朱に交われば紅くなる【完結】   作:9.21

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ちょぉっと短め


やっぱり変な事に巻き込まれる

 始業式の日からの2週間は、あっという間に過ぎていった。俺たち3年生は勉強勉強でいつも通りの日々を過ごす。だが、1・2年生にとっては短い2週間だっただろう。出し物の準備に追われ、劇の練習をし、加えて学校生活を規則正しく送る。目まぐるしいほど忙しかったに違いない。すべては、今日という日のために。

 2学期が始まって間もなく行われるビックイベント、それが文化祭だった。

 3年生も、この日だけは勉強から一旦離れる。出し物も何も出来ない、見るだけではあるが、それでも最後の文化祭ということで皆盛り上がっていた。

 

「今年の吹奏楽部の演奏も良かったですわね」

「イェス!! 文化祭楽しみね!!」

「ねぇ、展示どこから回ろっか?」

 

 それは、いつもの3人組も同じだった。開会式があった体育館から一足先に戻った俺は、その様子をチラリと見る。午前は展示で、午後からステージ発表だったっけか。

 机からパンフレットを取り出し、パラパラと捲る。結構数は多いし、午前中の時間だけで全て回るのは無理だろう。出来るだけ多く回りたいなら、取捨選択が必要だ。

 1、2年生の時はこういうのあんまり見なかったけど、改めて見ると興味が惹かれそうなものもある。化学の実験とか、作成したビデオの展覧会とか。まぁ、『アイツ』は興味無さそうだな……。

 

「シーンヤっ。ずっとパンフレット見てるけど、どこ行くか計画でも立ててるの?」

「うおっ!?……って小原か」

 

 俺が見ているパンフレットから、にょきっと生えたように現れた小原。不意を突かれて、俺は大きく仰け反った。それがおかしかったのか、小原はクスクスと笑いを浮かべている。

 ……腹が立つ。

 

「別に……暇だから見てるだけ」

「素直じゃないわねぇ」

 

 俺はフンッと鼻を鳴らして、パンフレットに再び目を落とす。これでも前よりはマシになった方だ。未だに変な意地を張るところは抜けないが。

 俺は、最後の文化祭をルビィと一緒に行動することに決めた。一緒にいて何を感じ、どう思ったのかを伝えるために。だから、澄ましているようで内心落ち着かないのは内緒だ。

 小原には、ルビィをここに呼びつける仕事をしてもらった。もちろん、俺と行動するという趣旨を伝えた上で。だから、来るか来ないかはルビィに託したことになる。

 

「ま、来なかったらマリーが付き合ってあげるから」

「うっせ。さっさと黒澤たちのとこ行きやがれ」

「はいはい。んもぅ、つれないんだから」

 

  コイツなりに気を使ってくれてる……のだろうか。だが、俺はそれを無下にするように手で追い払う。態度こそ冷淡だが、別段機嫌が悪いというわけではなかった。

 ここから先は、俺個人の問題だから。あんまり気を遣わせたくなかった。ここまでお膳立てをしてくれただけでも、充分すぎるほどありがたい。

 

 

 ルビィが教室に現れたのは、小原達が去って5分ほど経ってからだった。1人でいるのがとてつもなく長く感じたのは、パンフレットを読むのに飽きていて暇だったからなのか、それとも今か今かと待っていたからなのか。教室のドアが開くと同時に、パンフレットを伏せて机に置いた。

 俺とルビィ以外は、誰もいない教室。邪魔がいないとも取れるし、救いがないとも取れる。ルビィは何も言わない。

 

「……よう」

「こ、こんにちは」

 

 こうして言葉を交わしたのは、約1ヶ月振りだった。蚊の鳴くような声しか出せないルビィは、まるで出会いたての頃と変わらないように感じる。

 たった1ヶ月。されど1ヶ月。俺たちの気まずい空間は拭えない。今まで気軽に掛けていた言葉も、中々見つからない。

 ……だが、来てくれた事に意味がある。

 

「行くか。ここでボーッとしてても、時間の無駄だし」

「は、はいっ!! よ、よろしくお願いします」

「何だそりゃ」

 

 俺が先導して教室を出る。やはり緊張している―――というか、いつも以上に控えめな様子なのが見てとれた。なんだ、よろしくお願いしますって。初対面じゃあるまいし。

 教室を出たはいいが、特に行く宛があるわけではなかった。2~3周くらいパンフレットを見たには見たが、とりわけ『ここがいい』というのが見つかったわけではなかった。過去2年間、大して参加してなかったことを今さら悔やむ。

 

「……どっか行きたいとこあるか?」

「え、ルビィですか!?」

 

 結局、ルビィに聞いてみることに。今日ぐらいリードするか、と密かに考えていた事は無かったことにしておく。慣れないことはしない方がいい。

 パンフレットを渡すと、ルビィは目を細めてパラパラと捲る。時々『うーん』と唸る声を上げながら。だいぶ真剣だな。そんなに入れ込まなくてもいいのに。

 さーっとページを追っていくルビィだったが、ふと動きを止めた。同時に足も止めて、そのページを凝視している。一体何を見てるんだ。俺も気になって、一緒に覗き込んだ。

 

「……ここ行くのか? ホラーハウスって書いてっけど」

「は、はい。あんまり得意じゃないけど、楽しそうだなーって思ったので」

 

 ホラーハウス。日本語に直すと、まんまお化け屋敷だ。文化祭の出し物の中では定番中の定番で、3クラスも被りがある。ルビィが選んだのは、その中でも2年生のクラスのものだった。

 俺は難色を示す。本人も認めているが、どう見てもルビィの得意そうなものではない。……というか、俺もどっちかといえば嫌いだ。てっきり、もっとのんびり出来るものを選ぶと思っていた。

 ……が、まぁいいか。どこ行きたいか聞いておいて拒否するのもどうかと思うし。

 

「まぁ、いいけど。怯えて泣きつくのだけは止めろよな。恥ずかしいから」

「そ、そんなことしませんよぉ!! ……多分」

「はいはい」

 

『もう慣れたからいいけどな』と心の中で付け加える。俺は黙って2-4へと進路を変え、依然としてルビィの前を歩く。

 歩いている間、特に会話は生まれなかった。周りを見回し、時に面白そうな店を見つけては自分のなかでチェックをつけるだけ。時折チラチラとルビィを見るが、やっていることは変わらなかった。それしかやることがない、と言うべきか。

 一緒に行動しているのに、会話もせずにキョロキョロしてるだけの挙動不審な俺たち。2-4に着くまでがとてつもなく長く感じたのは、きっとルビィも同じだと思う。目的地に着いたと分かった途端、喜びよりも疲れが押し寄せたくらいだ。

 やはりお化け屋敷は人気が高く、俺たちが来たときには結構な列が出来ていた。時間は有限だからどうするかと思ったが、ルビィは何の躊躇いもなく最後尾につく。是が非でも入りたいらしい。

 

「けっこう並んでますね」

「それだけ完成度高いんだろ。良いんだか悪いんだか……」

「だ、大丈夫ですっ。いざとなったら、ルビィが真哉さんを守ります」

 

 うん……うん? 何かおかしくないか? 普通逆だと思うんだが。

 まぁいいや。

 

「期待しないで待ってる」

「何でですか!?」

 

 ルビィのギャグ(?)を華麗にスルーしている間にも、列はどんどん前に進んでいく。出口から出てくる者たちは、多種多様な顔つきをしていた。

 スリルを味わったのか、満足そうな顔をしている者。ぐったりと疲れきっている者。半べそかいている者。……いや、文化祭レベルのクオリティーで泣かせるってヤバくないか?

 半ば帰りたい気持ちを押し殺して、俺たちは入り口まで辿り着く。そこには、顔に不気味なペイントを施した生徒がスタンバイしていた。

 

「いらっしゃいませー。2人ですか?」

「あー、うん」

「じゃあこれを持って、このまま奥にどうぞ。存分にお楽しみください」

 

『存分に』を強調する辺り、この子の意地悪さをひしひしと感じる。俺たちはそれぞれ小さなペンライトを受け取り、中へ入る。明かりとして使えということか。

 中に入って前方を照らす。まず目に入ったのは、日本の墓標が複数個。木製で出来た、細長いアレだ。……ホラーハウスという名前の癖に和風なのか。世界観どうなってんだ。

 どこかでラジカセでも使っているのか、絶えず不気味なBGMが流れている。おどろおどろしい音に混じって、時折聞こえる女性の悲鳴。この不気味な雰囲気を出すのに、一役買っているといえる。

 足元は思った以上に狭く、慎重に歩かないと転びそうだ。右手のペンライトで前方を照らし、左手は壁に。そろりそろりと、ゆっくり進んでいく。

 

「うえっ!?」

 

 俺の左手に、不快な感触が残った。すぐさま、左手を引っ込める。

 

「し、真哉さん……?」

「大丈夫だ。なんか、ゴムみてーなのがあったらしい」

 

 ペンライトで照らしてみるが、よく分からなかった。壁伝いに歩く人を驚かせる仕掛けだろうが、上手いこと引っ掛かってしまった。確認のために再度触る気にはなれない。

 気を取り直して、順路に従って進む。ルビィは既にペンライトを使わず、俺の服の裾を握っていた。たった数分前に俺を守るとか言っていた奴の行動ではない。まぁ、分かっていた事だが。

 突き当たりには鏡。またベタな奴だ。後ろからいきなり出てきたりするのか……と警戒しつつ進む。

 

「ひぁっ!? 冷たいっ!!?」

 

 今度は、背後でルビィの叫び声がした。その声に釣られて、俺も後ろを振り返る。

 

「どした」

「な、なんか水が後ろから……。ちょっと驚いただけ……です、けど……!!」

 

 ルビィが、ササッと俺の背後に回って盾にした。手をしっかりと掴み、俺の腕にしがみつく。ちょっと痛い。小さいくせに、どこにそんな力があるんだよ。

 水鉄砲か霧吹きか。よくある仕掛けだし、たいそう驚くほどではないと思うが。ルビィは、鏡の方を照らして指差す。口をパクパクさせているだけだから、何が言いたいか全然分からない。

 

「何かあったのか?」

「あ、あ、あったというか、いるというか……」

 

 はっきりしないルビィに業を煮やして、俺も前方をペンライトで照らす。

 ―――そこにいたのは、白装束を纏った長い黒髪の女性。鏡に映っていたということは、俺たちの背後にいるということで……

 俺たちは、恐る恐る後ろを振り返った。

 

「ウアアァァァァァ……」

 

 女の幽霊は低い呻き声をあげながら、俺たちにゆっくりゆっくりと近づいてくる。これは作り物、所詮相手は人間。そうは分かっていても、迫力は満点。背中に、じっとりと冷たい汗が滲む。

 

「ひいぃぃぃぃぃぃっ!?」

「いって!? ちょっ、てめぇ……。引っ張るなって、オイこら!!」

 

 耐えかねたルビィは、逃げるようにして出口へと駆けていく。……俺の腕を掴みながら。要するに、俺も道連れにということである。

 俺が力を踏ん張っても、ルビィの勢いは止まらない。火事場の何とやらか。いや、本当にどこからそんな力が出てくるんだよ。

 ロッカーから倒れてくる人形。箱を叩いたような物音。砂嵐状態のテレビ。様々な仕掛けを突っ切ってルビィは進んでいく。恐怖が何よりも勝っているせいで、周りが何も見えていない。俺の声も届かない。

 

「だっ……誰か助けてぇぇぇぇ!!!!」

「じゃあ止まれバカ野郎!!」

 

 お化け屋敷を抜けて、廊下に出ても変わらずルビィは俺を引っ張って走る。ルビィの悲鳴と俺の怒号が鳴り響き、全校生徒の注目を浴びたのは言うまでもない。

 そして騒ぎすぎだと先生に怒られた挙げ句、この光景を小原や黒澤に見られていたというのも、また別の話である。

 

 

 

 


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