「ここら辺で大体10㎞ちょい、ってとこか…?」
風を切りながら、空中を邁進する。霊力による飛行は走行と同じく、長距離移動においては全速力を出さない方が効率がいいものだが…急いでいる時にそんな事を考えていられない。数百㎞だとかそういうレベルで離れてるなら流石に効率の面も考えるが、20㎞にも満たない距離なら…急がば回れ、なんて考えらんねぇっての。
「ったく…帰ったら説教だな説教。ちょっと関係ない事もここぞとばかりに交えて叱ってやる」
別にふざけてる訳じゃない。望まない可能性を想像したって気が滅入るだけなんだから、無事終わらせた後の事を考えた方がずっと精神にはプラスになる、ってだけの事。あり得る事態を想定しておく事は大切だが、初めから悪い方ばっかり考えてたって仕方ないって話だ。
「…方角は合ってる筈なんだ…だから、俺の距離感が馬鹿になってなけりゃそろそろ……」
宗元さんが教えてくれたおかげで、大体掴めた妃乃の場所。けれどそれはあくまで『大体』であって、正確な位置が分かってる訳でもなければ、妃乃のいる施設や場所の名前がはっきりしてる訳でもない。つまり、ある程度まで来たらもう後は自身の探知能力に賭けるしかなく……今、天は俺に味方してくれた。
「……!これは…あのビルか…!」
妃乃の霊力を感じ取り、その方向にあったビルに向けて下降する俺。霊力を感じ取れた瞬間、俺の心には様々な感情が駆け巡る。
一つは、場所の特定が出来た事を素直に喜ぶ気持ち。一つは霊力を感じられる状態…要は生きてる事の証明がされた事に安心する気持ち。そしてもう一つが…妃乃は今、霊力を隠蔽していられない状況にある事への、危惧感。
「……なんだ?どうして戦闘音がしない…」
着地し、直刀を抜いてビルへと侵入したところで俺は静かな事に気付く。妃乃が霊力を露わにしている以上戦闘ないしはそれに準じる状況である事はほぼ間違いなく…しかし、それにしてはビル内が静か過ぎた。
(…心理戦でもしてんのか…?)
正面戦闘が起きているなら即増援に…と思っていたが、状況が妙となれば無策で動き回るのは悪手以外の何物でもないのだから、俺はスピードを落とし、潜入任務の様に慎重且つ音を立てずに進んでいく。…ゆっくりしていたら妃乃が危ないかもしれない?妃乃はそんな簡単にやられる奴じゃないし、妃乃が手こずってるなら尚更考えもなしには突撃出来ないんだよ。
「…………」
一階を調べきり、二階へ。二階も調べきり、三階へ。実のところ妃乃がいる階は予想がついているが、どこに伏兵がいるかは分からない。今更考えたって後の祭りだが…これなら千嵜や綾袮に協力を頼んで、索敵や援護をしてもらう方がよかったかもしれない。
(…そういう意味じゃ、俺も妃乃と似たようなもんだな…)
ミイラ取りがミイラになるじゃないが、これじゃ一人で何とかしようとした事について文句は言えない…というより人のふり見て我がふり直せになってしまう。妃乃がどういう意図で黙っていたのかにもよるが…行動としちゃ、変わらないんだから。
(…案外俺と妃乃は似てるのか?……いや、んな訳ないか)
俺みたいなしょうもない人間と、真面目で責任感の強い妃乃が似てるなんてとても思えない。偶々一部似てるところがあっただけで、俺と妃乃は全然違うタイプの人間だよな。
そんな事を思っている間も俺は歩みを進め、遂に妃乃がいるであろう階に到着。霊力を感じられる最奥へと目を向ける。
「鬼が出るか蛇が出るか…まぁ何にせよ、やる事は一つだ」
直刀を握り直し、周囲への警戒を怠らないようにしながら奥の部屋へと向かう。同じ階に来ても尚戦闘の音は聞こえず、ここまで来ると不可解を超えて最早不気味。…けど、だからなんだってんだ。魔物と戦う時はいつも命懸けで、魔物なんて存在そのものが不気味なんだから…いつもの通りに戦って、いつもの通りに帰る…それでいいじゃねぇか。
扉の前で一度止まり、ドアノブを掴み、また一瞬だけ止まり……一息で扉を開け放つ。そして……
「────は?」
俺が目にしたのは、四人の女性と椅子に座る男……それに、魔人を前に床へへたり込む妃乃の姿だった。
*
「おい、おいおいおい…どういう事だよ、こりゃ……」
目の前の光景が信じられず、思った事をそのまま口に出してしまう。椅子に座っている男は恐らく魔人で、知性を持つ魔人を目の前にして動揺を露わにするのは賢い行動じゃないが…今はそんな事まで気が回らない。妃乃が、へたり込んでいる。現代の霊装者の中でも別格の力を持ち、魔人ですら単独で倒してしまいかねない妃乃が、屈服したかのような姿を見せている事は……それ程までに、信じられなかった。
「……っ…悠、弥…?」
「やぁ、少年。日に二度も来客があるとは驚きだよ」
落ち着いた様子で歓迎らしき言葉を口にする魔人。だがぶっちゃけ魔人の方はどうだっていい。どうせ倒す魔人と、同居している恩人なら、どっちが重要かは考えるまでもない。
妃乃は、俺の言葉に気付いたようにぎこちなく振り返ってきた。その妃乃の顔に浮かんでいるのは、驚きの表情と、隠す事も出来ない屈辱感。そんな顔を見るのは……間違いなく、今が初めての事。
「……テメェ…妃乃に何しやがった…」
「すぐに疑うのは頂けないね。彼女が私に惚れたとは思わないのかい?」
「抜かせ、妃乃の表情のどこ見りゃそんな発想が出てくるんだよ。てか、テメェみたいないけすかない野郎になびくかっての」
魔人を睨み付け、吐き捨てるようにそう口にする。妃乃の下へは駆け寄らない。妃乃を陥れたであろう魔人を相手に、そんなあからさまに隙を見せる様な行為、出来る訳がない。
「それは心外だ。けれど、怒りはしないよ。そんな安い挑発に乗るのは君達人間位のものだからね」
「挑発?いやいや違ぇよ、テメェがいけすかない野郎だってのは一目瞭然だし」
「相手がいけすかなく見えるのはお互い様さ。…それで、どうする気だい?このお嬢さんより明らかに能力の劣る君が、戦おうと言うのかい?」
足を組み直し、体裁を取り繕おうとする気持ちが欠片もないが如く嘲る魔人の言葉は、不快以外の何物でもない。挑発してんのはどっちだよ…。
「妃乃より劣る、ね…否定はしねぇが、テメェこそどうなんだよ?正面から戦って勝ったならその通りだが、大方卑怯な手段を使ったんじゃねぇのか?」
「卑怯、か…それは敗者の言葉だよ、少年。策を弄する事、長所短所を分析し的確に手を打つ事、より重要な事柄の為に瑣末な事柄を切り捨てる事…そういう戦術、戦略を理解出来ない輩が卑怯などという言葉を使うんだ。曲がりなりにもここへ辿り着けた君なら、それ位は分かるだろう?」
「勝手な都合だな。卑怯を敗者の言葉だってんなら、テメェの弁は強者の傲慢だ。それも、自称強者のな」
俺に対して評価をしているのか、評価している風の侮辱なのか。ただ…否定こそしたものの、魔人の言葉がまるっきり間違っているとは思えない自分もいた。
敗北を認められず、「正々堂々戦えていれば…」とさも自分が不利な状況に置かれていたかのように語る奴は、確かにいる。本来戦いというのは真剣勝負であり、自分が有利に相手が不利になる状況作りを行うのも戦術の一環であり、そういう意味で言えば卑怯は『負けた側の言い訳』になるのだから。……けど、卑怯は敗者だけが使う言葉じゃない。言い訳かどうかは別として…卑怯な手段というのは、これもまた確かに存在する。
「……なら、君は戦うと?」
「当然だ。俺が散歩してたら偶々ここを見つけたとでも思ってんのか」
「それもそうだね。ならば……」
「……駄目、よ…悠弥…!」
組んでいた足を解き、立ち上がろうとした魔人。その動きを止めたのは……妃乃の発した声だった。
「こいつは、魔人よ…貴方一人で、敵う相手じゃない…!」
「妃乃…確かにそうかもしれねぇけどよ、だったらこのまま退けって言うのか?…俺は嫌だね、そんな見捨てるような事…」
「勝つ為に、退くのよ…!ここで貴方までやられたら、それこそお終いなんだから…!」
「……っ…だとしても、それじゃ…」
「…私は、大丈夫だから…見ての通り、身体は何ともないから……だからお願い、悠弥は一度退いて…綾袮に、皆に伝えて…こいつの、力は……」
「おっと、勝手に話そうとするのはいけないよ。…能力を知らせるなら、自分の口で言うか戦いの中で見せるかじゃなきゃ興醒めじゃないか」
何かに縛られている、或いは押さえつけられているかのようなぎこちない動きで、それでも必死に妃乃は言葉を紡ぐ。その様子は真剣そのもので、皮肉を言葉に混ぜつつも内心ヒートアップしそうになっていた俺の心は一気に鎮火。……だが、妃乃が言い切る前に、その口は魔人の手によって塞がれた。
「無粋な事は慎んでほしいね、お嬢さん。…このまま鼻まで塞がれたくはないだろう?」
「……っ…ふぅぅ…ッ!」
「テメェ……!」
「いやいや冗談だよ、そんな事はしないさ。…するにしても、指を噛みちぎられてはたまらないからね」
「ぷはっ…この、下衆が……ッ!」
「そんな格好で言っても情けないだけだよ。…君はこの私に傷を付けたんだ、品のない姿は私に見せないでほしいな」
手を離した魔人は、妃乃の殺意が篭った視線を軽く受け流し、ゆっくりと立ち上がる。そして魔人が立ったところで気付く。魔人の身体に、生々しい傷があった事に。それは、座っている時は膝の上に乗せた両の手で、妃乃の口を塞いでいた時は自身の身体で作った影で、それぞれ隠されていたのだった。
「…窮鼠猫を噛む、と言うのかな?あの時は流石に私も焦ったよ。まさかあそこまで速いとは思っていなかったからね」
「今だって、身体が動けば…すぐにでももう一撃入れてやるわよ…!」
「それは恐ろしいね、勘弁してほしいよ。…っと、すまない少年。客全員を楽しませてこその主人だと言うのに、君に伝わらない話をしてしまったね」
「ほざけよ。…それよりさっき、能力を知らせるなら自分でとか言ってたよな?だったら話してもらおうじゃねぇか」
「ふむ…では、少年の要望に応えて話そうか。私とお嬢さんがどのようにして戦ったのかを。そして…どのようにして私がお嬢さんを下したのかを、ね」
両手を広げ、演者の如く芝居掛かった動きで魔人は語り出す。演目の様に、己が武勇伝を誇るかの様に。
「それでは皆様、ご静聴を──」
*
魔人の胴を強かに斬りつけた私の大槍。私が笑みを、魔人が驚愕の表情を浮かべる中、私の得物はトドメを刺さんと次なる一撃に走り……刃は空を斬った。
「ちっ、魔人なだけあって切り替えは早いわね…」
刃が届く一瞬前に後方へ跳んだ事により、魔人は辛うじて回避していた。……本当に、紙一重で。
「…けど、まずは一撃もらったわ」
「……やってくれたね…人間の分際で、この私に…」
傷口に触れ、手へ付着した血を見て……魔人は言った。それまでの無意識からくるものではなく、意識的且つ明白な悪意…それに殺意の篭った言葉を。流石にその悪意と殺意は魔人が発しているだけはあって、軽く流せるものではなかったけど…それよりも今は、魔人の不快な態度を引き剥がす事が出来たという成果の方が大きく感じられた。だって態度が崩れたって事はつまり、魔人から余裕が無くなったって事だもの。
「人間の分際、ね…あんたが人をどう思おうが勝手にすればいいけど、今の発言はその存在に傷付けられたあんた自身も卑下している事になるわよ?」
「…少し黙っていてくれないかな…今は君の戯言に構ってあげる気分じゃないんだ…」
「あ、そう。だったら黙って仕留めるとするわ」
会話する気無しなんて、さっきとは立場が逆ね…と思いつつ、再度距離を詰める私。即座に私へ放たれた蹴りを避けつつ、首筋を狙って天之瓊矛を振るったけど、それは靄を纏った魔人の左腕で防がれる。
私が距離を詰めて攻め、魔人が距離を取りつつ防御する。攻勢の私と守勢の魔人という構図は初撃を私が与えた時点でもう決まっていたようなもので、魔人の迎撃はまるで私に当たらない。
(手負いの動きとしては、まずまずってところね…)
万全な状態は分からないとして、今の状態の動きは前の魔人に対して格段に劣っている。胴に一撃受けた身体で私の連撃を凌ぐ実力は侮れないけど、逆に言えば侮りさえしなければ勝機は十分にある。それに、侮ってしまう可能性もゼロと言って差し支えない。だって…人間を侮った結果、先制攻撃を受けてしまったいい例が目の前にいるんだもの。
「ぐ……よかったね、お嬢さん…もし幸運の一発がなければ、君はきっとまともに戦えていなかった筈さ…」
「運がなかったわね、魔人。もし不運の一発がなければ、あんたはもう少しまともな動きが出来ていたかもしれないわ」
魔人の傷を軽く押さえながらの皮肉。それを私が立場だけを変えてそっくり返すと、魔人の表情は不愉快そうに歪んだ。そこにさっきまでの余裕と無意識からの嘲笑は…もう無い。
「不運?…あぁそうだね、全く今日は運が無……」
「……けど、運を引き寄せるのも実力の内よッ!」
霊力の刃による斬撃を投射。それは靄を纏った魔人の手で握り潰されるものの、今のは端から注意を引くのが目的。放つと同時にフルスピードで側面へと回り込み、振り被った天之瓊矛で一閃……と見せかけて、石突きで刺突。それは真剣白刃取りが如き挟み込みで止められたけど…代わりに振り出した脚の爪先を腰へと打ち込む事に成功した。
よろめいた魔人へ向けて、私は更なる追撃。得物も、素手格闘も、翼も言葉も使えるものは全て使って、手負いの魔人を追い詰めていく。そして……
「……あんたはもう終わりよ、魔人」
後退の末に魔人は背中を壁にぶつけ、その衝撃で動きが止まった一瞬を突いて、私は刃を首元に向ける。刃と首との距離は僅か数㎝。私の勝利までは、後ワンアクションに迫っていた。
「…追い詰められたのは、私の策の内かもしれないよ?」
「だったら何?策の内だろうがそうじゃなかろうが、私はあんたを追い詰めて討つだけよ」
「…討ったとしても、そこにいる者達の支配は解けないかもしれない。それでもいいのかい?」
「それはないわね。一度支配すれば力の配給源が消えても永遠に、なんてレベルの力ならあんたはもっと見境なく人を支配下に置いてる筈だもの」
「……可愛げがないね、お嬢さんは」
「私は魔人に愛想を振りまくつもりはないのよ。残念だったわね」
トドメを迷わせようとする魔人の揺さぶりを軽く流し、一切の油断なく見据える私。それを見た魔人は私をじっくりと見つめ……はぁ、と溜め息を吐いた。
「…君を言葉で惑わすのは無理、か。……この実力は、認めるしかないみたいだね」
「それはどうも。どうせそっちはここで終わりだから意味ないけど、あんたは他人を認めるより自分の傲慢さを見つめ直した方がいいと思うわ」
「ご忠告痛み入るよ。…さて、これは人間の力が私一人では厳しいものだと認め、効率化ではなく必要不可欠な要素として人間の手を借りる事となるから使いたくはなかったが…こうなれば仕方ない」
残念…というより苦々しげな、不満を露わにした顔付きの魔人が言った、仕方ないという言葉。声音は先程の揺さぶりと同じ…けれど何か違うその言葉で、私は確信した。ハッタリではなく、奴は本当に奥の手を残していると。
(何を隠してるのか知らないけど、だったらその前に……!)
手をほんの少し後ろへ引く私。何故わざわざ後ろへ引いたかと言えば、それは靄による強化をされても尚突破出来るだけの勢いをつける為。…でも、その僅かな時間で魔人は……いや、魔人の策は動いていた。
「……っ!?これって……!」
同時に聞こえた四つの地を蹴る音。この場所で私と魔人以外に地を蹴る音を出せるのなんて……魔人に支配されている四人以外にあり得ない。
半ば反射的に私が後ろへ跳んだ次の瞬間、常人とは思えない速度で四人の女性が目の前を駆け抜けていく。それを見て、操られ拉致されるどころか戦いにすら駆り出される四人を見た私は…吠えた。
「どこまであんたはッ!性根が腐ってるのよッ!」
「なに、四人程度いつでも補充出来るよ」
「……ッ!殺す…ッ!」
戦闘中感情的になるのは、危険な事。それは重々承知だけど…今は激怒の衝動が理性を圧倒的に上回っていた。
全力の突貫で、魔人を討滅する。その意思の下私は翼を広げ、天之瓊矛の穂先を魔人に向け……その瞬間、魔人の顔は、ぐにゃりと笑みの形へ変わった。
「──私を気にしていて、いいのかい?」
「え?…な……ッ!?」
その声が耳に届く中、私の視界の端で跳ねた、女性の髪。操られているとはいえ所詮は普通の人達で、居ると意識さえしていれば何ら危惧する必要はない……そう思っていたのが、魔人は四人を『兵』として見ていると思っていたのが、不味かった。もしその勘違いがなければ、未然に防ぐ事が出来たのかもしれない。……四人の女性による、窓からの同時投身を……魔人による、四人への自殺指示を。
「さぁ、どうするお嬢さん。私を殺すか、それとも四人を殺……」
「──黙れッ!」
魔人に言葉を叩きつけ、私は四人が消えていった窓へと全力で飛翔。窓枠を翼で傷付けながらもビルの外へと躍り出て、落下する四人を救う為に急降下。
「殺させるもんですか…あんな屑に、誰一人……殺させやしないッ!」
下降しながら左へと曲がり、勢いそのままにまず二人を両手でキャッチ。その瞬間に二つの衝撃が腕に走り、私の軌道もブレるけど…そんな事は気にしていられない。
身体を捻り、翼をはためかせて大きく右へ。二人を落とさないよう腕に力を込めながら三人目の直上まで一気に距離を詰め、通り過ぎる流れの中で脚を絡めて彼女も掴む。
(後一人…絶対、間に合わせる……ッ!)
両脇に二人を、マジックハンドのアームのように脚で一人を掴んでいる私が飛ぶ姿は、きっと見るからに不恰好。でも、不恰好を晒すだけで全員を助けられるなら…こんなに割りのいい手段はない。
ビルは元々高層型ではなく、私も四人目も地面は眼前。おまけに手も脚も塞がっていて、翼もこの状況下で地面激突前に上手く包むなんて芸当が出来るようなものじゃない。だけど私が諦めてしまえば彼女は死んでしまう。魔人の思い通りになってしまう。それは、それだけは……この私が、許さないッ!
「……──ッ!ぁぁぁぁああぁぁああああッ!!」
砂煙を上げながら地表すれすれを飛び、フルスピードのまま身体を反転させ……地面と四人目の間にある、人一人分あるかどうかの隙間へと身体を滑り込ませる。そして……私の身体は、地面へ叩き付けられる。
「がはっ……!」
身体を女性と地面に挟み込まれ、落下の勢いを打ち付けられ、肺の中にあった空気が全て吐き出される。全員を地面直撃から逃がそうとした結果両腕両脚は女性の体重を丸ごと受け、四肢に痺れが走る。…………でも、
(全員、救えた…守る事が、出来た……っ!)
全身が痛む中、私の中にあるのは安心感と充実感。霊装者の私にとって人を守るのは当然の事で、その為ならば傷付いても本懐というもの。そう、霊装者の務めは人を助け、人に仇なす魔物を討つ事。だから後は、魔人を倒せば……
「──感謝するよ、お嬢さん。私の手の上で、素敵なワルツを踊ってくれた事をね」
「……っ!!」
……私が目を空へと向けた瞬間…そこには、魔人の手があった。その手に顔を握られ、身体の上に乗せた女性ごと私は片膝立ちの魔人に乗りかかられる。
「全く、愚かなものだね。あの時私への攻撃を止めなければ、恐らく私はやられていたというのに」
「誰が、この四人よりあんたの命の有無を重視するってのよ…!この……ッ!」
「おっと、そうはさせないよ」
大層気分良さ気な魔人に再び怒りが沸騰した私は女性を離し、魔人の首を斬り飛ばしてやろうとして……しかし、それは叶わなかった。私は離したにも関わらず、女性は離れるどころか逆に私の腕へとしがみついてきて、私は天之瓊矛を振るう事が出来なかった。しかも、しがみつかれているのは、右腕だけじゃない。
「あんた、まさか……!」
「そうさ、幾ら君でもこんなに大きい荷物があっては満足に動けないだろう?」
「くっ……!」
手脚、それに胴体にすらしがみつく四人の力は異常に強い。恐らくこれは無意識下のパワーセーブを支配によって切られているからで、先程の速さもそれが理由ならば説明がつく。それでも普段の私ならなんとか振り解けていたかもしれないけど…地面に倒れている状況で、しかも拘束ではなく動きの邪魔をする事に専念している四人から抜け出す事は、今の私には不可能だった。
……正直、助けに行った隙を魔人が狙ってくる可能性は、私も考えていた。でも、だからって四人を見捨てる事は出来なかった。だから、選択そのものは後悔していない。していない、けど……
「……覚えてなさい…覚えてなさいよ……ッ!」
「勿論だとも。人でありながらこの私にここまで善戦した君の事は、しっかりと記憶したさ。……それじゃあ、チェックメイトだよ、お嬢さん」
せめてもの思いで魔人を睨み付ける私。その私へ魔人は満足気な表情を見せ……私の視界は、闇色の靄に覆われていった。