双極の理創造   作:シモツキ

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第二百三十三話 交錯する二人

 どんなに魅力的な何かがあっても、どんなに今動かなければ取り返しがつかなくなるって状況でも、絶対仕掛けてくる…なんて事はない。戦いに絶対なんてそうそうないのと同じように、待ち伏せとか誘い込みだって空振りに終わる事はある。…この偽移送作戦に対して、わたしはそうなってほしいような、ほしくないような…そんな心境だった。出来る事なら顕人君と戦う事はしたくないけど、何も起きなかったら顕人君を止める事も出来ないから。

 でも、顕人君は…顕人君達は、来た。聖宝を手に入れる為に、顕人君達の言う正義を示す為に、移動中に仕掛けてきた。…だから、始まった。聖宝を賭けた…霊装者同士の戦いが。

 

「待って、前に出ないで援護を続けて。人数はこっちの方が多い分、あんまり前に出過ぎると、仲間同士で邪魔になっちゃうから。…うん、そう。追い払うだけでも勝ちなんだから、無理はしないで」

 

 双統殿に向かって走る、移送の車両。どれに聖宝が載っているか分からないように、数台が並んで走っている。…でも本当は、どの車両にも載っていない。

 その内の一台の上で、わたしはインカムを使って指示を出していた。いつもみたいな、前線で戦いながらの指示じゃなくて、今は指示に専念していた。

 

(やっぱり皆、攻撃が弱い…けど、そうだよね…わたしだって、同じ気持ちだもん)

 

 数は、こっちの方が上。個々の強さも、離反したのは若い元霊装者が比較的多くて、だからその面でも平均で言えばこっちの方が上だと思う。なのに、簡単に返り討ちに出来ないのは…今はもう味方じゃなくても、元は仲間だった相手だから。離反した原因は、協会にあるから。ただの敵なんかじゃないんだから、皆多かれ少なかれ躊躇いはあるんだろうし…そうでなくても、相手は同じ人間。人なんだから、攻撃が鈍っちゃうのも仕方ない。

 だから正直、勢いとしては押されてるようにも見える。奪われさえしなければこっちの勝ちだし、もっと言えばここに聖宝なんてないんだから、今の段階じゃ負けそうって訳でもないけど…押されてるって空気は良くない。

 

「くっ…無茶苦茶だ、こんな強引に突っ込んでくるなんて…!」

「そこまで覚悟が決まってるっていうの…!?」

 

 それに、もう一つ空気を良くないものにしている要素がある。それが、向こうの動きで…向こうからは、全然躊躇いを感じない。攻撃するのもそうだし、撃たれたり斬られたりする事への躊躇いみたいなのも凄く薄いように見える。

 今聞こえた通り、傷付ける事も傷付く事も…死を招く事を全然恐れない位の覚悟があるって事なのか、こっちが躊躇ってるのを逆手に取って強引に動いているだけなのかは分からない。分からないけど…このままじゃ、駄目だ。今はまだ良くても、そのうちどこかでこっちに綻びが生まれてしまう。

 

(もう少し…もう少し、何かがあれば……)

 

 出来る事なら、すぐにわたしも出たい。いつもいつも前に出る事だけが正解じゃないのは分かってるけど、分かってる危険の芽へ自分で対処出来ないのは凄く歯痒い。

 だけど、下手にわたしが出たら、相手を更に勢い付かせちゃうかもしれない。わたしを引き摺り出せた、自分達の方が実は押してるんだって、そういう自信を与える事になるかもしれない。だから、ただわたしが動くんじゃ駄目で……けど、そう思っている時だった。

 

「んなっ、また…!…すみません…御道顕人に抜かれました…!」

「……!お母様、お父様、やっぱり顕人君はこっちの想定より厄介になってるよ!それに多分、顕人君の存在が向こうの士気高揚に繋がってる…!だから……ッ!」

「あ、ちょっ……失敗するんじゃないわよ、綾袮!貴女の為にも、彼の為にも…!」

 

 伝えられたのは、押し留める事に失敗したという連絡。それは勿論、良くない事で…だけど、わたしにとっては好都合。

 通信でおかー様とおとー様に伝えてすぐに、わたしは飛び上がる。一瞬、止められると思ったけど…帰ってきたのは、激励の声。それにわたしは、見えてる訳ないけど頷いて…飛ぶ。顕人君を止める為に、顕人君のいる場所目掛けて。

 

(あの時わたしは、止められなかった…だけど、だから…今度こそ……!)

 

 

 

 

 左右でそれぞれ性能の違う二丁のライフルに、主推進器兼用の四門の大口径砲に、ユニット各部の小口径砲。主となる火器全てが非実体弾になっている今の俺の装備は弾切れもリロードも気にする必要がなく、霊力量が最大の武器である俺にとっては、純粋に継戦能力の向上に繋がっている。

 でも当然体力が切れればまともに戦えなくなるし、攻撃で重傷を負っても戦闘能力の維持は困難になる。つまり、物量や役目的にも下手に長期戦を意識するとむしろ俺は危険なのであり、長期戦より素早く目的を果たす事こそが、勝利の為には賢明となる。

 その目的というのが、まずは役目でもある目立つ事。目立ち、攻撃をばら撒き、一人でも多くの相手の意識を引き付ける事で味方を支援し、尚且つ大立ち回りで味方の士気を上げる事。そして、もう一つの目的が──。

 

「こ、ん、にゃろぉおおおおぉッ!」

 

 左手のライフルでわざと滅茶苦茶に、避けずにその場で留まった方が安全そうな乱射を行う事で動きを阻みつつ、必要以上にスラスターから霊力を吹かして回避行動を取る。避けながら、その霊力の噴射で目眩しを狙っていく。

 一瞬も気を抜けない。気を抜けばすぐに集中砲火や接近を受けるし…俺は決めている。誰も殺すものかと。俺が目指すのは、殺す覚悟の出来る人間なんかじゃないと。

 

(は、はっ…思ってた以上に、上手くやれてるじゃないか…!)

 

 上手くといっても、格好良くじゃない。むしろ相手からは、必死こいて戦ってるように見えてるかもしれない。けど俺は、ちゃんと引き付けられている。引き付けた上で、やられずにいる。それは間違いなく、上出来ってもので……

 

「……先輩、ここまでで一番の強敵がお出ましっすよ…!」

「……!…それって……」

 

 俺は俺が思っていたよりも、強い霊装者なのかもしれない。…そんな淡い期待を即刻打ち切らせるが如く、慧瑠からの言葉が俺の気持ちを引き締めさせ…全身に、更なる緊張を抱かせる。

 何故慧瑠が、名前で呼ばなかったのかは分からない。でも…今の言い方だけで、俺には誰か分かった。直感的に、頭に浮かんで…その感覚は正しかったのだと、対面した事で実感する。

 

「…綾袮……」

 

 深く澄んだ蒼色を持つ翼と、同じく澄んだ…けれど同時に強い意思も籠った青の瞳。その瞳ははっきりと俺を見据えていて…瞬時に俺は悟る。綾袮相手じゃ、どうやったってここまでのように上手く躱す事は出来ないと。

 

「皆、ここはわたしに任せて!焦らず、落ち着いて戦う事が出来れば、これは勝てない戦いなんかじゃないよ!」

 

 よく通る綾袮の声が広がった数秒後、周囲の霊装者は皆指示通りに移動していく。正に鶴の一声で、俺としては非常に良くない。ここまで少しずつ得てきた俺への注意を、こうも簡単にリセットされてしまったんだから。

 そして当然、ここから注目を集め直す事も難しい。そうするには…相手が、強過ぎる。

 

「…そこを退いてほしい、って言っても聞いてはもらえそうにないね」

「退かないよ。わたしにはやらなきゃいけない事も、やりたい事も…叶えたい事も、あるから」

「そっか。なら…俺も俺の意思を、貫くまで…ッ!」

 

 言葉と共に、左手のライフルを向ける。躊躇う事なく、綾袮に向けて撃つ。…けれど、放った赤い光弾は、綾袮に届く事はない。その前に、俺が予想した通りに、綾袮の一太刀で斬り払われて…一気に綾袮は、距離を詰めてくる。避けられない。避ける時間が、一切ない。

 

「……っ、ぅ…ッ!」

「反応が早いね、顕人君。今の射撃と、この防御だけで、よく分かるよ。ほんとに顕人君は、強くなったって…!」

 

 左手のライフルをそのまま掲げ、銃身下部の実体を持つ銃剣で攻撃を受ける。とはいえこっちは片手持ちなのに対し、綾袮は天之尾羽張を両手持ちしていて、しかも突進の勢いが乗っている。辛うじて防御は出来ても、受け止め切る事なんて出来ず、俺は押し切られる。

 こうなる事も分かっていたから、俺は即座に下がりつつ、右手のライフルで連射をかけて追撃を阻止。強くなった…その言葉を綾袮に言ってもらえるのは嬉しくて、正直今でも心が舞い上がりそうで…同時に少しだけ、悲しくもなった。…こんな形で言われるのは、望んでいた事じゃなかったから。

 

(多分綾袮はここまで殆ど戦ってない。万全の状態だってなら、本当に俺の勝ち目はほぼゼロ。…けど、勝てなくたって……!)

 

 すぐに距離を詰めてくると思いきや、綾袮が次にしてきたのは斬撃を飛ばす遠距離攻撃。狙っていたのはそれで注意を逸らしてからの接近であり、実際接近への対応が一瞬遅れてしまった俺は、四基の砲を同時に撃ち、その火力で強引に迎撃する事を図る。

 綾袮は強いから、俺よりずっと強いからこそ…もしも当たってしまったらなんて、気にせずにいられる。よっぽどの状態でもない限り当たる訳がない。それは相当不利な事で…でもそのおかげで、戦い易い。

 

「顕人君!顕人君達は、本気で勝てると思って…勝ち目があると思って仕掛けてきたの!?」

「勝ち目もないのに、何も考えず正面から仕掛ける程、俺も皆も馬鹿じゃないさ…ッ!」

 

 真正面から迫る四条の光芒に対し、綾袮は戦闘機の様にロールをかけ、終始光芒を背にするような軌道を描いて鋭く避ける。微塵も無駄のない、殆ど減速も無しな、俺にはとても真似の出来ない空中機動で。

 更に距離を詰められた俺は、ならばとユニット各部の砲を展開。四門砲以上に連射が効かず、しかも一門一門の火力はそれ程でもないこの砲は、状況を見極めた上で使う必要があって…だから、今放つ。主推進器が全て砲撃モードで、姿勢も万全じゃない今、迎撃するならこれしかない。

 

「そんな攻撃……んな…ッ!?」

 

 密集はさせない、範囲を重視した一斉砲撃。恐らく綾袮の目にこれは、驚異には映っていない。多少面倒って位で、これも確実に分けられる…そう考えているんだと思う。だからこそ…次の瞬間、綾袮は驚愕する。俺の撃ち込んだ霊力の砲撃が…花弁の様に、外へと大きく開いた事で。

 

「ビームが、曲がった…!?」

 

 目を見開き、翼を地面に対して縦にする事で急ブレーキをかける綾袮。動きが止まったその瞬間、そのチャンスを少しでも活かすべく、俺は推進モードに戻した四基で姿勢を立て直しながら二丁での射撃で反撃をかける。

 そう。綾袮の言う通り、俺の放った砲撃は曲がった。俺が曲げた。撃ってから一度のみ…それも撃つ瞬間に決めたタイミングで、決めた方向にのみという形ではあるけど、ユニット各部の砲ではビームの曲射が可能になっている。本来…というか理想は所謂ホーミングビームの実現で、ただそれをするには霊装者側の高い操作能力が必要で、俺にはそれがない為に一度限りの曲射という形にはなっているけど…それでも使い方次第では、これも強力な武器になる。

 

「綾袮こそ、ここにいるのは綾袮の意思なの!?宮空の人間だから、責任があるから…そんな言葉で自分を縛って、自分から道を閉ざしているだけじゃないのッ!?」

「言うね、顕人君…わたしも勧誘したいの、かな…ッ!」

「まあ、綾袮が自分の意思で味方になってくれるなら…それ程心強い事は、そうそうないだろうね…ッ!」

 

 連射の間隔が違う二丁の射撃を、巧みに綾袮は斬り払い、素早い動きで避け続ける。少しでも隙があればそこに身体を捻じ込んで、そのまま一気に攻めてくる。俺もまた、頭と五感をフルに使う事で何とか綾袮の攻撃を避け、射撃と砲撃でカウンターを狙う。

 仕掛け合う最中に交わす会話。これは、相手の動揺を誘う為…ではない。誘えたらありがたいけど、俺は勿論綾袮もきっと、思いをぶつけ合ってるだけに過ぎない。思っている事、言いたい事…それ等を攻防の中でぶつけてるだけ。

 

「残念だけど…わたしは今の、顕人君の味方にはなれない…!だってわたしには、責任があるから!やらなくちゃいけない事があるから!…でも、これは自分を縛るものじゃない…ここにわたしがいるのは、こうしてるのは、誰でもない…わたし自身の、意思なんだよッ!」

「く……ッ!」

 

 正面からの振り下ろしを真上に飛ぶ事で避け、上からライフルの銃剣で刺突。形としては俺が上を、尚且つ背後を取った状態で…けどそれを、綾袮は避ける。背中にも目が付いているのかと思わせるようなタイミングで、俺の反撃を引き付けた上で後方宙返りをかけ…回避しながらも、俺から上を取り返す。

 咄嗟に俺はそのまま下へ加速する事を選択。結果、ユニットの一部を斬られたものの俺自身にダメージはなく、ユニットの方も斬られたのは外装だけ。ゆっくり確認する時間はないから確証はないものの、少なくともすぐに感じる不調はない。

 ただ…今ので改めて、痛感する。俺が強くなっているのだとしても…依然として、綾袮との間には大きな溝がある事を。

 

「顕人君の、顕人君達の怒りは当然だよッ!最善とか、必要な事とか、そんな理由で不誠実だったわたし達は、ちゃんと謝って、償わなきゃいけないって思ってる!だけど…だからって、こんな事していい訳がないんだよッ!立場を表明した上で、話し合う道だってあった筈なのに、そうしなかった…それがある限り、絶対にわたしは味方出来ないッ!」

「そうだね、その通りだ…ッ!けど話し合ったって、互いの納得出来る答えが出たって、それは問題が一つ解決するだけだ!協会が少し変わるだけだ!言った筈だよ、綾袮…ッ!俺は、世界を変革すると!」

「そんな事、本気で……」

「本気だッ!」

 

 引いて、撃って、また引く。元から俺の本領は中距離以上、綾袮の本領は近距離である事に加えて、今の装備は協会の装備よりゴテゴテしてる分、柔軟な動きには欠けるのだから。

 その中で、俺は言い切る。誇張でも方便でもなく、本気で世界を変えてやるつもりだと。言い切ると共に、ここまで下がり続けていた俺は一転して突進をかける。今言った言葉、そこに込めた思いを示すように。

 それには綾袮も面食らったようで、腕が止まり…されどそこは歴戦の霊装者。身を包むように翼を盾にし、俺の突進を阻み、直後に勢い良く開く事で俺を正面から弾き返す。

 

「俺は、本気だ…ッ!だから今も、こうしてッ、全力で…ッ!」

「…ごめん、だよね…顕人君は真面目で、誠実で、でもちょっと小心者で…本当に本気じゃなきゃ、全身全霊の思いをかけてなきゃ、こんな事する訳がないよね…!だから…そんな顕人君だから、わたしは…わたし達は、止めるッ!」

 

 突進をシャットアウトされた俺はスラスターの噴射ですぐに弾かれた勢いを殺し、近距離から撃つ。トリガー引きっ放しで、撃ちながら腕を振って飛び回る綾袮の姿を追う。

 まだチャンスだった筈の近距離射撃すら、やはり当たらない。こうなるともう、よっぽどの奇策か、一か八かの賭けでもしなきゃ、掠める事すら出来ないかもと思えてくる。本当に当てる気なんかなくとも、そんな思考が頭を過る。…でも、だからこそ…燃える。心が燃え上がる。自分にとっては師とも呼べる相手と戦場で相対し、本気で戦い、改めてその強さを知る…そんな劇的な状況に自分がいると思うと、湧き上がる熱が抑え切れない。

 

(嗚呼、そうだ…一瞬でいい、一瞬だけでいい…たった一瞬でも、次の瞬間が決着だとしても…俺は引き出す…!綾袮の、本気を…ッ!全力を…ッ!)

 

 横っ飛びのようにして突進刺突を避けた俺は、横蹴りのように脚を振り出し方向転換。フルパワーでスラスターを吹かし、そのまま駆け抜けていった綾袮の背中を追いかける。

 砲は一つも使わない。可能な限りの集中を飛行に当てる為、右手のライフルのみで後ろから綾袮に仕掛ける。燃える思いのままに、目的を果たす為に。

 

「俺はまだ、止まりはしない…ッ!力を貸してくれる人の為に、仲間の為に…俺自身の、為にッ!」

「絶対に、やらせはしないよ…ッ!わたしの為に、皆の為に……何より、顕人君の為にッ!」

 

 機動性も安定性も劣る中、それでも喰らい付く。追い掛けて、喰らい付いて…本気を、全力を、俺自身の手で以って綾袮から引き出す。

 縦横無尽に夜空を駆け回る綾袮は、フルスピード故にこっちも狙いがブレているとはいえ、背後からの射撃を見る事なく避け続ける。だが、このまま追い続ければ、必ず綾袮が攻撃に転じてくると、俺には分かっている。霊力量に長ける俺に我慢比べを仕掛けてくる訳ないし…綾袮はきっと、真っ向から、真正面から俺を倒しにくる。綾袮は、そういう人だから。

 そして…読み通り、俺が感じた通り……その瞬間が、訪れる。

 

「顕人君ッ!君は、わたしが……ッ!」

「……ッ!いっ、けぇええええええぇッ!」

 

 殆ど直角に飛び上がり、一気に高度を上げる綾袮。それには付いていけない、そんな機動は取れない俺は、脚を前へ投げ出し、主推進器全てを用いて一気に速度を落としていく。逆噴射でかかる身体への衝撃を、気力と根性だけで捩じ伏せ…月の下で宙返りし、方向転換を果たした綾袮と視線を交える。

 煌めく翼をはためかせ、綾袮がかける急降下。それを見据える俺はユニットの全砲門を開き、二丁のライフルの銃口も向け、四門の砲を除いた主力火器の全てを用いて一斉掃射。空から飛来する蒼の光を、昇る赤の光で迎え撃ち……綾袮は、駆け抜ける。急降下という、最も制動が難しい動きの中で、空を…弾幕の中を。避け、躱し、斬り払い……俺の迎撃を、掃射を、突破する。

 これが、それが、綾袮の実力。綾袮の本気。こっちも全砲門は使えなかったとはいえ…仮に使えてたとしても、迎撃し切れたか分からない。…でもだからこそ、俺は左手を引いていた。綾袮が突破する直前に、振り被るようにして引き…迫る大太刀、振り出された天之尾羽張に対し、ライフルの銃剣を叩き付けた。

 

「はぁああぁぁぁぁッ!」

「…ぐ、ぅ……ッ!(やっぱり、重い…ッ!…けど、これで……ッ!)」

 

 激突する二つの刃。どちらも振るわれた状態でぶつかり、綾袮は翼で、俺は推進器で押し込む事を狙い、ほんの一瞬ぶつかる力は拮抗し…されど次の瞬間、それは崩れる。綾袮に押し切られ、左腕諸共ライフルを弾かれ、俺は大きく姿勢を崩す。

 だけど、これで良い。これが良い。綾袮は今、突進の…駆け抜ける為の力から、振り抜く為の力へと移行した。だから綾袮の勢いは一気に落ち、俺も姿勢を崩してはいるけど…出来る事が、ある。左腕の武器を弾かれた、その勢いを利用して身体を右に回し、右手のライフルを綾袮に向ける事が出来る。

 これは両手に別々の武器を持っているからこそ出来る事。振り抜いた状態である綾袮じゃ、どう頑張ったって防御は間に合わない。そうだ、これで…これで俺は、本気の綾袮から……──ッ!

 

 

 

 

 

 

「これッ、でぇぇぇぇええええぇッ!」

「な……ッ!?」

 

──いける。そう思っていた。相手が綾袮じゃなければ…それこそ魔人だったとしても、きっといけていた。…だけど、綾袮は…ほんの一瞬の差で、それを上回る。

 得物を振り抜いた時、綾袮はそのまま回転していた。振り抜いた勢いを利用し、空中前転をかけていた。そして、本当に…本当に一瞬早く、俺の攻撃より一瞬だけ早く、必要な状態まで回った綾袮は……そのまま俺に、前転の挙動からの踵落としを叩き込んだ。

 左肩に、そこにあるユニットに打ち下ろされる、全力の踵落とし。一瞬、肩が抜けるんじゃないかと思う程の衝撃が走り、その衝撃で頭も、視界も揺れ…俺は、落ちる。振り抜かれた脚によって、一気に地上へ落ちていく。

 

(やら、れた…あぁ……本当に凄いなぁ、綾袮は…)

 

 落下する中、湧き上がったのは悔しさと、脱帽感と…それに、ほんの少しの安心感。やっぱり綾袮はこうでなくちゃ、まだまだ届かない存在でいてくれなきゃ。そんな思いが、俺の中にはあって……だから、俺は思っていた。…これで、良かったと。

 でも別に、だからって別に、俺は諦めた訳じゃない。良かったって言うのは……ただそれだけの、今じゃない。

 

「…慧瑠……!」

 

 回りながら落下する中、力を振り絞って俺は軌道修正。何とか眼下に見えた雑木林へ落ちるような軌道を取る。

 そうして最後に、揺れる視界の中で見たのは、慧瑠の姿。名前を呼び、揺れる視界で尚見つめ、慧瑠からの小さな頷きを受け取って……俺は雑木林へ、墜落した。

 

 

 

 

 初めて、顕人君と本気で勝負した。訓練の中で、模擬戦をした事はあったけど…ここまでやったのは、初めて。

…うん、そうだ。間違いじゃない。わたしは出したんだ。顕人君に…強いと思える相手に、わたしの本気を。

 

(…嬉しくて、悲しいよ…顕人君が強くなって…それを、こんな形で実感した事が……)

 

 顕人君とぶつかり合ってから、大体十分。わたしは今、前線指揮で戦況の立て直しを図っている。

 あれから、わたし達の側は持ち直した。持ち直したっていうか…悪い空気の流れが、消えつつある。そうなったのは、その理由は……

 

「綾袮…!」

「綾袮さん…!」

「……!ラフィーネ、フォリン!二人共…無事、みたいだね」

 

 聞こえた声に振り向けば、やっぱりそれはラフィーネとフォリン。分かってはいたけど、二人共ぴんぴんしてて…フォリンなんて、頷いた直後に振り返ったと思えば、狙撃能力のあるライフルで近付こうとしていた相手側の一人を撃っていた。振り上げた剣の刃を撃ち抜くっていう、相当凄い射撃をさらっとしていた。

 

「二人共、遊撃お疲れ様。まだ別の勢力が漁夫の利を狙ってくるかもしれないし、ペース配分には気を付けてね?」

「えぇ、分かってます。それよりも……」

「綾袮、顕人は?綾袮は顕人と会って、戦った…違う?」

 

 周囲を確認しながらわたしが言うと、フォリンは頷いた後すぐに「それよりも」と言って…ラフィーネが、続けてくる。二人からすれば、気にして当然の事を尋ねてくる。

 分かってた…というより、訊いてくるような気がしてた。だから気構えは出来ていたけど、それに対してどう答えればいいのか、それがまだわたしは決められていなくて……首を、横に振る。

 

「……!?綾袮…それは、どういう事……?」

「まさか…綾袮さん、貴女は顕人さんを……ッ!」

「え……?…あ、ち、違う違う!そういう事じゃないの、二人共!大丈夫!命を奪ったとかじゃないから、それは断じて違うから!」

 

 適当に答える訳にはいかないと思って、首振りだけで返したわたしだけど、二人の反応を見てすぐに後悔。慌ててそうじゃないと否定して…二人からの誤解を解く為に、纏まり切らないままに言う。

 

「…そうじゃなくて、分からないの……」

『分からない…?』

「うん。確かにわたしは顕人君と戦って、一撃入れて落下させたの。顕人君は、あの雑木林に落ちていったの。…なのに、落ちたっぽい場所に顕人君の姿がなくて……」

 

 そう言って、わたしは雑木林を指差す。雑木林に、木々に隠れる前までははっきり顕人君が見えてたし、落ちたのは間違いない。でもわたしも追って中に入った時、顕人君の姿はどこにもなかった。勿論雑木林全体を探した訳じゃないから、本当にいなかったかと言われたら断言は出来ないけど……今はまだ戦闘中。ゆっくり探す程の時間はない。

 

「探知で探そうにも、こんな戦闘状態じゃ探し出すのは困難だし、顕人君と戦ってたわたしの姿が急に消えるのは不味いしで、探すに探せないから、こっちに戻ってきたんだけど…二人がそう訊いてくるって事は、二人も知らないんだよね…?」

「そういう事ですか…。自力ですぐに立て直して、身を隠した可能性は…?」

「ある、とは思う。一撃入れたって言っても、肩に踵落とししただけだし…」

「…なら、戦線離脱…?」

「離脱…は、どうなんだろう…。顕人君の行動からして、士気の高揚を狙っていたのは多分間違いないし、だったら姿が見えなくなる事の士気低下だって分からない筈は……」

 

 二人とやり取りしながら、改めてわたしは考える。姿がないなら、何らかの方法で移動したのは間違いない。自分の力なのか、偶々味方が近くにいて、運んでもらったのかは分からないけど、移動したなら近くで隠れてるか、完全に逃げたかの二択になる。

 でもやっぱり、ラフィーネの言う戦線離脱…逃げたっていうのは考え辛い。今言ったのもそうだし、あれだけの意思、決意を見せていた顕人君が、そう簡単に離脱するとは思えない。むしろ去年の夏の事を考えれば、ボロボロになっても立ち上がって、力を振り絞って、でもそれだけじゃなくて頭を働かせて何か策も……

 

(…策、も……?)

 

 ふっ…と思考が止まるわたし。代わりにある可能性が、もしかしたら…って考えが脳裏に浮かぶ。

 勿論それは、確証なんてない。想像の域を出ない。だけどもし、今浮かんだ可能性の通りなら…どこかで誰かに、わたしにやられる事も想定に入れて、その上で狙ってる事があったとしたら……。

 

「…まさか……」

 

 生唾を、飲み込む。もしも本当にそうだったら、完全にわたしはしてやられた事になるから。勝負に勝って、試合に負けた…わたしはその状態かもしれないから。

 わたしは急いで連絡をかける。かけながら、その可能性の先にあり得る事を思考する。今すぐにしたとしても、遅れた対応の形になるのは避けられないけど……それでも、その可能性が現実のものとなった時、それが完全に手遅れになってしまわないように。

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