「美鈴!?」
現在、私達全員は目を剥き、水晶内に映る美鈴を凝視していた。
彼女はレミリアを庇う立ち位置におり、油断なくフランドールを見据えている。
何故、この場に美鈴がいるのだろうか。
彼女は門番をしていたはずで、ここに現れるはずがないのだが。
『なんなんだよ!』
『申し訳ありません、妹様。流石に先ほどの攻撃は看過できず、割り込ませていただきました』
『わたしとお姉様の遊びを邪魔するなッ!』
睨みつけたフランドールは、再度風をまとって美鈴へと突っ込む。
しかし、彼女の腕が柔らかい円運動をする事により、回転しながら吹っ飛ばされてしまう。
苛立ちげに顔を歪める吸血鬼を尻目に、紅の武道家は苦笑いを一つ。
『いたた……腕が痺れましたよ。ほとんど衝撃は受け流したのに』
『ふん、当然だろう。フランは私の妹なのだからな』
『あの、お嬢様。いきなり誇られても困るんですけど』
美鈴が困ったように眉尻を下げるが、レミリアは鼻を鳴らして発言を撤回する気はないようだ。
こんな時でもフランドールを自慢するとは、やっぱり彼女はシスコンに違いない。
まあそもそも、フランドールを大切に思っていなければ、こんな大掛かりな作戦を決行するわけないだろうが。
「とりあえず、美鈴が来たからには一安心かな?」
「そうね。一時的にでしょうけど」
「はい。彼女はお仕置きですね」
「え?」
パチュリーの言葉はともかく、咲夜が見当はずれな事を言っているのだけど。
冷笑を浮かべてナイフを取り出す彼女からは、冗談の色が窺えない。
瞳が冷たく細められており、美鈴をじっと見つめていた。
そんな咲夜の感情を受け取ったりでもしたのか、水晶内の赤髪が震える。
『ひっ!』
『どうした?』
『い、いえ。今、頭にナイフが刺さった気がして』
『……大丈夫か?』
途端に可哀想な者を見る目に変わるレミリアに、美鈴は慌てた様子で弁明していく。
『ち、違うんですお嬢様! たしかに今、咲夜さんが私を狙っていたんですって!』
『お前はなにを言っているんだ?』
『ですから──』
なにやら、二人でやり取りを始めた。
フランドールがいるのに、随分余裕な事である。
とはいえ、実際に美鈴の危険察知は正しかったので、あながち彼女の言葉は間違っていないかもしれない。
未来にナイフが刺さる、という意味で。
「それで、突然そんな事を言った理由は?」
「持ち場を離れたからです」
「ふぅん……」
「なにか?」
私と目を合わす咲夜の表情は、冷たい鉄仮面だ。
しかし、ほんの数ミリ……些細な変化だが、微かに私から目を逸らした。
ピンと閃き、自然と頬をにやけさせる。
パチュリーも察したようで、呆れた面持ちで嫉妬深いメイドを一瞥した。
「可愛い咲夜は放っておいて、現状を整理しましょうか」
「パチュリー様?」
「そうだねぇ。レミリアの側にいる美鈴を羨ましがっている咲夜は置いておいて、状況を把握しなきゃねー」
「みずは様まで!?」
喚く咲夜をよそに、私は顎を撫でてレミリア達の様子を観察。
相変わらず二人はどうでもいい事を言っており、対するフランドールは……やばっ。
「レミリア! お宅の妹さんも嫉妬してる!」
『──』
私がそう忠告した瞬間、獣じみた雄叫びを上げた破壊者が巨大な妖弾を放った。
周囲の警戒は怠っていなかったのか、レミリア達は直ぐに迫りくる脅威に気がつき、弾けるように離れて躱す。
しかし、二人は反対方向に跳んでしまったため、分断された形になってしまう。
『淑女足るもの、余裕を持たなきゃいけないわよ?』
『コロス!』
『わわっ! こっちに来るんですかぁ!?』
苦笑いを零したレミリアを無視して、フランドールは殺意を込めた瞳を光らせたまま、着地した美鈴へと一目散に襲いかかる。
しかし、彼女の慌てた言葉とは裏腹に、防ぐための行動は的確で、相手の進行方向をあっさりとズラしていた。
錐揉み回転しながら宙に飛ばされたフランドールだったが、直ぐに態勢を立て直したかと思えば、瞳孔を開いて右手を突き出す。
『あはっ。こわれちゃえ──』
『美鈴とではなく、お姉様と遊びましょう?』
『──うぐっ!』
フランドールの影から這い出るように出現した、レミリア。
背中に一当てして腕輪を嵌めようとしたが、残念な事に避けられてしまった。
狂気の本能でも働いているのだろう。あと一歩というところで、どうしても詰められない。
「ここから援護できればね……」
「今からでもレミィの元に駆けつける?」
「そうしましょう。美鈴が来てしまったのでお嬢様一人でなくなりましたし、ならば私達が行っても構わないでしょう。それに、全員で妹様を引きつける事ができれば、魔道具を取りつけられる成功確率が跳ね上がります」
「……それが無難、かな。レミリア、聞いてたね? 今から私達も向かおうと思う」
美鈴が参入した事で、レミリアはフランドールと二人きりという状況が変わり、彼女の意思を尊重する必要は少なくなったはずだった。
つまり、私達がここで待機している理由もなく、今から増援しに行っても構わないだろう。
私と美鈴が前衛でパチュリーが後衛、咲夜は遊撃の立ち位置にいてもらい、レミリアがフランドールに腕輪を嵌める役目。
バランスも良いし、これならばなんとかなりそうだ。
高速で思考を巡らせていると、無線機からため息が聞こえてきた。
『やむを得ない、か。元々、私のワガママだったのだから、お前達の好意を無下にするわけにはいかないだろう』
「よし! そうと決まったら早速行こう!」
レミリアからの許可を貰ったので、私達も地下室に向かおうと立ち上がる。
咲夜は今にも時間を止めて行きそうであり、これは急がなければいけないなと苦笑を一つ。
美鈴もいる今は余裕があるからか、なんとか笑える事ができていた。
彼女が来るとは全く思っていなかったが、結果オーライと言えばその通りなので、正直グッジョブと言わざるを得ない。
内心で美鈴に親指を向けていると、不意にパチュリーが眼差しを鋭くした。
素早い動作で振り返り、ヒビ割れている水晶を見やる。
「待って! なにか、様子が変よ」
「様子?」
私も追随して目を向ければ、水晶内の状況が一変していた。
厳しい表情で拳を構えている美鈴に、彼女の側で宙に浮いているレミリア。
その反対側には俯いているフランドールがおり、音が拾えないがなにやらブツブツと呟いている。
彼女から迸る妖力が波打ち、心臓のように鼓動を刻んでいく。
粘性の血を水面に垂らし、それが瞬く間に侵食していっているような、恐ろしげで名状しがたい雰囲気が空間を這っていた。
「──っ!」
「あ、咲夜!」
一瞬で眼前から咲夜の姿が消え失せ、代わりに水晶内に現れた。
彼女はレミリアの前で傅いており、彼女に頭を垂れる銀髪が淡く光る。
まるで、吸血鬼に味方するために、満月がこの空間に降りてきたかのようだ。
傍に控えて主を照らす十六夜……冷血な狩人が目覚めた瞬間だった。
『何故、ここに来た?』
『お嬢様の手足となるためでごさいます。命令に背いた処罰はいかにようにも』
『ほう、覚悟はできているのだろうな?』
『とうの昔に』
打てば響くように返す、咲夜の忠誠が込められた言葉。
一点の曇りなき忠義がここにあり、そこまで想われる人がいて羨ましいほどである。
とはいえ、今はレミリア達のやり取りを羨望している場合ではない。
フランドールの両脇に魔法陣が出現し、彼女の背後にも巨大な魔法陣が現れる。
魔法陣から伝わる威圧感は絶大で、水晶を通して私達も敏感に感じていた。
「え、フランドールって魔法使えるの?」
「吸血鬼なんだし、使えてもおかしくはないわよね。それより、どうするの?」
「どうするって言われても……」
助太刀したいのは山々なのだが、今から行っても邪魔にしかならないのでは。
ただでさえ咲夜が来て、更にフランドールが魔法まで使い始めた。
先ほどの肉弾戦だけならば、彼女一人に気を向ければ良かったのだが。
別の攻撃手段まであるとなると、喘息持ちのパチュリーでは辛いだろう。
後衛を集中狙いされる可能性もあるし、なによりパチュリーはともかく、私は紅魔館の人と連携ができない。
見た感じフランドールの攻撃は弾幕なので、自然と回避する方法も弾幕ごっこと同じになる。
そんな中に上手く連携が取れない私がいると、最悪一緒に堕とされかねない。
「こんな時にあれがあれば……!」
しかし、あれは私の家の地下室にあり、厳重に保管しているのだ。
いまだに完全ではないので、機械に取りつけている必要があったからである。
思わず悪態をついていると、突如水晶のヒビが増えていく。
パチュリーは眉を歪め、次いで苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「まずいわ。妹様の圧力に耐えきれない」
「なんだって!」
私達が話し合っている間に場面は進み、フランドールが繰り出した弾幕を、レミリア達が各々の方法でくぐり抜けていた。
貴族然とした振る舞いで躱すレミリアに、武道を用いて着実に前に進む美鈴。
咲夜はフランドールの周囲に現れて動きを止めようとしているが、彼女に避けられて有効打を与えられていないらしい。
フランドールがばら撒く弾幕で地面は抉れ、壁は崩れていく。
断続的に足元まで振動が届いており、威力のほどを想像するのは難しくないだろう。
「これほど強いと……」
『あははははははっ! すごいすごい! お姉様すごいよ!』
『咲夜』
嬉しそうに嗤うフランドールの背後で、現れた咲夜がナイフを振るう。
しかし、見向きもしないフランドールが裏拳を放った事により、後退を余儀なくされた彼女の斬撃は不発に終わってしまう。
数瞬後には、先ほどまで咲夜がいた場所を弾幕が通り過ぎ、地面にクレーターを作りだす。
レミリアが妹を傷つけるのを良しとするのかと思ったが、よくよく考えれば吸血鬼の再生能力なら問題なさそうな気もする。
『邪魔をするなぁッ!』
冷徹なメイドを睨みつけると、金の吸血鬼が手を動かした。
その機先を制するように、咲夜の姿がブレるとその場から消え去り、銀光の残滓が舞い散った。
上手く照準を定められなかったのか、フランドールは苛立ちげにしているのみ。
「……なんとか、レミリア達は大丈夫そうだね」
「その代わり、こちらは問題あるけど」
パチュリーがそう返した瞬間、水晶が砕けて欠片になってしまった。
思わず舌を打ちながら、耳に手を添えてレミリアに声を掛ける。
「レミリア。こちらはそっちの状況を掴めなくなった。私達二人は援護に行った方がいい?」
『ふんっ、必要ない。パチェはともかく、他人のお前では私と合わせる事ができないだろう。それに、万全ではないお前は足でまといだ』
「ぐっ……言うねぇ」
眼帯が巻かれた右目を撫でた私は、その事実にため息を漏らした。
先ほどは張り切っていたが、普通に私がいても役に立つ事はないだろう。
せいぜいがフランドールの気を引く、肉壁といったところぐらいか。
こうなると、私達がすべきサポートは……
『お前はパチェと一緒に、祝賀会の準備でもしておけ』
『ああああああじゃまだじゃまだじゃまだ──』
フランドールの怒声と同時に、鳴り響く爆発音。
音は連続で刻まれており、合間合間で鋭い風切り音も耳に入ってくる。
暫くすると一段落ついたのか、音が鳴り止んでレミリアの声が聞こえてきた。
『心配するな。私達は平気だ』
「いや、明らかにヤバい音が聞こえたんだけど」
『あははははははッ!』
『ぐっ!』
狂笑が響いていたかと思えば、美鈴らしき人物の苦悶の声が耳朶を打つ。
数瞬後に壁に叩きつけられたような音も鳴り、恐らくフランドールに殴り飛ばされたのだろう。
思わず眉根を寄せた私は、無線機に手を当てて声を荒らげる。
「レミリア! 今なにがあったの!」
『少し油断しただけ──』
途中でレミリアの声が途切れ、鈍い音が私の耳を通り抜けた。
「レミリア? レミリア!」
「ちょっと、なにがあったのよ」
「レミリアからの応答がなくなったんだ!」
「なんですって?」
目を細めたパチュリーは、地下室へ続く道に顔を向けた。
いつもは冷静なその様子は見る影もなく、思案している横顔は焦燥を帯びている。
対する私も焦りが募り、衝動的にテーブルに拳を叩きつけてしまう。
無意識に力が込められていたのか、それは容易く粉砕されて崩れ落ちる。
「くそっ! 見通しが甘かった!」
初めから、レミリアを一人で行かせるべきではなかった。
状況を把握できないのが、ここまで不安になってしまうとは。
レミリアの事だからやられてはいないだろうが、相手は破壊の能力を持つ吸血鬼だ。
最悪、美鈴達が殺されているかもしれない。
彼女達がいるのが想定外だったとはいえ、第二プランは建てておくべきだった。
……いや、後悔するのは後だ。
まずは、レミリア達に対して、私達ができる事を考えなければ。
なにか、なにかがあるはずだ。
今から急いで向かえば、レミリア達の助けになれるか?
可能性はあるが、間に合うかどうかは未知数。
しかし、行動に移さなければ、どの道レミリア達が危険な事は変わりない。
「なっ!」
「今度はなにさ!」
高速思考で考え込んでいると、驚愕したパチュリーの声が耳を過ぎった。
顔を上げて発言の続きを促した私に、彼女は厳しい面立ちで告げる。
「侵入者よ」
「……こんな時に?」
「こんな時に」
「めーりんヘルプミー!」
「門番は主の元で健闘中ね」
門を守れない門番とは一体。
いや、美鈴がレミリアを助けているのは知っているのだが、やはりどうしても悪態をつきたくなる気持ちは抑えきれない。
美鈴はなにも悪くないけど、何故よりもよってこんな時に。
……私達で、食い止めるしかないか。
レミリア達の事は心配であるが、そこは信頼するしかないだろう。
代わりに、私達が不届き者をぶっ飛ばす。
「それでいいよね?」
「レミィなら問題ないわ。……信じるのも、親友の務めよね」
本当は、心配で心配で堪らないのだろう。
だが、吸血鬼と友誼を結んでいる魔女は、凛然と佇みながら気丈に振舞っている。
瞳には深い叡智が渦巻いており、敵対者を滅する意志が垣間見えていた。
対して、私も首を鳴らして意識を切り替え、ここに来るであろう敵を待つ。
「やはり、真っ直ぐこちらに来てるわね」
「目的は私達かな?」
「さあ、興味もないわ」
「それもそうだ。……うん?」
「どうしたの?」
私も察知した気配は、驚くべき速さで近づいてきている。
例えるなら風という表現が似合うほどで、同時に私の覚えがある気配でもあった。
思わず首を傾げながら、横目を向けてきたパチュリーに言葉を返す。
「いや、なんか私の知り合いっぽくて──」
続く私の言葉は、勢いよく開かれた扉の音で消え失せた。
私達の間で風が吹き、意思を持ったかのように巻き上がる。
ドアを開けたであろう人影が空を飛び、鋭角に曲がって眼前に降り立つ。
埃一つ散らさない完璧な登場を見せ、輝く営業スマイルと共にお辞儀。
「──どうもー皆さん。幻想郷の文屋、ここに登場です!」
紅魔館に侵入した人物は、風神少女である射命丸文だった。
♦♦♦
「あ、文! どうしてここに!?」
「私がここにいる事が不思議ですか?」
「そりゃもうびっくりだよ!」
驚きながら尋ねる私を見て、文はしてやったりといった風に微笑んだ。
楽しげに口角を吊り上げながら、私達の元に近づいてくる。
しかし、パチュリーが魔力弾を放った事により、彼女は足を止めざるを得なくなった。
自分に攻撃した魔女に目を向け、不思議そうに小首を傾げる。
「今のはどういう意味ですかね?」
「この場に天狗を呼び出したつもりはないの。私の気が変わらないうちに、帰ってくれるかしら」
「あやや。随分と嫌われたものですね、これは」
肩を竦めた文の表情は、残念そうだ。
しかし、全身から漂う雰囲気は鋭く、どこか挑発的にすら感じる。
冷えた眼差しを自身に送っているパチュリーを、にんまりとした笑みを浮かべて一瞥。
それから、直ぐに感情を窺わせない笑顔になると、わざとらしい仕草でため息をつく。
「仕方ありません。魔女さんに帰れと言われてしまったので、私はお暇させてもらいます」
「え、帰るの? 来たばかりなのに?」
「私は清い天狗ですので、家主の言葉には従うんです──」
悲しげに目を伏せた文は、踵を返して扉の方に向かっていく。
だが、途中で立ち止まったかと思えば、半分だけ顔を振り向かせながら上を見る。
指を立てて白いおとがいに添え、独り言を呟くように口を開く。
「──それにしても、残念です。この状況を打破できる素敵な物を持ってきましたのに、無駄足となってしまいました」
「……なんですって?」
「おっと、声に出してしまいましたか。これは失敬失敬」
ピクリと眉尻を上げ、強い疑問の声を上げたパチュリー。
そんな彼女の様子を見て、文は営業スマイルで謝罪を示した。
また、二人のやり取りを私は静観していたのだが、今聞き捨てならない事を聞いた気がする。
この詰まり気味の現状を、なんとかできる物があるとかなんとか。
「その話詳しく!」
「いやー。みずはさんには申し訳ないですが、どうやら私はお邪魔虫のようですので」
全体的に済まなそうな様子を見せているが、長年の付き合いがある私にはわかる。
今の記者モードである文は、この状況を心底楽しんでいるという事を。
恐らくパチュリーでは察せないほどの瞳の奥で、大層愉快げにほくそ笑んでいるのだ。
嫌いな天狗に主導権を握られてどんな気持ちですか、と。
今の文からは、悪役ばりの高笑いまで聞こえてきそうだ。
「くっ……!」
「おお、怖い怖い。私はか弱い一天狗にすぎないので、貴女の怒りを買うのがとっても恐ろしいです。ついでに吸血鬼さんからも狙われそうですし、急いで自宅に逃げさせていただきますね」
わざとらしく肩を震わせると、翼を羽ばたかせて宙に浮いた文。
本当に帰るつもりだと理解したのだろう。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたパチュリーが、鋭い制止の声を投げかけた。
「待ちなさい!」
「なんでしょうか?」
「……お願い。現状を打破できる案があるのなら、私達に教えてちょうだい」
「いやいや。私如きの案など、七曜の魔女の深謀と比べれば幼稚なものですよ。とてもではないですが、恥ずかしくて聞かせられる代物ではありません」
「その辺にしておいてくれない? あんまりからかうと本当に後が怖いよ?」
見ていられず間に入ると、彼女はチラリと私を一瞥した後。
ため息を漏らして頷き、まとう雰囲気を一変させた。
穏やかな気質があった記者から、私にとって馴染み深い素の空気へと。
「まあ、冗談はこれぐらいにしておくわ」
「ほっ……助かったよ。お礼になにかして欲しい事とかある?」
「とりあえず、用件から済ませるわよ」
そう告げた文は、懐から取り出した物を私に投げ渡した。
咄嗟に受け取って中身を確認するのだが、私は驚愕に目を見開く事になる。
筒状のガラスの中で浮いているのは、無機質で冷たい青い瞳。
透明な液体と一緒に揺れており、これは今の私が求めていた代物──義眼である。
「なんでこれを文が!?」
「貴女の家から取ったに決まっているじゃない」
「だけど、あそこには罠が沢山……まさか」
よくよく観察してみれば、文の服装は汚れていた。
まるで、つい先ほどまで探検していて、その過程でトラップに引っかかった人のようだ。
これが私の家に行った結果だとわかり、思わず文の顔をまじまじと見つめてしまう。
「……なに?」
「ありがとう! 文のおかげで、なんとかなりそうだよ!」
「そっ。私の行動が無駄にならなそうで良かったわ」
「それで、その目をなにに使うの?」
文は一旦置いておくことにしたのか、そう尋ねてきたパチュリー。
焦りが乗るその言葉に、私は笑みを浮かべて手中のガラスを砕く。
辺りに割れる音が響き、液体が床に散らばる。
「こうするのさ!」
残った義眼を持った私は、歯の間に挟んで妖力を込めていく。
すると、徐々に新たな視覚が増え始める。
普通は右目にあるはずの場所とは違う、ちょうど口の半ばへと。
「な、なにをしているわけ?」
「気持ち悪い絵面ね」
引いている様子を見せる二人をよそに、私は義眼に意識を集中。
歯を通じて亀裂が走るのを感じ取るが、構わずに妖力を注いでいく。
まだ義眼を完璧に創造できていないので、残念ながらこの眼は使い捨てになってしまうが、それでも一度だけ私の能力を行使できるはずだ。
問題は間に合うかどうか……連絡が途絶えてから、まだ数分しか経っていない事を踏まえても、不安が募ってしまう。
眉根を寄せながら、私は義眼だけが見える光景に意識を傾ける。
「くっ……!」
偽りの瞳に映る視界は歪んでおり、ミキサーでかき混ぜられたように不気味だ。
そんな長く見ていたくない景色に漂う、バクテリアの如き細長い線。
うねうねと動くそれ等を観察して、求める事象を手繰り寄せる。
「ちょっと、大丈夫なの!? 顔が真っ青よ!」
駆け寄ってこようとするパチュリーを手で制し、私は残る右腕を大きく振りかぶった。
手を握り込んで線を掴み、手応えを感じて笑みを一つ。
直ぐに左腕を突きつけ、両手で線をこじ開けていく。
「これは……」
文が驚くのも無理はない。
私の動きに呼応して、線が開いて穴ができ始めているのだから。
穴の向こうは薄暗く、どうなっているのかは一見わからないだろう。
しかし、ここに流れ込んできている妖気。
禍々しさが宿るそれを感じれば、この先がどこに繋がっているのか一目瞭然だ。
「お……らあっ!」
最後に気合い一声。
人が一人通れるほどの穴が開き、同時に義眼が砕け散った。
なんとか想定通りになり、安堵の息をつく。
紫に貰った触媒だから期待していたとはいえ、想像以上の成果である。
あの触媒を調べていた時、彼女の能力が込められている事が判明したのだ。
だから、私の能力と合わせれば、スキマもどきを創れるのではないか。
そう考えた結果、目の前の光景が広がっている。
「さて、レミリアは……」
穴から顔を出して視線を巡らせると、視界の下の方で彼女を発見した。
レミリアは膝をついており、身体からは血が流れている。
美鈴達もまだ生きているようだが、息が切れていて余裕がなさそうだ。
対して、フランドールは元気そのものの様子で、嗤いながらあちこちを破壊していた。
「あははははははっ! ぜんぶぜーんぶ! わたしがこわす!」
「そんな事は私がさせないわ」
ゆっくりと立ち上がると、決然とした表情を浮かべたレミリア。
その背中は上から見ている私にとっても頼もしく、自然と付き従いたくなるような威厳があった。
しかし、今のフランドールには、彼女の言葉は不愉快だったらしい。
眉をしかめて舌を打ち、能力発動の構えを取る。
「うざい。だから、こわれて?」
これ以上は危険なので、私は穴から飛び降りて大声を上げる。
フランドールの注意が向くように、とにかく目立つように。
「させないよ!」
「だれなの──」
「発射ッ!」
笑みを浮かべて叫ぶと、伸ばした左腕が勢いよく飛んだ。
白い煙を吹きながら放たれたそれは、目を見開いたフランドールへと向かう。
「ちっ!」
直前で身を捻って回避したフランドールだったが、Uターンして戻ってきた左腕を背中に着弾。
瞬間、義手全体が網目状に変形して、彼女を包み込んだ。
「アーハッハッハ! これが科学の力だー!」
「ぐがああああああ!」
「無駄だよ。それは特別製の金属でできているからね!」
咆哮を上げながら、無理矢理破壊しようとするフランドール。
しかし、一向に拘束が外れる様子はなく、満足のいく結果に私は高笑いが止まらない。
私の義手は様々なギミックがあるが、中でもこのコンボはお気に入りだ。
ロケットパンチからの変形に、相手を掴んで離さない二段構え。
我ながら素晴らしい発明をしてしまった。
「なんで、お前がここに……」
「あそこから出てきたんだ」
地面に着地した私に尋ねてきたレミリアに、私は上を指差してそう返した。
穴は塞がり始めており、ちょうどパチュリーが飛び降りるところだった。
微かに瞳を細めたレミリアは、フランドールに意識を戻しながら口を開く。
「スキマの力を感じるな」
「まあ、紫に貰った触媒を使ったからね」
「なるほど。要は劣化版という事か」
「そういうこと。さて……」
私の側には、紅い悪魔と七曜の魔女。
フランドールを挟んだ反対側には、紅魔館の門番に瀟洒なメイド。
四方から囲む形になっており、状況的にはこちらが有利だ。
「じゃまをするなああああああッ!」
雄叫びを響かせたフランドールは、拘束されたままこちらへと突っ込む。
圧倒的なスピードが乗っていて、私は回避するために重心を落とす。
片腕で動きにくいが、慣れているので問題はない。
ギラギラと殺意が灯る赤い瞳と目を合わせながら、フランドールの様子を観察していく。
しかし、私が行動に移す間もなく、状況は二転三転と変化していた。
「申し訳ございません」
「ぐっ!」
まず、私の前に現れた、咲夜。
彼女は大量のナイフを投げ、フランドールに突き刺していく。
痛みで動きが鈍ったのか、光る赤い目の輝きが弱まった。
その数瞬後、脚を地面に叩きつけていた美鈴が、爆発的な速さでこちらにやって来る。
「もう少し辛抱してください!」
「がぁぁああ!」
フランドールの懐に潜り込んだかと思えば、美鈴はしなやかな脚を振り上げて宙に吹っ飛ばす。
残心をしてから脚を下ろし、次に近くにいる紫の魔女へとアイコンタクト。
「わかってるわよ」
既に彼女は魔法陣を展開しており、空中でもがいているフランドールを見やる。
瞬間、彼女の周囲が輝き、光の帯に固定された。
フランドールは苦悶の表情を浮かべており、怨嗟に貌を彩らせて歯ぎしりしている。
「こわすこわすこわすこわす──」
「もう、貴女は眠りなさい」
「──っ!」
いつの間にか、フランドールの上にいたレミリア。
羽を大きく広げていた彼女は、子供に言い聞かせるように告げ、目を血走らせていたフランドールの腕にブレスレットを嵌めた。
すると、彼女の瞳に意志が宿り、ぼんやりと瞬きを始める。
「あ、え?」
「戻ったのね、フラン」
「……おねえさま?」
「そうよ、私は貴女のお姉様」
優しい面持ちで頬を撫でてくる姉に、妹は眠たげな顔で呟く。
「なんだか私、とっても眠いの」
「沢山遊んだから眠くなったのね。私が部屋に運んであげるから、今は眠りなさい」
「うん……そうする……」
瞼を閉じたフランドールを大事に抱えると、レミリアはゆっくりと降り立っていく。
愛する家族を見つめるその横顔は、まるで天使のように可憐で澄んでいた。
対して、私達は互いの顔を見合わせる。
「やった、のかな?」
「そうね。作戦は成功よ」
「……やりましたね」
「お見事です、お嬢様」
実感が身体に染み渡っていき、徐々に顔に広がる満面の笑み。
やがて、レミリアが着地した瞬間、私達は声を揃えて勝利の喝采を上げるのだった。