双極の理創造   作:シモツキ

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第百九十九話 霊峰の答え

 恐らくは魔人の撃破、或いは撃退に成功し、俺達は当初の目的通り、見つけた地下空間の調査を再開する事になった。

 初めに妃乃と来た時には、正に暗中模索(いや、言葉の意味的にはやや違うが)だった探索。だが今回は強めのライトが一人一つ用意された事である程度の視界が確保され、大分進み易くなっている。

 

「うわ…ほんとに驚きだよね。地面の下に、こんな空間があったなんて……」

 

 壁に、天井にとライトを動かし、その発言通りの感情を言葉に込めるのは綾袮。第二陣の一人としてきた綾袮も調査班の一人となり、今は共に地下空間を歩いている。

 多少のバラつきはあるが、やはりこの場所は結構広い。流石にそんなヘマはしないだろうが、こうなるとはぐれないよう気を付けるべきだろう。

 

(…つか、そういえば……)

「…何?」

「いや、何でもねぇよ」

 

 そこでふと思い出したのは、さっき妃乃が見せた一面。さっきは本当に怖がっていた妃乃だが、今は格段に明るいからか、それとも何人もいる中で醜態は晒さないと気張っているのか、とにかくビビる様子はない。

 

「…あ、そうだ。悠耶君が戦ったのって、あの身体が伸びる魔人だよね?」

「んぁ?あぁ、そうだな」

「…悠弥君的には、どう?倒せたって思う?」

 

 その後一拍の沈黙を置き、綾袮が俺へと訪ねてくる。表情や声音は軽い感じで…だが、その瞳の奥には真剣さを灯らせて。

 倒せたか否か。身も蓋もない事を言ってしまえば、そんな事は分からない。分からないが……

 

「…倒せてる、って思いたいもんだな。あんなのとまだ戦わなきゃいけないとか、勘弁してくれって話だ」

「同感ね。あいつは目の前の勝利よりも、目的の達成を考えて行動出来るタイプだもの。実力もそうだけど、そういう部分も含めてあいつは『厄介』なのよね」

「そっかぁ…でもこれはアレかな。こういう会話になったって事は、生存フラグかな」

『あの(なぁ・ねぇ)……』

 

 勘弁してほしいっつってるのに、あっけらかんと綾袮は言うものだから、俺も妃乃も呆れと共に額を押さえる。そりゃ確かにこういう会話も、爆発やら煙やらで相手の姿が見えなくなるのも、創作においては生存パターンのフラグとなるが…ほんとに勘弁してほしい。てかこれが理由で生きていたら、マジで洒落にならん。

 

「まあでも大丈夫だよ。仮に生きてても向こうは重傷、こっちはこれだけの戦力って状態なんだから、何があってもよゆーだって!」

「なんで悪いフラグを重ねてくるのよ…!…まさか、わざと言ってる…?」

「あ、バレた?てへっ」

 

 全くもって緊張感のない綾袮の態度。何を考えているんだと言いたいところだが、ここまでくると逆に凄い。真似しようとして出来るもんじゃない。…まぁ、真似しようとも思わないが。

 とまぁ、ここまで綾袮は平常運転だった。警戒はしてるんだろうが、表面上はいつも通りだった。だが、それもこれまでの事。ある地点…俺と妃乃が引き返した場所の近くまで来たところで、雰囲気は変わる。

 

「……これは…確かにこの先に何かあるのは、間違いないみたいだね…」

「でしょ?…お父様」

 

 顔付きが変わると共に、綾袮は更に奥…まだ見えない闇の中へと視線を送り、妃乃は中央よりやや後ろにいる恭士さんの方へと向かう。

 ここから先は、俺と妃乃も知らない場所。何があるか、何が出てくるかも分からない場所で、さっきと戦力が段違いでありながら、それでもやはり緊張する。

 

「…悠弥、貴方は後ろの方に回って。ここからは全員同じ条件だし、その状態で全力は出せないでしょ?」

「…ま、そうだな」

 

 戻ってきた妃乃の、初めの言葉は俺への指示。確かに俺は魔人との戦闘で怪我をしている訳で、当然その分のパフォーマンスも低下している。妃乃の(恭士さんからの指示かもだが)判断は、何も間違っていない。

 だから俺はそれは頷き、前方寄りから後方へ。他に移動する人はおらず、俺達はそのまま更に奥へ。

 

(…ん……?)

 

 暫く風景は変わらないまま。分かり辛いが足場は決して良好ではなく、多少の上下もある為多分自分で思っている程進んでいない。…だが、ある時俺は気が付いた。ほんの少しだが、さっきまでより周囲が明るくなっている事に。

 初めは単に、目が慣れただけなんだろうと思った。…が、だとしたら慣れるのが遅過ぎる。次にどっかから光が差し込んでいるのかとも思ったが…そういうのとも、何か違うような気がする。そして、そんな事を考えている間も、少しずつ明るさは増していき……

 

『おぉぉ……』

 

 曲がり道の様になった場所を抜けた瞬間、俺を含めた多くの面々が、揃って驚きの声を上げた。…地下空間内をぼんやりと照らす、仄かな白い光を見て。

 

「…凄いな、こりゃ……」

 

 地面や壁、天井のひび割れや隙間から漏れ出すような、白色の光。それが、地下空間内を照らしている。ライトなしでも十分視界が確保出来る程の明るさを作り上げている。

 同時に感じる、濃密な…だが澄んだようにも感じる力の気配。…やはり、ここまで感じてきたものは間違いない。この先に、きっとすぐ近くに…何かが、ある。

 

「…そうか…やはり、ここが……」

(…恭士さん……?)

 

 漏れ出ている光自体にも感じるものはあるが、それ以上の何かがこの先にある。そう思っていた中で、不意に聞こえたのは恭士さんの小声。その口振りは、何かを知っているようなもので…更に前へ目をやれば、妃乃も綾袮もかなり神妙な顔をしている。

 

「…う、ん…?…待てよ、この光って……」

 

 どこか幻想的にも感じる光景を前に、進行は止まっていた。その中で、ふと俺が思い出したのは先日聞いた、ここでの事。一度目の調査、その結果の話。

 あくまで俺は話を聞いただけ。直接見てはいないし、聞いた範囲の事しか知らない。けど確か…いや間違いなく、妃乃は言っていた。調査を一時中断に追い込んだ、そうせざるを得ない状況にしたのも、『白い光の』柱だったと。

 その時発生した光の柱と、今ここで漏れ出るように見えている白の光。これは、ただの偶然か?偶々同じ場所で、同じ色をした光が、無関係に発生してるというだけか?…いいや、まさか。

 

(…けど、何ともない…前の時より、エネルギーが減ってるって事か…?それとも、何かしらの条件が揃うと一気にかっせす?、とかなのか…?)

 

 少し身体に霊力を流すが、おかしいと感じるところはない。どうもその光の存在を知っていたらしい妃乃達も、今ここを照らしている光を避けるような様子はない。となるとやはり、今ここを照らしている光は危険じゃないって事だろう。…少なくとも、今は。

 そう俺が結論付けたところで、進行も再開。ある程度進むと光は更に強くなり、もう完全にライトは要らないと言えるレベル。その明るさに、もう『何か』目前なのだろうと何となく感じ…気付けば横には、いつの間に後ろに来ていた妃乃の姿。

 

「…悠弥。貴方何か、感じてたりする?」

「それは…この場にいる全員が、感じてるものなんじゃないのか?」

「いや、そういう事じゃなくて…けど、こういう反応が返ってきたって事は……」

「……?妃乃?」

「何でもないわ。…けど、この先にあるのは、貴方にとっても関係あるものよ。…それがあれば、の話だけど」

「何だよ、その言い方…」

 

 何とも気になる言い方だけして、妃乃は前へと戻っていく。俺にその『何か』を訊きたかったのか、単に関係があるのだと教えてくれただけなのか。…けどそれもきっと、もうすぐに解決する。

 少しずつ狭くなる道。まだ横に数人並んでも通れる広さとはいえ、狭くなった分その先にあるものもよく見えない。だがその狭い空間も数分足らずで終わり、ある時空間がぐっと広がり、そして……

 

「……──ッ!」

 

 大きく広がった、ドームの様な地下空間。昼間の外と遜色ない程明るいその空間の中央にあったのは……浮遊する、巨大な光。

 

「…全員、その場に止まれ。言うまでもないと思うが…この場にある物、その全てに不用意に近付くな」

 

 ただの光源ではない、エネルギーが収束しているかのような真白い存在。気圧される程の存在感に半数以上が息を飲む中、恭士さんは落ち着いた…だが真剣そのものの顔で待機を指示。続いて一周ぐるりと見回した恭士さんは、妃乃や綾袮、他数名と言葉を交わし、やり取りが終わると一旦ここから離れると決定。その理由は…まぁ恐らく、もしもの事を考えてだろう。

 

「…………」

 

 道が狭くなり始めた辺りにまで一度下がった俺達が次にする事は、やっぱり待機。少なくとも俺は調べる方面の技能なんて持ってないし、ならば下手な事はせず、指示があるまで待機をするのが無難…というか、当たり前の選択。

 何が起こるか分からないからこそ、周囲の全体へ気を配る。そうしながらも、ふと俺はここまで感じてきたものを振り返り……気付く。

 

(…知ってる、よな…俺は、この感覚を……)

 

 ある程度進んでから感じ始めた『これ』は、ありふれたものじゃない。当然ここに来るのだって俺は初めて。なのに、この感覚には既視感がある。何かで一度、経験済みのような気がする。

 でもじゃあ、どこか。どこで、何で感じたのか。記憶の糸を手繰るように、或いは解くように、俺は記憶を掘り返して…だが、この感覚だけじゃ思い出せない。

 

「……ん…?」

 

 何度も考えてみるものの、その成果は全く無し。厳密には、何か思い出しそうな感覚はあったが、その感覚だけがあったって無意味。結果気になるが思い出せない、分からないが気なるという、魚の骨が喉に刺さっているような煩わしさが心に残り……だがそこで、妃乃からの通信が入った。こっちに来てほしいという、単純な通信が。

 何故かは分からないが、呼ばれている。であれば無視なんて出来ず、再び俺は奥の空間へ。その途中で少し戻ってきていた妃乃と合流し、二人で向かう。

 

「どうしたんだよ、俺は調べる上で役に立ちはしないと思うぞ?」

「お父様が呼んでるのよ。…多分、さっきの事絡みでね」

 

 道中で交わす、簡単なやり取り。さっきのというのは、多分さっき妃乃が訊いてきた事。

 

「お父様、悠弥が来ました」

「あぁ、ありがとう」

 

 二度目であっても、やはり圧巻。そう思いながらこの場所に戻ると、妃乃はそれだけ言って離れていく。一方俺は呼ばれている訳だからついていく訳にはいかず…沈黙。

 

(…ど、どうするべきなんだ?こっちから何か訊くべきか?それとも……)

「…悠弥君。まずは聞かせてほしい。先程、妃乃が訊いた時は特段何もなかったようだが…それは、今もか?」

「…いえ。上手くは言えません。言えませんが…今抱いている感覚には、どこか覚えがあります」

「そうか。ならやはり、見立てが正しい可能性は高いな」

「見立て…?」

 

 どうしようかと内心で俺が考える中、視線を光へと向けたまま、おもむろにそんな事を言う恭士さん。急な問いに一瞬俺は戸惑ったが、声音からそれが重要な問いであるのだと理解し、今俺が出せる回答をしっかりと口に。

 とはいえこれだけじゃ、参考にもならないだろう。そう思っていた俺だったが、恭士さんはむしろ望ましい回答であった様子。

 見立て。それは一体、何に対しての言葉なのか。それを尋ねるように訊き返すと、恭士さんは暫しの間口を閉ざし……それから遠くを見るような目をして、静かに言う。

 

「前回の調査が、どんな理由で一時中止となったか、参加していた霊装者の一部がどうなったか。それは言うまでもないと思うが……はっきり言おう。力を失った者達は、霊装者としての能力を消されたのでも封じ込められたのでもなく…あの光に、力に飲み込まれたのではないかと、俺達は見ている」

「……っ!?…飲み込まれた…って事は…吸収された、と…?」

「あぁ。荒唐無稽に聞こえるかもしれないが、根拠もなしにそう考えている訳じゃない」

 

 光に掻き消されたのではなく、光に飲み込まれ、奪われた。突如発されたその見解に、当然俺は驚いた。同時に、何故今その話を…とも思ったが、それに関してはすぐに理解の方が追い付く。今その話をしたという事はつまり、これから話す事とそれとが関係しているのだろう。

 

「ここ富士は、霊峰と呼ばれている。霊装者の歴史をそれなりに知る者の多くから、実際に特別な場所だと見られている。大半は単に、そういう場所だから、と思っているが……」

「実際には、ちゃんとした理由がある…?」

「その通り。そしてその理由の一つが、あれだ」

 

 引き継ぐようにして俺が想像した言葉を言うと、恭士さん一つ首肯。続けた言葉と共に指差したのは…亀裂の様な壁の隙間、比較的光に近いその場所で僅かに顔を見せている、周りの壁とは明らかに違う材質の鉱石。

 

「あれ、は…もしや、妃乃や綾袮の得物に使われている……」

「察しが良いな。ああ、あれは霊晶真石。採れる場所も頻度もごく僅かの、霊力と抜群の相性を持つ鉱石が稀ながら産出される事が、特別視される理由の一つだ」

 

 通常の素材を用いて作られた武器とは段違いの霊力許容量を持ち、純霊力の刃や弾丸よりも高い強度や斬れ味を実現する事が出来る物質、霊晶真石。俺自身その存在は知っていても、名前までは知らなかったそれがあるのなら、ごく僅かでも産出されるというのであれば、富士山が特別視されるのも頷ける。それ程までに霊晶真石は貴重且つ、高い価値を持つ物だから。

 

「…だが、それだけじゃない。真の理由、最大の理由が…悠弥君、君にも関わっている」

「…俺に、ですか……?」

「霊装者にとって、最たる奇跡。……それを君は、誰よりも知っているだろう?」

 

 一拍の間と、それを経て俺へと向けられる視線。落ち着いた、けれどまるで隙のない恭士さんの立ち姿。それに緊張が高まる中、恭士さんは言う。そしてその言葉と雰囲気が示しているものなんざ…一つしかない。

 

「……ッ…それって、まさか…」

「そう。嘗て顕現し、そして君が手にした熾天の聖宝…その発生にも、この富士が恐らく関わっているんだ」

 

 熾天の聖宝。あの時、嘗ての俺の前に気付けばあった、気付けば触れていたそれに…今の俺が在る最大の理由であり、言葉通りの奇跡を起こすその存在にも、何かしらの関わりがある。…比喩でも仄めかしでも何でもなく、恭士さんははっきりとそう言った。そう言い切った。

 成る程確かに、それなら、それ程までの事があるなら、ここか特別視されるようになったのも頷ける。リスクを背負ってでも調査するのも分かるし、この情報を不用意に広げたりしていないのも納得だ。……それが、本当に真実だと言うのならば。

 

「…………」

「…信じられない、とでも言いたげな顔だな」

「…恭士さんを信用していない訳じゃないです…ただ……」

「いい。こんな話、聞いてすぐに信じる方が少数だ。ましてや実際に、聖宝を目にした人間からすれば、奇跡を目の当たりにした者ならば、尚更荒唐無稽に聞こえるだろうさ」

 

 まだ数度しか言葉を交わしていない恭士さんだが、信用に足る相手だって事は分かってる。それでも内容が内容なせいで消化し切れずにいると、恭士さんは軽く鼻で笑って肩を竦ませて見せた。そうだろうと思っていた、と言わんばかりに。

 

「…けど、今はない…みたいですね……」

「そのようだな。条件が揃っていないのか、時期尚早なのか、或いはそもそも見当違いか…この光も含めて、まだまだ情報が足りていない」

「…ほんと、すみません。当事者だってのに、殆ど役に立たなくて……」

「馬鹿言え、それは謝る事じゃない。それとも君は、娘もいる大の大人が、その娘の友に頼って事を成そうとする方が正しいとでも思うのか?」

「あー…それは、確かに……」

 

 この事もあって、俺は選出されたのだろうか。だったら何も分からない、じゃ流石に情けない。…そう思っていた俺だが、恭士さんはそれを平然と、オブラートも何もない言葉と態度でさらっと否定。その全く動じていない、周りの考えなんざ知るかとばかりの雰囲気に、思わず俺は苦笑してしまい…同時にこうも思った。俺と恭士さん、単純な日数の積み重ねじゃ、今の親と子レベルよりずっとその差は少ないんだろうが…未成年二周目の俺と、大人として数十年生きているであろう恭士さんじゃ、やはり色々違うんだな、と。

 

「だが、経験者の意見や感覚が参考になるのもまた事実。何か気付いた事、感じた事があれば、その都度言ってくれると助かる」

「それは勿論です。何かあれば、その時は……」

 

 まあそりゃそうだよな、と思う続きの言葉に俺は首肯。実際伝えられるような事が今後出てくるかは怪しいもんだが、別段隠す理由もない。

 奇跡を現実のものとする存在、熾天の聖宝。身も蓋もない言い方をすれば、あり得ないような願いも叶えてくれる、スーパーアイテム。それが近い内に再び現れるのか、まだまだ先なのか、或いはそもそも見当違いでこれは全く別なのか。…まだそれすらも分かっていない状態。だとしても…いやだからこそ、こうして入念に調べるのだろう。聖宝が手に入った場合のメリットを考えれば勿論だが、逆に碌でもない奴が手に入れてしまった場合のリスクまで考慮すれば、そりゃ何が何でも発生条件を把握し、確保しておきたいと思う……

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふふ…丁寧なご説明、ありがとうございます…感謝、しますよ…」

『……──ッッ!?』

 

 その瞬間聞こえた、力無く苦しげな声。聞き覚えの強い…ついさっきまで聞いていた、やたらと慇懃無礼な言葉遣い。

 まさか。そんな馬鹿な。心がそう叫ぶ中、弾かれるように俺は振り向く。振り向き…そして見たのは、奴の姿。戦闘の末、空からの集中砲火で行方知れずとなっていた…満身創痍の、あの魔人。

 

「…やはり生きていたか…だが、馬鹿な…ここまで誰にも気付かれずに、入り込む事が出来ただと……?」

「えぇ…ご覧の通り、今のワタシの命は最早風前の灯…しかしそれ故に、隠蔽は容易でした…元々消え掛かっている程、ワタシの力は小さくなっているのですからね……」

 

 俺も、恭士さんも、妃乃も綾袮も、ここにいる霊装者全員が武器を魔人へと向ける。多勢に無勢、奴は満身創痍。加えてここにいるのは多くが手練れという、俺達からすれば圧倒的に有利な、奴からすれば絶望的な程不利な、そんな状況。…にも関わらず、魔人は笑みを浮かべている。

 見間違いじゃない。魔人は、本当に全身傷だらけ。俺が最後に見た時よりも、更に夥しい数の怪我が魔人の身体に……って、

 

「…まさか、テメェ…俺達がしようとしてる事を知る為に、わざと……」

「ご明察…空からの攻撃には、ひやりとしましたが……ピンチはチャンスとは、よく言ったものですね…」

 

 更に笑みを深める魔人。全身の怪我でひょっとしたらとは思ったが…奴は、この状況を作り上げる為に、わざと攻撃を受けたんだと言う。

 だとしたら、それは凄まじい精神力以外の何物でもない。自ら攻撃を、それも重傷を負った状態で、更に瀕死レベルまで受けるなんざ、最早トチ狂っていると言うべきレベル。それを実現させているのは、根性か…或いは、執念か。

 

「…お父様」

「ああ、分かっている。…そんな身体でここまで来た事は大したものだが、それも今更の話。生きていたというなら、今ここで討つだけだ」

「取り逃がしておいて、よく言えたものですね…では、やれる言うのならやってみて──」

「言われるまでもない」

 

 次の瞬間、魔人の力無い声を遮る恭士さんの言葉に呼応するように、非常識な速度で斬り込む妃乃と綾袮の二人。左右から振り出される刃を魔人は辛うじて、間一髪で跳躍して避けるが、そこに他の霊装者からの集中砲火が撃ち込まれ、宙から地面へと落ちる魔人。

 その直前、俺は恭士さんからの視線を受けていた。その意図を、意味を感じ取った俺は奴を見据え…地を蹴る。

 

「…終わりだ、魔人」

「がッ、ふ……ッ」

 

 俺がフルスピードで魔人の背後を狙う中、恭士さんは真正面から魔人へ突進。そのまま、その勢いのまま恭士さんは両手で握る大剣を突き出し、受け止めようとした魔人の防御を一瞬で突破。そのまま真っ直ぐに刃は伸び……魔人の胴を、突き刺し貫く。

 それでも魔人は、最後の悪足掻きだとばかりに、何かをしようとした。だが何をしようとしたのかは分からない。それが、行動もなる前に…俺が背後から、既に腹部を貫かれた魔人への駄目押しとして直刀を背中へ突き刺したのだから。

 

「…悪いな、多勢に無勢で。けどこっちも試合をやってるんじゃねぇんだよ」

「…え、ぇ…構い、ませんよ…?数を、利用するのもまた…戦術…数を使いこなせるのも、強者というもの……そして、情報もまた…確かな、強み…」

「…なんだ…?テメェ、まだ何か企んで……」

 

 間違いなく致命傷。即死して普通な位の大怪我。だがまだ息のある魔人は意味深な言葉をぽつぽつと漏らし、尚且つ何もない方向へと視線を移す。

 これはまだ何かある。そう俺が思った直後、奴の懐から現れたのは、黒の球体に蝙蝠の羽が生えたような、生物風と呼んで良いのかすらも分からない存在。

 けどそれも魔物だ、そういう存在だ。直感的にそう思った俺は拳銃を抜き放ち、一瞬早く抜いていた恭士さんに続く形で球体へと発砲。二発の弾丸は奴へと迫り……当たる直前で、不意に消える。

 

「……っ!?消えた…!?瞬間移動…!?」

「そんな、大したものでは…ありませんよ…。ワタシはただ、伸ばしただけ…なの、ですから……」

「伸ばした……って、まさか…ッ!?」

 

 消失した球体。どこを見ても見当たらない、自壊した可能性を除けばどこかへ瞬間移動したとしか思えない目の前の現象。

 それに対し、魔人は「伸ばしただけ」だという。意味が分からない。さっぱり分からない。…一瞬俺は、そう思った。だが次の瞬間…気付く。

 思い返せば、初めて戦った時もそうだった。瞬間移動の様な方法で、一気に奴は距離を開けて撤退して行った。だから俺は、その現象から俺は瞬間移動をしたんだと思っていたが……そもそも恐らく、奴の能力は伸ばす事。何かを長くする事。…もしそれが、身体だけでなく…それ以外のものにも通用するんだとしたら?それは形のない、概念的なもの…それこそ例えば、()()()()()()()みたいなものすら『伸ばせる』んだとしたら…?

 

「……ッ!恭士さんッ!こいつ、誰かにここの事を、見知った情報を送る気ですッ!今消えた奴とこの場の何かとの距離を伸ばして、それで遠くに飛ばしてやがる…ッ!」

「そういう事か…ッ!飛べ、悠弥君ッ!」

 

 その気付きを、可能性を伝えるべく声を上げる俺。それを聞いた恭士さんは目を見開き、だがすぐに俺へと指示。反射的に指示に従い、俺が恭士さんとほぼ同時に飛んだ瞬間、再び妃乃と綾袮が斬り込み…今度こそ、それぞれの得物が魔人を直撃。大槍と大太刀、二振りによる斬撃は既に死に体の魔人を完全に斬り裂き……その身体は、崩れ落ちる。

 

「…ぁ、ぁ…お、見事…これだけの、数とはいえ…このワタシを倒した事は…賞賛に、値…します……」

「ぐっ…テメェ、最後までそんな態度を……ッ!」

「…です、が…目的は、果た…せた……さぁ、ここから…どうなるか…一先ずは、舞台裏に降り…眺めさせて、もらうと…しま、しょ…ぅ……」

 

 倒れた時点でもう、始まっていた身体の消滅。完全に命が断たれたのだという、紛う事なき証明。だが魔人は悔しがるでも呪詛を吐く訳でもなく…むしろ満足げな表情すら浮かべて、言いたいように言っていく。

 消滅した身体の割合と反比例するように、どんどんと小さくなっていく声。芝居がかったようにも、深みのあるようにも思える声は、いよいよ聞き取るのも困難となり……そして、魔人は完全に消滅。言い切ったか言い切らないか、そんな境で魔人は完全に消え去り……静寂が、空間を包む。

 広い地下空間と、その先にあったこの場所。ここで聞いた可能性と…少なからず因縁のある魔人の消滅。俺としても思うところのあったこの作戦は……俺が見ている中であまりにも多くの事が起こり、俺に幾つもの衝撃を残していくのだった。

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