双極の理創造   作:シモツキ

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第二百四話 取り戻した今、何をする

「……よし、ここなら大丈夫そうだな」

 

 今住んでいる場所から大きく離れた、ある森の中。電車で数駅行った先にあるこの町の森は、かなり木が生い茂っていて…言い方は悪いけど、見通しは悪い。…でも、だからこそ良い。この視界の悪さが、俺には助かる。

 

「…ふー……」

 

 小さく息を吐いて、ポケットから紅の結晶を取り出す。まずは周りを見回して、それから急病で倒れた……ふりもして、更には慧瑠にも調べてもらって、誰もいない事を確認。それがはっきりとしたところで、結晶を強く握り…霊装者の力を呼び覚ます。

 全身に、霊力が流れ出していく感覚。それを感じながら、俺は探知でもう一度だけ誰かいないかを確認し…それから短剣と拳銃を抜く。

 

「……よし…!」

 

 意識を切り替えるように呟き、短剣と拳銃それぞれに霊力を充填。刃が仄かな光を浴びたところで俺は軽く身体を屈め…大きく跳躍。真っ直ぐ前へと向かって飛び、斜め下から上へと短剣を振り抜く。

 

「ふっ…てぇいッ!」

 

 振った先には、何もない。だから当然短剣は空振るし、けれど俺は攻撃を続ける。霊力で強化された身体能力で以って動き回り、何度も右手の短剣を振るう。

 一体俺は何をしているのか。そういう遊びか、不可視の魔物を追っているのか。…勿論違う、どっちでもない。俺が今しているのは…この力の、霊装者としての訓練。

 

(…やっぱり、何となくだけど違う…違うっていうか、違和感がある…これはまだ慣れてないからなのか、それとも……)

 

 霊装者の訓練の方は、言うまでもない。霊力を取り戻したって言っても、訓練実戦その両方から俺は離れてしまっていたんだから、多少なりとも鈍ってしまっている部分はある。仮に鈍っていなくても、俺は今の強さ…より正確に言えば失う直前の段階の強さに満足なんかしてないんだから、訓練はするに決まっている。秘密にしてる関係から普段使ってた装備は使えないし、拳銃の方も弾薬補充が出来ない関係から持っているだけ、撃つふりをするだけしか出来ないけど…それでも、やるとやらないとじゃ全然違う。

 そして、霊力の方は…確かに何か、違和感がある。霊力の行使、運用には全く問題がないけど、何かが感覚に引っかかる。その原因も、出来る事なら突き止めたいところだけど…一先ずの目的は、その感覚に慣れる事。そういうもんだと慣れてしまえば、少なくとも戦闘中それに気を取られる危険はなくなる。

 

「…って、その機会は次いつあるんだ…って話だよね…はは……」

「…先輩、何を一人で言っているんですかー?自分がいない間に、変な癖でもついたんっすか?」

「ち、違うよ…今のは単なる独り言だって……(…まあ、全く違うとは言い切れないけど…)」

 

 自分の思考に対してぼそりと軽く突っ込むと、その言葉に慧瑠が反応。違うと否定はしたものの…あれから力を取り戻すまでの間、時々俺は慧瑠に話し掛けていた。見えない、聞こえない、感じられない…いるかどうかも分からない慧瑠へ、さもそこにいるかのように声をかけていた以上…慧瑠の言ってる事は、実は強ち間違いでもなかった。

 

「…って、そういう話をしたくてここに来たんじゃないんだよ…あんまりのんびりともしてられないんだから……」

 

 半分は慧瑠に、半分は自分自身に言葉を返すように言い、訓練を再開。ここからは跳躍や木に跳び乗る事も交え、より立体的な動きと訓練を進めていく。

 のんびりしていられないと言っても、後に予定が入っている訳じゃない。…けど、今の俺の事は隠さなきゃいけない以上、見つかってしまえば誤魔化す事なんて不可能なこの時間は、極力伸ばさないようにしなきゃいけない。

 

「(…けど、もしも知ったら、綾袮達はどう思うのかな…驚くだろうし、これがウェインさんの力によるものだって事には、良い顔はしないだろうけど…俺が力を取り戻した事、取り戻せた事には……)…っと、と……!」

 

 訓練を続ける中、ふと頭に浮かんだ思考。危うく木に突っ込みかけた事で一旦俺はその思考を脇に置くも、やっぱり気になる。俺が力を、霊装者として戦う能力を取り戻したと聞いて、綾袮達は喜んでくれるのか、それとも悲しむのかが。頭の隅に追いやりながらも、時折その思考はちらちらと俺の意識の中へとよぎり……それから暫くしたところで、不意にポケットの中の携帯が鳴る。

 

「…ふぅ…時間、か」

 

 音を立てたのは、自分でセットしておいたアラーム。俺は木を魔物に見立てて構えていた拳銃をしまい、アラームを解除し短剣も収納。体力的にはまだやれるけど…だからってもう少し、もう少しと許してしまえば、そこからはずるずるどんどん伸びてしまう。自制は初めに決めた事をきっちに守るのが肝心、ってね。

 

「お疲れ様っす、先輩。…調子、良いみたいですね」

「そりゃあそうだよ。元々夢見てた力だけど、一度失った事で、より大切に思うようになったんだからね」

「…そう、っすよね。いやはや、愚問だったっすねぇ。こういうのを無駄な質問って言うんですよ?」

「えぇ…?何その訳分からない返し…」

「分からないと?今のは、実例を参考にしての説明という……」

「いや違う違うその辺りの事は分かってるから!何自分の言った事なのに他人事っぽく言ってんだ、的な意味で言っただけだからね!?…ってか、分かってて言ったな…?」

「流石先輩、その鋭さに自分脱帽っす」

「そらどーも……」

 

 基本弄る気満々な綾袮や、時には連携してまで際どい弄りを仕掛けてくるロサイアーズ姉妹とも違う、方向性がよく分からない慧瑠の弄り。全部狙ってやってるのか、それとも中には人と魔人の価値観の違いによるものがあるのか、それすら俺にはよく分からない。ただ一つ、言える事があるとすれば……慧瑠は間違いなく、俺の反応を見て楽しんでいる。…全くもう…。

 

「…そうだ。今日は帰りに協会に寄るんだけど、大丈夫?」

「勿論。特にやりたい事がある訳でもないですし、どこに行こうと自分は先輩以外に認識されませんからねー」

 

 そうして訓練を終わりにした俺は、元来た道を歩いて駅へ。双統殿の最寄りとなる駅まで電車で移動し、時間を確認しつつ向かう。

 目的は、まだ続いている定期検診。力を取り戻してからは初の検査で…結晶を身に付けていなければ大丈夫らしいとはいえ、やっぱり緊張はする。

 

(け、けどここでバレた場合は、仕方ない事の筈…検査を拒否する方が、よっぽど怪しまれるだろうし……)

 

 俺自身は隠しておきたい訳じゃないけど、ウェインさん達の不都合になる事は起こしたくない。何とかバレないでいてほしい。けど、これに関しては俺がどうこう出来る事でもなくて…ウェインさんからの説明、それに検査技術のレベルが高過ぎない事を祈るしかない。

 貴重品をロッカーに入れ、そこに結晶も置いていき、俺は検査へ。そして……うん、結論から言おう。結果から言えば…バレなかった。厳密に言うと、前の検査とほんの少し違うデータになったらしいけど…元々得られるデータは、その日の体調や状態によって僅かに変化するんだって事。俺の身体にあった変化も、その一環だと判断されたおかげで俺は無事検査を乗り切る事が出来た。

 

「ふぃー…やっぱ、検査って落ち着かないな……」

 

 検査を終え、荷物も回収し、それでほっとして一息吐く俺。俺にあった変化が霊装者の力を取り戻した事によるものなのか、説明の通り体調か何かの問題なのかは全くの不明。ただ何であれ乗り切った事には変わりないし、今回大丈夫だったって事は、今後も多分誤魔化せる筈。

 

「…うん?」

「…あ、おう…」

 

 と、いう訳で検査を終えて帰ろうとした俺は、廊下に出たところで知り合いを発見。相手もこっちに気付いたようで、ちょいと軽く右手を上げる。

 彼は、俺と同じ富士で霊装者の力を失った一人。場所やタイミングからして、彼も検査に来たんだと思う。

 

「今、終わったとこか…?」

「そう。結果は……前回と、殆ど変わりなし…だった、かな…」

「そうか…まあ、そんなもんだよな……」

 

 尋ねられた問いに対し、一瞬迷ってから俺は答える。…嘘は、吐いていない。実際検査の上では、大して変わらない…力を失った元霊装者としてデータが出ている筈なんだから。…けど、だからと言ってこれを平然と、さらりと言えてしまう程、俺の神経は図太くない。

 

「…そっちは、これから?」

「ああ。…………」

「…その、大丈夫…?」

 

 短い返事だけをして、そのまま彼は立ち去る…というか、検査に行こうとする。俺と彼とはそこまでの間柄じゃないし、別におかしい事でもない。

 けれど俺には、その彼が酷く…見た目以上に気落ちしているように見えた。霊装者の力が戻らない、失ったままの自分を再確認するのが嫌だから、っていうのもあるんだろうけど…それだけじゃないような気もして、つい俺は問い掛ける。

 すると肩をぴくりと動かした彼は、数秒黙った後振り向く。振り向いて、言う。

 

「…なんて言うかさ、慣れないんだよ。俺はずっと霊装者だった…っていうか、霊装者である事、霊装者として生活する事が普通だったからさ」

「…分かるよ。俺はずっとって程長く霊装者をしていた訳じゃないけど…それでも、失ってからは居心地の悪さを感じる事があったから」

「たよな…。そりゃ勿論、生活に困ってる訳じゃない。何なら、自由な時間は増えてる。…けど、やっぱり違うんだよな…そうじゃないんだよ、って気持ちがずっとあるんだよな……」

 

 話してくれた、彼の気持ち。…それは、分かる。根源となる思いは別でも…「そうじゃない」と感じる心は、本当に分かる。だって俺だって、そうじゃないと…失った現実を、完全に受け入れる事なんて出来なかったから。

 

「…なんか、悪いな。反応し辛い事言っちゃって」

「あ、い、いや気にしないで。というかそも、俺が訊いて始まった話だし…」

「あ、それもそうか…まぁ、それはどっちでも良いや。…多分望みは薄いだろうけどよ、力が戻ったり、戻す方法が見つかったりするのを祈るとするわ…」

 

 望みは薄い。そう自分自身で思っている…分かっているからか、表情は浮かないままの彼。それから今度こそ彼は通り過ぎ、検査ルームのある方へ。…今、話した限りじゃ…多分彼も、この件における真実を知らない。

 

(…見送って、良いのか…?知ってる事も、今の俺の事も全部隠して、同じ立場ぶって終わりか…?)

 

 ふっと浮かぶ自問自答。それへの答えはある。話したところで現実は変わらず、聞いても彼は負の感情を募らせるだけかもしれないだとか、今の俺の事を話すのはウェインさんとの約束を破る行為で、衝動的にそんな事はするべきじゃないだとか、見送る理由なら幾つもある。

…けど、それで良いのか。それをして俺は、胸を張れるのか。そんな思いが、迷いが俺の中を渦巻いて、何かするべきなんじゃないかという感情も生まれて……

 

「……顕人君?」

 

……そう、思っている時だった。廊下の左手側から、俺の名前を呼ぶ声が聞こえたのは。

 

「…今の、声…茅章?」

「あ、やっぱり顕人君だ。双統殿で会うのは久し振り…だったよね?」

 

 この声は…と思って振り向けば、その声の主はやはり茅章。……言われてみれば確かに、久し振りな気がするな…。

 

「茅章は…任務?それとも、訓練?」

「訓練だよ。僕の武器は…まあ、やろうと思えば家の中でも出来るんだけど、ただ動かすだけじゃ基礎の訓練にしかならないから」

「あー……」

 

 そう言って茅章は肩を竦め、俺も俺で軽く頷く。茅章が武器として使うのは霊力を通した特殊な糸で、確かに糸なら銃や剣よりよっぽど安全に練習出来るし、家の中でも訓練として出来る事は多い筈。

 とはいえ、それじゃ実戦形式の訓練は勿論の事、開けた場所の訓練であったり、何かに当てる攻撃や防御の訓練だってする事は出来ない。そしてそれは…今の俺も、似たようなもの。

 

(…勘の鈍りを抑える事なら、今の訓練でも出来る…でも、それ以上を望むなら……)

「…顕人君?何か考え事?」

「あ…いや、何でもない。…茅章は、真面目だよね。こうしてしっかり訓練してるのもそうだけど、あの時だって、思い返せばかなりサポートを重視していたし」

 

 誤魔化すように、また思考を一旦頭から追い出す為に首を振った俺は、それからふと思う。

 俺も(自分で言うのはアレだけど)訓練はきちんとやっていた。けど俺の場合は自分の中の憧れに近付く為や、非日常そのものへの興奮から頑張れていたのが大きいし、茅章にそういう感情は多分ない。それにサポートだって、自分自身は派手な…とは言わずとも、はっきりとした成果を上げられないんじゃ、普通はやる気が下がってしまうもの。でも茅章の士気は最後まで落ちていなかった気がするし…やっぱり茅章は、本質的に真面目なんだと俺は思う。理由あってではなく、純粋に。

 

「そんな事ないよ。…僕も、頑張りたいだけだから」

「…僕も?」

「顕人君や、悠弥君の事だよ。二人共、僕より凄いし強いから、僕は…うん。僕は、二人に近付きたいんだ。だから…真面目、っていうのとは違う…と、思うかな」

 

 でも、そうじゃないんだと茅章は言う。強くなりたい、頑張りたい理由があるから、頑張れているだけだって。…凄いし、強い…か……。

 

「…茅章にそう思われてるなら、嬉しいよ」

「そ、そう?僕はほんとにただ、二人…を……って…あ、そ、その…凄いって言うのは、何も力だけの話じゃないよ?優しさとか、心の部分だって僕は……」

「…うん、分かってる。ありがと、茅章。それにごめん。俺から振った話で、気を遣わせちゃって」

 

 言葉を返す中で不意に茅章ははっとした顔になり、慌てて自分の発言を取り繕う。理由は勿論…今の言葉が、俺を傷付けてしまうものだと思ったからだろう。…でも、そんな事はない。力を取り戻した今は当然だけど…取り戻す前でも、茅章からのこの言葉なら、きっと俺は悲しさを抱く事はあっても、傷付いたりしない。

 凄いし、強い。…それは俺が、綾袮や千嵜に…これまで関わってきた、多くの霊装者に抱いてきた気持ち。俺より上に、俺より前にいて、見習う対象、目指す対象…勝ちたい対象になってきた、そういう人達へ感じていた思い。それを俺が、ずっと見上げる側だと思っていた自分が、いつの間にか誰かにとっての「近付きたい存在」になっていたというのは、何というか…感慨深い。気恥ずかしさも、少しあるけど…嬉しいって、素直に思う。

 

「う、ううん!僕こそごめんね、折角嬉しいって言ってくれたのに……」

「いやいや、それを言うなら俺こそ…って駄目だ、これは不毛な謝り合いになるだけだ……」

「そ、そうだね…ごめ……あ…」

 

 自分で言うのはアレだけど、俺はどっちかって言えば低姿勢なタイプだし、多分それは茅晶も同じ。だから互いに「悪い事したな…」と思うと今みたいなやり取りが起こり得る訳で、今の時点でもう軽く不毛になりかけていた。で、だからと俺は止めたものの、それに同意しつつもうっかり茅章はまた謝りかけてしまい…思わず俺は、笑ってしまった。

 

「うぅ…ごめん、顕人く……ってあぁっ、また…!」

「茅章…一応訊くけど、わざとではないよね…?」

「ち、違うよ!?わざととか、狙ってやってた訳じゃないからね…!?」

「まぁ、だよなぁ…ははっ」

 

 わたわたと否定する茅章を見て、更に軽く零れる笑い。茅章としては、恥ずかしいミスなんだろうけど…この天然(?)具合には、笑わずにはいられなかった。

 何ともまあ、気の抜けるミス。そして茅章自身、笑っちゃうような失敗だって自覚はあったらしく、最後には茅章も笑っていた。全く、何やってるんだろうなぁ…と半ば呆れるように。

 

「はぁ、ほんと締まらないなぁ僕は…」

「雑談の延長線での話だったんだし、俺は別に良いと思うけどね。…まぁ、笑っちゃうミスだった事は事実だけど」

「うぐっ……でも…良かったよ、顕人君。前に会った時よりも、何だか元気みたいだし」

「え?……あ…」

 

 俺の言葉にダメージを受ける茅章だけど、それから茅章は安堵を感じさせる表情を浮かべ、柔らかな声音で俺へと言う。言われて、俺も気付く。俺は力を取り戻した事を気取られないよう、上手く振舞っていたつもりだったけど…やっぱり、無意識レベルで隠し切れない部分はあるんだな、と。

 

「…顕人君。何かあれば、僕も力を貸すからね?悠弥君とか、他に顕人君の周りにいる人達に比べれば、僕なんて頼りないと思うけど…それでも、話を聞く位は出来るから」

「茅章……ああ、ありがとう。それと…頼りない、なんて事はないよ。俺は茅章をそう思った事なんて、一度もない」

 

 真剣な、けれど温かみのある顔で俺の事をじっと見つめて、茅章は言ってくれた。自分も力になると。卑下しながらも、卑屈さなんか微塵も感じさせない、芯と心の籠った声で。

 こう言ってくれる事、こう言ってもらえる事自体が、嬉しいし心強い。茅章と友達になれて良かったと、本当に思う。でもその反面、俺は感じさせられる。この言葉は、俺が力を取り戻したと知らないからこそのもので…真実を隠し、違うと言わないのは、嘘を吐いているのと何ら変わらないんじゃないのか、って。そんな事はないのかもしれないけど…俺の中には、確かにそんな思いもある。

 

「そう、かな…?…うん、でも…顕人君がそう言ってくれるなら…嬉しいよ、凄く」

「おう。……ほんと、ありがと茅章。茅章と話して、少し頭…っていうか、考えがすっきりしたような気がする。恩に着るよ」

「お、恩だなんてそんな……」

「んまぁ、我ながら仰々しい言い方になっちゃった気はしてるけどね。…ってか、茅章訓練は…?」

「あ……そ、そうだった。あはは…」

 

 そうして俺と茅章は別れ、茅章は予定通りに訓練へ向かう。その茅章を見送って…俺はゆっくりと、吐息を漏らす。

 

「…ごめん、茅章。それと、本当に…恩に着るよ。俺を、凄いし強いと思ってくれて」

 

 もう茅章の姿のない廊下へと向けて、小さく呟く。結局本当の事を言わなかった事への謝罪と、俺に大切な事を気付かせてくれた感謝を込めて。

 さっき、俺は迷っていた。彼を見送るのか、それでいいのか。そうしないのだとしたら、代わりに一体何をするのか。あの時は、答えが出る前に茅章が来たけど…多分、茅章が来なかったとしても、暫くは迷ったままだっただろう。迷い、動けなくなっていたと思う。

……けど、そうじゃないんだ。大切なのは、見送るか否かじゃない。行動は、結果に過ぎない。形に過ぎない。なら何が大切かといえば…そんなものは、決まっている。俺の中の……憧れだ。

 

(力を取り戻したのは、そうしたいと願ったのは、その憧れを捨てない為だ。その憧れを、また夢に返さない為だ。だったら…その憧れに背を向けない、凄くて強い、夢に見た俺で在る事が…大切なんだ)

 

 動けなかったのは、これを失念していたからだ。何が正しいか、これは合っているのか…そんな思考だけで、俺がどうしたいかは考えていなかった。だから考えは浮かんでも、気持ちは付いていけなかった。

 でももう、大丈夫だ。…はっきり言ってしまえば、まだ「なら何をするか」の部分は出てないし、間違った選択をする可能性もあるけど…少なくとも、指針はちゃんと思い出した。そう…俺がやる事、願う事は前も今も変わらない。俺は…俺が夢見る、憧れる、そんな存在を目指すんだ。

 そして、考えよう。考えようじゃないか。その為に、力を取り戻したのは俺は新たに何をするべきか。何をすれば……後悔、しないのかを。

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