双極の理創造   作:シモツキ

202 / 245
第二百一話 蘇り、染まる力

 ウェイン・アスラリウスさん。ウェインさんも一般の(と言っても、上流階級に位置してるらしいけど)家庭で生まれた霊装者らしく、俺と同様に霊装者の事もこの世界の事も、全く知らないまま十数年を生きてきたらしい。

 綾袮や妃乃さんの様に特別な家系を持つ訳ではないウェインさんが一代で、それも数十年前後でイギリスの霊装者組織の長となれたのには、幾つか理由があるとの事だけど…その理由の一つが、飽くなき期待と高揚感であったんだとか。俺と同じように、普通の世界で生きてきた、非日常に憧れていたウェインさんにとって、霊装者としての日々は刺激的且つ魅力的で、気力が幾らでも湧いてきたんだとか。たとえ戦闘に出ずとも、それがある世界に自分も存在している…それだけで気分が舞うようだったと、ウェインさん自身が言った。

 そんな思いを、快く思わない人もいるだろう。どんな言い方をしようと戦いは戦い、命のやり取りは命のやり取りであって、それに対する心構えとしてそんな思いは間違っている。…そう捉える、そう考える人もいるんだろう。実際命の危険はあるんだから、そういう思考も一理ある。一理あるけど……俺はウェインさんの考えが、その思いが、誤ったものだとは思わない。

 

「…という事があってだね。その時は流石に驚いたよ」

「分かります。よく想像するような事でも、実際にいきなり遭遇すると、驚いてしまうものですよね」

「あぁ、そうなんだよ。全くその通りだ」

 

 いつの間にか始まっていた、ウェインさんの昔話。霊装者となってからの日々。それに俺は相槌を打ち、時に言葉を返し、じっくりと聞いていた。聞きながら想像し、もっと聞きたい、より知りたいと思っていた。

 つまらない、とは思わない。だってそれは…語るウェインさんの抱く思いは、俺と同じものだから。俺と同じ、気持ちだったから。

 

「…そんな中で、ある日僕は彼女と…ゼリアと会った。あの日の事は、よく覚えているよ」

「ゼリアさんと、ですか…?」

「そう。…まあでも、これは一度置いておこう。ゼリアとの話となると、また長くなってしまうからね」

 

 続く会話、続くやり取り。楽しい、ああ…凄く楽しい。今の俺の状態だとか、ウェインさんとの年齢差だとか、これまでにあった事だとか…そういうものは、一切合切関係ない。気にもならない。

 これまで俺は、俺の思いを人に語る事は少なかった。俺の思いが子供っぽい…普通なら割り切ってしまうようなものだと分かっていたから。けど今は、そんな事を考える必要はない。同じ思いを持つ人が相手なら…その思いを秘めたままにしておく必要は、全くない。

 

「…そうだ、こんな事もあったんだ。ある時、変身する魔物との戦闘になってね。変身と言っても、肥大化し、その関係で外見が変わるという程度の存在ではあったけど…姿が変わっていく魔物と対峙した場合、君ならどうする?」

「…待ち、ますね…」

「何故だい?警戒の為かな?」

「それもありますけど…変身中に攻撃をするのは、色々と台無しですから」

「ふふ、君ならそう言ってくれると思ったよ。変身するというのなら、それが終わるまで待ってこそ。変身中の隙を突いて倒してしまうなんて、勿体無いというものさ」

 

 変身中は攻撃しない。最近はそれをネタにする、或いは破る作品もちらほらあるけど、それでも基本は『お約束』となっている、創作においては普通の事で…でもそれを現実でやったら、まずふざけていると見られるだろう。明らかな隙があるのに、それをみすみす捨てるなんて…ましてやそれが戦略性皆無の理由であったとするならば、怒られたって仕方のない事。

 けれどその時、きっとウェインさんはふざけていた訳じゃないだろう。真剣に、純粋に、自分の心に従ってそうしただけだろう。憧れの世界で、憧れた通りの経験が出来ているのなら…そこから覚めてしまうような選択を、したい訳がないんだから。

 

「勿体ない…ですか。けれど、場合によってはその勿体なさこそが輝くと私は…俺は思うんです。例えばそう、使える火器の全てを使って……」

「全門砲撃…それも、過剰火力と分かった上での一斉掃射、かな?」

「……!そうですそれです…!全門砲撃を、純粋な高火力を叩き付ける…無駄の多い、非合理な攻撃だったとしても、そこには熱いものがあるっていうか…!」

「分かるよ、顕人クン。確かそういうものを、日本では『ロマン』と言うのだったね」

 

 次から次へと浮かぶ話題。これまで誰かに話す事を避けてきた、心の中で一人語るだけだった話を、思いを、気兼ねなく話す事が出来る。聞く事が出来る。それが楽しい、それが嬉しい。自然と言葉に熱が籠り、気付けば俺は前のめりになり、更に多くの話をする。より多くの、思いを紡ぐ。そしてその間…ウェインさんもまた、笑みを浮かべていた。底知れない、得体が知れない…そんな印象なんて微塵もない、純粋にしてどこか少年の様にも感じる笑みを。

 

「ふふふっ、やはり…やはり思った通りだったよ顕人クン」

「思った通り…?」

「君の行動や活躍を聞いて、思ったんだ。君は、僕と近いのかもしれないと。霊装者に、この世界に、憧れと夢を抱いているかもしれない、と。それを果たす為に、戦っているんじゃないのだろうか、とね。…そうだろう?顕人クン」

「…えぇ、そうです。俺はずっと、こんな世界に憧れてました。その世界に踏み出す事が出来た事が心から嬉しくて、もっと進みたくて、だからここまで駆け抜けてきて……」

 

 俺は頷く。そうだろうという言葉に、はっきりと頷く。それは本当にその通りで、霊装者となってからの俺の原動力…その最たるものは、夢への思いだった。自分の中の理想へ辿り着く、それを形にする…その思いが、どんな状況でも俺を奮い立たせ、俺に力を与えてくれた。

……だけど、それはもう過去の事。今の俺に、霊装者という力はない。思いはあっても…憧れの世界、その舞台へ立つ為の資格が、もう俺の手の中にはない。

 

「……顕人クン。知っての通り、こうして今の僕はBORGの長となった。持てる手を駆使し、彼女にも力を貸してもらって、僕は今の立場を手に入れた。…漸くここまで来たと思ったね。長にまでなれば、もう大概のものには縛られない。自由に、好きなように、自分の夢を追う事が出来ると、そう思ったんだ」

 

 声が尻窄みになっていき、心の中が冷えていくのを感じる中、話を戻すようにウェインさんが自分の過去を語ってくれる。

 初めは、俺を気遣い話を変えてくれたのかと思った。…けど、違う。声音からは、雰囲気からは、そういう事じゃない何かを感じる。

 

「…けれど、そうはいかなかった。自由にやろうと思えば、出来たけど…ここまで来て、確信してしまったんだよ。自分が感じていたものは、立場が大元の原因ではないんだ、と」

「…自分が、感じていた事……?」

「君も、感じた事はないかい?…僕達が憧れた、夢見た世界は、もっと自由だった筈だ。もっと無秩序だった筈だ。もっと個人が、主人公が、悪人が活躍している世界だった筈だ。…なのに、今の霊装者の世界は…あまりにも社会として、成熟し過ぎている」

「…それ、は……」

 

 じっとこちらを見据えてくるウェインさんの言葉と瞳に、俺は詰まる。正直に言うのなら、今ウェインさんが言った内容を、はっきりと感じた事はない。けど…思い返せば、そう感じられる事は幾つもある。

 例えばそう、霊装者として活動するなら、何に対しても協会の存在が関わってきた。夏には組織の、組織間の駆け引きにおいて、俺自身関わり真実を歪めた。つい最近も、組織の…全体の為に、協会は富士の調査任務に関する隠し事をしていて、その事を俺は口外出来なかった。良し悪しは別として、俺の知る今の霊装者の世界は、本当に『組織』の存在が大きく、それは普通の世界と同じようで…時に不満も抱きながらも、俺はそれを認めていた。そういうものだと、考えていた。…だけど、それは…そんなのは……

 

「…俺が望んでいた、世界じゃない……」

「同感だよ、顕人クン。一つの組織がではなく、今の霊装者の世界そのものが、そういう状況になっている。真に憧れた、望んだ世界に辿り着く為には…その在り方を、変えるしかない」

 

 気付けばウェインさんが浮かべているのは、どこか不気味さも感じる笑み。企んでいるとも違う、もっと恐ろしさすら覚える表情。

 それでも嫌悪や否定の感情が生まれないのは、共感出来る部分があるから。そうだ、その通りだ…心のどこかに、そう叫ぶ自分もいるような気がするから。

 では…ならば、どうする?ウェインさんに、賛同するか?分かる分かると、同意を示すか?…違う。ウェインさんから向けられている思いは、そんなすぐに返せるものじゃない。…でも、それ以前だ。応える、応えない以前に…今の俺は、その立場にない。

 

「……っ…だけど、俺には…もう……」

 

 結局、こうなのか。今も俺は、霊装者として培った繋がりがある。ただの人に戻ったからといって、経験や記憶までもが消えてしまった訳じゃない。

 でも、だからこそ辛いんだ。何も出来ないのに、知る事だけは出来るなんて、それは何も知らないより辛い。結局また俺は、知る事聞く事は出来ても、その先に進めず…見送る事しか、出来ないんだ。そう思うとあまりにもやるせなくて、悔しさが胸に込み上げる。

 今の俺の中には、ウェインさんへ対する、俺自身でも上手く言語化出来ない感情がある。今はもう、どれだけの話を聞いても、俺には何も出来ない。だけどもしも、もっと早く…力を失う前に、ウェインさんの心を知る事が出来ていたら……

 

「──いいや。まだ、終わってはいないさ」

「え……?」

 

 そう、思った時だった。ウェインさんが…そう、言ったのは。まだ終わってはいないと……俺の中の悔しさと諦観を、否定したのは。

 

「…終わって、ないって…一体、何が……」

「君の、物語だよ。まだ君の物語は、終わるべきじゃない。そして、その為の手段ならば…ここにある」

 

 文脈から考えれば、それが何を指した言葉なのかは明白。けれど俺には分からない。それは、その発言は、現実と真っ向から反する言葉で…だから何を言っているのか、分からなかった。

 そんな俺に対して、ウェインさんは言葉を続ける。俺の心の底までを見据えているような、そんな瞳で言葉を続け……そしてテーブルの上に、ある物を置く。

 テーブルに置かれ、離れる手。そこにあったのは、置かれていたのは……宝石の様な、紅い結晶。

 

「…これ、は……?」

「…顕人クン。僕ははっきり言って、霊装者としての能力は低い。恐らく才能もあまりないんだろう。けれど代わりに、ある力があったんだ。他の霊装者にはない、僕だけの力が」

「…固有の、能力……?」

「そう。そして僕は、この結晶を作る事が出来る。……適合する者へ霊装者としての力を与える、この結晶をね」

 

──その言葉を聞いた瞬間、俺は全身に緊張が走る。心が一気に張り詰められ…自分ではっきりと分かる程に、心臓が強く鼓動を打つ。

 

「霊装者の、力を…。…じゃあ、これは…これが、あれば……」

 

 全身から汗が噴き出ているような感覚。鼓動は早まり、身体は暑くなり…けれど頭は冷静なまま。鋭敏過ぎる程に思考は冷えて。回り続け…ウェインさんは、ゆっくりと頷く。最後まで言わなかった俺からの言葉に頷き、そのまま視線を俺へと向ける。俺からの言葉を、待っている。

 俺は本気で、全身全霊で、夢を追いかけていた。憧れた先に辿り着く為に、ずっと手を伸ばしてきた。そしてその夢が、憧れた先が断たれた今、俺の心には無念さとやり場のない思いばかりが積み重なっていて…だったら、何かを考える必要なんてない。

 

「……お願いがあります、ウェインさん」

「何かな、顕人クン」

「自分に出来る事なら、何でもします。何だって、やってみせます。だから……」

「ああ、構わないよ。元々これは、君の為に…君に受け取ってほしくて、用意したものだ。だから…見せてくれ、顕人君。君の願いの…渇望の、強さを」

 

 それは、あまりにも愚かな選択。どんな理由があろうと、どんな思いを秘めていようと、ウェインさんはラフィーネ、フォリンの二人を実験の道具にし、その後も都合の良い駒として利用し続けた…そういう事を、出来る人物。その人に、何でもなんて、何だってなんて…間違っても言うべきじゃない。

 それでも俺は、手を伸ばした。終わってしまったと、潰えてしまったと思った夢を、まだ追えるかもしれないのなら…それがどんな道であろうと、諦められる訳がない。捨てられる、筈がない。

 そんな思いのままに、俺は頼み込んだ。失った力を、夢を、諦めたくなくて。取り戻したくて。そして……取引は、成立する。

 

「……っ…」

 

 作り手であるウェインさんの手元から、俺の手の内へと移る結晶。紅く深い輝きを持つ…底の見えないウェインさんの心の様な、どこか禍々しさすら感じる、小さな深淵。

 

「難しく考える事はないよ。ただ、それを受け入れてくれればいいんだ」

 

 それで、それだけで、結晶は霊装者としての力を与えるんだとウェインさんは言う。本当かどうかは分からないけど…分からないからこそ、信じるしかない。

 懸念要素があるとすれば、これに適合するかどうか。適合条件がなんなのか、適合しなかったらただ目覚めないで終わるだけなのか…それ等一切を、ウェインさんは言ってない。…けど、なら止める?リスクを重く見て、止めておく?……いいや、そんな選択は…ない。

 

(俺は、取り戻すんだ。駆け抜けてきた、積み重ねてきた…充実していた、霊装者としての日々を。全部、全部、何もかも取り戻して……続けるんだ。夢を、憧れを…俺の望む、俺の世界を……ッ!)

 

 結晶を胸の前に持っていき、それを右手で握り締める。あの日開かれ、今は閉ざされてしまった夢への扉を再び開ける鍵の様に、その結晶へと願いを込める。

 失った力を取り戻す。創作なら、それこそ重要なイベントだ。大切な人を守りたいとか、世界を救いたいとか、そういう理由と覚悟を懸けて、全身全霊を込める出来事だ。…それに比べたら、そんな世界に憧れる俺の理由は、なんて個人的だろうか。なんて矮小だろうか。……分かってる。そんな事は、分かってる。分かってるけど…それでも俺は、取り戻したいんだ…格好悪い理由だって、それが憧れた姿じゃなくたって…それでも俺は、嫌なんだ…ッ!諦めたくなんか、ないんだ……ッ!

 たったそれだけの、他の人から見れば小さな…だけど俺にとっては今何よりも大切な思いを胸に、俺は願う。俺が望む、憧れた未来を。まだ道半ばだった、俺の夢を。そして……

 

「……ッ…ぁ、ぐ…っ!」

 

 心の底から、思いの全てで願った次の瞬間、俺を襲ったのは何かが入り込むような感覚。形のない何かが入り込み、内側から広がり、頭に、心に染み込んでいくような…痛いとも違う、異質な何か。それは奥深くまで、俺の根底にまで沈み込み、包み込み……消える。

 

「……気分はどうかな、顕人クン」

「……ぁ、え…っと…少し、胸焼けの様な感覚がある…気が、する…?」

 

 熱されたアスファルトの上で蒸発する水の様に、染み込んだと思った数秒後には消えてしまったその刺激。刺激なんていう表現すら合っているのか分からない、上手く形容出来ない何か。

 戸惑いながら、俺はウェインさんからの言葉に声を返す。…どうかと言えば、悪くはない。あるのは胸焼けの様な、軽い違和感だけで…それすらも、答えている内に薄くなる。弱まり、薄まり…それも消える。最終的に残ったのは…なんだったんだろうかという、疑問だけ。

 

(…これ、は…成功、したのか…?それとも……)

「…ゼリア」

「はい」

 

 分からない。成功したのか、失敗したのか。適合したのか、出来なかったのか。心に、身体に広がったのは、間違いなく異質な感覚で…でもそれにしては、あまりにもあっさりしていたような気もしている。

 そう俺が戸惑う中、ゼリアさんから渡された物体。片手で持てるサイズのそれは…恐らく、純霊力の剣の柄。

 

「後々、データ収集を兼ねて検査させてもらいたいところだけど…確かめるには、これが一番手っ取り早いだろう?」

 

 これを差し出された時点で、その意味は分かっていた。偶然ではあるんだろうけど…俺が目覚め、霊装者の力を失ったのだと分かった時もまた、同じ方法を用いていた。

 心の中へ、不安が過る。渡された希望。けれどそれに適合していなかったら、力を取り戻せていなかったら、一度は希望を抱いた分、絶望はより大きくなって戻ってくる。

 

(…だけど……)

 

 ここまできて、今更尻込みをして、それで何になる。確かめないのだとしたら、それは力を失ったままと同じ事。なら…迷いなんて、するものか。

 霊力剣の柄を横に持ち、力を込める。いつの間にか意識せずとも、自然に出来るようになっていた霊装者の基礎を、一年前を思い出すように一つずつなぞる。

 そして、最後の行程。そこまで行き着いた俺は、小さく深呼吸し…出力。込めた霊力を、込めた筈の力を刃形に…霊力で編む剣の形へと、作り上げる……ッ!

 

「……っ…!」

 

 嗚呼、だが悲しいかな。ほんとに俺はヘタレというかなんというか、出力した瞬間に思わず目を瞑ってしまった。それでも今は不安よりも確かめたいという思いの方が強く、俺はゆっくりと手を開く。

 薄っすらと開いた瞳。俺は緊張を感じながらも、柄の先へと目をやって……そうして俺は、この目で見る。柄の先から伸びる…紅く輝く一振りの刃を。

 

「…あ、か…?…けど…は、はは…ははっ、ははははははっ!やった、やった…っ!ああ、あぁ……ッ!」

 

 今も霊力剣とは逆の手の内にある結晶と同じ、紅い光。確かに違う。これは力を失う前の青とは違う、紅い霊力。…けど、そんなのは瑣末事。この際色なんてどうでも良い。だってこれは間違いなく、霊力の光なんだから。俺が、霊力を取り戻した…霊装者の力を再び手にした、その証拠なんだから。

 

「おめでとう、顕人クン。君が再び力を手にする事が出来て、僕も嬉しいよ」

「あ…ありがとうございます、ウェインさん…!この恩は、必ず……!」

「ああ。それともう一つ、普段はこれを巻いていてほしい」

 

 取り戻せた、俺の力。ウェインさんのおかげで、再び歩める憧れへの道。込み上げる思いを胸に感じながら俺が感謝を伝えると、ウェインさんは軽く笑い…それから細く短い鎖を俺に渡してくる。

 

「…これは……?」

「霊力の反応を抑える道具さ。これをその結晶に巻いておけば、まず霊力に気付かれる事はない。優秀な霊装者に意識して見られれば、流石に看破されてしまうだろうけど…霊力を失っていると思われている人物に対し、わざわざ意識して見るような事は、そうそうない筈だよ」

 

 代わりに巻いている間は、霊装者としての能力そのものも壊滅的なまでに落ちてしまうんだけどね、と言ってウェインさんは締め括る。まだ今はこの能力を…自身の能力を秘匿しておきたいんだ、という隠してほしい理由と共に。

 勿論それに、俺は快く頷いた。躊躇う訳がない。躊躇う理由がない。確かに大手を振って「力を取り戻した」と言えないのは残念だけど、今日の事はBORGのトップの人間との内通を疑われかねない事だし…何より恩人の頼みを、断る事なんて出来る筈がない。

 

(ああ、これで…これでまた、俺は……)

 

 心に渦巻く高揚感。喜びと、興奮と、安堵と感謝と…色んな思いが混ざり合い、熱となって心の中を熱くさせる。

 後から思えば、俺はかなり不味い思考をしている。ラフィーネやフォリンを散々苦しめた人を恩人と評するのは、はっきり言ってまともじゃない。…でも、感謝の念を抱いているの事実で…その『後』となってからも、俺はこの事を間違っているとは思わない。

 失った霊力を、元々とは違う形で取り戻した。これは俺にとって、大きな転機の一つであり……俺の道が、大きく激しく変化した…その、最初の分岐点だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。