転生河童の日常譚   作:水羊羹

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少し書き方を変えました。


第十話 メイドの忠誠

 一眠りする事で徹夜の疲れを癒した私は、現在ある場所へと向かっていた。

 手元にはバスガイドよろしく旗を持ち、廊下でサボっていた妖精達を連れている。

 わいわいしながら進んでいくと、紅魔館の入口にたどり着く。

 そこには案の定、門番として美鈴がいたのである。

 

「はーい。ここが紅魔館前でーす」

「でーす」

「いえーい」

「ちゅうごくー」

「……あの、なにしているんです?」

 

 全員で腕を振り上げていると、微妙な表情の美鈴が声を掛けてきた。

 居眠りしているかと思っていたが、意外と真面目に職務を全うしていたらしい。

 私なら退屈すぎて、立ったまま寝ているはずだ。

 そういう意味で考えれば、彼女は非常に優秀である事が窺えるだろう。

 まあ、サボっていると、咲夜に怒られるからかもしれないが。

 美鈴の生真面目さに感心しながら、私は首を傾げて答える。

 

「なにって、案内ごっこ?」

「ごっこー」

「いえーい」

「ちゅうごくー」

「はぁ、そうなんですか。それと、私は中国じゃありません!」

 

 気のない返事をしていた美鈴は、メイド服姿の妖精に反論していた。

 とはいえ、怒っているというより、どちらかと言えば叱るような口調だ。

 元来の人の良さでも出ているのか、彼女の言葉には怒気が感じられない。

 妖精も敏感に察しているようで、呼び名を改める気はない様子である。

 むしろ、楽しげに飛び回って、美鈴の服を引っ張ったりしていた。

 

「あそぼー」

「かねだせー」

「ちゅうごくー」

「あ、ちょ、やめてください。私はお仕事をしているんですから」

 

 あたふたとした様子で、妖精達を宥めようとしている美鈴。

 しかし、元々妖精という種族は悪戯好きだ。

 ここに来るまでに廊下に落書きしていた事からも、間違いない。

 ……霊夢達が暴れたせいで、今の紅魔館は散らかっている状態なのだが、それを助長するような悪戯をしているのを見ていると、咲夜に深く同情してしまう。

 だから、彼女は妖精達を私に引き連れるように言ったのだろうが。

 悲しい事にメイド妖精は、あまり役に立たない存在なのである。

 こんなに可愛らしいのに……いや、ドジっ子メイドと考えれば、むしろ妖精達は需要があるのではないだろうか。

 一生懸命雑用をしている小さな女の子。彼女を見ていると手伝いたくなり、そのまま二人の間で育まれる絆……これは、売れそうだ。

 少しずつ広げた私のコネを駆使すれば、新たな事業の改革ができるに違いない。

 さしずめ、妖精プロデュースといった感じだろうか。

 

「ふっふっふ。楽しくなってきたね!」

「笑ってないで助けてくださいよー!」

「おおっと、ごめんごめん」

 

 捕らぬ狸の皮算用をしていた私の耳に、美鈴の悲鳴が入ってきた。

 心なしか涙声で余裕がなさそうだ。

 頭を掻いて謝った私は、パンパンと手を叩いて全員の注目を集める。

 妖精達がこちらを向いたのを確認して、懐から一つの袋を取り出す。

 

「はーい、ちゅーもーく!」

「なになにー?」

「たべものかー?」

「イエス、その通り!」

『おおー!』

 

 声を揃えて目を輝かせる妖精達。

 彼女達は一様に私を凝視しており、今にも飛びつきそうな勢いを感じる。いや、既にジリジリとにじり寄っていて、静かな威圧感を漂わせ始めていた。

 妖精とは思えないその雰囲気に、助かった美鈴は綺麗な瞳をぱちくり。

 表情には疑問の色がありありと浮かんでおり、困惑気味な様子で私を見つめている。

 

「あ、あのぉ?」

「まあ、待ってて。……おっほん。では、妖精諸君! 無事に私をここに案内してくれた君達には、お礼に私お手製の飴を贈呈しようではないか!」

「あめー!」

「たべるー!」

「よこせー!」

「では、君に託そう。皆で分け合って食べるんだよ?」

 

 勢いよく群がってくる妖精達の一人に、私は笑顔で袋を渡した。

 彼女は満面の笑みで受け取り、輪を抜けて空に飛び立つ。

 その背中は自信に満ち溢れていて、身体全体からはキラキラとした粒子が舞う。

 よく見ると粒子の一つ一つが氷のようで、それらが光に反射して幻想的な景色に彩っているらしい。

 

「……あれ?」

 

 ふと、空にいる妖精がメイド服を着ていない事に気がつく。

 同じ妖精には違いないのだが、なんだか他の妖精より存在感があるというか、天真爛漫な姿が記憶にあるというか。

 思わず小首を傾げていると、彼女は途中で回転して私達を見下ろす。

 両腰に手を当ててふんぞり返り、見ているこちらが楽しくなるような可憐な笑みで口を開く。

 

「アメはさいきょーのあたいがもらったわ!」

「ああ、ずるい!」

「わたしも食べたいのー!」

「ふふん。あたいのものはあたいのものよ! だから、これもあたいのものだから!」

 

 そう告げると、妖精はどこかへ飛んでいった。

 当然、メイド妖精達は逃すはずがなく、慌てた様子で彼女を追いかけていく。

 自然と場には私と美鈴だけが残り、顔を見合わせる。

 

「行っちゃいましたけど……」

 

 どうしますか、といった面立ちの彼女を尻目に、私は全身から冷や汗を垂らしていた。

 衝動的に紅魔館へと振り向き、瀟洒なメイドがいない事実に安堵のため息。

 落ち着いた事で、内心の思いがポツリと零れる。

 

「……咲夜に、怒られるかな?」

 

 無断で彼女達を野に放ってしまったから、このまま帰ってくる保証がない。

 そもそも、妖精は気まぐれな性質な事もあり、かなりまずい事態なのではないだろうか。

 最初の想定では、妖精達を餌付けて仲良くなるつもりだったのだが、これでは妖精どころか、咲夜からの印象も悪くなりそうだ。

 というか、さっきの妖精……恐らく、チルノだろう。

 妖精としては破格の力を持つ、さいきょーの氷結娘。

 あまりにも自然に馴染んでいたので、今の今まで存在に全く気がつかなかった。

 思った以上に抜けている自分に、苦笑いしか出てこない。

 まさか、あんな強烈な子を見逃すとは。

 それほど美鈴に目を奪われていたのか、あるいは他の原因か。実際はわからないが、とりあえず目先の問題を解決すべきだろう。

 刹那でそう結論づけた私は、リュックから一つの機械を取り出す。

 これは妖怪探知機で、設定を弄れば他の種族も探す事ができるのだ。

 

「それは?」

「ただのレーダーだよ。とりあえず、これで妖精達を探す。じゃあ、私は急いで連れ戻してくるから!」

「あ、それだったら私も手伝いますよ」

「え、いいの?」

「はい。これでも、私は人を探すのが得意ですから」

 

 思わず問い返した私に、頷いた美鈴は朗らかな笑みを向けた。拳を手のひらに叩きつけた後、むんっと力こぶを作ってやる気を見せつけている。

 そんな頼りがいのある姿を見た私は、笑顔で近寄って彼女の両手を握る。

 

「ありがとう! いやー、本当に助かるよ!」

「あはは。お嬢様の客人ですからね。私にできる事があるなら、手伝いますよ」

「うぅ……紅魔館の人って、良い人が多くて嬉しいよ」

 

 感無量な気持ちで目頭を押さえながら、美鈴は紅魔館最後の良心、といった言葉が脳裏を過ぎった。

 いや、咲夜やパチュリーも優しいし、レミリアも面白いから違うか。

 ともかく、心強い味方を得た私は、メイド妖精達を探すため奔走するのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「ふぃー、なんとかなったぁ」

 

 最後のメイド妖精が紅魔館に入ったのを目撃した私は、額の汗を拭って息を漏らした。

 傍にいる美鈴も同じようで、どことなく安堵した様子だ。

 あれから、美鈴の能力を行使した気の探知と、私のレーダーを使って探した結果、短時間で妖精達を回収する事ができたのである。

 数々の悪戯に翻弄されながらも、どうにか一息つけて良かった良かった。

 私達も紅魔館の前に降りると、美鈴がほっぺたを動かしながら口を開く。

 

「それにしても、美味しいですね。みずはさんの作った飴」

「当然さ! なんたって、あれは完成品だからね」

 

 私が開発した緑色の飴は、きゅうりの成分を濃縮しており、あの飴玉一つできゅうり五つ分と同じ感覚を味わえる。

 また、味も追求しているので、非常に美味に感じるようになっている。

 つまり、ちょー美味いきゅうり味の飴なのだ。

 妖精達にも好評で、次も持ってくるように要求されたほどである。

 きゅうりを気に入ってくれた人が増えて、私としても大満足だ。

 ゆくゆくは、きゅうりそのものの愛好家になるように……

 

「夢が広がるよね!」

「夢?」

「いや、こっちの話」

 

 首を傾げた美鈴に手を振りつつ、さぁて本題に入ろうかと考えた時、不意に私の肩が誰かに叩かれた。

 急速に嫌な予感が膨れ上がり、同時に目の前にいる美鈴が目を見開く。

 彼女は目を逸らそうとしていたが、直ぐに直立不動の形となって固まる。

 

「少々、よろしいでしょうか?」

「……よろしくないです」

 

 そう答えると、肩に置かれた手の力が増した。

 また、美鈴の顔色が同情一色に染まり、さり気なくすり足で後ろに移動している。

 物音どころか気配一つ感じさせない、忍者の如き静かな動き。

 流石は武道を磨いている妖怪だろう。こんな所で知りたくない凄さだったが。

 しかし、背後にいる誰かの気配が黒くなれば、途端に元の位置に戻っていた。

 調教されているというか、見捨てきれない人の良さが滲んでいるというか。

 ともかく、後ろの人物は美鈴も逃がすつもりがないらしい。

 

「手間は取らせません」

「嫌です」

「こちらを向いてください」

「いーやーだー!」

 

 勢いよく首を横に振っていると、突然眼前に怜悧な美貌が出現。

 思わずひっくり返りそうになる私に、心なしか冷たい目の彼女──咲夜が告げる。

 

「屋敷にいる妖精メイドのほとんどが、汚れているのですが」

「知らなーい。しーらない!」

 

 目を逸らして口笛を吹くも、無言の圧力を感じて冷や汗が垂れてしまう。

 視界の端にいる美鈴は諦めているのか、愛想笑いのまま静観していた。

 そんな私達の様子を見て、咲夜は手を動かす。

 数瞬鋭く光るナイフが覗き、直後にはマジックのように消え失せる。

 同時に、私の背後ですとんと音が鳴り、髪の毛が数本舞った。

 

「みずは様はお嬢様のお客人ですので、私の方からとやかく述べるつもりはありません」

「は、はい」

「ですが、私にも感情という物がある事を、お忘れなきように」

「妖精達を外に逃がしてしまい大変申し訳ありませんでした!」

 

 直角に腰を曲げた私は、咲夜へと深く深く頭を下げた。

 もっと、彼女達の行動を予想しておくべきだった。

 少し考えれば、外に出ていく事がわかったはずだろう。

 メイド妖精が野に放たれた責任は私にある……だから、次に告げる言葉も決まっていた。

 

「美鈴は怒らないであげて。彼女は私のお手伝いをしてくれただけだから。むしろ、美鈴のおかげで妖精が早く見つかったから、褒めるべきだよ」

「そんな、違いますよ咲夜さん。私も妖精を見逃してしまったから、同罪です! だから、みずはさんを叱るなら一緒にお願いします!」

「美鈴……」

 

 慌てた様子で近づき、そう咲夜に訴えかけた美鈴。

 瞳からは今の言葉を本気で思っていると窺え、力強く彼女を射抜いていた。

 燃えるような紅髪を風に揺らし、しかし身体は凛と伸びたまま。

 何百年も経た巨木の如き佇まいだったが、それが今崩れていく。

 私を庇うため、謝罪という意を示すため。

 まだ話して数時間にも満たないのに、一人の妖怪のために頭を下げられる性格。

 我が強くて自己中なのが多い妖怪とは思えないほど、美鈴の在り方は眩しく輝いていた。

 知らず知らず感動で目を潤ませていると、咲夜はゆっくりと目を伏せる。

 私達に見えない角度まで俯き、彼女の表情に妖しい影が差す。

 

「さ、咲夜さん……?」

 

 ゴクリ、と美鈴の生唾を飲み込む音が、いやに大きく響いた。

 太陽はもうすぐで上まで昇りきり、瀟洒なメイドに向けて光を降り注ぐ。

 陽光で輝くシルバーブロンドと、暗闇から伸びるような影のコントラストは、目が離せなくなるほどの妖艶さがあった。

 自然と緊張していると、やがて咲夜は影を取り払って顔に光を浴びる。

 その鋭くも見惚れるような美貌は、淑やかな笑みを浮かべていた。

 

「へっ?」

 

 予想だにしない表情に、私は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 一体、どういう事だろうか。

 先ほどまでの雰囲気と、ナイフを投げられた点を考慮すれば、咲夜に怒られると思っていたのだが。

 しかし、今の彼女は怒りどころか、むしろ愉快とすら感じる笑顔だ。

 端的に表すと、してやったりといった風に。

 美鈴も同様な気持ちなのか、あれだけ固く引き締まっていた視線が緩まり、可愛らしく何度も瞬きしている。

 私達の疑問の眼差しを充分に浴びる中、咲夜は口元に指を添えて上品な微笑を一つ。

 鈴の音が鳴るような笑い声を落とした後、指を立てて子供に言い聞かせる母親の口調で告げる。

 

「みずは様。先ほどの私の言葉を、よく思い出してください」

「えーっと、咲夜にも感情があるって……あっ!」

「ふふっ。お気づきになられましたか」

 

 そう──今まで一度も、咲夜は怒ったなどと口にはしていない。

 ただ、妖精が汚れていた理由を問い、自分にも感情があると言っただけ。

 後ろめたい気持ちがある私達が、それを勝手に怒りの感情だと決めつけたのだ。

 つまり、咲夜は私達をからかった、という事なのだろう。

 

「かーっ! やられたー!」

 

 騙されてムカつく、なんて感情は微塵もない。

 これは咲夜の手腕を賞賛すべきであり、むしろ彼女の有能さを知られて満足すらしている。

 私達の思考を誘導する言葉選びに、それを補強させる演技力。

 瀟洒なメイドは、家事以外にも秀でていた。

 ……レミリアを翻弄しているのは、天然ではないと考えるべきか。

 この強かさを、素では中々出せないだろう。

 

「えぇと?」

「じゃあ、私の髪の毛が舞った理由は?」

「みずは様のお世話をしていた時に、抜けて落ちた髪を使用いたしました」

「なるほどねー。後は、時間を止めてそれっぽく見せればいいって事かな」

「ご明察でございます」

 

 慇懃に頭を下げる咲夜をよそに、私は振り向いて壁を確認してみる。

 そこには、壁の前に置かれた木の板と、そこに刺さっていたナイフがあった。

 改めて見ると、納得だ。壁に刺さったにしては軽い音だと思っていたが、このようなカラクリになっていたらしい。

 場所の関係から美鈴の死角にもなっており、咲夜の瞬間判断能力がずば抜けている事が窺える。

 

「その、咲夜さんは怒ってないのですか?」

「そうよ。そう言っているじゃない」

「……良かったぁ。私、また咲夜さんに叱られるかと思っていましたよ」

 

 安堵した様子で胸をなで下ろす美鈴を見て、咲夜は微かに眉尻を上げた。

 おとがいに手を添えて思案する素振りを見せた後、唐突にその場から消え去る。

 同時に、美鈴の背に現れ、肩に手を乗せて口を開く。

 

「美鈴。あなた、厨房のデザートをつまみ食いしたでしょう」

「な、なぜそれを……あっ」

「あなたがビクビクする時は、大抵デザート関係だからに決まっているからよ」

 

 美鈴って、大食いキャラだったんだ。

 さっきまでの凛々しい姿とのギャップに、正直微妙な気持ちにならざるを得ない。

 咲夜に告げられるたびに小さくなっている彼女は、控えめに言っても子供みたいだ。

 ……可愛い、のだろうか?

 美人系の顔立ちの少女が、涙目でメイドに許しを乞うている様子。

 普通にありだ。むしろ、ギャップ萌えと考えれば、素晴らしいとすら思えそうだ。

 

「ごめんなさい! 許してください!」

「ダメよ。後でお仕置きね」

「そんなー!?」

「さ。あなたは早く仕事に戻りなさい」

「……はい、わかりました」

 

 悲鳴を上げていた美鈴だったが、咲夜にばっさりと切り捨てられると、とぼとぼとした足取りで門の前に向かっていた。

 自業自得だとはいえ、少し同情してしまう。

 哀愁漂う背中を見送っていると、私の側に出現した咲夜が紅魔館へと手を伸ばす。

 

「まもなく昼食の用意ができますので、食堂にいらしてください」

「あいあい。美鈴は?」

「彼女には反省していただかなければいけませんので」

「そ、そう」

 

 深くは触れないでおこう。

 なにやら美鈴は常習犯のようだし、藪をつついて蛇を出す事もあるまい。

 目が笑っていない咲夜の笑顔を見た私は、そう結論づけて足早に紅魔館に向かう。

 途中、子犬のような眼差しを美鈴が送ってきていたが、私に彼女を助けられる理論武装はなかった。

 庇ってもらった恩を仇で返す事をして、申し訳ない気持ちである。

 内心で美鈴に謝っていたが、不意に察知した殺気に臨戦態勢。

 どこから攻撃されても良いよう、重心を落として我流の構えを取る。

 

「──申し訳ありません。言い忘れておりました」

 

 音もなく私の背後に現れた、冷血な狩人。

 表情を見なくとも容易に理解できるほど、背後の人物からは剣呑な雰囲気が漂っていた。

 今いる玄関ホールには、私達の二人しかいない。

 よって、ここでなにかが起きても、目撃者がいないというわけだ。

 

「穏やかじゃないねぇ。それで、私に言いたい事って?」

「今一度、忠告しておきます。くれぐれも、お嬢様を失望させないでください」

「レミリアを?」

 

 問い返すと、鋭利な殺気が更に研がれていく。

 万物を切り裂く如き鋭い威圧に、私は口角を上げながら振り返る。

 紅い満月と、目が合った。

 いや──そんな錯覚を抱くほどの、無機質で幻想的な瞳だったのだ。

 この一瞬では到底測れないであろう、深い忠誠が込められた視線。

 今の彼女の艶やかに光る瞳には、レミリア以外なにも映っていない。

 レミリアから殺せと命じられれば、誰であろうと任務を遂行するだろう。

 例え、美鈴やパチュリーといった紅魔館の住人でも。

 

「貴女様に限って、ないとは思いますが。お嬢様のお手を煩わせる事はなきように」

「……わかった。肝に銘じておく」

 

 真っ直ぐ見つめ返し、神妙に頷いた。

 無言で視線を絡ませ合うこと暫し、咲夜の雰囲気が常の瀟洒なメイドに戻る。

 涼しい美貌で眉尻を下げ、申し訳なさそうな仕草で頭を下げていく。

 

「御無礼を、申し訳ございません」

「いやいや、それだけ咲夜がレミリアを好きって事だからね。むしろ、微笑ましいかな?」

「そう仰っていただけると、恐縮です」

 

 歩みを再開しながら、私達は会話を交えていくのだが。

 やはり、咲夜の雰囲気が先ほどより固い。

 仕方ない事だとはいえ、私にとっても居心地が悪いので、ここは一つ冗談でも飛ばそう。

 咲夜が喜びそうな話題……あ、そうだ。

 

「ふむ……例えば、私の発明品を使って、レミリアのカリスマ写真集とか」

「乗ります」

「お、おお?」

 

 前に回り込んだ咲夜が、私の両肩に手を乗せて顔を近づける。

 ぐぐいっといった擬音が聞こえるほどで、あまりの勢いにタジタジだ。

 まさか、ここまで強く飛びつくとは。

 良くも悪くも、咲夜の忠誠心は随一なのだろう。

 

「お嬢様の写真集、素晴らしい響きです。みずは様、私と一瞬に制作いたしましょう」

「わ、わかったから落ち着いて!」

「……はっ! も、申し訳ありません!」

 

 私の促しで我に返ったのか、慌てた様子で離れた咲夜。

 珍しく頬が赤く色づいており、見慣れぬ彼女の動揺した姿に、思わず顔をにやけさせて懐からスマホ型カメラを取り出す。

 画面をタップしてカメラモードを開き、パシャリと一枚。

 直ぐにしまって何事もなく振舞ったので、自身を取り繕うので忙しい咲夜は気がついていないだろう。

 これは、先ほどのやり取りの仕返しだ。いきなりやられたのだから、これぐらいの役得があっても許されるべきである。

 

「ささ、早く行こう。私、お腹空いちゃったからさ」

「は、はい。こちらです」

 

 内心で自己弁護していた私は、いまだに恥ずかしそうな咲夜と共に食堂へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

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