魔王と魔人の単独捜索を妃乃が始めてから一週間。妃乃はともすれば面倒になってしまいそうな報告メールを一度も欠かさずに行い、捜索を入れた分疲労は増えている筈にも関わらず家でも学校でもこれまで通りの生活を続けていた。
「そぉぉぉぉいッ!」
魔物へと突き刺した直刀を両手で持ち、走りながら斬り裂いていく俺。デカい蛇の様な魔物は苦悶の奇声を上げながら尾を振り上げ、鋭利な先端を俺へと向けてくるが、妃乃の放った飛翔する斬撃に弾かれ尾の向きは明後日の方向に。その間にも斬り裂く事を続けた俺は、魔物の右側面を凡そ七割程斬ったところで直刀を振り抜く。
「魔物の二枚おろし…なんて、な!」
「あら悠弥、魔物を食べたいなんてワイルドね」
「別に食いたい訳じゃねぇよ、冗談だ冗談」
今相手にしている魔物を侮ってる訳でも、自身の力に慢心している訳でもないが…俺も妃乃も緊張はしていない。何せ俺達とこの魔物とじゃ圧倒的な戦力差があるのだから。特に焦る事なく落ち着いて倒せる様な相手だから。勿論、よっぽどの油断でもすれば逆にやられる可能性もあるが…それはバイクや自動車を運転するのと同じ。運転に慣れた奴が事故るんじゃないか、それで死ぬんじゃないかと毎回ビビってたりはしないのと同じ様なものさ。……まぁ、俺はどっちも運転した事ないが。
「あそう。じゃ、一気に片を付けるわよ!」
「あいよ…!」
自身の身体を深々と、それも七割前後斬られれば魔物であっても平然としていられる訳がなく、魔物はその場でのたうち回る。そんな中妃乃は魔物の頭部へ狙いを定め、空中からの突撃で狙い違わず魔物の頭を串刺しにする。更に頭を貫かれて動きが鈍った瞬間魔物へと飛び乗った俺は、首と思われる部位へと直刀を一刺し。頭と首を立て続けに刺された魔物はその場で痙攣し……生き絶えた。
「ふぅ…外見程は強くなかったわね。巨大な蛇って大概創作じゃかなり強い部類の存在として描かれるのに」
「あー、確かドラゴンも蛇がモチーフなんだよな?てか、だったとしたらむしろ幸運じゃね?アホみたいな強さだったら困るのはこっちなんだからよ」
「そんな事は私も分かってるわよ。ちょっと想像が外れたってだけ」
地に伏した魔物を駄弁りながらも注意深く見ていた俺と妃乃だったが、魔物は動く事なくそのまま消えていく。これは魔王も魔人も倒せていないのだから、倒した筈の魔物が最後の反撃を仕掛けてくるという事がまたあるかもしれないと考えての行動だったが…今回は取り越し苦労だった。苦労っつっても見ていただけだが。
「これで討伐終了、っと。狩りゲーとかRPGのクエストみたいに倒したら報酬が貰える、って規則が出来てほしいなぁ…」
「協会は依頼の仲介組織じゃないっての。代わりに給料が出るんだからそれで我慢しなさい」
「…ごめんな、緋奈…兄ちゃんの会社が安月給なばっかりに、美味しいもんを食べさせてやれなくて…」
「凄いわねそのボケのデパート…」
一気に無理なく詰め込めるだけボケを詰め込んでみた結果、妃乃から帰ってきたのは予想以上にシンプルな突っ込みだった。言葉選びのセンスはいい感じだが…ここはもうちょいがっつり突っ込んでほしかったな…。
「…まぁいいや。んじゃ帰るとするか…」
「あ、私はこれから捜索に入るわ。今からじゃ帰るのは遅くなっちゃうだろうし、鍵は閉めておいて大丈夫よ」
「そうか、じゃあ渡しといた合鍵も一旦受け取っておこう」
「えぇ…ってそれじゃ私家に入れないじゃない!私を締め出したいの!?」
「ジョークだ、気にすんな。…つか、大丈夫なのか?然程苦労しなかったとはいえ疲労がない訳でもないだろ?」
俺はさっさと帰るつもりだったが、妃乃は例の捜索に入る様子。先週その事については話したんだから捜索そのものを止めるつもりはないが…懸念を伝える位はしたっていいよな。
「大丈夫よ、それに今日は軽く見回ってそれで終わりにするつもりだから」
「ならいいんだが…どうせ俺はまだ暫く寝ねぇし、寝るまでは玄関開けとくから早めに帰るようにしろよ?」
「ありがと、じゃあ私は行くとするわ」
「おう……あ、その前にもう一つだけいいか?」
「何よ、どこぞの刑事みたいな言い方して…」
「いや、今ちょっと思い出した事があってな…妃乃、もし本当に魔王を発見した場合はどうするんだ?」
「どう、って…前に言わなかった?協会に連絡して私は尾行をするって」
「そうじゃなくて、その後だよ。協会に連絡したとして…魔王を倒せるだけの戦力が用意出来るのか?」
飛ぼうとする妃乃を引き止め、問いを投げかける俺。見つけたのが魔人なら妃乃と増援とで何とかなるかもしれないが、魔王は妃乃と宮空の連携ですら凌いでしまうレベルの相手。双統殿所属の霊装者でこの二人クラスの実力者がいるのかどうかは怪しいところで、数を揃えるだけじゃ殆ど意味をなさない魔王に対して妃乃はどういう算段を立てているのか…俺が気になっていたのは、そういう事だった。
その俺の言葉を受け、妃乃はあぁ…と理解した様な声を漏らしつつ頷く。
「出来ると思うわよ?と言っても、国内の支部から霊装者を派遣してもらうって形になるけど」
「支部から派遣?…あー、そういや各地で支部があるんだったな…」
「支部全体で言えば私に追随出来る人も少しはいるし、その人達が来てくれれば倒せる可能性はあると思うわ」
「…到着するまで見失わずにいられるか?」
「どうかしらね。まぁでも見失いそうならこっちから仕掛ければいいのよ。倒すのは難しくても、時間稼ぎ位なら双統殿の戦力でも事足りると思うし」
事務関連にはほぼ参加せず、協会の組織図なんかちっとも知らない俺にとっては『協会=双統殿』というイメージが頭の中で出来上がっていたが……そうだよな、普通に考えたら日本全土を本部だけでカバーしてる訳がないんだよな…てか、思い返すと生まれ変わる前の俺も軍の組織図の事よく知らなかった気がする…俺の適当さは昔からか…。
「…何れにせよ、魔王見つけたら前同様相当な戦いになるのは必至だな…」
「当たり前よ、魔王なんて大仰な名称を付けられてる相手なんだから。あーあ、自然消滅でもしてくれないかしら」
「妃乃がそんな現実味の無い事言うなんて珍しいな」
「私だって偶には言うわよ。じゃ、今度こそ行くから」
そう言った妃乃は、今度こそ飛び立っていった。もし本当に一人で、日々の生活や霊装者としての任務の合間で姿をくらました魔王や魔人を見つけられのなら、俺は妃乃の事を本気で尊敬するが…まあ多分見つけられないだろう。そして、そんな事は妃乃だって分からない筈がないのだから……
「……責任感、ってやつかねぇ…」
時宮家の人間としての、魔人や魔王の影に早期から気付いた内の一人としての、あの戦いで仕留められなかった事への…そういう要素からくる責任感が、妃乃に捜索をさせているんじゃないかと俺は思う。不真面目な俺からすれば、そういう責任を感じ身を粉に出来る事自体は凄いと思うが……息苦しくないのか、ね…。
「……ま、湯でも沸かしておくかね…それか今は冷茶の方がいいかもな」
軽くポケットに手を突っ込み、家へと帰る為に歩き出す俺。妃乃の捜索について思う部分は勿論あるが、それは相談された時にもう考えて自分の中で決着をつけた話。それに結局のところ自分で選んだ言動の責任は自分自身にあるんだから、妃乃がそれでいいと思ってるならそれでいいじゃないか。俺は妃乃のクラスメイト兼同居人であって、親でも保護者でもないんだからな。
*
夜空を一人で飛ぶのは悪くない。夜の街を上から眺めると結構綺麗だし、普段周りが賑やかな分誰もいない静かな夜空は私の心に穏やかさを与えてくれるのだから。
「……この高度じゃ流石に厳しいわね…もう少し高度を下げないと…」
魔物を見つけたいなら探知を行うのが一番手っ取り早いけど…実力のある霊装者が自身の力を制御し探知から逃れる事が出来るように、魔王や魔人もまた殆どの場合探知に引っかかってくれる事はない。となれば探索は五感を使って行うしかなくて、私は人目を浴びる事のないよう気を付けながら高度を落としていく。
「…………」
住宅街、繁華街、工業地域に街外れの山。頭の中で思い浮かべていたルートに沿って、私は空中からの探索を続ける。今日も今日とてその収穫はなく、分かった事と言えば魔王や魔人が分かり易い場所に潜伏している可能性は限りなく低い、というだけの話。……でも、それでいい。
「…個人の成果より、全体の結果…ってね」
私の行いはあくまで私の自己判断であって、協会はきちんと部隊を編成して捜索に当たっている。任務として時間をかけて探している部隊がまだ見つけられていないんだから、何とか時間を捻出して探している私が目立った成果をあげられなくたって何らおかしな事はない。…それに、隠れたまま何のアクションも起こしていないのなら、それは存在していないのと変わらない。こうして私が探す事で、私の姿を見せる事で魔王や魔人への抑止力になれているのなら…この行為は、無駄なんかじゃないんだから。
「…にしても、無愛想なくせに私の事気にかけてくれるのよね、悠弥は……」
愛想がなくて、すぐふざけて、よく無茶苦茶な事言って、変なところで頑固な男、千嵜悠弥。初め自分の担当が悠弥になった事へは軽く恨みもしたし、悠弥よりずっとまともでしっかりしてそうな顕人の担当になった綾袮を羨みもした。…けど、日々同じ家で暮らす中で、色んな場所で言葉を交わす中で、最初は分からなかった悠弥の一面も見えるようになってきた。悪い部分が私の見当違いだったって事は今の所ないし、多分今後も撤回されないんだろうけど……今は、悠弥の担当になった事を悪くないって思えるようになった。
「……って、何考えてるのよ私…これじゃまるで私が悠弥を特別に思ってるみたいじゃない…あー、馬鹿らし…」
自分の思考が妙な方向にズレつつあった事に気付いた私は、頭を軽く振って思考を振り払う。確かに今の私は悠弥の事をただのクラスメイトだとか、ただの霊装者仲間程度の存在には思っていないけど…それはあくまで同居してたり一緒に何度も戦っていたりするから。特別云々を言うなら緋奈ちゃんだって私にとってはただの後輩だとは思ってないし…とにかく、悠弥だけが特別なんて事は無い。断じて無い。
「…一度気を取り直さないと…」
年齢=霊装者歴…とまでは言わないものの、生まれてこの方ずっと霊装者として生きてきたわたしにとって、探知や飛行なんて呼吸や走行をするみたいなもの。だから雑念があったところで見回り程度ならなんの問題もないんだけど…万が一魔人クラス以上の敵に強襲された場合、雑念の有無は生死に関係してしまう。ただでさえ私は死ねないってのに、死んだ理由がこんな事考えてたからとかになったら誰にも顔向け出来ないっての…。
と、いう事で私は一度近くのアパートの屋根へと着地。まずは一つ深呼吸をして、ついでに悠弥へ報告を送る。
「…出来れば魔王と相対する前に魔人を始末しておきたいところね…」
報告を送ってから一分程したところで、悠弥から返信が送られてくる。そこに打たれていたのは『了解』というたった二文字だけど、私の報告にしても悠弥の返信にしても重要なのは送る事であってその内容は正直どうでもいいんだから問題無し。そしてその返信を見る頃には思考も幾分か落ち着きを取り戻していたから、私は携帯をしまって再び空へと……
「……あら?あれって…」
…上がる直前、視界の端に見覚えのある人影を捉えた。その視界の端というのは、私が今いる屋根の上よりもずっと下。
「…ちょっと確かめようかしら…」
アパートの裏手側へと回った私は、翼を出さずにそこから落下。途中ちょっとした出っ張りや縁を掴んだり足を引っ掛けたりして適度に減速し、音を抑えて路上へ降り立つ。そうして私は道路に出て、先程見た人影……遠目に見てクラスメイトじゃないかと思った女の子へと近付いていく。
(人違いだったら恥ずかしいわね…)
小走りで近付く私の頭によぎるのは、全然違う人に声をかけてしまった時の恥ずかしさ。後ろ姿的には合ってると思うけど、やっぱりそれだけじゃ確信まではいかない訳で……だから私は後数歩、というところで口を開く。
「……凪子?」
凪子、というのは勿論私の思い浮かべているクラスメイトの名前。もしその通りなら反応する筈だし、そうじゃなくてもすぐ後ろで人を呼ぶ声が聞こえたという事で振り向いてくれれば私はその人の顔を確認する事が出来る。そうして顔を確認したら後は凪子なら話しかけて、違ったら別の人へ声をかけてるんだって顔して通り過ぎればいいんだから、これはシンプルながらも有用な手段よね。
……けど、その結果は私の望むどちらの結果にもならなかった。
(……あれ…?)
私に声をかけられた事に全く気付かない目の前の人。聞こえていなかったのかと思い、もう一度…今度はもう少し大きな声で声をかけてみるけれど、二度目も彼女は反応してくれない。となるとまずありそうなのは人違いだったってパターンだけど……それにしても、彼女の反応はおかしい気がする。例え他人だったとしても…真後ろから人の声が二度も聞こえてきているのに、微塵も反応しないなんて普通じゃない。
(イヤホンで音楽を聴いている…訳じゃないわよね。周りが騒がしいって事もないし、私もちゃんと声を出してる筈。…じゃあ、どうして……)
切っ掛けはただちょっと気になったというだけで、この人がクラスメイトなのかそうじゃないかは分からず終いでもなんの問題もない事だけど…こうなると誰なのかはっきりさせたくなるのが人ってもの。…理由は分からないけど、この様子じゃ単に声をかけただけじゃ同じ結果になるだけの可能性が高いわね…もし違う人なら少し恥をかく事になるけど、やっぱりここは一か八か肩に手を当ててみて……
「……あぅ!」
「はい…?」
……と、私が考えていたその時…目の前の人はすっ転んだ。それも、路上のちょっとした凹凸に引っかかって。
「……ちょ、ちょっと…大丈夫…?」
「痛た…あ、はい大丈夫です…ってその声…時宮さん…?」
「あ…何よ、やっぱり凪子じゃない…」
幼児か余所見中かでもなければ引っかかる筈もない場所で転んだ事に目を疑う私だったけど…目の前で転んだ人を無視するような事を私は出来ない。だから私はその人へ手を差し伸べようとして……名前を呼ばれた。
まさか呼ばれるとは思っていなかった私は、手を差し伸べかけたまま反射的にその人の顔へ目をやる。そうして期せずしてその人が誰なのかを確認した結果…その人がやはりクラスメイトであった事が判明した。
「…どうしてここに?」
「それはこっちの台詞よ、貴女声をかけても反応しないし…」
「え…声、かけてたの…?」
「かけてたけど?」
「そ、そうなんだ…ご、ごめんなさい時宮さん。私、ぼーっとしてて気付かなかった…」
「ぼ、ぼーっとって…女子高生が夜道でぼーっと歩くのは危ないわよ…」
夜道を一人で歩く時点で決して安全とは言えないのに、それに重ねてぼーっとしてたなんて流石にそれは不用心としか言いようがない。実際今転んだばっかりだし。……まぁ、これは危険の方向性がちょっと違うけど。
「だ、だよね…それで、そういう時宮さんは…?」
「私?私は…買い物よ。ちょっと用事があって、買いに行くのが遅くなっちゃったのよ」
「そう…えと、ご心配をおかけしました…」
「え、いや頭下げる必要はないわよ…?」
ぼーっとこそしていないものの、彼女から見れば私もまた夜道を一人で歩く女子高生。だから貴女こそ何をしていたの?…という旨の質問は安易に想像出来てたし、私は訊かれる前提で適当な理由を考えておいた。当然これは虚言に当たるけど…嘘も方便だものね。
「…まぁ、貴女がぼーっとしてたなら怪我する前に話しかけられてよかったわ。私はもう行くけど…大丈夫?」
「あ、うん。今度は気を付けるから。それじゃあお休みなさい」
「えぇ、じゃあね」
お互い何してたかが分かったところで(私の方は嘘だけど)解散する私達。数分程私は今いる場所周辺を歩き回り、頃合いを見計らって再び飛翔。探索行為を再開する。
「……とはいえ、これ以上は明日に響きそうね…」
探索は重要な事とはいえ、極力学業に悪影響は及ぼしたくないというのが私の本心。だから私は大きく一度旋回をし……それで、今回の探索は終わりにする事を決めた。
(…そういえば、学校でもぼーっとするって話を聞いたわね…)
私はその会話を聞いているだけだったけど…結構な時間ぼーっとしてしまう云々の話は、クラスでもちょっとした話題になっていた。その時は真偽は定かじゃなかったし、真剣に話してた訳でもないけど…こうして実際に目にすると、俄然本当なんじゃないか、なんて気持ちになってくる。
(…伝染病か何かなのかしら……)
発症した人間をぼーっとさせる伝染病、なんて意味不明だけど……そんなものはない、なんて断言出来る程私は伝染病について詳しくはない。それに世の中には霊装者や魔物なんていう非常識な存在だって実在してるんだから、安易にあり得ないなんて思うのは軽率よね。…まぁ、伝染病じゃない可能性だって十分あるんだけど。
そんな想像を膨らませている内に旋回も終わり、私は向きを千嵜家の方へ。さてと、悠弥は鍵開けて待っててくれてるらしいし、終わったんだからさっさと帰らないと……
「……ん?」
加速しようとした瞬間、視線の様なものを感じて首を回す私。……でも私がいるのは空中で、高度もそれなりなんだから視線なんか受ける筈がない。強いて言うならば鳥の視線があるかどうかって位で、地上から私の姿をきちんと見えているならそれはその時点で普通の人じゃない。
「……ちょっと疲れてたのかもね」
…だから、私はそれを気のせいだと結論付けて終わりにした。悠弥にも言われたけどこの探索は戦闘後すぐやっている事だし、自分では気付かない内に疲労で神経の感度が若干乱れてたっておかしくはない。どんなに実力があったって、戦い慣れしてたって…私だって、人間なんだから。
そう判断して、そのまま空路で私は帰宅。その後は視線も感じず、何も起こらず終いだったから……視線を感じた真の理由は、私が誰かに見られていたのかどうかは、分からないままだった。