双極の理創造   作:シモツキ

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第二百二話 取り戻した繋がり

 失っていた力。霊装者の力。俺が夢見た世界の、憧れた先へと繋がる道。それを取り戻す手立てをくれたのは……BORGの代表、ウェインさん。ラフィーネとフォリンを苦しめてきた、これまでは得体の知れない人だと思ってきた…けれど根底にあるのは俺と同じ、非日常への憧れを手放す事なく抱き続けていた心。

 前触れなく訪れたゼリアさんから始まって、ウェインさんからの招待、ウェインさんの抱いていた思い、そして取り戻した力の事と、この数時間の間で信じられない程に想像の遥か上をいく出来事が何度も起こった。…だけどこれは、嘘でも幻でもない。ウェインさんの話、俺が取り戻した力……それ等全てが、現実だ。

 

「今日はありがとう、顕人君。君が来てくれたおかげで、とても有益な…いいや、楽しい時間を過ごす事が出来た」

「こちらこそ、ありがとうございます。楽しい時間を過ごす事が出来たのは……俺も、同じです」

 

 あの後も暫く、俺とウェインさんは話した。霊装者の話は勿論の事、それ以外も…自分の中にある夢や憧れ、それに懸ける思い、その思いを抱く切っ掛けとなった事…生まれも立場も関係なく、ただ同好の士の様に語り合った。

 自分も楽しかった。…この言葉は、お世辞でも何でもない。同じ思いを持つ人に会えて、その思いを話したり、逆に聞いたりする事が出来て、本当に楽しかった。仮に力を取り戻せる、なんて事が一切なかったとしても、俺は招待に応じた事を後悔しないと断言出来る位には、ウェインさんとの時間は充実していた。

 

「…あの、それで…力に関して、俺はどんな形でお礼をすれば……」

「今は良いさ。さっきも話した通り、暫くは秘密にしてもらう訳だからね。それに…折角ここまで良い時間を過ごせたというのに、最後にその話をしてしまっては、お互いそっちが主目的だったかのようになってしまうだろう?」

「それは…そう、ですね。…ウェインさんが、そう言うのであれば……」

「あぁ、それで頼むよ。それと…また、こうして話そうじゃないか。僕は君を…僕の友だと、思っている」

 

 その言葉と共に、差し出される右手。浮かんでいるのは、曇りのない瞳。これまで…いや、数時間前まで深淵の様にも見えていた、今はその奥にあるのが俺と同じものだと分かっている、そんな光。

 ある一点、原動力たる思いを除けば何もかも違う、俺とウェインさん。そのウェインさんから差し出される手は、普通なら躊躇う。拒否する方が失礼だと分かっていても、自分が応えて良いものかと迷ってしまう。…だけど、今は…他の凡ゆる事が違おうと、その一点できっと誰よりも自分と近いと感じるウェインさんからの握手だからこそ……俺はしっかりと、その手を握る。

 

「ウェインさんに…俺と同じ思いを持って、俺より先に進んでいる人に、そう思ってもらえるのなら…俺も、嬉しいです」

 

 分かってはいる。ウェインさんが、ただの人じゃない事は。気を許す事の危険性も、ラフィーネやフォリンにしてきた事も、ちゃんと理解している。それでもこの手を取りたい、応えたいと、俺の心は感じていた。

 そうして交わした握手を最後に、ウェインさんとの語らいは終わる。ゼリアさんに付き添われる形で部屋を、ホテルを出て、それから行きと同じ車に。

 

「では、お気を付けて。…ウェインとの約束を、くれぐれもお忘れにならないよう」

「…はい」

 

 元々俺が見送りを遠慮していた事もあり、一緒に乗りはしないゼリアさん。そのゼリアさんからの、声音に重みのある忠告に俺は頷いて、挨拶の後に車の中へ。ゼリアさんと運転手さんのやり取りは簡素に終わり車は俺を乗せて走り出す。

 

(…そういえば…ゼリアさんの使う、霊力も……)

 

 ホテルから、ウェインさんやゼリアさんから離れていく中で、思い返す今日の事。話した事、今日会った事、それ等を一つずつ思い返していき…それからふと、思い出す。

 俺が出力した霊力の色は紅。そしてこれまでに二度見たゼリアさんの霊力もまた、深い紅の色をしていた。これが偶然かと言われれば…多分、そんな訳がない。それとこれとは、きっと何かしらの関係がある。

 けどそれは、思考を巡らせ推理する程複雑な話でもなければ、今ここにはウェインさんとゼリアさん、そのどちらもがいない。だから考えが大きく膨らんだり発展したりするような事がなければ、答え合わせも当然出来ず…そもそも別に、はっきりさせなきゃいけない事でもない。そんな結論に俺は行き着き、到着するまでまたゆっくりと俺は今日の事を振り返っていた。

 

「ありがとうございました。…えと、失礼します」

 

 馴染みのない景色から、良く見慣れた光景へ。更に普段から利用している道へと変わり…車は家の付近に到着。お礼を言って俺は出て、車が走り去ったのを確認してからほっと一息。何だかんだ言ったって緊張する時間も多かったからか、家に帰ってきたんだって思うと自然に身体を疲労感が襲い、鍵を開けて中へ入る。

 

「…ただいま、っと…」

 

 誰もいない事は知っている。帰りの車中で綾袮からの、やはり今日もまだ帰れないというメッセージを確認したから、今の挨拶は普段の調子でしただけの事。

 こうして家に戻ると、現実に帰還したような感覚がある。今の誰もいない家は、あの日以降の俺の状態を否が応でも思わせる。…だけど、それは数時間前までの事。今は、今の俺は……

 

(…そう、だ…俺はもう、力を失った…霊装者じゃなくなった、ただの人間の俺じゃない…だったら……)

 

 その瞬間、ふっと脳裏に浮かぶ一つの可能性。…いや、これは可能性なんてものじゃない。希望的観測、ただの願望。確かな事なんて一つもなく…だけど、いやだからこそ、絶対にないとも言い切れない望み。

 俺は、失ってしまったと思っていた。霊装者の力と共に、一度は守れたその存在を、再び失ってしまったんだと…もう二度と、取り戻す事は出来ないんだと、そう思っていた。その事は俺の心の中に、ずっと暗雲として残り続け…多分今も、心の奥底じゃ認められていなかった。受け入れる事を、拒否していた。

 それ程までに、大切な存在。綾袮やラフィーネ、フォリンと全く変わらない、俺にとってのかけがえのない存在。その存在が、今なら…力を取り戻した今の俺なら、何かが変わっているかもしれない。だから、俺は…願いと祈りを込めて、その存在の名前を呼ぶ。

 

「──慧瑠」

 

 忘れもしない、忘れる訳がない、その名前。天凛慧瑠…ずっと後輩だと思っていたその魔人の名を、俺の願いに応えて俺と共にいる事を望んでくれた彼女の名前を、俺は呼んだ。

 この先にあるのが喜びか絶望かは分からない。力が戻ったかどうかを確かめた時と同じように、確かめるのは怖い。だけど…また会いたい。また話したい。慧瑠はいなくなってなんかいなかったんだって、心の底から噛み締めたい。その思いで俺は名前だけを呼んで、一瞬静寂が俺を包んで、そして……

 

「……はい」

 

 ほんの数秒にも満たない僅かな…けど俺にとってはその何倍、何十倍にも感じる時間の先、時間の末に、俺の元へと届いた声。呼び掛けに対する…確かな返事。

 聞こえた声に引き寄せられるように、振り返る俺。さっきまでは誰もいなかった、俺一人だった玄関には、今確かにもう一人の姿が…俺の声に応えてくれた、慧瑠の姿があって……気付けば俺は、抱き締めていた。目の前の慧瑠を、硬く強く。

 

「……っ、ぁ…慧瑠…慧瑠、慧瑠ぅ…!」

「…えぇ、慧瑠です。先輩の後輩…に扮していた、魔王級とまで言われた魔人、慧瑠っすよ」

「知ってる、知ってるよ…分かってるに、決まってるじゃないか…っ!」

 

 心の底から込み上げてくる思い。一気に目頭が熱くなって、声も上擦る。全然男らしくない姿を、今の俺は次々と晒し…だがそんな事は、どうでも良い。

 確かに聞こえる。確かに見える。確かに触れられて…何より慧瑠を、確かに感じる事が出来る。ああ、夢じゃない…夢でも、幻でもないんだ……っ!

 

「まあ、元々今の自分は先輩にだけ認識の出来る、幻以上に幻な存在っすけどねー」

「こんな時にそんな事言わなくて良いんだよ…!しかも、心を呼んでまでって…!」

「いやぁ、けれど自分と先輩といえば、こういう関係でしょう?」

「そりゃ、そうだけど…そうだけどもさぁ……!」

 

……と、俺としては本当に心が震え、泣きそうな位になっていたのに、返ってきた…というか、返されたのはまさかの茶々。堪らず俺は突っ込むも、慧瑠は至ってけろっとしたかお。その何ともなさそうな、飄々とした感じは正しく俺の知っている慧瑠で…怒りながらも、俺の声には喜びが混じる。つい、頬が緩んでしまう。

 

「…先輩?何かちょっと、変な顔になってるっすよ?」

「誰のせいだと思ってるんだ…!……本当に…本当に、慧瑠…なんだよね…?」

「…自分は、先輩の認識によって存在しているんです。先輩の見ているもの、見えている自分が、今の自分の真実です。…今、自分は…先輩の目に、ちゃんと映っているでしょう?」

「…あぁ、映ってる…ちゃんとここに、慧瑠はいるよ」

 

 喜びの後を追うようにして心の中で生まれる不安。本当に失ってしまったのだと思ったからこそ、どうしても不安な気持ちが生まれてしまう。

 だけど静かに穏やかに、慧瑠は答えてくれる。俺が見えているもの、感じているものが、真実なんだと。最後はちょっぴり悪戯っぽく笑って、俺を見つめて尋ねてくる。…だから、俺は頷いた。確かにここに、慧瑠はいるって。

 

「…に、しても…先輩は、偶に大胆な一面を見せるっすよねぇ。まさか、こんなに熱い抱擁をされるとは……」

「うっ…だ、だからなんで人の気持ちに水を差すような事言うかなぁ…!」

 

 再びからかうような事を言われて、ばっと慧瑠を離す俺。その反応で一層ニマニマとする慧瑠に俺は嘆息を漏らし…それからまた、慧瑠を見つめる。今度は、真剣さを込めた表情と目で。

 

「…慧瑠。一つ、訊いてもいい?」

「はい。自分に、答えられる事なら」

「なら…今まで慧瑠は、どうなっていたの?単に、俺にも認識出来なくなっていただけ?それとも……」

「…大丈夫っすよ、先輩。自分は別に、死んでいた訳じゃありませんから」

 

 慧瑠が消えていなくて良かった。本当に良かった。だけどなら、今まで慧瑠はどうしていたのか。どうなっていたのか。思考に浮かぶその疑問を話すと、慧瑠は軽く肩を竦め…それから俺の心境を察したように、優しさを感じる声で言う。

 

「どういう状態だったかと言えば…そうっすね、確かに先輩にも認識出来なくなっていた、というのが一番近いです。自分という存在自体は、先輩そのものの中へ刻み込まれている訳っすが、自分を認識する為には霊装者の力…霊力が必要なようでしたからね」

「って、事は…これまでもずっと、慧瑠は俺の近くに……」

「いや、そうでもないんっすよ。前にも言ったっすよね?自分は、先輩の認識によって存在している、と」

「…あ……」

 

 真っ直ぐ見つめ返しながら言う慧瑠の言葉に、俺は思い出す。今より前、これまでとは別の形で慧瑠を失ったと思い、けれどそうじゃなかった…別の形で慧瑠はこれからも居続けてくれるんだと知ったあの日、慧瑠が俺に話してくれた事を。

 俺の中に存在を刻み付けた今の慧瑠は、俺依存で成り立っている。俺以外にはまず認識出来ない、俺の認識によってそこにいる存在。だからつまり、霊装者の力ありきで認識していて、その力を失った事で俺が認識出来なくなっていた間は……

 

「…存在していなかったようなものなの…?あれから、今日までの間、慧瑠は……」

「…まあ、そんなところっすかね…」

「まあそんなところって…曖昧だね…」

「正直なところ、自分にもよく分からない部分が多いんっすよ。あの光も、先輩の力の喪失も、こんな形で取り戻した事も…ただでさえ今の自分の状態は何もかもが未知な以上、そこにこれだけの想定外が重なれば、自分が認識している事すらどこまで正しいのかあやふやになってしまうんですよ」

「…そっか…いや、そうだよね。…ごめん。この位考えれば、分かりそうなものなのに……」

「気にする事はないっすよ。自分と先輩とじゃ、立場も知識も前提だって違うんっすから。…それに一つだけ、それでもはっきりと分かる事があるんです」

 

 そう言って、慧瑠が浮かべる小さな微笑み。それは一体、どういう事だろうか。気になった俺が何も言わずに見ていると、慧瑠はその笑みをほんのりと深めて……言った。

 

「先輩、自分の在り方は先輩の認識次第って事は分かってるっすよね?見た目は勿論の事として…極論、先輩が自分の事を『死んだ』と心から思えば、完全に認識がそうなければ、自分は死にます。そしてそうなれば、後々『やっぱり死んでいなかった』と認識が変わったとしても、まあまず自分は生き返りません。存在そのものは先輩の中に刻まれていても、認識の部分には自分の…魔人としての力も関係しているっすからね。であれば死の認識をされれば、死んでしまえば、能力も切れてもう認識がどうなろうが関係ない、という訳です。…今の説明で、分かるっすか?」

「う、うん…ところどころぼんやりとしてるけど、大方は……」

「なら良いっす。とにかく死んだと心から思われていれば自分はお終い。けれど今、自分は確かにここにいる。…つまりこれは、意識的にしろ無意識的にしろ、先輩は心のどこかで自分はまだ死んでいない、消えていないと信じてくれてたって事なんすよ。少なくとも…自分は、そう思っています」

「……っ…」

「だから…感謝してるっすよ、先輩。自分の存在を、信じてるいてくれて…これからも、先輩と居られるように思っていてくれて」

 

 真っ直ぐに、真っ直ぐな瞳で俺を見て、真剣ながらも柔らかい表情で慧瑠は言う。自分を、自分の存在を、信じていてくれてありがとう、と。

…さっきも、目頭が熱くなる事はあった。でも、今は…それ以上に、泣いてしまいそうだった。霊装者としての力を失って、慧瑠の事も感じられなくなって、消えてしまったんじゃ…そう思う心もあった。その可能性もある事は分かっていて…だけどそれを、俺は受け入れられなかった。認めたくなかった。そうなのかもしれない、消えてしまったのかもしれない、頭ではそう思いながらも、心のどこかでずっと慧瑠がまだいる事、消えてなんかいない事を信じていた、望んでいた俺がいて……その思いは間違いなんかじゃなかったって、今日漸く分かった。分かっただけじゃなく、それが慧瑠を繋ぎ止める『認識』になってたんだって知ったら……思いが、溢れてこない筈がない。

 

「感謝なんて、いるもんか…俺は、ただ…ただ慧瑠に、居なくなってほしくなかっただけなんだよ…っ!信じるに、決まってるじゃないか…あの時失いかけた慧瑠が見えなくなったってのに、それを簡単に受け入れられる訳…ないじゃ、ないか…ッ!」

「…そんな思いが、自分という存在を消滅から守った。守ってくれた。だから感謝してるんっすよ。自分だって…先輩との時間は、失いたくなんてありませんでしたからー

「……っ!慧瑠…っ!」

 

 自分よりも小さく、華奢な慧瑠を、もう一度俺は抱き締める。どれだけ呼んでも、探しても感じる事すら出来なかった慧瑠が、再びこうしていてくれている。…それだけで、嬉しかった。幸せだった。失ってしまったんだという絶望感も、慧瑠のいなかった日々も今はどうでも良いと思える程に…心からの喜びが、今の俺の中にはあった。

 だけど、今俺の中にある思いはそれだけじゃない。俺には慧瑠に、謝らなくちゃいけない事もある。

 

「…ごめん、ごめん慧瑠…慧瑠は忠告してくれてたのに…何かおかしいって、言ってくれてたのに…俺は……」

「そんなの、気に病む必要はないっすよ。あれは、警戒してたってどうにもならないです。元々知ってる位でないと、凌ぐ事なんて出来ないです」

「だけど、もしあの時俺が凌げていたら……」

「それを言うなら、もっと不味い事になっていたかもしれない可能性もあると思うっすよ?…自分はそんなの、望まないっす」

 

 安堵を追う形で広がる、後悔の感情。あの時もっと○○出来ていたら…きっと人なら誰でもどこかで思う事のある、過去への苦悩。

 でもそれすら、慧瑠は穏やかに受け止めてくれた。受け止め、言ってくれる。俺が重傷に、死に至る可能性だってあった。そんな事になる方が、嫌なんだって。

 

「…慧瑠…俺はさ、嫌だったんだ。力を失う事が、ただの人に戻る事が…非日常側の人間じゃ、なくなる事が。最初からそっち側…というか、そもそも人間じゃない慧瑠からすれば、何を言ってるんだって話かもしれないけど…前に大怪我を負った時よりも、力を失ったんだって分かった時の方が…ずっと辛かった」

「…そうっすね。その気持ちの理解は出来ないっすが、これまでの先輩の事を考えれば、おかしいとまでは思わないです」

「ありがと、慧瑠。…けど、今はこうして慧瑠との時間を取り戻す事が出来た。それに、結果論ではあるけど、俺と同じ思いを持つ人がいるんだって、知る事も出来た。…怪我の功名、とは言いたくないけど…世の中、何が起こるか分からないものだね」

 

 我ながら半ば呆れてしまうけど、今はもう少しだけこのままで…腕の中で慧瑠を感じたままでいたい。その思いで慧瑠を抱き寄せたまま、俺は話し…それから苦笑気味に笑う。

 本当に、怪我の功名なんて…失って良かっただなんて思わない。今でこそ、力も慧瑠も取り戻したからこそこんな事を考えられている訳で、もし力を取り戻せていなかったら、ウェインさんが俺と同じ思いを持つ人じゃなかったら……そう思うと、ぞっとする。

 だからこその、安堵も籠った苦笑気味の笑み。その顔で俺は慧瑠に笑いかけ…でも俺を見つめ返す慧瑠の顔は、一瞬ながらふっと曇る。

 

「…先輩。先輩は…それで、本当に良かったんですか…?その選択は、先輩にとって……」

「…慧瑠……?」

「…いや、何でもないっす。それより先輩、今はこの家に先輩しかいないんですよね?不在とはいえ、普段はお三方もいるこの家でここまで抱擁を続けるのは流石に…いやむしろ、お三方がいないからこそっすか?」

「ぶ……っ!?な、何を言い出すのさ慧瑠!他意はない!そういう他意はないからねっ!?」

「えー…そんなはっきり断言されるのは辛いっすー。自分は先輩の事を、特別な相手だと思っているというのに…」

「うっ……そういう言い方は、ズルいでしょ…それに、それを言うなら、俺だって…」

「…えぇ、分かってるっすよ先輩。ただ久し振りなので思いっ切り先輩をからかおう、そう思っただけですから、安心して下さい」

「なら良…くねぇよ!?そういう事なら悪質だわ!余計悪質だわ!」

 

 ほんの一瞬慧瑠が見せた、複雑そうな…俺の事を案じるような表情。でもそれはすぐに消え去り、代わりに現れたのは何とも慧瑠らしい、俺をからかって楽しむ姿。特にドストレートな発言は流石に俺も看過出来ずかなり強めに突っ込みを入れるも、にやりと笑った慧瑠はするりと俺の腕から逃れ、そのままにやにやと周囲を漂う。

 忘れていた…とまでは言わないけど、油断していた。元々慧瑠はこういう性格だ。飄々としていて、さらりと俺を弄ってきて、けど何だかんだ親身になってくれる…それが、天凛慧瑠って魔人なんだ。

 万事解決…って言ったら、少し違うと思う。ウェインさんとの約束があるから、暫く力の事は隠さなきゃいけないし、やっぱり『BORGのトップから貰った力』というのは、忘れちゃいけない。…けど、それでも俺は断言出来る。俺の夢を、憧れを追う為に力を取り戻した事、ウェインさんの心を知れた事、そして慧瑠を再び認識出来るようになった事……その全てを、間違いなく俺は後悔しない。

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