テスト勉強
(……やっぱ、教えてた俺側にも利益あったかも)
問題文を読み、考え、必要であれば問題用紙や回答用紙の余白を使い、テストの回答を進めていく。天才でも天才だと思われる程の努力家でもない俺が全問自信を持って埋められる…なんて事はまぁまずなく、毎回回答に不安をもったり取り敢えず書いておいただけの問題があったりしたけど…今回は、いつもより自信を持って書けている部分が多いような気がしている。それが何故かといえば……十中八九、綾袮さんの勉強に協力していたから。
(情けは人の為ならず、廻り廻って己が為…別に自分の為になるって事でやってた訳じゃないけど、こうなるとやってよかったって思えるよね)
俺もそこまでテストの結果を重視している訳じゃないとはいえ、悪い点は取りたくないし、出来るならば優秀な成績を残したい。…そう考えると、俺が一方的に綾袮さんを助けたんじゃなくて、お互いの助けになったのかもしれないね。
そうして俺は一通り問題を解き終え、顔を上げる。上げた視線の先で見るのは……綾袮さんの後ろ姿。
(……よかった、綾袮さんも調子いいみたいじゃん)
テスト中に他人のテスト用紙を覗くなんて御法度だし、そもそも距離的に綾袮さんのテスト用紙が視界に入る筈がなく、見えるのは彼女の後ろ姿だけ。…けど、その後ろ姿だけでも回答を進められているかどうか位は分かる。
(…頑張れ、綾袮さん)
綾袮さんがどれだけ頑張ってきたかを、俺はよく知っている。知っているからこそ、こうしてエールを送らずにはいられない。俺自身もまだ見直ししたり不安のある問題を考え直したりしなきゃいけないんだけど……今俺は心の中で、全力でのエールを送っていた。
……いや、実際にはそれも数十秒から数分で切り上げて見直しに入ったけどね!そこまで俺も阿呆じゃないからね!
*
最近わたしは、テストを真面目に受けていなかった。…って言うと少し語弊があって、正確には真面目にやれる状態じゃなかった。だってそうでしょ?普段勉強を真面目にやってもいないのに、テストをしっかり出来る訳がないもん。
……でも、今回は違う。
(えっと、『あふ』は会う…じゃなくて結婚するって意味だから……)
これまで勉強してきた事を思い出して、勉強してきた事を元に文章を組み立てて、回答欄を埋めていく。わたしの回答用紙は前回も前々回もその前も空白が目立っていたけど…今回は、目立つ程の空白が出来てはいない。
(ふぅ…これで残りは約三分の一、今のペースなら間に合いそうだね)
取り敢えず時間内に一通り回答出来ればいい、って最初は思っていたから、見直しの時間も取れそうだって分かって心に余裕が生まれてくる。…わたしだって少しは緊張してるんだよ?赤点なんて絶対取れないってプレッシャーもあるし。
(…顕人君は大丈夫かな……)
思考のメインはテストに割きながらも、わたしは頭の隅で顕人君の事を考える。わたしより良い点を取ってる顕人君の心配をするのは何だか変だし、一緒に勉強してたんだから全然解けないって事はないと思うけど……今回顕人君は、普段とはテスト勉強の仕方が大きく違った筈。それがプラスに働いてくれたなら良いんだけど…もしマイナスになっていたら、顕人君はわたしの為に自分を不幸にしたって事になる。…そうなっていたら、わたしは……
(…ううん、テストがヤバいのはわたしの方なんだから、こんなの余計なお世話だよね。…余計な事を考える位なら、一点でも多く取って顕人君の優しさに報いらなきゃ)
軽く頭を振って、思考の全てを回答に向ける。下手な考え休むに似たり…はちょっと意味が違うけど、今はテストっていう壁を攻略してる真っ最中なんだから、攻略に直接関係ない事へリソースを割いてる場合じゃない。昨日の『どう報告するか』と同じく、まずは今やるべき事を頑張らないと…。
(よーし、見直しに入るまでは気を抜かずにやるよ…!)
心の中で自分を奮い立たせて、問題と回答に集中する。今日までの努力の結果を出す為に。顕人君や妃乃の思いに応える為に。そして何より、嘘を誠にする為に。
そうしてわたしは、最後の問題までちゃんと考え答えを出す。そして回答を終えた時……わたしは久し振りに、自分の回答に対して自信を持つ事が出来た。
*
──数日間、俺と綾袮さんは…いや、真面目にテストを受けるうちの学校の全生徒は、テストとテスト勉強の日々を過ごした。終わった教科に安心する人もいればもっと勉強しておくべきだったと後悔する人もいて、学生にとってテストがどれだけ頭を悩ませる存在なのかという事を再認識させられる。
…と、その学生の一人であるにも関わらず、まるで部外者みたいな考え方を俺がしているのは何故か。それは……
「やっと終わったねぇ…」
「うん、やっと終わったなぁ…」
……俺にとって今回のテストは、自分一人の問題じゃなかったから。自分の結果と同じように…いや自分の結果以上に良い点を取ってほしい人が、今回はいたから。
家への帰り道、遠くを眺めて呟いた綾袮さんの言葉に、俺は同意する。
「テスト期間中はほぼ午前中で学校終わるのに、なんだか普段以上に疲れた気がするよ…」
「俺もだよ…今回は高校上がってからのテストで一番疲れたかも…」
往々にしてテストが終わった日の下校は足取りが軽くなる筈なのに、俺達二人は疲れていてそれどころじゃなかった。…いや、テスト期間中は夜しっかり寝てるし身体的には余力が十分にあるんだけどね。だからこれは精神的なものというか、テストが終わって気が抜けた事によるものというか…。
「……けど、折角終わったんだしもう少し気分上げていこうよ。。綾袮さん、お昼は昨日の残りとして…今日の夕飯は何が良い?」
「うーん…偶には出前でも取っちゃう?」
「あ、いいね。今日はのんびりしたいし、出前にしようか」
既に慣れてきたとはいえ、疲れてる時に食事を作るというのは非常に面倒臭い。…という訳で俺は二つ返事で出前に賛成し、そこから暫くはどのお店にするかという会話を繰り広げた。…綾袮さん俺と同居するまで全然自炊してなかったから、料理店よく知ってるんだよね…。
「じゃ、注文は俺がしておくよ。大体いつも夕飯食べる時間に届けばいいよね?」
「うん。っていうか、普通そうじゃない?」
「確認だよ、確認。さーて、ただいま〜っと」
「お帰り〜」
丁度良いタイミングで家に着いた俺達は、鍵を開けて中へと入る。二人仲良く靴を脱いで、洗面所で手洗いうがいを行う。…だから何だという話だけど。
(…しかし、よくよく考えると昼食前に夕食の話をするってのもシュールだよなぁ…)
帰宅してからのルーチンを済ませた俺は、冷蔵庫に入れておいた昼食のおかずを温めながらふと思う。先に決めたって何も問題はないけれど、どうもフライング感が否めない。
「顕人君、今日はご飯ちょっと多めにして〜」
「はいはい、じゃあ麦茶淹れておいてもらえる?」
「はーい」
食卓で脚をぷらぷらさせていた綾袮さんからの、何気ないお願い。…女の子ってのは食事(というか体重)に神経質になりがちなイメージがあるけど、綾袮さんからはまるでそれを感じない。多分霊装者としては勿論、普段から活動的だから食べた分のカロリーをきっちり消化出来てるって事なんだろうけど…実際のところはどうなんだろう?体重気にしないの?…なんてデリカシーのない質問は出来ないけど。
「こんなもんかな…」
茶碗に白米をよそい、おかずと共にそれ等を食卓へ。それからは何の変哲もない昼食を取り、その後は食器を洗って、それで……
「……あ…もうテスト勉強しなくていいのか…」
…今から何しようかな、と考え始めた瞬間俺はその事に気付いた。もう本番であるテストが終わったんだから、それに備えた準備はしなくていいんだという事に。
(…これまでこうは思わなかったってのは…やっぱ、勉強量と内容の差だろうなぁ……)
今までも、俺はテスト前には対策としての勉強を行ってきた。けれどそれは今回程毎日きっちりやってた訳じゃないし、誰かに説明なんてほぼしてこなかった。何となくやらなきゃなぁと思って、何となくこんな感じかなぁと進めてきたから、勉強を終えた直後は疲れていても数十分すればその疲労も忘れていた。…そういう意味では、これまでの俺はそこまでテスト勉強に真面目じゃなかったのかもしれない。
「……これから、どうすんだろ」
綾袮さんが今回テスト勉強を頑張ってきたのは、自分の嘘を隠す為。だからもし今後もテスト結果を報告するという事になればテスト勉強も続くんだろうけど、報告せずに済むとなればどうなるかは分からない。勿論、俺としては続ける事を進めたいところだけど……
「…そうなると俺、いよいよもって保護者だよなぁ……」
現在も家事を一通り行ったり生活に関して色々注意したりはしてるけど、あくまで俺と綾袮さんは同級生。これ以上保護者感が増すのは、割とマジで勘弁したい。
「っていうか、何でこうなるのか…厳しい家庭で育った子供は自立してからの反動が凄いとか言うけど、綾袮さんもそういう類いの……」
「うん、なぁに?」
「わぁぁぁぁぁぁっ!?そして痛ぁッ!?」
真横から聞こえてきた声に度肝を抜かれた俺は、驚きで座っていたソファを立ち上がり……ソファ前のテーブルに足を強打。ゴンッ、という音と共に走った痛みは強烈で、堪らず俺は蹲る。
「うわぁ……えと、大丈夫…?」
「だ、大丈夫じゃねぇ…生命的には大丈夫だけど、常識的なレベルで超痛ぇ……」
「前にテーブルがあるのに勢いよく立つからだよ…驚かせちゃったわたしも悪いけどさ…」
頬をかきながら気にかけてくれる綾袮さんの声には、申し訳なさと呆れの両方が混じっているように聞こえる。……ここまで驚いたのは綾袮さん絡みの独り言を聞かれたんじゃ…って思いがあったからだけど、声かけるんならこんな至近距離まで近付く前にしてほしかった…。
「うぐ…まだ痛いよこれ……」
「痛いの痛いの飛んでけしてあげようか?」
「そんなんされたら恥ずかしさで俺自身がぶっ飛んでいきたくなるわ…」
暫しぶつけた場所をさすったり吹いたりした後、俺はソファ上へ帰還。綾袮さんはと言えばソファの座席ではなく肘掛けに座っていて、俺の足が問題ないと分かったからかもうふざけ始める。……俺がやってって言ったらどうする気だったんだろう…。
「…で、何の用?」
「用?…あぁ、別にそういう事じゃないよ?呼ばれた気がしたから反応しただけだもん」
「あそう…だったら別に呼んだ訳じゃないよ、悪いね……って、ん…?」
「どったの?」
「……本当にそれが理由…?」
確かに綾袮さんの名前も出したしなぁ…と俺は一瞬納得しかけて、すぐに違和感を抱く。だって俺が名前を出したのは、呟きの中でも最後の方な筈。最初の方で名前を出してたなら何らおかしくはないけど、この場合は自分の名前が出る前から立ち聞きしつつこっそり近付いてたとかでなければ状況が成り立たない。流石に超速思考からの霊装者の力で一気に距離を詰めたなんて事はないだろうし…。
「えー、何?この純真無垢なわたしを疑うの?」
「純真無垢な人は自分をそうは言わないと思うんだけど…」
「じゃ、わたし純真無垢を自称する最初の一人になろうかな。言うなれば自称純真無垢!」
「いやそれは勝手にすれば……自称純真無垢!?じゃあやっぱ違うんじゃん!ただの自己申告じゃん!」
「ちっ、バレたか…」
「なにその悪どい顔!?え、結構ガチで俺を謀ろうとしてた訳!?」
舌打ちしながら物凄く悪人っぽい顔をする綾袮さんに俺は仰天。半分どころか七割位「普段の冗談の一環なんだろうなぁ」と思っていたから、その反応には余計に驚いてしまう。……けど、その反応こそが『普段の冗談の一環』だった。
「あはは、なーんてね。ほんとは顕人君は何一人で話してるのかな〜って思って近付いてただけだよ」
「な、ならふざけずに言ってよ…ふざけるなって言っても綾袮さんには無理な相談だろうけどさ…」
「分かってるねぇ顕人君。…でさ、顕人君はわたしに関する独り言をしてたの?」
「あー…まぁ、してたっちゃしてたかな…独り言だから追及されても困るけど」
最初はテスト勉強の事だったけど、それ以降はずっと綾袮さんが子供っぽくてしょうがないって話だよ……なんて言える訳がない。ましてや自分が保護者みたいになってるなんて言いたくもない。だって自分自身でそれを認めてないんだから。
「そう…別に本人には聞かせられないような悪口言ってたとかじゃないよね?」
「え、俺がそんな事すると思う?」
「んー…顕人君ならしない、かな?」
「じゃ、そういう事だよ」
…なんて、ちょっと格好良い言い方で俺は綾袮さんの不安を否定した。……うん、俺が言ってたのは悪口じゃない筈…。
「そっかそっか、じゃあいっか」
「杞憂で終わってよかったね」
「うん、流石に本当だったらショック受けてたよ」
と言いつつも綾袮さんは特にほっとしたような表情も見せず、リモコンを持ってテレビを点ける。…恐らくは、言ってみただけで初めから疑ってはいなかったんだろうね。
綾袮さんはテレビ番組を見始め、俺もポケットから携帯を出して操作を始める。さっきまで駄弁っていた俺達も、あっという間に電子機器と仲良しな現代っ子に早変わり。
「…………」
「…………」
雑談なんて、一度途切れてしまえばそれまでのもの。目的もなければ必要性もない会話が雑談なんだから、無理に続ける事もない。…でも、それは逆に言えばふとした時に再開される事もあるって訳で……何分かした頃、俺は何の気なしにこう言った。
「……ね、綾袮さん。テスト、どうだった?」
「んー、それはね…」
……それは、本来なら真っ先に訊くか流れを作った上で訊くような事。これの為に頑張ってきたからこそ、気になって然るべき事。…でも、俺はこれ位適当に訊いたっていいやと思っていた。だって……
「──ばっちりだよ、顕人君っ!」
俺の方に向き直って、びしっと右手でピースを作って、向日葵の様な笑顔を見せながら答えてくれる今の綾袮さんみたいに、綾袮さんなら元気一杯自信満々の答えを返してくれるって、分かっていたんだから。
*
「よーし昼だ!千嵜、野球やろうぜ〜…じゃなくて昼食にしようじゃないか!」
「……うん、どうした御道」
週明け、テスト期間から通常に戻りつつもテスト返却があるが為に微妙に普段の雰囲気に戻らない教室の中で、昼休みを迎えた俺は早速弁当箱を取り出した。
「どうしたって…え、何?千嵜は昼食を昼休み以外で食べるつもり?」
「そこじゃねぇよ、テンションだよ。お前そんなラノベの主人公の親友、それもストーリーには基本関わらないタイプのキャラみたいな性格してなかっただろ」
「はは、ご冗談を。曲がりなりにも俺は主人公枠だぜ?」
「……うぜぇ…」
いつもの通り弁当箱の包みを開こうとしながら話していると、千嵜に本気で嫌そうな顔をされた。…元からあんまり愛想の良くない千嵜だけど、流石に本気でウザがられるのはちょい辛いな…これは俺の自業自得だけど。
「悪い悪い、今日は昼食が待ち遠しくてね」
「なんだ、朝食抜いてきたのか?」
「いや、普通に食べてきた」
「じゃああれか、午前中に体育があったのか」
「ないよ、そして同じクラスなんだからその質問は色々おかしいよ…俺が待ち遠しく感じてたのは、空腹云々じゃなくて内容に関してなのさ」
包みの中から出てきたのは、なんの変哲もない弁当箱。でもそれは当然の話。俺が楽しみにしてるのは箱じゃなくて中身なんだから。
「内容ねぇ……ん?弁当は御道が用意してるんだよな?だったら楽しみも何もじゃねぇのか?」
「そりゃ普段は、ね」
「…って事は、今日は違うと?」
「そう、今日はなんと綾袮さんが作ってくれたのです…!」
そう言いながら俺は朝の事を思い出す。……そう。今日の朝、綾袮さんは「じゃーん!今日はわたしがお弁当作ったんだよ!これは勉強手伝ってくれた顕人君へのお礼だから、お昼ご飯を楽しみにしててね!」と言ってこの弁当箱を渡してくれた。…あの時の感動は、きっと一生忘れない……というのは流石に言い過ぎかもしれないけど、数ヶ月から数年は忘れないだろう。
「家事をする気皆無で手伝いすら簡素な事しかしてくれない綾袮さんが、早起きして弁当用意してそれをちゃんと持っていける状態にまでしてくれるなんて……それだけでもう、胸がいっぱいになるよ…」
「御道、お前……」
「…あ、変な想像はしないでよ?俺はあくまでこれまでの経緯から喜びを感じてるだけで……」
「……綾袮の父親みたいだな」
「ぐふぅうぅぅっ!!」
「うぉわっ!?み、御道!?」
弁当箱を開けかけた状態から頭を机に激突させる俺。なんか千嵜が驚いているが…それどころじゃない。え、俺保護者っぽくなってた?今の言動保護者っぽかったの?いやいやいや、そんなのある訳…………
「…あったぁぁ…言われてみれば確かに娘の成長を喜ぶ父親のそれっぽくなってたぁぁぁぁ……」
「マジでどうしたんだ今日は……」
自分でも気付かぬ内に進行していた精神の保護者化に心がへし折れそうになる事数分。脳内での試行錯誤の末、『うちでの事をよく知らない千嵜にはそう思えてるだけ』と結論付ける事で立ち直った俺は、改めて弁当箱に手を伸ばす。
「中に入ってるのがお札と『ごめんね、これで何か買って』ってメモだったら笑えるよな」
「止めい、てかそれなりの重さを感じてる時点でそれはないから。…おー、おにぎりだ」
俺が使っているのは至って普通の二段弁当箱。その内片方を開けてみると、そこに入っていたのは二つのおにぎり。それ自体は弁当箱同様、至って普通のおにぎりっぽいけど……
(…そういや前に綾袮さん、おにぎり作ってくれるとか言ってたな…あれ、ちゃんと覚えててくれたんだ)
…俺にとっては、なんだかそれだけで胸がいっぱいになりそうな思いだった。多分俺は、このおにぎりがちょっと塩かけ過ぎだったり具材のチョイスがおかしかったりしても、こう思うだろう。……美味しい、と。
「さて、次はおかずだけど…こっちは流石に冷凍食品かな」
「下手に調理されたもの入れられるよりはそっちの方がいいんじゃね?冷凍食品だって別段不味くはねぇんだし」
「ま、それもそうだよね」
冷凍食品が普通に美味しいというのは、俺だってよく分かってる。だから楽しみなのは綾袮さんがどんなおかずを選んだか。綾袮さんの事だから栄養バランスより美味しさ…というより旨さを重視してそうだけど、それならそれで男として嫌な気はしないというもの。
「ささ、それではオープン〜」
「俺もさっさと弁当開けるか…」
「…………」
「…………」
千嵜が自分の弁当箱を開く中、俺もゆっくりと蓋を開ける。そして中身を見た俺は……蓋を閉じた。
「頂きま……ん?なんで閉めたの?」
「い、いやぁちょっと空目をしちゃってね。では今度こそオープーン」
「…………」
「…………」
「……うん、だから何故閉める」
「だから空目だって、又は視力の低下だって。…っかしいなぁ…オープ……」
「閉めんなよ!?三度も空目なんざするか!なんの芝居だよそりゃ!」
開けては閉め、開けては閉めを行う事三回。空目か視力の低下だと思ってまた閉めたものの、そこで千嵜に突っ込まれた。…いやーでもね、ほんとにおかしいのよ。あり得ない光景だったのよ、弁当箱の中。同じ箱開けたって訳じゃないだろうし…。
「…まさか、幻覚を見せる魔人が……?」
「いるか!いてもこんなしょうもない事するか!…何が入ってたんだよ、弁当箱の中に……」
「いや、それは…なんつーか……」
「…………」
「…開けてみます……」
三度開けて、三度とも閉めてしまった弁当箱。空目か何かだと思って、俺の側に問題があるんだと思って、目を逸らしていた弁当の真実。……けれど、もうそれも限界らしい。主に俺の空腹と、千嵜からの視線によって。
「……よ、よし…」
「…よく分からんが、頑張れ御道」
「あぁ…俺はもう決めたよ、ちゃんと現実を受け止めるって…」
「そうだな…だったら俺は、見届けてやる」
「……ふっ、ありがと千嵜」
「おう」
何故だか青くも熱い空気になる中、俺は蓋へと手を添える。そうだ、俺は現実を受け止めて…前に進むんだ。だって待ち受ける現実がどんなものであろうと、これは綾袮さんの思いが詰まった弁当なんだから。
そうして俺は、蓋を開ける。そして、開いた弁当箱の中にあったのは…………
「…………」
「……おぉ、ぅ…」
────おにぎり二つだった。
少し横へ目を向けてみる。そこにあるのは弁当箱に入った二つのおにぎり。目線を元に戻してみる。そこにあったのも弁当箱に入った二つのおにぎり。
おにぎりの数を数えてみる。目の前にあるおにぎりで一つ、二つ。少し横にあるおにぎりで……三つ、四つ。
二箱でセットの弁当箱。両方の箱に入っていた二つのおにぎり。…つまり、これは……
「……おかずもおにぎりかよぉぉぉぉおおおおおおおおっ!!?」
……この時の俺の叫びはクラス中に響き、その瞬間クラスの中は「え……彼はどうしたの…?」という雰囲気で一つとなった。そんな中、綾袮さんは……ぺろっと舌を出し、「てへっ☆」って表情を浮かべていた。
──という訳で、この日俺は昼食としておにぎり四つを食べるのだった。……おにぎりそのものは、普通に美味しかったです。