「加勢してくれたようだな。恩に切るよ、キョウスケ」
アルミラージの群れを文字通り壊滅させて、消費した弾薬の補充の目途について頭を抱えていると、このシェルターの行政官からお呼びがかかった。市長がお呼びということだ。うん、知ってた。
そろそろ旅立つと、先日出発届を出していた。どこに行っても出発するときには大抵呼び止められる。
次に来るときに持ってきてほしい物の依頼。――たまに催促というか命令になるが。
あるいは――
「加勢せざるをえないようなシステムを作ったのはアンタだろ。銃を持つ旅人は第三ライン以下での防衛戦に参加するってな」
「構わんだろう? なにせ、このシェルターのすぐ外にクリーチャーの巣があれば出ていくのにも一苦労する。それとも、ここに住むかね? 君はエンジニアとしての腕は高い。引く手数多だろう」
「どこに行ってもそれを言われるが、答えはノーだ」
これだ。シェルターへの永住。本当に、これはどこに行っても言われるがダメだろうそれ。
ただですら食糧足りてなくて、俺たちみたいな行商の人間は自前の食糧でどうにかしなきゃならんのに。
というか俺たちが違う所の僅かな余剰食糧なんとか交渉して持ってきているのに。
いや、そもそもこのポーツマス・シェルターは俺が食糧安値で売ってもまだ不足気味のはずだ。
「……君の願いというか、目標は知っている。そのために廃墟や戦前の工場、病院、店舗、そしてゴミ処理場等から資材を集め回っていることも」
「…………」
「そのうえで改めて問おう。可能だと思っているのか?」
市長――スーツ姿の痩せたメガネといういかにも役人という男は、気障ったらしくメガネを直して、
「ロンドン奪還、などという絵空事が」
と、俺に聞いてくる。
「……可能かどうか、というよりやらねばならないと俺は思っている」
オープンβ――にしては期間が長く、実質事前登録者へのサービス期間と言われていたあの2週間。
その最後のイベントがロンドン奪還作戦という大規模イベントだった。
テムズ河沿いにある発電施設の奪還から始まり、テムズ河にかかっているいくつもの橋の攻略――あるいは防衛戦、その後ビクトリア駅やキングス・クロス駅、V&A博物館や大英博物館といったいくつもポイントを制圧していくという非常にPCに負担のかかる――もとい、ぎっしり中身の詰まった大規模戦闘だった。
実際酷かった。自分はキングス・クロス駅制圧に参加していたが敵の数が無限POPじゃないかと思うほど大量に出てきて、しかも途中で駅が崩壊、戦力が実質二分されるという嫌な意味での運営の本気を見た。
手数を補えるタレットを持ちこんでいた人間は重宝され、チャットで何度『
「そっちも分かってるだろう。今のままでは全てが枯渇する。現状、地下プラントだけでは作物の収穫量にも限界がある。そして、シェルターに住む全員はその不安を共有している。先日の造船工場の一件もそれが引き金だろう」
「…………海辺の資材がありそうな地点は、探索計画を立てさせていたところだった」
「だろうな。だが、それで入手した資材も結局は尽きる。それも、思っているよりも恐らく早く」
「…………」
「ここポーツマスだけじゃない。ソールズベリーもブリストルもボーンマウスもブライトンも……そう、全てだ。全ての居住区の命題だ。ただ資材を手に入れればいいというわけじゃない」
「……生存圏の大幅な拡大、か」
「そうだ」
ゲームのときは、居住地域は文字通り聖域だった。何があっても陥落することはない、絶対エリア。だが――残念なことにここでは嫌らしい現実がどこに行ってもついて回る。
「……エールズベリーに続いてオックスフォード・シェルターも陥落したよ。有力な食糧生産施設がまた減った」
純粋にシェルターを破られる、拡張作業中に地下を移動するクリーチャーに侵入される。それに――食糧や水を巡っての内乱。
様々な理由でシェルターを捨てざるを得ない厳しい状況が、この世界では起こり得る。
「……キョウスケ、お前の持っている知識と腕をフルで動員しても食糧問題は――」
「現状どうにもならん。俺が身につけているのは基本的に防衛に関する物。発電機や浄水器関連、それに医療も勉強を続けているがそれはあくまで補助だ」
というか、一朝一夕にどうにかなるものではない。今では小麦、そしてゴールデンライスという現実でも物議を醸し出した遺伝子組み換え稲。これら二つが主要作物になっている。
オックスフォード・シェルターはシェルター内部に小麦、そして数種類の野菜を栽培する地下プラントを持っており、自分はこことイギリス最南西の拠点トゥルーロの
それがここに来て、もっともデカイ穀物の生産場を失ったのは割と本気でキツい。
「ただ、食糧プラントの運営維持に携わっていた連中は今近くのシェルター数か所で保護されている。顔も合わせている。住民の脱出を援護したのは俺だからな。数名ならば紹介できると思うが……」
「お願いできるか?」
「あぁ、俺としてもここが陥ちるのは困る」
現状手詰まり感の強いポーツマスだが、少なくともゲーム中ではここはデカい利点があった。
それを現実にできるかどうかは怪しいところだが……少なくとも東西の流通路の一つだ。簡単に陥とさせるわけにはいかない。
「……お前が言う、ロンドンの地下鉄網を利用した新規生存圏の開拓。正直、奪還はできても守る力に不安が残ると私は考えている」
目の前の男は、ため息を挟んで続ける。
「各地に分散している資材、労働力、汚染されていない土壌や作物の苗や種子をまとめて大規模生産に入るべきだというのは分かる。だが、守り切れず失う物が多ければ、それはこのイングランドを巻き込んだ盛大な自殺としか言いようがない」
「…………」
やはりダメか。いや、まぁ分かっていた。実際奪還する戦力もないし、継続的な防衛もそうだ。
そもそも奪還したいというのもあくまでゲーム知識からくる予測であって確証が取れてるわけではない。
(ロンドン地下には生き残りがいるはずなんだ。豊富な装備とプラントが整った特別シェルターで)
ロンドン奪還イベントは、こちら側から攻勢をかけていくつかのポイントを制圧することで、地下に隠れ住んでいた王族、貴族、そしてそれを守る軍人の血筋が内部からも攻撃を開始、クリーチャーの大勢力を挟撃して殲滅するという流れだった。
(やっぱり、一度ロンドンに潜入して事実確認を取らなきゃいけないか)
ロンドンのプラントがなかったとしても、分断されつつあるイングランド南東部を蘇らせるためには中心部が必要だった。
それで練ったのが地下鉄網を計画した簡易シェルター作成計画だったわけだが……。
(
やっぱり、自分はヒーローにはなれない。それを再確認させられる。
ゲームのときでも、キャラ設定からいってどう見ても寄生キャラだった。生産系ということを差し置いてもだ。
たまに――いや、嘘だ。こうしてこの世界の人間として生きて三年になるが、その間常に、自分がこの世界でもっとも傲慢で、かつ卑怯な存在だと常に感じている。
生き残るために汚いことに手を染めるほどの度胸もなく、死ぬときは死ぬとどこか達観とも諦めともつかない考えをし、そのくせ保身が強く、責任者になるほどの行動もしない。
そのうえで、元は少しとはいえプレイしたゲームの世界だと、どこか天上人にでもなった物言いや見方をしてしまう。
「ロンドンのことは、あくまで俺の理想でしかない。そっちはあまり気にしないでいい。ただ、一人の商人として守りを気にしてほしい個所がある」
「西側……コーンウォール方面か?」
コーンウォール。イングランド最南西の地域。ちょうど半島になってる所と言えば分かるだろうか。
現実ではいくつかの文化遺産、観光地、サーファーご用達のサーフポイント、そして漁村がある地域だ。
ゲーム中ではいくつかの拠点候補地、そしてクリーチャーの巣というダンジョンが用意されている地域だった。
「コーンウォールの居住シェルターは食糧生産の最後の砦だ。あそこのシェルターが一つでも陥落したら本気で不味い」
ただですら栄養失調で死ぬ人間が多いのだ。酷い所では、その死体すら奪い合いになるレベルで。
最近ようやく少しずつ安定してきたところだったのだ。これ以上の生産率の低下は許容できない。
「……西側、サウサンプトン・シェルターとの連携、連絡を強化しておく。いざという時の加勢も含めてだ。……それでいいか? ロンドン方面の動きが活発ならば、西だけではなく北にも備えたい」
「あぁ、十分すぎるほどだ。無理を言ってすまない」
「いや、ポーツマスとしても食糧では西部には世話になっている」
市長は椅子に座り、静かに、だが深いため息を吐く。
「私もこのポーツマスに、いやイングランドに時間がないことは重々承知している。だが、ただ寿命を削るだけだったというような行動を容認するわけにはいかない」
「…………あぁ、分かっている」
結局のところ、どこもここも行動を起こすだけの力がない。人をまとめようにも器がない。そういうことだ。
現状を再認識できただけでも十分だ。俺を呼びだしたのも勧誘のためとかじゃなく、互いに状況を確認したかったからか。
「それじゃ、俺は行くよ。弾薬の補充を考えなきゃいけないし――あぁ、」
「?」
「いや、すまん。一応聞いておこうと思ってな」
踵を返して退室しようと思ったが、先日から聞いておきたかったことを思い出して足を止める。
「なんだね?」
「この間の、自警団の若い奴らが造船所の奪還に飛び出していったときのことだ」
若手を引き連れて行った自警団員は、典型的な声がデカい奴だった。
流通のことも考えず、俺たち行商人に対して持ち物を全部出さない卑怯者だと罵ったり、金庫の中身を接収しようとする奴だった。
鼻息荒い連中はついていく奴もいたようだが、実際そいつらに囲まれたこともあった。
外から来た商人、それに完全に内側で過ごす人間とまでトラブルを起こしていたと聞くアイツラは、このシェルターにとっても頭の痛い連中だっただろう。
「生き残りから聞いたよ、隙を見て夜に出て行ったって」
隙を見て、ということは……恐らく関係しそうな奴らは監視されていたんだろう。
それが適当な装備を手にして、監視の目をすり抜けてシェルターの外に出れる? いやいや、開けた奴がいたはずだ。
「扉を開けたの、アンタか?」
「……私はこのシェルター全体の管理官であって、扉の管理官ではない。残念ながら、その質問に答えられるほど把握していないな」
眼鏡を外して胸ポケットへとしまい込んだ市長は、どこか挑むような目で俺の目を真っ直ぐ見つめてくる。
「他に、何か聞くことはあるかね?」
「――いや、もう十分だ」
あぁ、やっぱり俺、この市長嫌いじゃないけど……苦手だ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「どうしたキョウスケ、その顔は……市長とやり合ったか?」
「ただの鞘当てだ。気にするな……自警団の被害はどうだ?」
市長室から出て、俺は自警団の装備の消耗具合を確認するために自警団の詰め所に来ていた。
「あぁ、偵察のために先行していた奴ら五名のうち二名死亡、一名行方不明、一名負傷――ジョージだな。集まっちまったクリーチャーの迎撃に出た奴らも怪我人多数。怪我の酷い奴らは隔離病棟で寝ている」
青い雲。その雨と雨の影響を受けたクリーチャーがどのようにして人体に害を及ぼすか、不明な点はまだ多い。そのため、クリーチャーと接触する外回りと内勤の人間は、いざという時のリスクマネージメントのために住む場所が分けられている。
戦闘による負傷などで、より深い接触をした者は尚更だ。
「一応抗生物質も持ってきているが……偵察隊の残る一名は無事だったのか」
「そりゃ無事さ。クリーチャーに襲われてパニック起こして銃乱射した挙句一目散に逃げ出したんだからな」
「…………」
それはまた……なんともひどいが……。
「新入りか?」
「あぁ、13歳だ」
「……無理もない」
「まぁな、だが被害は出ちまってる。死人、怪我人、そしてまぁ……アイツ自身もな」
「落ち込んでるか」
「落ち込まないような奴は仲間じゃねぇよ。隊長にも絞られているだろうが」
ひょっとしたら、自身も似たような経験があったのだろうか。
右目に眼帯を付けているその自警団は、残された左目でどこか遠くを見ながら囁くように、
「今頃、多分死にてぇ気分で一杯だろうさ」
「…………」
「笑えるだろう? でかいミスしちまったガキも、ガキに前線張らせている俺らも」
「俺も似たような道を辿っている。自分が転んだ所で同じように転んだ奴を笑えるハズもない。悔やんでいる奴もだ」
一人で状況を変えてみせると一人でシェルターを救出に行って、逆にシェルターを窮地に追いやってしまった最初の一年の頃を思いだす。あのときも、結局クリーチャーにビビって迂闊な真似を連発してしまった。しかも自分を助けてくれたのは、自分よりもはるかに年下の『兵士』だった。
今思い返しても情けないと思う。我ながら迂闊すぎる馬鹿をやったものだ。あのシェルターを壊滅させずに済んだのは運が良かった。
「……そうか。……あぁ、そうだな」
男は小さく、ありがとうと呟く。
俺自身なんとなく感じることだが、何かに『許されたい』と思うとき、口がペラペラと廻り出そうとする。
この眼帯の男――ひたすらに自分の名前を教えない変わった男だが、彼も何かに許されたいのだろうか。
「自警団の人員は少ないのか?」
「自分から命を張りたいって奴は少ない。配給権を優先してもらえるって言ってもだ」
男は、今では非常に貴重な酒――小さなスキットボトルを少し呷って唇を湿らせ、それを舌で舐めとる。
「それでも、馬鹿はこっちに来るけどな。食いたい奴、飲みたい奴、銃を持ちたい奴、外を見たい奴……それに、守りたい奴」
「アンタはどれなんだ?」
「見りゃ分かんだろ?」
男は、今しがた呷ったスキットボトルを振ってみせる。もはやほとんど残っていない中身が小さくぴちゃんぴちゃんと跳ねる音を響かせた。
「だからお前は好きだぜ。このポーツマスに一番酒を持ってきてくれる商人だ。なぁ?
俺の専門は防衛関連だっていつも言ってんだろうが、このアル中め。
「……いい年なんだからさっさと嫁さんもらっとけ。きっとアンタの不摂生も管理してくれるさ」
せめてもの皮肉にそう言うが、眼帯の男はニヤニヤ笑うだけだ。きっと女と酒を選べと言われたら迷わず酒を選ぶんだろう。この野郎、今のご時世で酒がどれだけ貴重なのか分かってんのかね。それを安く回している俺の努力も。
ちくしょう、俺も飲もう。ソールズベリーで仲間からもらった一本がある。
「あ、お前それ上物だな!? おい、一口でいいから寄越せ! 寄越してください!」
やらん。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「それで、お前はこれからどうするんだ?」
「ん?」
結局少し飲まれたちくしょう。いや、まぁ別にいいんだが。
一杯やって、ちょっとした口直しにスモークサーモン……赤くない養殖品だが――を二人でこっそり摘まんでいると、男の方から突然切りだされた。
「この後ってことか? 弾薬の再確認を終わらせたら、お湯買って体拭いて寝ようかと思ってたが」
「いやぁ、違う違う」
男は不機嫌にも見える顔を激しく横に振って否定する。
「お前さん、そろそろポーツマスを出ていくんだろう?」
「……あぁそっちの話か」
確かに、そろそろ出ようとは思っていた。
とりあえず取引できそうな所とは全部顔を合わせたし、交換用の食糧はほとんど放出した。
防衛関連の機材がここ数日のドンパチでほぼプラマイ0なのが唯一気がかりだが、資材を多く手に入れたのでまぁいいだろう。
「ドーバーに行こうと思っている。あそこにちょっと話したい人がいてね」
「話したい奴?」
「大陸から来た人さ。カヤックでね」
「そんな命知らずがいたのか……」
「追いつめられてだろうけどな」
大陸側がどうなっているか分からないけど、向こう側のクリーチャーの話だけでも情報は欲しい。できることならば、海を渡ったときの詳しい話も。
「その途中、遠くからロンドン周りの様子を見ておきたいしな」
「……
「あぁ、分かってる」
一応ジープにガソリンはフルで入れてあるし整備もしたばかりだ。防衛用のガンタレットも積んである。
(とはいえ、一人じゃさすがに限界なのがなぁ……)
最近ではクリーチャーが非常にやっかいだ。急激に強くなったというわけではないが……以前よりも早く気付かれたり、以前よりも多い数で群れることが増えている。
迎撃するには、タレットだけでは限度がどうしてもある。やはりマンパワーというのは重要なのだ。
「俺も護衛を雇うべきかとたまに思うんだが……」
一応、協力を約束してくれる人間はいるが、そいつは戦闘要員ではなく、今は違うシェルターにいる。
「まぁ、そんな奇特な奴はいねぇよなぁ……」
なにせ、シェルターに籠っている方が絶対に安全だし長生きできるのだ。
そのうえ、いつ死んでもおかしくない行商人。中には荒稼ぎをして食糧や弾薬を溜めこんでいる奴もいるが、俺はその対極。可能な限り流通が回るように意識しているから手持ちはいつも最低限。貯蓄……資材でなら一応あるが、それは前から考えている計画が上手くいったときのための物。迂闊に使える物じゃない。
つまり、いつ行方不明になってもおかしくない人間のために安全なシェルター飛び出して旅しませんか? ということである。控えめに言ってこれに乗る奴は頭がおかしい。
「――あぁ、オーウェルの娘が行商したいとか言ってたなぁ……お断りだけど」
「ジゼルが? アイツ何日か前にジョージをボコボコにしてたが……どうしてまた?」
「さぁ? シェルター生活が退屈で、外に憧れてるんじゃないか?」
可愛い娘だとは思ったけど、それをやるとポーツマスの住人と遺恨が残りそうなんでパス。そもそも、欲しいのは同業者でも従業員でもなく、戦闘に長けた人物だ。
そうなると自警団か、あるいは他の行商人の護衛の誰かを貸してもらうか。
「……いないものかね。危険な状況で、生活は安定しないけどついてきてくれるっていう奇特な人間」
「無い物ねだりもいい所だな。そんな奴がいりゃあ、そもそも自警団が声かける」
「だよなぁ」
やっぱり当分の間はタレットで対処するしかないか。当初の予定通り、タレットの性能を上げる所から始めよう。
「あぁ、そういやぁ少し前に面白い奴がいたぞ」
「どういう意味での面白い? クリーチャーすら爆笑必至のジョークを持ってる? それとも連中の目を引き付けるとびっきりのマジシャン?」
「安心しろ、お求めの人材の可能性はある」
「何パーセント?」
「40だ」
「……またなんとも言えない数字だな。で、なんだ?」
空になってしまった瓶を懐にしまってそう尋ねると、眼帯の男はニヤリと笑う。
「お前さんが来る数日前かな。ウチに商人じゃない外からの客人が来た」
「……商人じゃない?」
「そうだ、しかもとびっきりの美人だ」
「……女かぁ……」
外から来たという時点で思いつくのは、何らかの罪を犯してシェルターを追いだされた人間だ。
大抵は近くのシェルターを目指して動くが、大体は途中でクリーチャーに食われるか、運が悪ければ青い雲の雨に当たってどこかで倒れて、そしてそのまま変異する。
「あぁ、普通なら追い出されたと思うだろう? だが、ソイツは身なりはしっかりしていて、しかも装備も持っている。ハンドガン、クロスボウ、それにライフル。弾薬も持って、アーマーまで身につけている女はこう言うんだ。――私を雇わないかってな」
「…………」
正直な話、普通ならこう思う。要するに娼婦なのだと。
だが、装備を整えているとなると話は変わる。
つまりは、この世界に来てからの三年でそんな人間を見たことないが――
「私は傭兵だ。その女は、そう言ったのさ」
旅する個人戦力。MMOであるならば十分にあり得る。だが、この世界ではまずそんな選択をする人間はいない。
「その女、まだポーツマス……に、いるわけないか。いるなら耳にしているハズだ」
「あぁ、何人かが声を――その、戦力としてよりは女としてだが、声をかけたんだ。だが、結局条件が合わないと断られたそうでな」
「それじゃあ腕は分からずじまいか」
「まぁな。だから本当に強いかどうかは分からねぇ」
どこかを追いだされた後で武器を拾って、戦力になると語りながらその容姿も利用して食糧や水を各地から頂いていくのが目的か?
いや、それなら女として生きた方が絶対に楽だ。容姿が優れているなら尚更。
……少し、興味が湧いた。
「ソイツ、どこに行くかって言ってた?」
「いんや、誰も知らない。滞在の礼と言って弾薬と資材を置いて、代わりに水をいただいて出ていった。ウチの市長が惜しがってたよ」
「……水だけか?」
「あぁ、そう聞いている」
水を優先するのは正しい。だが少し引っかかった。
ひょっとしたら、近くで食糧を補充できそうな場所があるのではないか。つまりは、シェルターを。
「どうだ、面白い話だったか?」
「あぁ、普段からそれくらい良い話をしてくれりゃ酒を多めに回してもいいんだが」
「良い話ってのは、たまに出るから良い話なんだよ。普段からポンポンそんな話を持ってくる奴信じられるか?」
「……確かに、違いない」
空瓶をバックパックにしまって立ち上がる。真っ直ぐ東に行くつもりだったが、たまには寄り道もいいだろう。
とりあえずは装備を整えよう。
話のお礼に、眼帯男の肩をバンバンと叩き、寝酒用に取っておいた酒の小瓶を押しつける。
明日は早くなりそうだ。やる事をやったら、ベッドに入ろう。