駄文の可能性がありますが、よろしくお願いします。
─────視界が暗い。明らかに暗黒とわかる中、急激に小さくなっていく光。無意識に手を伸ばせば、帰ってくるのは虚空のみ。とてつもない絶望感と落下感に背筋を凍らせながら、時雨 ハクヤは焦燥を顔に浮かべながら、無情に消える光を凝視する。
ハクヤは現在、奈落を降下中である。目に映るのは地上の光。だが、危機感のせいか色褪せて見える。何度もこうならないようにと願っていたのに、そのためにも工夫をしたはずなのに。
後悔の中、自然と脳はその軌跡を辿ろうとしていた。
日本人であった自分が、とある人物に南雲 ハジメを助けてくれと頼まれこのトータスに転移し、それを容易に受け入れてしまった自分の怠惰への嘆きと、現在進行形で味わっている不幸に至るまでの経歴を。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
月曜日、それは一週間で最も憂鬱な始まりの日。きっと、いや、ほぼ全員がその地獄の始まりを嘆き、天国のような前日を思い浮かべるだろう。
それは、時雨 ハクヤも例外ではない。ゲームと遊びに包まれた天国が訪れるのは、今から約100時間後である。但し、ハクヤの場合は学校の人間関係が面倒であるという意味の、地獄でもある。
ハクヤはチャイムの十分前に登校し、徹夜でも部活で引き締められた体に気合を入れ、意気揚々と教室の扉を開けた。
ガラガラと扉を開ければ、周囲から挨拶が飛び交う。女子生徒数名からも挨拶をいただき、ハクヤもそれを返した。少なくとも、今現在ハクヤに敵意を向ける者はいない。無関心等々いるが、それでも過半数が好意的といえよう。
しかし、そんな中でも一つ、他とは違った反応をする女子生徒がいる。その人物はこちらに気づくとパァッと顔を明るくし、ハクヤの元へ小走りで近づいてきた。
「おはようハクヤ。ごめんね? きょう一緒に登校できなくて」
「いいよ雫。日直なら仕方がないって」
手を顔の前で合わせ、ウィンクしながら謝る女子生徒。その人物こそ、ハクヤが心を許せる数少ない人物であり、彼女である人物。
名を八重樫雫という。学校で二大女神の一角と言われ、男女問わず熱烈な人気を誇るとてつもない美少女だ。最近は恋をして、さらに美しくなった半面、アイドルが結婚したような寂しさを感じる、なんて声も聞こえる。
ポニーテールにした長い黒髪がトレードマークである。切れ長の瞳は鋭く、しかしその奥には柔らかさも感じられるため、冷たいというよりカッコイイという印象を与える。
百七十二センチメートルという女子にしては高い身長と引き締まった身体、凛とした雰囲気は侍を彷彿とさせる。事実、彼女の実家は八重樫流という剣術道場を営んでおり、雫自身、小学生の頃から剣道の大会で負けなしという猛者である。ハクヤも幼い頃よりその道場に通っており、実力は雫以上だ。現代に現れた美少女剣士として雑誌の取材を受けることもしばしばあり、熱狂的なファンがいるらしい。後輩の女子生徒から熱を孕んだ瞳で『お姉様』と慕われて頬を引き攣らせている光景はよく目撃されている。もっとも、その場にハクヤがいた場合、よく盾にされるのだが。
ハクヤと雫が付き合っている、というのは、もはや周知の事実である。幼い頃より一緒に剣術を学んでいた二人が惹かれ合うのにそれほど時間はいらなかった。ハクヤは今現在剣術をやめてしまったが、二人合わせて剣神、なんて呼ばれることもあるのでそれなりに有名だろう。
そんな雫に対しハクヤが頭を撫でれば、くすぐったそうに身をよじらせ、雫は頬を赤らめた。
「もうっ、学校では恥ずかしいからやらないでって言ったでしょ?」
「ごめんごめん。雫がかわいくてつい……ね?」
「……ま、まあ? そういうことなら? 許してあげなくもないけど?」
上目づかいで雫が見つめ、教室を甘い雰囲気が包み、先ほどまで友好的だった生徒たちが般若のような表情を浮かべる。
だが、二人の視界にそれは映らない。見えているのは目の前だけ! とでもいうかのように見つめ合っており、非常にリア充感あふれる状況だ。これが漫画なら、ピンク色の光に包まれていたことだろう。
「相変わらず、二人はラブラブだね!」
だが、そんな雰囲気の中に突っ込んでいく生徒がいた。
名を白崎香織という。雫と並び二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇る途轍もない美少女だ。腰まで届く長く艶やかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳はひどく優しげだ。スっと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。
いつも微笑の絶えない彼女は、非常に面倒見がよく責任感も強いため学年を問わずよく頼られる。それを嫌な顔一つせず真摯に受け止めるのだから高校生とは思えない懐の深さだ。
唐突に言葉を掛けられ、雫はハッ! とした表情で、ハクヤから少し距離を取ると、詩織に対して言い訳をし始めた。
「ち、違うのよ詩織! これはその、あの、えっと」
「土日にあまり会えなかったから、俺寂しかったんだよぉ?」
「~~~~~」
そういいながら、ハクヤは雫を後ろから抱きしめる。瞬間、教室のほぼ全員が悪鬼羅刹に変わったが、それはスルーだ。
それを受けて雫はやはり頬を染めながら甘く呻くだけ。雫は普段クールに気取っているが、一度責められてしまえば弱いのを、ハクヤは今までの経験から知っている。
普通ならうざいと思われかねない光景だ。だが、幼馴染である香織やクラスメイトさえも、二人のいちゃつきっぷりは承知している。もはや、その感情を抱くのも無駄だ。むしろこれが普通? と思い始めているぐらいだろう。
香織はクスクスと笑い、二人を微笑ましそうにに見ている。この笑みこそ、香織が女神と称えられるゆえんなのだろう。実際その笑みを受け、教室内の空気が若干ほっこりしたような気がする。だが、悪鬼羅刹とほほ笑みで歯相殺できない。いまだ教室は般若だらけだ。
その雰囲気を遠目で見ていた二人の男子生徒が、こちらに寄ってきて話しかけてきた。
「まったく、二人のいちゃつきは困ったもんだな。そう思うだろ? 龍太郎」
「とりあえず、リア充は滅すればいいと思うぞ!」
まず最初にあいさつしてきたのが、天之河光輝という。
如何にも勇者っぽいキラキラネームの彼は、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人だ。
サラサラの茶髪と優しげな瞳、百八十センチメートル近い高身長に細身ながら引き締まった身体。誰にでも優しく、正義感も強い(思い込みが激しい)。小学生の頃から八重樫道場に通う門下生で、雫と同じく全国クラスの猛者だ。幼少の頃は、よくハクヤと争った仲である。雫とハクヤとは幼馴染である。ダース単位で惚れている女子生徒がいるそうだが、いつも一緒にいる香織に気後れして告白に至っていない子は多いらしい。それでも月二回以上は学校に関係なく告白を受けるというのだから筋金入りのモテ男だ。
ハクヤも、雫がいなかったら同じ言葉を吐いていた気がする。
後者の投げやりな言動の男子生徒は坂上龍太郎といい、光輝とハクヤの親友だ。短く刈り上げた髪に鋭さと陽気さを合わせたような瞳、百九十センチメートルの身長に熊の如き大柄な体格、見た目に反さず細かい事は気にしない脳筋タイプである。
龍太郎は努力とか熱血とか根性とかそういうのが大好きな人間なので、よくハクヤや光輝のことを好いている。光輝は努力と才能の塊だからいいとして、ハクヤは少々手を抜いているのに好かれているのは、親友補正だろうか。
「けど、羨ましいよ。あぁ、早く気付いてくれないものかなぁ?」
「ん? 誰がだ?」
「南ぐむぐぐ」
─────危なかった……
ハクヤと雫は、香織の口を押えながら内心焦る。
香織はとある男子生徒を好いているのだが、その生徒を光輝は、ひいては教室中の生徒は嫌っている。しかも、本人では気づいていないだろうが、光輝は明らかに香織が好きだ。そんな中香織が「南雲君が好き」なんて言ったら、それは確実に大変なことになる。いずれバレるだろうが、今はこのままがいいだろう。龍太郎は何が何だかわかっていないようで、不思議な顔をしながら周りをきょろきょろしている。
少し時間がたったころ、教室のドアが開かれ、噂の男子生徒が入ってきた。その瞬間、悪鬼羅刹だった生徒たちが血を求める悪魔のような表情になり、『テメエマジいい加減にしろよ!』という意志が見て取れる。おそらくハクヤと雫の件で悪くなった雰囲気が、さらに加速したのだろう。ハクヤは内心、ハジメに謝ったが、それが届くことはない。
南雲ハジメ。彼が香織の思い人であり、ハクヤの親友である人物だ。
容姿は説明するまでもなく、平均という言葉がすべてに当てはまるだろう。唯一つ違うとすれば、その表情が暗いのと、目の下のクマが酷いことぐらいだろう。
ハジメが教室に入った瞬間、数名の男子生徒が絡みにかかり、ゲラゲラと笑っている。ハジメははいわゆるいじめを受けており、その中心核が斎藤良樹、近藤礼一、中野信治、そして檜山大介である。ハクヤもいじめの存在に気づいてはいるが、心のどこかでハジメが悪いと思っている節があり、それを止めようとは思わななかった─────なにより、ハジメは今のままでないと、『化け物』にならないだろう。一言二言交わした後、ようやく香織ははハジメを認識したようで、一目散に走りだした。続いて、ハクヤと雫もその後を追う。
「南雲くん、おはよう! 今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」
「ハジメ、おはよう」
「南雲君、毎日大変ね」
「おはよう、ハクヤ。お、おはよう、八重樫さん、白崎さん」
その後、教室中から嫌みな視線をくらい、ハジメが顔を引きつらせる。
そうこうしている内に始業のチャイムが鳴り教師が教室に入ってきた。教室の空気のおかしさには慣れてしまったのか何事もないように朝の連絡事項を伝える。そして、何時ものようにハジメが夢の世界に旅立ち、当然のように授業が開始された。
そんなハジメを見て香織が微笑み、雫はある意味大物ねと苦笑いし、ハクヤは相変わらずだなと苦笑いし、男子達は舌打ちを、女子は軽蔑の視線を向けるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
キーンコーンカーンコーン
そんな無機質な音とともに、昼休憩の時間が訪れる。ハクヤは手を抜いているが、別に居眠りをしているわけではない。ただただ作業のようにノートに写し、テストを受ける。もっとも、その点数が高得点なのだから、できる所業なのだが。
ハクヤは授業で固まった筋肉を伸ばすように伸びをすると、前に人影が現れる。ところで、ハクヤやハジメの教室には購買組が多く、すぐさま飛び出して言ったようだ。だが、当然、ハクヤの昼食は
ゴトンッ
「ハクヤ、食べよう?」
雫手作りの弁当である。
高校に入ってから毎日、作ってきてくれる雫にハクヤは感謝をしっぱなしだ。できないことはないが、得意ということもない以上、とても嬉しい。恋人が作ってきてくれる弁当は、なんと美味なことか! と、内心感激しっぱなしである。
ちなみに、昼休みでハクヤに憤怒を向ける生徒はいない。なぜならば、憤怒を向けて来る生徒のほとんどが購買組だからだ。ハクヤのクラスは弁当組が多いので3分の2程度は残っているものの、さすがにこの時間ぐらいはやめておこうという……気遣い? なのだろうか。
「うん、いつも有り難う。雫」
「んっ!」
ハクヤが立ち上がり、雫の頭を撫でながら感謝を表す。
それに対し、雫の顔には笑顔が咲いた。どこの少女漫画? と言われそうな光景だが、現実となってはかたなしである。心なしか、周りの雰囲気も、やれやれと言った雰囲気に包まれている。
だが、ハジメは別だ。
「南雲くん。珍しいね、教室にいるの。よかったら、一緒にどうかな?」
再び教室が暗い感情で包まれていく。
雫とともに横を見れば、笑顔を浮かべる香織と、苦笑いを浮かべるハジメの姿だった。もう本当に、ハジメは焦った様子で、その口からは「なんでわっちに構うんですか?」という言葉が少し出ていた。
それに対し、雫とハクヤは苦笑い。「またか」と。
ハクヤは2日前、ハジメが「ハジメ、二徹いっきまーす!」と言っていたのを思い出す。いつもなら教室を出ているはずなのだが、二徹はさすがにこたえたらしい。
ハジメは、抵抗を試みるが、さすがに10秒チャージをお昼と言い張るのは無理がある。
「南雲くんは相変わらずね」
「相変わらず、ゲーム馬鹿だな」
「ハクヤは頭いいよね」
「雫の可愛さほどじゃない」
「もうほんと、頼むから。頼むから爆散してくれ」
またいちゃつき始めるハクヤと雫を尻目に、いつの間にか背後にいた龍太郎がジト目で呻く。
そんな龍太郎を無理やり押しのけ、雫とハクヤはリア充を存分に発揮しながら食べ始める。
(ハジメも災難だな……早い所異世界召喚されれば、救われるだろうに……まっ、そうなるにはもう少し時間がいるか)
クラスの誰も知らぬ出来事を呟き、少し瞑目する。
それに対し「どうしたの?」と聞いて来る雫に「なんでもない」と微笑み─────凍りついた。
ハジメの目の前、ハクヤから少し離れたところ、光輝の足元に純白に光り輝く円環と幾何学模様が現れたからだ。その異常事態には直ぐに周りの生徒達も気がついた。全員が金縛りにでもあったかのように輝く紋様、俗に言う魔法陣らしきものを注視する。
その魔法陣は徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大した。自分の足元まで異常が迫って来たことに漸く硬直が解け悲鳴を上げる生徒達。未だ教室にいた愛子先生が咄嗟に「皆! 教室から出て!」と叫んだのと、魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光ったのは同時だった。
ハクヤはその光景を見ながら、自身の認識の甘さを後悔する。
知っていたはずなのに! 対策できたはずなのに! 今日じゃないなんて保証はどこにあった!
せめて───ハクヤは心の中で後悔しながら、驚きを浮かべる雫を抱きしめ、目を閉じる。
数秒か、数分か、光によって真っ白に塗りつぶされた教室が再び色を取り戻す頃、そこには既に誰もいなかった。蹴倒された椅子に、食べかけのまま開かれた弁当、散乱する箸やペットボトル、教室の備品はそのままにそこにいた人間だけが姿を消していた。
この事件は、白昼の高校で起きた集団神隠しとして、大いに世間を騒がせるのだが、それはまた別の話。
空の上で一人嗤う誰かがいても───別の話だ。
いかがでしたでしょう?
それでは、楽しみにしてくれる人を待って。