「市長! 急に奴ら、いなくなりました!」
モニターで上層の監視を続けていた職員からの報告が入ったのは時刻が深夜に差しかかった頃だった。
「なんだと!? 全部か!?」
「はい!」
担当している職員を押しのけるように市長はモニターを覗き込む。
つい先ほどまで、一つのカメラが移している所に、薄気味悪い犬共が最低でも5匹は映っていた。どこのカメラでもだ。
それが今ではガランとしている。
犬共が食い荒らした食糧やその排泄物などで汚れているが、少し前まで見ていた光景が帰って来た。
「奴らはどこへ!」
「さ、さぁっ!!?」
市長の迫力に押され気味の職員が、声を震わせながら応える。
その弱気な態度が気に障ったのか、市長は小さく舌打ちをしながらモニターを次々に切り替える。
いない。いない。いない。
散々自分達の頭の上でふんぞり返っていた連中がどこにもいない。一匹も。
(餌を取りに行った……わけではない。なにせ食い物は十分にある)
自分達にとって貴重な食糧だったのだぞ! と内心歯噛みしながら、行き先の痕跡がないか確認する。
ただ単にカメラの視界外に隠れているだけという可能性は十分にある。
一見知性など皆無な化け物だが、ただ強いだけの化け物ならば人類はここまで追い込まれていない。
時に、高い知性を見せる存在が一種の『作戦』を持って人類を襲う事があるのを何度も見てきた。
シェルターとは文字通り、最後の希望だ。
本当の意味でここが陥落する事だけは、避けなくてはならない。
「外部の音声は拾えないのか?」
映像だけでは判別が出来ない。
かなり注意深く観察しても、とりあえず怪しい所は見当たらないが……。
「申し訳ありません。監視カメラの改修は、パーツ不足もあって進んでおらず……」
分かっている。分かっていた。
そもそもそれよりも他の計画を優先させたのは市長自身なのだ。
にも関わらず、ひょっとしたら進んでいるのではないだろうかとしょうもない楽観に逃げ込もうとした自分の情けなさに顔を歪ませながら、市長は頭を働かせる。
決断するために。
万が一を考えてもうしばし様子を見るか。あるいは――
打って出るか。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
緑、緑、緑、緑、緑、緑、緑、緑。
かつて俺がいた日本では、緑色は目に優しい。目が疲れた時は緑を見ろという迷信のような物が流れていた。
では、緑を見過ぎて目が疲れた場合は何色をみれば癒されるのだろうか?
「ちょっとキョウスケ! ちゃんと車を走らせてよ追いつかれちゃう!」
「いいぞキョウスケ! もうちょっと速度落としてもいいぞ! 的がちょうどいい距離でドタマ狙いやすい!」
「お前ら運転手に物申す時はせめて意見を統一してから口を開いてくれ!」
二手に分かれて敵を誘い出すのは大前提。
駅を一度空っぽにした上で、シェルターの真上に残っている奴らもおびき寄せて、一つのデカい群隊とする。
(……ゲームの時ならば、結構ありふれた狩り方なんだけどな)
俺のような陣地構築型のプレイヤーが二人以上いる時に良くやる手だ。
ぐるぐる周回できる――あるいはしやすい場所まで敵の群れをおびき寄せて、その後は即席フェンスや障害物設置で相手の動きを制限し、トラップやタレット、銃撃で敵を削り取っていくというトレイン殺法。
まぁ、絶対に敵が追いつけないという前提に加えてガソリンがしっかり確保出来ている事。そしてなにより、大量のMOBやその死体、未回収のドロップ品等の読み込みに耐えうるPCスペックがあればこその荒業である。
場合によっては、トレインされてるMOBの後ろを回収役が集めて回る事もあったっけか。
「ルカ、向こう側に渡した爆発物は間違いなく着火するんだろうな!?」
「当たり前だ! 銃と火薬扱わせたらアシュフォードで一番だぞコノヤロー! おめぇこそ油ちゃんと撒いたんだろうな!?」
「当たり前だ!」
作戦は単純、シェルター上層の群れまで含めてトレイン。
その後は路線の上を走って駅構内へと侵入。そのタイミングで――駅を燃やす。
そして、壊すのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「それで、オットーだったか。駅の外壁はどうだった?」
「あぁ、大丈夫。キョウスケの想定通り」
荷台で牽制を続けながらスナイパーが問いかけた事に、助手席のオットーは力強く頷く。
「そもそも、キョウスケもあの駅の事はよく知ってたからな」
「あぁ……そういやアイツと初めて会った時って、ここでの戦いだったな」
ルカとシーナ、オットー。そしてエマ。
4人が出会った切っ掛けは、今と同じくシェルター近くにクリーチャーの群れが巣食ったために起きた戦闘だった。
「あー、そうだ、アイツ前も駅を壊す事提案してたな……」
ハンドルを握り、飛ばし過ぎないようにアクセルに載せた足の力を適当に抜きながらシーナは舌打ちする。
「あん時にはもう、脆そうな所なんかは調べていた訳か」
この近くの草原地帯を焼き払っていた時に現れたクリーチャーの群れ。
そいつらからなんとか逃げた自警団が、この駅に立てこもって撃退した戦い。
その戦いの時に、逃げる自警団を横から援護しに現れたのが、向こう側にいる商人だった。
「では、火が廻れば一気に崩れ落ちそうか?」
無言で金属製の矢をバリスタに仕込みながら、ヴィルマはチラチラとこちらの様子をうかがっている。
「上手い事支柱をふっ飛ばせればな。逆に言えば、そこがズレない限りは……多分落ちない」
「私の腕次第でタイミングを調整できると言う事か……」
アーチェリーで敵を迎撃するスナイパーの足元には、爆薬をくくりつけた矢が数本置かれていた。
キョウスケとルカから託されたモノを、スナイパーが自分の使いやすいように形を整えた物だ。
「それにしても、ただでさえ群れる事の多いケーシーがこれだけ揃うと……なんというか壮観だな」
大体10~20匹程の群れで構成されるケーシーが、その何倍もの数で集まっている。
もはやそれ自体がとてつもなく巨大な一個の生き物に見えてきた。
「見てるだけで胃もたれしそうだなチクショウ。オットーさん、どうする? 一度グレネードかなにかで足を止める?」
本来ならばそんな必要はないのだが、シーナはバックミラーにちらちらと映る、荷台のヴィルマの顔色を警戒していた。
(クソッ! どうするのが正解だったんだちくしょう!)
一人であの廃病院に残すのも論外。最低でも一人は付いていなければならないが、かといって戦力を削るのもまた論外。
となると、二組に別れたどちら側が小さいヴィルマを引き受けるかと言う話になるわけで――
それに、立候補したのがシーナだった。
(例のウィットフィールドに関わっている人間よりも、出来るだけ関わりの薄い人間といた方がストレスは薄れると思っていたが……やっぱり敵が多すぎらぁっ!)
情がないわけではない。だが、どちらかといえば合理的な理由でシーナは手を上げていた。
いざって時にパニックにならない様に――つまりは一番それぞれの人員が高いパフォーマンスを発揮できるように組み上げていた。
一緒に旅してきた、同じ女性のスナイパーをフォローに。
そして、もっとも万が一の時間稼ぎに適したオットーを。
「ミス・スナイパー! ヴィルマちゃんは大丈夫かい!?」
「問題ない! まったく、下手な自警団よりもよっぽど肝が据わっているよ!」
バックミラーで見える範囲では、手が震えているとはいえ冷静にやや重い矢をセットして、バリスタを発射している。
だが、これまで通り表情にそれほど動きが見られない。
それがかえってシーナを不安にさせていた。
(頼むからなんにも起こってくれるなよ……。後――!)
シーナは声には出さず、祈っていた。
それはもう心から祈りながら、ハンドルを握りしめていた。
(さっさと地面の下から這い上がってきやがれあんの馬鹿どもがぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!)