双極の理創造   作:シモツキ

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第八十三話 姉妹の気持ちと抱くもの

いつも静かで口数の少ないラフィーネさんは、一見大人っぽい人。でも実際には、綾袮さんと別ベクトルで子供っぽい人。あくまで俺の主観だけど、綾袮さんは子供っぽい言動を好んでしている…というか子供っぽい『性格』なのに対し、ラフィーネさんは本当に精神年齢が実年齢より少しだけ低い気がする。勿論頭が悪いなんて事はなく、戦闘やら何やらで俺より精神年齢高いなぁと思う面も多いから、本当にあくまで「そう感じる事がある」ってだけなんだけど……どうしてそういう一面があるんだろうと、ふと俺は思った。

 

「…ふぅ…まだ話す?」

「いや、いい。顕人もう殆ど思い付いてないから」

「そりゃそうだよ…何年もの付き合いって訳じゃないし、会う度に改めて話したくなるような出来事があった訳でもないんだから…」

 

もっと話してほしい。その要望に応えて、俺はこれまでラフィーネさんと接する中で感じた様々な事を話していった。まだとても友達とは言えない時の事から、つい数日前に会った時の事まで、覚えている事は片っ端から。けれど片っ端から…なんて言っても母数自体は決して膨大な量ではないから、初めは調子良くても段々と話の質が下がっていき、最終的にはほぼ「ふーん…」で終わるような内容に。それのせいか、最初は嬉しそうだったラフィーネさんも、今は普段のクールな感じに戻っていた。

 

「…なんか、諺にあった気がする。竜とか蛇とか…」

「竜とか蛇とか?……あ、もしや竜頭蛇尾の事?」

「…多分、それ」

「それは諺っていうか四字熟語だね…って失礼な!確かに竜頭蛇尾な感じにはなっちゃったけど…一応俺、頼まれて話してたんだからね!?」

 

半眼でこくんと頷いたラフィーネさんに、俺はその通りだなぁ…と一瞬普通に納得し、それから突っ込んだ結果ノリ突っ込みみたいな形に。…恩を売る為に話した訳じゃないけど……竜頭蛇尾が感想だとしたら酷ぇ…!

 

「…顕人は、頼まれてたから話してたの?」

「へ?…いや、うん…そうだけど…?」

「……嘘吐き。楽しいから話してるって、さっき言ってくれたのに…」

「えぇ!?や、それは違うよ!?あぁいや違う訳でもなくて、それはその通りだよ!ただそのそれとこれとは違うっていうか、えーと……」

「……ぷっ。騙されてる顕人、面白い」

「うぇ……?」

 

酷いと俺が思っている中、ふっ…とラフィーネさんの雰囲気が変わり、質問に肯定すると、裏切られたと言わんばかりの表情に。まさかそんな捉え方をされるとは思ってなかった俺はそれだけでテンパってしまい、慌ててそういう事ではないんだと釈明していると……不意にラフィーネさんは吹き出し、にやりと笑った。してやったり、と言わんばかりの顔をして。

 

「…ちょ、ちょっと…止めてよもう…本気にしちゃったじゃん……」

「知ってる。顕人、凄く慌ててたから」

「慌ててたから、じゃねぇ……」

 

ラフィーネさんは反省するどころか、上手く騙せた事に気分良さ気。それが本当に気分良さそうだったものだから、俺は怒る気にもなれず肩を落として額に左手を当てる。何故左手かというと……今も右手には、ラフィーネさんの手が重ねられているから。

 

「……って、ん…?」

「…どうかした?」

「いや…ラフィーネさんって、こんな冗談言う人だっけ…?」

 

何とも言えない気持ちになる中、ふと天然ではない、少し意地の悪い冗談を変に思った俺。気になった俺がそれを訊くと、ラフィーネさんは何故か目を丸くする。

 

「…言われてみれば、これまでは言ってなかった気がする…」

「だよね……じゃあ今のはなんで?」

「分かんない」

「わ、分かんないんだ…」

「うん……でもきっと、浮かれてたから。だから今のは、顕人のせい」

「えぇー……俺のせいって…」

「又は、顕人のおかげ」

「…なんだそりゃ……」

 

俺のせいなのか、俺のおかげなのか。それは同じ軸ながら全く逆の意味の言葉で、多分ラフィーネさんはどっちが適切か迷ったから両方出したんだと思う。…でも何故だろうか、楽しそうなラフィーネさんを見ていたら…俺のせいであり俺のおかげという言葉が、不思議と悪い気はしない俺だった。

 

「……ありがとう、顕人」

「…ん?」

「わたしは顕人の気持ちが嬉しい。わたしを見てくれて、わたしといて楽しいと言ってくれた事が、本当に嬉しい。…どうして楽しそうなのか、訊いてよかった」

「そっか……俺も嬉しいよ。ラフィーネさんに嬉しいって言ってもらえた事が」

「…うん……」

 

改めてラフィーネさんが口にした、嬉しいという言葉。それ自体が嬉しくて、自分が誰かを「嬉しい」って気持ちにさせてあげられた事も嬉しくて、俺も素直な思いで言葉を返す。するとラフィーネさんはいつものように素っ気ない返答をして……でもその声には、クールな霊装者ではない、普通の女の子のような響きが籠っていた。

琥珀の様な双眸が、俺を見つめている。細くて華奢な手が俺の手に重ねられていて、隣に…すぐ近くに、ラフィーネさんがいる。普段は考えている事のよく分からない彼女が、こんなにも感情を見せて嬉しいと言ってくれた。それはとても充実した思いで、でもこれまで俺が感じてきた様々な思いとはどれも違うような気がして、無意識に見つめ返してる自分がいて……

 

「……そ、そういえば綾袮さんは?ほら、綾袮さんだって話してる時は楽しそうだったんじゃない?」

「綾袮?…そう、だったかも……」

 

──俺は、話を逸らして目も逸らした。理由は…自分でも、よく分からない。

 

「…綾袮も、顕人と同じ気持ち?同じ気持ちだから、楽しそうなの?」

「うーん…かもしれないね。でも…」

「でも?」

「…綾袮さんは、相手に関わらずいつも楽しそうだから」

 

綾袮さんは特別…っていうか、普通の尺度じゃ測れない相手だよね。…そんな意図で言った俺の言葉はちゃんと伝わったらしく、ラフィーネさんもこくこくと頷いた。頷いて……それから視線を海へ移して、どこか遠い目に。

 

「…綾袮も良い人。強いし、霊装者として優秀な人。…ちょっと五月蝿いけど」

「あはは…だね……」

「…顕人とも綾袮とも、こんなに関わるとは思ってなかった。…そういう予定じゃ、なかった」

「…予定……?」

 

静かながらも興奮というかなんというか、とにかくついさっきまでのラフィーネさんの言葉には熱があった。でも打って変わって今発せられた言葉からは、さっきまでの熱が感じられない。…目だけじゃない、何か心までもがここではないどこかを見ているような雰囲気が、今のラフィーネさんにはあった。

 

「…わたしは、大事な目的があってここに来た。来なきゃいけない、理由があった」

「う、うん…知ってるよ。組織同士の交流の一環だったよね?」

「……だから、目的はちゃんと果たす。ここには楽しい事が沢山あったし、顕人とももっと話したいけど…一番大事なのは、わたしの目的。…わたしには、大切なものがあるから」

「…ラフィーネさん?もしかして、何か…抱えてる?もしそうなら、俺が相談に──」

 

 

 

 

「…いつまでも帰ってこないと思えば、何をしてるんですかねぇ…」

「うわあぁぁあぁっ!?ふぉ、フォリンさん!?」

 

何かおかしいと感じた俺が話を聞くと言いかけた瞬間、突如背後から聞こえた冷めた声。それに思い切り驚いた俺がばっと振り向くと(その前に一瞬海に落ちかけた)、そこにはパーカー片手に半眼でじとーっと俺達を見るフォリンさんがいた。

 

「えぇはい私ですよ。ラフィーネに城を見ていてと言われ、戻ってくるのをずーっと待っていたフォリンですよ」

「あっ……」

「…貝殻探しに来たの、忘れてた……」

「はぁ…でしょうね、見つけた時点でそう思いましたよ…」

 

フォリンさんに言われて当初の目的を思い出した俺が横を見ると、ラフィーネさんも「やってしまった…」的な表情になっていた。…そして声をかけられた時ラフィーネさんは飛び退いていて、もう俺の手には何も乗っていない。……うん、まぁ…それが普通の状態だし、別にいいけどさ…。

 

「…ごめん、フォリン……」

「全くです。今も探し続けていたとかならともかく、二人で海を眺めているなんて…」

「……城は…?」

「悠弥さんと妹の緋奈さんに任せたきました」

「そう、ならよかった」

「よくありませんが?」

「……ほんとにごめんなさい…」

「…俺も、ごめん…」

 

腕を組んで怒り顔を見せるフォリンさんに、二人して謝る俺とラフィーネさん。俺はいいにしても、ラフィーネさんはフォリンさんの姉な訳で……何とも悲しい光景だった。

 

「…反省してますか?」

「してる…」

「なら、いいです。…それで、貝殻は…」

「これ」

「へぇ、結構良さそうなのがありますね」

 

謝ってから数秒後、フォリンさんは反省してるか訊き、それにラフィーネさんが首肯するとすぐに表情を緩めてくれた。更にそこから貝殻を見せると、緩んでいた表情に笑みが浮かぶ。

 

「もう少し探す?」

「いえ、これだけあれば十分ですよ。…あ、そういえばさっき、あちらの方で面白いものを見つけたんです」

「面白いもの?」

「はい。…見ておいて、損はないと思いますよ」

「……じゃあ、ちょっと見てくる。フォリン、顕人、また後で」

「あ、うん……」

 

二人で顔を突き合わせて会話した後、ラフィーネさんは林の方へ。ちょっと急な展開だなぁと思いつつも、別段引き止める理由もないから見送る俺。……見ておいて損はないものって、何だろう…。

 

「…………」

「…………」

 

そしてこの場は静かになってしまった。…と言っても特に何か問題がある訳じゃなく、会話の途中で誰かがいなくなってしまった(特にそれが話の中心にいた人の場合)時にはよくある現象。…まぁ、俺的にはラフィーネさんと並んで座ってたのを見られてちょい気不味いってのもあるんだけど…。

 

「…え、えーと…俺達も戻ろうか」

「…何を話してたんです?」

「へ?」

「ラフィーネとです。話、していたんでしょう?」

 

努めて平然を装いつつ元いた場所へ戻る事を提案すると、すっと一歩こちらへ近付きつつフォリンさんが訊いてくる。俺が、ラフィーネさんと何を話していたかを。

 

「……べ、別に話って程の事はしてないよ?休憩がてら海眺めてただけで…」

「おや、私には随分と長話をしていたように見えましたが?」

「えっ……ま、まさか…」

「えぇ、見てましたよ?ラフィーネが貴方の話を真剣に聞いている姿も、私以外にはまず見せないような顔で喜ぶ姿も、見つめ合っている姿も」

「なッ、ちょっ…い、いつから見てたの!?前から!?かなり前からなの!?」

 

衝撃の回答…というか事実を聞いて一気に顔が赤くなるのを感じる俺。嘘ぉ!?じゃあ俺、フォリンさんにずっと見られてたって訳!?

 

「何ですかその動揺は……まさかラフィーネといかがわしい話でもしていたんですか?もしそうなら…」

「うわっ、ちょっ、違う!違うから!断じてそんな事はないからそんな目しないで!?」

「…まぁ、それはそうでしょうね。そんな話でラフィーネがあんな顔を貴方に見せる訳ありませんし」

 

標的を睨むような目を向けてくるフォリンさんに対し、慌てて俺は弁明。驚かされる事といい弁明といい、今日は何!?今日はこの姉妹に心臓バクバクさせられる日なの!?

 

「わ、分かって頂けたようで何よりです…」

「…で、何なんです?話して頂けないのなら、言えないような話だったと判断しますが…」

「う…は、話せない訳じゃないよ。ただ……」

「ただ?」

「…話してたのはラフィーネさんの思いが結構関わる話だから、勝手に話す事は出来ない。だから…気になるなら、ラフィーネさんにまず確認をさせて」

 

問い詰められて俺はたじたじになるも、話せという要求には首を横に振る。…プライベートな話を口外するのは、その人の秘密をバラすようなもの。例えそれが本人の妹であったとしても、俺が勝手に判断して話しちゃいけない話。それに、これは俺の思い過ごしかもしれないけど…今日ラフィーネさんは、これまてで一番心を開いてくれたと思う。そんな相手の話なら…尚更、勝手には話せない。

 

「……分かりました。そういう事でしたら、追求はしません」

「…悪いね、フォリンさん」

「お気になさらず。むしろ、これに関してはお礼を言わなくてはいけませんね。…ありがとうございます、ラフィーネを気遣ってくれて」

 

数秒の沈黙を経て、フォリンさんは真剣な顔で頷いてくれた。そしてそこからフォリンが口にした、俺の気遣いに対するお礼。気遣いというより、俺自身が『してはいけない事』だと思って話さなかった訳だから、お礼を言われる事でもないけど…同時にわざわざ言う事でもないと思ったから、そのお礼は黙って受け取った。

 

「…フォリンさんは、本当にしっかりしてるね。特に、ラフィーネさん絡みだと」

「ラフィーネは私より…大概の人よりずっと真っ直ぐで、純粋ですから。だからその分を私がフォローするのは当然です。それが、家族というものでしょう?」

「それは……うん、そうだね。…その考えは、間違ってないと思う」

「例え間違っていても、私はそれを貫くつもりですけどね。……貴方は、どうですか?」

「え……?」

 

元々真面目な顔をしていたフォリンさん。けど……俺へと問いかけた時のフォリンさんは、これまでで一番だと思う程の真剣な表情を俺に向けていた。

 

「大切なもの、譲れないものに、貴方はどこまで懸けられますか。その道が困難だとしても、危険だとしても、貫けますか。顕人さん、貴方に……覚悟と呼べるだけの思いは、ありますか?」

「…フォリン、さん…?それ、って……」

 

俺を、俺の心を見定めようとするような、フォリンさんの瞳と言葉。静かなのにずしりと響くような、俺に対するフォリンさんの問い。フォリンさんに声をかけられる直前のラフィーネさんにも似た……只ならぬ雰囲気。そんなフォリンさんの様子に俺は戸惑って、そして……

 

「……なんて、冗談です」

「……は、い…?」

「だから冗談です。ラフィーネの言う通り、本当に顕人さんは騙されてる時面白いですね」

「…この姉妹性格悪いぃぃ……!」

 

それまでの真剣な空気を霧散させ、朗らかに笑うフォリンさんへ、両手で額と目を抑えながら恨み節を絞り出した。本当にって…絶対これラフィーネさんが嘘で俺を弄ったの知ってて言ったでしょ……。

 

「すみません、ついふざけてしまいました」

「ほんと止めてよそういうの……じゃあ、さっきのは冗談なんだね…?」

「そうですよ。まぁ、答えられるなら次の機会にでも聞きますけどね」

 

相手を謀る類いの冗談はバレちゃお終いだけど、これは…ってかこれも性格が悪過ぎる。フォリンさんといいラフィーネさんといい、二人はどんな思いで冗談言ってんの…?

 

「…エグい姉妹天丼め……」

「はい?何です?」

「別に……俺は戻るけど、フォリンさんはどうするの?」

「私はラフィーネと合流してから戻ります。ラフィーネは私が来るのを待っていると思いますから」

 

なんだかどっと疲れが襲ってきた(名目上はさっきまで休憩してた筈なのに…)俺は、ボソッとアレな発言をした後足を元来た方へと向ける。フォリンさんも林の方へと歩き始め、一旦俺達は別れる事となった。

 

「……はぁ…冗談を言える相手だって思われてるならそりゃ嬉しいけどさ、これがデフォルトになったらキツ過ぎるって…」

 

当然疲れ全体から見れば冗談によるものなんて微々たる割合なんだろうけど、その冗談が引き金となってそれまで感じていなかった疲れが一気に顕在化してしまった。…何が怖いって、思いもしない人からエグい冗談が出てくる事だよ…綾袮さんや千嵜相手なら無意識にでも心の身構えが出来るけど、普段言わない人だと驚きが増すんだっての…。

 

「…ラフィーネさんとフォリンさん、か……」

 

歩いていると、自然に二人とのやり取りが思い出される。俺へと見せてくれたラフィーネさんの心情に、二人の見せた神妙な顔。それをフォリンさんは冗談だと言っていたし、ラフィーネさんもその後何も無かったかのような雰囲気だったけど……どうもその時の二人の様子が、俺には引っかかっていた。

何故あんな機嫌の良かったラフィーネさんが、急にそんな事を言ったのか。どうして冗談ならば、フォリンさんは短くても問題ないのにそこそこの長さの言葉で騙しにきたのか。深い意味は無い可能性だって十分にあるけれど……。

 

「…いや、でも変に勘繰るのもあんまり褒められた行為じゃないし、頭の隅に留めとく程度にしようかな。こっちはともかく、イギリスには二人が気心の知れてる相手だっているだろうし」

 

ラフィーネさんは自分の周りの人は皆わたしと話すのを…と言っていたけど、まさか理解者がフォリンさん一人…なんて事はない筈。それを疑うなんて…それこそ、変な勘繰りというもの。

引っかかりを思考の端へと移動させ、小走りで俺は戻る。さて、そこそこ時間は経ったし綾袮さん達もそろそろ戻ってくるのかな。

 

 

 

 

走る事はなく、されどゆっくりでもない速度で林の中を歩くフォリン。暫く歩いた彼女は、あるものを発見して足を止める。彼女が見つけたのは、こちらへと向かってくる自身の姉…ラフィーネ。

 

「…場所、分かりましたか?」

「大丈夫、見てきた」

 

合流後、開口一番彼女が口にしたのは問い。端から見れば「何を?」…と訊き返したくなるものだが、別れる間際にそれに関する会話をしている二人にとっては問題ない。…最も、この二人であれば更に短いやり取りでも意思疎通が可能なのであるが。

 

「…どう思いますか?」

「普通。無防備ではないけど、双統殿に比べれば大した事ない」

「ですよね。演習用の宿舎と考えれば厳重な防備をしてある方が奇妙ですが」

 

日陰へと移りつつ、二人は会話を続ける。…因みに彼女達は日本語のまま話しているが、それはそう指導されている為。

 

「…フォリン、連絡はした?」

「いえ、まだです。ラフィーネと意見の確認をしてからしようかと…」

「なら、もうしてもいい。フォリンと考えが食い違いそうな部分はなかった」

「そうですか?では……」

 

ラフィーネがそう言うのであれば、確認は不要だろう。そう判断したフォリンはパーカーのポケットから携帯を取り出し、ある相手へと電話をかける。

 

「…………」

「……何かありましたか?」

「例の演習地の確認を終えました。作戦遂行に問題はないかと思います」

 

十秒前後の呼び出しを経て、通話状態となった携帯から聞こえてきたのは女性の声。若くも決して幼くはないその声に、フォリンは報告する。……表向きの目的とは違う、真の目的に関する報告を。

 

「そうですか。行動に疑惑は持たれていませんね?」

「大丈夫です。運良くこの島に誘われる形で来られましたから」

「普段の行動は?」

「そちらも問題ありません。一定の信頼は得られていると思います」

 

通話の相手は上の立場の人間だが、普段から敬語を基本口調としているフォリンの話し方に変化はない。だが……話すフォリンの瞳は、冷たい色をしていた。平日ならばまず見せないような、冷徹な瞳。

 

「ならば、今回も滞りなく進められそうですね。それでは最後に……分かっているとは思いますが、今回の相手はこれまでとは段違いです。増員の必要はありませんか?」

「必要ありません。ラフィーネは……いえ、ラフィーネも不要との事です」

「では、そう伝えておきます。基本的には貴女達に任せますが…随時報告だけは、今後もお忘れなく」

 

その言葉を最後に、通知が切れる。フォリンは携帯をパーカーのポケットへと戻し、ふぅ…と一息漏らすが、その表情と瞳は冷たいまま。

 

「…フォリン、何か言っていた?」

「確認だけで、言われたのは報告を忘れるなという事と…これまでとは、標的の格が違う…という二点だけです」

「そう。…確かに、それは間違っていない。けど……」

「…………」

「どんなに手強い相手でも、その実力を発揮する前に仕留めればいい。…これまでと、同じように」

 

妹と同じように、フォリンと話すラフィーネもまた冷たい瞳をしていた。そして、彼女は言った。裏の任務を……標的の暗殺を完遂出来るという意思を、言葉の裏に含ませて。

 

「…あの、ラフィーネ…本当に大丈夫ですか…?」

「…実行の話?だったら大丈夫。わたしとフォリンなら、出来る」

「い、いえ…そういう意味ではなくて……」

「……?」

 

ラフィーネの宣言を聞いた数秒後。フォリンは冷たかった表情を崩し…代わりに不安そうな表情を浮かべた。その不安を彼女は顔だけでなく、口にも出すも……ラフィーネには伝わらない。不安そのものは伝わっていても、内容までは理解していない。

 

「…今回はこれまでとは違います。実力もですが……私達は、少し近付き過ぎたのではないでしょうか…彼女にも、その周りの人にも……」

「…それは、そうかもしれない。でも…やるべき事は、変わらない。……これまでと、同じように」

「……そう、ですよね…えぇ、そうです…」

 

今一度、ラフィーネは言った。フォリンの不安を感じ取った上で…その意思の硬さを、妹へと示した。……彼女なりの、大切な思いを持って。

その言葉と意思にフォリンは言葉を返せず、力なく頷いた。自身へ言い聞かせるような、呟きと共に。

 

「…用は済んだし、戻ろうフォリン。早く貝、乗せてみたい」

「…そうですね…あまり遅いと変に思われますし、戻りましょうか…」

 

余程気持ちの切り替えが早いのか、話が終わると早々に砂の城の事を口に出すラフィーネ。それをフォリンは肯定し、二人は林を出るべく歩き始める。ラフィーネは顕人と探した貝を城へと飾り付ける事を、フォリンはそんなラフィーネの事を思いながら。

 

(……私はラフィーネを救う事も、代わりになる事も出来はしない。私に出来るのは、ただラフィーネの負担を少しでも減らす事だけ。だから…ごめんなさい、綾袮さん。貴女を──討たせて、頂きます)


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