人を好きになる事。好きだって思う事。それは誰にだってある、ありふれた事で…でも凄く、難しい事。気持ちを正確に、明確に言葉にする事なんて出来ないし、自分の思いだからって全部分かる訳じゃない。家族に対する好きと、友達に対する好きと、架空の人物に対する好き…何となく区別する事は出来ても、迷わず自信を持って全部の好きを区別出来る人なんて、殆どいないんだろうと思う。
でも…最近、思うようになった。別に、はっきり区別する必要なんかないのかも、って。だって気持ちを正確に定義する事なんて出来っこないし、無理に区別をしようとしても、それは正確さより「区別する事」自体を優先した、歪な分け方になっちゃうと思うし……何より、好きって気持ちは本物だから。それがどんな形で、どんな性質で、どんな種類かはあやふやでも、好きな気持ちは、そう感じてる心は、確かにここにあるんだから。なら頭でごちゃごちゃ考えるより、そう感じている心のままに、素直な自分でいる方が良い。その方がきっと、その好きの意味を、答えだって理解出来る。
そう、わたしが思えるようになったのは……多分わたしが、これまでのどの思いとも違う、好きを知ったから。恋を、知ったから。…間違いない。間違いだなんて、誰にも言わせない。この恋は、この想いは……わたしは、顕人君の事を──。
*
「……っ…ぅ…」
目が覚めた時、わたしがいたのは外じゃなかった。天井がある場所だった。
頭が、まだぼーっとしてる。外にいた気がするけど、間違いなくここは中。天井もあるし、壁もある。じゃあ、外にいたような…っていうのは、気のせい?……分からない。ぼーっとしたままの頭じゃ、そこまで考えられない。
「…起きたのね、綾袮」
「…妃乃……」
ここはどこだろう、と思って見回していたら、声をかけられた。声の主は妃乃で、わたしの横に座っていた。…何となく、この部屋には見覚えがある…多分、双統殿の中……?
「…わたし、どうしてここで寝てるんだっけ…?」
「覚えてないの?…まぁ、寝たんじゃなくて眠らされたなら仕方ないか……」
「眠ら、された…?」
分からないなら訊いちゃえ、と思って身体を起こしながら訊くと、妃乃はまず訊き返して、それから一人で納得したみたいな言葉を漏らす。
でも、一人で納得されても困る。訊いてるのはわたしの方なんだから。…眠らされた、って事は、誰かにそうされた…って事だよね…?催眠術をかけられたとか、首筋をトンっ…ってやられたとか、後は薬か何かで……
「……──っっ!妃乃っ!顕人君!顕人君はッ!?」
そこまで考えて、わたしは思い出した。蓋が外れて飛び出たみたいに、一気に眠る前していた事を。
そうだ。わたしは顕人君と、ラフィーネやフォリンと一緒にデートをしていた。色んな場所を回って、遊んだり食事をしたりして、夕暮れまで満喫した。最後には顕人君と二人きりになって、思いを話して、聞いて、ずっとわたしの中にあった…少しずつ紡がれてきた想いも伝えて、わたしは顕人君を離したくないと思って……でも、結末を知らない。それを知る前に、顕人君に眠らされちゃったから、わたしには分からない。
わたしは妃乃の両肩を掴んで訊く。冷静じゃないのは自分でも分かってるけど…冷静でなんて、いられない。
「お、落ち着いて綾袮。それより身体の調子は……」
「それよりじゃないよッ!顕人君は!?それにラフィーネとフォリンは!?近くにいた筈だよね!?わたしが寝てた間に何か──」
「……アヤ」
「……っ…!」
身体の調子なんてどうでも良い。悪くないし、寝てただけなんだから気にするまでもない。そんな思いで、その思いのままに、わたしは妃乃に迫って……けれど次の瞬間、妃乃にアヤって…今はもう滅多に言わない、昔の呼ばれ方をされた事ではっとする。はっとして、気付く。自分が今、自分で思っていた以上に冷静じゃなかった事を。
「…まずは、落ち着いて頂戴。調子の方は…まぁ、その様子なら大丈夫みたいね」
「…ごめん、妃乃」
「別に、怒ってはいないわよ。…気持ちは分かるし」
強く掴んでいた妃乃の肩から手を離して、わたしは謝る。普段だったら妃乃は、「全く…」って呆れ混じりの声を出すところだろうけど…今は静かに声を返すだけ。
「…じゃあ、最初はラフィーネとフォリンの事から。二人は無事よ。…貴女が気にしているのが、無事かどうか、って事なのかは分からないけど…何かあったって事はないし、双統殿の中にもいるわ」
「そっか…じゃあ、顕人君は……」
「…いないわ。綾袮が眠らされた後、尾行していた部隊が彼を包囲して、でもやっぱり向こう側も伏兵がいたみたいで、結局お互い衝突はしないまま顕人達の方が撤退。こっちも貴女の安全を優先して行動は起こさず…っていうのが事の顛末よ」
二人が無事…っていうか、どうにもなってないなら一安心。二人だってわたしにはもう家族みたいなものなんだから、何事もないのが一番。でも、顕人君は…わたしが何が何でも止めたかった人は、もういなくて……でも、そんな気はしていた。妃乃の声音や表情から、明るい話はないんだろうなって分かっていた。
「…でもまさか、顕人が睡眠剤なんて使ってくるとはね…もっと信じられない事をしてるんだから、今更だけど……」
「うん…顕人君は、本気なんだよ…。本気で、あの時言った事を…自分の思いを、果たそうとしてるんだよ…」
行ってほしくない。これまでみたいに、これからも一緒にいてほしい。…そんなわたしの思いは顕人君を止められなかったけど、顕人君の気持ちはよく分かった。本当に…本当に本気でなんだって、伝わってきた。
普通なら、それは良い事。応援したいって思える事。だけどそれは、わたし達の…協会にとっての敵になるって選択。そして、絶対に折れない位本気だって事は…多分もう、戦うしかないって事。
(…もう…そうするしか、ないのかな…強引に、力尽くで…顕人君を、止めるしか……)
そう思うと、胸が苦しくなる。言葉じゃなくて、武器を…傷付ける為の道具を向け合って、分かり合う事じゃなくて強引に相手の思いを捩じ伏せる…それを顕人君とやらなきゃいけないだなんて、本当に嫌。それに…戦いである以上、絶対の安全なんかない。前よりずっと顕人君は強くなっているから、仮にわたしが一対一で戦えたとしても、傷付けずに止められる保証なんてどこにもない。
…分かってる。わたしは宮空綾袮で、立場ある人間で…だから、顕人君の事ばっかり気にする訳にはいかない。顕人君だけを特別視するのは、間違っている。だけど…きっと、無理だ。顕人君の事を考えず、自分の役目に徹するなんて。
「…紗希様と深介様も、さっき来ていたわ。心配かけてたんだから、ちゃんと謝りなさいよ?」
「そうだったんだ…うん。教えてくれて、ありがと」
さっきの話も含めてわたしがお礼を言うと、妃乃は頷いて立ち上がる。そうして妃乃は、部屋の扉の所まで行って…立ち止まる。止まって、振り向いて、わたしを見る。
「…その、大丈夫…?」
「え……?」
「いや、なんていうか…全然平気とか、そういう状態じゃないのは分かってるわよ…?事が事だから、しゃんとしなさいとか言う気もないし…。…えっと、だから……」
「…心配、かけちゃってごめんね。でも、大丈夫。平気じゃないけど…でもまだ、大丈夫」
妃乃に返したのは、嘘の言葉じゃない。凄く辛いけど、心が苦しいけど…何も分からず、顕人君の思いも聞けず、わたしの気持ちも伝えられず…そんな状態じゃもうないから、その分だけ…ちょっとだけだけど、わたしは『今』を飲み込めてもいた。だから、やっぱり…デートは、無駄じゃなかった。
「…そう。でも、辛い時は言いなさいよ?…長い付き合いなんだから」
「分かってるって。…また迷惑かけちゃうかもだけど、わたしもそうならないよう気を付けるけど、もしそうなったら…お願いね?」
勿論、って言ってくれるみたいに妃乃はまた頷いて、今度こそ部屋を出ていった。多分、自分のやる事に戻る前に、医師か誰かを呼んでくれるだろうから、わたしは静かに待つ事にする。
もう、顕人君はいない。きっとすぐには帰ってこない。でも私には、幼馴染みの妃乃だったり、毎日を一緒に過ごすラフィーネやフォリンだったり、家族だったり仲間だったり、色んな人がいる。顕人君だけがわたしの全てじゃないし、そういう人達がわたしを気にかけてもくれてるんだから…わたしも、しっかりしなきゃ……!
*
BORG…或いはウェインさんが所有する施設は、日本国内にもある。それは全てがBORG(又はウェインさん)の有する施設だと公になっている訳じゃなくて、外見や情報の面で偽装され、所謂隠れ家の様になっている場所もある。
そんな施設の内の一つ、山中にある建物の屋上で、俺は立っていた。
(本当は、ラフィーネやフォリンにも、もっとちゃんとお別れを伝えたかったんだけどな…)
色々あったけど、正直今思い返すと顔が滅茶苦茶熱くなりそうな事もあったけど、綾袮に対してはちゃんと別れを告げられた。…協会の霊装者にも、こっちの味方にも、少なからずあの場での事は見られていた訳だけど…それはもう、気にしない事にする。気にしていたら、羞恥心で心が持たない。
けど、最後まで話せた綾袮と違って、二人には別れを言い切れていない…ような気もする。少なくとも綾袮程は話してないし、でもあの状況からじゃ二人のところに戻る訳にもいかないしで、正直それが心残り。…初めは三人が誘いに応じてくれただけで嬉しかったし、これだけでも十分だと思っていたのに…分かっていても、人の欲求というものは絶えない。
「…これで、良かったんすか?」
そんな思いを抱く中で、ふと後ろから聞こえた言葉。振り返ればそこには慧瑠がいて…俺の事を、じっと見つめていた。
「良かったのか、って…あの場で何もせず、綾袮を連れて行ったりもしなかった事?」
「全部っすよ。今先輩が言った事も、これまでの選択も、これから先輩がしようとしている事も」
あの時俺は戦闘を避けたし、睡眠剤を使った後すぐ味方に来てもらえば、何とか綾袮を誘拐出来たかもしれない。もし出来ていたら、かなりのアドバンテージになっていた事も間違いない。でも俺はそうしなかった訳で、そこに対する指摘かと思ったけど…そうではないと、慧瑠は言う。言って、更に俺の目を見る。俺の思いを、瞳を返して確かめるように。
「…これで、良いんだよ。全部が全部、最高の結果を得られてる訳じゃないし、選択だってその場その場での最善は選べてるのかもしれないけど、それだって最善だったと確信を持てる程じゃない。……けど、俺はここまでしてきた事に、後悔はないんだ。もっと上手くやれてたらとか、あれも出来ていたら…とか思う事はあっても、やらなきゃ良かったと思う事は一つもない」
「…迷いも、っすか?」
「迷いもないよ。不安はあっても、迷いはない。…迷いがあったら、俺はここにいないよ。少しでも迷う心があれば…俺はきっと、説得されてるから」
慧瑠の問いに、俺は答える。隠す理由なんて一つもない。慧瑠は綾袮達とはまた違う形で、ずっと俺の側にいてくれた相手なんだから…その慧瑠が確かめたいというのなら、俺は全て正直に話す。そして…きっと俺は、ちょっとでも迷いがあれば、綾袮達を選んでいただろう。…それ程までに、皆の言葉が、思いが俺には刺さったんだから。
「…それなら、良かったっす。迷ってるのに、後悔してるのに、もう後戻り出来ない…なんて理由だけで突き進む先輩なんて、見たくなかったですからね」
「俺も、そんな自分にはなりたくないよ。…それと…今日はありがと」
「何がです?」
「気を遣って、ずっと出てこなかったでしょ?」
一応俺の意識や認識も関係してるらしいけど、基本慧瑠は神出鬼没。いきなり現れる事もあれば、いつの間にかいなくなってる事もあるし、多分慧瑠側でもある程度任意に現れたり消えたり出来るんだと思う。
その慧瑠は、今日…より正確に言えばデートの間、一度も姿を見せる事はなかった。綾袮達といたんだから、この表現はおかしいけど…デートの最中、俺を一人にしてくれた。でも俺は、別にデート中は現れないでくれ…なんて一言も言っていない訳で、ならこれは気遣い以外の何物でもない。
「あぁ…これだけの事をしておいて、まさか普通…ではないにしろ、しれっと会いに行くとは思いませんでした。やっぱり先輩って、偶に大胆な事するっすよねぇ」
「うぐ…実際その通りだから、何も言い返せない……」
「…まぁ、先輩が特別な思いでいた事は伝わっていましたからね。自分と違ってお三人は先輩と同じ人間なんです、優先したいって思い位は、自分にだって分かるっすよ」
やれやれと首を横に振る慧瑠と、何も言えずにただただダメージを受ける俺。そんな俺の姿ににやりとした後、少し真面目な声になった慧瑠は、慧瑠の考えていた事を教えてくれた。
やっぱり、慧瑠は気を遣ってくれていた。それは嬉しい。ありがたい。…でも……
「…違うよ、慧瑠。それは、違う」
「違う?自分、なにか勘違いしてました?」
「ああ、大間違いだ。確かに今日、俺は三人との時間を過ごしたいと思った。慧瑠が気を遣ってくれた事も、感謝してる。…けど俺は、三人が同じ人間だから、魔人の慧瑠より優先したい訳じゃない。そもそも俺は、自分の大事な人に、順番なんか付けた覚えはない」
「あ……」
多分、慧瑠に自分を卑下する意識はないんだろう。当然の事として、淡々と考えていたんだろう。…でも、俺は違う。俺はそれを…同じ人間の方が大事だなんて微塵も思っちゃいないし、慧瑠にもそう思ってほしくない。自分の価値を、低く見積もってなんかほしくない。
「慧瑠。慧瑠だって、俺にとって大事な相手だ。立場っていうか、在り方っていうか…とにかくそういう部分が違うから、今回のデートに限っては別枠だったってだけで、優先度が低いだなんて事はこれっぽっちもないんだよ。人間とか、魔人とか…大事だって思いには、そんな事関係ないんだ」
「……そう、っすね…えぇ、そうでしたそうでした。自分は、自分が思っている以上に…先輩に、大事に思ってもらえてたんでした」
「そういう事。だから、今みたいな言い方は…出来れば、してほしくないかな」
真正面からじっと見つめて、俺は伝える。今日デートした三人と、慧瑠との間に、差なんてないと。皆大事なんだと。…やっぱり、こういう表現をすると軽薄っぽくなるけど…そんなの知った事じゃない。これが俺の思いなんだから。
そして、俺の思いを受け取った慧瑠は、少しだけ顔を下げて…それから、そうだったと言ってくれた。ちょっぴり呆れたように、でもどこか嬉しそうに。
「…慧瑠こそ、これで良かったの?」
「…どういう事です?」
「俺は慧瑠を縛るつもりはないし、そもそもそんな事が出来るのかどうかも分からない。…別に、付いてこなきゃいけない理由はないって事だよ」
そんな慧瑠に、俺は自然と出てきた笑みを浮かべ…それから、訊く。何か、ついでのようになってしまったけど…こういう話をした今だからこそ、俺からも訊いておこうと思った。
霊源協会にしろBORGにしろ、慧瑠からすれば変わらないと思う。どちらも慧瑠の存在を知れば討伐しようとするだろうし…どっちの霊装者にも、慧瑠は襲われているんだから。
だからこそ、今の俺の立場が慧瑠のメリットになるなんて事もないだろうし、どうするのも慧瑠の自由だ。そう思っているから、俺は問い……慧瑠に、呆れられる。
「…はぁ…なーに言ってるんっすかねぇ、先輩は。付いてこなきゃいけない理由も何も、今の自分は先輩ありきの存在だって、もうお忘れで?」
「や、それは覚えてるよ?けどそれは別に、一定距離内にいないと存在を保てない…とかじゃないでしょ?」
「それはそうですね。じゃあどれだけ離れても大丈夫かってなると、そこは不明な訳ですが。…けど、自分が言いたいのはそういう事じゃなくて……先輩のいるところが、自分のいるところなんっすよ。そこが、どこであろうとも」
何か不味かっただろうか…と思いつつ、言葉を返す俺。すると慧瑠は、一度はその通りだと頷きつつも、浮かんだ表情は呆れのままで……そして、どうしても分からず俺が見つめる中、慧瑠は俺を見つめ返して、言った。自分は先輩ありきの存在…その言葉に込められた、本当の意味を。
「…悪い、慧瑠。訊くまでもない…いや、訊くだけでも失礼な事だったね、これは」
「全くですよ。そんなんだから先輩は、街の中でいきなり放置されるんっす」
「い、いやそれは関係ないだろ…!てか、見てはいたのか…!」
「そりゃ、姿を見せなかっただけで自分という存在そのものが消失していた訳じゃないっすからねー」
軽く口角を上げて愉快そうに言葉を続ける慧瑠に対して、俺は敗北感を禁じ得ない。
放置された事への結び付けは、明らかなこじ付け。でも、その前に言った言葉…慧瑠が伝えた、一番大事な言葉は本当に考えるまでもなく分かっていた筈の事だったから、にも関わらず訊いてしまった情けなさ故に俺は言い返せず…だからこその、何ともし難い敗北感。くそう…そういう時、図太さとは無縁な自分がちょっと恨めしい…。
「…ま、そういう訳っすから…自分はこれからも、ずっと先輩に付いていくっすよ。それが今の、自分の在り方ですから」
「…あぁ。心強いよ、慧瑠」
依然としてちょっと笑ったまま…でも今度は優しい笑みの慧瑠の言葉に、俺は頷く。…本当に、心強い。こうして慧瑠が、いてくれる事は。
「…さて、そろそろ戻るとしようか。ずーっと風に吹かれてちゃ、身体も冷えるし」
「そうですね。尤も、今の自分には無縁の話っすけどね」
「…そうなの?あれ?でも確か、慧瑠って暑いとか寒いは……」
「感じてるっすよ。その上で、『感じる』と『冷える』は違うって事っす」
「あ、そっか…そういう……」
人は四十度位の湯に触れたら温かいとか熱いとかは思うけど、だからって火傷したりはしない。寒暖以外もそうだけど、感じるラインと実害が出るラインは違う訳で、慧瑠にとって今の環境は、実害の出るラインには至ってなかったって事なんだろう。
それに納得し、俺は屋上の出入り口へと歩いていく。そしてドアノブに手を掛け、中に入ろうとしたところで、携帯に電話が…これまで使ってたのとは違う、渡された携帯に連絡がかかった。
その相手は、ゼリアさん。つまり内容は、間違いなく雑談や他愛のないものじゃない。
「…何か、ありましたか?」
「先日お話しした装備の件、用意が完了しました。早速調整に入りますので、エントランスにまで来て頂けますか?」
「…了解です」
無駄のない、連絡という目的だけが果たされた電話。エントランスに来てほしい、という言葉に俺は了承を返し、電話が切れたところで改めて扉を開く。
本当に、本当に、今日は良い一日だった。心残りは何一つない…とまでは言えないけど、きっとずっと忘れない、幸せな思い出になった。
でも俺は、これで満足する為にデートをした訳じゃない。俺が満足するとしたら、それは今歩き始めている道の先、その果てに辿り着いた時。だから…俺は、進む。この思い出も、心に秘めて……俺の望む、理想へと。