急募:『世界を救う方法』   作:rikka

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022:開戦前夜

「生き残って内部に撤退した防衛団の人員が把握している通りなら、そろそろシェルター内部の食糧が一度半月分を切る」

 

 今やこのアシュフォードでの活動の最前線拠点となっている病院で、ヴィルマまで含めた俺たち全員が一室に集まっている。

 病院への侵入口全てにタレットを仕掛けた今だからこそ出来ることだ。

 

「半月……およそ15日。不安が重くのしかかる頃だな」

 

 深刻な顔で状況を整理シーナに同意の言葉を返すと、いつもは能天気そうなルカも真面目な顔でなにやら指折り数え、

 

「確か……次の農耕プラントの収穫日は大体一ヶ月後だよ」

「量は?」

「かなり。遺伝子組み換え(GMO)のポテトとオニオン、トマト……まぁ、畜産プラントの家畜絞めればもうちょい持つだろうけど」

 

 一度深いため息を吐くルカに、エマが軽く頷いてから口を開く。

 

「多分、父さんは地上部の奪還を計画していると思うわ。そのための士気の向上……っていうか維持のために――」

「戦意高揚で食糧倉庫を解放した可能性が高い、と?」

 

 スナイパーの言葉にエマが頷く。

 

「……一週間。いや、もしそうならすぐにも内部の人間が打って出てもおかしくないか」

 

 スナイパーは頷きながらも難しい顔で眉をひそめる。

 最初はなぜかギスギスしていた二人だが、この数日死地における活動を共にしたおかげか随分と打ち解けたようだ。

 

「というか、なぜ食糧が足りないんだ? ギリギリというのなら分かるが……」

 

 スナイパーの再びの質問に、今度はオットーが答える。

 

「防衛団用の食糧がある程度地上に上がっていた状態で、かつ生き残った自警団が中に入ったからだよぉ」

「地上に? 内部で確保していなかったのか?」

「ちょうど遠征を計画していた所だったんだよ。それも広域かつ長期にだから、一度食糧上に上げて、部隊編成と一緒に分配する予定だったってわけ」

 

「ついでに言うなら、ちょいと足が付きそうな食糧もあったから保存が効くように調理とか加工中だった奴。その下処理を任されてたのが俺と兄貴」

 

 オットーの言葉に補足を入れるルカは、会議に参加しているというより会議をBGMにしながら、銃の手入れをしている。

 

「おい愚弟(ぐてい)、北側の壁はどんな感じだ?」

「誰が愚弟(ぐてい)愚兄(ぐけい)

 

 凸凹(デコボコ)兄弟は互い軽口を叩き合う。

 

「直線ルートは完全に封鎖。その他の所も、車とかトラック使った防壁を補強してトラップ一式仕掛けている。全部この間の打ち合わせ通りだよ」

 

 銃器パーツの掃除を終えて、組み立て終えたルカは立ち上がり、アシュフォードの地図に線をピッと引く。

 随分と適当だが、防衛ラインを示したものだ。

 

「トラップは一番確実なトゲ(ニードル)火炎びん(モロトフ)絡めたトラップをわんさか仕込んできた。引っかかって死んだ奴を食おうとして近づけば更にドンってなるようにね。正直に言おう、自信作だ」

 

 その説明にオットーが補足を追加する。

 

「ただし、これはあくまでも時間稼ぎ。そして俺たちの第一の課題は、その稼いだ時間の間でのアシュフォードシェルター上のケーシー共の排除。これが最低条件」

 

 かつての列車置き場となっているそこは、遮蔽物も少ない守りにくい場所だ。

 シェルターを建造した当時は、おそらく光る雨への対策だけで、クリーチャーへの対策というのは考えられていなかったのだろう。

 設計された順番や時期で、シェルター内部の環境が随分と変わってしまうのはよくあることだ。

 そこから内部の人間は最適化のために動く訳だが……。

 

「あの市長の事だ。シェルターの放棄なんて手はまず打たねぇ」

 

 娘馬鹿ではあるし、たまにそれでカッとなって良く分からん事をやらかす親父さんだが、市民に対しての責任感は人一番あるのは俺がよく知っている。

 いや、それ以上にエマやシーナ達が一番知っているだろう。

 自分と家族だけならば他のシェルターに逃げ込む事も出来るだろうが、多くの市民の安全を保証する事はまず不可能

 

「その場合、内部の人間に取れる作戦は?」

 

 やれるとしたら――

 

「決まってる、全力で上を奪還し、速やかに防壁を築き直す。これしかない」

 

 シーナは、地図でシェルターの位置を示す×印の所からピッと、その隣の○印まで線を引く。

 ○印。もう一つの巣となるつつある、アシュフォード駅だ。

 

「まずは俺達で駅を攻撃。内部の数減らしながら、そのままシェルターの上でたむろしてる奴らを引っ張りだす」

「戦闘は駅構内で?」

「理想を言えば、外から弾バラ巻きまくって駅の中に閉じ込めておきたいけど……まぁ、これは理想の話」

 

 テーブルの上には、どこから持ち出したのか昔のアシュフォード駅の写真がバラバラと散らばっている。

 スナイパーはそれらの資料に目を通し、

 

「駅構内の一部を破壊する事で障害物として利用できないか? ガレキも積み重なれば障害物になる」

 

 と提案する。

 

「悪くはないが、手段はどうする? 爆発物はステーションでの戦闘の締めに使いたいんだが」

 

 悪くないといいながら眉をひそめてそう聞くシーナに、スナイパーは続けて

 

「例のバリスタを使おうと思う」

「? ヴィルマちゃんが組み上げてる?」

「つい先ほどパーツの方は可能な限り仕上げた、やや大型タイプの物だ。さすがに先日の巨大クリーチャー戦で使ったものほどの威力は無いが、ちょっとした壁や床程度ならば容易く崩せる。狙う個所とタイミングさえ気を付ければ――」

「なるほど~。落し物系のトラップとしても使えるし、そのまま障害物としても使えるかも」

「極端な話、ケーシーみたいな外皮が薄くて柔らかいクリーチャーなら、ちょっとしたガラスの小雨(こさめ)を降らせるだけでも結構効果あるだろう?」

 

 トラップ、あるいは地形の活用に関してはある意味で専門家のオットーが、スナイパーの意見に同意した事で、シーナも考える気になったのか、地図を前にしばし考え込む。

 

「わかった。当初の予定通り、駅の東側から攻撃を仕掛ける。シェルターは西側にある訳だから、当然連中がこっちに来るとなれば、駅の中やその周りを通ろうとするだ」

「さらに迂回する可能性は?」

「無きにしも非ず。ただし、そこには横転してる列車の残骸などで入り組んでいるし、キョウスケ達が来る前にオットーさん主導でちまちま壁とか罠、穴を仕掛けてるから抜けてくるのはかなり難しいハズだ」

 

 地図には次々とそれぞれが気になった事やその対策がペンで書きこまれていく。

 結果、主に戦闘に関わる俺、スナイパー、そしてアシュフォードが誇る脳内世紀末三凶の手はインクで真っ赤に染まっている。

 

「オットーさんとアンタの話の中で、ガラスを降らせるって案は正直悪くないと思う。倒せるとは思わないけど足止めには最適だ」

「床までぶち抜ければ落下物によるダメージもかなり入ると思う。問題はどこに配備するかだが……」

 

 どうやらシーナも乗り気になったようだ。地図と写真を照らし合わせて色々と考えている。

 

「おいスナイパー、俺が運転するから後で一度偵察に出るぞ。ついでに駅の外壁などの状況ももう一度チェックしておいた方がいい」

「あぁ、了解――」

「待てキョウスケ。運転なら俺がする……いや、させてくれ! あれ、お前が前に話してたフェイって子のフルカスタムなんだろ!?」

 

 こんな時でも車の話題に絶対食いつくシーナは……なんというか本当にいつも通りだ。

 前に俺がいた世界(現実)でもそうだったが、車大好き人間の思考はたまに理解できない。

 

「あぁ、スナイパーさえよければいいよ。それより、一番の問題はシェルター内の人間がタイミングを合わせてくれるかどうかだが……」

「多分だけど、上層を探る監視カメラが生きていると思うから大丈夫じゃない?」

 

 唯一、三凶の中でそれほど話に関わらずに銃の整備をしていたルカは、綺麗なままの手で地図上の×印をトントンッと指でノックする。

 

「あの市長(おっさん)元々優秀な防衛隊員だったって話だし、タイミングを損なうような凡ミスはしないだろぉ」

「……もういつでも打って出る用意は出来てるってか?」

 

 やはりのんきそうに言うルカに尋ねると、肩をすくめて見せられた。

 

 ……どっちだ!? 『YES』なのか『NO』なのかどっちだ。いや、この場合は『多分』か?

 

「なんにせよ、急いだ方がいいと思うよぉ」

 

 いつの間にか、再び銃の整備を始めていたルカは鼻歌交じりにそう言うのだ。

 

「あのおっさん、せっかちだからさぁ」

 

 全員の目が、そのおっさん(市長)を良く知る人間に――つまりは娘のエマの方へと向く。

 

「え、あ、えっと……」

 

 急に注目されて恥ずかしいのか、エマは自分の傍にいたヴィルマをなぜかチラチラと見ながら、

 

「う、うん。さっき言ったとおり、多分今頃防衛団の人達を集めて……最後の晩餐を始めていると思う」

「……そうか」

 

 ならば、タイムリミットは――

 

 

 

 

 

 

「各自、それぞれの最後の準備を始めよう――明朝、作戦を始める」

 

 異議は、なかった。

 

 


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