双極の理創造   作:シモツキ

87 / 245
第八十六話 準備して、探して

何故遠出する時は当日よりも準備中の方が楽しいのか。それは、想像に際限がないから。実際に当日体験する事、経験出来る事には限界があったりそもそも決まっていたりしても、想像には『現実』という枷がないから。だから準備してる時はどんどん期待が膨らんでいくし、いざ当日となると「まぁ…実際はこんなもんだよなぁ」となってしまう事もある。そういう意味では、落差を感じる分準備で楽しめる人間は損だと思うけと……準備も遠出の内と考えれば、そんな感じる思いも少しは薄れるんじゃないかな…と俺は思う。

 

「着替えはこれでよし、と」

 

タンスから取り出した複数の衣類を、鞄へとしまう。前は服を畳む事に慣れていなかったせいで、鞄へ詰めて入れる時皺になったり上手く省スペース化出来なかったりしていた俺だけど、今となっては特に困る事なくそれが可能。鞄の中で小さく纏まった衣類を見て、俺は自分の家事能力の向上を実感する。

 

「えぇと、これももうしまって、こいつも出来るだけ下の方に入れて……充電器はまだ出しとくか」

 

衣類を入れ終えた俺は、床やベット上に並べた荷物を選別しつつ収納を続行。つい最近海水浴に行った時も似たような事をしたけど…その時と今回とは、用意する荷物の量が違う。

 

「…さて、後は……」

「顕人君、TVのリモコン知らないー?」

「あ、知らないですー」

 

しまい始める前に一度確認しておいた荷物リストを改めて確認し、うっかり用意し忘れた物がないか確かめていると、そこで廊下から聞こえてきたのはリモコンを探す人の声。別に重要な話でもないなぁとその時点で思った俺が適当に返すと、声の主たる綾袮さんが俺の部屋へと入ってくる。

 

「もう、こういう時は『見つからないの?じゃ、探すの手伝うよ』位言ってよー。顕人君の薄情者〜」

「えー……じゃ、ちょっと口開けてくれる?」

「……?あーん…」

「…ここにはないみたいだねぇ……」

「な、ないみたいだねぇって…わたし高校生だよ!?君と同い年だよ!?間違って食べちゃうとでも思ってるの!?」

 

なんか質問に答えただけなのに薄情者扱いされたから、ふと思い付いたネタで反撃してみると、思いの外良い反応が返ってきた。…綾袮さんってボケの申し子みたいな性格してるけど、割と突っ込む時はちゃんと突っ込んでくれるんだよね。

 

「普通の高校生ならあり得ないけど、綾袮さんなら或いは……」

「わたしでもそれはあり得ないから!あり得たとしたらわたしヤバいよ!?」

「だよねー……てか、口開けてって言われて素直に開けるのはどうなの?同性ならともかく、俺異性だよ?」

「え、だって顕人君はわたしが本気で嫌がるような事は企んだりしないでしょ?」

「…それはまぁ、そうだけど……」

 

綾袮さんは突っ込む時は突っ込んでくれるし、恥ずかしがらずに人への信頼を口に出す人。…そんな事言われたら、俺は何も言えなくなっちゃうよ……。

 

「で、ほんとに知らないの?どっか変な所に置いちゃった覚えない?」

「分かり辛いような所に置いた覚えはないけど…綾袮さんこそそういう覚えはないの?」

「無いから訊きに来たんだよ?……あれ、顕人君もう準備してるの?」

「え、もうも何も明後日だよね…?」

 

言われてみりゃそりゃそうだ…と思う俺の問いに返した後、綾袮さんは開きっ放しの鞄に気付く。…が、そこで出たのは何とも能天気な言葉。普通に考えて、二日前に準備するのは『もう』ではない。

 

「うん、明後日だね。でもそこで『もう二日しかない』と考えるか、『まだ二日もある』と考えるかで、その人の器の広さが分かるんだよ?」

「うん、絶対違うよね。分かるのは面倒臭がりかどうかだろうし、その例えに続くのは『二日もあるから頑張ろう』であって『二日もあるし大丈夫っしょ』ではないよね?」

「えー、じゃあ今の内に準備した方がいい?」

「その方が安全だと俺は思うね」

 

慌てている時と落ち着いている時なら基本落ち着いている時の方がミスしないし、買ってこなきゃいけない物がある場合は、直前の準備じゃ間に合わない。…なんて事位綾袮さんだって分かってるだろうし、やっぱり単に面倒なだけなんだろうなぁ…。

 

「そっかぁ、でも困ったなぁ。早めに準備しておくべきだけど、わたしリモコン探してる最中だもんなぁ」

「…………」

「リモコン無いのも困るよねぇ。でも準備と同時進行は出来ないし、どうしようかなぁ…誰か手伝ってくれると助かるんだけどなぁ……」

「……あー、はいはい。俺が手伝いますよー」

「ほんと?いやー顕人君がいてくれて助かるな〜!」

 

わざとらしい言い方でこちらをちらっちらと見てくる綾袮さんに半眼で手伝いを了承すると、これまた綾袮さんはわざとらしくお礼を言ってきた。上手い事当初の目的にとってプラスの状況を作る辺り、綾袮さんは結構世渡りが上手いんじゃないだろうか。

…とまぁいつものように綾袮さんに振り回される形となった俺だけど、TVのリモコンが見つからないのは俺だって困る。それに覚えがないだけで俺が変な所に置いてしまった可能性だってゼロじゃないんだからという事もあり、リビングへと移動した俺は最初から真面目に探し始める。

 

「ふーむ…雑誌の下とかソファの隙間とか、そういう所はもう探した?」

「うん、ありそうな所は大体探したよ?」

「じゃあ、やっぱ普通は置かない場所かねぇ…」

 

一応よくある場所も幾つか調べつつ、俺は本棚の中や家具の裏などを探していく。なーんだここにあったじゃん、もっとちゃんと探してよ〜…とか言える位簡単に見つかれば楽なものだけど、生憎そんな簡単には見つからない。

 

「リモコーン、リモコンさんやーい。出てきておいで〜」

「呼んだって出てこないとは思うけど、探してる時呼びたくなる気持ちは分かるから突っ込まないでおこうかな…」

「えー、突っ込んでよ顕人君。突っ込みにつられて出てくるかもよ?」

「はいはいそっすねー」

「でしょー?……そういえばさ、リモコン隠す妖怪っていたよね」

「あぁ、いたねぇそんな感じの…」

 

手分けしてリモコンを探す俺達二人。勿論真面目に探してはいるけど、リモコン探しは別に黙々とやらなきゃいけないような事じゃないし、雑談しながら探したって効率はそんなに落ちない。…というか、黙々と探してたらむしろ変な空気になるしね。

 

「…まさか食器棚とかシンクの引き出しとかにあったりしないだろうね…?」

「あったとしてもそこなら顕人君がやっちゃって事になるよね。わたしは料理ほぼしないし」

「あ、それもそうか…じゃあ探さない方が……」

「……顕人君?」

 

ないだろうなぁとは思いつつも包丁とかフライパンとかがしまっている場所を探していた俺は、奥を覗いた瞬間ある物を発見。そして俺はそれを手にし、きょとんとした顔でこっちを向いた綾袮さんに……見せる。

 

「……無くなったスプーンがここから出てきたんだけど…」

「あっ……」

「…………」

「……ごめんなさい、それわたしのせいです…」

 

スプーンを見た綾袮さんははっとした顔をし…その後しゅんとしながら己の過ちを白状した。聞くところによると、俺が洗って拭いた食器の片付けを頼んだ際、綾袮さんは包丁とフライパンとスプーンを一緒に持っていて、前者二つをしまう際スプーンもそこへ置きっ放しにしてしまった…という事らしい。

 

「はぁ…自分だけが使う物じゃないんだから、もっと気を付けてよね」

「はい、以後気を付けます……」

 

いつも元気で俺をよくからかう綾袮さんだけど、こうなってしまえばしおらしいもの。その態度に俺は軽く満足しつつ、スプーンを水洗いして食器棚へ。…本来の目的からは外れているし、そもそも無くさないのが一番ではあるけど…買い直す前に無くなったと思ってた物が見つかったんだから、まぁ良しとしようかな。

 

「さ、それじゃリモコン探し再開するよ。ほらきりきり探す探す」

「…結構やる気だね、顕人君…」

「そりゃ探し物に長時間を費やしたくはないからね。この調子だとまた綾袮さんがうっかり無くした物とかも出てきそうだし」

「うっ……も、もうないよ!……多分…」

 

ぼそっと不安そうに付け加えた姿ににやっとしつつ、リモコン探しを再開。ほんとにリモコン探しなんてさっさと終わらせたいから、会話は続けつつも入念にリビングを調べていく。

……が、全然見つからない。リモコンは勿論、綾袮さんが無くした物(実際にスプーン以外で何か無くされたのか?って言われるとぱっとは思い付かないけど…)も全く出てこない。…うーむむ……。

 

「まさか、窓から外に落ちたとかは無いよね…?」

「それは流石にないと思うよ…あれかな?別の部屋に持ってっちゃったとかかな?」

「それもないんじゃない?家電のリモコンなんて基本その家電がある部屋でしか使わない物だし」

 

ペンとかティッシュ箱とかならともかく、リモコンを別の部屋に持っていく理由なんてまずない。となれば別室にある可能性は極めて低いし、別室よりはまずリビングを隅々まで探す方が現実的。第一理由もないのにリモコンを持ち出す事なんて……

 

…………。

 

 

……リモコンを持ち出す、理由…?

 

「…………」

「…顕人君?手が止まってるけど、また何か見つけた?」

「う…うん。ちょ、ちょっと待っててくれるかな?」

 

たらりと額から流れる一筋の汗。硬直している事に気付かれた俺は、若干声に狼狽を滲ませながらリビングを退室。まさかまさかと思いながら俺が向かったのは、少し前まで居た自室。そして……

 

「……おおぅ…」

 

部屋の中にある机の端、出入り口からはビニール袋の陰に隠れてしまう場所に、リビングのTVのリモコンがあった。誰がそこに置いたかと言えば……それは勿論、俺。

 

「…ヤベぇ、これを綾袮さんに見られたら……」

「……ははーん、リモコンはここにあったんだー…」

「ぎくっ!?」

 

今度は額ではなく背中に汗が垂れるのを感じながらリモコンを拾い上げた次の瞬間、何とも嫌味っぽい声が扉の方から聞こえてくる。その声の主は当然綾袮さんで…その時俺は、ビビって擬音を自ら言ってしまった。これじゃもう、自分が原因ですって自白したようなものである。

 

「ねぇ顕人君。一応訊くけど…それはリビングのTVのリモコンだよね?」

「うっ…ち、違うんだよ綾袮さん!今日の朝リモコンの電池がもうないって綾袮さん言ってたでしょ?だから変えようと思って、でも丁度乾電池のストックがなくて、その補充も兼ねて買いに行ってここで入れ替えて……」

「入れ替えた後、リビングに戻すのを忘れて置きっ放しにしちゃったんだね?」

「…そうです…部屋出る時持って行けばいいと思って、それから鞄への荷物入れを始めたらすっかり忘れてしまいました……」

 

あたふたと弁明をする俺だったものの、結論部分を綾袮さんに言われ、罪人の様に頭を垂れる。…何も言い返せません、だってその通りなんですから…。

 

「はぁ…自分だけが使う物じゃないんだから、もっと気を付けてよね」

「は、はい…以後気を付けます……」

 

先程の綾袮さんの如くしゅんとなる俺に対し、綾袮さんはちょっとにやっとしながら注意を促す。……それは、さっき俺が綾袮さんに言った言葉。…ま、まさかこんな形で意趣返しされるとは…うぐぐ……。

 

「はぁ…これ、わたしが最初に来た時点でちゃんと考えてくれていれば、即座に解決してた可能性もあるよね?」

「あるね…それ含めて気を付けます…」

「全くもう、こんな事があっちゃ困るよ。わたしは顕人君がしっかりしてると思って気を抜いた生活してるんだから」

「ほんとにごめん……ってそれは無茶苦茶じゃない!?いや知らんよ!?俺がしっかりしとくから、綾袮さんは気を抜いていても大丈夫だそ〜…とか言ってないよね!?」

「ちぇー…今なら無茶苦茶な事も通せると思ったけど、やっぱ無理かぁ…」

「負い目を感じてる人の心に乗じて何しようとしてくれてんだ…てかスプーンとリモコンでおあいこだからね?そして多分俺がいなくても綾袮さんはしっかりした生活送ってないからね?」

「あ、酷〜い!わたしだって一人の時はそれなりにしっかりしてるんだもんねー!」

 

リモコンに関して悪いのは100%俺で、俺自身反省しなきゃと思ってるけど、だからって他の事まで受け入れるつもりは毛頭ない…というか、それは普通に別の話。後、今の要求(?)を受け入れちゃったらいよいよ俺は保護者みたいになってしまう。それも結構駄目な保護者に。

 

「はいはい。それじゃリモコン見つかったんだから、綾袮さんは荷物の準備ね。リモコンは俺が置いてくるから」

「その最中に何かやる事思い出して、それを先に片付けようとした結果またリモコンの存在を忘れたり……」

「しないよ…したら流石に頭か心の異常を疑うって……」

 

そんなこんなで俺達は一回ずつ反省する羽目になったものの、リモコン探しは目的達成。という事で俺は綾袮さんにもう一つの用事を促し、リモコンを持ってリビングへ。勿論綾袮さんが言ったような事はなく、ソファ前のテーブルに置いてそれでお終い。

 

「…はぁ、なんだかなぁ……」

 

リビングから戻る途中、ふと抱いた思いに溜め息を吐く。普段から不注意で気を抜いた生活をしていたから、何かを忘れてしまう…というのは自業自得で済む話。でも忘れ物をしないよう気を付けている一方、ちょっと別の事を考えていただけで頭から抜け落ちてミスに繋がる…というのは何ともやり切れない。こっちも自業自得と言えば自業自得だけど、なんだかなぁ…って気持ちは拭えない。だって、気を付けるつもりはあっても頭は勝手に忘れてしまうんだから。

 

「何かのついでに、とかで一旦放置しちゃうのがいけないのかねぇ…」

 

そんな事を思いながら、自室へ戻った俺は準備の仕上げを再開。一瞬綾袮さんがちゃんとやってるか気になったけど、まぁ綾袮さんだってやる時はやる人なんだから心配しなくても……

 

「顕人くーん、準備手伝って〜」

「なんでやねん!?」

 

俺が見に行くどころか、別れて数分と経たずにまた綾袮さんがやってきた。何かもう色々言ってやりたい事があり過ぎて、結果突っ込みの代名詞みたいな返答をしてしまう俺。

 

「な、なんでやねんって……」

「いやなんでやねんだよ…準備は自分でやりなさいよ……」

「…顕人君、わたしが一から十まで全て一人で用意した荷物って…安心出来る?」

「そんな揺さぶり方ってある!?…いや確かに一抹の不安は感じるけども!」

 

綾袮さんに準備を任せたら、霊装者関連以外なら高確率で何かしら抜け落ちてしまう……気がする。統計も何もないイメージの話だけど、これは先入観ではなく日々の生活から出来上がった印象。

 

「でしょ?だから自分の不安の解消だと思って、どうか一つ!」

「えぇー……流石の俺もそれはちょっと…」

「むむ…じゃあせめて、物置から取ってこなきゃいけない荷物だけでも手伝って!物置の中って顕人君がちょっと配置換えしてるから、わたしの思ってる位置に思ってる物がないんだよぉ……」

「それは……まぁ、うん…そだね…それは協力するよ…」

 

原因は俺だったとはいえ、元々リモコン探しは綾袮さんが荷物の準備を早くやる為に協力したもの。それ自体かズルい口実を出された上での協力だったのに、今度は荷物の準備も手伝ってほしいなんて言われても、それは俺も釈然としない。…けど、物置の配置が…となれば話は別。

物置と言っても、庭にある小屋みたいなものじゃない。余ってる部屋の一つには日用品から季節限定で使う物まで色々と置いてある場所があって、今綾袮さんが言っているのも恐らくそっち。そこに置いてある物の配置は俺がここに住むようになってから変わって…というか俺が変えて、中には最初あった場所から大きく変化してる&別の物が邪魔になって分かり辛いという物も幾つかある。で、俺が変えた事により綾袮さんが困ると言うのなら…それは手伝わない訳にはいかない。

 

「その言葉を待っていたよ、顕人君!さぁ物置に行こうか!」

「はいはい…(俺が出す時綾袮さんの分も出しときゃ楽だったかなぁ…)」

 

意気揚々と物置へと向かう綾袮さんの後を付いて、俺も移動。俺は二度取りに行く形となってしまったけど…どうせ家の中だし、労力ったって然程ない。

 

「…うーん、ここももう少し整理したら、物を取り出し易いかな?」

「そりゃそうだろうね。綾袮さんが手伝ってくれるなら、今度ここをもっとちゃんと整理するよ?」

「それは…気が向いたらね」

 

物置の部屋へと入り、必要な物を箱やら棚の引き出しやらから取り出す俺。配置を変えたと言っても整理ではなく、あくまで追加の荷物も置けるようにしただけの事。だから全体的に出し入れし易くするにはきちんと整理しなきゃなんだけど……この返答じゃ、多分すぐには出来ないだろうなぁ…。

 

「にしても、顕人君は準備面倒臭い…とは思わないの?」

「思うよ?」

「え、じゃあなんでそんな積極的なの?やっぱり心配性だから?」

「やっぱりって…まぁそれもなくはないよ。けど課題とか運動の為の準備と違って、遠出の準備はなんかテンション上がらない?」

「あー……分からない事もないけど、わたしは面倒臭いって気持ちの方が大きいかなぁ…」

「そう…綾袮さんってイベントの前日とかは楽しみで眠れなくなるタイプだと思ってたけど、実は違う?」

「うん、勝手な想像なんだから実はも何もないよね。失礼しちゃうよもう」

 

何となく綾袮さんも俺と同様のタイプかと思っていたけど、どうやらそうじゃないらしい。ただまぁ失礼しちゃうと言いつつも質問に対する返答はしてないから、実は眠れないのかもしれない。

 

「これでよし、と。ほら全部出したから、後は自分で準備してね」

「…おまけで手伝ってくれたりは?」

「しません」

「お情けで手伝ってくれたりは?」

「しません」

「いっそ手伝うどころか全部やってくれたりは?」

「絶対せぬわ」

「むー…仕方ない、勝てない戦は早々に撤退するのがベターだよね」

 

断固として拒否した事が功を奏し、綾袮さんは食い下がりを止めてくれた。でもまぁ一同言っておこう。高校生が自分の準備を自分でするのは、普通の事です。

 

「さて、そんじゃ俺は支度も済んだし……」

「あ、電話鳴ってるよ」

「みたいだね。…お、母さんだ…」

 

廊下へと出たところで鳴った携帯。さて誰かなと思って画面を見ると、そこに映っているのは母の名前。

 

「はいはいどうかした?」

「体調崩してたりしてないかの確認よ。まだまだ暑い日が続いているし」

「そらまだ八月だからね…俺は大丈夫。母さんと父さんはどう?」

「こっちも大丈夫。あぁそうそう、この時期作り置きしたものは忘れず冷蔵庫に入れるように。顕人はまだしも、綾袮ちゃんがそれでお腹壊したら一大事でしょ?」

「いやあの、俺貴女の息子なんですけど…?」

 

まだしもってオイ…なんて思いながら言葉を返すと、携帯から笑い声が聞こえてくる。声が聞こえる距離に綾袮さんもいたら綾袮にも笑われていただろうけど、幸い俺はもう自室の中。全くもう…と思いつつ、ふと俺は母さんに訊く。

 

「そうだ母さん、お土産って何か要望ある?」

「お土産?どこか旅行にでも行くの?」

「んー…まぁね。どちらかと言えば、旅行というより合宿だけど」

 

行く地域の名前を出し、どんなお土産がいいか訊く俺。……そう、準備というのは例の合宿(?)のもの。恐らくこの夏休みで一番のイベントであろうそれは、もう目前にまでなっていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。