「GOD EATER 2」発売記念!! あと戦闘シーンが書きたい病のリハビリも兼ねて!

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いったいどちらが化け物なのか

 

 遠く、砂漠の真ん中を、突如の爆発が砂を巻き上げる。

 青空を突くような砂柱は二つ三つと連続して発生し、形を失い崩壊するよりも早く、新たな爆発と残留のように柱が立つ。

 砂漠には、幾つかの姿と影がある。

 一つは人。一頭と二対の手足を存分に躍動させ、足場の条件としては最悪に近い砂漠を疾駆する。

 一つ――というより『その他大勢』は、いずれも異形と呼ぶに相応しい。巨大な獅子、騎士を象った(さそり)。大きな髪飾りとスカートを棚引かせる女もいたが、肌が緑色な上に浮遊している。どれも『人間』とは呼べない、しかしただの動物とも呼べないような、異形の『生物』ばかりだ。

 その場、疾駆するたった一人の人間は、手に奇妙な武器を握っていた。鳥の翼が血色の刃となった剣、静謐(せいひつ)な青に縁取られた丸盾、鉄筒を束ねたような連射銃――それらを一纏めにした、武器と呼べるかも怪しい、こちらもどっこいの異形だ。

 ある意味ではこの場に尋常の生物などいないかもしれない。走り続ける人間は、ふと胸中でそんなことを思った。こいつらも自分も、もはや廃れてしまった歴史と照らし合わせれば、神話にしか存在しないと言われたレベルの化け物だ。

 だが、今この状況は、まさしく現実だ。自分は生き、油断をすれば瞬く間に死ぬ。

 と、蠍が金切りの咆哮と共に、尻尾の長大な槍の先端を人間に向けて突き出す。速度は速く、ともすれば胴に大穴が空くような突きだ。

 だが、人間は回避する。それも上方への跳躍によって、だ。

 槍は人間がいた場所を素通りし、砂漠に大穴を穿つ。当の標的はその槍に着地、間髪置くことなく走り登り始めた。振り落とそうと蠍が尻尾を揺らすが、人間はまた跳躍して逃れ、

「――――」

 その位置、空中にて、何も無いはずの空中を蹴って加速した(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 速度が上がる人間は武器の剣を突き出し、蠍に急接近する。何の邪魔もなく、剣は蠍に触れ、流線状の身体を削ぐように通過する。

 蠍の、鬼面のような盾を持つ右腕が斬撃され、落ちた。

 悲鳴を叫ぶ蠍を無視し、砂地に足が着いた人間は容赦なく四対の肢を削ぎに掛かる。股下を潜るように駆け、その途上で肢を斬る。バランスを崩した蠍が倒れ、人間が更なる攻撃の為に刃を返し、だが、

「――――っと」

 そこに、紫電の球体と、空気を灼く光線とが撃たれ、人間は後方に跳躍することで回避した。

 攻撃を妨害された。その原因は、正直忘れ掛けていた他の異形の介入だ。

 雷撃を放ったのが獅子、光線は不気味な女だ。『食欲』だけが取り柄の化け物とばかり思っていたが、同類の身を案じる感情があるとは知らなかった。通説では意思を持たぬ細胞の集合体でしかないらしいが、こういう連携も可能ということか。それとも本能のままに攻撃したら偶然タイミングが重なっただけなのか。いずれにせよ、まだまだ未知数の残る化け物なわけだ。

 とかく人間とは、意思を持たない連中だと勝手に判断しているくせに、その研究対象に食い殺されていているのだから情けない。もはや人間のヒエラルキーも地に落ちた。

 だが、人間という生き物は総じて過剰なまでにプライドが高い。どれだけ痛めつけられ、殺され、死に絶えかけようと、惨めにもがいて復活を目論見ては、反撃と復讐を企てる。そうして本当に実行する。

 その成果が、自分という『化け物』だ。

 口の中に砂利が入っている。吐き出してしまいたいが、口内の水分が失われる為、不快感と共に飲み下す。砂漠での、しかも戦闘中での脱水症状は洒落にならない。こういう極地での戦闘も想定した肉体改造は施されているが、僅かな不穏因子も残しておきたくはない。目前の三体は、個別に対処するならさほど苦戦もしない相手だが、まとめて掛かってこられるとなると話は別だ。たった一つの被弾が致命打になりかねない。

 というか、こんなピンチを避けるために同じ部隊の連中がいるはずなのだが、これだけ派手に立ち回っても顔を出しやしない。事前の作戦では各員一体ずつ引き付け、仲間が援護に到着するまで時間を稼ぐ手筈なのだが、何故か自分の所にまとめて敵が来ているこの現状はどういうことだろう。まさかとっくにやられたのか?

 いや待て、落ち着け。修羅場の最中に無駄なことを考えていたらそれこそ命取りだ。安否はともかく、今は目前の状況をどうにか切り抜けるべきである。

 これまでの経験から言って、どうしようもなく多勢に無勢の状況に陥った場合、まずは冷静に周囲を見渡すことが重要だ。自分の疲労具合や武器の磨耗、携行品の残量。地形の特徴。敵の特性。それらを全て捉え、整理し、最大限に利用する。がむしゃらに突っ込んだところで食われるだけだ。それが一番あってはならない結末である。

 最優先事項は生還。とりあえず文句をグダグダと垂れ流せる程度の健康と五体満足でなければ目も当てられない。生きて帰る――多くの戦果を上げ殉死するよりも、そっちの方が遙かに大事で難しいことだと、自分では思っている。ゆえに生還者は英雄と称えられる。

 生き残る。そのために策を弄する。人間は爪や牙などといった武器を持たないが、特別重いこの頭脳で窮地を切り抜ける強さがある。だから、落ち着いて、考える。

 自分自身はまだまだ動ける。武器の調子もフルメンテを終えたばかりでピカピカだ。携行品の消費も大したことはない。

 地形は――見渡す限りの砂漠、照りつける太陽。立っているだけで汗がじんわりと滲む。年季が入っているのか、大きな砂丘も見える。結構デカいが、連中の巨体が不時着でもすれば落とし穴として陥没してくれるかもしれない。

 その敵の特性は。

 獅子――識別名称〝ヴァジュラ〟。雷撃と俊敏な動作を得意とする。

 蠍――〝ボルグ・カムラン〟。尻尾の長槍と鎧のような皮膚が面倒だ。

 女――〝サリエル〟。三眼が放つレーザーと毒粉に要注意。

 どれも一体ずつ対処できるなら手こずらない自信はある。しかし今は三対一だ。どの能力も充分に人間を殺せる威力を持ち、油断すればあっという間に殺される。

 落ち着け。全部の要素を整理しろ。使えそうなものを選べ。利用できるなら何だって使え。全て自分が生き残るためだ。

 目標は全標的の討伐及び生還。難しくなんかない。前任地の極東支部の方がもっとハードだった。孤立無援も珍しくなかった。下手に役職を任されるのも考え物だと痛感した。

 まあ、まったくの無駄ではない、むしろ多く得るものがあったと、今ではそう思える。

 それじゃあ行ってみよう。持てる経験と戦術全てを賭けて今日もまた醜くもがこう。

 

    ☆

 

「……おーお、マジでやってるよ。しかもなかなか死なねえし」

 激戦が展開されている座標地点から三キロメートル離れた位置。一際大きな砂丘の陰に隠れるように、銃型〝神機〟のスコープから目を離した若い男が言った。

 派手なニット帽を被る青年の周囲。ジリジリと炒られるような砂漠には、他にも同じような人影がある。

 鉄板のような大剣を携えた白髪の男。毒々しい深紅に塗装された銃を砂に立て掛ける女。いずれも右手首に赤い腕輪を付け、〝神機〟を携行している。

 『ゴッドイーター』。残り少ない人類を異形の化け物から守護する、という名目で組織された超人達を、人はそう呼ぶ。

「おい、本当にこれでいいんだろうな。報酬金の減額とか勘弁だぜ。〝アラガミ〟どもをあの野郎に擦り付けるのだって一苦労したんだ」

「俺に言うなよ。俺もあんたもそっちのあんたも、アジア支部のお偉いさんに雇われた身だろ?」

「ええ、そうよ。――通常任務の十倍出すから、これから同伴する神機使いを何が何でも殺せ、ってね」

 〝アラガミ〟。突如としてこの惑星に出現した、これまでの生態とはまったく異なる新種の細胞群生物。その特性はとにかく『何でも食べる』こと。人や動物の肉、草木はもちろん、建築物のコンクリートや山の一角、核爆発すら容易に飲み込むという。見境なく何もかもを食い散らすその様を目の当たりにして、いつからか誰かが畏敬を示して呼ぶようになった――荒ぶる神、〝荒神(アラガミ)〟と。

 従来の火器がまるで効かないそれらを前に、人類は為す術もなく『捕喰』された。かつては人口爆発が社会問題として提起された時代が一変し、今では100分の一にまで減少した。

「しっかし、こんな大がかりなことしてまで消さなきゃなんねえ奴なのか? 移動中のヘリでも全然喋んねえし、ただのネクラだろ」

「その割りにはずいぶん動きがベテラン臭せえけど……あ、ひょっとして極秘情報とか握ってたりして。そんでお偉いさんに目ェ付けられて消されようとしてるとか」

「あら、聞いてないの? あそこの人、極東支部で部隊長やってたらしいわよ」

「はァ? 部隊長? 何でそんな奴がこんな僻地(へきち)に――ああ、なるほど。要するに左遷か」

 全てが変わった。抵抗する隙もなく変えられてしまった。だから人類も、変わるしかなかった。

 人類の選択は、抵抗だった。

 惨めな過去を踏まえ、屍となった先人達の死を無駄にしないためにも、人類は知性と技術を賭けて抵抗に踏み込んだ。

 アラガミの本質は〝オラクル細胞〟と呼ばれる単細胞の群体だ。これが数十万の規模で形成し進化したのがアラガミという完成型である。アラガミの捕食という最大の特徴はオラクル細胞に由来し、これが万物を食い荒らす最大の要因と言って差し支えない。

 アラガミに人類の火器は通らない。核ミサイルすらも飲み込まれる。

 だが、同じオラクル細胞による攻撃ならどうか。

 実際のところ、アラガミの捕喰本能による『共食い』の観測記録は微々たる量ではあるが残されていた。同じオラクル細胞の集合体であるにも関わらず、彼らは別種の進化を遂げたアラガミすら食らう。

 つまり、アラガミの爪や牙――オラクル細胞によって構成された攻撃手段は、アラガミ自身にも通用するということだ。

 ならば話は早い。人類は苦節の末にオラクル細胞を採取してゆき、最終的に新たな武器の創造に成功した。それが〝神機〟――アラガミに対抗し得る唯一の『神殺し』である。

「しかも極東支部っていやぁ、〝アーク計画〟だの支部長の変死だの、新種のアラガミの大量発生だので大騒ぎになったってとこじゃねえか。雨宮(アマミヤ)とかいう神機使いがアラガミ化したって話も聞くぜ」

「そんな修羅場で部隊長張ってたってことは、それ相応の実力があるってことか……。チッ、どうりで簡単には死なねえわけだ」

「今は落ち着いてきてるらしいけどね。でも、そんな最前線で生き延びてきた人が、何で権力者なんかに殺されようとしているのか――讃えられこそすれ、決して憎むような功績ではないと思うんだけど」

 この神機は持ち主を選ぶ。神機そのものがオラクル細胞の塊――ある意味で、『制御されたアラガミ』だからだ。ゆえに〝適合者〟は数少ない人類の中からさらに絞り出さなければならず、抵抗する手段は出来上がっているのに使いこなせる人間がいないという事態が起こった。

 そういう時代から早くも数十年。世界各地には神機使い『ゴッドイーター』を束ねる軍事組織『フェンリル』が発足し、最近になってようやく世界の平穏が取り戻されつつあった。束の間、僅かばかりだが、何の抵抗も出来なかった時代に比べれば遙かにマシだ。

 現代、世界はゴッドイーターが守護していると言っても過言ではない。彼らもまた無傷ではなく、例年少なからぬ数の犠牲が生まれているが、彼らの功績があるからこそ、人類は今日まで生き延びてこられた。

 ゴッドイーターは、掛け値なしに人類の守護者と言える。

「そこまでわかっときながら一切手出ししようとしないとか、お姉さんもなかなか非情だね」

「当たり前でしょ、黙ってれば平均年収の十倍の金が入ってくるんだから。つまらない正義感でちょっかい出す方が馬鹿よ。今の時代、もっと賢く立ち回らないと」

「違ぇねえ! さっさとブッ殺されてくれよ部隊長様!」

 そんな会話を何の疑問も反感も抱かず交わせるゴッドイーターがいることも、また事実。

 結局のところ、人間は慣れる生き物だ。どれだけの艱難辛苦(かんなんしんく)、絶望と困窮が眼前に立ちはだかったとしても、ある程度その問題をクリアしてしまえば、人間はその状況なりの日常を謳歌する。辛くても、そんなものは屁でもないと、明るく歌い酒で解決するようなポジティブさがある。

 この三人とて同じだ。あまりにも絶大な力を持つアラガミが前に立とうとも、それなりに対抗できる神機を持って、最低でも逃げ延びることが出来れば上々、その幸運を祝おうという神経の持ち主である。だから彼らは、目の前の人命を楽観して笑い話ができる。それもまた、深刻な現代の実状の一側面であることは、否定できない事実なのだ。

 彼らは金で雇われた一兵卒(いっぺいそつ)に過ぎない。目的はクライアントから命令された、特定個人のゴッドイーターの抹殺。理由は知らされていないが、莫大な金をくれてやるからとにかく殺せと真っ赤な顔で依頼されただけである。

 大人しく従い、無事に任務を終了させ、その身銭でまた何ヶ月かを生き延びる。

「……可哀想に、もう二度と故郷の土を踏めないなんてな」

 それが彼らの生き方だった。

 

    ☆

 

 これは本格的にマズくなってきたかもしれない、とただ一人砂漠を走る人間は思った。

 現在、主に自分を追随してきているのは雷獅子ヴァジュラだ。強靱な足によって実現する俊敏な駆動で、常人よりも遙かに速いとされるゴッドイーターの回避軌道に難なく追い付いてくる。音を立てて剛爪が背中のすぐ近くを撫で、(たてがみ)から雷球を放ち、確実に自分を食い殺そうとする。

 その後方から、援護射撃のようにレーザーが飛んでくる。浮遊する踊り子のようなサリエルの三眼が撃つ遠距離狙撃だ。光学的理論を適用しているのかどうなのか、レーザーは空中を幾度も屈折しながら発射される。ヴァジュラといい、どれも当たれば痛いでは済まない威力をはらんだ攻撃だ。

 妙に連携が(うま)い。こっちが僅かな隙を見つけて反撃に転じようとすると、サリエルがすかさず射撃でカバーを仕掛けてくる。こちらも神機を銃形態に変形させて対応しようとすると、今度はヴァジュラが猛然と突っ込んでくる。これでは防戦一方に甘んじるしかなかった。

 とはいえ、いつまでも走り続けて回避を繰り返すだけでは状況は良くならない。体力面では圧倒的にこちらが不利だし、せめて一太刀与えなければこっちの気が済まない。後方で回復中のボルグ・カムランもじきに復帰するだろう。こういうピンチのために部隊というものがあり仲間がいるはずなのだが、最早探すのも諦めた。というか、先ほど視界の端にチカッと小さな反射光が見えた。不毛の砂漠に今時ガラスの破片が落ちているとも思えないので、おそらくは神機のスコープレンズだろう。つまりはあの辺に隠れているわけだ。どういうつもりかは知らないが、少なくとも友好的ということはないようだ。

 マズい。これはいくら何でも、かつて激戦区の第一線で部隊長を請け負っていた過去を持つ自分でも、少々キツい。

 もしかすると、死ぬかもしれない。

 こういう場合、どうすることが最善の選択なのかは、同じく極東支部での新人時代に嫌というほど学んでいる。

 

 ――死ぬな。死にそうになったら逃げろ。そんで隠れろ。運が良ければ不意を突いてブッ殺せ。

 

 新人時代、世話になった恩人の言葉が甦る。今は現役を引退している妻帯者だ。一時期は行方不明などで騒動があったが、もう懐かしい記憶になりつつある。その声に言葉に、己の答えを重ねてみる。

 ――死ぬな。

 もちろんだ。

 ――死にそうになったら逃げろ。

 山々だ。

 ――そんで隠れろ。

 隠れるとこないんスけど。

 ――運が良ければ隙を突いてブッ殺せ。

 運も何も、最初から鉄火場なんですけど。

「……あれ、駄目っぽい?」

 思わず呟いてしまう。足下にヴァジュラの前脚爪が飛来してきたのを慌てて回避する。

 いかん、生きる希望が(かす)んできた。水分不足か。誰か心のオアシスを。というか早く帰りたい。

 しかし冗談抜きで頭が痛む。三半規管が狂っているように足下がおぼつかない。きちんと姿勢を維持して走れているのが奇跡のようだ。どうやら熱中症が始まってきているらしい。体内にオラクル細胞を自ら取り込み、人道倫理感に背かない程度とはいえ肉体改造を施しているゴッドイーターにも、この猛暑は相当こたえるようだ。加えてノンストップの全力回避機動である。ぶっ倒れない方がおかしいというものだ。

 これはもう、まったくもって本望なんかではないが、この辺りで殉職を覚悟した方がいいのかもしれない。ぐらつく意識が弱気を呼んでいる。最早ポジティブに考えられる材料も思い浮かばないほど、朦朧(もうろう)と――

 

 

 ――生きることから、逃げるな。

 

 

 気付かぬ内に足はブレーキのために踏ん張り、制御の痕を砂の地面に残しつつ、空いている左手を腰元に伸ばし、括り付けられていた球体を取り外していた。

 口で安全ピンを引っこ抜き、突進してくるヴァジュラに向けて投げつける。触れたかどうかというタイミングで炸裂。目映い閃光と高周波のコンボが直径十センチ大の閃光手榴弾(スタングレネード)から半径十メートル範囲を拡散した。

 突然の目(くら)ましに怯んだのか、元々グレネードに耐性の低いヴァジュラが着地を間違え、すっ転ぶように砂に落ちる。反動の衝撃で砂が舞い上がる。勢いはそれだけに留まらず、身体の半分近くが砂に埋もれてようやく停止した。

 すかさず神機を構え、その地点に突っ走る。砂煙が目隠しの役割をしてくれるため、サリエルからの追撃はない。

 ヴァジュラが一生懸命砂から這い出ようとしている様子は少々滑稽だったが、気にせず神機を肩で担ぐように構え、特定のモーションを起動させる。

 ばりっ、と革が割れるような音がした。

 発生源は当然、自分の神機から。妙に生物的な動きで剣の奥から出てきたのは、世にも禍々しい口だった。真っ黒な外皮と、真っ赤な口腔。アラガミの細胞によって造られた神機に眠るアラガミの顕現。

 剣形態(ブレードフォーム)銃形態(ガンフォーム)、そして三つ目の捕食形態(プレデターフォーム)。神機において最も原始的な姿と言っていい。

 その口が、ヴァジュラの前脚脇に食らい付く。

 今まで何度も聞いてきた、肉が肉を貪る音。繊維を引きちぎるような音。そうして発露する本能。

 神を喰らう者(ゴッドイーター)と呼ばれる所以(ゆえん)、人の身が行う『捕喰』の姿だ。

 神機を通して、全身の血に紛れたオラクル細胞がにわかにざわめく。太陽の光線とはまた違う熱が身体の奥から湧き上がる。神経が限りなく高揚し、これまでの疲労がどこかへ吹っ飛んでしまう。

 ゴッドイーターが行う捕喰は、アラガミのそれとは違い、身体強化と覚醒に用いられる。アラガミは食欲を満たすためにものを喰らうが、ゴッドイーターはただ〝狩人〟としての真価を発揮する引き金として敵の肉を喰う。自分以外のオラクル細胞を直接摂取することで莫大なエネルギーに変換し、あらゆる機能を一時的ながら進化させるのだ。ここ一番の決め手として用意された切り札である。

 発露する現象は個人差がある。外傷の自然回復速度が異常に上がったり、人智を越えた怪力や敏捷(びんしょう)を発揮したり、果ては性格が変貌し狂戦士のように暴れ回る輩もいる。

 では自分の場合はどうかというと、それほど目立った変化が訪れるわけでもない。

 ただ、

「生きることから逃げるな、か」

 一切に対して、怯えや恐怖を抱かなくなる。何の不安も感じない精神状態になる。

 それはつまり、ひたすらに真っ直ぐな度胸が据わるということだ。

「よくもまあ、そんな恥ずかしい台詞を素面(しらふ)で言えたもんだ」

 ほんの昔の自分に他ならないが、と自虐を込めて呟く。

 錯乱から回復したヴァジュラが怒号を上げる。並の人間であれば心胆に恐怖を植え付けられ身動きもできなくなるだろうが、最高にハイな状態になった自分にとってはどこ吹く風。野獣の咆哮など開戦を告げるラッパにしか聞こえない。今の自分は紛れもなく、眼前の獲物を捕らえて食らう『神殺し』でしかないからだ。

 砂煙が落ち着き、視界が開けた。

 そう思った瞬間、両者の脚力は躍動していた。

 ヴァジュラが紫電を己の右前脚に纏わせ、牙と爪を剥いて襲い掛かってくる。しかしこちらはまともに取り合うつもりもない。後方へのステップで回避し、続く相手の出方を探る。なおも続けてくるか、転じてこちらが仕掛けるか。サリエルからの狙撃にも気を配っておかなければならない。

 ヴァジュラの選択は、攻撃の続行だった。右脚が空ぶったと解ると、すかさず左脚を使ってくる。

 いい判断だ、と思った。こちらは背後の見えていない、バランスが不安定な状態でありながら、向こうは常に前進の姿勢である。全身が武器となり得るアラガミは小手先を弄するよりも直線的に突っ込んだ方が効果的だ。対してこちらは足元もバランスもおぼつかない、非常に不利な体勢と言える。いつすっ転ぶか解ったもんじゃない。そこに追い打ちを掛けられれば、間違いなく死ぬ。

 危険だ。だから無理矢理にでも姿勢を変えるべきだとは思う。しかし敵に背を向けることがどれだけ危険なことなのかも、経験的に熟知している。

 ――このまま対処する。

 幸い、今は何とかなるかもしれない状態の身体だ。

 判断を下し、左足の攻撃を神機の盾で受け流して、足場の悪い砂地から離脱した。

 空中へ。

 すぐにヴァジュラが追ってくる。強靱な後ろ脚を生かした跳躍だ。奴の武器は、今度は牙。

 離した間隔はあっという間に詰められる。だが、自分が空中に逃れたのは苦し紛れの回避などではない。河岸を変えた、という意味だ。

 身体に(みなぎる)る覚醒状態は一時的でしかない。長くてもあと二十秒もないだろう。それだけあれば充分だ。

 唾液の滴る牙の顔面に向けて、まずは神機を一振り。翼刃が鼻先を斬り裂き、こちらの身体も釣られて回転する。だがヴァジュラは痛覚無視でもしているのか、なおも獲物を喰らおうと口腔を開く。

 そこで、宙を蹴る。

 確かな反動を感じ、景色が急速に流れ、次に反転が落ち着いた瞬間には、身体はヴァジュラの背中が見える位置に移っていた。

 空中ジャンプ。ゴッドイーターが覚醒時に飛躍的に向上する身体機能の一つ。どういう仕組みなのかさっぱり解らないが、馴染みのある戦術機動だ。

 背中が見える、どころか、手を伸ばせば尻尾だって掴める近さだ。もう少し離れるだろうとの目算だったが、飛距離を伸ばせないということは、少し体力が落ちているのかもしれない。

 まあ、構わない。むしろ好都合とばかりに尻尾を掴み、自身の身体を引き寄せる。空中でアラガミに騎乗するような格好となった。もっとも目的は使役などではなく、一歩的な暴力でしかないのだが。

 攻撃開始。

 小振りな神機を存分に振るい、敵の身体に確実な外傷を刻み付けていく。特にヴァジュラの後半身は弱点部位が多いと各地の支部では伝わっている。

 斬り、抉り、突き立て、返り血を浴びながらも攻撃を止めず、連撃する。悲痛なまでに身を捩り抵抗してくるが、決して離さない。まだ足りないとばかりに斬る。ダメージの蓄積もあるが、この翼刃は連続して斬り付けることで真価を発揮するのだ。

 滞空時間は何秒ほどだったろう。密かに十二発のカウントを呟いて、最後に一撃を見舞う。これまで以上に深く肉を裂いた。見るも無惨な切り傷が刻まれた背中を蹴り、敵から離れた。

 その気になれば、ヴァジュラは着地と同時に怒号を挙げて反撃に転じてくるはずだ。だが、きっとそうはならないだろうと予測している。その証拠に、目前を落下していく巨駆は姿勢を着地のために変えることをしない。苦痛に身動きが取れないのか? 否、アラガミにそんな感情は介在しない。文字通り、ヴァジュラは縛られたように動けないだけなのだ。

 麻痺(スタン)。全身の神経系がストップし、筋肉どころか指一本動かせなくなる。そんな異常を引き起こす毒が、この翼刃には仕込まれている。

 獅子の身体が砂丘に突っ込む。固められているわけでもないそれは重みに耐えきれず崩落し、衝撃と同時に砂塵を巻き上げて大きく陥没した。ああなると蟻地獄のようになって容易には這い出せない。麻痺の効果はそう長くないが、少しくらいは時間が稼げるだろう。

 標的変更。後方のサリエルに向けて即座に疾駆する。

 目に毒な色彩のフリルスカートを靡かせるその姿は蟲惑的(こわくてき)ですらあるが、額に大きく開いた獰猛な三眼を見れば萎えるというものだ。つまり人間に似た姿と被せるまでもなく遠慮のない攻撃ができる。

 目標にされたことを悟ったのか、サリエルの方も橙色に空気を焼くレーザーを乱発してきた。速度も速く、すべてこちらを的確に狙う特徴がある光線だ。ボーっとしていると蜂の巣どころか五体を焼き切られる。

 だが、照準(ホーミング)があまりに優れているというのも難点だ。

 鼻先にまでレーザーが迫り、その瞬間に身を捩る。傾いた身体を支えるように足を入れ替え、速度を緩めずに身を前へ倒し続ける。砂地であるため独特のコツが要るが、もはや考えるだけ無駄なので勘で何とかする。経験あっての荒技だ、素人は真似しちゃいけない。

 レーザーが背後に流れていき、それを後目に捉えることもなく速度を上げる。ゴッドイーターの身だからこそ瞬く間に接近できた。この距離まで近付くとレーザーの第二波を回避することは難しくなるが、解決策は簡単だ。撃たせなければいい。

 跳躍し、浮遊状態のサリエルとほぼ同じ目線の高さに上昇。続く動きで、上半身を捩り旋転させ、神機の翼刃を目障りな三眼に叩き込んだ。柔らかい肉を裂く感覚と血飛沫が噴き出る音。そして刃は通過せず、食い込むように停止した。

 これまた耳障りな悲鳴が聞こえるが、構わず神機を支点にしてサリエルの肩上辺りに足を乗せる。踊り子衣装の女に肩車したような体勢だ。

 攻撃は終わっていない。ブチブチと繊維ごと乱暴に引き抜いた神機を逆手に持ち変え、捕喰形態を発現。

 巨大で真っ黒な口に髪飾りごとサリエルの頭を食わせた。

 視界が覆われたからかダメージに耐えかねてか、バランスを崩して浮遊したサリエルが落下した。ただならぬ反動に吹き飛ばされそうになるが、食欲本能に従い咀嚼(そしゃく)したままの神機に縋ってどうにか持ちこたえる。

 艶やかな女の優美さはどこへやら、恥も外聞もなくサリエルはのたうち回るが、こちらの神機も諦め悪く食らい付いたままだ。着実に牙が肉体に食い込み、離さない。

 これは僥倖(ぎょうこう)、と判断し、サリエルの身体を力の限りに踏ん付けて固定し、神機を無理矢理引き剥がす。

 とんでもない量の出血と共に、サリエルの首上が半身から食い千切られた。

 見れば、咀嚼を続ける神機の口元に脈打つ球状の肉があった。アラガミの中心核、〝コア〟だ。どうやらアタリを引いたらしい。

 オラクル細胞の群体であるアラガミにも司令塔的な役割があるらしく、そこを破壊されると呆気ないほどに自壊する。その証拠に、首元にあったコアを失ったサリエルの残った身体は、早くも無数の灰に帰し始めていた。

 これでまずは一体排除。しかし息付く暇もなくけたたましい足音が砂漠を鳴らす。二対四本の尖った脚をせわしなく動かし、怒りも露わといった蠍騎士ボルグ・カムランがこちらへやってきた。もう回復を終えたのか、斬り落としたはずの腕まで元通りになっている。

「……少しは休ませてくれないかなぁ」

 速度を緩める気配が微塵も無い。このまま三メートルを越す巨体で轢き殺すつもりか。あの股下は意外と安全地帯なのだが、潜り込むのはやめた方がいいだろう。あの状態の敵に密着したら何がどうなるか解ったもんじゃない。

 だが、この相手は例えベテランでも侮れない。主な得物はあの長槍ではあるが、実は細かいニードル弾を発射したり軽やかに跳躍したりとなかなか遠近自在なのである。窮地であっても背を見せていい敵ではなかった。

 だから、危険ではあるが、どうにか突破しなければならない。

「身体が持たないよ」

 今し方サリエルの生肉を摂食したため神機は覚醒状態にある。体力面は嫌でも躍動する身体に任せておけばいいだろう。頭脳(こっち)の担当は、如何に動き仕留めるか、だ。

 両者の間が十メートルを切ったところで、敵の槍が空気を裂き貫いて突き込まれた。

 突進の勢いと槍そのものの威力を乗せた見事な一撃。だが生憎(あいにく)と、こちらは似たような攻撃パターンを何度となく見ている。対処の仕方は身体が覚えていた。

 ひたすら反復横飛び。これで回避する。

 敵の槍は恐ろしく長く鋭いが、鋭いゆえに横範囲をカバーできておらず、むしろ脆い。狙いも必然的に一点に絞られるため、ステップの幅さえ間違えなければ掠りもしない。とはいえ大股すぎても体力を消費しすぎるので、ある程度戦歴を積んだゴッドイーターはどれだけ無駄なくステップを刻めるか競う風潮もあるらしい。結果的に生存率を高めているのだから世の中不思議なものだ。欲さえ自制すれば比較的安全ではあるし。

 だがしかし、現場の本番はそう簡単にはいかない。

 身体の向きを考慮して左にステップイン。すぐ側をくすんだ銀の槍が通過する。服の裾すら捕らえさせない距離を置き、それを起爆とするよう一気に加速を掛ける。このまま剣の間合いまで詰めて片を付ける算段だ。

 すると敵も槍を即座に引き、またこちらを狙って高速の突きを見舞ってくる。慌てずステップで回避。さっきまで立っていた場所の砂に深い穴が穿たれた。

 また加速のために歩を進める。だが、二歩もいかないうちに再三の槍が突き込まれてきた。あえなく横に逃れる。

 なるほど、と感想が浮かぶ。敵のボルグ・カムランはこのまま高速で槍を連発し、こちらにたたらを踏ませる気なのだ。前に進むことが出来ないから停滞のようないたちごっこが続き、またこちらが神機を遠距離対応の銃型に切り替えようにも隙を与えさせない。ひたすら横飛びしているこちらに比べて敵は槍を戻して突くだけだ。すぐにこちらの分が悪くなる。

 あの構造のどこに考える脳があるのだろう。ひょっとして本能で済ませているのか。不毛な駆け引きをやっている間に後ろのヴァジュラも復帰してくるということまで計算済みなら大したものだ。知り合いの研究者に教えてやりたい。きっと嬉々として調査に乗り出すだろう。

 ともあれ、相手の思惑が大方判明したところでわざわざハマってやるつもりはない。何とか打破し、状況そのものを進めなければならない。

 どうしたものか。方法はいくつか浮かぶ。多少の無茶も(いと)わず行こう。出し惜しみして死ぬよりはマシだ。

 あと二回、回避を終えたら実行する。迅速さが求められる。油断せずに行こう。楽しくなってきやがった。

 

    ☆

 

 一方、暗殺を請け負った当の本人達は。

「……何だよおい、どうなってんだよ」 

 予想外の状況が起こっている。その場の誰もがそう感じた。

 死なない。人類の天敵であるアラガミが三体、それも大型種が束になっているのに、相対するたった一人の神機使いは、もう五分以上も生存している。有り得ない話だ。並の神機使いなら三十秒もしない内に食い荒らされるだろう窮地で、おまけにほぼ無傷の状態で生き残っている。その様子を遠方から観察していた下請け三人組は、言うまでもなく戦慄を覚えた。

 身体のどこに秘めているのかも解らない瞬発力と腕力、そして(つちか)われた判断力が生存の手助けをしていることは、何となく察することが出来る。幾多の修羅場を潜り抜けてきた経験もあるのだろう。何しろあそこで奮闘している人間は、かつての極東支部部隊長だったという経歴を持つのだから。

 最前線で磨かれたセンスが存分に振るわれている。だが、それにしても、

「何なんだよ……どうやったらあんな動き方が出来るんだ? 上下左右にピョンピョン跳ねやがって。砂漠は足場が悪いって話じゃねえのかよ」

「いくら神機使いだからって常識無視しすぎだろ、あんなの……。捕喰の出力ってあんなに強かったか? アラガミ丸ごと食い千切るなんて聞いたことねえよ」 

「っていうか、カムランの突きを普通に避けてる。簡単にやってるようだけど、よく見たら足が速すぎて霞んでるわよ。ショートブレードの神機使いは確かに身軽だけど……」

 何の経験も知識もない一般人が見れば、ただ凄いとしか言いようのない光景だろう。大きなモンスターを相手にちっぽけな人間が立ち向かっている。その程度にしか認識できないはずだ。

 だが、この場の三人は、辛辣(しんらつ)な現場を経験しているだけあって、状況を推し量ることができるようにならざるを得なかった。賢く立ち回り逃げ仰せるには、何よりも周囲の把握が必要だ。自分が生き残るためには仲間の犠牲も厭わない。それぐらいの心境で臨まなければならない。

 だから彼らにも、敵の大まかな実力は戦闘能力を推察するスキルは身に付いている。

 その目を通してみれば、この状況は比較するまでもなく異常だ。

 ヴァジュラ、サリエル、ボルグ・カムラン。敵が単独でありこちらが集団での戦闘であれば討伐はそう難しくない種類のアラガミだが、纏めてかかってくるとなると一気に生存率は低くなるだろう。特にあのような、無秩序でいて密かな連携が見え隠れするようなグループは厄介だ。あの連中は、自分と共闘しているアラガミの長短を本能で理解している。片方が劣っている部分を片方がカバーする。理屈で考えてはいないだろうが、感覚でそれをこなすのは人間でも至難だ。

 強敵と言っていい。

 その強敵を相手に戦っているのがたった一人の人間というのも、理解しがたい。

 ただの人間ではない。奴は神機を持った、しかも歴戦の経験があるベテランのゴッドイーターだ。あのアラガミ達の同種とも何度となく戦ってきたのだろう。知り尽くし、対処を身体に刻み込んでいるからこそ、あれだけ迅速で的確な対応が取れている。

 だが、それを考慮しても異常だ。

 確かにゴッドイーターは人の域を外れた能力を持つ。だが、そのくくりの中でも、あの動きは到底模倣できないようなレベルだった。

 迫る獣の剛爪を、光線を、槍を、まったく怯むことなく真っ直ぐに見て捉え、必要最低限の動作で回避し、反撃に転じる。一歩間違えば、抉られ、焼き切られ、貫かれるかもしれないという恐怖を、まるで感じていないかのように。

 あれは経験という言葉だけでは説明が付かない。歴戦のベテランであっても死ぬのは怖いし、時におののきもする。手が震えて使いものにならなくなる時もある。しょせんは人間なのだから、そんな恐怖があって当然なのだ。

 だが、あの人間からは、恐怖というものを微塵も感じられない。いや、それどころか、

「…………クソが」

「あ? おい、どうしたよ」

「見てみりゃわかる。俺の神機触るなよ? 拒絶反応で食い殺されちまうからな」

 怪訝(けげん)に思った白髪の男に、ニット帽の青年が己の神機のスコープを指し示す。白髪の男がレンズを覗き込んだのと、女が自分のスコープで確認したタイミングは同じだった。

 そして、二人同時に背中が粟立った。

「……笑ってやがる。何が楽しいんだよ、あの野郎」

 先方、激闘の戦場では、騎士をかたどったような大型の蠍に相対する人間がいた。

 全身が己のものではない返り血で真っ赤に染まり、振るう剣も絶えず血が滴り、煌々と両目を輝かせ、口元は獰猛に歪んでいた。

 犬歯を剥いて高速の疾駆を繰り返し、自分より何倍も大きな体躯の化け物に恐怖なく斬り掛かる。

 それは一つの修羅だった。

 鬼でも、悪魔でも、狂戦士と言ってもいい。この世に存在する言葉の中で、人智を超越した異形を表す単語の全てを与えてもいい。

 あれはヒトじゃない。

 ただ戦闘に特化し、そこに快楽すら覚える異常人格だ。

「なあ、俺さ、――あいつ、絶対死なねえと思う」

「ああ、アラガミ三匹じゃ殺せねえよ。百集めてやっとだと思うぜ」

「そうよ、そもそも無理だったのよ。アジア支部が目を付けるような大物よ? そんなの、この程度で抹殺なんてできるはずがなかったんだわ」

 三者の言い様は、いずれも震えていた。

 目の当たりにした『化け物』の本領に、今更ながら気付かされ、恐ろしがっているのだ。

 もし、万に一つもアラガミが全滅するような事態になれば、自分達が三人掛かりで手ずから殺そうとも計画していた。

 無理だ。今ではもう近付きたくもない。あんな『化け物』を自分達で殺すなんて、いくら何でも無謀すぎる。

 あれは絶対に死なない。そんな生物などいるはずもないのに、腹の底から実感せざるを得ない。あれは、他者の故意によっては絶対に殺されない。

 理性が叫ぶ。いや、理性ならざる部分が悲痛に訴える。

 ここから一刻も早く逃げろ、と。

 彼らは決して素人の神機使いではない。現場を経験しているからこそ、引き際というものを上手く見分けられる。

 だからこそ、今はもう撤退の時だと悟った。

 誰に命令されるまでもなく、今すぐ全力で逃げるべき時だ。そう、あまりにも強大で能力も把握し切れていない新種のアラガミと遭遇したケースと同じ。生き残ることを最優先とするなら、こんなところに留まるべきなんかじゃない。

 あんな『化け物』に付き合わされるなんてまっぴら御免だ。

「おい、逃げるぞ。一足先に回収用のヘリを飛ばすんだ。あのクソ野郎と帰り道まで一緒になるなんざ考えたくもねえ。俺らだけでも先に帰投するんだ」

「だな。依頼主のオッサンには悪いが、今度は軍隊ぶつけた方がいいって報告してやる。上役の癖に見通し甘いんだよクソが。事前に戦績とか調べてりゃもっと慎重にやったってのによ」

「そうかしら? あの人が挙げた戦績の重要な記録だけ絞って抹消、もしくは隠蔽すれば、その作戦レベルの警戒意識を落とせるとは思いません? つまり油断が生まれるわけで」

 女の言葉に、しかし男二人は違和感を覚えた。

 声が違う。スレたような低めの声ではなく、瑞々しい少女のような声。

 新たな人物が不意に現れたのだ。しかも何やら知ったような口を利く。ということは――

「ニ・ス・ミェースタ」

 聞き馴染みのないイントネーションの言語で、白髪の男にもニット帽の青年にも意味は解らなかったが、込められた棘のような意志は身動きを固まらせた。

 顔の動きだけで声がした方向を見る。いた。あの玄人(くろうと)じみた雰囲気の女ではない。やはり年相応に若い、しかし凛とした少女が、こちらに神機の無骨な銃口を向けていた。顔立ちは西洋の色が見える。肌も髪も色素が薄い。北国の出身か。右手首にはめられた赤い腕輪は、ゴッドイーターの証。足下に同伴していた方の女が安らかな寝顔を見せている。

 掲げている神機は赤系の塗装で統一されていた。デザインもどこか共通する部分がある気もする。同一シリーズのパーツで構成された神機――フルオーダーメイドである場合が多く、高価であるため、よほど優秀なゴッドイーターでもないと入手できない類だ。

 彼我の距離は二メートルほど。銃口はちょうど二人の間を狙っているように見える。銃形態の神機が吐き出すオラクル弾丸なら、二人纏めて吹き飛ばすことも可能な間合いだ。

 明らかな脅迫。厳格な人類の守護者たるゴッドイーターに許される行為ではない。

「……おいおい嬢ちゃん、こいつは穏やかじゃねえな。何のつもりだよ? 俺らは同業者じゃねえか」

「そうですね。アラガミが出現している座標ポイントは近隣のフェンリル支部に逐一報告されます。その付近に一般人が踏み込むことは第一級の禁止事項であり、ゆえにアラガミが三体も出現しているこの地域の人間は総じてゴッドイーターと判断していいでしょう。神機も所持しているわけですからね。だからこそ職務質問しますが」

 がしゃん、と重々しい音を立てて神機を構え直し、両の澄んだ碧眼(へきがん)が鋭く据わる。

「こんな暑いところで、あそこで行われている戦闘に荷担もせず、ただじっと観察するようにじっとしたままで、――あなたがたは、いったいどのような命令を受けてここにいるのですか?」

 少女の問いに答えたのはニット帽の青年だ。

「命令も何も……俺達はただの任務帰りだよ。この近くで任務があってさ、終わって帰投しようとしたら、こんなことになってて……実は今さっき到着したばっかなんだぜ。状況を確認してる最中てところに、あんたが来たのさ」

 だが少女は即座に返答した。

「お言葉ですが、総管轄である北欧本部及びこの地域担当の旧アラビア支部の方に問い合わせたところ、該当する任務記録、受注記録は無いそうです。さらに言えば、ここ数週間、この地域にアラガミの出没は確認されておらず、あそこの三体の出現が観測されたのは三十分前。それ以前の時間帯にゴッドイーターが出動しなければならないような緊急事態は起こっていません。そもそもアラガミ出現地域はゴッドイーターであっても許可なく立ち入ることは禁止されていますが」

「…………」

 理路整然とした説明に青年が口を噤む。目を丸くして解りやすく驚いている。馬鹿が、と白髪の男が一人ごちた。代わりとばかりに口を開く。

「……何でもいいけどよ、一般人だろうがフェンリル所属だろうが、ゴッドイーターは神機を脅迫目的に使っちゃならねえ規則だろうが。下手すりゃ営倉送りにされるぜ、お嬢ちゃん」

「ご心配なく。この場に限って、私の行為は司法によって保護されています。一時的ですけどね」

 どういうことだ、と男は疑問を言おうとした。しかしそれより早く、少女がある名前を連ねた。

 三人分――この場にいる三人のフルネームだった。それも、

「これは『飼い主』のお役人から与えられた偽名らしいですね。各支部に問い合わせてもそんな名前は在籍していないと言われました。でもまあこの場で言質が取れれば充分です。洗いざらい素直に証言してくれれば、フェンリルは組織としてあなたがたの保護を約束します」

「……てめえ、何者だよ」

「アリサ・イリーニチナ・アミエーラ。極東支部所属のゴッドイーターです。本日は当支部の雨宮ツバキ大尉の命令により、あなたがたを逮捕しに参りました」

「なんっ……」

「動くな、とさっきは言ったんです。出身がロシアなもので」

 さて、とアリサは剣幕を途絶えさせずに言う。

「私の質問への回答がまだですよね。何のために、何をしにこんなところにいるのか。何故戦闘に荷担しないのか。――どこの誰に首輪を与えられたのか。この場で証言していただいた後、最寄りのフェンリル支部にて尋問と裁判を行います。返答の内容次第では、営倉送りになるのはそちらになるのであしからず。軍法裁判は免れないものと覚悟して下さいね」

 申し訳程度に笑みを浮かべたつもりのようだが、目がまったく笑っていない。心底からの怒りの炎というものを垣間見た気がした。

 

    ☆

 

 決着を付ける。そして生還する。それのみを念頭に置いて、極東支部所属の元第一部隊隊長は、間近を擦過する殺意の長槍を必要最低限のステップで回避し終えた。

 瞬間的に思い描いたプランを実行するため、タイミングと呼吸を合わせていく。もう一撃。次の一撃を何とか回避して、作戦行動に移る。

 接近はもう充分に果たし、その気になればいつでも斬り掛かれる距離にある。妨害されながらも少しずつ前進した成果だ。だが、一度や二度であの硬い皮膚を斬り裂けるわけもないことは経験から把握している。つまり、たった一度の接近でたった一度斬り付けて離脱していては、あまりにも非効率なのだ。

 正直、この大股な回避と微少な前進には莫大な体力と精神集中が必要になる。こんな無茶な機動をあと二、三回続けろと言われても絶対に無理だとお断りしよう。何より敵の方も、同じ手を二度も食うほど馬鹿ではない。アラガミの基であるオラクル細胞は『考えて喰らう』、非常に学習能力の高い生物なのだ。

 要するに、この最良とも言える距離を最大限に活かし、何としても強大な――何ならこのまま止めを刺すぐらいの一発をぶつけなければならない。

 どうすればいいかは考えてある。敵の次の攻撃が引き金だ。確実に決める。

 すると、いい加減に焦れたのか、ボルグ・カムランの攻撃が変わった。単調ながら高速の突きではなく、身体を捻り尻尾を寝かせたのだ。

 刺突ではない。回転攻撃だ。

 長大という特徴を生かした、ボルグ・カムランのもう一つの奥の手。攻撃範囲が恐ろしく広く、また威力も馬鹿にならない。生半可な踏ん張りではガードすらままならない。新人ゴッドイーターが真っ先に命を落とす原因としても悪名高い攻撃だ。

 もちろん、これも対処の仕方は身体で覚えている。しかし槍による刺突を予想していた身体で即応は厳しい。

 思っている間にも回転が始まり、猛スピードで尻尾が横っ面に向かってくる。そして、ほとんど脊髄反射のように足が動く。

 最良の回避方法は、上方への跳躍。霞むほどの勢いで尻尾が足下を通過する。槍の範囲が及ばない方向へ動けばいいことはボルグ・カムラン種の共通事項だ。無理なガードよりもタイミングを合わせたジャンプの方が安全だったりするぐらいである。

 ただ、この状況で空中に身を踊らせる選択はあまり好ましくなかった。いくら驚異的な身体能力を誇るゴッドイーターでも空中で姿勢制御は取れない。覚醒状態での空中ジャンプで一度は機動を直せるが、今は駄目だ。それでは足りない。

 瞬く間に一回転を終え、砂に真円を描いてボルグ・カムランが停止する。余韻のように、砂が波紋のように巻き上げられた。極端に視界が悪くなるが敵の全貌は辛うじて見える。砂の薄壁の向こう、尻尾の方は慣性でまだ振り回されたままだった。

 勢いが消えていない。そしてそのまま、鋭い先端がこちらを向いた。

「クソッ……!!」

 まんまと乗せられた、と瞬間的に感想する。

 ここまでの攻防は神経が焼けるような高速のやりとりだった。一瞬たりとも互いに気が抜けない、早指しの詰め将棋のような一連だった。それは互いに、愚直なまでに一つの行動に終始していたからだ。

 槍で突く。それを避ける。槍を戻してまた突く。また回避する。他に絡め手を使う選択肢もあったはずなのに、いつの間にかそれだけに集中してしまっていた。それが仇となったのだ。

 それだけ集中し、その行動の先鋭化していれば、突然の予想外に対して即座に意識を切り替えることは難しい。それどころか、全てのバランスが崩れてしまう危険がある。そこに一撃を見舞われれば為す術もない。絡め手だ。

 本当にここまで考えて攻撃に入ったのかは解らないし、考えたところで無駄だ。ともあれ一本取られた。先に我に還った敵が一枚上手だった。

 槍の穂先が轟と迫る。宙を蹴って強引に避ける方法もあるが、それをしてもまた高速の突きが再度襲ってくるだけだろう。そうなれば最後、身体に大穴が空いて一巻の終わりだ。

 だが、アラガミの追い討ちはそれだけに留まらなかった。

 背後の砂地から、衝撃をまき散らしながら巨大な四足歩行がこちらに牙を剥いた。

 ヴァジュラだ。麻痺はとうの昔に解け、蟻地獄からもやっと這い出してきたのだろう。憤怒を露わに脚力で跳躍、迷わずこちらをめがけてくる。砂塵で視界が悪いのに狙いを違わないのは嗅覚の賜物だろう、アラガミは総じて無闇に鼻が良い。

 これでは下手に進行方向を変えることもできなくなった。慌てて身を引けば、槍に貫かれるか牙に呑まれるか。運良くどちらかを回避したとしても直後にもう片方が襲ってくるだろう。

 追い詰められた。砂塵の向こうから凶悪な輝きの槍が来る。後ろの足下からは獰猛な牙。避けようがない。

 どうする。どうすればいい。

 どうすれば生き残れる。

 生きることから逃げるな。他ならぬ自分が言った言葉。言ったからには、発言に責任を持たなければならない立場の役職になってしまった。絶望など抱いている暇なんかない。感傷に浸る余裕があるなら少しでも建設的に考えて行動しろ。自分にも、近頃増えてきた部下にも言い続けていることだ。

 よく考えろ。周りを見渡せ。使えるものを全て使え。

 槍。牙。どちらに転んでも死が待っている。それらの武器以前に、大元はアラガミ。この盤面でもう一体は倒しておきたかった。今この状態から、その一体を倒すことは可能だろうか。どちらでもいい、とにかく一体、確実に潰す。

 視界が悪い。砂が目に入る。口は相変わらず不快感の塊だ。こんな状態でも嗅覚で獲物の位置を特定できるのだから野生ってのはつくづく恐ろしい。

 ――待てよ。

 いや、待っていられない。そんな時間はない。何でもいいから、一縷(いちる)の望みを託す。

 そのために、最早意識を通さず取った行動は、何故か神機の変形作業だった。

 剣形態から銃形態へ。鉄筒を纏めたような銃身が露わになる。それを構え直し、左方向に銃口を向け、

 撃った。

 バレットの種類は連射銃(アサルト)専用の弾丸系ではなく、爆砕銃(ブラスト)での使用を想定した爆破系オラクル弾。弾殻(バレット・シェル)炸裂時の高威力・広範囲が売りな代わりに、反動が大きく、射程飛距離もそれほど長くないという癖のある弾だ。空中でブッ放しでもしようものならあっという間にバランスが崩れて吹っ飛んでしまう。

 そしてその通りのことが起き、自分の身体が圧倒的な推進力で右に吹っ飛ぶ感覚を得た。

「――ッ!」

 風が唸り髪が暴れ、叩き付けられるような衝撃が襲ってくる。しかしそのこと自体に不快感はなかった。むしろ逆。高揚すら覚える。

 避けられたのだ。ボルグ・カムランの長槍からも、ヴァジュラの牙からも。

 しかも成果はそれだけに終わらない。突如に標的が姿を消したことによって、二者の攻撃は中断できず、勢いのままに衝突するコースを行った。砂塵が舞い上がっている状況で視界が悪く、その場合アラガミは嗅覚でもって獲物を感知する。しかし一瞬で消えた標的の匂いを『消えた』と即座に嗅ぎ分けることができるだろうか。

 槍も牙も止まれない。元々同じ一点を狙っていた両者が、そのまま交差する。

 そして。

 ボルグ・カムランの尾槍が、上昇してきたヴァジュラの頭蓋を貫通し、背骨の中程から穂先が突き出た。

 自滅した。

「……よし!!」

 少々考えが及ばない域、それも同業者にはお勧めしかねる解答があったものだが、生き延びれたなら万事良しだ。それに、課題である『確実に一体潰す』がクリアできたなら、即座に次の課題、というか任務の本題を果たさなければならない。

 全アラガミの討伐。まだ状況は終わっていない。

 弾種を切り替え、本来のアサルト仕様バレットを選択。姿勢が上手く定まらない中で意地でも連射する。色とりどりの鋭い弾丸が次々に銃口から吐き出され、流星の如く敵の槍の柄の部分に殺到した。

 弾丸が衝突し、突き刺さったままのヴァジュラの重量も加わって、槍が噛み砕かれたように儚く折れる。それほど高くない位置から自分とヴァジュラの遺体が着地するのは同時だった。どちらも不格好に尻から砂に埋もれる。

 ボルグ・カムランが兜のような頭部から耳障りな悲鳴を上げている。槍という武器を折られた痛みからか、それとも偶然と策謀に踊らされたとはいえ己の得物で同類を殺してしまった悲哀かは解らない。解ったところで同情の余地はない。この現状になるように動いたのは、間接的に関わったこの自分なのだから。

 大地の揺るがぬ重厚さ、太陽に灼かれた砂の熱さを感じて、途方もない安堵を覚える。これ以上なく、生き残ったという実感が湧いてくる。

 そうしてのんびり後ろに倒れ、馬鹿みたいに青い空を眺めながら昼寝でもと決め込みたいのは山々なのだが、生憎すぐ近くにはパニック中とはいえアラガミが生きている。それにこんな砂漠のど真ん中で倒れたら熱中症など諸々を併発して間違いなく死ぬ。こうして頑張って修羅場を生き残ったのにそんな情けない最期を遂げるのは御免被りたい。しかしまあ、もう少しだけ余韻に浸るぐらいは許されるだろう。自分で自分を許可する。だって階級は一応中尉だから。

 と、ボルグ・カムランの動きに変化があった。鎧のように硬い皮膚を誇る種が部位破壊を二回という屈辱を受けて怒り狂うかと思えば、こちらに背を向けザカザカと砂を踏み締めて逆方向に行こうとしている。文字通り尻尾を巻いて逃走するつもりのようだ。

 恥も外聞もなく敵前逃亡。生存本能に正直な選択だ。その行為自体は誰にも咎められはしない。『生きるために逃げる』ことは、それも一つの戦いだからだ。

 だが。

「逃がせないんだよなあ。残念ながら」

 よっこらしょと重い腰を上げる。やけにサラサラとした砂がボトムスから落ちていく。神機を銃形態から剣形態に戻す。

 満身創痍とはいえ、ここで哀れみをかけて逃がすことはできない。アラガミは人間のみならず地球上の生物にとっての天敵だ。だからそれほど遠くない昔から、人口や生物種の総数は激減した。今も安定傾向とはいえ減り続けている。

 ここであいつを逃したら、また無辜(むこ)の命が喰い殺される。

 それを防ぐためのゴッドイーターだ。

 だから、逃がすわけにはいかない。

 ボルグ・カムランの姿は、人間より遙かに大きな歩幅で遠ざかっていく。のんびりしていたら手が届かなくなってしまう。

「待てよ」

 走る。

 覚醒状態はとうに期限が切れ、身体的アシストはほとんど無いはずなのに、さほど時間も掛からず敵の背に肉薄する。そういえばあの長い尾は斬り落としたことがない。あんな硬くてぶっとい円柱はどうも斬ろうと思えないものだが、今なら何とかなる気もする。それだけ生存に満足を感じているのだろう。称賛されてもいい気がする。支部に帰ったら昔の仲間に自慢しよう。

 斬れるかな。斬れる気がする。斬ってみよう。

 知らぬ間に跳躍し、狙いを定め、神機を振り被って横に薙ぐ。鋭利な翼刃が鋼鉄に食い込み、鋸が削ぐように通過する。

 思ったよりもあっさりだった。刃を抜き、一瞬置いて尾の先がずり落ちる。ボルグ・カムランの最大の特徴である尾槍が、完全に切断された。

 なんだ、簡単じゃないか。それともこんなにテンション上がってるから出来た所業なのか。どちらにしろ人類史上でも割りと高位に上がる記録なんじゃないのかこれ。写真や映像に残せないのが残念だ。

 身体はまた中空、ボルグ・カムランの兜の頭上といったところにある。何となくデジャブ。ああそうだ、さっきサリエルを殺した時と似たようなシチュエーションなんだ。しかし思い返してみればあのやり方もかなりの無茶だよなあ。神機の捕食形態でとどめなんて聞いたことない。同じことをこいつにもするのは……いくら何でも無理か。多分歯が立たないだろう。

 そういえば、ボルグ・カムランの数少ない弱点って何だっけ。貫通系のオラクル弾か。狙撃系(スナイパー)銃身使ってる奴大活躍だったよなあ。特にこの兜に隠された口腔にブチ込むとよく効くんだ。あれ、確かアサルト用の弾丸も貫通系のカテゴリだったな。

 ボルグ・カムランの皮膚に剣は(とお)らない。しかし非物理属性の銃弾なら、まだ可能性はある。

 撃ってみるか。

 また離れてしまうと厄介だから、零距離で。

 即応。神機が変形し、鉄筒の銃身が飛び出る。そのタイミングで足が敵の身体に着地した。

 見た目からして靴底が滑る皮膚だ。それ以前に当のアラガミがパニック気味で走行しているのでうっかり振り落とされそうにもなる。しかし装飾のような凹凸も多いので、靴をその辺りに引っかければ足場は確保できるようだ。

 ぐらぐらと揺れる不安定な足場で、銃口を頭部の適当な箇所に狙い、躊躇わず立て続けにトリガーを引いた。

 少なからぬ反動が腕を押す。普段は身体すべてでで支えるような構えなのに、いきなり腕のみの力で撃っているのだから当然だ。抵抗として、神機を押し込むようにして反動を抑える。その間にも引き金を引き続ける。

 一発、二発。跳弾するかとも思ったが、こちらの銃弾は跳ね返ってくることなくしっかりと敵の頭に突き刺さっているようだ。そのまま撃ち続ける。殺意の意志を込めた銃弾が確実に敵を穿(うが)つ。

 一発が撃ち込まれる度に、ボルグ・カムランの身体が一際大きく揺れる。脳天に直接銃弾を撃たれているのだから当然ではある。しかしアラガミはこの程度では死なない。コアだ。この位置からコアごと撃ち砕かなければ、こいつは死なない。

 連射銃の名と本分に違わず、秒間数十発の弾丸が吐き出されては敵に突き刺さる。引き金は引きっ放しでも銃身が勝手に回転してくれる仕組みなので、特に細事を気にかける必要はない。

 撃つ。穿つ。届かせる。

 狩る。殺す。ここで狩り殺す。確実に終わらせる。そして生還する。任務を終わらせて、生きて、帰る。

 だから、

「おぉ…………!!」

 撃つ。撃ち続ける。

 人類が造り上げた『神殺し』として、化け物が化け物を殺す。

 今日もまた、そんな仕事が終わろうとしていた。

 

    ☆

 

 絶命の瞬間、ピクピクと足を蝉動させ、ひっくり返る。それがボルグ・カムラン種の個性的な死に方だった。実際の昆虫もこのような格好で息を引き取るらしい。そこをリスペクトするなら、どうして進化の段階でもう少し体長を縮めることを考えなかったのだろう。

 そんなことを考えながら、アリサは片手に神機、片手に縄を握って、激戦が終わった現場に歩み寄っていった。

 程なくして巨大な蠍騎士の遺体と、傍らに佇む人間に近付く。残り三メートルほどの距離で、アリサは口を開いた。

「リーダー」

 呼び声に応えて、人間が振り向く。その表情は驚きの色が見えていた。少し前までは毎日のように顔を合わせていたのに、今日見るその顔はひどく懐かしい。

 雰囲気が変わったとか、大人びるとか子供っぽいとか、そういう変化は年齢的に無い。しかしその変わりない様子が、何よりアリサには嬉しかった。

「アリサ。……何でここに? あとその人達は?」

「極東支部で、ツバキさんから任務を言い渡されたんです。政治屋が悪巧みしているらしいから潰してこいって。彼らはその飼い犬です」

「あー、なるほど。どうりで協力してくれないわけだ。……しかしまあ、凄い言い様と仕打ちだね」

 リーダーが、その飼い犬どもを見下ろす。そこにいるのは、縄でぐるぐる巻きの一纏めにされた男女三人組の成れ果てだった。ここに来るまでに灼熱の砂漠を引きずり回したわけだが事前に気を失わせてあるし問題ないだろう。

 ふん、とアリサは鼻を鳴らした。

「いくら下請けだからって、はした(がね)で雇われた挙げ句に私達のリーダーを抹殺なんかしようとする連中に容赦なんか必要ありません。正義です。ジャスティスです」

「気持ちは嬉しいけど、もうちょっと丁寧にやりなね? いくら公務でも過剰執行は懲罰対象になるんだから」

「きっとツバキさんが弁護してくれますから。それに私は今非常にスッキリしているので、少しくらい営倉行きになっても平気です」

「そういう問題じゃないってのに」

 やれやれ、と頭を抱えられる。その反応に自然と口端が緩んでしまう。

 昔に戻った気分だ。今一つメンバーが足りないが、極東支部で馬鹿騒ぎしていた頃を思い出す。

 ともあれ、今は一応職務中だ。帰投するまでが任務。だからアリサは表情を引き締めた。

「回収用のヘリを手配しておきました。あと五分ぐらいで到着するはずです。この人達の身柄送検のついでに、極東支部までご一緒してもらいます」

「え、極東に? 何でまた」

「これもツバキさんからの指示なんです。この一件の関係者を洗うから、そのうち裁判になったら証言台に立ってもらうと。今から被害報告をまとめておけ、だそうです」

「えーっ。そりゃ確かに今回は被害者らしいだけど、でも本当に何にも知らないし、というか退けちゃったし……。久しぶりに帰れるのは嬉しいけど、そんな面倒が待ってるんなら先送りしてもらって……」

「駄目ですよ!」

 逃避的な思惑をぼそぼそと漏らすリーダーに向けてアリサが叫ぶ。逃がさない、という意志の表れとしてその手を掴み、

「今回はフェンリル内部の役職者が関与している可能性があるんです。今思えばリーダーが僻地に左遷させられた時点で妙でした。ここで白黒ハッキリさせておかないと内部崩壊の危険も予想されるんですよ。リーダーご自身の命にも関わるんです。犯人を処分してしまえばとりあえず一件落着するんです。そのためにはリーダーがきちんと証言してくれないと、今日みたいな生易しい罠じゃ済みませんよ!」

「決して今日の一件は生易しいわけじゃなかったけどなぁ……」

 まくし立てると、リーダーは非常に嫌そうな顔をしてから明後日の方角を向き、ボリボリと頭を掻き毟ってブツブツ文句を垂れてから溜め息まで吐いた。そこまでやってようやく、

「……あーあー、わかったわかった。逃げないよ。了解した。ちゃんと出頭する。ただし条件として、帰って一眠りしてから宴会だ。支部上げてのパーティー開いて美味いもん食わせてくれ、頼むよ」

「言われなくても、とっくに歓迎会の用意はバッチリです!」

「それひょっとしてサプライズだったんじゃないの?」

 言ってから、あ、と気付く。しまった、主催者のコウタとカノンになんて言おう。それとも、前バレしたけどきちんと驚いてくれる大人な対応をゲストに期待するのは駄目だろうか。それはもはやサプライズではない。

 軽く絶望感に打ちひしがれていると、リーダーが苦笑のように息を漏らした。それから、帽子を被っているこちらの頭に手を乗せ、

「まあ、たぶんちゃんと感動すると思うから、心配しないで。なんたって久しぶりだし、――ほら、感受性豊かじゃん、昔から」

 そんなことを言って、手を離し、うーんと伸びをした。

 気を遣われた。いや、こちらが半ばそれを促したようなものなのだが、それはそれで申し訳ない気持ちも湧いてくる。

 しっかりしなければならない。こういう日常の細事でのミスが大事にも繋がりかねないのだから。特にこの頃は、部下や、秘匿の任務を負うこともある。張りつめすぎるのもよくないが、緊張は適度に保たなければ。

 ――それか、もしくは、今だけ浮かれているのかもしれない。久しぶりに会えたこの人と、二人きりだから。

「みんなは元気? コウタとかソーマとか、極東の面々は」

「はい。それぞれが責任を持つ立場にもなってきて、――なんていうか、貫禄が出てきました」

「ああ、それわかるなあ。アリサもちょっと大人っぽくなったよね。上役ってのは神経使うから」

「え、…………え、ええ、まあ。結構雑事も多いんですけどね。昔のリーダーを思い出しますよ」

「そう?」

「はい」

 言うアリサの目は、我知らず、眩しいものを見るように細められていた。

「あのとき、リンドウさんがいなくなって、みんなが希望を見失いかけていて。それでも何とか頑張って、すべてがいい方向に向かったのは、リーダーのおかげですから。みんな、リーダーの背中を見て、それを頼りに歩いてこられたんです」 

「んー、でも、シオとか、シックザール支部長のことを考えると、まったく犠牲が出なかったわけじゃないけどね。特にシオは、ソーマの妹分と博士の研究対象がいなくなっちゃったんだし」

「あれはシオちゃんの頑張りです。リーダーの責任じゃないですよ。あと後半のは別に無い方が平和というか」

「まあ、何が正解だったのか、それが本当に最善だったのかは、誰にもわからないか。神頼みする時代でもないしね」

 本当に、とアリサは頷いた。ただ、今のところはすべてがいい方向へ向かっている。それで良しとすべきだろう。

 それから、アリサの目はリーダーの神機に移った。ほとんどが戦闘の返り血に染まった中、辛うじて青の円盾が見える。

「それ、使ってくれてるんですね。〝ティアストーン〟」

 それは、昔、アリサがリーダーにプレゼントした神機パーツだ。自分が使っていたいわゆる『お下がり』で、骨董品であるため最前線の戦場では少々不安な性能なのだが、

「ああ、まあ、使いやすいからね。バックラーは展開が速いし、それにこの装備だと、何となく勘が良くなるというか」

「勘、ですか?」

「うん。アラガミの動きというか、所在というか、そういうのに過敏になれる。不思議なもんだけど、今日みたいな分散型のミッションには丁度いいんだよ」

「そんな機能はなかったと思うんですけど……でも、お役に立てているなら、私も嬉しいです。ガタが来たら構わずに替えてくださいね」

「いや、知り合いのいい技術官に直してもらう。この装備セットで慣れちゃってるし、下手に変更すると調子狂っちゃうし」

 言い合っていると、遠く彼方から羽ばたきのような音が聞こえてきた。青空を見渡すと、西の方角から黒塗りの大型ヘリが飛んでくるところだった。側面にプリントされた禍々しい狼のエンブレムは『フェンリル』所属の証だ。

「ヘリが来ましたね。申し訳ありませんが、彼らを護送するのも任務なので」

「わかってる、こっちは最後ね。周辺警戒ということで」

「よろしくお願いします」

 着陸してきたヘリのカーゴドアから回収班が飛び出てくる。容疑者三名の確保は彼らの仕事だ。引き渡しの際、係の人間にひどく嫌そうな顔をされたが仕事の一環と諦めてもらおう。

 無事に収監されたことを確認して、アリサは後方に振り返った。リーダーは神機をぶら提げたまま周囲を見渡している。

 ヘリはじきに離陸に入る。早く乗ってもらおうと、アリサは声を掛けようとした。

 しかし、リーダーは突然神機の構えを変えた。片手に提げるのではなく、一度切り払ってから左腰に溜めるような姿勢だ。

 ただならぬ気配。だからアリサはその近くに駆け寄り、

「リーダー、どうかしまし……」

「構えろ」

 呼びかけに対し、返答はただ一言だった。

 しかし、込められた意志は鋭く、目も据わっている。

 殺気立っている。ということは、

「来る」

 果たして、

 

 

 前方の砂丘が爆発し、白の巨体が飛び出た。

 

 

 滑らかな光沢の皮膚が太陽を受けて煌めき、登場と着地で派手に砂と衝撃波を撒き散らす。調査に回っていた何人かの回収班員が吹っ飛ばされた。何とか立っていようとするアリサの横、リーダーは平然と瞬きもせず正面を見据えていた。

 敵を見る。ひょろりと細長い四肢と尾。獰猛な牙と眼光、背の突起。左腕にある黄金の篭手と見れば、その名前は、

「〝ハンニバル〟……!!」

「この暑い中、ずっと砂の中に潜ってたのか? 極東地下のマグマ地帯にも生息してたから不思議じゃないが」

 応えるように目前のアラガミが咆哮した。篭手の付いていない右腕に紅蓮の炎がにわかに燃える。

 その様子の通り、ハンニバルは高温の火炎を操るアラガミだ。近年になって姿を現した新種であり、当時は自分もリーダーもまだまだ新人だったという覚えがある。新種だからこそ色々と苦労する部分があったが、その中でも特徴的なのはコアを取り除いても死なない自己再生力の高さだった。加えて本体の戦闘技術もそれなりに高度で厄介な相手だが、

「でも、どうしてここに!? 近隣のフェンリル支部の調査では反応無しだったのに!」

「アラガミの出現理由が解ってれば苦労はしないさ。考えたってどうしようもない。それより戦闘準備は?」

 問われ、条件反射のように銃形態の神機を構え、銃口を敵に向けつつ半歩下がる。アリサは答えた。

「いけます」

「先にこちらが突っ込む。アリサは支援を。合図は覚えているな」

「はい」

「好し。――作戦目標、前方アラガミの撃破。状況を開始する」

 簡潔に必要事項を言い残し、リーダーが突っ走る。

 迫る新手、ハンニバルへと、躊躇いなく斬り掛かっていく。

 残されたアリサはヘリに駆け寄り、ドアに半身を乗り出して声を張り上げた。

「回収班! 早く体勢を立て直してヘリに戻ってください! パイロットは人員を回収し終えたら一旦離陸! 出来るだけ遠くまで移動してください! 我々は戦闘が終了し次第連絡しますので、後ほど回収をお願い致します!!」

 自分も同じように必要事項だけを告げ、銃把(グリップ)を握り締めてリーダーのもとへ急ぐ。

 戦闘は既に始まっていた。轟とハンニバルの爪がリーダーに迫り、その敵に比べて余りにも矮小(わいしょう)な姿も神機を振り回して応戦する。

 瞬撃、まさに神速。

 互いの攻め手は、浅くだが確実に入った。リーダーの肩を爪が抉り、長大な腕を神機が斬り付ける。傷を交え、およそ生物同士が発するには苛烈に過ぎる音を響かせ、しかし両者は付かず離れず、また対峙する。

 リーダーは前もって戦闘していただけあって、既にエンジンは掛かっているらしい。またハンニバルも出だしから全力だ。両者ともに、己のポテンシャルを全て吐き出す勢いで衝突している。

 立ち位置を変え、攻撃を放つ。ハンニバルは全身が武器であることに対して、リーダーは神機のみが得物だ。しかしどちらも一歩も譲らない。爪も、牙も、尾も、刃も、盾も、銃も、いずれ劣らぬ脅威として互いを削り合っていく。

 接戦だった。支援役と言われたが、正直、介入する余地が見つからないほどだった。どこに撃っても無駄弾になりそうな気がする。敵に当たらずリーダーに当たってしまっては最悪だ。

 しかし、手持ち無沙汰な立場だからこそ、その戦闘状況をしっかり見ることはできる。

「……リーダー、被弾が多い……?」

 少し離れた場所で、全身を隈なく使って、己の何倍もの体長がある化け物と戦う姿。それだけで最早神格化できそうな光景だが、アリサはその背を何度となく見てきた。だから気付く。傷が付く頻度が比較的多い。

 傷そのものはどれも浅い。上手く立ち回っているからだろう。しかし本調子のリーダーなら、あんな大振りの攻撃などただの一発も受けないはずだ。あの執着じみた無傷の生還(ノーダメージリザルト)は極東界隈では有名である。その当人が、些か傷を多く受けすぎている。

 やはり、先の戦闘での疲労が溜まっているのだろう。無茶な機動はそれだけ身体を酷使する。いかにゴッドイーターが強靭な肉体を持っているからといっても、人間なのだから限度はある。特にリーダーは、今日だけで既に四回も連続して戦っている。おまけに炎天下だ。疲れないほうがおかしい。

 このままでは足をもつれさせてしまうかもしれない。そうなれば一大事だ。気休め程度でしかないが、どうにか回復弾を撃ち込めれば……。

 そう思ったアリサの目に、やはり見慣れた一つの光景が映った。

 

 (わら)っている。

 

 獰猛なまでに口元を歪め、眼を剥き、真っ直ぐに敵を見据え、怖気付きもせず食い掛かっていく。全身を真っ赤な血に染め、同色の刃を振りかざして、神とすら恐れられた生き物に嬉々として対峙する。

 アリサの背筋に悪寒が(はし)った。何度となく見てきたはずなのに、それでも生物的本能が警鐘を鳴らす。

 狂ったような機動。それがリーダーの本領だった。

 どんな敵だろうと一切の手加減をせず対応し、全力で排除する。微塵も情けはかけない。戦闘そのものを楽しむように、時に奇声を挙げて剣を振るう。長年隣でサポートに回ってきた自分ですらこの有様なのだ。まともな理性を持っているならば、その光景を見てたじろがない人間などいるはずがなかった。先ほど拘束した下請け三人が逃げ出そうとしたのも頷ける。

 アラガミ。名前こそ尊大だが、人間にとっては突如現われた脅威の『化け物』でしかない。無差別に人を食い、その腹が満たされることはなく、未だ各地に蔓延っている。いつまでも人の生活を脅かす忌々しい存在。

 それに対抗するために造られたゴッドイーター。アラガミと同じ細胞を持ち、同胞とも言える敵を駆逐する人類の守護者。

 どちらが正義で悪かなど、今時は子供でも判別できる。

 しかし、この光景を見た後ならどうだろう。

 最も公平な善悪など正常に判別できるだろうか。

 化け物と互角以上に渡り合う姿――それはやはり、『化け物』と呼ぶに相応しい。

 そしてその姿に救われ、挙句に惚れているのだから、自分も大概おかしい部類なのだろう。アリサは滲む冷や汗ごと己を吐き捨てた。

 紛れもない現実。そしてあの人は、間違いなく人類にとっての巨大な戦力だ。

 失わせるわけにはいかない。自分のためにも、世界のためにも。あの人を大切に想っているのは、何も自分だけではない。多くの人々があの姿に救われてきた。

 だから、少しくらい狂っていようと、容認しよう。平時はまともな常識人なのだ。むしろ一番狂っているのは、この世の中だ。こんな時世でなければ、あの人は新たな一面を発露せずに済んだかもしれない。

 アリサは自分の神機を構え、銃口を目前に向けた。照準を狙い絞って、もう迷わずにトリガーを引く。

 淡い水色の銃弾は、違わず敵の背を穿った。破裂し、ハンニバルの背の突起から炎が溢れる。それはやがて形を持ち、三対の翼のように広がった。

 リーダーが咄嗟に振り返る。あの事象は、ハンニバルの獰猛さが格段に激化する兆候だ。ゴッドイーターの間では「逆鱗に触れる」と揶揄されるほど危険な行為である。一対一で相手取るには少なからず手間取るだろう。

 しかし、その顔は、笑みに満ちていた。

 敵に向けるものではない。味方に対する、満面喜色を湛える爽やかな笑顔だった。

 そう、ハンニバルの逆鱗は、壊さずにはいられない部位なのである。あの現象は本体の攻撃を苛烈にするが、そのぶん消耗も激しくなる。あの炎は体力を燃やしているようなものなのだ。

 手早く状況を終わらせる一手。それに対して、リーダーは笑顔を向けた。

 よくやった、と。

 ほら、いい顔をする。あれがあの人の本質なのだ。戦闘さえ終わってしまえば、狂気じみた性格もなりを潜める。だからさっさと終わらせてしまおう。帰還するべき極東支部では、仲間達がパーティーの準備に忙しいそうだから。

 アリサもまた、一歩を踏み出した。燃燐が飛び交う灼熱の砂漠で、重大な局面がまた終盤に差し掛かろうとしている。

 

 

 これが彼らの日常。

 化け物に抗うために化け物となった、彼らの日常。

 それは決して、終わりを迎えるものではない。

 世界はまた、新たな世代を生み出す。

 

 

 




セーブデータの男キャラがまさしくバーサーカーじみた声になっちゃったのでいつの間にかこんなことに。俺、2のデータは女にするって決めてるんだ……。


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