急募:『世界を救う方法』   作:rikka

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011:『死ねない!』

 UBCの影響を受けた地域は、その場に生える植物全てに影響を及ぼす。

 地面に生えている背の高い雑草からコケに近い物まで、その全てが淡い蒼の輝きに覆われている。

 

 そこに割って入る異音の数々――その出元が二つ。

 

「こんのワンコロ……じゃない、なんつーんだこの……デカブツはぁっ!!」

 

 エンジンとスキールの音を、そして積んだガンタレットの速射音を響かせながら、俺はアクセルを踏み込み相棒を急かす。

 

 

――グゥアァァァァァァァッ!!!!

 

 

 背後から、もはや聞き慣れた咆哮と共に、巨大な何かが空を斬る音がする。

 とっさにハンドルを切り右に大きく回避すると、先ほどまで愛車がいた所に、どうやったらそう動かせるのか鋭く太いデカブツの尾が突き刺さる。

 

(くそが! どういう生き物だありゃあっ!? さっきまであんな動きしてなかっただろうが!!)

 

 バランスを崩しそうになる車体をなんとか戻しながら、ミラーで敵の姿を確認する。

 毛深い真っ黒な、昔図鑑で見たティラノサウルスに黒い羽毛を無理矢理付けたような外見。

 後ろのガンタレットの放つ弾丸の雨を喰らい、その身体に火花を散らせながらも迫ってくるその姿はこれまで見たどんな敵よりも恐怖を頭の中に無理矢理塗り込んでくる。

 

「いい加減に……よろめくぐらいしやがれクソッタレ!!!」

 

 投げ物は一通りジェドから預かっている。その中で確実に有効なのは火炎瓶(モロトフ)二本のみ。

 それを二本とも放り投げる。運転をしながらの投擲では狙いもへったくそもないが、構わない。目的は――地面の一帯。

 

 轟音と共に、草木の蒼い輝きが、炎の(あか)と混じり独特の、どこか毒々しい光へと変わっていく。

 

(炎の中をひたすら走りまわらせるしかねぇっ!)

 

 残った策はこれしかなかった。

 明日、電力の復旧とバリケードの再構築が終わってから燃やしつくす予定だった蒼い草むら。

 使える炎が限られている今、この広い一帯そのものを燃料としてデカブツに少しでもダメージを入れる。

 

 UBCの影響を受け、変異しつつあるといっても植物は植物。地に根を張り、根から雨や水を吸い上げ、水をその身に蓄えている。

 そう易々と燃え上がってはくれない。

 けど確かに、徐々に、紅は広がる。広がってくれなきゃ困る。

 

「くそったれが、弾ももうほとんど空なんだぞ! 空! 空ってのは……つまり空っぽなんだよぉ!!」

 

 なにか叫ぶ。叫んでいないと、今にもガソリンが続く限りドーバーや近くのシェルターの方向に真っ直ぐ車を飛ばしたい衝動に、身体も頭も乗っ取られそうだ。

 

 バックミラーやサイドミラーでデカブツの位置を確認しながら、傾けているガソリンタンクを確認する。

 中身はトクットクッと不定期な音を立てながら地面に撒かれている。

 

(クッソ! この程度の広さが限界かっ?!)

 

 燃えにくい生の雑草が多いここらを火の海にするには、念のために多めに確保していたガソリンを使うしかない。が、必要量は当然ない。

 元々苦し紛れの策だ。

 ちょっとでも戦えるポジションを確保できれば十分。

 

 車も、垂れ流しているガソリンもだいぶ少ない。タレットも有効打にはならない。というかこっちもすぐに弾が切れる。

 

「根競べしかねぇとか……ほんと最悪だぜ……っ!」

 

 こっちは基本根性無しだというのにだ。

 再び巨体が勢いを増して迫ってくる。その速度――残念な事にジープよりも上だ。

 

 どうにか火の上を歩かせようと旋回していたのか仇となった。今から加速した所で……っ。

 

(決戦かっ!)

 

 片手でドアに手をかけながら、残る片手でハンドルを切る。

 最後の大打撃のチャンス。というか最後の有効打。

 それは、真正面から可能な限り加速させたジープをぶつける事だ。

 

「これで、足止めにすらならなかったら――ホント泣くぜ!」

 

 アクセルを抜きながらハンドルを切り、奴と向き合う。いや、向き合おうとした――その時、

 

 

 

―― 何発もの銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 蒼と紅の入り混じる、どこか幻想的な光景がスコープの向こうに広がっている。

 その中を走り回る小さな荷台付きのジープと、それを追い回している燃え盛る巨体も。

 

(熱で少しでもダメージを与える魂胆か。それに、足を止める事も含めて)

 

 単騎での囮といい、どうやらあのジープのドライバーは中々愉快な思考をする人間らしい。

 

「……いいな、彼」

 

 思わず、口が緩む。

 

(嫌いじゃない。ああいう馬鹿は、嫌いじゃない)

 

 そう思った時、気が付いたら女は引き金を引き絞っていた。ダメージが通るかどうかではない。

 少しでも奴の足を止められるのならば。少しでも足を遅める事ができるのならば。

 

 

 ――少しでも、あの男が生きる確率が上がるのならば。

 

 

 女は、大きく息を吸い込む。

 あのデカブツがこちらに向かってくる可能性もある。いつでも逃げられる様に、立ち回れるように気合いを入れるため。

 

 そして、伝えるために。

 

 

「――死ぬな!!」

 

 届くかどうか分からない、たった一言を叫ぶために。

 

 そして女は再び――銃を構える。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「いいかジェド! まずは態勢を整えるんだ!」

「アイツを犠牲にしてか!?」

「まずはだ!」

 

 怪我人の搬送、鉄柵の再固定、まだ使えるタレットや鉄条網の回収。そして防衛ラインの後退、再構築。

 それが今、自警団が最優先で行っている事だ。

 外から聞こえる全ての音を無視して。

 

「外の他のクリーチャーの群れが起きるかもしれねぇ! 一人じゃ無茶だ!」

「そん時に壁がなきゃあ工場の方まで一気に突破されんだぞ! あのデカブツはもちろん、ウサギの群れですら突破されかねない!!」

 

 一人で、鉄パイプの投げ槍と投槍器だけを持って外に出ようとするジョッシュの胸倉を、同じ自警団の一人がつかみあげる。

 

「ここでジャパニーズ一人助けようとすればこっちが全滅だ! ただでさえこっち側の三分の一が死んだか死にかかってんだぞ! 工場側と合流して防御整えねぇと今度こそ全滅だ!」

「ここでアイツ失えば、例え生き延びてもここが孤立する事になるぞ!」

「あぁ?! ドーバー側の支給があんだろうが! それに、食糧と水だけなら十分持ってきている!」

「それは――っ!」

 

 ジェドは口ごもる。

 もし、あの女市長がそのまま市長を続けてくれるのならば大丈夫だろう。だが、もしドーバーで大きな政変が起これば、あるいはここは切り捨てられる可能性が出てくる。

 ただ、その可能性をこの場であり得るものだと考えているのはジェドだけだ。

 

「馬鹿野郎! 揉めてる場合か!」

 

 そこに、後退の指揮を執っていたバリーの罵声が飛んでくる。

 

「一秒でも早く態勢立て直せ! 今の状況で応援に駆け付けたところでどうしようもねぇ!」

「団長! でも……でもっ!」

 

 なおも食ってかかるジェドを、バリーは手で制する。

 

「あのデカブツとやり合うには、せめて弾と壁がないとどうしようもねぇ。トラックに囲まれても少し動きを抑えるので精いっぱいだったんだ……今のままじゃ無駄に犠牲を増やしちまう」

 

 さすがにバリーには逆らえない。だが、それでも何か言いたいのかジェドは手を震えさせている。

 バリーも――ずっと自警団の仲間の顔を見続けてきたバリーがそれに気付かない訳がない。

 

「キョウスケの奴を助けたいなら、早く工場の守りかためて嬢ちゃん手伝ってやりな」

 

 だから、バリーはジェドに伝える。

 

「え……嬢ちゃんって……」

「技術者集めて使えるトラック一台を急ピッチで何か改造していやがる」

「フェイか!!」

 

 今このウィットフィールドに来ている技術者で、車両関連の知識を持っているのは一人しかいない。

 

「わかったらさっさと仕事しろ! そこのお前もだ! もう一度攻勢かけるには弾薬も火炎瓶(モロトフ)も揃えなきゃなんねぇ! 残ってるガソリンタンクの確認してこい!」

 

 ついさっきまでジェドの胸倉をつかみあげていた自警団員は、慌てて「はいっ!」とバリーに了承の返事を返すと、踵を返して作業へと戻っていった。

 

「団長――」

「おめぇもだジェド。頭冷やせ」

「……うっす」

 

 キョウスケに袋ごと荷物を渡したおかげでなんだか物足りない肩を回すジェドに、バリーは言う。

 

「今回の騒ぎ、なんか裏があるのは俺も気付いていた。あの市長さんが、人員の選抜に念を押していたからな」

「団長、今回の件は――」

「言うな。俺たちの中に裏切り者はいねぇ」

 

 バリーは、不細工な手巻きの煙草を二本取り出し、一本取る様にジェドに勧める。

 

「今ここにいる奴らは、共に生きる仲間だ。明日を一緒に迎える奴らだ。それを守るために飛び出した馬鹿だってそうだ」

 

 戸惑いながら煙草を受け取り、口にくわえるジェド。

 バリーは近くの火を着けたままのドラム缶ストーブの炎で小さな木片の先に火を灯し、その煙草の先端に軽く刺して火を着ける。

 

「さっさと工場に行って嬢ちゃん手伝ってやんな」

 

 そして自分の煙草に火を着けながら、自警団のボスは言う。

 

「あの馬鹿商人助けられんのは、友人(ダチ)のお前らだけだろうさ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ば……馬鹿かーーー!!! どこのどいつか知んねーけどおっま……馬鹿かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 俺は、思わず全力で叫んでいた。

 まさか外に人がいると思わなった。しかもこのどう見てもヤバい状況に割り込んでくるとびっきりの馬鹿野郎がいるとは。

 

 効くかどうかの問題じゃなく、意識を俺に向け続ける意味で拳銃をひたすら撃ち続ける。

 叩き割ったウィンドウから腕だけ出して拳銃をパンパン撃つ姿はどう見ても古い三流映画かカートゥーンのテンプレ悪党だ。マシンガンも持っていないのではそれ以上に滑稽な姿かもしれない。

 

 デカブツは、やはりある程度は炎が効くのか、燃え広がる草むらの中を真っ直ぐ突っ切ろうとはせず、僅かにだが迂回して向かってきている。

 くわえて違う所からの銃撃。ダメージは碌に入ってなさそうだが、頭部に集中しての攻撃はさすがに気付くのか、目標を自分と遠くの狙撃者のどちらにするか迷っているようにも見える。

 

(どこから攻撃されてんのかコイツ気付いていないっぽいのだけが救いっちゃ救いだが……っ)

 

 完全に一人で戦うつもりだった。

 そもそも、現状の火力じゃどう足掻いても装甲を抜けない以上、逃げてくれるまで時間を稼ぐか、追い返せるだけの用意が出来るまで時間を稼ぐか……とにかく時間稼ぎしか出来る事がない。

 

 元はトラック整備工場。しっかりと密封されたガソリン入りと思われるドラム缶を大量に発見したという報告は聞いていた。

 どう考えても劣化しているため車には使用できないが、引火剤としては十分使えるだろうとフェイは言っていた。

 火が使えるのならば、準備さえ整えば戦う方法はまだまだある。

 

 だから今、そう今だ。今さえ乗り切れば……よかったのに!

 

「ここにきて他の奴の命背負ってる余裕なんてねぇんだぞくそったれ!」

 

 今弾撃ちこんでいる奴の腕は立つ。それは分かる。

 どの方向から撃っているのかはなんとなく分かるが、まったく位置が掴めない。

 

(とはいえ、俺が死んだらデカブツは多分そっちに行く! クソが!)

 

 元々死ぬつもりはない。

 だが、ここに来てなにがなんでも(・・・・・・・)死ねなくなった。

 

「こっち味方は狙撃手一名、残弾不明。位置不明。年も性別も不明と来たもんだ! 美人ならいいな! なぁ美人であってくれ!!」

 

 いやもうホントにそれくらいのせめてそれくらい役得なんとやってられねーよちくしょう。

 仕事終わったらエレノアが溜めこんでたビールも根こそぎ強奪しよう。いやもうホント――

 

「ホントクソッタレな世界だなぁ! クソがっ!!」

 

 

 

 


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