「ここに来るのも……つい最近の事過ぎて、懐かしくも何ともないなぁ…」
強い日差しに目元へ手で陰を作りながら、船を降りて島へと足を踏み入れる。ここで目を細めて数秒視線を空へ……的な事をしたいところだったけど、俺は最後尾じゃないからそんな事はやっていられない。
「そうだね、って言っても僕はあの砂浜周辺しか知らないけど」
「それは俺もだよ。そもそも前回はここに遊びに来たんじゃなくて、海水浴をする場所としてここを選んだって感じだし」
俺に続いて降りた茅章と話しながら、流れに沿って歩いていく。
準備した荷物を入れたりリモコンを探したりしたのが一昨日の事。つまり今日が協会の合宿的活動の当日であり、初日。薄々分かってはいたけど…案の定、千嵜は来ていない。
(…そういや、協会絡みで茅章と二人ってのは初めてか…?)
移動の最中、ふと考える俺。普段行動を共にしている綾袮さんは立場の関係から別行動(これは妃乃さんも同じ)で、ロサイアーズ姉妹も今は一緒にいない。一方今一緒にいる茅章は、友達としてはちょいちょい会っていても霊装者として会う機会は割と少なくて、二人だけというのは多分初。……まぁ、実際には前にも後ろにも沢山人がいるから、物理的には二人だけじゃないんだけど。
「……お、見えてきた」
「へぇ…正に合宿の為の施設、って感じだね」
そんなこんなで到着したのは宿泊施設。実はこの話を最初聞いた時、実戦を想定してキャンプとかすんのかなぁ…と思っていたけど、昔はともかく今の普通の霊装者は野営なんかしないらしい。確かに魔物と戦争やってる訳じゃないんだから、考えてみればそれも納得のいく話。
到着した俺達は、まず割り当てられた部屋へと荷物を置いて、それからホール的な大部屋へと移動。ここでの活動の狙いだとか、施設使用上の注意だとか、月並みの話を他の参加者と一緒に受け、数十分程でそれは終了。その後は一度自由時間となり、参加者は三々五々に散っていく。
「俺はどうすっかなぁ……」
少なくともここに残ったって何もする事はない、と廊下へと出た俺ながら、だからと言ってやりたい事も今はない。暇潰しの手段なら持ってきてはいるけど、早速それというのも味気がなさ過ぎる。となれば思い付くのは知り合いに会いに行く事かなぁ…と思っていると、その知り合いが向こうからやって来た。
「顕人」
「ん?あ、ラフィーネさん」
「私もいますよ」
「うん、分かってるよ」
声に反応して振り向くと、そこにいたのはロサイアーズ姉妹。今日も二人は姉妹で一緒に行動していた。
「…………」
「……?…えと、ラフィーネさん…?」
「何?」
「や、何って…ラフィーネさんは俺に用事があって呼んだんじゃないの…?」
「ううん。見つけたから呼んだだけ」
「そ、そう…」
早速ラフィーネさんの天然さに翻弄される俺。一方ラフィーネさんはといえば俺を翻弄した事など全く気付かず、いつも通りの感情が読めない表情をしている。用はないけど見つけたから声をかけた、っていうのはそんな悪い気もしないけど……なんか拍子抜けなんだよね、はは…。
「まぁいいか…二人はこれから何かする気なの?」
「一先ず荷物の確認だけはしておくつもりですね。紛失物は無いのが一番ですが、仮にあるとするなら、それは早めに知っておいた方がいいですから」
「……天と地の差だ…」
「はい?」
「あ、ううん気にしないで。フォリンさんとは真逆の人間の事を思い出してただけだから…」
当日目的地に着いた後も荷物の確認をするのなら、きっとその準備も十分に時間の余裕を持って行われた筈。二日前でも言われるまでやろうとしなかった同居人とは大違いだなぁ…と、その時思う俺だった。
「…そういえば、二人も俺や他の人達と同じスケジュールで動くんだっけ?」
「そうですよ。と言っても一部で私達は少し違うらしいですが」
「あ、そうなの。それは協会所属じゃないから?」
「いえ、そうではなく……」
「あ、顕人君……に、ラフィーネさん、フォリンさん。こんにちは」
確認をすると言いつつもそこに急いでいる雰囲気はなく、次なる質問にも答えてくれた事で雑談がスタート。…と、そこでまたも俺を呼ぶ声が聞こえた。
声の主は、部屋の関係で別れていた茅章。すぐに茅章は二人にも気付き、声をかけつつこちらへと来る。
「ふぅ、まさか学校の体育館でやるような事を協会でも聞く事になるとは思わなかったよ」
「あー、同感。てか、これは結構な人数が思ってるんじゃない?」
「さっきの集まりの事?…あれは暇だった」
((す、ストレートに言うなぁ…))
気持ちは分かる、でも俺も茅章も言いはしなかった思いを一切オブラートに包まず口にしたラフィーネさんのストレートさに、俺達二人は心の中で呟く。これにはフォリンさんも俺達サイドの感想を持ったのが、彼女もラフィーネさんの横で苦笑いしていた。
「特に注意事項は配布された書類にも書いてある。だからそれは言わなくても良かった筈」
「ま、まぁそれをちゃんと読まない人もいるからね…大概そういう人は、口頭の説明も話半分にしか聞いてなかったりするけど……というか、そう言うって事はちゃんと読むタイプなの?」
「タイプも何も、当然の事。資料も読まない人間は、味方でも信用出来ない」
「ですね。資料も物によっては不要な情報まで載っていたりもしますが、基本読むべきだからこそ資料はある訳ですし」
うんうんと頷き合う姉妹の二人は、とても俺より年下の女の子だとは思えない雰囲気。ズレてる…というよりそもそもの考え方が違う二人の言葉には、俺も茅章も「ですよねー…」みたいな顔で首肯する事位しか出来なかった。…うん、この方面で話を展開するのは止めよう。
「ま、まぁそれはそうと、今日も晴れて良かったよね。晴れだと日差しで暑いけど、やっぱり出かける時に雨だと気持ちも沈むし」
「じゃあ、曇りだったら?」
「曇りは……気候的にはそれが一番だよね。冬だったらまたちょっと違うけど」
「えー、でも夏の曇りって微妙じゃない?泳ぐのだって曇りより、ちょっと水が緩くなっちゃう位の晴れが一番気持ち良いしさ」
「あぁそれもそうか……ってぬわぁ!?綾袮さん!?」
話を逸らすとすぐに茅章が乗ってくれて、上手い事他愛のない話に戻す事へ成功。それにほっとした俺は次なる言葉にも答えようとし……気付いたら、後ろに綾袮さんがいた。
「やっほー皆。わたし抜きで仲良くお喋りなんて、皆酷いなぁ…」
「ひ、酷いのは綾袮さんだよ!びっくりしたじゃん!」
「ふふん、まだまだ背後が甘いね!」
「止めてよもう…」
この島で俺は驚かされる運命にあるのか、まだ二回しか来ていないのにこんな感じの出来事がもう三度目である。しかも前二回とは違って、綾袮さんには驚かそうとした意図があったようにも感じられる。しかも位置の関係から俺以外には綾袮さんの存在が分かっていたみたいで……凄ぇやり切れない気持ちだ、くそう…。
「あはは…綾袮様も今は時間があるんですか?」
「まーね。でもこの後も色々とやらなきゃいけない事があるから、ちょっと憂鬱…」
「ゆううつ…物凄く画数の多い字だった気がする」
「あぁ……凄いですよね日本人は。あんなに難しい字を普通に使うんですから」
「いや、憂はまだしも鬱を書ける人はそんなに多くないんじゃないかな…俺も正直書けって言われたらちょっと不安だし」
「だよね。日常的に書く字じゃないから、いざ困るって事はあんまりないけど」
「じゃあ、そんな二人はちゃんと書けるかな!?ペンとメモ帳ならここにあるよ!」
『えぇ!?』
びしり、とボールペン&メモ帳を出されて面食らう俺と茅章。なんで実際にやらなきゃ…と言い返したかったところだけど、若干の期待が籠った姉妹からの視線があるせいで提案を断れず、断れないからそれを受け取り書く羽目になってしまう。で、結果俺も茅章も書けなかった。部分的には合っていたけど、残念ながらそれっぽい字にしかならなかった。
「くっ…まさか鬱の字を書けるかどうか試される日が来るとは……」
「うぅ…分かっていれば書き取り練習でもしたのに……」
「こんなの分かる訳な……いやそれは止めておいた方がいいと思うよ!?鬱の字がびっしり書いてあるノートとか、それこそ鬱一直線だわ!」
「おー、顕人君上手いね!後で顕人君の部屋に座布団送るよう頼んでおいてあげる!」
「要らなっ!割とマジで要らないから頼まないでくれる!?」
「…どうして座布団?」
「さぁ?…あ、これがお歳暮、というものなのでは?」
「違うよ!?お歳暮に座布団はとても一般的じゃない…っていうか、よく考えたら時期も違う!この時期ならお中元ね!これはお中元でもないけどさ!」
次々と襲来する多彩なボケ(無自覚、勘違い含む)に、全力で俺は突っ込んでいく。まだ訓練が始まってもいない内に体力を消耗するのは避けたいところだったけど…あんまりにも一つ一つのボケが濃過ぎて、フルパワーで突っ込まざるを得なかった。…こういう時、突っ込み型の人間は辛い。
「…顕人、元気一杯?」
「そういう事じゃないよ、はぁ…。……うん…?」
締めに勘違いボケpart2を受け、それにがっくりと肩を落とす。そしてこの面子相手に突っ込みが俺一人は流石にキツい、誰かもう一人突っ込みに回ってくれ…という思いが心の中で渦巻く中……俺は気付いた。俺達ががっつり周りの視線を集めてしまっている事に。
(…そ、そりゃそうだよな…ここには宮空家の人間に、イギリスからの姉妹がいるんだから……って、それだけじゃ…ない…?)
人目を集める面子が過半数である事に加え、俺が大きい声を出してしまったのだから注目されても無理はない。…そう思った俺だけど…向けられている視線に籠っているのは、それだけじゃなかった。
それは、俺に対する感情。考えてみれば俺も対魔王や姉妹との模擬戦等の存在を知られる機会があって、それに関するものも含まれていたけど……まだあった。それ等を差し引いても…奇異の目という、中々複雑な視線が残っていた。
「ほぇ?どったの顕人君…って、あー……」
視線に気付いた俺は表情か何かが変わってしまっていたのか、すぐに綾袮さんが声をかけてきて……その綾袮さんも、綾袮さんに続くように他の皆も、自分達が視線を集めている事を自覚。ラフィーネさんだけは特に何とも思っていない…ように見える顔をしていたけど、それでも俺達の輪の中に「どうしようか…」という雰囲気が漂ってしまう。そして、このままだと俺への奇異の目も皆に気付かれると思って……そう思った瞬間、俺は言った。
「……いやぁ、案外俺も人の目を惹ける容姿だったんだなぁ」
『いや、それはない(でしょ・と思う・かと)』
「三人同時に否定!?酷ぇ!」
……お分かりの事とは思うが、俺は別に本気でそう思っていた訳じゃない。言うまでもなくこれは注意を引く為の方便で、反応はどうでもよかったんだけど…こんなばっさり否定されたら、やっぱ辛いって…。
「うぅ……そんなに酷かったのか俺の容姿は…」
「いや、別に悪くはないと思うよ?けどほら、わたしは皆が認める可愛さだし、ラフィーネとフォリンも美少女でしょ?そんなわたし達と一緒にいながら特別顕人君が目を惹くって事は、流石にないんじゃないかなって意味」
「そ、そっか……うんまぁ、そう言われたらそりゃそうだとしか言えないけど…」
「そうそう。…あ、でも顕人君も茅章君みたいに中性的だったらまたちょっと違ったかもね」
『……!?』
ダメージを受けた俺へとかけられたのは、何とも綾袮さんらしい言葉でのフォロー。実際のところ綾袮さんも姉妹も本当に整った容姿をしていて、俺自身自分を美形だとは思ってなかった(けど別に醜悪って事もないだろう、と決して高くはない俺のプライドが主張していた)から、そのフォローで幾分か俺のメンタルは回復した。……というか、その次の言葉で俺達への視線に衝撃が走っていた。…理由はまぁ、アレだろうなぁ……。
「…は、はは……」
「……茅章、大丈夫?」
「あ、うん大丈夫だよ…こういう視線自体は、もう慣れてるから…」
「…えと、もしかして…わたし何か不味い事言っちゃった…?」
大丈夫だとは言っているし、その表情も苦笑いの成分が多いけれど……それでも今受けてる視線は気分の良いものじゃないんだろうと、乾いた笑い声を漏らす茅章に対して俺は思った。
そしてそんな茅章を見て、綾袮さんはバツの悪そうな表情に。俺は茅章の悩みを綾袮さんに話していない(勝手に話していいようなものじゃない)んだから、これは綾袮さんに非のない事故みたいなもの。だけどそれでも気にするのが綾袮さんって人。だから……
「…そういやフォリンさんは荷物の確認したいんだったよね?ごめん、長話に付き合わせちゃって……」
「え?いや、別に私は……あ…。…そうですね、早めに済ませなければ確認の意味がないですし、私達はそろそろ戻るとします」
「綾袮さんもあんまり油売ってるのは良くないんじゃない?時間大丈夫?」
「大丈夫……じゃ、ないかもね。うん、これは良くない!遅れたら顕人君のせいだって言わなきゃ!」
「人のせいにしないでもらえる!?ほんとにそれは止めてよね!」
俺の言葉を切っ掛けにまず姉妹が、次に綾袮さんが離れていく。すれ違いざまに綾袮さんは茅章に「ごめんね」と言って、それに茅章は落ち着いた笑みと大丈夫だという言葉を小声で返す。
変に注目を浴びてしまうなら、場所を移動してしまえばいい。もっと言えば、別れて別行動に入ればいい。ただ俺は、それを自然に出来る理由を作っただけの事。…それにこうすれば、俺に対する視線を綾袮さん達に気付かずに済むしね。
「…えと、じゃあ僕も……」
「構わないよ。ここで時間取らせて茅章の予定狂わせるのは悪いからね」
「それと……顕人君、綾袮さんに気にしないで下さい…って言っておいてくれるかな…?」
「おう、任せて」
頼みを引き受けたところで茅章も離れ、遂に俺は一人に戻る。姉妹と綾袮さんが離れた時点で散り始めていた周りもそれで更に減って、あっという間にこちらへの視線は遠巻きなものがちらほらある程度へと減少してしまった。……うーむ、やっぱ俺と皆とじゃ華に差があるみたいだねぇ…元々見てたのは男の方が多かったし、俺一人に対して男が何人も視線向けてたらそれはそれで怖いけど…。
(…さて、俺も部屋に行きますかね)
軽く頭を掻きながら、割り当てられた部屋へと歩き出す。元々そんな気はなかったけど…先程のフォリンさんの話を思い出したら、何だか忘れ物をしてないか不安になってしまった。…という訳で何度も確認はしたからないとは思うけど、安心する為に確認しようと俺は決める。
「服は入れたし、充電器も入れたし…」
頭の中でリストと、そこに書かれた物を鞄に入れた瞬間の事を思い浮かべながら、歩く事数分。部屋に到着した俺は一応部屋の番号を確認して、それから部屋の中に入……
「お?」
「へ?」
「……えっ…?」
……ったら、二人いた。全然知らない人と、さっき知ったばかりの人が、部屋にいた。
ここで説明をしておくと、部屋は二人一組で割り当てられていて、部屋や組み合わせは協会の方で決められている。だから俺の部屋に俺以外のもう一人がいるのは別におかしい事じゃなく、さっき知ったばかりの人というのが、この部屋に割り当てられたもう一人の人なんだけど…。
(……もう一人は…友達か何か、とか…?)
まるで入る部屋を間違えてしまった、或いは他人の部屋に入ってしまったような気分になる俺。一方部屋の中の二人もちょっと戸惑ったような顔をしていて、全員にとって居心地の悪い空気が部屋の中に出来てしまう。
「…えーと…い、今は不味かった……?」
「いや、そんな事はない…けど……」
「あーっと…ちょ、ちょっといいか?これお前の荷物…だよな?」
元々知り合ったばかりもいいところの間柄に加えてこの空気となれば、容易に友達百人が出来ちゃうレベルの社交性を持つ人か、全く空気の読めない人辺りじゃないと普通には話せない。…けど、幸か不幸か知らない方の一人には俺に対して話があるようだった。
どんなに空気が悪くても、話さなきゃいけない事があればそれを大義に口を開ける。だからそれがあるらしい彼に内心感謝する俺だったけど……彼から発されたのは意外過ぎる言葉。
「……お前、部屋間違ってね?」
「へ?い、いやそんな筈は…」
「じゃ、確認してみてくれ」
「あ、はい…」
時をかけてるか訊いてくる感じのトーンで言われた問いに、俺は一瞬戸惑ってしまう。そしてそんなことはない筈と確認してみると、なんと俺は部屋を間違えていた!……などという事はなく、確かに俺はこの部屋という事になっている。
「…俺、は合ってるみたいだけど…」
「えぇ?でも俺も合ってるぞ?」
「はい?……え、じゃあまさか…」
俺は合っていて、もう一人の方も合っている。となれば可能性は二つ。一つは三人目(初対面じゃない方)が間違っていたというパターンで、もう一つは……
「……おおぅ、同じ部屋番号振り当てられてるじゃん…」
「運営サイドのミスかよ……」
……彼の言う通り、振り分けをした側がミスをしていたというパターン。…これが一番困るパターンです。
「…どうするよ、これ」
「確認…取るしかないんじゃない?」
「誰に?」
「それは……心当たりあるから、ちょっと訊いてくるわ…」
お互い間違ってないと判明した事で居心地の悪さはなくなったものの、空気の微妙さは相変わらずなまま。これを解決するには問い合わせしてみるしかなく、となれば多分俺の方がやり易い…具体的に言えば、ほぼ確実にその運営側と話が出来る綾袮に電話出来る俺の方良いだろうと思って、携帯を取り出しつつ一度廊下へ。そして綾袮さんに電話で訊いてみた結果……
「……なんか俺、違う部屋になるっぽいっす」
何とも言えない感じの表情で待っていた二人に、彼らと同じく何とも言えない顔でそんな報告をする羽目となった俺だった。