双極の理創造   作:シモツキ

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第二百十七話 確かなこの思い

 一日、一日と過ぎ、例の作戦の開始が近付いていく。一応立場的には俺は高三で、つまり普通に受験勉強に追われる訳だが、そんな事よりもこの作戦の方が大事。この結果如何で、協会の…いや下手すれば日本どころか、世界全体の今後に大きく響いていくのだから。それを考えれば、俺一人の今後に関わる程度の受験勉強なんざ、天秤にかけるまでもない…!

……と、いうのは冗談半分だが、この作戦が大きなものである事は事実。そしてそれが間近に迫った今日、俺は緋奈を連れて双統殿に来ていた。

 

(作戦期間中の、人手不足の穴埋め、か…)

 

 今緋奈は、同じような役目を担う人達と共に、具体的な話や注意事項を聞いている。俺はそれを、離れたところで眺めている。

 各支部はどうなのかよく知らないが、ここ双統殿は一般には文化財と見られているが為に、一般の人をほいほいと入れる事が出来ない。つまりそれは、霊装者でなくても出来る仕事でも…それこそ掃除だったり経理だったりも基本霊装者がやらなくちゃいけない訳で、だから今回みたいな状態になると、組織としての協会本部を回す面でも人手不足になるんだとか。普通の人はそもそも基本立ち入れない組織作りは、秘匿性って意味じゃ抜群だが…まあ、どんな事も一長一短って話だな。

 

「お兄ちゃん、お待たせ」

「おう。雑用ったって、仕事は仕事だ。ちゃんとやれよ?」

「もう、分かってるって。それに、雑用とは限らないでしょ?」

「そうだな。けど、臨時要員に重要な仕事を任せる程…というか任せられる程、協会は小さい組織でもないだろうさ」

 

 短期バイトみたいな立ち位置となる緋奈に重要な仕事を任せるのだとしたら、それは経験も知識もない人間に任せられる程度のものだという事になる。幾ら何でもそれはない訳で、実際緋奈も雑用という表現に対して「否定」は特にしていなかった。

 

「…で、まだ何かやる事はあるのか?」

「ううん、今ので終わりだよ。ありがとね、付いてきてくれて」

「ふっ、お兄ちゃんにとってこの位は過労や負担の内に入らないのさ。…んじゃ、帰るか?」

「あ…そのさ、帰る前に一回依未ちゃんに会いに行ってもいい?折角来たんだし」

「勿論。依未も喜ぶだろうしな」

 

 喜ぶっていうか、慌てるだろうなぁ…と思いつつ、俺は緋奈の頼みに首肯。それから依未の部屋へと案内すべく、俺はその場から歩き出す。

 

「…てか、そういや緋奈は、依未の部屋に行くのは初めてだったよな?」

「うん。いつも依未ちゃんがうちに来てくれてたし、わたしはここに来る事自体少ないしね」

「…緋奈。先に言っておくが、依未は整理整頓能力が低い」

「え?あ、そうなんだ……」

 

 心しておけ、みたいな感じで伝える俺。別にゴミ屋敷レベルで散らかってる訳じゃないが、まあ予め想定してるのとそうじゃないのとじゃそれなりに違うってものだろう。緋奈の事だから心配はないが…二人には、これからも仲良くしていてほしいしな。

 

「……ねぇ、お兄ちゃん。依未ちゃんって、家族と離れて一人で暮らしてるんだよね?」

「…そうだな」

「それは、自分からそうしたいと思ってしてる訳じゃないんだよね?」

「…あぁ」

 

 エレベーターで依未の部屋のある階へ登る中、緋奈が唐突に俺へとかけてきた問い。そのどちらにも俺が肯定すると、緋奈は黙り込んで…俺も何も、言わない事にした。

 同情は、しない訳がない。憐れむなと言うのも、無理を言うなという話だろう。特に家族を大事にしている緋奈にとっては、「まあ、一人暮らしは気楽だしね」…なんて肯定的には考えられない筈。

 それでもまあ、大丈夫だと思う。緋奈は不憫には思ったとしても、だからって態度を変えるような子じゃない。兄の俺がそう思ってるんだから、間違いはないさ。

 

「ここだ、緋奈」

「ここが依未ちゃんの…えと、普通にノックすれば良いんだよね?」

 

 こくりと俺が頷けば、緋奈はコンコンと数度ノック。そうして待っていると、依未の部屋の扉が開いて……

 

「誰……?」

「えと、わたしだよ依未ちゃん」

「あぁ……え、え…!?ひ、緋奈ちゃ…うぇ…ッ!?」

 

 なんかもう、既に面白い展開が始まっていた。ここに至るまでのやり取りは取り敢えず置いておくとして…早くも愉快な場面になっていた。

 

「あ、ごめんねいきなり来て。今、忙しかった?」

「う、ううん…!全然、全然大丈夫で…ぁ、ゆ、悠弥……!」

 

 かなり驚いた様子の依未へ緋奈が気遣うような事を訊けば、依未はぶんぶんと首を横に振って否定。それから俺の存在に気付き、視線で俺を呼び出してくる。

 

「はいはい、緋奈と一緒に最初からいた悠弥だぞ」

「ど、どういう事よ…!?緋奈ちゃんが来るなら来るって、予め言っておいてくれればいいのに…!」

「前回と同じく、今回も別件で来たついでだからな。文句なら、寄りたいって言った緋奈に言ってくれ」

「も、文句があるだなんて誰も言ってないでしょ…!?うぅ…ちょ、ちょっと待ってて…!」

「え?うん…」

 

 小声で、だが感情増し増しの声で俺に言葉を返してきた依未は、それから一度部屋へと引っ込む。気を遣って少し離れていた緋奈は、きょとんとしながらもそれに頷き…その後部屋の中から聞こえてきたのは、どたどたという慌ただしい音。

 

「…なんか、ごめんな緋奈」

「ううん。人と会う時に準備が必要なのは、女として当然だからね」

「あ、そうなの…」

 

 何となく申し訳なくなった俺が謝れば、緋奈は肩を竦めて軽く返答。俺の時は、準備なんかしてないと思うんだが…というのは、一旦置いておく事にしよう。

 

「…お、お待たせ…えと、入って緋奈ちゃん。……あ、も、勿論嫌じゃなきゃだけど…」

「うん、お邪魔しま……あ、お兄ちゃん。別にいいよね?それともお兄ちゃん、この後何か用事ある?」

「や、別にないから気にするな。…てか、俺は……?」

「入りたかったら入れば?」

(うーん、この清々しいまでの態度の差……)

 

 数分後、おめかし…って程じゃないんだろうが、跳ねていた髪を直し、服も緩い部屋着っぽいのから取り敢えず女の子っぽいものに着替えて出てきた依未は、ほんのり慌てながらも緋奈を部屋の中へと呼ぶ。その時の依未は、初めて友達を家に誘ったみたいな雰囲気で(実際のところはどうなのか知らないが)…けど俺も入っていいか訊いたら、途端に普段の依未へと戻っていた。多分緊張と喜びで赤くなっていたのであろう表情はどこへやら、俺は向けられた視線は完全に冷めたものだった。……流石にちょっと泣きたくなった。

 

「…あ、部屋って言っても一室じゃないんだね。どっちかって言うと、アパートとかマンションで言う『部屋』って感じなのかな…」

「う、うん。他の部屋がどうなってるかは知らないけど、あたしの部屋はそう…」

 

 本当に他愛のないやり取りをしながら、先に行く緋奈と依未は廊下を進む。そして廊下の先の扉を開いて…例の部屋、収納家具を買ったり俺が時々整理したりしても尚、長期間綺麗な状態を維持する事が出来ない部屋へ。

 

「あー…これは……」

「あっ…そ、その…あの……」

 

 予め言っておいたとはいえ、やはり物の量と、整理整頓をしていないが故にごちゃっとしている部屋の状態には驚いたのか、何とも言えなさそうな表情を浮かべる緋奈。一方依未はこの問題を失念していたのか、はっとした顔をした後暫くわたわたと手を動かし…それから視線を俺の方へ。どうやらこの状況を切り抜ける言い訳や策が、何も思い付かない状態らしい。…ったく……。

 

「…さっき言った通り、依未は整理整頓が苦手でな。けど、緋奈も知っての通り、依未はあまり外を出歩けないし、これまでは殆どずっと部屋にいたんだ。そういう生活にならざるを得なかった訳だから、そこは理解してやってくれるか?」

「あ…そっ、か…そうだよね……うん、大丈夫。びっくりはしたけど、だからって別にどうこう言ったりはしないよ」

「緋奈ちゃん……でもその、はい…散らかってるのは事実なので、片付けられるよう努力はします…」

 

 緋奈なら変に誤魔化さない方が良いだろうと思い、俺が選んだのは極力事実を伝える事。それが功を奏したようで、納得した様子の緋奈は依未へと向き直り、優しい笑みを浮かべて大丈夫だと伝えていた。一方依未はその飾らない言葉が逆に堪えたようで、叱られた後の子供みたいになっていた。…ほんと、緋奈に対しては弱いなぁ依未……。

 

「えと、それでその…何か飲む…?」

「ううん、気にしなくて大丈夫だよ。っていうか、わたし達こそごめんね。いきなり来て、しかも部屋の中にまで入っちゃって」

「い、いや、大丈夫!全然大丈夫だから…!むしろ来てくれて嬉しいっていうか、なんかそれだけでもちょっと幸せっていうか…か、感無量…?」

「感無量って…もう、依未ちゃんってばそれは大袈裟だよ〜。…でも、そこまで言ってくれるのは嬉しいな」

「……〜〜っ!…はぅぅ……」

 

 自分でも「これは言い過ぎか…?」と思ったのか、最後にちょろっと付いた感無量への疑問符。しかしその「感無量」へ対して大袈裟とは称したものの、そのすぐ後に緋奈は「だけど嬉しい」と微笑みながら言葉を続け…それが依未の心に、クリティカルヒットを叩き込んだ。…だが分かる、分かるぞ依未…ちょっと笑いながら大袈裟だと言ってからの、微笑み×嬉しいのコンボは、どう考えたって反則級だもんな…。

 

「…依未ちゃん?」

「…あ……う、うん大丈夫、ほんとに大丈夫…!…そ、そうだ。緋奈ちゃんは、どうして今日双統殿に…?」

「それは…うん。富士山での作戦が終わるまでの間、ここでわたしも手伝いをする事になったんだ」

「え、それって……」

 

 返答を聞いて目を丸くした依未は、それからすぐに俺を見てくる。見るだけで、何かを言う事はなかったが…きっと依未は、俺の意思が、そうしようとする緋奈へどう思っているのがが気になったんたろう。

 だから俺は、首肯を返した。相手からすれば、ただ頷いただけだが…察しが悪い訳でもない依未なら、きっと伝わる筈だ。

 

「…そ、っか…まあ、そうよね…失敗した場合のリスクを考えれば、出し惜しみなんて出来ないでしょうし…」

「…作戦の、事?」

「あ…う、うん。…まぁ、あたしはいつもの通り、何もする事なんてないんだけどね…」

「…別に、それでいいだろ。というか、依未すら出なきゃいけなくなるような作戦なら、そりゃもう実行に移してる時点で間違ってるようなもんだ」

 

 固有の能力の性質上、常に唐突な戦闘不能の危険がある依未すら戦力として数えなきゃいけない作戦なんて、実行しない方が良い。それが実行されるんだとしたら、その組織は末期も末期だ。…そう思って言葉を返した俺な訳だが、そこに続く発言はない。沈黙状態になってしまった事で、俺はこっち方面に掘り下げるべきじゃなかったなと思い、咳払いして話を変える。

 

「…それより、もっと普通の雑談でもしたらどうだ?わざわざ来たのにこんな堅苦しい話したって、誰も面白かねぇだろ」

「普通の雑談って…そんなざっくり言われても……」

「話の振り方が致命的ね……」

「うっせ、てか別に俺司会じゃないし…」

 

 軽く呆れられる結果にはなってしまったが、話の流れを変える事には一先ず成功。

 そうしてそこから暫くは、俺や依未よりずっとコミュニケーション能力の高い緋奈が話を振る事で、緋奈と依未のお喋りは続いた。ただ話してるだけではあったが、どちらも表情は楽しげで、お互いのびのびと話せているような感じだった。

 

「…緋奈。盛り上がってるところ悪いが、そろそろ帰るとするか。俺もだが、緋奈も用事はないって言ったって、帰ってからする事が何一つないって訳じゃないだろ?」

「へ?…あ、いつの間にこんな時間に……」

 

 やはりと言うべきか、時間を忘れて話していた二人。俺が声をかけるときょとんとし、それから時間を確認して、やっと長話をしていたんだと気付いた様子。

 

「ごめんね、依未ちゃん。まだ話したい事は色々あるけど……」

「き、気にしないで。っていうか、部屋に引き込んだ時点であたしが帰り辛くしたようなものだし、こっちこそ悪いっていうか……」

「そんな事思わなくても良いのに…今度は普通に遊びに来るからね。あ、それかここで活動する間に、会う機会もあるかな…?」

「それは、まぁ…あたしも双統殿からはまず出ないだろうから…ある、かも…?」

 

 そんなやり取りを最後に交わして、緋奈は立ち上がる。同じように俺も立ち、緋奈に続いて出入り口へと向かおうとして……引っ張られたのは、服の袖。

 

「…ん?」

「…あ、あのさ…さっきは、ありがと……」

「…ま、あんな追い詰められた小動物みたいな目で見られたら、無視する訳にもいかないしな」

「うっ…べ、別にそんな目してないし……」

「そうかい。どっちにせよ、このまま俺の袖掴んで引き留めてると、緋奈になんて思われるか分からないぞ?」

 

 恥ずかしそうに、目を逸らしながら依未が言った感謝の言葉。何だかその様子が愛らしかったのと、少し気恥ずかしかったのとで茶化してしまった俺だが、この感謝一つでさっき助け舟を出して良かったなぁとシンプルに思える。

 その後、俺の発言で顔を赤くした依未は袖を離し、離された事で俺は出入り口へ。扉を開けて出ると、廊下では緋奈が待っていて、遅かった俺へと不思議そうな視線を向けていた。

 

「ちょっと話してただけだ。…んじゃ、またな」

「またね、依未ちゃん」

「ま、またね。…悠弥も…頑張り、なさいよね」

「おう」

 

 何を?…と訊くまでもない依未の言葉に俺は頷き、見送られる形で俺と緋奈は歩き出す。

 

「…確かに、整理整頓が苦手なんだね…」

「あぁ。そのせいでハプニングが起きた事もあったし、あの時は大変だった…」

「…そう言う割には、楽しそうだねお兄ちゃん」

「……なんか、構いたくなるんだよ、依未は」

 

 エレベーターに乗り、扉が閉じたところで始まった会話。俺がある時の事も思い出して苦笑していると、緋奈はそんな俺の顔をよく見ていて……少しだけ躊躇った後に、俺は答える。否定ではなく、肯定の意思を込めた言葉で。

 

「うん、分かる。依未ちゃん可愛いし、でもちょっとわたわたしてるし、自己評価も低い感じだから、気にかけてあげたくなるよね」

「俺の場合と緋奈の場合は、またちょっと違うんだがな…俺の場合は弄り甲斐がある的な面もあって…ご、ごほん」

 

 依未の緋奈に対する態度と、俺に対する態度はまるで違う。そりゃ、色々煽ったりもする俺と、優しくて可愛くて気遣いもばっちりな緋奈で同じ接し方になる訳がなくて…だが、弄り甲斐がある、というのは余計な話。今のやり取りにおいてはいらん情報。だから俺は誤魔化すように咳払いをし…だがいつの間にかまた、緋奈は俺の顔を見ていた。顔を、目を見ていた。真剣…ともまた違う、心をじっと見るような瞳で。

 

「…お兄ちゃんは、依未ちゃんにとっても大切な存在なんだよね。それにお兄ちゃんも、依未ちゃんの事は大事に思ってる…そうでしょ?」

「それは……そう、だな。…あぁ、そうだ。依未の事は放っておけないし、力になってやりたいんだ」

 

 また、迷った。そうだというか、それともそれっぽい事を言って誤魔化すかを。よくよく考えれば、クリスマスイブのパーティーに連れてきてる時点で、しかもそれが年下の異性である以上は、ただの知り合いや友達以上である事は分かり切っているようなものだが…それでも、あの日の事を思えば、誤魔化す事も考えてしまった。

 だが俺は誤魔化さなかった。バレるかバレないかではなく…緋奈に、妹に対して俺は誠実でいたかったから。それに…依未へ対する思いを、その場凌ぎの嘘で誤魔化したくもなかったから。

 それを、緋奈がどう思うかは分からない。けど俺は正直に言った事を後悔せず、見つめる緋奈を見つめ返した。そして、俺からの言葉を受け取った緋奈はまず、そっか…と短く声を漏らして…それから、言う。

 

「…うん、だよね。やっぱりお兄ちゃんはそうでなくっちゃ。わたしの頼れるお兄ちゃんは、それ位堂々と言ってくれなくっちゃ」

 

 うんうん、と満足したように頷く緋奈。頷きを終え、また俺の事を見た時…緋奈が浮かべていたのは、どこか安心したようにも見える笑みだった。

 そうして止まったエレベーターの扉が開き、俺達は外へ。出たところで一度緋奈は止まって、後ろで手を組んだままくるりと振り向く。

 

「それじゃあさ、わたしは?わたしの事も放っておけなかったり、力になってくれたりする?」

「勿論。緋奈の事は絶対放ってなんかおかないし、緋奈の為なら幾らでも力になるさ」

「ありがと、お兄ちゃん。お兄ちゃん、わたしの時は即答してくれるんだね♪」

 

 そりゃ、緋奈は迷う余地なんてないからな。…なんて言う間もなく先を行く緋奈に、俺は軽く肩を竦める。

 正直、今の緋奈の心は分からない時がある。あくまで家族としての感情を向けているのか、それ以上か、或いはそういう区別なんてない…どちらでもあるとでも言うべき感情なのか、話しているだけじゃ分からない。だから俺は日々、本当に緋奈を喜ばせられているのか、緋奈は幸せだと感じられているのか…時々、不安になる。

 

(…けど、俺は家族で、兄で、緋奈が大好きだ。緋奈のどんな気持ちだって受け入れるって決めてるんだ。だったら…堂々としていなきゃ、な)

 

 だが、緋奈の心は分からずとも、俺の心ははっきりしている。依未の力になってやりたい、妃乃を支えてやりたいと思うのと同じように、緋奈を幸せにしてやりたいという気持ちは、常に変わらず俺の心の中にある。

 なら、それでいいじゃないか。元々俺は、人の心の機微に聡い人間でもなきゃ、器用な人間でもない。そういうのは苦手な、そういう事が出来ない人間だって自覚してんだから、出来もしない事をうんうん悩むより…今の俺に自信を持って、俺らしくいた方がずっと良い。…少なくとも緋奈は、そんな俺を今も昔も慕ってくれているんだから。

 

「…って、いやいや…なんで今、依未と妃乃の事まで出したし……」

「え?お兄ちゃん、なにか言った?」

「や、言ったが独り言だ、気にするな」

 

 俺からの返答を聞いた緋奈は怪訝な顔をしつつも視線を前に戻し、俺も少し早歩きをして先を行く緋奈の隣へと追い付く。

 まあ何にせよ、俺の中にある思いは全部本物だ。今の俺にとっては、それぞれが原動力の一つだ。だから、三人とのそれぞれの日々を…学生であり霊装者でもある、千嵜悠耶の毎日を守る為に、出来る事を頑張りたい。やれる事に…全力を尽くしたい。そう、俺は思っている。

 

 

 

 

 

 

──そうして、未完成の聖宝を守る為の、完成を目指す為の戦いが始まる。そして俺は、知る事になる。予言の意味を。これからではなく……もう既に、幕は上がっていたのだと。

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