016:近くて遠い地にて――
「お爺ちゃん、最近忙しそうね。お仕事、多いの?」
孫娘の言葉に、老人は本当に申し訳なさそうに「すまない」と孫娘へ言葉を返す。
事実、老人は忙しかった。新しい防衛計画の組み立てに生産物の配布計画の見直し。それを通すために祭り上げた新しい市長との折衝や、他セクションへの根回し等で、眠れない日々が続いている。
「本当にすまないね、サリー。もうちょっとしたら、またゆっくりした毎日に戻れるから……それまで我慢しておくれ?」
いつもならば夕食の時間は孫から色んな話を聞くのが老人の楽しみだったが……これでは憩いにならないと、老人は頭を振って気持ちを切り替える。
「今日は、学校で何を勉強したんだい?」
「今日はフィールドトリップだったの。農場区画の見学でね? トニーのパパとママが作業を教えてくれたの!」
遊べる場所が少ない子供達にとって、居住区画じゃない場所は新鮮だったのだろう。
特に、滅多に目にすることのない多くの植物が生えている農場区画は。
「そうかいそうかい。サリーが食べてるパンやスコーン、サラダのほとんどはあそこで作られているんだ。ご飯を作るのも大変だろう?」
「うん!」
味の薄いスープを、サリーは美味しそうに啜っている。
それだけで、老人は満足だった。
「でも、来週のフィールドトリップは中止になっちゃった……外を見れるチャンスだったのに」
ローストされたチキンを口に運ぼうと、フォークを皿へと伸ばしていた老人の手が止まる。
「……外に出たいのかい? サリー」
「うん!!」
老人の問いに、少女は強く頷く。
「私、死んじゃったパパみたいに外で働きたい! そうしたら、このシェルターを守れるんでしょ?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――防水シートこっちにもくれ!
――ちょっと待って! 穴が空いてないかチェック中よ!
――おい! 防壁固めるから木材ちょっと使いたいんだが!?
――整備工場と加工工場を繋ぐ通路は屋根をもっと広めに作れ! 後で壁も作るんだ! 狭いと移動するときに混むぞ!
ウィットフィールドでは、あちらこちらで大きな声が響いている。
活気に溢れている、とも言える。
「キョウスケ、皆の様子はどうだ?」
このウィットフィールド拠点でもっとも高い位置。現在、主に居住スペースとなっている元整備工場の屋上から拠点の様子を確認するエレノアが、俺に尋ねる。
「どうもこうも……お前が全部直接自分の目で見てるじゃねぇか」
「どうこう言った所で私は上から彼らを押さえつける立場だ。口にはしづらい事もあるだろう」
肩をすくめてそう言うエレノアは、少し肌寒い風を気持ちよさそうに浴びている。
エアコンや
「そうだな……。作業の方は順調だ。元々の計画自体は変わっていないからな……少々遅れ気味な所は確かにあるが、それでもよくやっているほうだ」
事前に敷地内のマップと建物のスケッチや測定等のデータで念入りに組んだ工程だ。加えて、見積もりよりも多めに用意した資材のおかげで、雨風を防げない場所が出るという最悪の事態にはならないだろう。
「そうか……青い雲が出なかったのは運が良かった」
「普通の雨も降ってねぇけどな。おかげで水の消費は抑えられねぇ」
「浄水装置の方はどうだ?」
「一応は稼働してる。排水の再利用も上手くいっているが……」
水はそのままだと腐る。以前何かの倉庫から発見した浄水剤をドラム3缶分くらいはここに置いているが、それも使えばすぐになくなるだろう。
なにより、この手のやり方には清潔な布も必要とする。
シェルター内部でも大事だった布だ。外ではなおさら難しいだろう。
「エレノア、そろそろ俺は出るよ」
「……そうか」
弾薬と食糧、水といった行商に不可欠な物は、報酬という事で多めにもらった。
連れが増えたが、問題ないレベルだ。
「すまない。結局、報酬は大したものはやれなかった」
「気にすることはないさ。車新調してもらった上に、拳銃も新しくカスタムしてくれてんだ」
「車も拳銃も、私の部下を守るために失ったのだろうが……」
まぁ、それは確かにその通りだ。
拳銃は最後の戦闘で紛失。恐らく今頃草燃やした時の灰の下だろう。
車に関しては言わずもがな。
秘儀、ヒットエンドラン戦法によって大破だ。
「それに、かなりの資材や薬をここに提供してくれた。正直、防衛線の件も合わせても……どれだけ報酬を払えばいいか分からない」
貸し借りについて、かなり気を使うエレノアだ。おそらくは本当に可能な限りの食糧と水、弾薬を出してくれたのだろう。
「いいってことよ。元々、こういう拠点が出来た時のために溜めこんでいた物資類だ。それでも気に病むってんならツケにしておくさ」
「ツケか。もう一度お前がここに戻って来た時に、払えばいいのか?」
「いいや、払い先は
「ツケておくさ。――未来に」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ツケておくさ。未来に」
「…………」
「ツケておくさ。未来に」
「…………」
「ツケておくさ。未来に」
「なんなんだテメーはぶっ飛ばされてーのか!!?」
エレノアに手を振って別れてから、新しく出来た車の様子を見に行こうと階段を下りている時に、いつの間に後ろにいた狙撃女は耳元でボソボソ無駄に色っぽい声でリピートしやがる死ね。
「いやなに。中々に印象的なシーンだったので、君の脳内に少しでも強く残ればと思ってだね」
よしわかった。お前とは一度とことんまでやりあわにゃならんっつーことがよくわかった。
てめぇ、旅の間覚悟しておけよ。
「まぁ、場も程良く温まった所だ。今後の予定を聞こうじゃないか」
「……むしろ、俺からも聞きたかったんだけどさ」
「何をだい?」
「今、ある程度物資が余ってそうな所ってどこがあるかな?」
これまでは、少しでも陥落しそうな可能性の高い所の噂を集め、事前の情報から必要そうな物を集めて回るという事をしていた。
だが、これから先はそれだけではない。
このウィットフィールドという地上の拠点を維持するために、色々と物資をかき集める必要がある。
具体的にいうと、このウィットフィールドが自給自足を可能とし、かつ他の様々な資源を活用できるレベルになるように育てる必要がある。
(――なんていうのは気負いすぎ。いや、軽く考えすぎか……)
とりあえず、この拠点にはエレノアがいる。
この拠点にいる連中から認められたアイツならば、この拠点も当分は問題はないはずだ。
「なるほど……食糧等の必需品に不安があり、かつ資材関連を持て余しているシェルターということだね?」
「ああ」
「ふむ。ここから行ける場所となれば……アシュフォードはどうだ?」
「口説いた女の子がそこの市長の娘だったんでぶっ殺されかけた。パス1」
「何をやっているんだ君は……」
いや、いつも差し入れにオムレツとマッシュポテト入ったランチボックスくれる可愛い子だったからつい……。
反省も後悔もしていない。知り合いの行商人にあそこの事は頼んでおいたし、まぁ大丈夫だろう。
「やれやれ、他には……そうだな、その先のクロウリーの方はどうだ?」
「……え、あそこシェルターあったの?」
クロウリー。ロンドンの真南40~50キロに位置する街。ゲーム中では、たしかにいくつか拠点候補地こそあったが、アイテム関連は鋼材の採取ポイント数か所しかない……いわゆる美味しくない場所だった。
当然ながら、NPCがいるような大規模シェルターはなかった――ハズだ。
「なんだ、知らなかったのか? ……まぁ、そんなに大きいシェルターではないから知らないのも無理はないか」
「お前は付き合いが?」
「いや、私もない。ただ、アシュフォード・シェルターの防衛戦闘に参加した際に話は聞いていた。どうにかやっていけているシェルターがある、と」
「……詳しい内情は分からず、か」
とはいえ、自分の知らないシェルターというのは気になる。ただ、万が一危機的な状況だった場合、こちらの食糧や物資目当てに襲撃される可能性もある。
「保留1って所だな」
「となると、残る場所は余りないぞ? 大きいシェルターというだけならば、北のカンタベリーがあるが……」
「あそこは食糧も資材もそこそこあるけど、外に出すのを渋るからなぁ……それに……」
「ドーバーの政争組と繋がっているかもしれないと?」
「有力候補。あそことフォークストーンは、ドーバーに再三援助を求めてたからな。……それほど物資に困っていないのに」
どういう流れかはしらないが、あそこはドーバーを嫌っていた。おそらく先代――エレノアの親父さんの時代のいざこざだとは思うが……。
「まぁ、適当に廻っていくのもありだろう。この拠点の宣伝も必要だ」
「人、来るかね?」
「燃料だけは豊富にあると伝えれば結構来ると思うがね?」
「あー……そういやそうだったな」
そんな事を言いながら、ようやく目的地――現在俺の車両を作っている作業区域へと到着する。
いるのは3人。車両の改造、整備を行っていたジャンプスーツ姿のフェイ。その手伝いをしていたヒルデ。そして――珍しく何かを叫んでいるヴィルマ。
「だから! 私もキョウスケと一緒に外に行く! 行かなきゃダメなの!」
――あん?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
恐らくは、かつての偉大なる医者の名から取ったのだろう大きな病院――今では当然ながら廃病院だが――の出入り口は、いくつもも鉄や木の板で塞がれていた。窓までだ
唯一、塞がっていない小さな玄関口は、その周辺をいくつもの柵や鉄網、そして槍のように尖らせた木材を組み合わせた障害物――拒馬と呼ばれる物で囲われている。
明らかに、人の手が入っている。
その小さな玄関口が、キィっと音を立てて開く。
中から出てくるのは、赤毛の若い男だ。
シャツにスラックス姿のその男は、頭を掻き毟りながら辺りを見回す。
「今日も静かだねぇ。いや、いいことだ」
「よくねーよ。クリーチャーもいねぇけど他の人間もいねぇって事だろうが」
赤毛の男は、腰にリボルバー拳銃を差したままふらふらっと外に出たのに対して、その後ろから出てきた黒髪の男は、ライフルを手に慎重に辺りを警戒しながら外に出る。
黒髪にサングラスをかけているが、顔立ちも格好も赤毛の男とよく似ている。
「まぁ、そうだけどさぁ……ほら」
「ほら?」
「悪くないじゃん? 火薬の臭いがしない朝ってさぁ」
「……まぁ。まぁね」
黒髪のほうは障害物の隙間隙間を埋めるように設置されているガンタレットを見て、赤毛と同じように頭を掻く。
「オットーさん! 上から見てどう!?」
赤毛が、高い建物の上――屋上に向けて声を張り上げる。
すると、屋上かた垂れ流されていた頑丈そうなワイヤーを伝って、一人の男がするするっと降りてきた。
オットーと呼ばれたその男、やはり格好は似ているが、こちらは顔が似ていない。
どこか精強そうな雰囲気の二人に比べて、こちらはどこかやさしそうだ。
「全然。ウサギもブタもイヌも姿無し。鳥も大丈夫っぽいね」
上から下りてきた男は、背中にスコープ付きのライフルを背負っていた。
どれもよく整備されており、また使い込まれている。
「今のまま食糧使えば……二月ほどは持つって感じだけど」
「持つだけともいうな」
「んじゃあ、ここで救援待つのも、あと半月位が妥当かな?」
二人の会話に、赤毛の男はどこか呑気そうな口調でそう言うと、近くの階段に腰を下ろす。
「それまでに誰か来るかなぁ……キョウスケとか。キョウスケとか。あとキョウスケとかさぁ」
「なんで一人しか候補がいないんだよ」