急募:『世界を救う方法』   作:rikka

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021:準備、進行中

「確か、市長はアシュフォードの方達の交流があったんですよね?」

 

 ウィットフィールド拠点の昼時。

 哨戒に出ている一部自警団、そして増設やメンテなどの作業に出ているエンジニア。

 現在作業している、おおよそ三分の一の人員はここにいない。

 それ以外の人員は、ちょうど昼食を取っていた。

 

 今は屋内の床を一度剥がして、地面の汚染具合を調べる作業――ようするに、農作業が可能な土を少しでも探していたヒルデは、防護服を着ていたためか汗まみれになっていた。

 衣類が汗を吸いこみ、肌に張り付いている。

 

「あぁ。アシュフォードとは先代の時代から色々と繋がりがあってな。あの周辺には荒れ地が多く、クリーチャーの群れが住みつくことがあってな。それらを焼き払うために、周辺のシェルターとの共同作戦は多かった」

「今はどうなんです?」

「ふむ……キョウスケのような商人が来たおかげで、道中の整備は進んでいるが……同時に交流を商人が受け持つ事も増えて、直接会ったのは……二年も前になるか」

「あー、なんか聞いたことあります。大変な目に遭ったとかなんとか」

 

 いつものジャンプスーツのまま――だが恐らくは身体を拭いて来たのか、微妙に身綺麗なフェイが、ランチトレーに乗っているベイクドビーンズとマッシュポテトをスプーンで混ぜながら会話に割って入る。

 

「道中、住処を焼き払われて散らばっていたクリーチャーの一団に襲撃されてな……自警団の面々には多大な負担をかけることになった」

「バリー隊長が言ってましたよ。なんか変な奴らとキョウスケが意気投合してたって」

「……彼らか」

 

 変な奴ら、と聞いてエレノアの頭にすぐさま思い浮かんだのは、とある三人組。

 窮地に陥った自分達の元に、どこの自警団や防衛隊よりも早く加勢に来た三人組。

 

「どんな人なんです? キョウスケは向こうと揉めてたらしいからちょっと聞き出しにくくて……」

「どんな人、か。そうだな……」

 

 

――ヒャッハー! やっと改造したコイツの威力が試せる! 今回の車体テーマは突撃仕様だぜぇぇぇっ!!!

 

 

「……頭の中が世紀末な男と」

 

 

――ヒャッハー! 整備終わったトミーの出番が来たぞ! 巻くど巻くど! 弾巻くどぉぉぉぉっ!!!!

 

 

「……頭の中が世紀末な男と」

 

 

――ヒャッハー! ヘイ、ブラザーズ! あそこに立ててる木の棒の辺りに敵誘いこんでくれ! まとめて地獄の入り口に叩きこんでやるぜぇぇぇっ!

 

 

「……頭の中が世紀末な男の三人組がいてな」

「市長、それ本当に大丈夫なんですか? アタシ、アシュフォードってもっとまともなシェルターだって聞いていたんですけど……」

 

 あからさまにドン引きするフェイに、頬を引き攣らせるヒルデ。

 特にヒルデは、了承したとはいえ娘の行き先でもある。

 

「安心しろ。少々飛んでいる所はあるが、人格的にはむしろ信頼の置ける男達だ。キョウスケも強く信頼していた」

「えぇーーーー」

 

 安心させようとして言ったはずの言葉は、どうやら逆効果だったようだ。

 

「キョウスケですよ? アタシがどれっだけ車は大切に扱えって言っても結局は突撃殺法に頼るキョウスケですよ?」

「物資を預かる身として、気持ちは分かるが許してやれ……アレもそこは理解している。だが、やはり生き残るためには、何かを犠牲にせねばならない時もある」

「でも、車に乗っているんですよ? 燃料だって困らない程度には持っているハズなのに」

 

 フェイは、やはりキョウスケの行動に――とくに、戦闘が本職という訳でもないのに、頻繁に交戦を選択することに納得がいかない様子だった。

 

「アイツだって、逃げる時には逃げるさ。だが、完全に振り切れなかった場合、その逃げた先にいる誰かが危険な目に合う」

「……死んだら、意味ないじゃないですか」

 

 ぶすっ、とそう言うフェイは、いつもよりも幼く見えた。

 その横顔に、なぜかヒルデは神妙な顔で小さく頷く。

 

「そうだな、確かにそうだが……」

 

 確かに、そう言いたくなる時はあった。

 だが――

 

「きっと、そうやって誰かの危機を見逃す事を始めた時から、アイツはアイツじゃなくなっていくのだろう。……きっとな」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 現時点で重要なのは、北側に対する対処だ。

 本格的な戦闘を始めた際に、北から傾れ込むだろう敵をどうやって足止めするか。

 オットーの作戦は、一か八かの賭けにはなるが悪くはない。

 が、結局の所最大の問題は手が出せる所にいない大量の敵の存在だった。

 

 手は出せない。戦力を二分するわけにはいかない。

 だが、何もせず放置しておけば、銃声や咆哮に気付いた群れがこっちに来るだろう。

 そうなれば酷い混戦になる。とても対処はしきれないだろう。

 

「シーナ、車の方はどうだ?」

 

 俺たちは、北への対策として防壁や罠を仕掛けに来ていた。

 今は二手に分かれ、シーナと共に現在、防壁の材料集め。とある建物の地下駐車場に、そのまま壁に使えそうな車を運びやすくしに来ている。

 

「大丈夫。ここらの車は、いつでも運べるようにチマチマ俺が手を入れていたんだよ。分解するにしても、一度持ち帰らないと悪いからな」

 

 上ではオットーがエマと共に罠を仕掛け、そしてルカの指揮でスナイパーとヴィルマは防壁補強を行っているハズだ。

 先ほどから転がせるようにした車を、ヴィルマがハンドルを握って残り二人で押して外に出している。

 効率化を考えてエンジンを動かす事も考えたのだが、うかつに音を立てるべきではないし、それに燃料も節約したいということで今回はなしだ。

 

「お前のことだ、もう全部バラすかコレクション入りしてると思ってたよ」

「他にイジりたいモンが山ほどあんのよ、あのシェルターの格納区画には」

「だから、なんとしても取り戻したい?」

「そゆ事」

 

 だろうな、と思った。

 先ほど、シーナ達が逃走に使ったという車を見たが、運搬などにも使われるジープだった。

 シーナお気に入りの、『ミニ』に似た赤い車じゃない。

 なんでも、排気量を増やしてどうとか馬力がどうとか言っていたが……正直、整備レベルの知識しかない自分にはさっぱりだ。

 

「それよりも……あの小さい子は大丈夫なのか?」

「――ヴィルマか」

「あぁ、あの子だいぶ参ってるように見えたぜ。ついでにお前さんも」

「ついでか」

「ついでだ」

 

 世紀末トリオ+エマと合流してから、4人がヴィルマに構おうとしているのは傍目に分かっていた。

 特に、世紀末トリオは。

 

「――正直、ずっと悩みっぱなしだ」

「ヴィルマちゃんの方が? それともキョウスケが?」

「両方。……いや、多分俺の方だ」

 

 情けない話だと思う。

 ウィットフィールド出発の前日まで色々考えて、連れて来るべきだと確かに感じた。

 理由は分からないが、ヴィルマはあの場所から逃げ出したがっていた。

 どこか不安だとか、そういう理由でないのだろう。

 それにしてはやけにあの子は――怯えていた。ウィットフィールドに。

 

「――悩まない奴はいねぇよ。子供の扱いなんて、シェルターの中ですらどうしていいかわかんねぇ事だらけなんだ」

 

 具体的に胸の内を言葉にしようと悩んでいると、シーナがそれを遮った。

 シーナは、工具箱からまた違う工具を取り出し、車の下へともぐってなにやら(いじ)り続けている。

 

「俺は子供持ったわけじゃねぇし、それどころか親の顔も知らねぇけど、ガキの面倒くささは……一応分かるつもりだ」

「そうか……ルカの面倒見てたの、お前だったらしいな」

「正確には、俺とオッティだ」

 

 あんまり人前では出さないオットーさんの愛称を口にしながら、兄貴(ビッグ・ブラザー)はそう呟く。

 

「いや、そもそも面倒見てたっていうのも怪しい。世話しているつもりはあったけど、多分知らねぇ所で……気付かねえ所で色んな人に見てもらってたんだろう。俺自身」

 

 一息ついて、シーナは言葉を続ける。

 

「その時にはさ、兄なんだからこうして当然、こうしなくて当然なんだってずっと思ってたけど……後になってその見当はずれの無様さに気付くのよ」

「後悔する事……多い?」

「もちろんよ」

 

 シーナは、正確な歳は聞いたことないが、二十後半位だろう。親は知らない。

 以前、顔すら覚えていないと言っていた事からなにかあったんだろうと思い、そのままずっと何も聞かないままだった。

 

「その時からずっと思うのは……後悔してんのは、中途半端はダメってことよ」

 

 工具箱へと手を伸ばす、シーナの腕だけが見えている。

 ただ、工具を取ろうとしたのではなく、言葉を選ぶ内になんとなく手持無沙汰になったのだろうか。

 とくに工具を取る訳ではなく、箱の中身を片手だけでソロソロと探っている。

 

「どうでもいい時に偉そうに口出してると、いざって時に言葉と態度に迷う。どうでもいい時に話さないでいると、いざって時にそもそも話すことすらできない。……一番近い相手のハズなのに、他人のオッティや友人の方が近く感じる」

 

 それ色々と駄目じゃないか。――なんて、言えない。

 どうしろっていうんだ。――とも、言えない。言えるはずがない。

 

「……あぁ、分かる」

 

 よく、分かる。

 正直、今のヴィルマとの間がそんな感じだ。

 預かるって覚悟はしていたつもりで連れだし、そして出来るだけ接しかけているのだがそれがどうにも空回りして……でも、なぜか俺の傍から離れない。だからただ、隣に置いている。

 

「そうやって中途半端なままだと、気が付いたらどっちも自分の殻に閉じこもっちまう。ヴィルマちゃんも、お前も。そいつぁ健全じゃねぇよ」

 

 だから、気をつけろ。

 そう締めくくるシーナは口を閉ざし、カチャカチャと何かを弄る音だけがする。

 

「シーナ」

「ん?」

「……ありがとう。心配してくれて」

 

 礼を言う。

 しばらくこっちに来てこそいなかったが、俺が立ち寄るポーツマスに毎回三人で書いた手紙が届いていた。

 ポーツマスに立ち寄ってすぐの俺の仕事を、手紙を読んでその返事を書く事だった。

 後で知ったことだが、三人とも俺の事を心配してくれていたらしい。

 手紙も、三人が最初はバラバラに書こうとしていたのを一枚のちょっと長い寄せ書きみたいにまとめたとか。

 

「何急にしおらしくなってんのキモいんだけどー」

「――てめぇ」

 

 だから、日頃の感謝を一言に込めたのだがあっさり粉砕されてしまった。

 この気持ちと震える拳、どうしてくれよう。

 

「んなことよりキョウスケ、布」

「……あぁ、ほらよ」

 

 そして、どこかこちらの内心を見透かしたような楽しげな声でそういうシーナ――車体の下から出ている腕に向けて、俺は布を丸めて叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「なに、キョウスケってば地上に住もうとしてんの? ロンドンの話といい相変わらず難儀な道を選ぶねぇ」

 

 ルカ達の仕事は防壁の補強。

 動かせるようになった車をルカとスナイパーで押し出し、ヴィルマがハンドルを回して操作する。

 今は動かせる作業済みの車が少なくなってきたため、一度間を置いて板やコンクリートブロックなどで車を重しにした壁を設置する作業に移っている。

 ケーシーは身体がデカいため、突進力はあるが跳躍することはない。よって、高い壁は必要ないというのは楽ではあった。

 

「あぁ、どうやら話を聞く限り、元々そういう構想はあったようだね。ルカ君は、彼からなにか聞いていなかったのかい?」

「さぁねぇ。ロンドンを一度偵察してみたいっていう話を聞いてたかなぁ」

「偵察?」

「うん、それ聞いて兄貴が大張りきりで車整備しててさぁ。ま、その車も今は地面の下だけど」

 

 車自体が易々と動かないように車輪止めをし、小型のクリーチャーが潜り込んでこないように車体下にブロックを敷きつめて行く作業をしながら、ルカとスナイパーは情報を交換し合っていた。

 ヴィルマも、その近くで集めてきた煉瓦を台車に乗せて運んでくるオットーの後ろを付いて来る。

 

「それでオットーさん、これ本当に上手くいくの?」

「壁だけだったらまず上手くいかないだろうけど、罠仕掛けてここらに連中の死骸の山を作る。後々面倒にはなっちゃうけど、当面は他の奴らはその死体を食ってるだろうから……まぁ、時間は稼げる」

「食い終ったら?」

「罠は何重にも張り巡らせてるから、死体がそう簡単になくなるとは思わないよ。敵の主力は硬くないケーシーだし」

 

 ルカは戦闘――つまりはクリーチャーに関してのプロである。

 交戦したことがある個体の習性などはあらかた把握しており、それらを記録した物をキョウスケのような商人を通じて外に発信している。

 シーナのドライビングに同行することによって調べ上げた、現状での巣のありかなどを示した地図もセットだ。

 三人組が、ある程度とはいえ紙を自由に使えるのはこれが大きかった。

 

「ヴィルマちゃんは大丈夫? 疲れたら素直に言っていいよ?」

 

 この中で最も体力のあるルカは率先して働いていた。

 というのも、この中では男ではルカとオットーだけ。

 傭兵だというスナイパーの女はともかく、エマは力仕事には慣れていないし、小さいヴィルマも当然長時間の作業は無理だ。

 

「うん……大丈夫」

 

 だが、ヴィルマはひたすら、働き続けている。

 まだ比較的真新しかった子供用の小さな軍手が汗でぐっしょりと湿り、土埃で手の平部分が汚れて行きながらも、必死にガレキやコンクリートブロックを敷きつめていく。

 

「……ヴィルマちゃん」

 

 ルカは苦笑したまま、ため息を吐く――いや、吐こうとして止めた。

 そういう小さい動作が、意外と人を傷つける事を知っているからだ。

 とくに、心を許していない相手からされれば。

 

(難しい。あっちもこっちもマジで難しいよキョウスケ)

 

 キョウスケが、意味なく人と深く関わるような真似をする男じゃない事をルカは良く知っていた。

 もしキョウスケがそういう人間であるのならば、今頃とっくにロンドン奪還などという夢物語等捨てて、どこかのシェルターに所属していたハズだ。

 それを知っているからこそ、ルカは疑問だった。

 

(早くこっち来てオットーさんか俺と交代してくれぇ……)

 

 そして、心の底からそう願うのだった。

 

 


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