双極の理創造   作:シモツキ

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第二百二十一話 決別の正義

 青の光。それは、霊装者が発する、霊力の色。時に刃として、時に弾丸として、時に駆ける為の力として放たれる、青く輝く霊装者の光。

 暗色の靄。強いて言うなら闇色とでも表現するべきそれは、魔人の力。霊装者にとっての霊力と、同じようなものなのか、それとも全く違うのか…未だ未知の領域である、魔の存在が有する力。

 そして…そのどちらでもない、赤色の光。強く、されどどこか禍々しいようにも思える、赤の輝き。一見それは、霊力の様で…だからこそ余計に理解し切れない光景が、今ここに……富士の空に、それを放つ者達と共に、広がっていた。

 

「…霊、装者……?」

 

 無意識の内に口を衝いていたのは、湧き上がる疑問がそのまま表れた言葉。

 あの光は、霊力の様に感じる。空に人が立っている時点で、何かで吊っているという可能性を除けば、超常の力…つまり、霊装者の力によるもの以外考えられない。

 だが、だからといってすぐに「じゃあやっぱり霊装者なんだろう」という結論には行き着かなかった。あまりにも突然で、あまりにも想定外で、俺の思考はまだ冷静な分析にまで追い付かず……俺の困惑は、怒号によって遮られる。

 

「…なんだァ…?テメェ等はよぉおおおおぉッ!」

 

 それは、俺がつい数瞬前まで仕掛けようとしていた魔人の声。その声で我に返った俺がそちらを見やると、魔人は数体の魔物擬きを…俺や妃乃に放ったのとは違う、翼竜のなり損ないの様な魔物擬きを嗾けた。

 翼を広げ、真っ直ぐに向かっていく数体の魔物擬き。対して赤い霊力の霊装者達は、散開し、魔物擬きの迎撃にかかる。その内の一人、大出力の光芒を放っていた人物は、後方宙返りで魔物擬きの突進を交わし、一回転すると同時に両手それぞれに持った火器で魔物擬きへ射撃を浴びせていく。

 

(…動きは悪くない。が、卓越してるって程でもない。少なくとも、妃乃みたいなレベルのやつは……って、違ぇ…!いつから観客になったんだ、俺は…ッ!)

 

 迎撃する様子を技量の観点で見ていた俺だが、自分が戦場にいながら他人事の様に考えていた事に気付き、自分自身へ向けて叱咤。今度こそ俺は意識を戦いに、目の前の事に戻し、全身に力を込め直す。

 今気付いたが、さっきまで俺に迫っていた魔物擬きの束がいない。完全に俺の事は意識から外れているのか、魔人は妃乃、地上、それに現れた赤い霊力の霊装者達に怒涛の攻撃を仕掛けていた…だから俺は、斬りかかる。乱入される直前にやろうとしていた事を、今一度。

 

「いい、加減に…ッ!」

「……ッ!…だから、テメェは…何度も、邪魔を…ッ!」

 

 寸前で気付かれてしまったようで、ギリギリ靄を纏った腕によって阻まれる一撃。防いだ魔人は怒りに染まった瞳で俺を睨め付け、俺も真っ向から睨み返す。

 無茶苦茶な力を見せてきてるとはいえ、こいつは重傷を負った魔人。ここまできて、そんな奴に凄まれた位で気圧されるような俺じゃない。

 

「妃乃!今だッ!」

「……っ!えぇッ!」

「ち、ぃぃ……ッ!」

 

 せめぎ合いの中、俺は押し切ろうと力を込める。だが魔人も魔人で押し返してくる。ならばと俺はその力を利用して後ろに飛びつつ、妃乃に向けて声を上げる。

 たったそれだけで理解した妃乃の放つ、飛翔する斬撃。すぐさま防御しようとした魔人だったが、やはり重傷なだけあって対応し切れず、斬撃の端が右腕の二の腕辺りを軽く斬り裂く。

 

(まだだ…まだ、このまま……ッ!)

 

 チャンスはまだ続いている。続いているが、これがいつまで持つかは分からない。だから俺は噴射で再度の突撃をかけると同時に二刀流へ持ち替え、踏み込むように直刀で横薙ぎ。防がれた瞬間それを見越して引いていた左腕を突き出し、純霊力剣での刺突をかける。

 頬を掠める。後一歩大きなダメージには届かなかった。だとしても、まだ俺の攻撃は終わっていない。触れるだけでもダメージを与えられる…つまり雑な振りでもある程度のダメージにはなる純霊力の利点を活かして左の剣を斜めに振るい、下がる事で避けた魔人を今度は右手の直刀で刺突。重傷で動きの鈍っている魔人だからこそ、連続して仕掛ける。俺の動きを押し付ける。

 

「悠弥!少しで良い…貴方にそいつを任せさせてッ!」

「あぁ、任せろ…ッ!」

 

 追撃する俺の耳に届いたのは、覇気の籠った妃乃の声。何故そんな事を言ったのか、妃乃が何をしようとしているのか…それは分からない。けど俺は、迷う事なく請け負った。それが、妃乃の頼みならば。その思いだけで、魔人の相手を引き受ける。

 振り上げるように、右脚で蹴り込む。左手で掴まれるが、即座に純霊力剣を振るい、右腕も防御に使わせる。そうして両腕の動きを封じた上で、狙うのは直刀による袈裟懸け。反撃の余裕なんて与えない、前のめりな位の全力攻撃で、右に続いて左の肩にも刃を喰い込ませ……

 

「粋がんじゃ…ねぇえぇぇッ!」

「ぐぁ、ふ……ッ!」

 

 だがその直後、腹に叩き込まれた重い衝撃。直刀が魔人の肩を斬り付ける中、魔人もまた蹴りを、足の裏を叩き付けるような蹴撃を放ち、斬撃諸共俺の身体を吹っ飛ばす。

 胴の奥に入り込み、そこからじわじわと広がっていくような痛み。息も吐き出してしまって、肺も同時に苦しくなる。…けど、それがなんだ。痛みなら、奴の方がずっと感じている筈だ。その奴から、一発蹴られた程度で、動きを止めてやるもんかよ…ッ!

 

「潰す…テメェも、他の奴も…ぶっ潰す……ッ!」

(……ッ!持ち替える?避ける?…いいや、俺は…ッ!)

 

 距離が開いた中、再び放たれる二条の魔物擬きの束。迫り来る魔物擬きに対し、火器に持ち替えて迎撃するか、さっきのように避けるかが俺の頭に浮かび…だが両方を否定する。俺の中にある流れを、俺に向いていた流れを逃がさない為に、俺は正面突破の道を選ぶ。

 二条の束は、あくまで魔物擬きの集合体。斬ったところで極一部が消えるだけ。つまり正面突破といっても、真っ向からぶつかるんじゃ勝ち目はない。突撃を交わし、道を塞がれる前に肉薄しなければ届かない。そしてそれは困難な事だが、やるしかない。

……そう、俺は思っていた。俺一人に出来る選択肢は、それしかなかったから。だが、意思を決めた俺が歯を食い縛って立て直し、今一度真正面から突っ込もうとした瞬間…赤い光が、俺の前を駆け抜ける。

 

「……──ッ!」

「…援護する。迎撃は任せろ」

 

 進路の先へ置くように放たれた光芒は、突っ込んできた魔物擬きを例外なく全て消し去っていく。続けて撃ち込まれる光弾も束の中腹辺りから魔物擬きを蹴散らし、大蛇の様な大群そのものを揺らがせる。

 それと同時に聞こえた、援護するという声。それはこの攻撃の主、赤い霊力を放つ霊装者の一人で……俺にはその声が、何故か一瞬引っ掛かった。引っ掛かったが、身体は前に出る。反射的に、弾かれるように、成すべき事の為に動く。

 

「諦めろッ!お前の…負けだッ!」

「うるせぇんだよッ!」

 

 魔人からの攻撃が乱れた隙に、俺は突進。すぐさま魔人は新たな魔物擬きを放とうとするが、赤の霊力の霊装者が射撃でそれを妨害する。後先考えないような大盤振る舞いで強引にその動きを邪魔し、言葉通りに俺を援護してくれる。

 驚いたのは、俺が攻撃出来る距離に入る直前にそれを止めた事。絶妙…と呼べるレベルじゃないが、今のを即興でやったんだとしたら、その技術は相当なもの。そして遮るものの無くなった魔人へ向けて、俺は渾身の連撃を打ち込む。横薙ぎから始まり、袈裟懸け、斬り上げ、刺突に振り下ろしと、途切れる事なく攻め続ける。

 

「テメェ等、如きがッ…テメェ等、如きに……ッ!」

 

 もう戦闘不能でもおかしくないような手傷を負いながらも、それでも接近戦で踏み留まる魔人もまた大したもの。気力で持ち堪えているなら、根性があると言わざるを得ない。

 だとしても、手心を加えるつもりはない。俺は左の一撃で防御を崩し、右の刃を振り上げる。カウンターを狙うかのように、魔人は手刀の形を作る。だがその直後…感じたのは、何かが脈打つような気配。

 

「……ッ!?あの、女……!」

「貰ったぁああぁぁぁぁぁぁッ!」

「しまっ……!」

 

 それは、妃乃による一閃だった。既に事は済んだ後で、どうやったのかは分からない。されど、天之瓊矛が振り抜かれた後の妃乃が立っているのは、魔物擬きの濁流を吐き出していた靄の塊があった場所で…その姿と感じた気配、それに表情を歪ませている魔人となれば、何が起きたのかは明白だった。

 そして生まれた、大きな隙。防御が崩れたまま、魔人が晒した最大の隙。それを捉えた俺は、全身全霊の力を込めて……奴の身体を、斬り裂く…ッ!

 

「が、ふッ……!…て、めぇ……ッ!」

 

 この手に響いた、確かな感覚。胸元から腰にかけて、深く鋭く斬り裂いた斬撃。

 よくは知らないが、魔人の身体の構成が人と同じとは限らない。だが人型である以上、ある程度の共通点は存在する筈。即ち…胴体を斜めに斬り裂かれて、重傷にならない筈がない。

 脇腹、両肩、そして胸から腰。これだけの傷を負った魔人は、刃物の様にギラつく眼で俺を睨み……落ちていく。未だ侵攻が続く、魔物達の群れの中へ。

 

「…って、不味っ…ぐぅッ……!」

 

 奴はもう瀕死状態。だが人ではなく魔人な以上、確実にトドメを刺しておく必要がある。にも関わらず群れの中へ落ち、その姿が見えなくなった事で俺は慌て…急いで追おうとした中、腹部へと走った痛み。

 当然それは、先の蹴りで受けたダメージ。打撃特有の、響くような痛みに思わず俺は動きが止まってしまい…その内に、完全に分からなくなってしまう。

 

「……っ…妃乃!」

「分かってる…!」

 

 言うが早いか、富士へと急降下していく妃乃。魔人を探す為、俺も降下をかけようとし…その直前、俺は赤い霊力の霊装者の一人…援護をしてくれた人物へと、目をやった。

 この霊装者達は一体何なのか。気になるし、適当に済ませていいような事じゃないのも間違いない。だが…今はそれよりも、魔人だ。

 

(くそっ、どこだ…奴はどこにいった……ッ!)

 

 殺到する群れの中へ妃乃は突っ込んでいき、魚を取る海鳥の様に離脱と再突入を繰り返しているが、流石に同じ真似は出来ない。少なくとも消耗した今の状態でやるのは、危険が過ぎる。だからライフルで魔物を撃ちつつ目を凝らして探す俺だが…見つからない。

 

「…って、うん…?…これは……」

 

 焦りを抱きながら、突っ込んでくる魔物は迎撃しながら、俺は魔人を探し続け…その内に、気が付いた。…魔物の勢いが、落ちている事に。

 既に、あの魔人が放ったのであろう、魔物擬きは見当たらない。いるのはどれも、普通の魔物で…確かにその勢いは、魔人と交戦を始める前より減っている。その物量が…減ってきている。

 

「総員、魔物の攻勢は陰りを見せている!ここが正念場だ!」

「既に魔人は退けられた!故に最早、恐れる事はない!」

 

 直後聞こえてきたのは、二人の声。一つは恭士さんのもので、もう一つは知らないが…恭士さんに続くタイミングで言った事からして、同等の立場の人物だろう。

 二人による、空からの言葉を聞いた事で、俺は魔物の勢いが減っているのだと確信。味方も今の鼓舞で士気が上がり、勝ち戦の流れに変わっていく。魔物側の勢いが落ち、こちらの勢いが増した事で、加速度的に魔物は富士の大地へと散っていく。そして……

 

「……!魔物が…魔物が逃げていくわ!」

「は、はは…どうだ、見たか魔物共!このまま完全に押し返してやる…!」

 

 これまでは次々と、やられた仲間の事など気にしていないとばかりに押し寄せ続けた魔物達。その魔物が、魔物の群れが、攻める勢いを完全に失う。動きを止める魔物、その場で唸り威嚇する魔物と、攻撃以外の行動を取る魔物が増え始め…遂に一体、また一体と逃げていく。

 勿論まだ、戦闘を続ける魔物もいる。だがその魔物も身を守る為、或いは霊装者を喰らう為に戦っているような動きで、決してこれまでの、全体としての動きらしきものは見えてこない。

 逆にこちら側は迎撃から追撃…迫り来る魔物から守るではなく、逃げていく魔物を追う形となった事で、完全に戦況は逆転。戦闘を続ける魔物は包囲からの一斉攻撃を受け、逃げる魔物も撃たれ……勝敗は、決する。

 

「……ちっ…後一歩だったってのに…」

 

 だが、喜ばしい事ばかりでもない。ここまではまだ、どこかに魔人が倒れている…或いは逃走や反撃のチャンスを伺っている可能性があった。けど魔物が逃げ、見渡せるようになった事で、その可能性も完全になくなってしまった。どうなったかは分からないが…少なくとももうここに、魔人はいない。

 更に…いやひょっとするとそれ以上かもしれない事柄もまだ、ここには…この戦いには、残っている。

 

『…………』

 

 滞空したまま、こちらを見下ろす赤い霊力の霊装者達。魔人が落ちた後も、あの霊装者達は魔物を敵として動いていた。通信で分かったが、他の場所にも同様の霊装者が現れ、同じように戦っていたらしい。

 

「…まずは、協力に感謝するべきかもしれないわね。けど、それは理解した上で言うわ。……何者よ、貴方達は」

 

 魔物の数が減っていく事で、その霊装者達に向けられる視線が増えていく。行動としては敵の敵…つまり味方とも取れる集団ながら、正体不明の霊装者達である事には変わりないが為に、これまでとは違う緊張感が少しずつこの場に広がっていく。

 そんな中で、真っ先に声を上げたのは妃乃。鋭い視線で、霊装者達に何者だと尋ね…それに答えたのは、あの援護をしてくれた霊装者。

 

「…これが、正義か。組織の都合を理由に、不要な危険を冒し、加えて味方にすらも真実を話さず戦場に立たせる…これが、霊源協会の守るべき在り方か」

「…回答になっていないな。問いたいのなら、言葉を選べ。そして答えてほしいのなら、まず自らが向けられた問いに答えてみろ」

 

 その霊装者は、答えはした。だがそれは回答ではなく、質問返し。それに恭士さんが、剣呑な雰囲気を纏って返し…更に高まる緊張感。

 

「…私は、我々は、それを正義と認めない。確かにそこには、合理性があるのだろう。私欲ではなく、全体の為に、最善の判断でもあったのだろう。…今の組織は、世界は、成熟段階に至っている。それ故に、身動きが取り辛く、しかし組織としての形を放棄すれば、多くの者にとって不利益となる…そんな中で最善を選んでいるというのなら、私はそれを正義と認めないが、同時に悪とも言いはしない」

「…そのような返しをするという事は、こちらからの問いに答える気はない…という事かな?けれどそれは、あまり賢明な選択とは言えないね。見たところ、素人集団ではないようだが…それならば、今の状況が分からない訳でもないだろう?」

 

 滔々と、その霊装者は言葉を続ける。正義、悪…この良くも悪くも複雑化した現代においては、少し陳腐にも感じられる善悪の話を声高に…それでいて言いたい事のはっきりしない言葉を、俺達に投げかけてくる。

 しかしそれを、恭士さんの隣に立つ男性は…妃乃達は、取り合わない。向こうも問いに答えない以上、これは当然の事。

 更に気付けば、こちら側の霊装者が向こうの霊装者達を包囲している。それも配置や表情からして、恐らく練度は今回の作戦に参加した霊装者の中でもかなりの方。

 

(…けど、待てよ…今、あの霊装者が言った事って……)

 

 「何が」「どう」という、具体的な表現や単語を用いないあの霊装者の言葉は、難解で分かり辛い。だがその指摘は…明らかに、何かを知っている人間の口振りだ。もっと言うなら、富士に纏わる一連の作戦や行動…それにおいて協会が隠している、全体には公表していない事柄を、何かしら知っているとしか思えない言葉だ。

 つまり、あの霊装者達は、協会の関係者?…いや、まだそうとは言い切れない。どこかから情報が漏れていて、それを知ったどこか別の霊装者組織の人間という可能性もある。ただ、何れにせよ…この霊装者達が、協会に好意的じゃない事だけは、間違いない。

 

「…わたしからも、ここは一度武装解除する事をお勧めするよ。少なくとも貴方達は、わたし達に援護をしてくれた。それを度外視する程、わたし達も冷たくはないから」

 

 緊迫した空気の中へ流れる、新たな声。それは綾袮の声であり…後で知ったが、綾袮は別の魔人の迎撃に辺り、撃退後はその場での魔物掃討に当たっていたんだとか。その綾袮が現れ、俺達より少し離れた位置で武装解除を勧め…その瞬間、そこまで様子の変わらなかった霊装者が、一瞬だがぴくりと肩を震わせた。震わせ、綾袮を見やり…けど、それだけ。

 

「賢明な選択?武装解除?…それをしてどうなる。それをして、何が変わる」

「変わる…?それは、どういう……」

「──何も、変わりはしない。変わる事など出来ない。霊源協会は…否、今の霊装者世界全体が、一定の完成に至り、進歩から維持に舵を切っている以上、何も変わらない。変わる事は出来ない。……組織の在り方、世界の在り方、それそのものを揺るがす程の事態が起きでもしない限り、な」

 

 訊き返そうとした綾袮の言葉を遮るように、その霊装者は自ら答えを……いや、違う。問いのようでいて、その実否定だった言葉の続きを、その目に写っている今の霊装者の世界の在り方を、俺達に向けて投げ掛ける。

…確かにそれは、あるのかもしれない。良し悪しではなく、状態として、今は変化し辛い固まる前でもなければ、固まり長い時間が経った事で腐り始めている訳でもない今の在り方は、確かに変化し辛いんだろう。だが、あの霊装者が言っているのは……

 

「大きく出たな。なら、どうする。霊源協会を打倒でもするつもりか?」

「いいや。言っただろう?組織の在り方、世界の在り方…と。目の前にある組織一つを変え、それで満足するのであればただの自己都合だ。正義はそんな矮小な、局地的な存在ではない」

「だったらまさか、世界全体を相手取るとでも言うのかしら?だとしたら、それは流石に荒唐無稽が過ぎる……」

 

 荒唐無稽。…そうだ、その言葉だ。それが一番しっくりとくる。

 あの霊装者の言う事は、別に間違っちゃいないだろう。間違っちゃいないが…荒唐無稽過ぎる。地に足の着いていない言葉に思えて仕方ない。恐らく妃乃もそう思ったからこそ、荒唐無稽だと言い……しかしそこで、妃乃の言葉が止まった。…それはまるで、何かに気付いたかのように。

 

「…まさか……」

「荒唐無稽…確かにそれも否定はしない。現体制の側にいる者、それを守る者からすれば、戯言にも聞こえるだろう。…だが、それはたった一つの要素で変わる。ここにある、ある存在一つで…状況は、一変する。だろう?」

 

 まさか、と妃乃が見つめる中、その霊装者は首を動かしある方向を見やる。

 そこにあるのは、地下空間へと繋がる洞窟。一見すれば、ただの洞窟でしかない…地下空間と、その奥にあるものを知っていなければ、このタイミングで注視する筈のない…そんな場所。

 そして、バイザーの下で向けているのであろう視線、ここまで続けられていた言葉、その意味を、その真意を……霊装者は、言う。

 

「故に…我々は奇跡を、貴君等が発見しながらも隠匿し、その完成を目指した熾天の聖宝を頂く。それを以って、我等が意思を…我が正義を、世界へ示す」

『……ッ!』

「だが、それは聖宝を用いて、その力によって成すのではない。聖宝はあくまで、戯言と吐いて捨てる事を出来ないようにする手段であり……正義を示すのは、世界を変革するのは、我々自身だ」

 

 聖宝を自分達のものとする。その影響力、聖宝そのものが持つ価値と危険性を用いて、自らが世界へ働きかける。…赤い光の霊装者は、何の躊躇いもなく、淀みもなく、堂々と言った。言い切った。

…俺には、訳が分からなかった。言っている事は分かる、今は理解している。そうではなく…心が、分からなかった。そんな事をしようとする理由が、あまりにも大それていて、それこそ絵空事の様な目的を、本気で話すその心理が、全く理解出来なかった。

 同じように理解出来ていない人も多いんだろう。話についていけていない人や、或いはその主張に呆れている人もいるかもしれない。ただ、全ての人に共通しているのが、その言葉に対し沈黙していたという事であり……そんな中でただ一人、綾袮が動く。

 

「…分かったよ。言いたい事は…その一方的過ぎる主張は、よーく分かった。だから、わたしからの答えは一つだよ。……あんまり、ふざけた事を言うんじゃ……」

 

 ゆっくりと、その霊装者の前へ移動した綾袮。静かな…普段の綾袮からは大きく離れた、宮空家の人間としての、静かで落ち着いた響きの声。その声音のまま、真正面まで行き着いた綾袮は、静かな響きから更に下がった、これ以上無駄な話をするつもりはないとばかりの冷えた声で、その霊装者の言葉を一蹴しようとし……

 

「──ふざけてなんかいないよ、綾袮」

「え……?」

 

 その声が、纏っていた雰囲気が、止まる。何かを突き付けられたように。信じられない現実…その片鱗を、目の当たりにしたように。

 

「俺は本気だよ、綾袮。本気じゃなきゃ、こんな事はしない。本気だからこそ…今俺は、ここにいる」

「……ぁ、え…?…ま、待って…あれ、おかしいな…ううん、違うよ…違う、そんな訳ない…そんな、そんな事が…ある訳……」

 

 これまでの不遜な、堂々とした口調とは違う、柔らかで親しげな話し方。それを真正面から受ける綾袮は、空中で後退り…声に困惑を滲ませる。動揺が、混乱が雰囲気となって綾袮を包み…だがそれは、綾袮だけじゃない。

 この時、俺も激しい胸騒ぎに襲われていた。あの霊装者の声には、何となく感じるものがあって、とはいえそれ以上に何かある訳じゃなかったが…今の口調と組み合わさる事で、感じていた何かが広がった。信じられない何かが、今目の前に現れる…そんな感覚が、胸騒ぎとなって俺の中で渦巻いていた。

 

「……私が何者か…初めにそう言ったな。私は私だ、私以外の何者でもない。そして……」

 

 まさか。いやそんな訳ない。だが、だとしたらこの胸騒ぎは何だ。…頭に、心に、何度も何度も渦巻き巡る。

 その中で、広がり続ける胸騒ぎを俺が感じている中で、バイザーへと手を掛けた霊装者。手を掛け、外し、そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

「他の誰でもない私が、俺が……御道顕人が、正義を示し、世界を導く。目標ではなく、大望でもなく…決定事項として」

 

────富士の上空、空に散る赤い光…その中で顕わとなった顔は、その霊装者の正体は、力を失っていた筈の…良識的で、理性的で、温和でけれど強い意思や感情を持つ……他の誰でもない、御道だった。

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