双極の理創造   作:シモツキ

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第百九十七話 勝利への賭け

 嘗ての俺は、魔人とまともにやりあえる…もっと言えば、勝てるだけの力があっただろうか。…答えは否だ。少なくとも、魔人に勝てるような強さはなかった。実際に交戦した事はないが、まあ多分そうだ。

 というかそもそもの話として、魔人に単独で勝てる人間なんかそういない。妃乃や綾袮が例外なのであって、普通は単独で魔人と遭遇するような事があれば、何とかして逃げるのが最善の選択。勇敢に戦い殺されるなんざ、自己満足以外の何者でもない。

…だが、そうもいかない事がある。勝てなくたって仕方ないが、そうも言っていられない、戦わざるを得ない状況ってのは、往々にして存在する。例えばそう……今の、俺の様に。

 

「テメェ、は……!」

「人間にとって、このような環境下での活動はさぞ大変な事でしょう。ご苦労様です」

 

 口調は丁寧な、だがまるで敬意は感じない、むしろ慇懃無礼ですらある魔人の言葉。奴がそれを自覚しているのかどうかは分からないが…不愉快な事には変わらない。

 

「…後ろから不意打ちせずに話しかけてくるとは、随分と親切じゃねぇか…」

「いえいえ、単に目的があって話しかけただけですよ。別に人を殺して楽しむ趣味はありませんし、先に殺してしまっては何も訊く事が出来ませんからね」

「…目的……?」

 

 皮肉を込めた、俺からの言葉。だがそれに魔人は眉一つ動かさず、平然と言葉を返してくる。その態度は、どこからどう見ても余裕綽々で…実際それは、間違っちゃいない。俺と奴の、どっちが強いかっつったら…そりゃ当然、奴の方なんだから。

 そこでふと俺の頭の中に浮かぶのは、奴が俺を覚えているのかって事。だが、それは考えたって意味がない。覚えてようが覚えてまいが、分かったところで全くの無意味。

 

「えぇ。貴方は、一体何を見ていたんです?」

「…それを訊いてどうすんだよ」

「それは内容次第です。訊いてみなければ、その判断も付かないでしょう?」

 

 軽く頷いた魔人からの、ストレートな問い。その言葉に、一瞬俺はどきりとしたが…こんな質問をするという事はつまり、まだ奴は俺が見ていたものを理解していない。…ならば、俺がするべき事は一つ。

 

「そうかい。だったら悪いが、俺はここで景色を見て楽しんでんだ。邪魔すんな」

「これは失礼。そういう事でしたら、どうぞご自由に」

 

 俺は奴へと発したのは、言うまでもなく嘘。かなり雑な嘘ではあるが…今は、洞穴の事がバレさえしなければいい。そして納得するような理由を言ったところで奴がどっか行ってくれる保証は微塵もない以上、それっぽい理由をでっち上げても意味がない。

 そう考えて俺が言った、適当な言葉。だが何を思ったのか、それに対して魔人は何も言わない。まるで今の内容で納得してしまったかのような…そんな態度を返してくる。

 

(…なんだ…こいつ、何を考えてやがる……)

 

 騙されてくれるなら好都合、単純な奴で助かった。…なんて、能天気には考えられない。そもそも奴は戦況を判断し、目的の為に退く事が出来る魔人。ならこんな馬鹿らしい嘘に引っかかる筈がなく…であればやはり、奴は敢えて今の態度を取っている。そうする事が得策と踏んで、俺の嘘に乗っている。

 だが、それなら奴の目的はなんだ。一体どんな企みがあって、俺の嘘に乗ったのか。今の発言自体が俺を油断させる為の罠である可能性も考えて警戒は最大レベルを維持しつつ、俺は奴の目論見を考え……すぐに、気付く。

 

「……ッ…テメェ、まさか…」

「おや、何です?何か面白いものでも見えましたか?」

 

 近くの木の下へと入りながら、腹の立つ丁寧な言い方で言葉を返してくる魔人。焦る様子もこちらへ探りを入れてくる様子もなく…正にそれは、余裕綽々。既に策は完了したと言わんばかりにこっちを見やる。

 あぁ、間違いない。こいつは踏んでいるんだ。『何を』は分からなくても、俺が『何か』を待っているんだという事を。そしてそれが、こちらから何かする必要もない…待っていればその内自然と現れる、向こうから答えがやってきてくれる事柄なのだと。

 

(くっそ…どうする?奴の事を通信するか…?…いや、駄目だな。それも奴は踏まえてやがる。踏まえた位置に、立ってやがる…)

 

 奴は身体を伸ばす能力を持っている。その速度から考えて、通信しようとしても妨害されるのは自明の理。そしてもし破壊されるような事があれば、緊急事態だと誰かしらがすっ飛んできてしまう。魔人がいると、知らないままに。

 それが、妃乃や綾袮辺りならいい。もし妃乃クラスの人間が来てくれるなら、形勢は逆転する。だがそうじゃないなら、そいつの身が危ない。霊装者が来るなら一網打尽にしようと奴が考えているなら、その場合は最悪の展開になる。

 かと言って、このままも不味い。万が一今何か洞穴に入ろうとしても、俺は止められない。止めた事で洞穴に何かあると奴にバレる以上、どうしようもない。

 

「……親切っつったが、ありゃ撤回だ。…随分と、姑息な事してくれんじゃねぇかよ…」

「はて、何の事でしょう?」

 

 とぼけてくる魔人だが、何故そう思うのか、とは訊かない辺り、やはりそういう事らしい。

 下手に連絡を取ろうとすれば危険。何もしなくても危険。見張りがある以上、俺が場所を変える、移動して俺の目的を誤認させるって手も実行出来ない。…そんな、八方塞がりの状況。こんな状況下で、打てる手なんか……

 

(…いや、ある…あるには、あるな……)

 

 自分の思考へ、自分自身で待ったをかける。打てる手はない。出そうとしていたその結論を、止めるようにして否定する。

 そう。確かに一つ、手はある。今この場で出来る、上手くいけば最高の成果をもたらす、最大の策が。逃げるのではなく、誤魔化すのでもなく…俺の手で奴を倒すという、この上なく無謀な策が。

 

「…一応訊く。邪魔だから帰れっつったら、帰るか?」

「勿論…と、言いたいところですが、ワタシも貴方の言う『景色』が気になってしまいまして…極力お邪魔にはならないようにしますので、お気になさらず」

 

 十中八九訊いても無駄だろうとは思ったが、一応俺は確認を取る。無謀な策な以上、避けられるならその方が良いと考えて。

 だが案の定、奴に応じる気配はない。それどころか案に俺の推測を肯定するような言葉回しを選んできて…俺は確信。やはりこの状況、俺が取れる最大の策は…奴の撃破、ないしは撃退しかない。

 

「…ふー、ぅ……」

 

 ゆっくりと、奴に聞こえない程小さく長く息を吐き、意識を完全に戦闘のそれへと移行する。

 考えるまでもなく、普通に戦ったら勝てない。ゼロでなくとも、勝ち目はかなり薄い。その上で勝とうとするなら、当然策を、駆け引きを、環境やその他諸々を全て駆使して、スペック以外で奴を大きく上回らなきゃならない。

 キツい戦いだ。だが幸い…心は落ち着いている。緊張感はあるが、精神はきちんと戦う事、勝つ事に目を向けられている。だったら、今考えた通り…全力を、尽くすしかねぇ…ッ!

 

(まずは……ッ!)

 

 ライフルを引き抜き、発砲する俺。魔人はぴくりと眉を動かすが、そこから移動する事はなく…撃った弾丸は、魔人の頭よりずっと上へ。

 この軌道が見えていたから、奴は動かなかったんだろう。それは奴からすれば、明らかな外れで…だが俺にとっては、狙い通り。狙った通り、弾丸は魔人の頭上へと飛び…次の瞬間、木に積もっていた雪が落ちる。

 

「容赦も、出し惜しみも、最初からなしだ…ッ!」

 

 音を立て、落下する雪の布団。だがこんなもの、魔人どころか大概の魔物にも一切ダメージになんかなりゃしない。なりゃしないが…目眩しには、十分なる。

 その雪が落ちると同時に、俺は雪原を蹴って真っ直ぐに跳躍。右手で腰の直刀の柄を掴み、肉薄し…魔人を覆った雪諸共、横一文字に一閃。斬撃は、落ちた雪を一瞬で斬り裂き…だがそこに、魔人の姿はない。

 

「中々上手い攻撃ですね、少々驚きました」

「ちッ、やっぱりかよ…ッ!」

 

 奴がいないと分かった直後、背後に感じる強い気配。振り向きざまに直刀を掲げると、そこへ奴の手刀が襲う。

 一先ず攻撃の防御に成功。だが、初撃で仕留める事には失敗。奴の不意を突けるであろう初撃で撃破どころか何のダメージも与えられなかったのは…正直、痛い。

 

「しかし、意外ですね。口振りからして、戦闘を避けようとしているのかと思ったのですが」

「それが出来りゃ良かったんだけど、なッ!」

 

 チャンスをものに出来なかったのは本当に痛いが、もうそれを嘆いたところで何にもならない。ましてや相手は魔人な以上、過ぎてしまった事を気にしてるような余裕もない。

 斬撃と射撃、二つを交えながら攻め立てる俺に対し、魔人は反撃してこない。だが巧みに捌く動きからして、反撃『してない』だけである事は明白。

 

(強引に仕掛けたって、そこで生まれる隙を突かれるだけ。だが普通の攻撃じゃ、奴の防御を崩し切れない。…だったらやっぱり、奴の体勢を崩すしかねぇか……)

 

 今左手にあるライフルは射程も連射性も全体的に使い易いが、やはり近接戦が行えるような距離じゃ取り回しが悪い。だから一度俺はトリガーを引きっ放しにし、その状態で振るう事によって薙ぎ払い、奴に後方への跳躍を選択させる。そして狙い通りに奴が下がったところで、俺はライフルを腰に戻して、左手は開けたまま再び突進。

 距離が開いたからといって射撃を主体に動いたりはしない。理由は当然、射撃で奴を倒せるような技量が俺にはないから。可能性で言えば、まだ接近戦の方が見込みがある。

 

「いつまでもそうやって、余裕ぶってられると思うなよ…ッ!」

 

 突進の勢いも乗せ、右手を突き出して放つ直刀の刺突。それ自体は靄を纏った左腕で逸らされ外れるが、勢いがまだある内に左脚で膝蹴り。それも右掌で受けられたところで俺は右の脚も振り出し、三度目の正直を叩き込む。

 だがそれを、魔人は即座のバックステップを用いて回避。今のは奴としても少しはひやりとしたのか、端から機会を伺っていてそれが今だったって事なのかは分からないが、着地の瞬間魔人は貫き手の様に右手を構え、雪原を蹴ると同時にその右腕を突き出してきて……俺はそれを、左手で掴む。前腕を掴み、握り、そこを軸に身体を飛ばして一回転。

 

(今だ……ッ!)

 

 回転の頂点、俺の身体が完全に上下逆となったところで、二度目の刺突。魔人の頭を狙って、そこを貫くように鋭く突き出す。

 俺は開けた左手に何も持たなかった。何も持たずに開けておいたのは、これが理由。開けておく事で、『腕』という機能を十全に使えるようにしていて…だがこれも、避けられる。避けられるというより、魔人が掴まれた腕を思い切り横に振った事で姿勢が崩れ、刺突は肩を掠めるに留まる。

 

「危ない危ない、どうも貴方は思ったより手練れのようですね。…いや、それどころか…貴方との交戦自体、これが初めてではないような……」

「はっ、やっぱ忘れてたって訳か…まあ、いいけどよ…ッ!」

 

 逸らされた俺はすぐに腕を離す事でそれ以上振り回されるのを避け、着地時に左手も突く事によって姿勢制御。すぐに身体を行動可能な状態にし、跳び上がるようにしてもう一度刺突。奴の胴へと狙いを定め…だがその上から肘鉄を直刀の峰へと打たれ、二度目の刺突も失敗に終わる。

 そして一度目の刺突が奴の中での警戒レベルを上げさせたのか、奴は舐め切っているような回避と防御だけの動きから変わり、明確な攻撃行動を見せるように。尚且つ俺を忘れていたっぽい事も言ったが…向こうからすりゃ一度切り、しかも妃乃よりは間違いなく印象が薄いんだろうから、そこはほんとにどうでもいい。

 

「この動き…あぁ、思い出しました。それと失礼。忘れていた事を、謝罪させてもらいます」

「謝罪するってなんなら、言葉だけじゃなく行動でも表してほしいものだな…ッ!」

「では、お望み通り…確かな実力を持つ霊装者として、ワタシも対応させてもらいましょう…!」

「ちぃ……ッ!」

 

 皮肉を交えて俺が発した言葉に対し、返ってきたのは並の刃物よりもよっぽど斬れ味のありそうな手刀。防御は出来たが姿勢を崩され、続く攻撃は対処し切れずに跳ね飛ばされて、さっきの意趣返しの様な飛び膝蹴りが顔へと迫る。

 間一髪、そこで俺は直刀を雪原へと突き立て、身体を後ろへつんのめらせる事でギリギリ回避。すぐに雪原から直刀を引き抜き横薙ぎをかけるが魔人には軽く回避され、その後も俺は押され気味。今のところ直撃は受けていないし、まだ体力も集中力も続いているが…消耗は、激しい。

 されどそれも分かっていた事。初手で決められず、速攻で叩きのめされる事もなかった時点で、こうなる事は予測出来ていた。つまりこれは、悪い方ではあるが…まだ、予想の範囲内。

 

(さぁ、どうする…予想の範囲内っつったって、そっからの策がなきゃ何の意味もない。…今の俺に、何が出来る。勝利に繋がるのは、一体なんだ…?)

 

 腕から脚から打ち込まれる、打撃の数々。神経を張り巡らせる事で何とか避け、捌き、時折生まれる僅かな隙間で少しでも反撃の刃を放つ。

 かなり押されてはいるが、焦ったところで勝利には繋がらない。今は少しずつ体力を削られているようなもんだが、まだ持つ。まだもう少しは、このままでも続けられる。なら、その間に…何としても、突破口を見つける…ッ!今は、そうするしかねぇ…ッ!

 

「何か、隠しているのでしょう?それを素直に話して下されば、ワタシも悪いようにはしませんよ?」

「馬鹿言え、それを言ったらテメェは俺を殺すのに躊躇う理由がなくなるじゃねぇか…!」

「おっと、流石にバレますか。別に、殺す事にそこまで拘りはありませんが、ね…ッ!」

 

 連撃に耐えかね後ろへと大きく跳躍…と見せかけ俺は空中で素早く前転。前へ回転する事によって後ろ向きの勢いを殺し、尚且つ魔人へ上から踵落とし。それを魔人は交差させた両腕で受けると、そのまま腕を開く要領で俺を弾き飛ばし…距離が開いた瞬間、貫き手を放つ。ここまで使っていなかった能力を解放し、距離など関係ないとばかりに俺の喉元に放ってくる。

 

「ぐッ…んにゃろ……ッ!」

 

 ギリギリのところで俺は右手の直刀を振るい、柄尻を手首の辺りにぶつける事で俺は奴からの貫き手を回避。続けて腕を斬り落としてやろうと思ったが、そうする前に腕は引き戻され、代わりに今度は奴がそのまま突っ込んでくる。

 迎え撃つように、腰溜めからの真横一閃。新体操の如く魔人は身体を捻りながら俺を飛び越え背後を取るが、そうくると思っていた俺は振り向く事なく突き出すように後ろ蹴り。防がれると同時に俺も俺で身体を捻り、振り向きながら逆の脚で横っ面にもう一発打ち込む。

 

「やはり、一つ一つの選択や判断が早い上に的確ですね。中々多くの経験を積んでいるようで…!」

「まぁ、見た目よりはな…ッ!」

 

 当たるかと思った蹴りも、腕を盾にして防がれる。数瞬力比べをしてみるが、少なくとも押し切れるような感じはない。

…やはり、奴の方が上だ。一つ一つの能力ならともかく、総合力は俺の方が負けている。そしてまだ俺は、奴に打ち勝てるような策を思い付いていない。格上の存在に勝てるような、確実に重い一撃を叩き込めるような、そんな策は……

 

(…いや、待てよ……?)

 

 そう思った次の瞬間、不意に、服を着ようとしたらポケットに入れっ放しだった小銭が出てくるかのように、ふっと俺の頭にある作戦が思い浮かぶ。あまりにもリスキーで、博打的で…だが上手くいけば、大きな隙を奴が晒すであろう策が。

 

「鬱陶、しい…ッ!」

「遠隔攻撃だけでは、容易に対応されてしまいますからね」

 

 危険だからこそ、落ち着いて考えたいところだが、それが許される状況じゃない。そもそもバレてしまえばその時点で機能しなくなる策だからと、俺は出来る限りそれが顔に出ないよう努めつつ、ほんの僅かな余力で以ってそれでも考える。この策を行うべきか、それとも別の策を考えるべきか、と。危険を冒してでもこの可能性に賭けるか、もっと安全な、確実な策を探し出して……

 

(…あるのか?安全な策が、確実な策が。それを思い付ける程の頭が、俺にあるってか?)

 

 安全性、確実性を重視するのは大切だ。自分の身を守る為にゃ勿論だが、それを軽視した結果、そもそも策自体が失敗し、ただ犬死にするだけで終わった…なんてなったら、それこそ目も当てられない。

 だが、今は俺一人。相手は魔人。不確定要素によって、洞穴の事がバレる事も十分あり得る。今思い付いたやつだって、ぶっちゃけ閃きのようなもの。そんな状況で、他に幾つも策が、もっと良い策が浮かぶって考えるのは…あぁ、そうだ。流石に楽観が過ぎるってもんだ。だったらもう、迷ってる場合じゃない。覚悟を、決めるしかない。

 

「…うん?何やら顔付きが変わりましたね…何か思い付いたのですか?それとも、話してくれる気になったと?」

「ああ、おかげさんで思い付いたんだよ。テメェを倒す為の、必殺の策がな」

「…ほぅ……」

 

 表情の変化に気付いた魔人へ向けて、にやりと笑みを浮かべている。それを聞いた魔人は目を細め、恐らく更に警戒を強める。

 今俺は、自ら策がある事をバラした。だが、これで良い。策の内容までバレてしまえば終わりだが、策がある事自体は、チラつかせる事で駆け引きの道具にする事が出来る。

 

「では、早々に終わらせるとしましょうか。策の一つや二つを弄したところで、とは思いますが…万が一という事もありますからね…ッ!」

「ふん、やってみろよ…出来るもんならな…ッ!」

 

 策があると知った魔人が選択したのは、早期の決着。策があるなら、それを実行される前に終わらせてしまおうという、堅実な判断。口振りからして、本気でやられるとは思ってないようだが…これが最も好都合。策を意識しつつも慢心してくれるなら、これ以上助かる事はない。

 振り出された蹴りを横に避け、抜き放った拳銃で一発。二発目以降も撃とうとしたが、伸ばす事で鞭の様になった脚が横から素早く俺へと迫り、射撃を中止し空へと離脱。すぐに跳んだきた魔人を迎え撃つ形で直刀を振れば、魔人は今し方靄を纏う事で銃弾を防いだ右手でもってこの斬撃も難なく防ぎ、お返しとばかりにヘッドバットが額へと襲来。

 

「ぁぐッ……!」

「そら、胴が空いていますよ?」

 

 額から頭へ駆けて走る、衝撃と鈍痛。若干首を伸ばした程度の攻撃だった分、頭を砕かれるなんて事にはならなかったが、それでも俺は姿勢が崩れ、その隙に魔人はもう一撃。ギリギリで何とか防御はしたが、衝撃はほぼそのままに受ける形となってしまい、勢い良く雪原へ落とされる身体。

 更に迫り来るのは、降下の勢いを付けた踏み付け。寸前で俺は一回転し、回避と同時に身体を跳ね上げ後退を図るが、既に魔人は攻撃体勢。一方の俺は強引に身体を跳ね上げたせいで、まだ体勢が整っておらず…隙を晒したも同然の状態。そして当然、奴はそれを逃さない。

 

「策士策に溺れる、なまじ思い付いて強気になった事が裏目に出ましたね…ッ!」

(それ、若干使い方間違ってるけどな…ッ!くるか…これで、奴は……!)

 

 俺と正対状態となった魔人は、某海賊主人公を思わせるようなパンチを発射。それは本命の攻撃に繋がる為の一発だと分かっていたが、かといって無視出来るような攻撃でもない。だからそれを直刀で弾けば、空中の俺は更に崩れ……次の瞬間、雪原を蹴った魔人が肉薄。弾いた左手が戻っていく一方、引かれた右手には靄が揺らめき、こっちが本命である事は明らか。

 奴は思っているところだろう。上手くいけば、これで決着。凌がれても姿勢は完全に崩れ、もう一発で終わりになると。これで、自分が勝利だと。

 そしてそれは、間違っちゃいない。よっぽどの幸運が起こるか、何か外的要因がない限り、俺が勝てる望みなんて薄いんだ。普通に勝つなんざ、困難なんだ。だから俺は魔人を見据え、その表情から勝利を思い浮かべているであろう事を見定め……()()()()()()()()、身体を倒す。

 

「な……ッ!?」

 

 正に突き出され始めていた右手。靄を纏った、右の拳。それを迎え入れるように、いっそ自殺するかのように、俺はそれが胸元に来るような位置で上体を倒し……そして次の瞬間、拳は、止まる。

 

「……へっ、だと思ったぜ。何も聞かないまま殺すのは…そっちだって、困るもんな」

「……ッ!?まさか…ッ!」

 

 愕然とした顔をする魔人。信じられないという目で見てくる魔人。そんな奴に対し、俺はぐっと視線を上げ…にやりとしたから笑い掛ける。

 そう、俺は自殺を図った訳じゃない。諦めた訳じゃない。むしろこれこそが狙い。これこそが作戦。奴は仕掛けきてはいるが、その目的は俺が隠している何かを知る事であり、つまりそれは殺せないという事。事故だろうと自殺だろうと、それは避けなきゃいけないって事。無論、「殺した後じっくり探したっていい」って考え直す可能性もあるが……瞬時の反応が求められる状況で、そんな思考は出来やしない。駆けだったが、相手に期待するなんていう馬鹿げた策ではあったが……それでも今、奴は隙を晒した。特大の隙を、俺にとっては最大のチャンスを。

 すぐに魔人は下がろうとする。俺の目論見を理解し、自己制限の為に行動を費やしてしまった身体を、無理矢理にでも下げようとする。だが……

 

「もう、遅いッ!」

 

 込めるのは、今俺が注げる全力。狙うのは、奴の撃破ただ一つ。もし失敗したら、なんざ考えない。今考えるべきは、集中すべきは、奴へと打ち込むこの一撃。

 吼える。奴へと向けて、更に力を引き出すように。そして俺は、全身全霊、今引き出せる全てを懸けて……直刀を、振り抜く。

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