富士山を管轄下とする支部…もっと言えば、厳重な警戒を敷く事になったあの場所への増援の為、協会本部…双統殿としての戦力、動ける霊装者の数が減り、そこを埋める為に力を貸してほしい。俺は妃乃の両親からそう言われていて、実際その後俺は駆り出されるようになった。
別段不満はない。そういう話だと理解した上で了承したのは俺自身だし、そもそも組織の人間である以上、指示に従うのは当然の事。
それにこれは、ある意味ありがたい話でもあった。暫く前から霊装者としての鍛錬にも力を入れている俺だったが、やっぱり実戦じゃないと得られないもの、磨けない感覚ってもんはある訳で、その点においては絶好の機会でもあるって事。富士の任務じゃ特殊な戦闘を強いられるか対魔人戦かのどっちかだったから、尚更好都合にも感じられる。…んまぁ、戦闘なんて起こらずに済むのが一番なんだが…今日も俺は、それを理由に戦っていた。
「はっ、中々良い動きするじゃねぇか…!」
振り出された鉤爪に対し、俺も左手の剣を振るう。純霊力の刀身で攻撃を逸らし、開いた胴へと右の手で持つ直刀を突き出す。
目の前にいるのは、爪一つ一つが小さな鎌の様になった、がっしりとした体格のイタチ……の、様な魔物。二足歩行と四足歩行を使い分けるこいつは、俺が近接戦を仕掛けたところで迎え撃つように立ち上がり、今に至るまで何度も爪と刃で打ち合っている。
(魔人クラスにゃ及ばねぇが、ほんとに単なる魔物としちゃ良い動きをする……去年の俺だったら、もっと苦戦してただろうな…)
間一髪魔物はバックステップが間に合った事により、俺の刺突は腹部を浅く斬っただけ。お返しの右フックを同じように、だが魔物と違って完全に避けた俺は腕を引き戻される前に前腕を斬り付け、呻く魔物へ追撃をかける。
右、左、右、左。リズム良く打ち込まれる攻撃は威力も鋭さも十分だが…悲しいかな、なまじ後脚で立ち、人と似たような動きが出来る分、むしろ動きそのものは読み易い。魔人クラスならパワーや速度で圧倒する、或いは知略を混ぜてくる事でこっちの対応を潰してくるものだが、それだけの力がこいつにはない。だから一つ一つの隙を突き、攻撃の先を読む事で俺はダメージを蓄積させていき…初めはかなりあった勢いが、今や見るからに減衰していた。
「そら、隙が見えてんぞ」
焦りで冷静さを欠いたのか、魔物が放ってきたのは大振りの一撃。だがそれは完全に見えていた。対応する余裕は十分にあった。だから俺は斜め前へ出るようにして攻撃を避け…すれ違いざまに、直刀で脇腹の辺りを深く斬り裂く。
夜空に走る魔物の叫び。一度は振り向き俺を睨み付ける魔物だったが、次に奴が選んだのは逃走。勝つのは無理だと悟った様子で身体を倒し、四足歩行で逃げていく。
まあ、悪い判断じゃない。一対一だったのなら、こうして逃げられるほうが厄介。……一対一で、あったのならば。
「逃がさねぇよ。…今だ、頼むッ!」
逃げる魔物の行く先を確認し、声を上げる俺。次の瞬間、複数方向から銃撃の音が響き…何発もの光弾と弾丸が、魔物の身体に突き刺さる。
「いよっし当たった!」
「ふふ、どんなものよ!」
撃たれた衝撃とダメージで魔物が倒れ転がる中、ここまで空中でタイミングを見計らっていた、或いは身を潜めていた数人の味方が姿を現す。
詳しく説明するまでもない、単純な話。士気向上の為に俺に声がかかってる以上、誰も見ていないところで俺一人戦ったって意味がないんだから、これは至極当然な事。特に今回いるのはまだ実戦慣れしていない(らしい)面々で、だから俺は安全を考え今みたいな形を取った。こういう形で実戦経験になるかっていうと、まあ微妙なところだが…俺は指導者じゃないしその訓練もしてないんだ、そこまでは知らん。それに教えた事があるのなんて緋奈位な俺にどうこう言われても困るって話だろう。
「いやあ、流石ですね。攻撃も防御も、その一つ一つが洗練されてるというか、実力者…って感じでした」
「…それを言うなら、妃乃の方がもっと凄いと思うけどな」
その中の一人が、俺に声をかけてくる。賞賛を受けていきなりこう返すのは、一瞬感じが悪いかもしれない…とは思ったが、そもそも今回の戦闘には妃乃もいて、その妃乃が半数の魔物を引き付けくれた上であるのが今。半数を妃乃一人が、残りの半数を妃乃以外の全員がという形でやっている時点で、どっちがより凄いかなんてのは明白。
「けど、びっくりしたわ。後脚だけで立つし、結構強いものだから、あたしてっきり魔人かと思っちゃったもん」
「あ、だよなぁ…撃破されてないらしい魔人がまだ複数いるらしいし、どこかで遭遇するかもしれない、とは思うよな」
「……うん?(あの魔物…)」
妃乃は大丈夫か…っていや、心配する必要もないか。…と俺が思う中、残りの面々も降りてきて、安堵混じりの会話を交わす。俺からすれば見た目的にも実力的にも魔人、って感じじゃなかったが…実際に見た事ないのは勿論、知識としてもよくは知らないんだとしたら、勘違いするのも無理はないのかもしれない。
けど、魔人なんて会えて嬉しいようなものでもない。でもこれは、それこそ遭遇しなきゃ分からない事だしなぁと考えていた俺は魔物がまだ消滅を始めていない事に気付き、念の為確実なとどめを……そう、思った時だった。倒れている魔物がぴくりと動き…次の瞬間、唸りと共に起き上がったのは。
「え……?」
「ち……ッ!後ろに跳べッ!早くッ!」
弾かれるように起き上がった魔物が狙われる、一人の霊装者。彼女は跳ね起きた魔物に茫然としていて、どう見ても冷静な対応が出来るような状態にない。次の瞬間、咄嗟に俺が声を上げた事で彼女は半ば転ぶようにして後ろに跳び、その結果間一髪で振るわれた腕からは逃れられたものの…着地時に足をもつれさせて転んでしまい、魔物に対して致命的な程の隙を晒す。
だが、一発避けられたのならそれで十分だった。声を上げると同時に俺は地を蹴り、一気に距離を詰めていた。そして魔物が逆の腕を叩き付けようとした直前、その横っ面へ膝蹴りを打ち込み…斬撃一閃。再び倒れた魔物の首を直刀で撥ね飛ばし、一切の抵抗を許さず絶命させる。
「ぁ、う……」
「っとと、大丈夫か…?」
今度こそ、魔物はぴくりとも動かず、消滅が始まっている。それが確認出来たところで俺は小さく吐息を漏らし、それから武器を仕舞って振り返ると、彼女の方もやはり無事。また少し動揺しているようではあったが、駆け寄ってきた仲間の手を掴み、しっかりと自分の脚で立ち上がっていた。
「…す、すみません…あたし、油断して……」
「あー…いや、まあ…今回は何とかなった訳だし、今回の事を糧にしてくれれば、それで…」
真正面から謝られた俺は、ちょっと気不味さを感じながら、歯切れの悪い言葉で返す。
今回は何とか間に合ったとはいえ、この油断が死に繋がっていた可能性もゼロじゃないだろう。だからその事について強く言うのも、はっきり指摘するのも、間違いじゃない…とは思う。だが…さっきも触れた通り、俺は指導者じゃない。だから知った事か、って訳じゃないが…餅は餅屋。特段仲が良い訳でもなければ、指導者の立場にいる訳でもない俺が高説を垂れるよりは、差し障りのない事を言って今の行為に対する余計な印象を持たせない方が無難ってものだろう。現に彼女も、油断が招いた危機だったと自覚はしてるみたいだしな。
「他に魔物の姿や気配はなし…なら後は向こうと合流して、そっちも片付いていたら完了だな」
元々確認していた魔物は全て撃破済み。言ってからもう一度だけ確かめるが、やはり魔物の気配はなく、それに関しては全員が一致。だから俺ば最低限の警戒だけは続けるように皆へと言って、先導するような形で飛翔。数人の味方を引き連れて、先に決めておいた妃乃との合流ポイントへ向かう。
そうして合流ポイントに着いた時、そこにはもう妃乃の姿があった。移動中に通信で状況確認はし合ったから、特にそれで驚くような事もなく、当然魔物も全て討伐。目的が達成された事により…今回の任務は、多少ひやっとする場面こそあったものの、つつがなく完了するのだった。
*
任務を終え、双統殿に戻り、それで即席の部隊は解散。次も同じ面子になるかは分からないが…まあ、多分そうじゃないんだろう。固定の面々、限られた関わりだけにするより、もっと色んな部隊の面々と会う方が、全体の士気も上がるだろうしな。
(…ってそれは、俺が本当に士気向上に繋がってる場合か……)
妃乃はまあ言うまでもないだろうが、俺にそれだけの力…というか、影響力があるのかは本当に謎。少なくとも俺だったら、俺に対して憧れたり、「なら俺も頑張ろう」とは思わんけどなぁ…。
「何ぼさっとしてるのよ。それとも何か待ってるの?」
「っと、悪ぃ。少しどうでもいい事を考えてただけだ」
窓から外を見る形で考えていた俺は、声を掛けられて我に返る。実際どうでもいい事かと訊かれれば…まあ、そうだろう。何せどっちにしろ、俺は続行するつもりなんだからな。
「…富士の方で、何か進展はあったか?」
「今のところは何もないわ。聖宝にも、想定し得る驚異の方も、全くね」
先を行く妃乃の隣へ駆け寄った後に俺は尋ね、すぐに答えが返ってくる。こっちは…さて、何かあった方が良かったか、それとも何もなくて良かったか。
(……いや、前者だな…)
何もないに越した事はない…とは言うものの、この件において最後まで何も起きない、というのは考え辛い。そして警戒ってもんは期間が長くなればなる程疲労も溜まるし、悪い意味での慣れが広がる。それにそもそも、向こうは雪山。凡そ人が長時間居るのに適した場所じゃない以上、何かあるならさっさと起きてくれた方が、楽だし安全と言えるだろう。
…と、そう考えていた俺だが、そこで一つ、結構大きな事に気付く。
「…なぁ、妃乃。割と当たり前な事を一つ言ってもいいか?」
「何よ、藪から棒に」
「いや…魔人なり何なりの攻撃を受けたとして、仮にそれを退けられたとしても、一回で済むとは限らないんだよな?」
俺が気付いたのは、深く考えるまでもない、本当に当たり前な事。
今の段階だと、一先ず聖宝か完成するか、あの場から移動させられるようになるかが、この体制を続ける期限…言い換えるなら、作戦の上での勝利条件となる。聖宝が何らかの理由で消失してしまったとしても、それは『失敗』という形で、終了の条件を満たす事になる。だが、驚異の撃破、撃退は、そのどちらも満たさない。狙ってくるのが魔人や魔物だけだったとしても、どれだけの魔人が知っているのか分からない上、当然魔人や魔物だけが敵となり得る訳じゃない以上、驚異からの防衛は敗北条件の回避にしかなり得ない…。
「…そうね。いつ終わるのかも定かじゃないし、どれだけの敵がいるのかも分からない。やる事は簡単だけど…凄く、厄介な事よ」
「だよな…こっちから先に相手の拠点を叩く、ってのも叶わねぇ訳だし…」
間違いなく敵である魔人、魔物の拠点は、見つける以前に今あるのかどうかも謎。敵になり得る可能性のある、他の霊装者の組織に関しては…そもそも敵になるかどうかも分からないのに、攻め込める筈がない。
考えれば考える程、厄介な状況。一瞬、「ならいっそぶっ壊しちまえ」と思ったが…奇跡を起こす程の存在を強引にぶっ壊そうとしようものなら、それこそ何が起こるか分からない。こういうのを、短気は損気って言うんだろう。
「(だとしたら…ここまで不利な状態なんだとしたら……)…なあ、妃乃。今更だが…聖宝の事を、明らかにするのは不味いのか…?」
「明らかに?…あぁ、成る程。明らかにすれば出し抜くとか奪うとかじゃなくて、普通に同じ霊装者の組織として協力してくれる所が出てくるかもしれないし、そうでなくても組織同士が牽制し合う事で、同じ霊装者からの危険を抑制出来るんじゃないか…って事よね?」
そもそもの話を口にする俺と、数秒考えた後に、理路整然とした言葉で俺の伝えたかった事を返答してくれる妃乃。こういう真面目な話をする時、頭の回転が速い妃乃はほんと頼りになる。
今妃乃が言った通り、明らかにしてしまうのはどうだろうか。下手に隠して何もかも用心しなきゃいけなくなるよりは、明らかにしちゃった方がむしろ楽なんじゃないだろうか。そう思った俺ではあったが…腕を組んで考える妃乃、その表情は明るくない。
「確かにそれは一理ある、とは思うけど…明らかにしちゃった以上はこれまでの経緯を色々と説明しなきゃいけなくなるだろうし、当然聖宝となれば各国の組織も調査をしたがるだろうし、それを拒否すると聖宝を独占しようとしてるんじゃないかと思われるのは必至だし…そうした場合は、別の問題が浮上してくるのよね…」
「あー……面倒なもんだな、組織と組織の関係も…」
それよりまずは防衛体制をより強固なものにし、魔人や悪意ある存在に奪われないようにするべきだろう。優先順位をちゃんと考えろ。…と、言いたいところだが、仮に言ったところで「確かにそうだな」となる見込みが薄い事なんてのは、俺だって分かる。それに、同じ霊装者の組織と言っても、あくまでそれぞれが別の組織な以上、まず自組織の利益を考えるのは当然の事。となるとやはり…明らかにするっていうのも、一概に良いとは言えないんだろう。
「…これ、見つけなかった方がうちとしては楽だったんじゃね…?」
「いや、それで魔人に見つけられたら、それこそ一番アウトでしょ。ある事を私達が知らなかったら魔人が利用しようとするのを止める事だって出来ないし…このまま聖宝を確保出来たのなら、これだけ厄介な状況を抱えても尚お釣りがくる程のメリットになるのは間違いないもの」
触らぬ神に祟りなし…じゃないが、あのまま見つける事なく、誰の目にも映らないまま地下で眠っていてくれた方が、楽だったのかもしれない。返しの言葉でそれも否定されたが…そもそも聖宝の発生自体が起こってなきゃ、きっとこういう面倒な事にもならなかったのは事実だろう。…まぁ、聖宝に一度願いを叶えてもらっている俺がそれを考えるのは、何とも身勝手な話でもあるが。
「…ま、分かるわよ?こんな厄介事、私だって抱えたくはないし、上手い事やる方法を探したくなってなるもの。けど、そう都合良くはいかないのが現実ってものだし…前向きかどうかはともかくとして、今は出来る事の方に意識を向けましょ」
「そりゃ、そうなんだろうがよ…」
妃乃の言っている事は正しい。時には八方塞がりになってしまうのが現実ってもので、もっと根本的な事を言ってしまえば、既に俺程度が思い付く事なんて、大体は今の段階に至るまでに色々話し尽くされ、その上で否定されてるに決まってる。なのに俺が「何かあるんじゃねぇかなぁ」と考えるのは、いっそ滑稽な事なのかもしれな……
「……ん?」
「……?今度はどうしたのよ」
「や…今、御道っぽいやつが歩いてた気が……」
歩きながら話していた俺達二人。その足でロビーにまで来た時、不意に視界の端に移ったのは見覚えある人影。
見えた方に首を動かす。だが、御道はいない。ここにはそこそこの人がいる事もあって、ぱっと見じゃ御道の事を見つけられない。
「…見間違い、か…?ぶっちゃけ、そんな特徴ある見た目してる訳でもねぇし……」
「さぁ?私は気付かなかったからどっちとも言えないけど…気になるなら、電話してみたら?」
「いや…別にそこまでする程の事でもねぇよ。御道がここに来る事自体はそんなおかしくもねぇし、仮に見間違いじゃなかったとしても、だからどうしたってだけの事だし…」
今ロビーにいたのかどうか訊く為だけに電話をするのは何か恥ずかしい。そう思った俺は妃乃からの言葉を否定し、御道探しも中断する。…っていうか、マジで見つけたところでどうすんだって話だよ。別に話したい事がある訳じゃねぇし、毎日学校で会ったんだから、わざわざ今探す必要もないんだよな、うん。
「…………」
「…ん?どうしたよ、妃乃」
そんな事を考えながらエレベーターへ向かおうとした俺だが、今度は妃乃が何やら考え事をしている様子。気が付いた俺が声をかけると、妃乃は一瞬止まって…だが、すぐにその考え事を口にしてくれる。
「…そこそこな時間が経ったとはいえ、まだあの件から何ヶ月、何年と過ぎた訳じゃないわ。だからまだ、継続した考えや対応を取ってはいるけど……」
「あぁ……」
途中で一度区切った妃乃に、俺は理解の意図を込めた声を返す。
妃乃が言いたいのは、御道や他の力を失った霊装者達の、これからの事だ。数ヶ月、数年と経てば否が応でも富士での一件、力を失ったという出来事が過去のものとなり、力を失った、普通の人と同じになっている状態が『普通』となる時が、必ず来る。そしてその時を、組織の中枢にいる人間としてか、一個人としてかは分からないが…妃乃は、憂いているんだろう。
「…そっちは、何も分からないままなのか?」
「そっち、って…?」
「今妃乃が言った事だよ。状況的にも、聖宝とそれとは全くの無関係…って事はないんだろ?」
「…そうね。私も何かしら関係があるとは思っているわ。けど……」
「けど……?」
「力の消失なんて、聖宝以上に情報がないから、まだ全然進んでないのよ…」
無念そうに首を振る妃乃を見て、俺は本当に進んでいないのだと理解。詳しくは知らないが、完全に力がなくなってしまっているなら、普通の人間と同じ身体になっているのなら、御道達失った人間から情報を得るのは困難だろうし、戦力が必要な今、普通なら力を取り戻させる事に尽力するだろう事から考えても、妃乃の言葉は間違いない。
(これが今の…協会を取り巻く現実、か……)
今は特別、何か動乱が起きてる訳じゃない。平和…とまで言えるかどうかはともかくとして、多くの霊装者が落ち着いて生活している事が、その何よりの証左。
だが、聖宝の件、それを取り巻く状況と可能性の件、力を失った霊装者の件……協会が避けては通れない問題が、今は幾つも存在している。俺が知らないだけで、もっとある可能性だって十分にある。
落ち着いた状況だとしても、それは問題がないという訳ではない。…妃乃との話をする中で、その事をはっきりと理解する俺だった。