転生河童の日常譚   作:水羊羹

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第一章 河童と日常その一
第一話 妖怪の山での一幕


 妖怪の山には、様々な妖怪が住んでいる。

 その中でも、数が多い種族は二つ。

 一つ目は役職毎に分かれている、天狗。

 ヒエラルキーの頂点に立っており、主に妖怪の山を支配しているのは彼等だ。

 そして、もう一方。

 玄武の沢付近を拠点に暮らしている──

 

 

 ♦♦♦

 

 

 一陣の風が駆け抜ける。

 鋭い風切り音を響かせながら、風はある方向へと吹いていた。

 いや、風と見間違うばかりの速さで、一人の少女が飛んでいたのだ。

 艶のある黒の羽を使い、天狗の少女は優雅な飛行を披露している。

 

「そろそろね」

 

 眼下を眺めていた少女は、山の中の開けた場所で目を止めた。

 川の近くにある、ぽつんと寂しく建てられた家。

 木造建築になっており、しかしその頑丈さは遠目からも窺える。

 ここに家主が住み始めてから、数百年。

 一度もガタが来ておらず、改めて呆れるほどにしっかりしている。

 苦笑いを零した後、少女は弾丸の如きスピードで家の前に突っ込む。

 このまま地面に激突するかに思われたが、見事な羽ばたきを見せて慣性をなくした。

 風を自在に操る彼女にかかれば、飛行の影響を潰すなどお手の物だ。

 軽く身だしなみを整えた後、ドアの隣にあるボタンを押す。

 家主曰く、これは“インターフォン”という物らしい。

 新聞を作っている記者の自分としても、家主の出所不明の知識は、大いに好奇心が刺激される。

 また取材でもしてみようか、と少女が考えていると。

 

「ふぁぁ……おはよー」

 

 開かれた扉から、あくびをしながら一人の少女が現れた。

 普段のツリ目はなりを潜め、眠たげに下がっている。

 青の長髪も乱れており、先ほどまで就寝していた事が容易にわかる。

 

「おはよう。相変わらず、夜遅くまで起きてたのね」

「まぁ、集中していたら楽しくなっちゃって」

「はぁ……いい加減、少しは女の子らしくしてみたらどうなの?」

「別に、文しか見てないからいいじゃん」

「まあ、それもそうね」

 

 天狗──文の苦言の返答から、彼女は直すつもりがないようだ。

 いつものやり取りなので、文本人も仕方ないかとあっさりと流す。

 わざわざ少女の世話をするつもりがない、という理由もあったが。

 友人として長い付き合いではあるが、それ以上の関係ではないのだ。

 

「それで、こんな朝早くからどしたん?」

 

 伸びた(・・・)左手で自家栽培していたきゅうりを手に取り、ポリポリかじりながら尋ねた少女。

 見慣れた光景でも、彼女の腕は不思議だ。

 本人が言うには、これは義手という物らしいが。

 妖怪ならば失った部位も再生できるのに、こうして変な道具を取り付けている。

 彼女を含めて、考えが理解できない種族だ。

 少女との価値観は、恐らく一生合わないだろう。

 まあ、そもそも価値観を合わせようと思う気すらしないが。

 そんな事を考えつつ、文は呆れた表情を浮かべる。

 

「なにって、貴女にカメラを預けたでしょ?」

「ああ、そうだったそうだった。定期的に点検してるんだったね。いやー、新たな機能をつけようとして本来の目的を忘れてたよ」

「……ちなみに、どんな機能?」

「シャッターを切ると、レンズからビームが出てくる!」

「却下!」

「ちぇー」

 

 口を尖らせていたが、少女なりの冗談だったのだろう。

 名残惜しい表情もなく、懐からあっさりとカメラを手渡してきたのだから。

 カメラを受け取った文は、一頻り弄ってみたが。

 少女に渡す前と変わりなかった。

 

「問題なさそうね」

「そりゃ、文の大事な物だからね。早々変な事はしないって」

「前に、自爆機能をつけようとしていたじゃない」

「自爆はロマンだから、仕方ない」

 

 ロマンだかなんだか知らないが、私の大切な道具に馬鹿な機能を追加するな。

 そう告げて少女をぶっ飛ばしたのは、文の記憶にも新しい。

 彼女は役に立つ道具をくれたりするのだが、こうしてふざけたりするのが玉に瑕だ。

 馬鹿と天才は紙一重と言うべきなのだろう。

 その閃きに賞賛する一方、やるなら勝手に一人で自爆していろと思うのだった。

 ため息一つで気持ちを入れ替え、文は宙に浮き始める。

 

「じゃあ、私はもう行くから」

「あいあい。気が向いたら、また遊びにきなよー」

「……ええ、そうね。気が向いたらね」

 

 呑気に手を振る少女に見送られながら、風を纏って天高く飛翔した。

 普通の人では一生お目にかかれない、幻想風景を視界に入れつつ。

 風神少女は、微かに眉根を寄せる。

 少女の事は嫌いではない……いや、どちらかと言えば好ましいとすら思っている。

 文が妖怪として誕生したばかりの時からの付き合いだし、腐れ縁とも呼ぶべきほど縁の糸は固く結ばれているだろう。

 しかし──苦手だ。

 幻想郷の妖怪の賢者と、同じような印象を受けるからだろうか。

 何故、少女に対して苦手意識があるのか自分でも理解できないが、文にとって彼女は色々な意味で近づきづらい存在であった。

 

「まあ、新聞の購読者なのはありがたいけど」

 

 それはそれ、これはこれである。

 ともかく、文にとって少女の存在が複雑なのは間違いない。

 だからといって、縁を切るほどの苦手意識はないが。

 

「これ以上考えても、仕方ないか」

 

 せっかくカメラが戻ってきたのだから、面白そうなネタを探したい。

 最近はパッとしないので、ここらで一つ特ダネでも見つけてみたいのだ。

 まずは、人里で情報でも集めようか。

 頬に笑みを形作った文は、風と化して妖怪の山を飛び立つのだった。

 

 

 ▼●▼●▼●▼●▼●▼●▼●▼●

 

 

 風のように飛んでいった文を見送った私は、自分の状況にしみじみとした思いを抱いた。

 私こと“滝涼 みずは”は転生者である。

 気がつけば河童になっていて、驚いてひっくり返った時が懐かしい。

 しかも、性別も男から女へと、性転換まで果たしてしまった。

 まあ、転生した以上、性別が変わったぐらい些事であろう。

 なにより、一番驚いた事は、ここが東方Projectの世界だったという部分だ。

 前世では弾幕シューティングとして人気だった、この作品。

 先ほどの文も、立派な原作キャラである。

 いやー、まさか文と幼馴染みのような関係になるとは。

 人生、なにが起こるかわからないものだ……あ、今の私は妖怪だったか。

 

「さて、今日はなにをしようか」

 

 自分が知っている作品に転生した場合、いくつか取られる選択肢がある。

 すなわち、原作に介入するか否かだ。

 この世界でいう原作とは、幻想郷で起きる異変だろう。

 吸血鬼が現れたり、亡霊が春を集めたり、月が偽物になったり。

 個人的にも面白そうな内容なのだが、残念ながら今は原作前である。

 まあ、仮に原作が始まっていたとしても、私が原作介入するかはわからないが。

 その時の気分次第だ。

 

「そもそも、河童の自分じゃあ大妖怪に勝てっこないし」

 

 どいつもこいつも、能力がチート過ぎるんだよね。

 さっきまでいた文だって、【風を操る程度の能力】って厨二歓喜物の能力を持っているし。

 私も、あんなカッコイイ能力が欲しかった。

 これが種族格差か……河童は辛い。

 いや、よく考えてみれば、同じ河童のにとりも強い能力を持っていたよ。

 結局、私が特別才能がなかったってだけである。

 

「まあ、ないものねだりしてもしょうがないよね」

 

 朝日を身に浴びた私は、顎に手を添えて今日の予定を考える。

 やるべき事はちょうど昨日に終わったし、特に今からしたい事もない。

 ああ、そうだ。

 そういえば、にとりがなにやら行き詰まっているんだっけ。

 アイデアの出し合いを望んでいたし、せっかくだからにとりの家にでも行くか。

 

「そうと決まれば、早速行こう」

 

 予定が決まったので、私は家に戻って洗面所の蛇口を回す。

 川から水道管を引っ張っている事により、現代日本と相違ない使い心地だ。

 この家を建てる時、こうして前世の記憶を駆使して住みやすくしている。

 もちろん、大っぴらにしないで、ほどほどだ。

 あんまり目立つと、賢者さんじゅうななさいにピチュンされてしまうからね。

 根は小心者なのです。

 身支度を整え、朝食のきゅうりを五本ほど平らげた後。

 お土産のきゅうりのぬか漬けを持って、私は家を出る。

 にとりの家がある方向へと飛んでいき、途中の滝の近くでにとりを見つけた。

 側には白狼天狗である椛がおり、どうやら二人で将棋をしているらしい。

 二人の間に降り立つと、直ぐに向こうも私に気がつく。

 

「あ、みずは。おはよう」

「おはよー、朝から将棋とは元気だねぇ」

「あはは。気分転換でもしようかと思ってね」

「おはようございます、みずはさん」

 

 頭を掻いて苦笑いするにとりに、律儀に頭を下げた椛。

 二人も、東方の原作キャラだ。

 出会いは偶然であったが、こうして仲良くさせて貰っている。

 手を挙げて椛に応えた私は、手に持つぬか漬けをにとりに渡す。

 

「はい、いつもの」

「おぉー! みずはのぬか漬けはほんっとうに美味しいんだよね! ありがとう!」

「いやいや、にとりには色々と助けてもらったからね。これぐらい訳ないよ。あ、そうそう。椛の分もあるよ」

「え、いいんですか?」

「多めに持ってきたからね」

「あ、ありがとうございます……」

 

 恐縮そうに受け取るのとは裏腹に、飛び出した椛の尻尾が嬉しそうに揺れていた。

 原作ではどうだったか忘れたが、この世界の白狼天狗は耳と尻尾の出し入れができるのだ。

 素晴らしい。

 犬耳パラダイスだ。

 前に触らせてもらった時は、なんというか凄く幸せだった。

 自然と視線が吸い寄せられていき、椛達も尻尾の存在に気がつく。

 慌てた様子で尻尾を仕舞い込まれてしまい、思わず残念な表情を浮かべる。

 

「みずはは好きだねぇ」

「だって、気持ちいいんだもん」

「ダ、ダメです。みずはさんが触ってはいけません!」

「だってさ」

「むぅ……」

 

 肘で突っついてくるにとりに、私は唸り声しか返せなかった。

 やはり、あの時の触り方に問題があったのか。

 全神経を集中させて、椛が気持ちいいと思うポイントを触ったのだが。

 我ながら、良い手応えがあった。

 実際、あれから数日は椛の顔の血色もよく、仕事もバリバリにこなしていたし。

 しかし、前世の動物に好かれるあの人みたいにはいかなかった。

 心持ち気落ちしながら、私はここに来た本題に入る。

 

「それで、にとりはなにに行き詰まっているんだい?」

「えっと、これなんだけど」

 

 そう告げて取り出したのは、スイッチ付きの装置だった。

 にとりがポチッと押した瞬間、椛との間にあった将棋盤が飛び上がった。

 

「へっ?」

 

 素っ頓狂な声を上げて、呆然と空を見上げる椛。

 釣られて天を仰げば、将棋盤はある程度の高度で動きを止めていた。

 どうやら、なんならかの力を使って、将棋盤が空中に留まるようにしたらしい。

 視線を戻すと、ドヤ顔で胸を張ったにとりとかち合う。

 

「どうだい? 名付けて、天空将棋! 青空に囲まれながら、優雅に駒を指す。そして、片手にはきゅうりを持って将棋を楽しむ。これは、絶対に流行るね」

「いや、絶対に流行らないと思います」

「むむ。言うじゃないか」

 

 口をへの字にしたにとりは、もう一度ボタンを押す。

 すると、将棋盤は勢いよく下がっていき、地面にめり込んだ。

 当然、乗っていた駒はバラバラに吹っ飛んでいた。

 

「あぁ、せっかく勝ちそうだったのに……」

 

 がっくりと項垂れる椛を尻目に、にとりは足のつま先を回しながら腕を組む。

 

「というわけなんだけど、どうにもインパクトに欠けるんだよね。そこで、みずはにアイデアを聞きたいってわけさ」

「なるほど。経緯はよくわかった」

 

 頷きを返した私は、虚空を眺めて思案していく。

 将棋盤が飛ぶ以外に、なにかしら一捻り加えたいという事だろう。

 気持ちはわかる。

 私も、物足りないと思っていたし。

 しかし、これと言って直ぐに思いつくアイデアは──

 

「どうだい?」

「んー……あ、閃いた」

「お、流石はみずはだねぇ。その閃きは羨ましいよ」

「私からすれば、にとりの能力の方が羨ましいけどねぇ」

 

 まあ、隣の芝生は青いってやつだ。

 人は持っていない物に対して、羨望の思いを抱く傾向にある。

 俗に言う、俺もあれが欲しい、って感じだろう。

 妖怪になっても、人間の感情とは切っても切れない。

 改めて、不思議なものだ。

 思考を持ち、文明を築いた生物の宿命だろう。

 差別や欲を抱くのは。

 と、思考を戻そう。

 

「それで、アイデアだったね。例えばだけど、勝負が終わったら、将棋盤が爆発するとか」

「おー、なるほど。それは面白そうだ!」

「あの、みずはさん。あんまり、変な事を吹き込むのは……」

 

 伺うように尋ねてくる椛だが、大丈夫。

 しっかりと、他にも案を思いついているから。

 そんな思いを込めて見つめると、何故か引き攣った笑みが返ってきた。

 

「他には他には!」

「将棋を指すと、一定確率で爆発する」

「おお!」

「巨大な将棋盤で私達自身が駒になる」

「それ、凄く楽しそう!」

「後は、駒を奪うときゅうりが手に入る」

「いいねいいね!」

 

 そんな感じで、にとりと話し合う私達。

 対して、椛は疲れた様子でため息を漏らし、遠い目で天を見つめる。

 

「全部、私が実験台にされるんだろうなぁ……」

 

 心配しないでくれ。

 安全面には、ちゃんと気を遣うから。

 そう考えながらも、私はこの瞬間を噛み締めていた。

 小鳥がさえずる、気持ちの良い朝の一時。

 笑顔で改善案を話す河童二人と、現実逃避するように空を眺める白狼天狗。

 いつも通りの日々であり、私が好きな日常だ。

 転生等びっくりする出来事に見舞われたが、こうして楽しい日を過ごしている。

 これからも、のんびりと妖生を謳歌したいものだ。

 薄らと微笑んだ私は、この平穏な毎日に感謝するのだった。

 

 

 

 

 


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