急募:『世界を救う方法』   作:rikka

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012:全てを賭して

 その老人は、ずっとシェルターの中で生きてきた。

 作物を育て、作物を刈り取り、種を育て、苗を育て、そしてまた。

 

 収穫したモノや種をわずかながら使い、改良に挑戦しながら……このシェルターを――小さな国を支えてきた。

 同じ位の年齢の人間は、全員同じ事を考えているだろう。

 祖父の代から延々受け継いできた仕事であり、役割だ。

 

(さて、上手くいっているかどうか。化け物共、いや……天に裁きを任せよう)

 

 老人は、自室の棚を飾る物に目を通す。

 自分が子供だった頃、自分が学校に通いだした頃、農作業を手伝い始めた頃、研究員として認められた頃、恋をした頃、妻を持った頃、息子を持った頃、孫を持った頃――

 様々な自分と、共にいる誰かを移した写真の数々が、手作りの不格好なスタンドに飾られた写真の数々に収められて飾られていた。

 

 その内の一つを、老人は手に取る。

 自分のよく知る男が――自警団に入った時の写真を。

 

「……認められん」

 

 蘇るのは、苦い記憶の残滓。

 

「自警団など――」

 

 それは、深い憎悪の記憶でもあった。

 

「認めるものか……っ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

――なるほど、やはり馬鹿な男だ。

 

 女はスコープ越しに全てを見ながら、そんな事を思っていた。

 男が運転するジープは、恐らく突撃しようとしているのだろう動きを変えると同時に、自分のいる方向とちょうど真逆の方向へとハンドルを切った。

 デカブツめがけて、ハンドガンを連射しながら、だ。

 

(少しでも、私の方にコイツが向かうのを避けるため、か)

 

 バカだ。本当にバカだ。

 外でこうして戦う人間なんて、半分死んでるようなものだ。死なないための策は個々で用意し、失敗すれば肉の塊になる。

 その事にどうこう思う必要はない。所詮個人で選んだ生き方だからだ。むしろ、他人の生き方に引き摺られる奴は死んでしまう。

 それが世界のルールだ。

 だというのに。

 

「――くそっ、こっちを向け……っ」

 

 小賢しい馬鹿ならたくさん見てきた。

 だが、ああいう馬鹿を――恐らく、とてつもなく希少な大馬鹿を、死なせるわけにはいかない。

 

(奴の顔、いや、目を抜く。それしかない!)

 

 先ほど狙撃した時、牽制の数発とは別に二発、チャンスが来た時に眼球を狙い、そして命中させていた。

 そう、少なくとも軌道上では命中しているのだ。眼球を弾丸が抉るその直前までは。

 

(異常なまでに硬質化した、もはや鎧と言っていいあの黒い皮膚。それが目の周りでは線維化していて、まつ毛のような役割を果たしているのだろう……)

 

 驚くほどに固いが、少なくとも皮膚部よりかは可能性がある。

 

「こっちだ……っ」

 

 あの固い繊維を抜くには何発必要なのか分からない。

 切り札は、懐に残している予備の弾薬ケースの中身。出来るだけ質の良い物を選別して残している弾薬だ。

 今使っている弾薬を含めた全弾を全て叩き込む。牽制も含め、一発の無駄弾も許されない。

 

 だから――

 

 

 

 

 

「さっさとこっちを見ろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「くそだらぁっ! せめて一発くらいは弾抜けてくれてもいいんじゃない!?」

 

 タレットは完全に沈黙した。いまじゃあただの重石(おもし)だ。

 さっさとガソリンが尽きるまでまっすぐ工場を背に走り抜けるつもりだったが、今も狙撃は続いている。

 むしろ、弾を撃つ間隔がさっきから狭まっている。

 ここで距離を取れば、狙撃の主の元にやつがいく。

 

(なんだ? あいつ、どうするつもりだ? 狙撃でも生半可な弾で抜けるようなヤツじゃねぇぞコイツは!?)

 

 狙撃手という存在は、この世界では少ない。というか、ほとんど見たことない。

 ゲーム中では、腕とスキル構成さえ揃っていれば最高クラスの火力を出せる対ネームド戦の要だったが、この世界では基本的に狙い澄まされた一発よりも数だ。

 大量に、しかも勢いを持って迫ってくるクリーチャーの数に対抗するには、こちらも手数で勝負するしかない。

 ようするに、せめて狙撃手自体も数を揃えないと非常に扱いづらいのだ。

 これまで色んな戦う人間を見てきたが、狙撃銃を好む人間はただ一人。そいつも多種多様な銃を使い分ける男だった。

 

(狙いとしてはてめぇの方向にこいつを向かせたいんだろうが……っ!)

 

 正直、その余裕がない。

 俺のせいでもあるが、炎に巻かれてどっちを向くか予想がつかず、しかもこちらが攻撃を止めたらたまに工場の方に向かいそうな素振りを見せる時もある。

 狙撃手の方に顔を向ける事もあるけどそれは少しの間だけ、俺が狙撃方向に車の先を向けた時だけだ。

 あの狙撃手に策があるんならそれに乗るべきだ。だが現状ではそれに乗る手段がない。

 具体的にどこにいるかわからないというのもあるし、なによりコイツの爪と尻尾を避けるので今はもう精一杯だ。

 

(コイツ、短時間で攻撃方法変わってるしよぉっ!!)

 

 尻尾は先ほど自在に動くようになった。

 それが今では、尻尾の先には爪の様な物が付き、心なしか足は太くなり、その代わりに胴体が僅かに細くなって僅かながら機敏になっている。

 

「だからよぉ! どういう生き物なんだてめぇぇぇぇっ!!」

 

 こんなんゲームの時でも数で囲んでぶん殴るくらいしか思いつかねぇ!

 火力だ。

 とにかく火力が足りない。

 

(こいつぁ、自警団が工場周り固め直してもダメだ)

 

 唯一思いつく手としては例の見つけた燃料を思いっきりぶっかけてひたすら燃やしつくす位だが、それは動き回る炎の塊を野に放つのと同意だ。奴が死ぬまでに、どれだけ被害が出るか想像もできねぇ。

 

(どうする……どうする……っ!)

 

 車を使ったダイレクトアタックは、あくまで足止め程度になればいいという考えだった。

 ダイナマイトでも積んでいるのならまだしも、現状どう足掻いても倒すには――いや、深手には成りえない。

 

 ゲームならば、死ねた。

 死んでリスポーンしてアイテム回収して弾丸バラ巻くか殴ってまた死ぬマラソンという手段もある。

 いや、そもそも回復系のスキルを持った人間は大勢いた。誰かがボスを引っ張って、その間に蘇生するのが普通だ。

 それが出来れば、どんだけいいか……っ!

 

「残る手段は――っ!」

 

 残った武器は数少ない。

 その中で一つだけ、めちゃくちゃ危険だが――あるいは思った手段がある。

 それを、使う時が来た。

 

 袋の中からその武器を手で探り、そして握りしめ――

 

 

 

 次の瞬間、これまで耳にしたのとは違う破砕音と共に、デカブツの体が軽く横に流れた。

 更にもう一発。今度はハッキリと見えた。

 

 整備工場の北口、再度封鎖されたはずの門が開き、一台のトラックが外に出ていた。

 荷台部分のコンテナが外され、何か――ドデカいボウガンが設置された。

 

 そのデカいボウガンについたハンドルを使い照準を合わせている男

 そして、トラックの運転席についている女。

 

 どちらもよく見知った顔だった。

 

「ジェド!? フェイまで!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「フェェェェェェイっ! なぁにが切り札だてっめ、槍弾けたぞこらぁぁっ!!」

「しょうがないでしょ本体も槍も急造品なんだから! ダメージはしっかり入ったんでしょ!?」

「ちょっとよろめいただけじゃねーかっ!! どうすんだこれ? どうすんだこれ!?」

 

 フェイが工場の機材を駆使して仕立てたのは、巨大ボウガン――いや、攻城弩(バリスタ)だ。

 

「いいからさっさと次を装填! さすがにアイツこっちに来るでしょ!」

「だったらもっと速度出せ! すぐ追いつかれるだろうが!」

「こんな重たい車ですぐに加速できる訳ないでしょうが! 小回り利く訳ないでしょうが! だから撃てって言ってんの!」

「ほとんど固定砲台じゃねーか! それならもういっそ俺一人で良かっただろうが! なんでお前まで来ちゃったの!」

「うっさい! 撃て!」

 

 矢は工場施設のパイプ状の機材部分や建材を引っぺがし、それを斜めに切って無理やり槍にした物だ。

 突き刺されば、矢がストローのようにデカブツの血液を外へと流す役割を果たし、行動不能に持っていけるというのがフェイの算段だった。

 

 そして今、三度装填された一撃が発射され――その巨体の黒い鎧に直撃し、派手な火花を散らして爆散する。

 

「矢の威力を最大限に高めるようにバリスタ本体の方を調整したけど、矢の方の強度を計算にいれてなかった。うっかりしてたわね」

「てっめ……っ」

「ごめん! 一生の不覚だったわ!」

「お前なに!? 実はゾンビーかなにかだったりする!? お前の人生何度目!?」

 

 叫びながらも、ジェドの手は止まらない。

 当然、初めて扱う装備だ。

 これまで多種多様な兵装を、死に物狂いで扱ってきたジェドだからこその手際だ。

 

 すぐさま装填を終えると同時に、ジェドは叫ぶ。「撃つぞ!」と。すなわち、衝撃に備えろという、運転席でハンドルを握っている女への警告だった。

 

 そして、轟音が続く。

 

 撃つ。当たる。よろめく。撃つ。当たる。よろめく。撃つ。当たる。よろめく。

 

 ただ、繰り返されるだけだ。

 確実に巨体はこっちに向かってくる。

 キョウスケが後ろから追いかけて、必死な――あるいは泣きそうな顔で――撃ち続けている。

 

「畜生が……っ」

 

 今まで、ジェドに死の恐怖を与えてきたのは数だ。

 足音の数、うごめく気配の数、苦痛に呻く仲間の声の数、仲間の死体の数、敵の瞳の光の数。

 

「畜生がぁっ!」

 

 だが、今ジェドに強烈な死の気配を与えるのは――ただの『1』だ。

 

「こいつがラストなんだぞクソッタレっ!!」

 

 そして、残る切り札も。

 

「ジェド!」

 

 フェイが、車を完全に止める。狙いを正確につけさせるつもりだと、ジェドは理解した。

 真っ直ぐ、向かってくる巨体。

 

(こいつの弱点がどこかわからねえが、生き物だって言うんなら――っ!)

 

 真っ直ぐ、ジェドは狙いを定める。

 気を抜けば力が抜け、今にも震えだしそうな指を、手を、意志の力でねじ伏せて、

 

「頼む!!」

 

 どこの、誰に向けてか分からない祈りの言葉と共に、最後の一矢が発射される。

 生物共通の弱点――頭部目がけて放たれた太い矢は、その長い顔のど真ん中にぶち当たり――

 

 

 そして――

 

 

 見なれた火花が、舞い散った。

 

 フェイが、ハンドルに握りこぶしを叩きつける。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 突如現れた改造トラック。その貨物部分に備え付けられた武装の攻撃。

 その結果を全て、女はスコープを通して見た。

 

(剥げた……っ!)

 

 これまで黒い塊としか見えなかった巨体、その頭部に放たれた最後の一撃によって、赤黒い肉がついに露わになった。

 ちょうど、眼球の周辺が。

 

(頼む、こっちを向け……っ)

 

 目に入ったのは、攻撃を受けた衝撃で一瞬こっちを向いた瞬間だった。

 もう一度、もう一度――

 

(こっちを向いてくれ!)

 

 女には分かっていた。

 きっと、あそこにいるあの二人の男女――砲手を務める男も、ドライバーを務める女も、おそらくは自分と同じ気持ちなのだろうと。

 

 今、クリーチャーの後ろに縋りつくようにアクセルを踏み込み、拳銃を無我夢中に撃ちまくっている大馬鹿を死なせたくないと。死なせるわけにはいかないと。

 

 なにせ、今までに見た事ない程の馬鹿男なのだ。

 

 

――うおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!

 

 

 アクセルを更に踏み込み、雄たけびを上げながら車ごとデカブツクリーチャーに突撃するほどの馬鹿だ。

 

 恐らくガソリンと火も仕込んでいたのだろう。

 激突した瞬間、凄まじい轟音と共に炎が舞い上がる。

 

 直前に。ドライバーらしき人影が脱出したような気がするが、そこではない。

 あの改造トラックの方へ向いていた頭が、激突したジープの方を向いた。

 

 つまり――その直線状にあるこちらに。

 

(待っていた)

 

 世界の全てが、遅くなる。

 顔に当たる風、引き金に当たる冷たさ、鼻下に感じる自らの呼吸――それどころか、眼球が僅かずつ乾いていく感覚すら感じる気がする。

 

(待っていたぞ――)

 

 男が突撃を選択した時点で、弾を入れ替えていた。

 普段使っている手作りの弾から、なるだけ質の良い弾へ。

 

「その顔をっ!」

 

 引き金を引き絞る。

 

 聞き慣れた発砲音が右から左へと振動と共に響く。

 

(当たる!)

 

 その振動を感じた時、すでに女は確信していた。

 銃身から、回転しながら放たれる弾丸。

 

(――手ごたえ……あり)

 

 これまで、幾度も狙撃をこなしてきた。

 足止めの罠をしかけ、おびき出し――そして一匹一匹始末してきた。

 その経験則が、そしてスコープに映る光景が答えだ。

 

「――だというのに!」

 

 これまでと違い、明らかに苦しみの咆哮をあげてのたうちまわっている。

 そう、のたうちまわっている。

 

「まだ倒れないのかお前は!」

 

 更に撃つ。今度は残ったもう片方の目を撃ち抜く。

 これで視界は完全に潰した。おそらくもはや何も見えていまい。

 いや、それどころか普通ならばもう死んでいるはずだ。なのに――

 

「倒れろ……っ」

 

 更に一発。

 剥がれた皮膚の部分を目がけて撃つ。

 間違いなく、弾は当たっている。

 舞い散るのは火花ではなく、血しぶき。

 間違いなく、弾丸はクリーチャーの頭部を撃ち抜いている。だというのに――

 

「倒れろ!!」

 

 撃つ。撃つ。何度も撃つ。

 間違いなく当たっている。

 皮膚を、目を、肉を――いや、恐らくは脳すらえぐっているはずなのに、

 

「倒れてくれと言っているだろうがっ!!」

 

 まだ、その巨体は咆哮を発し、暴れている。

 

「なんなんだコイツは!!」

 

 あのバリスタは、これまででもっとも強烈な一撃だったはずだ。

 だから奴はそっちに向かった。

 そして今、もっとも傷を与えた存在がここにいる。

 

 光を失ったはずの双眸が、まるで覗き込むようにまっすぐ――目があった。

 まだ弾はある。

 ただ真っ直ぐ走ってくるのであれば、どれだけの速度が出るのが、ここにたどり着くまでにどれだけの猶予が残っているか。

 

 そして、その間に何発頭に打ち込めるか。

 

 その計算をしながら女は弾を込め、構え直す。そしてスコープの先に――見つけた。 

 

「お――」

 

 車ごと激突し、脱出したはずの男が見えた。

 地べたではない。転がっているわけではない。

 

 唯一にして最大の脅威の体にしがみついている――バカの姿を。

 

「お前はそこで何をしているんだ!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(チャァァッンス!)

 

 ジェドとフェイの用意したあのバリスタで、あの馬鹿みたいに固い装甲の一部が剥がれた。

 しかも御あつらえ向きに頭部と来た。

 

 どうにか飛び移るチャンスがないかと待っていたら、絶好の足止めが来た。

 あの狙撃手、とんでもない腕前だ。綺麗に眼球ぶち抜くとは思わなかった。

 

 おかげで、ようやく奴にデカいダメージが入った。

 大きくよろめき、動きが止まった瞬間に奴の体に飛び乗り、しがみついた。

 

(暴れ回るとはいえ、ちっと遅ぇ!)

 

 やはり狙撃によるダメージがデカイのか……いや、その前からだ。

 装甲が抜けなかったとはいえ、バリスタの攻撃は無駄じゃなかった。わずかだか、身体の動きが鈍い。

 右足を前に動かすとき、わずかだが減速する。

 

 そのタイミングを利用しながら、ジリジリと近づく。

 さすがにしがみついてりゃ気付く。すぐさま爪生えた尻尾の一撃が飛んできたが、とっさに避けたおかげで、逆に自身の体に尻尾がぶっ刺さる。

 

――足が、止まった。

 

「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 つまり、今度はこっちが足を動かす番というわけだ。

 バランスの悪い背を一気に駆け抜ける。

 

「今度こそ――っ!」

 

 手にしているのは、残っている投げ物の中の一つ。――手投げ斧(ハチェット)

 ジェドから受け取った最後のソレを右手に握りしめる。

 

 暴れ回る首元に足をかけ、一気に跳躍する。

 狙うのは――むき出しになったどたま。

 

「喰らいやがれぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 そこ目掛けて、左手で抜いた拳銃の残弾を全て叩き込む。

 これまでほとんど見る事の出来なかった血液が飛び散り、むき出しになった肉めがけて斧を振り下ろす。

 

 ほとんど金属の塊にしか見えない姿からは想像できなかった肉を抉り、血が零れる音がようやく聞けた。

 

「くそがぁぁぁっ!!」

 

 苦痛に悶えるデカブツが、最後の悪あがきを見せる。

 拳銃を投げ捨て、深く突き刺さった斧の柄を両手で掴む。

 

 

――ごあああああああああぁぁぁあぁあぁぁぁっ!!

 

 

 怒りか苦悶か分からない咆哮と共に、俺を振り落とそうと暴れ回るデカブツ。

 落ちたら間違いなく死ぬ。ただ死ぬ。ようするに犬死にだ。

 

「ふん――っごおおおぉぉぉぉおっっ!」

 

 渾身の力を腕に込める。懸垂の要領で、むき出しの傷へと身体を近づける。

 

「頼むから、不発でしたなんてオチはやめてくれよ……っ」

 

 そして残った最後の武器。

 やはりジェドから預かった最後の武器。

 手榴弾を片手に握りしめ、傷口の中にめり込ませる。

 

 砂利の多い泥に手を突っ込んだような感触を我慢して、奥の奥まで手を突っ込む。そして手探りでピンを探り、指をひっかける。

 

「これが最後の頼みだ!」

 

 同時に、デカい衝撃が俺とデカブツを襲った。

 トラック――フェイだ。フェイが最後の手段として体当たりを敢行したのだ。

 

(人に車は大切にしろって言っておいて……)

 

 大きく巨体が傾く。

 地面が近くなる。

 それと同時に、ピンを抜き、宙に身を預ける。

 

「あばよ」

 

 最後の最後に、目があった――気がする。

 

 そして、炸裂音と共にその顔が痙攣したように上を向き――

 

 

 

――ついに、巨体はゆっくりと……倒れ伏した。

 

 

 

 

――これまでの咆哮とは違う、どこか悲しげな鳴き声を漏らして。

 

 

 

 

 

 


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