双極の理創造   作:シモツキ

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第二十二話 一人増えた食卓

「緋奈よ、今から俺は緋奈に大事な話がある」

 

かなり無理矢理且つ無茶苦茶な理由で妃乃が居候(って表現でいいのか…?)する事になった日の夜。各種準備が必要だという事で実際に住み始めるのは今日ではないものの、家族である緋奈には先に話しておくべきだろう…という事で、こうして話す場を設けるに至った。…と言っても、単に緋奈をリビングに呼んだだけなんだけどな。

 

「…それは、ここにいる…えと、時宮さん?…が関わる話なの?」

「お、流石緋奈。よく分かったな」

「流石も何も、この状況なら誰だってそう思うよ…」

 

当然ながら、この話の当事者である時宮もこの場に同席。緋奈が座ったところで時宮は俺に頷く。

 

「…まあ、なんだ…ちょっと、いや…大分驚きの話になるから、それを踏まえておいてくれ」

「驚きの話?……ま、まさか…」

「え、まさかって今のやり取りだけで分かったの?…凄いわね緋奈ちゃん…こほん。そう、唐突だけど私は──」

「時宮さん!貴女にうちの兄はやりません!」

「はぁぁ!?いやそういう事じゃないわよ!そして百歩譲ってそうだったとしても、それは普通妹が兄の婚約相手に対して言う事じゃないからね!?」

 

はっ…と一瞬で理解した様な顔を見せた緋奈。それに時宮が驚きつつも話を……すると思いきや、緋奈は多大な勘違いをしていた。…我が妹ながら早とちりが過ぎる……。

 

「あ、違うんですか?…よかったぁ……」

「違うに決まってるから……ちょっと悠弥、貴方緋奈ちゃんに私の事なんて話してるのよ…」

「なんても何も、時宮については殆ど何も言ってねぇよ…」

 

勘違いされる様な話をしたのか、と時宮は呆れ気味で俺に視線を送ってくるが…そんな顔をされたって困る。兄だって妹の事を全部知ってる訳じゃないのだ。

 

「えっと…その、なにかすいません。よくよく考えれば、お兄ちゃんにそういう人が現れるなんてその時点で非現実的ですもんね…」

「でしょ?分かってくれて何よりよ…」

「うん、二人共不必要な俺へのdisりは止めような。……じゃ、改めて…緋奈、今度は変な勘違いしないでくれよ?」

「うん、というかわたしも好きで勘違いした訳じゃないからね」

「そりゃそうか……結論から言ってしまえば、時宮がうちに居候する事になった」

 

辛辣な言葉はさておき、理由やら何やらから話してもちんぷんかんぷんだと思った俺は早速結論を口に。すると、それを聞いた緋奈は……

 

「へぇー。…………はい?」

 

────ご覧の通りの反応を見せた。すぐ驚く訳ではなく、一度普通に受け取って……その後、明らかに普通受け取れるレベルじゃないと気付いて訊き返す。そんなベタな反応だった。

 

「いやだから、時宮がうちに居候する事になった」

「……え、っと…ちょっとどころか大分何を言ってるのか分からないんだけど…」

「だよな、俺もぶっちゃけなんでこうなったのかよく分かってない。時宮、なんでこうなったんだ」

「いや、なんで貴方まで質問する側に回ってるのよ……そういう事になってしまったから、としか言いようがないでしょ」

「そういう事…?」

 

そういう事ってどういう事?…緋奈の表情には、そんな疑問が浮かんでいた。それを受け、俺と時宮は目を合わせる。

勿論、俺と協会の意向…なんて本当の事を話すつもりはない。こちら側の事に触れさせない為にこうなったのに、真実を話してしまったらなんの意味も無くなってしまう。だから俺は……嘘を重ねる。

 

「これは俺も最近知ったんだが…まず、時宮とうちとは遠い親戚らしい」

「…そうなの?」

「そうらしいんだ。んで、時宮は今一人暮らしだったものの、物件の方に問題が起きてそこに住めなくなって……ここまで言えば、後は分かるな?」

「まぁ…分かるかと言われれば……」

 

俺の言葉に緋奈は首肯するものの、未だに顔は怪訝な表情を浮かべたまま。理解は出来るけど納得はまだしてない…そんな顔だった。…唐突な上に突拍子もない話なんだから、その受け取り方は当然っちゃ当然だが。

 

「…ごめんなさいね、緋奈ちゃん。貴女にも悠弥にも迷惑のかかる事になっちゃって…」

「あ、いえ…時宮さんこそ大丈夫なんですか?物件の方に問題が…って、結構洒落にならない事ですよね…?」

「ま、まあね…でもご覧の通り、私自身は大丈夫よ。それに私の持ち物が全部駄目になった…とかそういう訳でもないから」

「それは良かった…この事って叔父さん達も知ってるの?」

「…勿論知ってるさ。というか、元々俺も親戚経由で今回の話を聞いた訳だからな」

 

叔父さん達、というのは文字通り叔父さん達であり、両親の代わりに保護者となってくれている人の事。緋奈はこそこそ嗅ぎ回るタイプじゃないと思うが……実際に叔父さんに確認取られたら面倒だな。宗元さんに時宮を入れた、偽の家系図でも作ってもらうか…。

納得してくれるかどうかはさておき、一先ず俺達の嘘を信じてくれた緋奈。緋奈は一通り俺の話を聞いた後、考え事をする様なそぶりを見せる。

 

「……やっぱり、急な話過ぎるよな…」

「うん……あ、でも別に時宮さんが嫌いって訳じゃないですからね?」

「フォローありがと、でも気遣いは不要よ。こんな話、すぐ納得しろって方が無茶だもの」

「…分かりました。…お兄ちゃん、時宮さんは別に今から早速住む訳じゃないんだよね?」

「あぁ。こっちも時宮も色々準備があるからな」

「ならその日までにわたし、心の準備をしておく。…それでいい?」

「それで十分だよ。悪いな、ほんと」

「ううん。お兄ちゃんが悪い訳じゃないんだから、謝らないで」

 

にこり、と俺に笑いかけてくる緋奈の優しさに、どうしても罪悪感を感じてしまう。言うまでもなく、こうなったのは俺のせいなんだから、俺が悪い訳じゃない訳がない。そして、それを分かっていながら話さないのも心の呵責を禁じ得なかった。…だが、それでも俺は嘘を吐かなきゃいけない。

 

「…じゃ、話はこんなもんか」

「そうね。緋奈ちゃん、何か質問はある?なければ私はお暇するけど…」

「えーっと…無い、と思います…」

「そう。じゃあ、その日が来たら宜しくね。…悠弥とはそれ以前に普通に学校で顔を合わせるんだけど」

「なんか棘の感じる言い方だな…まあいいけど…」

 

そんな皮肉っぽい言葉を残し、時宮は帰っていった。…考えてみると、時宮がうちで生活するって事は、今までよりずっと顔を合わせる機会が増えるって事なんだよな……これはお互い大変になりそうだぞ…。

 

 

 

 

そして日は流れ、時宮の引っ越し当日。協会が上手い事準備をしてくれたおかげで特にトラブルも発生せず、特筆する点がない位普通に引っ越しは終了した。…いいだろ別に展開が早くたって。特筆する点のない描写が続いたって誰も特にならないって事だ。

 

「ではこれにて作業を終了させてもらいますね」

「えぇ、ご苦労様」

 

帽子を取り、頭を下げて家から出ていく引っ越し業者……に扮した協会の人間。元々協会は霊装者の保護と管理を行う関係上、引っ越しの手配を必要とする事が多く、なんと協会内に引っ越し担当の部署が存在していた。…この部署に配属された人間は、一体どんな思いを抱くんだろうな……。

 

「……ふぅ、やっと終わったわね」

「やっとって程大がかりじゃなかったけどな。基本家具家電はうちにある訳だし」

「引っ越す側にとっては物量関係なくやっとなのよ。なにせ、今から私の生活は大きく変わるんだから」

「そりゃこっちもだがな…」

 

なんて会話をしながらリビングに移動。時宮ももう既に何度か来ている&これからは自分の住む家であるからか、慣れた様子でリビングに入ってソファに腰掛けた。

 

「……今日からここが私の住む場所、ね…」

「なんだよ、内装が不満か?それとも住人が不満か?」

「いや内装に不満はないわよ?一人暮らしの時は普通の家に住んでたから別に狭いとは思わないし、悠弥はともかく緋奈ちゃんは良い子だと思うもの」

「俺はともかくかよ…」

「冗談よ。貴方の事も別に悪くは思ってないわ」

「そりゃどうも…」

 

相変わらず些か厳しい時宮の言葉に、軽く肩を落としながら返答する俺。悪く思われてないだけありがたいと捉えるべきか、社交辞令的に言っただけなんだろうと捉えるべきか……まあ取り敢えず、緋奈に好印象を抱いてくれてるのは助かるわな。

 

「…あー…そうだ、時宮。時宮は家事出来るか?」

「家事?…出来るかどうかなら、まあ出来るわね。一通りやってたし」

「そりゃ良かった。今うちは俺と緋奈で家事分担してるんだが、時宮にも家事はしてもらうからな?」

「えぇ、構わないわ」

「お、おう……」

 

所謂お嬢様育ちの時宮だから、家事やれって言ったら嫌がるだろうなぁ…と思いきや、二つ返事で承諾されてしまった。…いやそれは良い事なんだが、うーむ……。

 

(…完璧人間かよ時宮は……)

 

勉強運動共に優秀(らしい)で、霊装者としても強く、家柄も良く、容姿端麗且つ性格も良好で(俺に厳しいのはまぁ、俺自身からかったり失礼だったりするからだろうな)、おまけに家事も出来るとなると、いよいよもって本当に非の打ち所がない様にしか思えなくなってくる。……なんか欠点や弱点見つけたいなぁ…。

…なんて思っていたところ、とんとんっという階段を降りる様な音が聞こえてくる。現状この家にいるのは三人で、その内二人がリビングにいるのだから、降りてきている人物は当然残りの一人しかいない。

 

「あれ?もう業者の人帰っちゃった?…最近の業者さんは、仕事終わってから帰るのが早いんだね…」

「最近も何もお前引っ越し業者の事全然知らないだろ…」

「あ、バレた?……それはともかく…時宮さん、これから宜しくお願いします」

「え?……こほん。こちらこそ宜しくね、緋奈ちゃん」

 

リビングに現れた緋奈は、時宮の前へ行き…すっと背筋を伸ばしてそう言った後、ぺこりと時宮に頭を下げた。それを受けた時宮も、緋奈が頭を上げたのを確認した後同じ様に頭を下げ、緋奈に対して微笑みかける。……さっきは緋奈に好印象を抱いてくれてるのは助かる…なんて思ったが、これはひょっとするとこの家の中で俺がハブられる可能性あるんじゃねぇか…?

 

「…それは流石に勘弁だな…さて、時間も時間だし食事の買い出し行くか」

「買い出し?食材足りないの?」

「まあ、ない事も無いが……時宮、お前うちで食べる最初の食事が冷蔵庫の残り物で作った適当な料理がいいか?」

「それは…でもその為にわざわざ買い出しさせるのは悪いわよ」

「いいんだよ、そうしたら俺も俺で目覚め悪いからな。…なんか食いたいものあるか?」

「……だったら、買い出しも料理も私にやらせて頂戴。親愛の印…なんてつもりはないけど、これから宜しく…って事で、ね」

 

どうかしら?…と時宮は俺に返答を求めてくる。……うーむ、まぁどうしても俺が料理をしたいって事はないし、俺としちゃそれでも構わないが…。

 

「……緋奈は、それでいいか?」

「わたし?うーん…それでいいと思うよ?特に拒否する理由もないもん」

「ならまぁいいか…よーし時宮、良い子の時宮にはまずお使いを頼もうかな〜」

「任せなさい……って、何で親戚の子供みたいな扱いなのよ私!なんかそれだと私が我が儘言ってるみたいになるじゃない!」

「相変わらず良い反応するなぁ…ま、とにかくそう言うなら任せるとするよ。…普通の料理を作ってくれるんだよな…?」

「当たり前でしょ、他人に食べさせるのよ?」

「そりゃそうか…んじゃ頼んだ」

 

何を買い、何を作るかは聞かずに時宮を見送る俺と緋奈。ああは言ったが時宮がトンデモないチョイスをするとは思えねぇし……何を作るのか想像しながら待つのも悪くないからな。

そうして待つ事数十分。買い物を終えて帰ってきた時宮(そういや近くにある店の場所知ってたんだな…)は、買い物袋をキッチンで降ろし、手を洗って早速料理を始めた。

 

「…時宮は何作るんだろうな」

「……えっと、それはボケの振り?」

「いや違ぇよ…仮にそうだったとしても『そうだぞ?』とは言わないからな?言ったらその時点でボケやり辛い雰囲気になっちゃうからな?」

「う、うん…思ったよりちゃんとした返しがきてわたしは少し驚きだよ…」

「振りが悪いんだよ振りが…」

 

ソファに座って料理をする時宮を眺めながら、俺と緋奈は談笑。何ともまあ中身のない会話をしながら……ふと俺は気付く。

 

(……そういや、こうして食事が出来るのを待つのも、緋奈と話しながら待つのも、何が出来るか想像しながら待つのも久し振りだな…)

 

両親が死んでから、うちでの食事は殆ど俺が作っていた。だから当然何が出来るかは毎回分かっている(というか作る本人が分かってなきゃヤバい)し、緋奈が作る時は俺がまだ帰っていないか料理出来ない状況かでまったり待つ事も無理だったから、正直俺の中で『家で食事が出来るのを待つ』という考え自体が消えかかっていた。……そんな中で、突然現れたその機会。それはまるで、両親が生きていた頃の様で────。

 

「……っ…駄目だな、ついしんみりしちまう…」

「……?」

「…何でもねぇよ。時宮、見つからない調理器具とかあるか?」

「今のところは大丈夫よ、ちゃんと整頓してしまってあるもの」

「そりゃま、調理中に器具が見つからないって事になったら最悪料理の質が落ちちまうからな」

 

俺の心が弱いのか、身体は所詮まだ未成年だからか、それとも…自分が思っている以上に俺は親という存在を欲していたのか、ふとした事でこうして両親や両親との日々を思い出してしまう。そしてその度俺は、気持ちを振り払って自分も周りも誤魔化していた。

それが正しい事なのかは分からない。だが、どんなに昔を懐かしんだところで両親が帰ってくる筈もなく、今の俺には今の俺の生活も、守りたいものもある。だから……過去に囚われる訳にはいかないよな。

そんな事を考えながら、俺は再び視線を台所へ。そこから聞こえる調理音を耳にしつつ、俺は緋奈と談笑を続けるのだった。

 

 

 

 

「待たせたわね、ご飯出来たわよ」

 

日も落ち外が暗くなった頃、時宮の作る食事は完成した。どうやら作っていたのはシチューとサラダだったらしい。

 

「……まさかとは思うが、白米を炊き忘れたとかはないよな?」

「そんな四コマ漫画のオチみたいなミスする訳ないでしょ。ちゃんと炊いてあるわ」

「いい匂い…あ、お茶はわたしが淹れますね」

「そう?ならお願いするわね」

 

時宮が鍋からシチューを皿へ盛り付けていると、俺より気の利く緋奈が時宮の手伝いに動く。多分緋奈の事だから、料理自体には関係せず手伝えるタイミングを見計らっていたんだろうな…。……あ、一応言っておくと、緋奈でもお茶淹れる分には変な味になったりしないからな?

 

「えぇと…悠弥、貴方達のお箸とスプーンはどれなの?後、盛り付けた食器はこれでよかった?」

「あー、それで構わねぇよ。で、箸やら何やらは…まあ俺が出すか」

 

柄を言えば恐らく分かってくれるだろうが…そうはせずに食器棚の前へ。……まあその、あれだ…緋奈が手伝いに行った事で『一人だけ手伝いもせず待ってる奴』みたいになっちゃったからだ。俺だってそういうのを気にする事もある。

 

「時宮さん、お茶は来客用の物に淹れたんですけど…」

「大丈夫よ、どうせ私が持ってきた食器類はまだ段ボール箱の中だし」

「だったらこれで夕飯の準備は完了だな」

 

料理とお茶、それに箸やら何やらも食卓に並べたところで俺達は席に座る。……うん、美味しそうだ。

 

「さ、それじゃあ召し上がれ」

『頂きます』

 

時宮に勧められる様にスプーンを手に取り、シチューをすくって口へ運ぶ俺と緋奈。少しだけ冷まし、口に入れて咀嚼。…ふむ、ふむ……。

 

…………。

 

 

 

 

「……普通に美味いな」

「うん、美味しいね」

「でしょ?今回の出来は我ながら中々のものだと思ってたのよ」

 

俺達の感想を聞いた時宮は、ふふんと気分良さげな表情に。…なんか自慢された様な気分になったが、まあ美味いというのはお世辞ではなく事実だから仕方ない。流石にプロ級…なんてレベルではないが、それでも料理慣れしているんだなぁ…とよく分かる味だった。……うん、やっぱ自分の家で誰かに作ってもらった料理を食べるっていいな…。

 

「時宮さん、シチュー得意なんですか?」

「そういう訳じゃないわ。まぁ得意か苦手かの二択なら得意に該当すると思うけど…」

「…まぁ焼くのが得意煮るのが苦手、ってのはあるだろうが、ピンポイントで得意苦手っていうのはなんとも言えないもんな。料理ってのは基本行程の組み合わせで行うもので、この料理でしか使わない、って調理方法はあんまねぇし」

「へぇ、料理の事分かってるのね」

「そりゃ、うちの食事は俺が担当してましたから」

 

夕食を食べながらの雑談はやはりというか、時宮が話題の中心となって進む。特に時宮と緋奈はお互い俺を間に入れての関係でしかなかった分質問が盛んになり、自然と俺は蚊帳の外状態に。

 

(…マジで?マジで俺、家の中でハブられる事になるの?一応家長なのに?)

 

俺の心の中に吹き荒む木枯らし(のイメージ)。時宮と緋奈は楽しそうに言葉を交わしてるのに、その近くにいる俺は蚊帳の外。……さ、寂しくなんかねぇし!偶々ちょっとそうなっただけで傷付く様なハートはしてねぇし!てか元ぼっちの俺にとっては、こんなの懐かしい感覚なだけだし!

 

「…そういえば時宮さんって、わたしと高校同じですよね?じゃあ、先輩って呼んだ方がいいですか?」

「ううん、確かに一年先輩だけどわざわざ先輩なんて付けなくてもいいわ。それより、出来れば下の名前…妃乃って呼んでくれないかしら?私苗字より名前で呼ばれる方が慣れてるから」

「そうなんですか?……じゃあ、えっと…妃乃、さん…」

「えぇ、それでお願いね」

 

 

 

 

 

 

「……緋奈に、先越された…」

『……はい?』

「…あ、なんでもな…くないです。なんでもあります!」

『…………はい?』

 

寂し…もとい、ふと呟いてしまった一言が二人の気を引き、しかも二人の反応に変な反応をしたものだからなんだかよく分からない雰囲気に。……ま、まぁうん…ぶっちゃけこれはミスだわ。

 

「……やっぱなんでもない。後、時宮ってあんま緊張しないタイプなんだな」

「え?…まぁ、経歴が経歴だもの」

「あー…そうか、考えみりゃ訊くまでもなかったか…」

 

様々な立場の人間と様々な形で会っているであろう時宮にとっては、確かに一般家庭(一応)で食卓を囲む程度訳ないのは当然の話。…ほんとに俺ってコミュ力低いな……。

…とまあ、こんな感じに話は夕食を食べ終わるまで続き、今日の食卓はいつも以上に賑やかなものとなった。

 

「ご馳走様っと。料理は片付けまで…って事で、洗うのも私がするわ」

「そうか?……なら、しまうのは俺に任せてもらおう。どうせまだ食器の場所うろ覚えだろ?」

「それは……そ、そうね…任せるわ」

「それならわたしはテーブル拭こうかな。そっちは三人いても邪魔になるだけだと思うし」

 

料理完成時同様、三人で分担して俺達は片付けを開始。三人分を三人で片付けてる事もありぱっぱと進み、あっという間に片付けは終わりの段階へと近付いていく。

 

(…そういや、何だかんだで言ってないな……よし)

 

理由はかなり無茶苦茶なものの、時宮がこれからうちで暮らす…同じ屋根の下で過ごす相手になったというのは変わらぬ事実。……だったら、きちんと言うべき事は言っておかなきゃだよな。

 

「……時宮」

「なに?」

「…まあ、色々と複雑な状況ではあるが……これから、宜しく頼む」

「……えぇ、こっちこそ宜しく」

 

──時宮がうちで済む事となった、初日。それはとても大満足…なんてものでは決してなかったが……それでも、悪くないスタートは切れたんじゃないかと思う俺だった。


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