うけどねっ!」

 

 冗談半分、もし本当に霊ならマジで成仏しそうって気持ち半分で答えた結果、それはもうビビットな反応を返してくれた。全く…この数分で好感度うなぎ登りだぜ?緋奈。…あ、違うわ。既に緋奈は、好感度振り切ってたわ。

 

「結局なんなのお兄ちゃん……」

「やっぱり緋奈は最高に可愛くて文句無しの妹だなぁ、って事だ」

「…どうしよう、そう言われる事自体は凄く嬉しいのに、今は意味が分からな過ぎて全然心が揺れないよ……」

 

 げんなりとする緋奈を見やり、俺は苦笑。あんま素直じゃない妃乃や依未は弄り甲斐があるが、ほんと素直な緋奈は緋奈で、別ベクトルから弄り甲斐がある気がする。いやはや全く、本当に人間関係において俺は恵まれている人間だ。

…と、緋奈が変わらずのげんなり顔をし、俺がしみじみとしている中、開かれるリビングの扉。そこから入ってきたのは…勿論、妃乃。

 

「あぁ、賑やかな声がしてると思ったら、明日の朝食を作ってたのね。私も手伝うわ」

「ん?じゃ、俺がやってた行程頼むわ」

「えぇ、任されたわ」

「じゃあわたしは握るのを続けるね」

「……えっ、普通に受け入れるの…?ここは、『何一人だけ休もうとしてるのよ』って突っ込む場面じゃ…?」

「いや、私は遅れてきたんだし、それ位は別に良いかと思ったんだけど…」

「わたしも別に良いよ?一緒に作るのは楽しかったけど、多分わたしよりお兄ちゃんの方が仕事量多かったと思うし」

 

 これまた冗談半分でネタ…というか、突っ込まれそうだなぁと思った事をしてみた俺。だが突っ込まれないどころか普通に受け入れられ、しかも訊くと二人ともさも当然の事かのように返してきて……マジで俺、滅茶苦茶人に恵まれてんな…。

 

「…そういう事なら、俺は味噌汁の具を今の内に切っておくわ……」

「あらそう。…何でちょっとテンション下がってる訳…?」

「いや…人って時には、自分が与えられた幸せを噛み締め、謙虚に考える瞬間も大事だなって……」

『……?』

 

 どういう事…?と目を瞬かせる二人の後ろを通り、俺は冷蔵庫から野菜を外へ。洗って、皮を剥いて、それぞれ包丁で切っていく。

 

「あぁそうだ妃乃、明日の朝食はこれだけで良いか?」

「勿論。ご飯があって、味噌汁もあって、おにぎりだから中に具が入ってて、具の種類も一つじゃない…確かに豪華ではないけど、これだけあれば別に悪いって事もないでしょ」

「…ほんと、妃乃は庶民派だよな……」

「うん、感覚がわたし達と変わらないもんね」

「…それ、褒めてる?」

「褒めてる褒めてる」

 

 全くお嬢様感を出さない妃乃の返しに俺達がうんうんと頷いていると、妃乃は半眼の視線を俺の方へ。けどまあこのやり取りももう何度かやっているからか、妃乃はそれ以上何も言わずに調理へと戻り……皿へと並ぶ、幾つものおにぎり。

 

(…こういうの、なんだよな…俺が求めてたのって……)

 

 家族とのんびり、ありふれた料理を作る。特筆する事もない、探せば日本中どこにでもありそうな…だけど前の俺には絶対に得られなかった時間が、今ここにはある。そんな時間が、流れている。…まあ、明日の日常とはかけ離れた任務の為に今おにぎりと味噌汁を作ってる訳だが…そこはご愛嬌。

 

「ふぅ。数はこれだけあれば十分よね」

「というか、少し多過ぎるかもですね」

「そしたらそれこそ持ってきゃ良いさ。緋奈の握ってくれたやつなら、栄養剤より栄養を得られるからな」

「そういう言い方は気持ち悪いかな…」

「普通に気持ち悪いわね…」

「あ、なんかすんません…」

 

……うん、まぁなんか最後の最後で引かれてしまったが、とにかくこれこそ俺の望んでいた時間の一つ。両親が死んでしまってからは、どこか遠くなってしまったような時間は、けれど確かに今もあり…本当に、感謝しよう。俺は俺が与えられた、今の俺にある、この人との繋がりに。

 

(その為にも、まずは明日からの任務…何がどうなるか分からないからこそ、気を引き締めないとな…)

 

 案外すんなり終わるかもしれない。その可能性だって妃乃からは言われている。だが、気を引き締めるに越した事はない。むしろ気を引き締めるだけで、少しでも「万が一」への耐性が出来るってんなら、安いものだ。

 そうして味噌汁の下準備も終えた俺は、それ等を冷蔵庫へ。風呂に入り、日課も済ませ、そして……

 

「じゃ、行ってくるな緋奈」

「留守番は頼むわね…って、私がこれ言うのは変かしら……」

「大丈夫ですよ、妃乃さん。それと…お兄ちゃんも、妃乃さんも、頑張って」

「おう」

 

 手を振る代わりに緋奈の頭を軽く撫で、微笑む緋奈に見送られ……俺と妃乃は、富士へと向かうべく家を後にする。

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