宗元さんに呼ばれて、それから篠夜と三度目の邂逅を果たして……それから結局、俺は暑い中帰る事にした。理由は簡単。日が落ちるまで待ってたら時間が無駄だから。
「まぁ、それなら執務室出た時点で帰れよって話ではあるけどな……」
…と、誰に聞かせる訳でもない、傍から見たら「うわ…いきなり何言ってんの…?」とか思われそうな事を言いながら俺は歩く。今歩いているのは、家の近くにある川沿いの道。
「…いい風が吹く……」
暑いといえば暑いが、風が吹くとその時は気持ちが良い。バケツ一杯かそこらの水でやる打ち水だってそれなりに涼しくなるんだから、膨大な水量を持つ川ならその涼しさも……
「……って、ん…?うなぎ…いや、どじょう…?」
何となく川へ向けていた視界の端で素早く動いた、黒い影。一瞬で視界から消えたから、断言は出来ないが…細長い感じだったよな…?
「…今時普通の川に、うなぎとかどじょうっているっけ…?」
確かめたところでどうこうするつもりは全くないが、今のは見間違いかそうじゃないのか。見間違いじゃなかったとしたら、一体何だったのか…それが気になった俺は、川へと近付く。近付いて、川の中へと目を凝らす。
(鯉…は違うな。流石にこんな感じじゃなかった。んで、流れてる水草…なら、素早く動く訳がない……)
じぃっと観察する事数十秒。動く魚や物体は幾つか見つけられるも、これだ!…と感じるものはない。もしかしたら大きな石の裏辺りに隠れているのかもしれないが、川に入って石ひっくり返す程気になる訳でもない。だって、気になるといってもいざ見つけたら、「あ、そうなのかー」で終わる程度の興味だもの。
「…ふーむ、もう川上か川下の方に泳いでいったのかもしれないか……」
それからも多少の時間…通算で数分程探して、俺は「まぁ、いっか」という気持ちに。ただそれでも気になるという感情がゼロになった訳じゃない為、最後に一度見回して……気付いた。離れた場所じゃなく、俺の真下付近に何かいる事に。
「……こいつは…」
一瞬視界に捉えた通りの、黒く細長い身体。だが、尾の部分は三つに分かれ、しかもその先端は鋭利な形状となっている、うなぎともどじょうとも違う何か。…いや、違う……こいつは何かじゃなくて…魔物だ。
「…………」
俺に気付いてない様子でゆっくりと泳ぐ魔物から目を離さないようにしながら、携帯しているナイフに手を伸ばす。
この距離にいながら俺が探知出来なかったという事から、考えられる可能性は二つ。霊装者を欺けるだけの力を持つ強い個体か、探知出来ない程に弱い個体か。そして恐らく、こいつは後者。
(……倒す、か…?)
ナイフの柄を握ったところで、俺は手を止める。魔物は相変わらず、ゆらゆらと泳いでいる。
探知出来ない程弱い魔物なら、一撃で片付けられる。…だが、こいつを…人を襲うどころか、逆に肉食の魚に食べられそうな気すらするこの魔物は、倒す必要があるのだろうか。…こんな奴を倒したら罪悪感が…なんて事はない。が…家の中に虫がいたら始末したくなっても、家の外なら放っておけばいいか…なんて思うのと同じように、今の俺には「何としても倒さなくては」という感情が湧いてこない。
(…けど、後悔先に立たずとも言うしな…こいつが敵意を見せてくれりゃ、こっちも楽なんだが……)
同じ結果をもたらす事でも、自分を納得させられる理由があるのとないとじゃ大違い。でもそう思ったって魔物が襲いかかってきたりはしない訳で、なら仕方ないと俺は心を決め……
「…あれ、お兄ちゃん?」
「……──ッ!」
──緋奈の声が聞こえた瞬間、俺は全力でもって魔物へナイフを突き刺していた。ナイフは勿論俺の腕も川の中へと潜り、その勢いで水飛沫が跳ね上がる。そして腕に感じる、水の流れと確かな手応え。
「えぇぇぇぇっ!?お、お兄ちゃん!?」
「……っ…よ、よぉ緋奈…」
「あ、うん…ってそうじゃない!お兄ちゃん何してるの!?」
「…あ、あー…ちょっと今、うなぎっぽい奴がいてな……」
驚きと若干引いたような感情の混じった声を上げる緋奈。魔物を見てるし認識してる俺と違って、緋奈からすればいきなり兄が凄い勢いでしゃがみつつ川へ腕を突っ込んだ訳だから、そういう反応するのも当然の事。もし立場が逆なら、間違いなく俺は緋奈と同じ反応を取っている。
「う、うなぎ…?…獲ろうとしたの…?」
「獲るっつーか、仕留めるっつーか…まぁ、そんなところだ……」
「……結果は…?」
「…ご覧の通り、見る影もない」
刃が身体を貫通した魔物の消滅を確認し、手と腕の内側にナイフを隠しながら立ち上がる。すると緋奈少しばかり不思議そうな顔をしながらも俺のすぐ隣まで来て…それから川の中を覗いた後、俺を見つつ肩を竦めた。…狙い通り、緋奈は俺の返答から「うなぎを取り逃がした」と解釈してくれたらしい。
「…残念だったね」
「そんな事はないさ。どうしてもうなぎ食べたきゃ買えばいいし、代わりに緋奈が釣れたからな」
「え、わたし釣られた扱いなの…?」
「勿論。さぁて、どう料理してやろうかなぁ…」
「……セクハラ?」
「ぶ……っ!?ち、違うわ阿呆!こんなまた日も沈んでない時間に外で妹にセクハラなんざするか!」
「いやお兄ちゃん、その言い方だと状況が違えばするみたいにも聞こえるから……こ、言葉には気を付けてよ…?」
普段通りの会話から一転し、半ば自業自得でそれぞれテンパったり恥ずかしくなったりする俺達。不真面目で可愛げのない俺と、しっかりしてて可愛い緋奈という、いつもはあんまり似てない俺達だが…こういうところはやっぱ兄妹だよな。…なんか当人である俺がそう考えるのは変な気もするが。
「…こ、こほん。…濡れちまったなぁ……」
「あんな勢いで腕突っ込んだらそうなるよ…着替え取ってくる?」
「…ここ家の中じゃないんだぞ?家帰ってまたここまで来るってなったら、ちょいと時間がかかるんだぞ?」
「うん、でも濡れたままは気持ち悪いでしょ?」
「……くぅ、ほんとに緋奈は良い子だなぁ…!」
「ふふっ、もっと褒めてくれていいよ?」
御大層な理由がある訳でも、見返りを求める訳でもなく、純粋に俺の為を思ってくれる緋奈の優しさに胸を打たれた俺は、心の中で感動の涙を流す。…よし、今日の夕飯は緋奈の好きな物にしちゃうぞ!
…という出来事も経て、俺は緋奈と一緒に帰宅(どうせ歩いてる内に乾くだろうから、緋奈からは気持ちだけ受け取った)。先程の事も含め、今日は朝から中々濃い一日だったと思う。……いやまだ日中だけど。
「…さっきのは、不幸中の幸い…ってとこか……」
自室に入って扉を閉め、鞘に納めたナイフを取り出す。拭く事も水を切る事もせずに鞘へと納めた為、ナイフはまだ濡れたまま。
「……もし、緋奈が来なかったら…」
椅子に腰掛けナイフの手入れをしながら、あの瞬間の事を考える。緋奈の声が聞こえたあの時、俺は反射的に身体が動いていた。それは勿論、緋奈が魔物の存在を知ってしまわないようにする為。だがもしも、あの時緋奈がいなければ、その場合俺は……
「…いや、やってた事は変わんねぇか…」
暫し考えたところで、意味のない思考だなと肩を竦める。そもそもの話として、緋奈の声を聞く前から俺は魔物を仕留めるつもりだった。ならば結果は変わらない。意識して動いたか、無意識に動いたか…違いがあるとすれば、その程度。理由云々よりも小さな違いをいちいち気にしていたら、キリがない。
「それより考えるべきなのは演技の技術だな。今回は運良く嘘を吐かずに済んだけど、咄嗟にボロが出るんじゃこれまでの事も台無しだ…」
演技力を鍛えるには実際にその経験を積むか、それとも心理の授業でもしてみるか。そんな事を考え始めた俺の頭に、もう一つ前の思考の名残なんてものはない。…けど、そりゃそうだろ?終わった事をいつまでも考えてたって仕方ねぇし…そんな事よりこっちの方が、ずっと大事なんだからな。
*
夏休みと言ったって、要は普段週末しかない休みが一週間フルにあるだけという話。…いや勿論それは大きい事なんだけど…何かがガラリと変わる訳じゃない。毎日週末みたいな過ごし方するだけって事。……と、夏休みが始まって数日程度の時はそう思っていた。
「…顕人、麦茶がもうない」
「あれ、もう空になっちゃった?…うーむ、麦茶の消費速度も増したなぁ……」
コップとピッチャーを手にキッチンから声をかけてくるラフィーネさんに、俺はここのところの消費速度を思い出しながら答える。綾袮さんが誘い、ロサイアーズ姉妹がうちへ来たのが夏休み最初の夜。それ以降、姉妹は毎日…ではないものの、かなりの頻度でうちへ来るようになった。
「…どうしよう?」
「どうって…もうそれ出ないだろうし、新しいパックと取り替えてくれて構わないよ?」
「それは無理」
「無理?……え、まさか…蓋の外し方分からない…?」
「…そうじゃなくて、パックももうない」
「あ…そっちか……」
んな馬鹿な…と思いながら回答に対する質問をすると、ラフィーネさんは戸棚から空になった麦茶パックの箱を出して俺に見せてくる。…はは…そ、そりゃそうだよね…流石に分からない訳ないよね…。
「しまった、さっきスーパー行く前に確認しときゃよかった…どうしても飲みたい?飲みたいなら買ってくるけど…」
「別に。無いならいい」
「じゃ、明日にでも買ってこよ「でしたら私が買ってきますよ?」うおっ…フォリンさん聞いてたんだ…」
まさか数分前洗面所へ行ったフォリンさんが言葉にも物理的にも割って入ってくるとは思っておらず、少し驚く俺。…あ、物理的とは言ったけど別に扉を破壊してはいないよ?
「聞いてた、というより聞こえたですね。同じパッケージの物でいいですか?」
「い、いいけど…ラフィーネさんも無いならいいって言ってるし、わざわざ行ってくれなくても大丈夫だよ?」
「お気になさらず。元々買いたい物があったので、そのついでです」
「そう?…なら、一箱お願いするかな」
その買いたい物が何なのかは分からないけど、ついでと言うならあまり頑固に拒否(?)するのも変な話。…という訳で俺はフォリンさんへと頼む事にした。…自分からそう言ってくれる辺り、ほんとにフォリンさんは人間が出来ているよなぁ…。
「じゃあ、お願いします」
「はい、了解しました。…行ってきますね、ラフィーネ」
「うん」
それからすぐにフォリンさんは買い物へ。…そういえば、近くのスーパー知ってるんだっけ?…と思ったけど…仮に知らなくても、フォリンさんなら敷地出る前に気付くだろうし大丈夫か。
(こんな暑い中行ってくれる訳だし、帰ってきた時出せるよう飲み物の準備でも…って、その飲み物が用意出来ないから買いに行くんだった…はは……)
…なんて事を、フォリンさんが行ってから十数秒後に思う俺。これを声に出していたら「長々と独り言言ってるなぁ…」とか思われるだろうけど、声に出してないから余裕でセーフ。さて、この時間帯はバラエティの再放送が……って、
「…………」
「…………」
「……(おぉーっと…これは……)」
ちらりと目を動かせば、そこには何か気になるものでもあったのか窓の外を見ているラフィーネさんの姿。フォリンさんは言わずもがなで、綾袮さんも出掛けている。…つまり、俺は今ラフィーネさんと二人きり。
「…………」
「…………」
「……カーテン、閉める?」
「あ……そ、そうだね…薄いカーテンは閉めておいて…」
さっとラフィーネさんはカーテンを閉め、俺が座っているのとは別のソファに腰を下ろす。……当たり前だが、やましい事は考えてないぞ?ラフィーネさんに魅力がないとかじゃなく、俺は良識ある人間なんだから。…そうじゃなくて……
(間が持たない間が持たない帰ってくるまで沈黙じゃ絶対間が持たない…!)
身体…でやるとモロバレするから、その代わりに心の中で頭を抱える。前にもラフィーネさんと二人になった事あるし、その時は何とかなったけど…今回はほぼ間違いなくその時より長い時間になる。とすれば、やはり…何か話題なり何なりがなくては不味い…!
「…ら、ラフィーネさん…何か見たい番組でもある…?」
「別にない」
「なら…そうだ、アイス……」
「さっき食べた」
「…そうでした…えぇ、と……」
幾つか提案をしてみるも、ラフィーネさんからは淡々と乗り気ではない反応が返ってくる。これまでの経験で、ラフィーネさんは口数こそ少なくても、言いたい事があれば躊躇わず言うタイプだって分かったから、話しかけてこないのは特に話したい事がないだけだって事なんだろうけど……そういう事じゃないっていうか、うーん…。
(…って、そうじゃなくて…ここはうちなんだから、何かしら話題になる物がある筈。何か…すぐには終わってしまわない何かが……あ…)
あまり首を動かないようにしながら、部屋を見回した俺。ゆっくり、家具や置いてある物一つ一つへ(流石に本とか文具とかは一纏めで見てるけど)目をやって……TVの下の棚が視界に入ったところで、思い付いた。
「…あのさラフィーネさん、ちょっと付き合ってほしい事があるんだけど、いい?」
「…どこか出掛けるの?」
「いや、時々これを綾袮さんとやるんだけど、しょっちゅう負けてるんだよね。だからラフィーネさんとやりたいなぁと思って」
「……初心者狙いで勝負を仕掛けるのは、格好悪いと思う」
「あはは、だよねぇ…でもどう?協力プレイとかもあるし、やってみない?」
棚から据え置き型のゲームを引き出して、コントローラーの一つを差し出す。俺の言ってる事が格好悪いのは分かってる…というか分かってた。…でもこれは、そういう作戦。
提案を受けたラフィーネさんは、俺とコントローラーとで何度か視線を行き来させる。そして……
「…こう?」
「そうそう。でも振る時は周りに気を付けてね?後コントローラーも離さないように」
俺とラフィーネさんは、コントローラーを実際に振ってプレイ出来るテニスゲームをスタートした。…これなら、初プレイのラフィーネさんでもすぐ楽しめるからね。
「じゃ、まずは少しチュートリアルモードをやってみて。大丈夫そうなら途中で止めてもいいからさ」
「うん。…その間顕人は?」
「ラフィーネさんの動きを見て、弱点を探ろうかな」
「……目隠しするか、別の方向見てて…」
「じょ、冗談だよ…画面見てるから安心して」
軽いジョーク位のつもりで言ったのに、本気の言葉と取られたのか俺は少し厳しい視線を浴びてしまう。…うぅむ…てかラフィーネさん、既に本気なのね…。
そこから約十分、ラフィーネさんはチュートリアルをプレイ。予想通りラフィーネさんは飲み込みがよくて、チュートリアルは楽々クリア…っていうか、どうも物足りなかった様子。その証拠に、一通り練習を終えるとなんとラフィーネさんから声をかけてきた。
「…大体分かった。だから…顕人、勝負」
「ノリノリだね。でもいいの?その前に協力プレイでもう少し動きを知っても……」
「いい。多少の技術は、勘と身体能力でカバーするから」
「…言うねぇ。なら、やろうか」
そう言ったラフィーネさんの瞳には、やる気の炎が灯っている。このゲームが好きなのか、それとも勝負が好きなのか。ただどちらにせよ…そう言われたら、俺だって「やってやろうじゃん」って気持ちになる。……やってやろうも何も、俺が言い出した事ではあるけど。
「…本気でやるよ?いいね?」
「勿論」
「じゃあ……勝負!」
ハンデ…ではなくじゃんけんの結果ラフィーネさんが最初のサーブを打つ事になり、彼女が振って勝負開始。自陣に飛んできたボールを、俺は普段通りに打ち返す。
「よ、っと…」
「ふっ……」
「こっち、だね…!」
「……!」
数度のラリーの後、それまでとは逆に打ってラフィーネさんの虚を突いた俺。それにラフィーネさんは反応するも、体感型といえど完全に身体と同期する訳ではなく……先制点は、俺のものとなった。
「…どうかな?」
「…まだ、始まったばかり……」
少し得意気な顔で振り返ると、ラフィーネさんはこちらを見る事もなく集中力を高めている。…正直開始数十秒でここまでマジになるとは思ってなかったけど…何となく、それはラフィーネさんらしいとも思う。
それから、十分弱して……
「……負け、た…?」
「ふぅ……(あ、あっぶねぇ…途中そこそこいい勝負になってたぞ…?)」
二つに分けられた画面にそれぞれ表れる、WINとLOSEの文字。予想以上に集中力を消耗したなと俺は小さく息を吐き、ラフィーネさんは目を見開いて視線を画面から俺へ。…勝ったには勝ったが…初心者相手にそこそこいい勝負って、何しとんねん俺……。
(うぅむ、ラフィーネさんにそれだけの能力があったのか、俺の技術がショボ過ぎるのか、それとも……)
「…もう一度、勝負」
「え?…あ、第二ラウンドって事?」
「そう。勝負…!」
「お、おう…(あれ?更にエンジンかかってる…?)」
結果より内容を重視する思考で状況を分析する中、詰め寄ってくるラフィーネさん。元々一回で終わるつもりはなかったけど…な、なんか思ってたのと違う展開になってきたな…。
…なんて事を思いながら、第二ラウンドスタート。初勝負の内容が内容だったんだから、油断なんて……と、思いきや。
「……ありゃ…?」
「……っ…」
二回目もやっぱり、初心者とは思えない程のいい動き。でも…点差は、一回目より開いていた。勿論、勝ったのもまた俺で……もしやさっきのは、ビギナーズラック…?
「…えっと、まぁゲームと言えど経験の差は……」
「…もう一回」
「……第三ラウンド…?」
「当然。勝ち逃げは、許さない…!」
「あ…はい……」
びしり、と向けられたコントローラーは、まるで彼女のナイフのよう。雰囲気も最早戦闘時のそれ…とまでは言わずとも、とても「ゆるーくまったりプレイ」なんてものじゃない。……どうも俺は、とんでもない事に足を踏み入れた…いや、踏み入れさせてしまったらしい。
(はは、手を抜いたらすぐバレるだろうし…これは長丁場になりそうだぞ……)
*
フォリンが買い物に出掛けてから、一時間弱。思っていたより時間がかかってしまったと思いながら宮空宅へと戻った彼女は、扉を開けると当時に口を開いた。
「ただ今戻りました。買ってきましたよ、顕人さん」
まずは戻った事の挨拶、続いて頼まれていた物の件を口にするフォリン。この時彼女は大声…とまでは言わずとも、それなりの声を出していたのだが……反応がない。
「……?」
反応がない事に、彼女は小首を傾げる。何故なら聞こえていないという可能性は低く、聞こえているなら姉であるラフィーネが何かしらの反応を返してくれる筈だと思っていたから。……が、反応は疑問に思った数秒後に返ってきた。
「お帰り、フォリン。暑くなかった?」
「暑かったかと言われれば、勿論暑かったですけど…思った通りの気温だったので、大丈夫ですよ」
「そう。なら良かった」
「はい。……って、ラフィーネ…今少し、ご機嫌ですか…?」
リビングの扉を開け、顔を出したラフィーネが発したのはいつも通りの淡白な言葉。だが、常に姉妹として、相棒として行動を共にしているフォリンはすぐに気付いた。ラフィーネが普段よりも、機嫌良さそうにしている事に。
(何でしょう?私が帰ってきたから……では、ないでしょうし…)
一体何が姉の機嫌を良くしたのかと考えながら、手洗いうがいを経てフォリンはリビングへ。そうして不思議に思いながらリビングに入ったフォリンが目にしたのは、対照的な二人の姿。
「ぜぇ…ぜぇ…はぁ…はぁ…ゲームって、こんなに疲れるものだっけ……?」
「真剣勝負で披露するのは、当然の事。次はフォリンとやるから、顕人はその間休んでるといい」
「あー……」
むふー、とご満悦で胸を張るラフィーネと、ソファでぐったりとする顕人の姿を見たフォリンは、自分が不在の間に何があったかを理解し……つい、苦笑いを浮かべてしまうのだった。