双極の理創造   作:シモツキ

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第二話 一人目の驚愕

魔物に襲われた俺の前に現れた、藍色の髪の少女。片腕を斬り飛ばされ、怒りと驚きで唸り声をあげている魔物を相手に、少女は大槍と光の翼を携え正対している。

普通ならここから少女と魔物の戦いが始まって、それなりに攻防戦を繰り広げた挙句少女が勝って、その一部始終を見ていた俺が驚き冷めやらぬまま少女に質問し、少女はそれに答えて……的な展開になるのが一般的なのだろう。…いや魔物に襲われてる時点で一般的もなにもないんだろうが。

それはさておき、まぁそれがよくあるパターンって奴だ。だが俺は、俺の場合は違う。色々と知っているからこそ戦闘終了よりずっと前に状況理解が追い付くし…知っているからこそ、知らない奴以上に疑問が浮かぶ。そして多分俺は若干冷静さを失っていたんだろう、正に激突という雰囲気の中で口を開いてしまう。

 

「お、お前…どうして……」

「あぁうん、驚くのは分かるわ。でもまずはこいつを…」

「…霊装者、だって言うのか……?」

「……っ!?…何で、その名前を……」

「いや、それよりも…どうして俺が狙われてるんだよ。一般人を狙う様な下級には見えねぇし、俺は霊装者でもその潜在能力者でもない筈だろ…?」

「…待ちなさいよ…あんた、霊装者って単語だけじゃなくて、魔物やその他の事まで知ってるって言うの?一般人でしょ!?どうしてそれを…!」

「だったらそりゃ俺が普通の一般人じゃねぇって事しかないだろ!俺だっていっぱいいっぱいなんだから、質問に質問返すなよ!」

「こっちだって想定外の事言われて驚いてんのよ!ほんとにあんたは何者……」

「うおぉっ!?ちょっ、前々!」

「んなぁ……ッ!?」

 

なんだか軽い言い争いみたいになってしまった俺と少女だが……魔物は「あらあら仲良いですねぇ」とか言って話がつくまで待ってくれる訳がない。四足歩行から二足歩行に切り替えた魔物の一撃を辛うじて反応した少女が防御したものの、あわや二人まとめてお陀仏になるところだった。

 

「あっぶねぇ…気を付けろよな…」

「誰のせいだと思ってるのよ馬鹿ッ!」

「ですよねっ!」

 

突進してきた魔物を逸らすと同時に蹴飛ばしてきた少女と、蹴飛ばされながら叫ぶ俺。少女は手加減してたんだろうが…大概の能力者、異能使いの例に漏れず基礎能力も人外のそれだった少女の一撃を受けた俺は物の見事に数m吹っ飛んでアスファルトの地面に落ちる。こ、こいつ…骨折とかしたらどうする気だよ!?俺の自業自得ではあるけど!

 

「馬鹿はそこで寝てなさい!次は本気で蹴るわよ!」

「あ、はい…」

 

そう言いながら地を蹴り、翼をはためかせて魔物へと突っ込む少女の気迫に気圧されだよ俺は首肯した。この様子だとほんとに蹴ってくる可能性あるし…真面目な話、ふざけた真似して俺が怪我するなら自業自得で済むが、少女が怪我したら謝って済む話じゃなくなっちまうからな。

 

「ったく、幸先悪い…!」

 

迫る少女を切り裂こうとした魔物の爪を、少女は下段からの斬り上げで弾き返し、大槍の柄を軸にする様な動きで回し蹴り。その一撃で怯んだところに大槍での刺突を加え、次の瞬間にはそこから斬り上げつつ刃を引き抜く。

回し蹴り、刺突、刺さった状態からの斬り上げと続けざまに攻撃を受けた魔物は一瞬よろけたが、次の瞬間にはその目をギラリと輝かせ、刃物の様な牙で少女を噛み砕きにかかる。だが…魔物が顎を閉じた時、少女は魔物の前どころか視界にすらいなかった。

 

「……っ!おい!そいつの首か頭を狙え!そのタイプの魔物の弱点は動物なんかと大体一緒だ!」

「だからなんで知ってんのよ!それとそんな事言われなくても分かってるわよ!」

 

俺が声を飛ばしたのは魔物の真上。魔物の攻撃が届くよりも先に飛翔した少女は魔物の直上を取り、地面と平行の状態から一気に魔物へ肉薄する。

構えた状態から突き出された大槍。本人の力に重ねて急降下の勢いも乗った刃の一撃は、俺の助言が関係してるのかどうかはさておき前傾姿勢だった魔物の首を正確に捉え、止まる事なく斬り裂き貫く。

ずぶり、という音を立てながら大槍を引き抜く少女。刃の横幅よりも魔物の首が太かったから首が落ちる…という事こそ無かったが、致命傷である事は間違いなかった。

 

「…いい腕してんだな」

「え……あんた腕フェチだったの?」

「違ぇよ!技量とか能力的な意味だよ!どうしてこの流れでそうなるんだよ!?」

「男は皆野獣だって…」

「お前の父親も男だろうが!お前は強か…アレな経緯の末に産まれたのかよ!」

「じょ、冗談よ…後人の家族関係貶すとか失礼ね…」

「それは貴女の冗談がきっかけですよねぇ!?」

「あ、貴方意外とノリ良いのね…そんな奴とは知らなかったわ…」

「ん?なんで俺の人間性を……」

 

知ってんだ?…そう聞こうとした。そう言おうと思っていた。だが、俺はそうは言わずに……彼女の大槍を、引ったくる。

 

「な……ッ!?」

「……ーーっ!」

 

目を見開く少女。そんな少女を無視して俺は駆け……立ち上がり、虚ろな目をしながらも少女に喰らいつこうとしていた魔物の顔を刺し貫く。

大槍を掴み、記憶を頼りに力を込めた瞬間何かが大槍へと流れる感覚が、魔物を貫いた瞬間肉が裂け骨が砕ける感覚が……酷く懐かしい、二つの感覚が腕にかかる。

 

「……一般人、じゃなかったんだな…」

「そんな…さっき私は、確かに殺した筈……」

「……殺した、筈?」

 

それだけは無い、と思っていた事が、他でも無い自分自身の手で証明されてしまった事で、俺は少しばかり感傷的な気分になる。…が、少女の信じられなそうな声を聞いた瞬間、そんな気持ちは吹っ飛んだ。

 

「筈、ってなんだよお前…筈もなにも、現にこいつは生きてただろうが!一矢報いる位の力は残ってただろうが!」

「な、なによ急に…私はこれまでに何度も魔物を屠ってきたのよ!絶対とは言わないわ、でも十分な推測が出来る位の知識も経験もあるの!筈って思う事の何が悪いのよ!」

「現実を見ろって言ってんだよ!お前の知識も経験も知らねぇが、今この場においてはまだ生きてた!違うか!?」

「……っ…あぁ悪かったわね!確かに私が倒し損ねたらあんたに危害が加わるかもしれないものね!筈とか言っててすいませんでし--------」

「お前が死ぬかもしれなかっただろッ!」

「え……っ?」

「あいつはお前を狙ってたんだよ!俺がこっち側だったから良かったものの、そうじゃなきゃお前噛み砕かれてたところだったんだぞ!?お前、死んでも『筈』なんて言ってられんのかよ!」

「…な、なによそれ……じゃあ、私の心配してキレたって言うの…?」

「……っ…目の前で敵でもない奴が死ぬのは嫌なだけだ、勘違いすんな…」

 

なにか気まずくなって、目を伏せる。

自分でも意外だった。こんなあからさまにキレるなんて、自分でも思ってもみなかった。平和な、そこそこ楽しい日々が十何年間続いていたからか…とにかく、俺はさっき出会ったばかり(と思われる)少女に思い切りキレてしまった。しかも少女も少女で自分の為に怒ってくれたと知って、言い返すに言い返せない…といった雰囲気のまま。それが余計気まずさを増す結果を招いて、それに耐えきれなくなった俺はつい、妙な方法で話を進めてしまう。

 

「……まぁいい…それより…お前は何者で、何をどこまで知ってるんだ」

「…訊くなら訊くで、一つずつにしなさ……」

「一応言っとくが、今立場が上なのは…俺だ」

 

少女が言いかけた文句。それを止めたのは、俺が少女の喉元に突きつけた大槍だった。…危機を救ってくれた相手にこんな事をするのは気持ちのいいものじゃないが…さっきの事でちょっと荒っぽい気分になっていた事、そして驚きに次ぐ驚きで精神的に余裕が無くなっていた事が災いして、ついこんな態度を取ってしまった。そんな俺がこの行動を後悔したのは……少女が少し表情を緩めた、その数秒後だった。

 

「…あーはいはい分かったわ。今の私は貴方に下手な事言えない立場ね。それは分かったから、一つだけ言わせてもらえないかしら?」

「…なんだよ」

「確かに貴方は只者じゃないみたいだし、私にも迂闊な点があった。けど……ついさっきまで一般人やってた奴が、図に乗るんじゃないわよッ!」

「へ……!?」

 

少女が声を荒げた瞬間、足に衝撃が走り宙に浮く。次の瞬間には大槍を奪い返され、俺が足払いを喰らったんだと気付いた時にはアスファルトに頭を打ち付ける事となり…更には奪い返されてしまった大槍を喉元に突きつけられていた。……完全に立場逆転である。

 

「…さて、今立場が上なのはどっちかしら?」

「……貴女です、はい…」

 

 

 

 

「…予言の固有術者?」

 

俺が地面に這い蹲る事となってから十数分後、俺達は近くの公園まで移動しベンチに腰掛けながら話をしていた。

 

「そう、霊装者の中には固有の力を持ってる人が極稀にいるのよ。それは知ってるんじゃない?」

「あぁ知ってるよ、で…その予言者が俺が襲われる事を予言したって事か?」

「いいえ、確かに今日、二人の特定の人物が襲われるって予言はあったけど…別に誰かとは特定されてなかったわ。それと、この予言は二年前に出されたものなのよ?」

「随分前だな…ん?二人?」

「そう二人。もう一人には別の人が向かってるわ、あっちは楽でしょうね…」

「面倒な方で悪かったな…」

 

もう一人がどんな奴かは知らないが、まぁ俺より楽なのは絶対だろうな…と俺は思う。人間性云々はともかく、俺は色々と要素が厄介過ぎる。

 

「それじゃ、質問はもういいかしら?いいなら今度はこっちが聞きたいんだけど」

「いや、もう一ついいか?多分それはお前の訊きたい事にも関連する事だ」

「…いいわ、何?」

「……時宮宗元、って人物に心当たりは?」

 

その名前を聞いた瞬間、少女はまたも驚きの表情を見せた。俺はもう慣れっこだったが…少女も少女でいい加減いちいち驚いてたらキリがないと思ったのか、軽く頭をかいて頷いた。

 

「…ほんと恐ろしい位知ってるわね……えぇ心当たりあるわ、ありまくりよ」

「ありまくり?」

「ありまくるわ。だって…その人は私の祖父だもの」

「……マジで?」

「マジよ?」

 

少女の顔は、嘘を吐いている様には見えなかった。ここでこんな嘘を吐くのも不自然だし…見たところ十代後半の少女の祖父をしているのであれば、俺の知識や記憶からの計算とも合致する。それに何より……

 

「…天之瓊矛を使ってる時点で、あの人の血縁者である事はほぼ確定だもんな……」

「げっ……私の槍の名前まで知ってる訳…?」

「げってお前…知ってるから口に出したんだよ…」

「…じゃあ、そろそろ私が質問してもいい?」

「あいよ、好きに訊きな」

「……貴方は…一体、何者なの?」

 

軽く腰を上げ、佇まいを正して座り直した少女。彼女の顔は真剣そのもの。俺は色々と質問に答えてもらった事だし…と思い、じっくりと回答を考えた末に、口を開く。

 

「そうさな……詳しく説明すると長くなるが、分かり易く言えば…」

「言えば……?」

「……大戦の末、戦場しか知らなかった俺は、殺し殺され憎み憎まれの溢れる今じゃなく、普通で安穏な日々を夢見た結果現代に転生した…って感じだな」

「…………」

「…………」

「……貴方は、一体何者なの?」

「え…いやだから、戦いしか知らない今ではなく、普通でも幸せな日々を望んだ事で転生したんだって」

「…………」

「…………」

「……貴方は、一体何者「聞こえてるよ!?質問はちゃんと聞こえてるよ!?聞き違えての回答はしてねぇって!ここは信じろよ!内容がトンデモなのは自負してるから、言葉のキャッチボールが成立してる事自体は信じろよ!」……えぇー…」

 

すぐには信じてもらえないだろう…とは思っていたが、不信具合は相当なものだった。こりゃまた厄介だな…。

 

「…ええ、と…じゃ、霊装者だった前世の記憶を引き継いでるから色々知ってるんだ、と?」

「お、分かってくれたか」

「言ってる事の理解は出来たわ、98%嘘だと思ってるけどね」

「信用度2%なのか…んじゃあ宗元さん…お前のお祖父さんにこの話してみろよ、昔の仲間に俺に該当する人物がいたって言う筈だからよ」

「…もしお祖父様がそんなの知らないって言ったら一生貴方を信用しないわよ?」

「残りの2%まで無くなるのか…ま、とにかく聞いてみな」

 

それで確証が取れればまたコンタクトを取ってくるだろうし、取れなきゃもう俺に愛想尽かすだろうと考え俺は立ち上がる。真っ直ぐ家に帰るつもりがもう大分時間経ってしまった。あーあ、こうなると流石にあいつも怒るかな……

 

「いや、どこ行くつもりよ」

 

残念、まだ少女は帰してくれない様子だった。

 

「どこって…家だよ家、良い子は暗くなったら帰るもんだ」

「貴方然程良い子じゃないしだとしてももうそんな年齢じゃないでしょ」

「はいはい…んでなんで引き止めるんだよ。俺についてはお祖父さんに訊いた方が早いぞ?」

「そうかもね。でも私は貴方を連れてかなきゃいけないのよ。霊装者とその周りの人物の安全確保は重要だし、何より貴方は予言された人間だもの」

「…拒否権は?」

「拒否権?無力なまままた襲われてもいいなら、友達や家族がそれに巻き込まれてもいいなら拒否すればいいんじゃない?」

 

俺と同じく立ち上がり、上から目線(背丈の関係で物理的には下からだが)でそんな事を言う少女。こいつ、拒否権与えないつもりだな…てかここで「それでいいぞ?」とか言ったらどんな反応するんだろうか…なんて思ったが、言ってる事は至極真っ当なので俺は反論を飲み込む。

 

「…わーったよ、行くよ。けど、その前に家に寄らせてくれ」

「家?早ければ日が変わる前に帰れるんだから、電話かなにか入れとくだけでいいわよ」

「そうはいかないんだよ、妹が心配する」

「妹って…そりゃまた仲良いのね」

「仲良いさ…なんせ、両親が死んじまって今肉親はあいつしかいないからな」

「……!」

 

少女がはっとした表情を浮かべてるうちに俺は歩き出す。こういう事はもう少しオブラートに包んだ表現をすべきなんだろうが…俺はそういうの苦手なんだよな。とはいえ、なんとかマシにしたいものだ…。

数秒後、俺に着いてくる少女。少女はちょっと済まなそうな様子だった。

 

「…その、悪かったわね…それについては私が軽率だったわ…」

「気にすんな、漫画とかでよくこのパターンはあるが…知らない事に気を使うなんて無理に決まってんだからな。第一、今日初めて会った相手に知られてたらそっちの方が怖い」

「……今日初めて会った?」

「ん?なんか変な事言ったか?」

 

どこか妙だったのか、怪訝な顔をする少女。あれ、俺はこいつと会った事あったか…?

 

「…さっきからまさかとは思ってたけど…私の事、初対面だと思ってる?」

「そう、だが…?」

「……私の苗字、聞き覚えない?」

「苗字って…そりゃ時宮だろ?聞き覚えなんて宗元さんの事以外……」

「…………」

「……え、お前もしかしてトンデモ美少女の片割れ?」

「はぁ…やっぱり分かってなかったのね。そうよ私が…って誰がトンデモ美少女よ!」

「あ、いや、すまん!ええと、時宮…ひ…ひ……」

「時宮妃乃!普段接する事ないし名前覚えてないのは仕方ないけど、顔位は覚えてなさいよね!」

 

という訳で、少女…もとい時宮がクラスメイトであった事と彼女の名前を正確に知る事となった俺だった。……俺の名前は、多分ちゃんと知ってるんだろうな。

 

 

 

 

二年前、千嵜家の両親はとある事故で死んだ。幸い両親共に保険に入っていたから結構な額の保険金が下りた訳だが…当時中学生だった二人兄妹(現在も未成年ではあるが)が、そのまま実家で暮らすのはまあまず不可能。生活能力云々以前に、社会がそれを許可する訳がない。

……のだが、うちの場合は許可されてしまった。と言っても、別に理由がないなんて事はない。元々ちょいちょい交流してた親戚の家が比較的近く(車ならすぐ、自転車や徒歩など学生に取れる手段でも往来可能)におり、その親戚が保護者としての役目を請け負ってくれると言ったのだった。それならば俺達兄妹は実家で済む事が出来、保護者が必要となればすぐ頼る事が出来る。一応これで社会的な言い訳は出来た事になり、うちの関係者の内半分位は納得してくれた。で、残り半分を納得させたのは…俺達兄妹だった。

断固として家族の思い出が残る家から離れる事に頷かない妹と、全力でその意思を尊重したいと意思表明した俺。勿論そんなのは子供の我が儘で、我が儘が通るレベルの事では無かったが…俺の子供とは思えない意志の強さ、そして…無理に家から離そうものなら精神疾患を患ってしまうのでは、と周りに思わせる程不安定になってしまっていた妹の精神に関係者が折れ、俺達は実家で住み続ける事となった。……元々は可もなく不可もない、普通の兄妹だった俺達が、家族として互いを本気で大切にし始めたのは、それからだったかな…。

 

「ただいまー」

 

努めて普段通りの様子を取りながら、玄関の扉を開いて家へと入る。この時時宮には、やる事済ませたらすぐ出てくる…という約束で、外で待っていてもらっていた。…思春期の男女として、家に上げる(上がる)のは避けたかったしな。

 

「やっと帰ってきた……お兄ちゃん、連絡もなしにどこほっつき歩いてたの!?」

「すまんすまん、ちょっと…いや大分野暮用があったもんでな」

「大分?…なにか不味い事でもあったの?」

 

怒り顔が俺の言い訳を聞いた瞬間、表情が心配そうなものへと変わった、鮮やかな橙髪ワンサイドアップ少女、千嵜緋奈。我が可愛い妹その人である。

 

「まぁな。でも心配すんな、一番不味い事はもう済んだ後だ」

「そうなの?何かあるならわたしに相談してよ?家族なんだから」

「分かってるよ。それより夕飯遅くなって悪かったな、すぐ作るから待ってろ」

 

追求を逃れる意図もあって、いそいそと廊下からリビングへ向かう俺。この時俺は何か言いたげな緋奈を流してしまった訳だが…言いたい事については、すぐ判明した。

 

「……おおっと、先に作ってたか…」

「うん。お兄ちゃん遅いから、わたしが代わりに作っておいてあげたよ?」

 

リビングの食卓に載っていたのは二人分の炒飯とコンソメスープ。ふふん、と『デキる妹』評価間違いなし!…って感じな笑顔を浮かべている緋奈の頭にぽんぽんと手を置きつつ…俺は心の中で冷や汗をかく。

 

(だからさっさと帰りたかったんだよ…!)

 

俺がこんな反応をしている時点でもうお分かりだろう。我が妹、千嵜緋奈は料理が出来ない…いや、下手だ。劇薬だとかそもそも料理の姿をしてないとかのレベルではないから生命の危機こそないが…不味い事がほぼ確定してる料理を食べるというのは、中々に勇気がいる。

 

「ね、お兄ちゃん早く食べよ?」

「そ、そうだな…よし、手を洗ってくるからちょっと待ってろ…」

 

本人としては至極本気で作っている為、いかんせん食事拒否はし辛い。そして本人に「お前の料理は不味いんだ」と伝えるのはもっとし辛い。となればもう食べるしかなく、俺は手洗いうがいのついでに深呼吸もして覚悟を決める。……いやほんとヤバいレベルではないからな?殺人料理メーカーとかあだ名付けたらそいつを俺がぶっ飛ばすからな?

 

「…着替えは後でいいの?」

「そうだなぁ…まあ後でいいや、冷めたら料理がもっと…もとい、美味しい料理が不味くなっちまうだろ?」

「……?…うん、それじゃ頂きます」

「頂きます」

 

リビングへ戻ってきた俺はスプーンを手に取り、炒飯を一口口に運ぶ。口に入れ、咀嚼し、飲み込む。…うむ、しょっぱいし脂っこいし若干野菜が硬い。あー……不味いな、はぁ…。

 

「うーん…やっぱりお兄ちゃん程は上手く出来ないね、わたし…」

「いや、悪くない味だと思うぞ」

 

本人としては理想に届いてない様子だったが…つい俺は嘘吐いてフォローしてしまう。すると緋奈は「そうなのかな?…うん、そうかも」みたいな感じで納得してしまう為、料理改善に遠ざかってしまう。……って、俺が責任の一端なのか…でも緋奈は真面目に作ってんだよ、真面目にやってる奴に水差すのは嫌なんだよ…。

 

「あ、さっき配達物何か届いてたよ?」

「そうか、通販ってほんと便利だよな」

「わたしは店頭行ってのショッピングも好きだけどね。…で、何買ったの?」

「それは言えん」

「え、なんで…」

「なんでも何も、言えんものは言えん」

「何それ…まぁ、いいけど……」

 

今日のなんて事ない出来事に花を咲かせる。夕飯を食しながら、途中でテレビを点けて話しながら見る。

特筆する事なんて味以外ほぼない、千嵜家の夕飯。でも、そんな日常が……特に今日みたいなどうしようもないレベルの事があった日は、尚更緋奈との関わりが俺の心の清涼剤となる。あぁ、ほんと俺は妹に恵まれたよな。さ、今日あった事はもう仕方ないんだ。それはそれとして割り切って、明日からまた頑張--------

 

「遅ぉぉぉぉぉぉおおおおおおいっ!!」

 

……あ、忘れてた…。

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