双極の理創造   作:シモツキ

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第九十六話 貴女の為なら

一切の照明が点いておらず、されど月明かりでぼんやりと明るい部屋の中。俺が寝ていたベットの上。──そこに、俺の上に…フォリンさんは居た。下着姿で肌を惜しげもなく晒し、艶やかな表情を浮かべた、フォリンさんが。

 

「……は…ぇ、は…?」

 

眠気なんて一瞬で吹き飛んだ。目の前に下着姿の女の子がいて、その女の子はただならぬ雰囲気で寝ている自分に跨っている。そんな状況で、眠気なんか感じていられる訳がない。

 

「おはようございます、顕人さん。と言っても、まだ深夜ですけど」

「…フォリン、さん……?」

「はい、フォリン・ロサイアーズですよ」

 

割座の形で俺の腹部に腰を下ろしたまま、にこりと微笑むフォリンさん。姉のラフィーネさんと違って、フォリンさんは普通に笑ったり喜びの感情を表したりする人だけど…今浮かべた笑みは、見た事がない。俺の知る笑みと、その笑みは、何かが違う。

 

「何…してるの……?」

「何って…分からないんですか?女性が深夜に下着姿で、異性の部屋に忍び込んだんです…なら、答えは一つしかないでしょう?」

「……──っ!」

 

ぞくり、と全身一気に鳥肌が立つ。まさかとは思っていた。思い付きはしたものの、そんな訳ないと自分自身で否定していた。だけど、フォリンさんの声と表情は言っていた。これは……夜這いなのだと。

 

「ふふ、驚きました?…でも、良かったです。顕人さん、今驚いた顔はしましたけど…嫌そうな顔は、してませんでしたから」

 

そう言いながらまたフォリンさんは艶かしい表情を浮かべて、ベットに手を突き顔をこちらへと近付けてきた。

それに対して咄嗟に目を瞑ってしまう俺。そして次の瞬間……ぬるり、と首筋に生暖かい感覚が走った。

 

「っぁ……!」

「目を閉じてては勿体無いですよ、顕人さん。それとも…視界を塞ぐ事で、より私の身体の感触を感じたいんですか?」

 

首筋に走った感覚の正体がフォリンさんの舌である事は、考えるまでもなく理解出来た。更に蠱惑的な発言が耳を刺激する中、胸板に柔らかな重みがかかる。…それが胸である事も、一瞬の内に何故か分かった。

 

「どうですか?流石にモデルには劣ると思いますが、それでも少しは身体に自信があるんですよ?」

「待っ、て…待ってフォリンさん…!どうして、こんな事を…!」

「それは……貴方という異性に、身体が疼いてしまったからですよ…」

 

耳元で囁くように発せられたその言葉で、頭が沸騰しそうになる。反射的に目を開け、フォリンさんの肢体を女性の身体として見てしまう。

ドキドキする。クラクラする。フォリンさんは可愛い女の子で、その言葉通りスタイルも女性的な魅力をしっかりと有している。そんなフォリンさんに迫られれば……興奮しない筈がない。

 

「お、俺に…?フォリンさんが……?」

「そうです、顕人さんって…貴方自身が思ってるより、ずっと素敵な男性なんですよ…?」

 

顔を離したフォリンさんの髪が、月の光で綺麗に映える。俺を見下ろす瞳は熱を帯びていて、一層鼓動が早くなる。頭は混乱しているのに……心の奥底からは、欲望が湧き上がる。

 

「顕人さん、付き合っていらっしゃる方はいるんですか…?」

「それは…いない、けど……」

「それなら、何も気にする事はありませんね。……抱いてくれますか?顕人、さん」

「……っ…」

 

フォリンさんの視線が、声が、俺の頭を痺れさせる。身体が熱くなっていく。

抱いてほしい。それはなんと魅惑の言葉だろうか。可愛らしい女の子に求められる事が、こんなにも興奮を掻き立てられるなんて思いもしなかった。

もし、ここで俺が手を出したら。きっとフォリンさんは…もしこれが嘘でないのなら、フォリンさんはそれを望んでいる。この興奮に身を委ねる事を望む自分も、心の中には確かにいる。…けど……

 

「……ごめん…フォリンさんに、魅力を感じないって訳じゃないけど…抱くのは……」

「…ですよね、顕人さんは優しく良識のある方なので、そう言うと思っていました」

「…なら……」

「……だから、顕人さんは寝ていて下さい。私が、動きますから」

「な……ッ!?そ、そういう事じゃ…!」

 

…否定した。抱く事を、自分の欲望に任せる事を。間違いなく俺は魅力を感じていたけど…それは駄目だと、思ったから。

その言葉に対する返しから、俺はフォリンさんが理解してくれたと思った。…けど、次の瞬間またフォリンさんは俺の身体に乳房を押し当て、同時に右手を服の中へと潜らせる。先程とは逆側の首筋を舌が這い、そこから上がっていって頬に到達したところでフォリンさんの唇が触れて軽くキス。

 

「むしろ賢明な判断ですよ、顕人さん。このまま何もしなければ、顕人さんは襲われただけって言えるんですから」

「違っ…俺が言ってるのは、そうじゃなくて……!」

「私を心配なら不要ですよ。だって私が望んで、私の意思でしてるんですから。だから顕人さんは馬鹿な女が釣れたとでも思って、私の身体を堪能して下さい…」

 

薄い服と下着越しに胸の感触が何度も伝わり、腹部や胸元を指でなぞられぞくぞくとした刺激が走る。そして彼女は俺を見つめたまま、もう片方の手を自分の背後…恐らくはブラのホックへ。

 

「フォリン、さん……」

「私が、私の心が顕人さんを求めたんです…この人ならって、思ったんです……これは嘘偽りのない、私の本心…ですから顕人さん、このまま…私と……」

「────ッ!」

 

扇情的で、艶めかしく……なのに何故か儚げな、フォリンさんの潤んだ瞳。心が満たされるようで、受け入れたくなるようで……だけど何かが違うと心が叫ぶ、フォリンさんの心地良い声。そして、その瞬間俺の中でこれまで俺が接してきたフォリンさんの姿が次々と流れて……

 

「きゃっ……!」

 

……俺は肩を掴み、横へとフォリンさんを押し倒した。同時に俺も回転し、上下の関係を逆転させる。

 

「…………」

「…もう、急に積極的になられたらびっくりしますよ…でも、顕人さんもやっぱり男の人なんですね…。……いいですよ…来て下さい、顕人さ──」

 

 

 

 

 

 

「──ラフィーネさんに、何かあったの?」

「……──ッ!?」

 

初めは驚いた顔をして、でもすぐにまた笑みを浮かべたフォリンさん。俺の首に手を回すように両手を俺の方へと伸ばして、俺という男を受け入れようとしたフォリンさん。……そのフォリンさんへ、俺は言った。思った事を、そのままに。

 

「…な、なんでここでラフィーネの名前が出てくるんですか…?こんな時に、他の女の名前を出すなんて、あまり褒められた……」

「フォリンさんにとってラフィーネさんは、他の女なんかじゃないでしょ?」

「……それは、そう…ですけど…でも、今ラフィーネは何の関係も……」

「本当に?本当に何の関係もないって言える?フォリンさんが本当にしたいのは……こういう事なの?」

 

俺が言ったその瞬間に、フォリンさんの表情が固まった。瞳は揺らぎ、声は震え、そこから動揺が見て取れる。……あぁ、そっか…やっぱりそうなんだ…だったら……

 

「あ、の…私、は……」

「……こうまでしてでも、俺に何かしてほしい事があった…そういう事だよね。フォリンさん」

 

ゆっくりとフォリンさんの上から離れ、脚を下ろす形でベットの端に座り直す。辿り着いた答えを口にしながら、静かに離れる。そして、それを聞いたフォリンさんは右手の甲を目元に当てて……小さく、頷いた。

 

 

 

 

「……俺の服で悪いけどさ…これ、着てよ」

「……ありがとう、ございます…」

 

荷物の中からシャツを取り出し、出来るだけ胸や下腹部に目をやらないようにしながらフォリンさんに渡す。フォリンさんは特に嫌がる事なく受け取ってくれて、シャツへ腕を通してくれた。

 

「…………」

「…………」

 

着て、ボタンを嵌めて、それで取り敢えずフォリンさんはあられもない格好ではなくなった。……けど、俺のシャツだからフォリンさんには大きくて、しかも下は相変わらず下着一枚だから、それはそれで官能的というか、全年齢対象の域に留まったエロさを醸し出してしまっている。…って、何考えてんだ俺は……。

 

「…何か、飲む?」

 

投げかけた問いに対し、フォリンさんはふるふると首を横に振って否定。膝を抱えるその姿は、先程までとは打って変わって年相応の少女そのもの。

 

(…こういうシリアスな展開ってどんな作品にもあるものだけど……いざそういう状況に直面すると、当たり障りのない事すら言うのを躊躇っちゃうものなんだな……)

 

もしも自分がそういう場面に居たら…昔から俺はそんな事をよく考えていて、自分なりにこうすればベストだって答えも一応導き出せてはいる。けどそれは所詮第三者、部外者としての視点で考えた答えであって、実際の場面じゃ役に立たない…というか、まず言えない。言い出せない位に空気が…フォリンさんの雰囲気が、重く暗く沈んでいた。

だけど、ならこのままでいいのか?言い辛いからって、黙っていればそれで済むのか?……そんなの、いい訳がない。済む訳がない。あんな女性としての自分を犠牲にするような手段を取ってまで貫こうとした思いを……俺は道半ばで絶やしてなんてほしくない。

 

「…話して、くれないかな。フォリンさんが思ってる事、何とかしたいと願ってる事を」

「……聞いて、くれるんですか…?」

「勿論。どうしても話したくないなら、強要は出来ないけど…話してくれるなら、俺は聞くよ」

 

顔を上げたフォリンさんの瞳に、先程までの光はない。そこにあるのは、あまりにも弱々しく小さな光。…でも、光が完全に失われた訳じゃない。それだけでも俺は、少しだけど安心した。

 

「……責めないんですね…騙そうとした、私を…」

「まぁ、ね。…でも、絶対責めない訳じゃないよ?まだ俺はフォリンさんからきちんと話してもらってないからね。だから……」

「…はい……」

 

判断の為にも、話してほしい。そう言い切る前にフォリンさんは理解し、再び小さく頷いた。…多分余程不愉快な理由でもない限り、俺は責めない。けれど判断の為とする事で、フォリンさんが少しでも話し易くなるんじゃないかと思った。だから俺の発言は、大体ほんとでちょっぴり嘘。

そして、首肯したフォリンさんは膝を抱えたまま…話し始める。

 

「……私とラフィーネは、孤児でした。親に捨てられたのか、病気や事故で私達と一緒に居られなくなったのかは分かりません。今では両親の顔を思い出せない程、私達が二人きりになったのは幼い頃でしたから」

「…そう、だったんだ……」

 

初めにフォリンさんが言ったのは、思いもしなかった家族の事。こういう時、ごめん…も謝るのがベターなのかもしれないけど、俺は登ってきたその言葉を飲み込む。今それを言うのは、話の腰を折るだけだから。

 

「私達はまず孤児院に拾われ…それからすぐに、BORG…いえ、彼に見出されました」

「彼……?」

「数日前にお話しした、現トップの事です。彼の手引きによって、私達はBORGに所属する事となりました。…表向きは、霊装者の資質がある子供として」

 

それは、フォリンさんの身の上話。フォリンさんとラフィーネさんの、過去の話。…声音と雰囲気から伝わってくる。その先に出てくるのは、決して明るい事柄じゃないって。

 

「…表向きは、って事は……」

「…はい。引き取られた私達に待っていたのは、霊装者としての教育ではなく……BORG内でも秘密裏に行われている、ある研究の被験体としての日々でした」

「……っ…」

 

ぞくり、と背筋に寒気が走る。人体実験を意味する話の内容は勿論だけど…それ以上に、それを言うフォリンさんからは鳥肌が立つような暗い闇が感じられた。

 

「…いえ、これでは少しばかり間違ってますね。霊装者としての教育も受けてはいました。研究の成果が出ているかのテストをする為には、霊装者の技術も必要でしたから」

「……どうして、そんな研究を…」

「分かりません。…が、秘密裏に研究をしている以上、軽々しくは言えない計画があるのでしょうね」

 

言葉から感じる闇は、怒りに燃える熱いものではなく、沈みに沈んだ冷たいもの。被験体とされる事を受け入れ、反抗を諦めた、磨り減った心の表れとでも言うべき闇。…普通に、平凡に過ごしてきた俺には……聞くまでその闇を想像する事も出来なかった。

 

「最低限の生活は与えられていました。私もラフィーネもすぐに従順になったので、研究外では特に酷い事もされませんでした。…尤も、それも私達という被験体を駄目にしない為に過ぎなかったのでしょうが…」

「……研究材料にしてる時点で、酷い以外の何物でもないよ。それも、自分で選べない子供を利用して、姉妹揃って苦しめるなんて……」

「…私はまだ、楽な方だったんです。ラフィーネが、私を守ってくれましたから」

「…どういう事…?」

 

ふつふつと心の奥から湧き上がる、二人を被験体とした人達への怒り。それをそのまま口にすると、フォリンさんの表情が一瞬だけ、ほんの僅かに緩んで…それから不可解な事を口にした。すぐに従順になった…即ち反抗しなかったという事なのに、守ってくれたとは一体どういう事なのか。

 

「私達が選ばれたのは、元々霊装者の素養があったからというのに加えて、姉妹だからというのもあったんです。生命としての共通点が多い姉妹なら、片方で得られた結果のフィードバックがもう片方でやり易い…という理由で」

「…つまり、ラフィーネさんが守ってくれたってのは…より辛い方を、自分が引き受けてくれたって事…?」

「…はい」

 

三度目の首肯は、前二回よりはっきりとしたもの。そこから伝わってくる、ラフィーネさんへの強い思い。

 

「どんなに辛くても、どんなに怖くても、ラフィーネは引き受け続けてくれました。…でも、その中で少しずつラフィーネは変わっていきました。少しずつ少しずつ、ラフィーネの心は磨り減っていって……昔はもっと、表情豊かだったのに……」

「…………」

「だけど、表面的な部分は失われていっても、心はラフィーネの…私の姉のままでした。そして、研究が一定の域に到達し、私達という被験体が不要になった事で……私達も研究から、解放される事になりました。その時やっと、自分達は普通に過ごせる…私はそう思ったんです」

 

そこで一度、フォリンさんは言葉を区切る。既に俺にとっては、ここまででも重い話。けれどまだここまでは、生い立ちに関する話。フォリンさんが俺に何を頼みたいかは、まだまるで見えていない。

 

「…ですが、それは甘い考えでした。私達が、自由になれる訳がなかったんです。…何故だか分かりますか?」

「……ごめん、分からない」

「…秘密裏の研究を、身を以て知ってしまったからですよ。自由にさせてしまえば、どこでバレてしまうか分からない。だから自由のない立場に……要人暗殺の霊装者として、闇から闇へと移らされたんです」

「暗、殺……?」

 

暗殺。それが計画的に、不意を突く形で行われる殺人行為の名前だって事位分かってる。けど俺は一瞬理解出来なかった。暗殺という行為と、フォリンさんラフィーネさんが結び付かなかった。目の前にいる女の子が、打ち解けられた二人の少女が、本当は故意に人を殺している人間だったなんて。

 

「上手く考えたものですよね。確かに暗殺者なら、自分の身を守る為に浅はかな事なんて出来ませんから。…それに、予測していたのかもしれませんね…。人を殺せば殺す程、私達が罪の意識に駆られて幸せを求められなくなっていく事を…」

「それは…でも、命令…だったんでしょ?なら……」

「命令でも、殺しは殺しです。…でも、そうですね…研究の中で私もラフィーネも壊れられていたら、罪の意識なんか感じずに済んだのかも…しれませんね……」

 

…否定したかった。もっと強く、フォリンさんが自分を責める必要はないと言いたかった。…けど、フォリンさんの話す世界は俺の暮らしてきた世界とあまりにも違っていて…思い付く言葉は、どれも空虚にしか思えなかった。

 

「私は私のままでした。ラフィーネも、優しいラフィーネのままでした。だからどんどん、殺せば殺す程私の心の奥は冷たくなっていって…気付けば、深い沼の中にいたんです。沈む事しかない、明るい未来なんてない…深淵の中に」

「…フォリンさん……」

「…でも…それでも私はラフィーネを守りたかったんです。せめて少しでも、ラフィーネの心が壊れるのを防ぎたかったんです。私を守ってくれたラフィーネの為に。大切な家族を、失わない為に。そして……ある時、私達は暗殺任務を受けました。…綾袮さんを標的とした、暗殺任務を」

「……ッ!…綾袮、さんを……?」

 

気の滅入るような、フォリンさんの話が続く。俺はそのどこにも口を挟まなくて……けれどその言葉を聞いた瞬間、俺は訊き返さずにはいられなかった。…綾袮さんを、暗殺…?…は、はは……

 

「……まさか、それに協力しろ…だなんて言わないよね…?」

「…………」

「…なら、良かった…」

 

…その時の俺は、どんな表情をしていたか分からない。驚きか、恐れか、それとも…怒りか。ただ、俺は返答次第では力を貸せないと思っていて……フォリンさんは、首を横に振ってくれた。だから俺は、そのまま話を聞き続けられる。

 

「…初めは、普通に任務を遂行するつもりでした。ですが、ここで…顕人さん達と過ごす日々は、私達にとってあまりにも眩しく、あまりにも温かいものだったんです。私達が凍らせ、そういうものだと自己暗示で塗り固めていた心に、揺らぎが生じてしまう程に」

「…じゃあ、打ち解けない方が良かったの…?」

「…そんな事、ないです…最初はそう思ってました…でも、でも……ラフィーネは久し振りに、本当に久し振りに私以外へ心を開いてくれたんです…!私の守りたいラフィーネが、ただの姉だったラフィーネが…ほんの少しですけど、戻ってきたんです……っ!」

 

じわり、と瞳の端に浮かぶのは涙。辛そうな、悲しそうな感情が声に籠り、抱えた膝をフォリンさんは強く抱き締める。…ただそれだけでも、フォリンさんが如何にラフィーネさんを思っているかが、よく分かった。

 

「……ですが、同時に私は気付きました…温かさを、幸せを感じられたからこそ、その一端である綾袮さんを殺してしまえば…そして、顕人さんの心を傷付けてしまえば……完全にラフィーネは、もう心から笑えなくなると……」

「…それが、フォリンさんには認められない…受け入れられない、結末なんだね」

「当然です…だから、私は止めようとしました…例えどんなに過酷な道でも、危険な選択でも、ラフィーネの笑顔を守れるのなら、それでいいと……!…だけど、だけど…駄目、だったんです…私じゃ……ラフィーネが守ってくれようとする、私の言葉じゃ……」

 

瞳に溜まった涙は、頬を伝って落ちていく。ぽろぽろと、無念の涙が零れ落ちていく。

そこにいるのは、俺より数段上の実力を持つ霊装者のフォリン・ロサイアーズじゃない。姉を思い、無力さを嘆く、年下の女の子のフォリンさん。そしてフォリンさんは、膝から手を離して俺の側へ。

 

「だから……お願いです顕人さん…!ラフィーネを… 私の姉を、助けて下さい…っ!私に出来る事なら何だってします、私の全てを捧げます…!だから…だから……っ!」

 

俺の手を握り、そう言って懇願するフォリンさん。体裁だとか、プライドだとか、そういうものを全てかなぐり捨てた、本気で真摯で切実な願い。大切な姉への、心からの思い。

正直、何をすればいいのか分からない。何が出来るか分からないし、フォリンさんの期待に応えられるか…ラフィーネさんを助けられるかも分からない。…まだ何も分からなくて、何も分からないなら軽々しく回答なんかすべきじゃない。

けど……なら、俺は断るのか?もう少し話を聞かない事には…なんていうのか?そんなの、そんなの……言う訳がないッ!

 

「……俺は、ラフィーネさんと仲良くなれて良かったと思ってる。俺に心を開いてくれたのなら、それは本当に嬉しいと思う。もし、ラフィーネさんが辛いのなら…俺は力の限り、ラフィーネさんの力になりたい」

「……っ…!じゃあ……!」

「うん。俺が何を、どこまで出来るか分からないけど……やらせてもらうよ、フォリンさん。…約束したからね。協力するって」

「顕人、さん…っ……!」

 

再び目が潤み、一層フォリンさんの目から涙が零れる。そんなフォリンさんの頭に触れて、そのままゆっくりと俺は撫でる。普段の俺なら、こんな事はしない。けれど今は、フォリンさんに安心してほしくて、気付けばフォリンさんを撫でていた。

未熟者で人としても霊装者としても経験の浅い俺に出来る事なんて、高が知れている。けれどそれでも、フォリンさんは俺を頼ってくれた。涙を零してしまう程に苦しみながら、俺へと手を伸ばしてくれた。そして何より、ラフィーネさんも、フォリンさんも、俺にとってはいなくなってほしくない人。仮に帰ってしまったとしても、いつかまた会いたいと心から思う人。だから俺は……絶対に力になると、心に決めた。

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