双極の理創造   作:シモツキ

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第六十四話 無理に変わる事なんてない

サッカー野球にバスケにバレー。世の中には多種多様な球技があり、個性や方向性もまた様々。ボールを投げる競技もあれば蹴ったり叩いたりする競技もあって、ボール一つで出来るものもあれば、ボール以外にも色んな道具が必要だったり、そもそも「え、それボール…?ボールってカテゴリでいいの…?」的なものもあったりで、まぁとにかく全容が分からない程色々ある。…が、その中でも……

 

「ば、馬鹿な…左右二本のみだと……!?」

「あ、あはははは…どんまいです、御道さん…」

 

──ボウリングというのは、かなり特異な球技じゃないかと思う、今日この頃です。

 

「いやー、一投目で左端のみ、二投目で右端のみなんて逆に凄いと思うぞ、うん」

「そんな凄さいるか…くそう……」

 

合わせて二本というかなり残念な結果に項垂れる俺。そんな俺に次の番である中佐賀さんはボールを持ちつつ慰めの言葉をかけてくれて、俺より前の番である千嵜はにやにやしながらからかいの言葉をかけてくる。

喫茶店を出てから数十分後。俺達三人は、二人だった際に出てきた(ってか俺が言った)意見の一つであるボウリングに興じていた。

 

「さっき左に寄っちゃったからって右を意識し過ぎたかなぁ…」

「んじゃ、あの滑り台っぽいの使うか?」

「嫌だよ!?あれ基本小さい子が使うやつじゃん!ネタじゃなくマジであれ使ってたら相当恥ずかしいからね!?」

「面白シーン連発するより恥ずかしいと?」

「お、面白シーン言うなっ!」

 

現在は2ゲーム目の半ば。初めは全員久し振りのボウリングという事もあってスコアもどんぐりの背比べ状態だったが……1ゲーム目の後半辺りから、スコアに差が付き始めた。具体的に言うと、そこそこ上手い千嵜がトップを走り、可もなく不可もない感じの中佐賀さんが後を追い……俺はといえば、端っこだけ倒れたり連続でスプリットを出してしまったりと、よく分からない展開ばっかり起こしているのである。……遊びとはいえ、ちょっと悔しい。

 

「あぁ、また残ったピンを倒せなかった…」

「もう少し力を抜いてみたらどうだ?力を入れるとその分ブレ易くなるからな」

「力、ですか…はい、次はそうしてみます…!」

 

…と、俺が悔しがっている内に中佐賀さんの番が終了。千嵜は俺の時とは違いきっちりとアドバイスをしており、如実に扱いの差を表してくる。…野郎、まさか下心で優しくしてるんじゃないだろうな…?

 

(…っていや、それはないか…千嵜って異性どころかそもそも人間に興味なさそうだし…)

「よーし、次のピンはあれだな〜」

「ちょぉぉぉぉっ!?何俺に向けて投げようとしてんの!?あ、頭おかしいんじゃねぇの!?」

「ふん。俺は他人に興味がないんじゃなくて、興味を惹かれる程の相手に殆ど会ってきてねぇだけだって…のッ!」

 

勝手に人の心を読んでビビらせてきた千嵜は、振り返って最もにも言い訳にも聞こえる返答をしながらピンへと投球。もうどう見たって集中出来てる様子じゃなかったけど…それでも最初に7本、二投目で2本ときっちり数を稼いでいた。

 

「……才能か…才能の差だとでも言うのか…」

「へっ、やっと気付いたか…」

「……身体能力ブーストで球ぶん投げようかな…」

『えぇぇ……』

「い、いや冗談だよ!?冗談に決まってんじゃん!二人して引かないで!?」

 

ボウリングの球を転がすのではなく、投げてピンにぶち当ててみたい…というのは、きっと多くの人が一度は考える事。だからあくまでネタとして言っただけなのに…引かれてしまった。え、何言っちゃってんのこの人…みたいな反応をされてしまった。

 

「あ、じょ、冗談ですか……ぼ、僕はそうだと思ってましたよ…?」

「ありがと…って騙されないよ!?バレバレだからね!?」

「うぅ、ですよね…すみません…」

「一応言っとくが、やったら100%面倒な事になると思うぞ」

「だから冗談だって言ってんじゃん!聞いてないの!?」

 

中佐賀さんはなんかもうあからさま過ぎるし、千嵜は言われなくても分かってる事言ってくるし……今日も今日とて、俺は突っ込みで大忙しだった。

 

「…けど、もし霊装者の力使っていいなら色々やれそうですよね…カーブだってかなりかけられそうですし」

「そうそう、そういうもしもの話だよ…転がすにしても霊力推進で物凄い速度出してみたりとか…」

「あ、いっそ球そのものに武器に使う素材と同じ物利用すれば、更に色んな事が出来るんじゃ…」

「それじゃもうボウリングの皮被っただけの別物じゃねぇか…てか早く投げろよ…」

「あ、そうだった…」

 

中佐賀さんと出来そうな事で軽く盛り上がったところで、千嵜に言われて俺は投げる。…二回で6本か…特筆する点が何もねぇ……。

 

「…そういえば、この後はどうするんです?僕はまだ時間ありますけど…」

「そうだねぇ…ここって確かゲーセンもあったけど、ゲーセンは午前中行ったばっかりだしなぁ……」

「むしろ、中佐賀は何か要望あるか?」

「え?い、いや別に僕は…お二人が行きたい場所であるならどこでも……」

「って言われてもなぁ…御道、昼食の時お前が言ったのってボウリングとなんだっけ?」

「えーと、カラオケだね」

 

やる事自体は単純とはいえ、そう簡単にボウリングは飽きるものじゃない。けど、一日でそんな5ゲームも10ゲームもやりたいかと言われればYESとは言えないし、そんなにやったら腕が疲れてしまうというもの。そういう事もあってか、中佐賀さんは投げ終えた後ボウリング後の予定を話題にし、俺達はボウリングをしつつもボウリング後の事を考える。

 

「カラオケねぇ…俺レパートリーが殆ど無いんだよなぁ…」

「あ…僕も、です…」

「そんな重く捉える必要はないと思うけどね。カラオケ好きと行くなら確かに『お前全然歌ってないじゃん』って言われるかもしれないけど、俺は別にそこまで好きって訳じゃないし、合間合間で駄弁りながら歌うってのもいいと思うよ?」

「…御道さんは、よく行くんですか…?」

「時々ね。自分から誘うって事はあんまりないけど」

 

そう言いながら俺は、これまでのカラオケ経験を思い出す。…そういや、高校上がってからは殆ど行ってないなぁ…主に千嵜とばっかりつるんでるからだけど。

 

「つってもなぁ…歌うネタがないからって国歌とか校歌とか歌われても困るだろ?」

「歌うネタがないからって国歌とか校歌とか歌うとか、逆に捻り過ぎたネタとしか思えんわ…じゃ、千嵜は散歩でもしてりゃいいじゃん。俺は中佐賀さんと二人で行くから」

「えっ?ぼ、僕と二人で…?」

「うん…あ、ごめん。嫌だった?」

「そ、そんな事はないですよ!?…ほんとに僕は、お二人の好きなようにしてくれればって感じなので…」

『…………』

 

控えめ…というか、自分の意見を押し殺してしまっているような中佐賀さんの言葉に、俺と千嵜は目を合わせる。喫茶店での謎攻防のように再びのアイコンタクトは出来なかったものの、この状況においては『目を合わせる』という行為そのものだけで十分だった。

 

「…はっ、折角の外出でハブられるなんて御免だっての。いいぜ、だったら俺の美声を聴かせてやる」

「そりゃ楽しみだ、千嵜の美声とやらもレパートリーにもね。…って訳で、次はカラオケ行こうか中佐賀さん」

「は、はい。僕はあんまり歌うのは得意じゃありませんけど…お、お願いします」

 

構わないよ、とばかりに肩を竦め、番の回ってきた俺は球を投げる。…中佐賀さんは、ここまで中佐賀さん自身がしたい事…というのを特に口にしてはいない。けど俺達のしたい事を、というのも遠慮の気持ちだけで言っているようには聞こえなかったから、俺は遠慮に関して指摘せずに決定した。俺もそこまで自己主張するタイプじゃない(と自分では思っている)から、分かる。遠慮とかじゃなく、純粋に他の誰かの希望を通してあげたいと思う時があるって事を。

そうして十数分後…。

 

「あ…や、やった…!最後のターンでストライク…!」

「締まりがいいなぁ…と言いたいところだが、最後でストライク出した場合はもう一回だぞ?」

「へ?…あ、そ、そうみたいですね…じゃあ……って、あれ…?」

 

一番最後となる中佐賀さんの投げた球は、僅かにカーブを描いて一番ピンと二番ピンの間へ転がり…ストライク。驚きと興奮の混じった表情で中佐賀さんは戻ってくるも、千嵜に指摘されて再びレーンへ。そして改めて投げた一球は……

 

『…………』

「…………」

『……最後の最後で連続ストライク!?凄ぇ!』

 

…またもストライクを叩き出していた。……こりゃ何か持ってやがるな、中佐賀さん…。

 

 

 

 

ボウリングを終了した俺等はカラオケへ行き、御道が五、俺が三、中佐賀が二位の割合でその後歌った。国歌や校歌は…微妙な空気になるのが分かっていたからやらなかった。

 

「あー、歌った歌った。…明日喉大丈夫かな…」

「僕もちょっと不安です…学校行事以外でしっかり歌ったのはかなり久し振りだったので…」

 

中々どうして歌というのは体力を消耗するもの。しかも案外気分が乗った俺達は数時間をカラオケ店で過ごし、店を出た時には全員そこそこ疲れていた。

 

「歌なんて趣味かそれが仕事だって奴以外は、そんなちょくちょくするもんじゃないからな。…しかし中佐賀、得意じゃないって言ってた割には普通に歌えてたじゃねぇか」

「そ、そうですか…?」

「だと思うよ?少なくとも千嵜よりは美声に近かったんじゃない?」

「そう、なんですか…?…だったらそれは、ちょっと嬉しいです…」

 

凄く上手…って程じゃなかったが、中佐賀の歌はほんとに歌い慣れてない俺よりは確実に上手だった。そして俺の言葉に(余計な部分を付けながらも)御道が同意すると、中佐賀はほんの少し顔を伏せて照れ顔を見せる。……うん、まぁ、何というか…正直に、客観的に言うとすれば…愛らしいな、この照れ顔は。

 

「…綾袮さんも、これ位謙虚だったらなぁ……」

「…御道さん?」

「あぁ、今のは独り言だから気にしないで。…ってか、これ位謙虚だったら綾袮さんの場合それはそれで変か…」

「謙虚ってか、中佐賀はもうちょい自分に自信を持ってもいいと思うぞ?歌もだが、さっきのボウリングでも別段他人より劣ってる感じはなかったしな」

 

歩道を歩きながら、昼に会って以降ずっと思っていた事の一つを口にする。謙虚と自己評価の低さは似ているようで違うもの。自分の力量を理解した上で謙遜するのは美徳だが…自分で自分を悪く評価するのは美しくも徳でもないのだから。

 

「……分かってます、それは。だから、最初お二人に話を聞いたんです。お二人の考えや心の持ちようを参考させてもらおうと思って」

「あ…参考って、そういう事だったのか…」

「…ごめんなさい。これも聞く前に話すべきだって分かってたんですけど…その、恥ずかしくて……」

 

…なーんて思って何の気なしに言った結果、謙虚さ同様に気になっていた事の一つ、『参考』の意味が思わぬところで判明した。…世の中、どこで何が起こるか分からんものだな。

 

「…って、結局こうして口にするなら最初に言っておけ、って話ですよね…あはは……」

「…………」

「……千嵜」

 

先程とは逆に、少し顔を上げる中佐賀。自虐的な声音と表情を漏らす中佐賀は、言葉をかけ辛い雰囲気をしていて……そこで御道が、俺に向けて声を発した。喫茶店のドリンクバーコーナーで話した時と、同じ顔付きで。

 

「……あぁ、そうだな」

「……え、っと…?」

 

ありがたい事に、今いるのは前に妃乃と話した公園のすぐ近く。そん時と違い今回は午後だが…当然良い子は夕方には帰るものだから、今日も公園には誰もいない。

少し早足で俺が公園に向かうと、御道はすぐに目的地に気付いて俺に追随。中佐賀の方も若干不思議そうにしながら追いかけてきてくれる。

 

「…店から出た時点で、ここの事は考えてたの?」

「まさか。単なる運とタイミングの賜物だよ」

「…ここで何かするんですか…?」

 

そう言いながらベンチの端に座ると、何を思ったか御道はベンチの後ろに回り背もたれに軽く腰を下ろす。…いや、まぁベンチの背もたれは半分位経った状態で腰を下ろすには丁度いい高さだし、三人で一つのベンチに普通に座るってのは高校生的にちょっと気恥ずかしいからそうしてくれるのは助かるが……。

 

「何かする、って言うか…ちょっと訊きたい事があってね。俺達から、中佐賀さんに」

「…僕に、ですか…」

 

俺とは逆の端に座った中佐賀は、御道の言葉を自分視点に言い換えて反芻。その表情は、俺達の意図を察した…ようには見えないな。

今はただ歩いていただけだからか気分も平常時のそれに戻っているみたいだが、カラオケの最中の中佐賀は明らかにテンションが上がっていた。そりゃ勿論「フーゥッ!」とか「HEY!」とかは言ってないが、確かに中佐賀は楽しんでいた。ボウリング中の事も含め、中佐賀は俺と御道に対する壁を多少軟化させてくれた…と見ていいと思う。…だから……

 

「…あのさ、中佐賀さん。中佐賀さんは、話を聞くだけでよかったの?」

「……え?」

 

御道は、本題を切り出した。出来るならばもう少し時間をかけるべきだったのかもしれないし、今もベターなタイミングかどうかは分からないが…ともかく俺達は今だと判断し、もう切り出してしまった。ならばもう、引き返す訳にはいかない。

 

「中佐賀さんさ、謙虚にし過ぎる自分を何とかする為に、俺や千嵜を参考にしようとした…って旨の事をさっき言ったよね?」

「…言い、ましたけど……」

 

問いかけられた中佐賀は、些か歯切れの悪い声音で言葉を返す。その顔に浮かぶ感情は、疑問と不安。

 

「…それはさ、話を聞くだけで大丈夫?話を聞くだけで、中佐賀さんは満足した?」

「…は、はい。お二人は快く答えてくれましたし、僕はそれで満足……」

「本当に?」

「……御道、さん…?」

 

真面目な声音で問いを続ける御道を、不安の色を濃くした中佐賀が見上げる。…俺はまだ口を開かない。相手が十分に親しい相手ならともかく、今の間柄なら俺より御道の方が上手く話を進められると分かっているから。

 

「俺はカウンセラーじゃないから確かな事は言えないけどさ、俺には中佐賀さんが俺達に言った以上の事に悩んでるように見えたんだよ。謙虚云々は取っ掛かりっていうか、全体の内の一部に過ぎない感じっていうか…」

「…………」

「勿論、俺の勘違いならそれでいいんだよ。…でも、もし勘違いじゃないなら…人に話せるのなら…俺は、話してほしい」

「……僕が、嫌だって言ったら…?」

「それならこの話はそれで終わりにするよ。中佐賀さんを嫌な気分にはしたくないからね」

 

御道は見上げている中佐賀と目を合わせようとはしていない。…が、多分それはそういう気遣いだろう。目を合わせる行為は真剣さが伝わる反面、相手に身構えさせてしまう行為でもあるからな。

嫌と言ったら?…という問いに対して御道が答えてから数秒。中佐賀は一度視線を下ろし…続いて、俺へと目を向けた。

 

「…千嵜さんも、そう思ったんですか…?」

「…まあ、ここにいるって事はそういう事だ。俺はあんまり人の機微に敏感じゃないが…わざわざ俺にまで訊いたって事は、俺や御道の考えがまるっきり間違ってる…って事はないんだろ?」

「……それは、その…」

「…悪いな、気の利いた言い回しが出来なくて。俺にゃ話し辛い、ってなら俺は席を外すさ。だが御道ならちゃんと言葉を選んでくれるだろうし、もし悩みを重荷だと感じてるなら、人に話してみるのも悪くはないと思うぞ」

「…大丈夫です、千嵜さん。僕も、そこまで弱くはありませんから」

 

ゆっくりと首を振り、俺からも視線を外す中佐賀。それから中佐賀は空を見つめて、口を閉じる。何かを考えるように、黙り込む。それを俺と御道は、何も言わずにただ見守る。そうして数十秒か数分かした頃、中佐賀はゆっくりと立ち上がった。

 

「……驚きました。もしかしたら変に思われるかも…とは思ってましたけど、まさか半日足らずで気付かれちゃうなんて…」

「それって…」

「お二人の言う通り、という事です」

 

中佐賀は数は歩いて振り返る。…その時にはもう、疑問も不安も消えていた。今そこにあったのは、どこか吹っ切れたような…けれど決して明るくない表情。……そして、中佐賀は語り出す。

 

「…人間関係です、僕が悩んでいるのは」

「人間関係…家族と上手くいってない、とかか?」

「いえ、友達…っていうか、クラスメイトとです。見ての通り僕って…その、あんまり男らしくないですし…」

「あぁ……」

「あー……」

 

 

 

 

 

 

『…………うん?』

 

俯き加減の中佐賀の言葉に、俺と御道は反応に気を付けつつ同意し…同意、し……うん?…うぅん?

 

(……え、今変な発言聞こえなかった?)

(う、うん…凄ぇ変な発言聞こえた気がする…けど中佐賀さんボケたっぽい表情してないよ?完全に真面目に話してるよ…?)

(だ、だよな…って事は、おかしいのは変だと感じてる俺等の方で、中佐賀の発言は正しいって事か…?)

(かも、しれないけど…と、とにかく今は話を聞こう!今一番優先すべきは中佐賀さんを少しでも楽にする事なんだからさ!)

 

ちょっと…いや非常に強い引っ掛かりを覚えた俺が斜め上を見ると、俺と全く同じ表情の御道と目が合った。……で、ご覧の通りのアイコンタクトである。人間ダメージ受けたりテンパったりすると普段は出来ない事が出来るもんだな…。

……という訳で疑問は一旦脇に置き、俺と御道は目線を戻す。

 

「僕自身は、まぁ…その…嫌いじゃないんです、この見た目。でも、やっぱり浮いちゃうっていうか、異質に見られるっていうか…特に男女の差がはっきりしてくる中学以降はずっと…周りから……」

「……それは…所謂…」

「…虐め、か…?」

 

話していく内に中佐賀の表情は曇っていく。言い辛そうに、切なそうに。

その表情を見て、中佐賀の語りを聞いて、俺達は中佐賀が学校で虐げられているんじゃないかと思った。存在そのものが色物な俺は理解出来ないが、異質な相手を排除したいと思う人間は少なからずいるし、そんな相手を嘲笑おうとする奴だっているのだから。…だが……

 

「あ…ち、違うんです!そんな事は全然なくて、むしろ逆です!皆優しいんです!」

 

……中佐賀はそれを否定した。それもなにかを恐れているだとか、虐めである事を認めたくないだとかではなく、本当にただ間違ってほしくないと言いたげに。

 

「や、優しい?…えと、中佐賀さん…それは、どういう……」

「…気遣って、くれるんです」

『気遣い…?』

「はい。皆、僕が気にしてると思って触れないようにしてくれて、男子も女子も普通に話しかけてくれて、ほんとにほんとにいつも気遣ってくれて……でも、それが…気遣ってくれる事が、僕にとっては…凄く、辛くて……」

 

そう言いながら、中佐賀は声を震わせる。…その声だけで、中佐賀が如何にこの事を悩んでいたのかが伝わってくる。

 

「僕は…僕は普通に接してほしいんです…だって、そうじゃないですか…そうやって気遣ってくれるのも、優しくしてくれるのも…結局は僕を『普通じゃない』と思ってるからで…そんなのは、普通のクラスメイトじゃないに決まってるじゃないですか……っ!」

「中佐賀……」

「でも、でも……それは、善意だから…皆の、僕を思ってくれる気持ちだから…!…だから…辛いって、言えなくて……耐えるしか、なくて…っ……」

 

一言一言絞り出すように、必死に堪えてきた思いを吐き出すように、中佐賀は包み隠さず言ってくれた。…その瞳には、それまでの辛さを表すように、涙が溜まっていた。

本当に厄介なのは悪意ではなく善意だ、と言われる事がある。そう言う奴には「それがお分かりの貴方はさぞ高潔な精神を持っているんですねぇ」とでも言ってやりたいが、善意だからこそ、優しいからこそ…ってのは確かにある。周りから悪意を向けられているならそいつ等が悪いんだ、って考える事も出来るが、善意で何かしてくれている相手を責める事は容易じゃない。本人が優しければ尚更それは辛くなるし、相手だって他人を思ってやってる事だから嫌だと直接伝えられでもしない限りは止めないだろう。……互いに善意を持っているのに、誰かが傷付く事になる…互いに抱いているのは善意なのに、負のループに陥る……そりゃ、中佐賀も…いや誰だってそんなの辛いよな…。

 

「……ごめん、中佐賀さん。…辛い事を話させちゃって…」

「…いいんです…話すって決めたのは、僕ですから…それに、分かってるんですよ…僕が思いをきちんと伝えれば、それだけで全部解決する話だって事も…結局は、それすら出来ない僕が悪いんだって事も……」

「いや、中佐賀…そんな事は……」

「……聞いてくれて、ありがとうございました…はは、悩みは話せば楽になるって言いますけど、あれって本当だったんですね…お二人からお話を聞けましたし、悩みも話す事が出来たんですから、次は僕が頑張る番です」

「頑張る、って…」

「…言ってみます。どう思われるか分かりませんけど、ちゃんと言う事が…思いも言えない弱い自分から変わる事が、一番の解決方法だって分かってますから…だから、本当にありがとうございました。早速明日僕は……」

 

 

 

 

「……待てよ」

 

目元を拭い、笑みを浮かべた中佐賀。……だが、それが作り笑いだって事は、誰の目にも明らかだった。だから俺は……

 

「…そんな無理してまで急に変わる必要は、ねぇよ」

「え……?」

 

──悲壮的な決意を固めかけていた中佐賀の意思を、否定した。

 

「別に中佐賀の言ってる事を否定するつもりはないし、実際中佐賀が口に出せば解決するってのもそうだと思うさ。…けどよ、正直に言うのだって辛いんだろ?誰かの手を借りたくなる程これは重い事なんだろ?…なら、無理すんなよ…」

「…でも、変わらなきゃ…僕自身が変わろうとしなきゃ…」

「変わった結果が良くなるとは限らねぇし、変わろうとしなくたって少しずつ変化していくもんも世の中にはある。…急に、一気に変わろうとする事だけが解決策じゃない」

「…じゃあ、どうしろって…このまま自然に変われるまで辛さに耐えろって言うんですか…?…そんなの、無理ですよ…弱い僕は、お二人のように一人で耐え抜く事なんて……」

「……だったら、頼ればいいじゃん。昼みたいに、今みたいに…手を貸してくれる人に、さ」

 

…俺は、無理をしようとする中佐賀を否定した。……そして、それから先を御道が引き継ぐ。

 

「手を、貸してくれる人…」

「こうして中佐賀さんの気持ちを聞いた以上、俺も千嵜ももう部外者じゃないよ。他人の話じゃないし……ここまで聞いたら俺は、中佐賀さん自身が満足出来る結果を得られるまで手伝いたいと思ってる」

「…け、けど……」

「中佐賀さんだって、もう話しちゃったんだから抵抗は少ないでしょ?…誰だって善意を拒否するのは辛いし、一人で何とかしようなんて簡単じゃない…だからさ、無理せずもっと頼ってよ。あんまり力にはなれないかもしれないけど、こうして話を聞く事はこれからも出来るんだからさ」

「……迷惑、じゃないんですか…?こんな事に、こんな僕の事に時間を割くのは…迷惑だって思わないんですか…?」

「思わないよ。だって……」

 

立ち上がって俺達二人に、中佐賀の不安そうな瞳が向けられる。答えに期待する反面、答えを聞くのが怖い…そんな様子の中佐賀に、俺達二人は肩を竦める。全くこいつは…なんて心の中で思って、でもこれこそが中佐賀の本心なんだなって感じて……だからこそありのままに、言う。

 

「──悩み相談をするのも、聞いた悩みについて一緒に考えたりするのも、友達だからね」

「俺は友人やら親しい相手やらに迷惑をかける事に定評があるからな。どうせ今後は中佐賀にも迷惑かけるだろうから、俺だってそれ位受け止めてやるよ」

「……っ!」

 

助けるだとか、救うだとか、そんな大それた事は言わないし、言えない。御道はちょっと人当たりがいいだけで、俺はちょっと複雑な人生歩んでるだけで、中佐賀の抱える悩みを解消してやれるような人間ではないから。だが……俺達はもう、中佐賀を友だと思っている。そういう相手として、今は接してる。だから、助けるなんて大層な事は出来なくとも……友人として、出来る事を尽くすってだけさ。

 

「……そんな事、言われたの初めてです…誰にも、言わなかったんだから…当たり前ですけど…こんなに優しい言葉を、かけてくれるなんて…力になってくれるなんて……嬉しい…凄く凄く…嬉しいです……っ」

 

俺達の言葉に目元を押さえる中佐賀。…男泣き、というにはあまりに可憐で儚げなその姿は確かに異質で、気遣いしようと思った中佐賀のクラスメイトの気持ちも十分分かる。もし話してくれなかったのなら、俺達だって中佐賀を苦しめる善意を向けてしまったかもしれない。

だが、それは仮定の話。俺達は中佐賀の思いを知っているし、中佐賀の望みも分かっている。分かっているからこそ、してやれる事もある。

 

「…ったく…泣くなよ中佐賀、大丈夫か?」

「はいハンカチ。これで顔拭いて」

「…ぅ、く…あ、ありがとうございます…二人、共……」

 

背中をさすり、落ち着けるよう促す。もしこれが別の奴ならまぁまずやらないが、中佐賀の場合は別。…思った通りに、感じた通りに中佐賀と接する。それこそが、中佐賀の望むものであり……壁のない友人関係ってやつだ、きっと。

それから数分して、中佐賀は落ち着きを取り戻した。人前で泣いたからか恥ずかしそうにはしていたが…その顔は、今度こそ良い意味で吹っ切れたようだった。

 

「本当に、今日は色々お世話になりました…いやもうほんとに…」

「だから気にすんなっての。…で、どうする気なんだ?」

「……変わろうとするのは、もう少し待ってみます。焦らず、ゆっくりと考えていきたいですから。…だから、あの……」

『…………』

「…僕は、もっとお二人から色々学びたいんです。だから…これからもこうして、誘ってくれますか…?」

 

晴れやかな顔で、また中佐賀は答えを求める。けれどその問いに、不安は感じられない。ただ、相手からきちんと答えを聞きたいという…純粋な思いで聞いたんだろう。そして答えももう……考えるまでも、ない。

 

「……なら、これからは敬語無しにしようぜ?茅章」

「だね。勿論誘うけど、そっちから誘ってくれても構わないからね、茅章」

「は、はいっ!…じゃなくて、うん!これから宜しく頼むね、悠弥君、顕人君!」

 

──人と人との関わりは、繊細で、複雑で、中々上手くいかないもの。思い通りになんて全然いかないし、言動が裏目に出てしまう事だって少なくない。…それでも、そんな関わりの中で、関わりの先で、友と呼べる人を作っていけるのなら…それはきっと、尊くて手放せないものなんだろう。…そんな事を俺は思った。つまり、なんだって言うと……今日は良い日だった、って事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

……まぁ、それはそれとして…

 

「……行ったな、茅章…」

「帰ったね、まぁもうそういう時間だし」

「…………」

「…………」

 

 

 

 

「……男、だったんだな…」

「……男、だったんだね…」

 

茅章が帰ったのを確認した後、沈黙の後にぼそりと呟く俺と御道。……人って、見かけによらないものだよな、ほんと…。

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