転生河童の日常譚   作:水羊羹

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第十二話 予期せぬ闖入者

「美鈴!?」

 

 現在、私達全員は目を剥き、水晶内に映る美鈴を凝視していた。

 彼女はレミリアを庇う立ち位置におり、油断なくフランドールを見据えている。

 何故、この場に美鈴がいるのだろうか。

 彼女は門番をしていたはずで、ここに現れるはずがないのだが。

 

『なんなんだよ!』

『申し訳ありません、妹様。流石に先ほどの攻撃は看過できず、割り込ませていただきました』

『わたしとお姉様の遊びを邪魔するなッ!』

 

 睨みつけたフランドールは、再度風をまとって美鈴へと突っ込む。

 しかし、彼女の腕が柔らかい円運動をする事により、回転しながら吹っ飛ばされてしまう。

 苛立ちげに顔を歪める吸血鬼を尻目に、紅の武道家は苦笑いを一つ。

 

『いたた……腕が痺れましたよ。ほとんど衝撃は受け流したのに』

『ふん、当然だろう。フランは私の妹なのだからな』

『あの、お嬢様。いきなり誇られても困るんですけど』

 

 美鈴が困ったように眉尻を下げるが、レミリアは鼻を鳴らして発言を撤回する気はないようだ。

 こんな時でもフランドールを自慢するとは、やっぱり彼女はシスコンに違いない。

 まあそもそも、フランドールを大切に思っていなければ、こんな大掛かりな作戦を決行するわけないだろうが。

 

「とりあえず、美鈴が来たからには一安心かな?」

「そうね。一時的にでしょうけど」

「はい。彼女はお仕置きですね」

「え?」

 

 パチュリーの言葉はともかく、咲夜が見当はずれな事を言っているのだけど。

 冷笑を浮かべてナイフを取り出す彼女からは、冗談の色が窺えない。

 瞳が冷たく細められており、美鈴をじっと見つめていた。

 そんな咲夜の感情を受け取ったりでもしたのか、水晶内の赤髪が震える。

 

『ひっ!』

『どうした?』

『い、いえ。今、頭にナイフが刺さった気がして』

『……大丈夫か?』

 

 途端に可哀想な者を見る目に変わるレミリアに、美鈴は慌てた様子で弁明していく。

 

『ち、違うんですお嬢様! たしかに今、咲夜さんが私を狙っていたんですって!』

『お前はなにを言っているんだ?』

『ですから──』

 

 なにやら、二人でやり取りを始めた。

 フランドールがいるのに、随分余裕な事である。

 とはいえ、実際に美鈴の危険察知は正しかったので、あながち彼女の言葉は間違っていないかもしれない。

 未来にナイフが刺さる、という意味で。

 

「それで、突然そんな事を言った理由は?」

「持ち場を離れたからです」

「ふぅん……」

「なにか?」

 

 私と目を合わす咲夜の表情は、冷たい鉄仮面だ。

 しかし、ほんの数ミリ……些細な変化だが、微かに私から目を逸らした。

 ピンと閃き、自然と頬をにやけさせる。

 パチュリーも察したようで、呆れた面持ちで嫉妬深いメイドを一瞥した。

 

「可愛い咲夜は放っておいて、現状を整理しましょうか」

「パチュリー様?」

「そうだねぇ。レミリアの側にいる美鈴を羨ましがっている咲夜は置いておいて、状況を把握しなきゃねー」

「みずは様まで!?」

 

 喚く咲夜をよそに、私は顎を撫でてレミリア達の様子を観察。

 相変わらず二人はどうでもいい事を言っており、対するフランドールは……やばっ。

 

「レミリア! お宅の妹さんも嫉妬してる!」

『──』

 

 私がそう忠告した瞬間、獣じみた雄叫びを上げた破壊者が巨大な妖弾を放った。

 周囲の警戒は怠っていなかったのか、レミリア達は直ぐに迫りくる脅威に気がつき、弾けるように離れて躱す。

 しかし、二人は反対方向に跳んでしまったため、分断された形になってしまう。

 

『淑女足るもの、余裕を持たなきゃいけないわよ?』

『コロス!』

『わわっ! こっちに来るんですかぁ!?』

 

 苦笑いを零したレミリアを無視して、フランドールは殺意を込めた瞳を光らせたまま、着地した美鈴へと一目散に襲いかかる。

 しかし、彼女の慌てた言葉とは裏腹に、防ぐための行動は的確で、相手の進行方向をあっさりとズラしていた。

 錐揉み回転しながら宙に飛ばされたフランドールだったが、直ぐに態勢を立て直したかと思えば、瞳孔を開いて右手を突き出す。

 

『あはっ。こわれちゃえ──』

『美鈴とではなく、お姉様と遊びましょう?』

『──うぐっ!』

 

 フランドールの影から這い出るように出現した、レミリア。

 背中に一当てして腕輪を嵌めようとしたが、残念な事に避けられてしまった。

 狂気の本能でも働いているのだろう。あと一歩というところで、どうしても詰められない。

 

「ここから援護できればね……」

「今からでもレミィの元に駆けつける?」

「そうしましょう。美鈴が来てしまったのでお嬢様一人でなくなりましたし、ならば私達が行っても構わないでしょう。それに、全員で妹様を引きつける事ができれば、魔道具を取りつけられる成功確率が跳ね上がります」

「……それが無難、かな。レミリア、聞いてたね? 今から私達も向かおうと思う」

 

 美鈴が参入した事で、レミリアはフランドールと二人きりという状況が変わり、彼女の意思を尊重する必要は少なくなったはずだった。

 つまり、私達がここで待機している理由もなく、今から増援しに行っても構わないだろう。

 私と美鈴が前衛でパチュリーが後衛、咲夜は遊撃の立ち位置にいてもらい、レミリアがフランドールに腕輪を嵌める役目。

 バランスも良いし、これならばなんとかなりそうだ。

 高速で思考を巡らせていると、無線機からため息が聞こえてきた。

 

『やむを得ない、か。元々、私のワガママだったのだから、お前達の好意を無下にするわけにはいかないだろう』

「よし! そうと決まったら早速行こう!」

 

 レミリアからの許可を貰ったので、私達も地下室に向かおうと立ち上がる。

 咲夜は今にも時間を止めて行きそうであり、これは急がなければいけないなと苦笑を一つ。

 美鈴もいる今は余裕があるからか、なんとか笑える事ができていた。

 彼女が来るとは全く思っていなかったが、結果オーライと言えばその通りなので、正直グッジョブと言わざるを得ない。

 内心で美鈴に親指を向けていると、不意にパチュリーが眼差しを鋭くした。

 素早い動作で振り返り、ヒビ割れている水晶を見やる。

 

「待って! なにか、様子が変よ」

「様子?」

 

 私も追随して目を向ければ、水晶内の状況が一変していた。

 厳しい表情で拳を構えている美鈴に、彼女の側で宙に浮いているレミリア。

 その反対側には俯いているフランドールがおり、音が拾えないがなにやらブツブツと呟いている。

 彼女から迸る妖力が波打ち、心臓のように鼓動を刻んでいく。

 粘性の血を水面に垂らし、それが瞬く間に侵食していっているような、恐ろしげで名状しがたい雰囲気が空間を這っていた。

 

「──っ!」

「あ、咲夜!」

 

 一瞬で眼前から咲夜の姿が消え失せ、代わりに水晶内に現れた。

 彼女はレミリアの前で傅いており、彼女に頭を垂れる銀髪が淡く光る。

 まるで、吸血鬼に味方するために、満月がこの空間に降りてきたかのようだ。

 傍に控えて主を照らす十六夜……冷血な狩人が目覚めた瞬間だった。

 

『何故、ここに来た?』

『お嬢様の手足となるためでごさいます。命令に背いた処罰はいかにようにも』

『ほう、覚悟はできているのだろうな?』

『とうの昔に』

 

 打てば響くように返す、咲夜の忠誠が込められた言葉。

 一点の曇りなき忠義がここにあり、そこまで想われる人がいて羨ましいほどである。

 とはいえ、今はレミリア達のやり取りを羨望している場合ではない。

 フランドールの両脇に魔法陣が出現し、彼女の背後にも巨大な魔法陣が現れる。

 魔法陣から伝わる威圧感は絶大で、水晶を通して私達も敏感に感じていた。

 

「え、フランドールって魔法使えるの?」

「吸血鬼なんだし、使えてもおかしくはないわよね。それより、どうするの?」

「どうするって言われても……」

 

 助太刀したいのは山々なのだが、今から行っても邪魔にしかならないのでは。

 ただでさえ咲夜が来て、更にフランドールが魔法まで使い始めた。

 先ほどの肉弾戦だけならば、彼女一人に気を向ければ良かったのだが。

 別の攻撃手段まであるとなると、喘息持ちのパチュリーでは辛いだろう。

 後衛を集中狙いされる可能性もあるし、なによりパチュリーはともかく、私は紅魔館の人と連携ができない。

 見た感じフランドールの攻撃は弾幕なので、自然と回避する方法も弾幕ごっこと同じになる。

 そんな中に上手く連携が取れない私がいると、最悪一緒に堕とされかねない。

 

「こんな時にあれがあれば……!」

 

 しかし、あれは私の家の地下室にあり、厳重に保管しているのだ。

 いまだに完全ではないので、機械に取りつけている必要があったからである。

 思わず悪態をついていると、突如水晶のヒビが増えていく。

 パチュリーは眉を歪め、次いで苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「まずいわ。妹様の圧力に耐えきれない」

「なんだって!」

 

 私達が話し合っている間に場面は進み、フランドールが繰り出した弾幕を、レミリア達が各々の方法でくぐり抜けていた。

 貴族然とした振る舞いで躱すレミリアに、武道を用いて着実に前に進む美鈴。

 咲夜はフランドールの周囲に現れて動きを止めようとしているが、彼女に避けられて有効打を与えられていないらしい。

 フランドールがばら撒く弾幕で地面は抉れ、壁は崩れていく。

 断続的に足元まで振動が届いており、威力のほどを想像するのは難しくないだろう。

 

「これほど強いと……」

『あははははははっ! すごいすごい! お姉様すごいよ!』

『咲夜』

 

 嬉しそうに嗤うフランドールの背後で、現れた咲夜がナイフを振るう。

 しかし、見向きもしないフランドールが裏拳を放った事により、後退を余儀なくされた彼女の斬撃は不発に終わってしまう。

 数瞬後には、先ほどまで咲夜がいた場所を弾幕が通り過ぎ、地面にクレーターを作りだす。

 レミリアが妹を傷つけるのを良しとするのかと思ったが、よくよく考えれば吸血鬼の再生能力なら問題なさそうな気もする。

 

『邪魔をするなぁッ!』

 

 冷徹なメイドを睨みつけると、金の吸血鬼が手を動かした。

 その機先を制するように、咲夜の姿がブレるとその場から消え去り、銀光の残滓が舞い散った。

 上手く照準を定められなかったのか、フランドールは苛立ちげにしているのみ。

 

「……なんとか、レミリア達は大丈夫そうだね」

「その代わり、こちらは問題あるけど」

 

 パチュリーがそう返した瞬間、水晶が砕けて欠片になってしまった。

 思わず舌を打ちながら、耳に手を添えてレミリアに声を掛ける。

 

「レミリア。こちらはそっちの状況を掴めなくなった。私達二人は援護に行った方がいい?」

『ふんっ、必要ない。パチェはともかく、他人のお前では私と合わせる事ができないだろう。それに、万全ではないお前は足でまといだ』

「ぐっ……言うねぇ」

 

 眼帯が巻かれた右目を撫でた私は、その事実にため息を漏らした。

 先ほどは張り切っていたが、普通に私がいても役に立つ事はないだろう。

 せいぜいがフランドールの気を引く、肉壁といったところぐらいか。

 こうなると、私達がすべきサポートは……

 

『お前はパチェと一緒に、祝賀会の準備でもしておけ』

『ああああああじゃまだじゃまだじゃまだ──』

 

 フランドールの怒声と同時に、鳴り響く爆発音。

 音は連続で刻まれており、合間合間で鋭い風切り音も耳に入ってくる。

 暫くすると一段落ついたのか、音が鳴り止んでレミリアの声が聞こえてきた。

 

『心配するな。私達は平気だ』

「いや、明らかにヤバい音が聞こえたんだけど」

『あははははははッ!』

『ぐっ!』

 

 狂笑が響いていたかと思えば、美鈴らしき人物の苦悶の声が耳朶を打つ。

 数瞬後に壁に叩きつけられたような音も鳴り、恐らくフランドールに殴り飛ばされたのだろう。

 思わず眉根を寄せた私は、無線機に手を当てて声を荒らげる。

 

「レミリア! 今なにがあったの!」

『少し油断しただけ──』

 

 途中でレミリアの声が途切れ、鈍い音が私の耳を通り抜けた。

 

「レミリア? レミリア!」

「ちょっと、なにがあったのよ」

「レミリアからの応答がなくなったんだ!」

「なんですって?」

 

 目を細めたパチュリーは、地下室へ続く道に顔を向けた。

 いつもは冷静なその様子は見る影もなく、思案している横顔は焦燥を帯びている。

 対する私も焦りが募り、衝動的にテーブルに拳を叩きつけてしまう。

 無意識に力が込められていたのか、それは容易く粉砕されて崩れ落ちる。

 

「くそっ! 見通しが甘かった!」

 

 初めから、レミリアを一人で行かせるべきではなかった。

 状況を把握できないのが、ここまで不安になってしまうとは。

 レミリアの事だからやられてはいないだろうが、相手は破壊の能力を持つ吸血鬼だ。

 最悪、美鈴達が殺されているかもしれない。

 彼女達がいるのが想定外だったとはいえ、第二プランは建てておくべきだった。

 ……いや、後悔するのは後だ。

 まずは、レミリア達に対して、私達ができる事を考えなければ。

 なにか、なにかがあるはずだ。

 今から急いで向かえば、レミリア達の助けになれるか?

 可能性はあるが、間に合うかどうかは未知数。

 しかし、行動に移さなければ、どの道レミリア達が危険な事は変わりない。

 

「なっ!」

「今度はなにさ!」

 

 高速思考で考え込んでいると、驚愕したパチュリーの声が耳を過ぎった。

 顔を上げて発言の続きを促した私に、彼女は厳しい面立ちで告げる。

 

「侵入者よ」

「……こんな時に?」

「こんな時に」

「めーりんヘルプミー!」

「門番は主の元で健闘中ね」

 

 門を守れない門番とは一体。

 いや、美鈴がレミリアを助けているのは知っているのだが、やはりどうしても悪態をつきたくなる気持ちは抑えきれない。

 美鈴はなにも悪くないけど、何故よりもよってこんな時に。

 ……私達で、食い止めるしかないか。

 レミリア達の事は心配であるが、そこは信頼するしかないだろう。

 代わりに、私達が不届き者をぶっ飛ばす。

 

「それでいいよね?」

「レミィなら問題ないわ。……信じるのも、親友の務めよね」

 

 本当は、心配で心配で堪らないのだろう。

 だが、吸血鬼と友誼を結んでいる魔女は、凛然と佇みながら気丈に振舞っている。

 瞳には深い叡智が渦巻いており、敵対者を滅する意志が垣間見えていた。

 対して、私も首を鳴らして意識を切り替え、ここに来るであろう敵を待つ。

 

「やはり、真っ直ぐこちらに来てるわね」

「目的は私達かな?」

「さあ、興味もないわ」

「それもそうだ。……うん?」

「どうしたの?」

 

 私も察知した気配は、驚くべき速さで近づいてきている。

 例えるなら風という表現が似合うほどで、同時に私の覚えがある気配でもあった。

 思わず首を傾げながら、横目を向けてきたパチュリーに言葉を返す。

 

「いや、なんか私の知り合いっぽくて──」

 

 続く私の言葉は、勢いよく開かれた扉の音で消え失せた。

 私達の間で風が吹き、意思を持ったかのように巻き上がる。

 ドアを開けたであろう人影が空を飛び、鋭角に曲がって眼前に降り立つ。

 埃一つ散らさない完璧な登場を見せ、輝く営業スマイルと共にお辞儀。

 

「──どうもー皆さん。幻想郷の文屋、ここに登場です!」

 

 紅魔館に侵入した人物は、風神少女である射命丸文だった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「あ、文! どうしてここに!?」

「私がここにいる事が不思議ですか?」

「そりゃもうびっくりだよ!」

 

 驚きながら尋ねる私を見て、文はしてやったりといった風に微笑んだ。

 楽しげに口角を吊り上げながら、私達の元に近づいてくる。

 しかし、パチュリーが魔力弾を放った事により、彼女は足を止めざるを得なくなった。

 自分に攻撃した魔女に目を向け、不思議そうに小首を傾げる。

 

「今のはどういう意味ですかね?」

「この場に天狗を呼び出したつもりはないの。私の気が変わらないうちに、帰ってくれるかしら」

「あやや。随分と嫌われたものですね、これは」

 

 肩を竦めた文の表情は、残念そうだ。

 しかし、全身から漂う雰囲気は鋭く、どこか挑発的にすら感じる。

 冷えた眼差しを自身に送っているパチュリーを、にんまりとした笑みを浮かべて一瞥。

 それから、直ぐに感情を窺わせない笑顔になると、わざとらしい仕草でため息をつく。

 

「仕方ありません。魔女さんに帰れと言われてしまったので、私はお暇させてもらいます」

「え、帰るの? 来たばかりなのに?」

「私は清い天狗ですので、家主の言葉には従うんです──」

 

 悲しげに目を伏せた文は、踵を返して扉の方に向かっていく。

 だが、途中で立ち止まったかと思えば、半分だけ顔を振り向かせながら上を見る。

 指を立てて白いおとがいに添え、独り言を呟くように口を開く。

 

「──それにしても、残念です。この状況を打破できる素敵な物を持ってきましたのに、無駄足となってしまいました」

「……なんですって?」

「おっと、声に出してしまいましたか。これは失敬失敬」

 

 ピクリと眉尻を上げ、強い疑問の声を上げたパチュリー。

 そんな彼女の様子を見て、文は営業スマイルで謝罪を示した。

 また、二人のやり取りを私は静観していたのだが、今聞き捨てならない事を聞いた気がする。

 この詰まり気味の現状を、なんとかできる物があるとかなんとか。

 

「その話詳しく!」

「いやー。みずはさんには申し訳ないですが、どうやら私はお邪魔虫のようですので」

 

 全体的に済まなそうな様子を見せているが、長年の付き合いがある私にはわかる。

 今の記者モードである文は、この状況を心底楽しんでいるという事を。

 恐らくパチュリーでは察せないほどの瞳の奥で、大層愉快げにほくそ笑んでいるのだ。

 嫌いな天狗に主導権を握られてどんな気持ちですか、と。

 今の文からは、悪役ばりの高笑いまで聞こえてきそうだ。

 

「くっ……!」

「おお、怖い怖い。私はか弱い一天狗にすぎないので、貴女の怒りを買うのがとっても恐ろしいです。ついでに吸血鬼さんからも狙われそうですし、急いで自宅に逃げさせていただきますね」

 

 わざとらしく肩を震わせると、翼を羽ばたかせて宙に浮いた文。

 本当に帰るつもりだと理解したのだろう。

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたパチュリーが、鋭い制止の声を投げかけた。

 

「待ちなさい!」

「なんでしょうか?」

「……お願い。現状を打破できる案があるのなら、私達に教えてちょうだい」

「いやいや。私如きの案など、七曜の魔女の深謀と比べれば幼稚なものですよ。とてもではないですが、恥ずかしくて聞かせられる代物ではありません」

「その辺にしておいてくれない? あんまりからかうと本当に後が怖いよ?」

 

 見ていられず間に入ると、彼女はチラリと私を一瞥した後。

 ため息を漏らして頷き、まとう雰囲気を一変させた。

 穏やかな気質があった記者から、私にとって馴染み深い素の空気へと。

 

「まあ、冗談はこれぐらいにしておくわ」

「ほっ……助かったよ。お礼になにかして欲しい事とかある?」

「とりあえず、用件から済ませるわよ」

 

 そう告げた文は、懐から取り出した物を私に投げ渡した。

 咄嗟に受け取って中身を確認するのだが、私は驚愕に目を見開く事になる。

 筒状のガラスの中で浮いているのは、無機質で冷たい青い瞳。

 透明な液体と一緒に揺れており、これは今の私が求めていた代物──義眼である。

 

「なんでこれを文が!?」

「貴女の家から取ったに決まっているじゃない」

「だけど、あそこには罠が沢山……まさか」

 

 よくよく観察してみれば、文の服装は汚れていた。

 まるで、つい先ほどまで探検していて、その過程でトラップに引っかかった人のようだ。

 これが私の家に行った結果だとわかり、思わず文の顔をまじまじと見つめてしまう。

 

「……なに?」

「ありがとう! 文のおかげで、なんとかなりそうだよ!」

「そっ。私の行動が無駄にならなそうで良かったわ」

「それで、その目をなにに使うの?」

 

 文は一旦置いておくことにしたのか、そう尋ねてきたパチュリー。

 焦りが乗るその言葉に、私は笑みを浮かべて手中のガラスを砕く。

 辺りに割れる音が響き、液体が床に散らばる。

 

「こうするのさ!」

 

 残った義眼を持った私は、歯の間に挟んで妖力を込めていく。

 すると、徐々に新たな視覚が増え始める。

 普通は右目にあるはずの場所とは違う、ちょうど口の半ばへと。

 

「な、なにをしているわけ?」

「気持ち悪い絵面ね」

 

 引いている様子を見せる二人をよそに、私は義眼に意識を集中。

 歯を通じて亀裂が走るのを感じ取るが、構わずに妖力を注いでいく。

 まだ義眼を完璧に創造できていないので、残念ながらこの眼は使い捨てになってしまうが、それでも一度だけ私の能力を行使できるはずだ。

 問題は間に合うかどうか……連絡が途絶えてから、まだ数分しか経っていない事を踏まえても、不安が募ってしまう。

 眉根を寄せながら、私は義眼だけが見える光景に意識を傾ける。

 

「くっ……!」

 

 偽りの瞳に映る視界は歪んでおり、ミキサーでかき混ぜられたように不気味だ。

 そんな長く見ていたくない景色に漂う、バクテリアの如き細長い線。

 うねうねと動くそれ等を観察して、求める事象を手繰り寄せる。

 

「ちょっと、大丈夫なの!? 顔が真っ青よ!」

 

 駆け寄ってこようとするパチュリーを手で制し、私は残る右腕を大きく振りかぶった。

 手を握り込んで線を掴み、手応えを感じて笑みを一つ。

 直ぐに左腕を突きつけ、両手で線をこじ開けていく。

 

「これは……」

 

 文が驚くのも無理はない。

 私の動きに呼応して、線が開いて穴ができ始めているのだから。

 穴の向こうは薄暗く、どうなっているのかは一見わからないだろう。

 しかし、ここに流れ込んできている妖気。

 禍々しさが宿るそれを感じれば、この先がどこに繋がっているのか一目瞭然だ。

 

「お……らあっ!」

 

 最後に気合い一声。

 人が一人通れるほどの穴が開き、同時に義眼が砕け散った。

 なんとか想定通りになり、安堵の息をつく。

 紫に貰った触媒だから期待していたとはいえ、想像以上の成果である。

 あの触媒を調べていた時、彼女の能力が込められている事が判明したのだ。

 だから、私の能力と合わせれば、スキマもどきを創れるのではないか。

 そう考えた結果、目の前の光景が広がっている。

 

「さて、レミリアは……」

 

 穴から顔を出して視線を巡らせると、視界の下の方で彼女を発見した。

 レミリアは膝をついており、身体からは血が流れている。

 美鈴達もまだ生きているようだが、息が切れていて余裕がなさそうだ。

 対して、フランドールは元気そのものの様子で、嗤いながらあちこちを破壊していた。

 

「あははははははっ! ぜんぶぜーんぶ! わたしがこわす!」

「そんな事は私がさせないわ」

 

 ゆっくりと立ち上がると、決然とした表情を浮かべたレミリア。

 その背中は上から見ている私にとっても頼もしく、自然と付き従いたくなるような威厳があった。

 しかし、今のフランドールには、彼女の言葉は不愉快だったらしい。

 眉をしかめて舌を打ち、能力発動の構えを取る。

 

「うざい。だから、こわれて?」

 

 これ以上は危険なので、私は穴から飛び降りて大声を上げる。

 フランドールの注意が向くように、とにかく目立つように。

 

「させないよ!」

「だれなの──」

「発射ッ!」

 

 笑みを浮かべて叫ぶと、伸ばした左腕が勢いよく飛んだ。

 白い煙を吹きながら放たれたそれは、目を見開いたフランドールへと向かう。

 

「ちっ!」

 

 直前で身を捻って回避したフランドールだったが、Uターンして戻ってきた左腕を背中に着弾。

 瞬間、義手全体が網目状に変形して、彼女を包み込んだ。

 

「アーハッハッハ! これが科学の力だー!」

「ぐがああああああ!」

「無駄だよ。それは特別製の金属でできているからね!」

 

 咆哮を上げながら、無理矢理破壊しようとするフランドール。

 しかし、一向に拘束が外れる様子はなく、満足のいく結果に私は高笑いが止まらない。

 私の義手は様々なギミックがあるが、中でもこのコンボはお気に入りだ。

 ロケットパンチからの変形に、相手を掴んで離さない二段構え。

 我ながら素晴らしい発明をしてしまった。

 

「なんで、お前がここに……」

「あそこから出てきたんだ」

 

 地面に着地した私に尋ねてきたレミリアに、私は上を指差してそう返した。

 穴は塞がり始めており、ちょうどパチュリーが飛び降りるところだった。

 微かに瞳を細めたレミリアは、フランドールに意識を戻しながら口を開く。

 

「スキマの力を感じるな」

「まあ、紫に貰った触媒を使ったからね」

「なるほど。要は劣化版という事か」

「そういうこと。さて……」

 

 私の側には、紅い悪魔と七曜の魔女。

 フランドールを挟んだ反対側には、紅魔館の門番に瀟洒なメイド。

 四方から囲む形になっており、状況的にはこちらが有利だ。

 

「じゃまをするなああああああッ!」

 

 雄叫びを響かせたフランドールは、拘束されたままこちらへと突っ込む。

 圧倒的なスピードが乗っていて、私は回避するために重心を落とす。

 片腕で動きにくいが、慣れているので問題はない。

 ギラギラと殺意が灯る赤い瞳と目を合わせながら、フランドールの様子を観察していく。

 しかし、私が行動に移す間もなく、状況は二転三転と変化していた。

 

「申し訳ございません」

「ぐっ!」

 

 まず、私の前に現れた、咲夜。

 彼女は大量のナイフを投げ、フランドールに突き刺していく。

 痛みで動きが鈍ったのか、光る赤い目の輝きが弱まった。

 その数瞬後、脚を地面に叩きつけていた美鈴が、爆発的な速さでこちらにやって来る。

 

「もう少し辛抱してください!」

「がぁぁああ!」

 

 フランドールの懐に潜り込んだかと思えば、美鈴はしなやかな脚を振り上げて宙に吹っ飛ばす。

 残心をしてから脚を下ろし、次に近くにいる紫の魔女へとアイコンタクト。

 

「わかってるわよ」

 

 既に彼女は魔法陣を展開しており、空中でもがいているフランドールを見やる。

 瞬間、彼女の周囲が輝き、光の帯に固定された。

 フランドールは苦悶の表情を浮かべており、怨嗟に貌を彩らせて歯ぎしりしている。

 

「こわすこわすこわすこわす──」

「もう、貴女は眠りなさい」

「──っ!」

 

 いつの間にか、フランドールの上にいたレミリア。

 羽を大きく広げていた彼女は、子供に言い聞かせるように告げ、目を血走らせていたフランドールの腕にブレスレットを嵌めた。

 すると、彼女の瞳に意志が宿り、ぼんやりと瞬きを始める。

 

「あ、え?」

「戻ったのね、フラン」

「……おねえさま?」

「そうよ、私は貴女のお姉様」

 

 優しい面持ちで頬を撫でてくる姉に、妹は眠たげな顔で呟く。

 

「なんだか私、とっても眠いの」

「沢山遊んだから眠くなったのね。私が部屋に運んであげるから、今は眠りなさい」

「うん……そうする……」

 

 瞼を閉じたフランドールを大事に抱えると、レミリアはゆっくりと降り立っていく。

 愛する家族を見つめるその横顔は、まるで天使のように可憐で澄んでいた。

 対して、私達は互いの顔を見合わせる。

 

「やった、のかな?」

「そうね。作戦は成功よ」

「……やりましたね」

「お見事です、お嬢様」

 

 実感が身体に染み渡っていき、徐々に顔に広がる満面の笑み。

 やがて、レミリアが着地した瞬間、私達は声を揃えて勝利の喝采を上げるのだった。

 

 

 

 

 

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