魔人及び魔物を誘い出しての迎撃と、土地の性質を利用しての聖宝完成へ向けた加速…その二つを行う作戦、聖導作戦は始まった。
大規模な攻撃が予期される、そしてそれを確実に迎撃し切る事、その中で膨大な量の霊力や魔物側の力を発生させる事を目的としたこの作戦には、かなりの人員、戦力が投入されている。一度交戦が始まれば、激しい戦いになる事は間違いないであろう…そんな作戦。
とはいえ、その立ち上がりは静かなものだった。…が、それも当然の話だ。何せ、最初に行った事は…聖宝の防御を緩める事なんだから。
「ふー……」
コップに入った飲料をちびちびと飲みつつ、俺はゆっくりと息を吐く。
今俺がいるのは、待機場所として指定された地点のキャンプ。双統殿と富士山、その中間辺りに位置するこの場所は、当然ながら戦闘となる可能性が極めて低く、作戦がまるっと相手側に筒抜けになっているか、作戦とは無関係にただ襲われるとかでもない限りはまず戦闘になんかなる訳がない。だから身も蓋もない言い方をすると、今の俺はそれこそ普通にキャンプをやっているような状態。
(今気にしても仕方のない事だが…これ、いつまで経っても仕掛けてこなかった場合はどうするんだろうな……)
軽くストレッチをしながら、何となく俺は考える。作戦が始まってから今日で三日目、まだ焦れるには早いが、今のところ富士で動きがないのも事実。
そもそも魔人側は聖宝の事を全く知らない…という事はないだろう。100%無いとは言い切れないが、地下空間での出来事からして、何かしら情報は伝わっている筈。であればこちらの防衛を突破し、聖宝の奪取か地下空間の占拠を図るタイミングを伺っているであろうと考え、協会はこの作戦を実行に移した。
だが、一見防御が手薄になった事を、不審に思う可能性だってある。チャンスを逃さない事より、石橋を叩きまくる事を重視する魔人がいたとしてもおかしくないし、何なら魔人の方も今は戦力拡大に勤しんでいて、まだ暫くは攻め込む気がない…なーんて事も、まあ可能性としちゃあるだろう。…問題は、本当にそうだった場合なんだ。いつまで経っても仕掛けてこないなら、組織としてはどうするつもりなんだろうか。…まさか、仕掛けてくるまでずっと待つ訳じゃないだろうが……。
「…少し、電話でもしてくるか」
残念ながら、今いる場所は圏外になっている。だが少し移動すれば電波の通じる所があって(そこは逆にキャンプを張れないんだが)、そこでなら普通に通話も出来る。だから気分転換に緋奈か依未辺りに電話をしようと思った俺は、ここの隊長にそれを伝えて、軽く走ってそこへと向かった。数日で終わるとは限らない事と、とにかく仕掛けられるまでは待つしかない事、それにここが戦場になる可能性は低い事から、割とその辺りの融通は効くのだ。
「…ここ、風が通るなぁ……」
キャンプを張る訳にはいかない道路へと出た俺は、吹き抜ける風を感じながら携帯を出す。出して、掛ける。
「…あれ?お兄ちゃん?」
「おう、お兄ちゃんだ。重要な電話じゃないから、用事の最中だったらそっちを優先してくれればいいぞ?」
「ううん、今は大丈夫。お兄ちゃんこそ、電話してていいの?」
「まぁな」
そう言って俺は、今の状況を端的に説明。それが済んだ後は、早速雑談を…と思ったが、困った事に「これを話したい」というものがない。その日あった事の簡単な話なら昨日や一昨日の晩にもう電話でしているし、今すぐ伝えたいような面白エピソードや感動話も現状ない。んで逆に、緋奈が何をしているかって話も当然既に聞いてる訳で…不味ったな、それについては考えてから電話をするべきだった…。
「あー…あれだ。緋奈の仕事的には大丈夫だと思うが、家族でも話しちゃいけない内容だったり情報だったりはあるものだからな?守秘義務、ってやつだ」
「え?うん、それは分かってるけど…なんでいきなりそれを…?」
「…何となく?」
「へ、へぇ…」
話す内容について困った俺は、ぱっと思い付いたものを口にしたが…しまった、「突然変な事を言ってきた兄」みたいになってしまった…。内容そのものは真っ当なのに変だと思われるって、それ凄く悲しいぞおい……。
「こ、こほん。まあそれはともかく…そっちって、どんな雰囲気なんだ?」
「雰囲気?」
「緊張感があるのか、それとも普段通りか…って事だ。…いやまぁ、普段通りもなにも、普段緋奈は来てない訳だが……」
咳払いを一つして、今度こそ俺は変じゃない質問を、そういえば訊いた事なかったなって話を緋奈にする。…これもまあ急いで考えた問いではあるが、どうなんだろうと思っているのは本当の事。
「うーん、そういう事なら…緊迫してる、って感じはないかな。まだちょっと、慣れない仕事に対しては緊張感もあるけど、それは慣れない事してるからだし」
「やっぱそうか…こっちだってそうだし、そんなもんだよなぁ……」
緋奈の回答は、概ね俺が思った通り。この作戦において双統殿での仕事は完全な後方勤務で、やっている事も(少なくとも緋奈が行っているのは)平常の雑務の範疇の筈。となれば緊張してないのも当然の事で、むしろ後方勤務の人員すら緊張してたら、それは不味い状況どころの騒ぎじゃないだろう。
加えてその双統殿より戦場に近いここでも今のところ緊迫はしていないんだから、双統殿は緊迫していない事こそが正常な状態。…とはいえ、緋奈のいる場所がそうだと実際に聞くと…やっぱりちょっと、安心する。
「…緋奈、緊張感を持てとは言わないが、今は平時って訳じゃない。それは、頭の片隅に置いておいておけよ?」
「うん、分かってるよ。わたしはまだ、本物の戦いを殆ど知らないけど…それを知ってるお兄ちゃん達の、真剣な表情や声は知ってるから」
念の為、万が一って事もあるから…と俺が言えば、返ってきたのはこれまた安心の出来る言葉。この様子じゃもしかすると、本当に万が一が起きても冷静に…とまでは言わずとも、ちゃんとその時必要な事を出来るかもしれない。一人でも適切な判断をしてくれるかもしれない。そんな風に思えてきて、でもやっぱそんな万が一は起きてほしくない訳で、二転三転する思考に思わず俺は笑ってしまった。
ともかくしっかりとした答えをもらえたんだから、これ以上念押しする必要もないだろう。だから後はのんびり話して、それで終わりに……
「……──ッ!」
……そう、思っていた時だった。通信機から、魔物がこっちの策にかかった…つまり、戦闘が始まったという連絡が届いたのは。
「…悪い緋奈、動きがあった」
「それって……」
「あぁ。…緋奈も、気を付けろよ」
短い言葉で通話を締め、踵を返してキャンプ地へ。三日目でかかったというなら、首尾は上々。
けど、ここからだ。作戦が成功するかどうかは、ここからの戦いで分かれていく。
「すみません、遅くなりました…!」
「いや、大丈夫だ。…皆、先の通信は聞いたね?今の段階ではまだ、私達に出ている指示は待機だ。けど全員、いつでも行動を…戦闘を出来る状態でいるように」
隊長からの言葉を受け、全員が装備を準備し確認。先程までの緩んだ雰囲気はどこにもなく…あるのは、俺と緋奈とで何度も口にした緊張感。
「…………」
当然、全体としての口数も減る。富士の戦況、戦場からの次なる情報が気になり、皆が通信機へ耳を傾ける。
そうして、暫くの時間が経ち…幾つかの事が、はっきりした。
(…不味いな……)
最初に分かったのは、現れた魔物の群れの規模や動きからして、偶々ではなく、やはり聖宝を狙っているという事。これにより、魔人側に聖宝の情報が行っている…という推測はほぼ確定となり、作戦そのものが空振りで終わるという、ある意味目も当てられない結果になる事は恐らく避けられた。
次に分かったのは、その魔物側の規模。まだざっくりした規模しか判明してないが…その段階でも既に、こちらの想定以上らしい。もう少し戦闘が続けば、更にはっきりしてくるんだろうが、実は早とちりで全然多くありませんでした…って事はまあまずないだろう。
そして、そこから予想がされている。…このままだと、迎撃し切れないかもしれないと。
「…全員、司令部より連絡が来た。状況に対応すべく…私達は、富士の戦闘へ増援に入る」
『了解!』
このままだというのは、今の勢いのまま攻められ続けたらという話。上手くそれを削ぎ、もっとこちらが動き易くなれば、まだ迎撃は十分に望める。
その判断の下、増援に向かう決定が下され、全員装備と作戦行動を最終確認。隊長を戦闘に次々と飛び立ち…増援として、富士の戦場に向かうのだった。
*
富士山が見えてきた…という表現は正しくない。何せ富士山そのものは、キャンプ地点からでも見える程大きいんだから。より正しい表現をするのなら、富士山がただの山の形ではなく、ちゃんと地形や自然として見てるようになった辺りで……その時点からもう、俺はひしひしと感じていた。今聖宝へと向かって侵攻しようとしている魔物の数、その夥さを。
(出し惜しみなし、ってか…!)
流石に雪原が見えない程ではないが(そんなに多かったらもう無理だ)、それでも群れなんてレベルは遥かに超えた、軍団とでも言うべき物量。そして今俺は、反射的に出し惜しみなしかと思ったが、もしこれですらまだ余力を残した戦力だというなら…って、根拠もなしに悪い方へ考えたって意味はねぇ…!
「とにかくまずは、目に付くところから始める…!」
ライフルを抜き、フルオートで放ちながら突っ込んでいく。着地したところで直刀も抜き放ち、足を止めずに攻撃しながら動き回る。
俺が担っているのは前衛。この場においては相手の集団に向かって突っ込み、翻弄する事で連携を断つ事。
「…っと、うぉぉ……ッ!」
横から飛び掛かってきた魔物を寸前のところで避け、直刀を突き刺しそのまま捌く。続けて瞬時にその場から飛び退き、射撃で牽制しやがら魔物の視線を俺に集める。
数が多いせいで、一体一体倒している余裕はない。今倒した個体は何とかなったが、一撃で倒せなかったからとそこに留まり追撃をしようとすれば、二体三体からの同時攻撃で逆にこっちが引き裂かれる。つまり、俺は動き回る割に中々有効打を与えられない、という立ち回りになる訳だが…何ら問題はない。それが、俺の役目なんだから。
(よし……!)
大きく後ろへ跳躍し、一度構え直す俺。動きが止まった事で、俺という敵を認識した魔物達は一斉に襲いかかってこようとするが、次の瞬間別方向からの射撃が、後衛からの集中砲火が逆に魔物達を襲う。
続けざまに、数人が斬り込む。俺が翻弄した事で連携が断たれ、集中砲火でダメージを負って止まったところで、容赦のない近接攻撃が魔物の命を奪っていく。
「無事か?」
「問題ありません、すぐ次に行けます」
俺も斬り込みに参加し、援護射撃を受けながら魔物を掃討。数体逃げる個体もいたが、そいつ等は気にしない。そいつ等を一々追って倒す程、悠長にやってる余裕はない。
「はっ、探さなくても見つかるってのは、楽なもんだな…ッ!」
皮肉たっぷりに呟きながら、次の魔物の集団に仕掛けていく。
夥しい数と言っても、全個体が一つの集団になっている訳じゃなく、大小様々な規模の集団が集まっているのが魔物側。だからこそこっちが取るのは、その集団一つ一つの各個撃破。
「甘、いんだよ…ッ!」
直刀を目の前の魔物に投げ放ち、その腕の動きのまま純霊力の刀を逆手で抜いて即座に出力。霊力で編まれた青の刃は背後から俺を襲おうとしていた魔物を突き刺し、だが俺は与えたダメージを確認する事なく前に跳んで直刀回収。直前に戻したライフルと入れ替える形で二刀流の構えを取り、更に魔物を引き付ける。
(ちっ…やっぱ手応えで与えたダメージを測れないのはこういう時歯痒いな…)
聖宝及び地下空間を防衛する部隊で魔物の侵攻を抑え、隠れていた部隊や支部に待機していた部隊が側面や後方から魔物を叩き、複数方向から迎撃していくというのがこちらの作戦。そしてそれ等の部隊…特に防衛部隊のキャパシティを超える物量が雪崩れ込まないよう、外側から少しずつ潰していくのが俺の属する部隊の役目。同じ役目を持った部隊は他にもいて、恐らくそれ等の部隊も既に他の場所で交戦状態に入っている筈。
だが結局やる事は、どの部隊も然程変わらない。とにかく片っ端から魔物を倒す事には、変わりない。
「わらわらと富士山に集まりやがって…!」
「お前等には過ぎた場所だろうがよ…ッ!」
戦闘音や魔物の唸り声に混じって聞こえてくる、味方の声。皆士気は高く、動きも中々。ここのところは年齢の近い、それ故に練度もまだ低い仲間と戦う事が多かったが…やはり元から状況によってやるべき事が変わる部隊だからか、練度の平均値も高いように俺には見えた。…これなら、良い。これなら味方として、頼りになる。…なんていって、俺の方がむしろ助けられてたら、情けない事この上ないが。
「これで……ッ!」
倒した魔物を踏み台にしての、飛び掛かっての上段斬り。今の一撃で、相手にしていた集団最後の魔物が絶命し…戦闘が始まって以来の、目の届く範囲に魔物はいないという状況が漸く訪れる。
「各員、怪我は?内容であれば、次のポイントへ移行する」
一旦武器への霊力供給を止め、息を整える。怪我は一応あるっちゃあるが、どれも擦り傷や軽い切り傷だから気にはしない。
うちの部隊が動く前、戦況としてはやや押されていた。だが無事に立て直し、今は他の場所でも上手く魔物を捌けている。窮地は脱した…そう思っている人間も、一定数はいるんだろう。
けれどまだ、安心するのは早い。各増援の到着で立て直せた、って事自体はその通りだと思うが…相手側が、このまま少しずつ勢いを削がれてやられていく、なんて単純な流れになる筈がない。
「各員に通達。ポイントDにて、魔人らしき個体を確認。各隊での指示に従い、十分に注意されたし」
「……!やっぱ来るか…!」
その時不意に、通信機から届く連絡。次の瞬間、部隊内の空気はふっと張り詰め、やっぱりな…と俺は呟く。
魔人が現れる事は分かっていた。というより、現れない筈がないと考えていた。これだけの魔物が一斉に襲ってくる…そんな行動が魔人以上の存在もなしに発生するとは思えず、以前の任務…そして昨年度末の作戦でも現れたという意味でも、今更戦域外に隠れているだなんて到底考えられないのだから。
俺以外にも、似たような事を考えていた霊装者は多いだろう。そして…うちの部隊は今、そのDポイントの近くにいる。
「…了解、直ちに向かいます。…皆、分かっての通り、私達は今魔人の確認された…いや、交戦には行った地点の付近にいる。よって、これより私達はDポイントへ向かい、後退支援と陣形再編までの時間稼ぎを行う」
「時間稼ぎ…という事は、魔人を我々が……」
「心配は要らない。私達が相手にするのは、同じくDポイントに残る魔物だ。魔人に対しては、急行している妃乃様、綾袮様が対応して下さる」
(二人が、か…まぁ、妥当だな……)
生半可な霊装者じゃ、魔人の相手にならない。抑え込むだけでもかなりの人数が必要となり、そうなればその間に他の魔物が迎撃を抜けてしまう。数で上回っている訳じゃない以上、強力な個に対しては、こちらも同じく強力な個で対応するというのが妥当な判断。
とはいえそれは、こっちも妃乃や綾袮という一騎当千の戦力が、暫く魔人にかかりきりになるという事。前に聞いた時は、二人は魔人が現れる事を見越して、出現までは体力の温存優先で立ち回る…とかなんとか言っていたから、二人が抜けて防衛部隊が脆くなる…って事はないだろうが、それでもこれまで以上に気を張って魔物と戦わなきゃけない。
「……!…へっ、噂をすれば……」
Dポイントへの移動の為飛び上がった瞬間、更に上空を駆け抜けていった蒼の翼。何だ、誰だなんて事は考えるまでもない、二人の姿に俺は軽く笑みを浮かべて、部隊と共にその後を追う。
聖宝の完成も狙っているとはいえ、まずは迎撃し切れなければ意味がない。もっと言えば、こうして命張って戦ってる以上は、そんな事まで気にしてられない。
命あっての物種。生き残って事、終わった時に立っていてこそ、得られるものも守れるものもある。だからこそ俺は、余計な思考を振り払い…意識を戦闘に、向かう先の脅威へと集中させる。
*
「…これで良し、と」
持っていたシャーペンを置き、ぐるりと一度首を回す。この時、音が鳴ると少し気持ちが良い。逆に疲れてるのに鳴らないと、何かすっきりしない気分になる。…まあ、だからなんだって話だけど。
「…………」
文具を仕舞って、今書き終えた手紙を机の真ん中に置いて、立ち上がる。荷物を確認し、部屋の中をぐるりと見回す。
(…もうここに、一年もいたんだよな……)
一年という時は長い。最初は他人の家に来ている感じだった(実際そうだけど)のに、今はここを自分の部屋だとしか思えない。
勿論それは、この部屋だけじゃない。この家全体が、自分の住む、自分が居て当たり前の所だと思っている。
「…後悔は、ないさ。躊躇いも、もうない」
心地良い、落ち着ける自分の場所。そこへ伝えるようにして、俺は言う。言って、深呼吸して…俺は、荷物を持つ。
(綾袮、ラフィーネ、フォリン……悪い)
部屋を出て、廊下へ。ゆっくりと家の中を回りながら、最後は玄関へ。
今この家に、三人は居ない。綾袮は富士での任務、ラフィーネとフォリンは手薄になっている双統殿の戦力として呼ばれているから、その作戦が終わるまでは帰ってこない。
だから、俺は手紙を残した。…いや、違う。仮に三人が居たとしても、俺は同じ事をしただろう。…皆は、優しいから。皆優しく……結局は、俺と違う人生を歩んできた三人だから。
「……さようなら。行ってきます」
そうして俺は、家を出た。玄関から外に出て、振り返り…言った。思い浮かんだ二つの言葉を、どちらかではなく両方とも。
ここは、あの日から始まった俺の新たな日々…非日常の、象徴の一つ。ここの中でも、一年間で様々な事があって…そして今、俺はここを去る。俺の進むべき、示すべき在り方の為に。
帰ってくるのは、いつになるか分からない。もう帰ってこないかもしれない。故に、これは別れであり……出発だ。
──そうして俺は、歩んでいく。予言の霊装者・御道顕人ではなく……世界を変える主人公・御道顕人としての道を。