転生河童の日常譚   作:水羊羹

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第十四話 ありふれたハッピーエンド

 結局、紅魔館での鬼ごっこは、文に逃げられた事により終了した。

 秘蔵のお酒は取り返せず、その日の晩に枕を濡らして睡眠したのが記憶に新しい。

 それから、数日が過ぎ──

 

「ひゃー美味い!」

 

 現在の私は、ひたすらヤケ食いを繰り広げていた。

 手当り次第目につく料理を手に取り、口の中に運んで味わっていく。

 取られたお酒の事を水に流すため、ひたすら胃に収めているのだ。

 どの料理も美味で、咲夜の料理スキルの高さが羨ましい。

 対する私が料理を創る場合、きゅうりを含まなければメシマズになってしまう。

 逆にきゅうりを使えば、それなりなできにはなるのだが、この極端な特性には苦笑いしか出てこない。

 

「それにしても……」

 

 辺りは煌びやかな装飾が施され、大広間を格調高い空間に変えている。

 今日は紅魔館でフランドールの祝賀会が開かれていて、招待した人妖を含めた少人数で、ささやかなパーティーが開かれているのだ。

 また、今回は立ち食形式になっているので、後片付けが大変そうだと咲夜には同情してしまう。

 

「はいはーい! 紅美鈴、踊りまーす!」

 

 陽気な活気にあてられたのか、それとも元々お酒には弱いのか。

 頬を真っ赤にしていた美鈴は、残像が残る足取りで演舞を披露する。

 時折近くにいる妖精メイドに攻撃したり、小悪魔を投げ飛ばしたりしているが、相手は怒っていないので問題ないだろう。

 みんなが悲鳴を上げて逃げているので、怒る余裕がないとも言えそうだが。

 にしても、踊り酒とは随分と器用だ。

 足癖が悪いのか、酒癖が悪いのか。どちらにしても、今の美鈴には近づきたくない。

 

「楽しんでるか?」

「んぐっ……レミリア」

 

 箸休めにきゅうりをかじっていると、レミリアがやってきた。

 彼女の背中にはフランドールがおり、小さく顔を出してこちらを窺っている。

 丸い瞳には思案の色が見え、なにやら気になっている事があるらしい。

 

「フラン、ご挨拶しなさい」

「こんにちは」

「はい、こんにちは。私の名前は滝涼みずはって言うんだ。君の名前を聞いてもいいかな?」

 

 本当は知っているとはいえ、やはり本人から直接聞くのが礼儀というものだろう。

 膝を屈めて目線を合わせると、幼き吸血鬼はぱっと表情を綻ばせた。

 花が開くような笑顔で、そこに邪悪な色は影も形もない。

 

「私はフランドールって言うの! フランって呼んで」

「私もみずはでいいよ」

「わかったよ、みずは。それで、もしかして……」

「うん?」

 

 首を傾げた私を盗み見ながら、フランドール──フランは指を絡ませる。

 俯き気味で口元をもごもごとさせており、どこか緊張している様子だ。

 彼女の背後にいるレミリアは内容を知っているのか、優しげな眼差しで見守っている。

 

「その……みずはって、妖精さん?」

「あー……」

 

 フランの言いたい事に察しがついた私は、思わず苦笑して頭を掻いた。

 恐らく、彼女と初めて会った時の事を言っているのだろう。

 妖精さんとして部屋に侵入した私と、それを破壊した狂気の吸血鬼。

 あれは私自身の落ち度もあったので、フランが気に病む必要は全くない。

 好奇心のまま赴いた自業自得の結果だし、そもそも被害は軽微だった。

 しかし、少なくともフランにとって、この事は見過ごせなかったのだろう。

 ぎゅっと自分の服の裾を握り、後悔が彩った幼貌で私を見上げる。

 上目遣いとなる赤い瞳では、滲む涙が揺れていた。

 

「ごめんなさい。みずはの妖精さんを壊しちゃって」

「いやいや。全然気にしてないから、そんな改まって謝らなくてもいいよ」

「で、でも」

 

 なおも募ろうとするフランの言葉を、私は両手を叩く事で遮った。

 身を竦めた彼女の手を取り、できるだけ快活に笑いかける。

 

「この話はもうおしまい! それより、せっかく知り合いになれたんだから、もっと君の事を聞かせてよ」

「……うん、わかった!」

 

 暫く逡巡する様子のフランだったが、表情に笑顔が戻った。

 立ち上がって彼女と横並びになりながら、私達はお互いの事を話していく。

 改めた自己紹介や、趣味趣向、フランがこれからやりたい事等々……。

 途中でレミリアが茶々を入れたり、咲夜が給仕しにやってきたり。

 和やかな雰囲気のまま、パーティーは続いていた。

 

「──よう、ちょっといいか?」

 

 そんな中、私達の方へと一人の少女が近づいてくる。

 頭には特徴的な帽子を被っており、紫とはまた違う金髪の片側をおさげにして、肩に垂らしていた。

 表情に浮かんでいるのは、大胆不敵な笑み。

 お皿を片手に、もう片方の手にはワイングラスが握られている。

 どこか男らしい口調と共に現れたのは、異変時にパチュリーを倒した──霧雨魔理沙だ。

 

「あら? 私はあなたをパーティーに呼んだかしら?」

「おいおい、そりゃないぜ。私は泣いて乞われたから仕方なく来ているのに」

「冗談よ。この場に集ったのは、私達と縁があるもの。お前がパーティーに呼ばれるのも、必然と呼ぶべき事柄だわ」

「回りくどい会話は無粋じゃないか? 今は宴会らしく、頭を空っぽにして楽しむもんだろ」

 

 グラスの酒を一呑みすると、魔理沙はテーブルに置いて皿の料理を手につける。

 美味しそうに頬張っているので、見ているこちらもお腹が空く。

 釣られてお肉を食べ始める私をよそに、レミリアは肩を竦めて微笑む。

 

「この程度の言葉遊びは、むしろ余興だと思わないかしら?」

「遊びは子供がする事でしてよ」

「……くくっ、言うじゃないか。ならお前に、大人の遊びを教えてやろう」

「私に同性愛の気はないんで、謹んでその申し出を断らせてもらうぜ」

 

 意外と気に入っているのか、魔理沙と話すレミリアの様子は楽しげだ。

 背中の羽がパタパタと動いているし、行動の節々からも容易に想像できる。

 とはいえ、貴族的優雅さを失っていないのは、流石レミリアと賞賛すべきだろう。

 

「お姉様楽しそうだねー」

「そうだねー。フランもわかる?」

「そりゃあ、あんだけ羽が動いてたらね。それに、あの人間面白そうだもん。私も興味があるし」

 

 テーブルに寄りかかったフランは、足をぷらぷらさせながら呟いた。

 視線は魔理沙へと注がれ、レミリアと話している姿を観察している。

 たしか、フランと魔理沙は初対面だと記憶しているが、なにか波長でも合ったのか。

 そういえば、原作では魔理沙がフランと弾幕ごっこをしていた……ような気がする。

 この世界ではまだしていないとはいえ、やはり不思議な繋がりがあるのだろう。

 

「あ、そうだ」

「ん?」

 

 手持ち無沙汰気味に手を翳していたフランは、なにか思い出した様子で姿勢を正した。

 疑問の声を上げた私を見やり、ブレスレットが嵌った手を突き出す。

 

「これ。お姉様から聞いたんだけど、みずはも手伝ってくれたんだよね?」

「手伝ったってほどじゃないよ。私ができた事はほとんどなかったし」

 

 実際、ある程度のサポートはしたが、それがなくともレミリアならなんとかしただろう。

 あの時、フランとしっかりと向き合っていたのは、愛する妹のために単身挑んだレミリアに、尊敬する主のために助太刀しにきた美鈴達紅魔館組だ。

 私はただ、彼女達の影で手を添えただけだった。

 しかし、そんな私の思考とは裏腹に、フランは笑みを浮かべて首を横に振る。

 

「それでも、みずはがいたおかげで、私はこうして外に出られた。お姉様と一緒のベッドで眠れたし、美鈴達ともいっぱいお話できた。だから、改めて言うね──助けてくれて、ありがとう」

 

 万感の想いが込められた、フランの言葉。

 それは意思を持った言霊となり、私の胸の中心を鋭く貫いた。

 心臓から血液を通して全身に染み渡っていき、思わず目を伏せて胸元に手を置く。

 本当に卑怯だ……そんな、そんな綺麗な笑顔と一緒に言われてしまうと、大した事はしていないとカッコつけていた私がバカみたいではないか。

 先ほど思っていた事は嘘ではないが、やはり自分もなにかしらできた、と承認欲求に近い思いがあったのも事実。

 しかし、それを素直に吐露するのは惨めに感じ、こうしてカッコつけていたわけだが……

 

「これじゃあ、逆にカッコ悪いじゃないか」

「カッコ悪い?」

「いや、こっちの話」

 

 過度の謙遜は嫌味、だったか。

 自分の行動を正しく判断して、ありのままに相手の言葉を受け止める。

 そうするべきであり、よって今の私が返す言葉も決まっていた。

 浅い呼吸で間を置いた後、顔を上げた私はフランへと不敵に微笑む。

 

「さっきの言葉は訂正するよ。私がした事は、結構多かったかな? パチュリーと一緒に魔道具を製作したし、レミリアと会話するために無線機も開発したし、なにより君を拘束した私の貢献があったからこそ、なんとかなったんだよ!」

「うわぁ……」

「ふっふっふ。全ては私の発明品のおかげなのさ!」

 

 胸を張ってドヤ顔を向けた私に、ドン引きした様子のフランが告げる。

 

「あれだね。みずはって、結構バカ?」

「バ、バカだって? よりにもよって、この私がバカですと?」

「なんて言うか、残念臭が凄いある感じ?」

「残念……」

 

 顎に指を添えたフランの言葉を聞き、私は項垂れてしまった。

 自分を飾らずにしただけなのだが、なんという言い草だろうか。

 私だって、一河童として発明品には誇りを持っているので、結果を出した事に対しては声高に自慢したいのだ。

 それをばっさりと切り捨てられるとは、悲しくて泣いてしまいたいほどだ。

 私が背中に暗雲を背負っていると、レミリアとの話に一段落ついたのか。

 彼女と一緒に、魔理沙がこちらに近寄ってくる。

 

「よう、お前がレミリアの妹か……どうした?」

「フランドールだよ。フランって呼んで。みずははちょっと、突きつけられた現実から逃避しているだけだから」

「違うからね! 私はバカでも残念でもないからね!」

「あー。とりあえず、こっちの妖怪が愉快な性格だってのはわかった」

 

 微妙な表情で頬を掻いていた魔理沙は、ニヤリと口角を上げると親指で自身を指した。

 

「私の名前は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ。好きなように呼んでくれ」

「じゃあ、魔理沙って呼ぶね! 魔理沙って、魔法使いなんだ。パチュリーと一緒だね」

「ああ。あいつとは本を借りる仲だぜ」

「──死ぬまで借りている、不条理な仲だけどね」

 

 私達の間に割って入る、静かな声。

 聞こえた方に目を向けると、呆れた表情のパチュリーが本を読んでいた。

 どうやら、先ほどの会話が彼女の耳に入っていたらしい。

 魔女に訂正された魔理沙だったが、不思議そうな顔で見返している。

 

「それのどこがおかしいんだ?」

「一方的に私が搾取されているんだけど?」

「安心してくれ。その分、私が刺激的な弾幕ごっこを提供してやるから」

「安心できる要素が一欠片もないわ。貴女はもう少し慎みを覚えるべきよ」

「おいおい、冗談だろ? 私は謙虚の塊でできている美少女だぞ? 私から慎みを取ったら、なにも残らないじゃないか」

「分厚い面の皮が残りそうだけど」

 

 小気味よく交わされる、会話のキャッチボール。

 表面上は冷たい雰囲気に包まれているが、少なくとも魔理沙はこのやり取りを楽しんでいるようだ。

 先ほどから挑発的に笑っており、それ以上に悪戯好きな子供のような表情を浮かべている。

 対して、パチュリーの方も嫌悪感はなさそうなので、二人はそれなりに良い関係を築けているのだろう。

 とはいえ、魔理沙が本を死ぬまで借りると公言している以上、更に仲良くなるのは時間がかかるだろうが。

 

「類は友を呼ぶ、かしらね」

「パチュリー達の事?」

「同じ真理を追求する者だから、反発はしないんでしょう」

「ねぇ、お姉様。弾幕ごっこってなに?」

「──それには、私がお答えしましょう」

 

 再度、割り込まれた声。

 しかし、今度は私達の間に、声の主も現れていた。

 扇で口元を隠しながら、雅な雰囲気を漂わせている妖怪の賢者。

 私が招待した、八雲紫である。

 

「うげっ。紫じゃんか」

「あら、魔理沙には随分と嫌われたものですわ」

「スキマか。何故ここにいる?」

「こちらの方に誘われたからですわ。是非とも私に出席して欲しいと」

 

 指し示した紫の先を追ったレミリアは、私を見つけて一つ頷いた。

 対して、嫌な顔をしていた魔理沙は離脱し、パチュリーの隣に向かう。

 

「ちょっと、なんでこっちに来るのよ」

「あんなところにいたくないからに決まってるからだろ。ほら、見ろよ。レミリアと紫が熱く見つめ合ってるぞ」

 

 魔理沙の告げた通り、二人は綺麗な笑みを湛えて視線を絡ませていた。

 言葉を発していなくともわかる、黒い腹の探り合い。

 気配で牽制したり、仕草で相手を罠に陥れようとしていたり。

 明らかにパーティーには相応しくない、重々しく近寄り難い雰囲気だ。

 相変わらず、大妖怪は面倒な性格をしている。

 強烈な自負があるからこそ、相手に弱味を見せたくない。

 常に自分が優位に立ちたいと考えているので、こうして妥協という選択肢が取れないのだ。

 私にも同じ気持ちはあるが、やはり時と場所は弁えている。

 まあ今回の場合、主催者として振る舞っているレミリアと、賢者として出席している紫だから、両者共にへりくだれないのだろう。

 プライベートだったとしても、同様の結果になっていた可能性もあるが。

 

「はいはーい! そんなやり取りはやめて、パーティーを楽しもうよ。特に、レミリア。今日はフランの記念すべき日なんだからさ」

「……ふんっ」

「うふふ」

「紫も挑発しない!」

「あらあら、みずはに怒られちゃいました」

 

 茶目っ気混じりに舌を覗かせた紫は、にこやかな微笑のままフランに視線を移した。

 先ほどから彼女は胡散臭そうな表情を浮かべており、それを見た賢者の仮面にヒビが入る。

 

「紫、だっけ?」

「初めまして、小さな吸血鬼さん。私は八雲紫。以後お見知りおきを」

「なんか、胡散臭いねお前」

 

 初対面で言われるとは思わなかったのだろう。頬を微かに引き攣らせた紫の額に、小さな青筋が立つ。

 しかし、直ぐに完璧な淑女としての顔に戻ると、大人の余裕を見せつけながら言葉を返す。

 

「どうやら、貴女様は大切に守られていたようですね。筋金入りな箱入り娘のようですし、今後はお姉様に世間の常識を教授して貰うべきですわ」

「それに、見た目よりおばさんっぽい」

「お、おばっ……」

「ちょ、フラン! それは言っちゃいけない禁句だよ!」

 

 慌ててフランの口を押さえるも、時すでに遅し。

 扇から砕けそうな音が鳴り、紫は可憐な笑みを深めていく。

 対して、機嫌悪そうに腕を組んでいたレミリアは、その言葉にニヤニヤとしている。

 魔理沙とパチュリーは同時に額に手を乗せ、あちゃーっといった様子だ。

 また、離れた場所からお皿が落ちる音が聞こえ、目を向けると咲夜が落としたらしい。

 彼女は直ぐに片付けたが、なにやら頻繁に肩を震わせていて、瀟洒な面持ちが笑いで崩れかけていた。

 

「うふ、うふふ。彼女は一体なにを言っているのかしら」

「フランの声が聞こえなかったのか? 歳のせいで耳が悪くなっているのだな。同情するよ」

「あら、ごめんあそばせ。貴女方からすれば、私頃の歳はおばさんに見えてしまうのでしょう。子供にとって、歳上は実際より老けて見えますものね」

「ほう。それはつまり、私達は幼いと言いたいんだな?」

「そんな事ありませんわ。私はただ、客観的事実を述べただけです」

 

 紫が標的を変えた事により、再び面倒な空気になってしまった。

 腹黒会話を始めた二人をよそに、私はフランの頭を軽く小突く。

 

「ダメじゃないか。紫はとっても素敵な少女なんだから」

「ごめんなさーい」

「後でからかった事を謝っておくんだよ?」

「気が向いたらね」

 

 そっぽを向いたフランは、肩を竦めて言外に否定の意を示す。

 自由になった反動だからか、彼女は人をからかう事を楽しんでいる節があった。

 パーティーの準備をしている時にも、美鈴を弄って遊んでいたり、咲夜やレミリアを困らせていたり。

 遠目から見ていただけだが、子供が母親にじゃれているような様子だった。

 まさか、それを紫にもするとは思わなかったが。

 

「まあ、これはこれで元気な証でもあるかな」

「なにか言った?」

「いやー、なんでもないよ」

「ふぅん。あ、そうだ。あの紫って妖怪はお姉様と遊んでるから、みずはが弾幕ごっこについて教えて」

「弾幕ごっこについてなら、私が教えてやるぜ!」

「魔理沙が?」

 

 私達の方に近づいてくると、仁王立ちを披露した魔理沙。

 フランの興味に満ちた視線を浴びながら、懐から一枚の紙を取り出して渡す。

 

「これはスペルカード。まあ要するに、必殺技だな」

「でもこれって、ただの紙だよね?」

「これは必殺技を使う宣言に使う感じだ。とりあえず、論より証拠。まずは、私と弾幕ごっこをしながら身体で覚えてみないか?」

 

 にっと快活な笑みを浮かべた魔理沙は、フランへと手を差し伸ばした。

 これが彼女なりの歓迎なのだろう。仲良くなるため……いや、友達になるためには、弾幕ごっこを通してお互いを知る。

 勝って喜び、負けて悔しがり、切磋琢磨して高め合う。

 単純明快で混じりっけのない、気持ちの良い歓迎方法だ。

 フランにもその意図が伝わったのか、目を丸くした彼女は嬉しそうに破顔した。

 

「吸血鬼に挑むなんて、魔理沙もバカなんだね」

「妖怪を退治するのは、いつだって人間なんだぜ?」

「……あはは! いいね、そういう啖呵。でもまあ、妖怪らしく捻り潰してあげるけどね!」

「初心者に負けるほど、私は落ちぶれてないからな!」

 

 闘志を瞳に秘めながら、二人の決闘者はパーティーホールを出ていった。

 これから、外で弾幕ごっこをするのだろう。

 やり取りを黙って見送っていた私は、壁際の椅子に座って背もたれに寄りかかる。

 魔理沙達の弾幕ごっこを見学したかったが、付いていくのは無粋であろう。

 あれはフランと魔理沙の神聖な儀式でもあり、彼女にできる最初の友達との思い出でもある。

 

「楽しそうだったねぇ」

 

 私が期待していた、フランの無邪気で純粋な笑顔。

 妖怪らしくあるがままに振る舞い、しかし狂気に犯されていない少女の貌。

 まさしく私が求めていた答えがそこにあり、改めて無事に終われて良かったと思えた。

 今後、フランは魔理沙をはじめ、様々な人妖と友誼を結ぶだろう。

 壁にぶつかったりもするだろうが、少なくとも彼女の未来は明るい。

 

「おい」

「んー……って、レミリアじゃん。紫とはもういいの?」

「スキマはどこかへ行った」

 

 そう告げると、私の隣で腰を下ろしたレミリア。

 周囲に視線を巡らせてみれば、離れたところで紫が食事していた。

 パチュリーは咲夜と話しているし、相変わらず美鈴は踊っている。

 また、遠くの方では、博麗の巫女である霊夢もいた。

 

「霊夢が気になるのか?」

「んー、まあね」

 

 主人公だからという理由もあるが、やはり彼女の独特な雰囲気が気になるのだろう。

 どこか超然とした空気があり、瞳に宿る色は空虚にすら感じる。

 もちろん、感情はしっかりと窺えるし、特に無表情というわけでもない。

 しかし、私達を見る視線というか、滲み出ているオーラというか。

 それこそ天空から見下ろしているかの如く、平等で一律になっているのだ。

 人間なのに、人間らしくない少女。

 興味を持つには十分だし、レミリアが気に入る理由も理解できた。

 

「面白いだろう?」

「だねぇ。まあでも、それだけかな」

「ほう?」

「私は紫とかの方が、一緒にいて好奇心が刺激されるかなあ」

「お前も大概変わっているな」

「あはは、よく言われる」

 

 思わず苦笑いしていると、立ったレミリアが前に回り込んだ。

 引き締められた表情は真剣で、釣られて私も崩れた姿勢を正す。

 

「改めて、お前には言いたい事がある」

「聞こうか」

 

 頷いてレミリアからの言葉を待っていたのだが、肝心の本人は珍しく口篭っていた。

 忙しなく髪の先を弄りながら、目線を斜め下に落としている。

 普段の貴族らしさはなく、まるでどこか素直になれない少女のようだ。

 

「その、だな……」

「うん」

「お前……いや……」

「うん?」

 

 やがて、レミリアの中でなにかが吹っ切れたのか。

 荒々しい仕草で頭を掻いた彼女は、真っ直ぐに私を見つめる。

 

「貴女には、感謝しているの。フランのために色々と手伝ってくれて」

「いや、別にそれはいいんだけどさ。それより、その話し方──」

「だから、一回だけ言うわ!」

 

 私の言葉を遮ると、服の裾を摘むレミリア。

 楚々とした動きで見事なカーテシーを披露しつつ、鈴が転がるような声を風に乗せる。

 

「この都度の働き、紅魔館の代表として礼を申し上げます──私の頼みを引き受けていただいた事に、心からの感謝と敬意を」

 

 絶対に言わないだろう、と漠然に思っていた。

 何度も誇りを大事にしている事を実感していたし、相応にあるプライドの高さも知っていた。

 だから、レミリアが敬語を使うなんて、あまりにも予想外だ。

 こちらを射抜く視線からは、彼女の真摯な想いしか伝わらない。

 伊達や酔狂で言っているわけではなく、本当に心の底から感謝していると理解してしまう。

 数瞬して脳が追いついた私は、自然と身体が動いていた。

 椅子から飛び降りてレミリアの前に立ち、胸に手を添えてゆっくりと頷く。

 

「確かに、お礼の言葉はいただきました。こちらこそ、素性の知れない者の話を真剣に聞いてくださり、ありがとうございました」

「貴女様の返事、しかと拝聞いたしました」

 

 再びカーテシーをしていたレミリアだったが、徐々に肩を震わせ始めた。

 口元はおかしそうに綻んでおり、彼女の心境が一目瞭然だ。

 対して、私も内から笑いがこみ上げていき、やがてどちらともなく笑い声を響かせる。

 

「あはははは! 私達にこんな仰々しいやり取りは似合わないって!」

「ふふっ、そうね。こんなの肩が凝るだけだもの」

 

 暫く笑い合った後、私はグラスを手に持ってレミリアへと傾ける。

 その促しを正しく受け取ってくれたようで、彼女もグラスを取って私のにぶつける。

 場に小気味よい音が鳴り、同時にワインを喉に流し込んでいく。

 誰かと一緒に飲んだからだろう。今日飲んだお酒の中で、もっとも美味しい味だった。

 

「それで、なんで話し方を変えたの?」

「別に、そういう気分になっただけよ」

「ふぅん……そういう気分、ねぇ」

「なに? 言いたい事でもあるのかしら?」

 

 ジト目で見やるレミリアに、私は笑みを浮かべて誤魔化しながら、周囲に視線を巡らせた。

 こちらを一瞥した霊夢、にこやかに手を振ってきた紫、のんびりした様子で本を読んでいるパチュリー、テーブルに突っ伏して気持ち良さそうに眠っている美鈴。

 部屋の外からは微かな爆発音が聞こえ、各々がパーティーを楽しんでいるらしい。

 

「ハッピーエンド、だね」

「なにか言った──」

「それではこれより、お嬢様の一発芸がお披露目されます。皆様、大きな拍手をお願いいたします」

「──はっ?」

 

 あえて目を逸らしていたのだが、それも限界だった。

 目を丸くしたレミリアからは見えないだろうが、こちら側からは出現した壇上が目に入っている。

 天井には真っ白な垂れ幕がかかっており、でかでかと“お嬢様の優雅な一発芸”という文字が書いてあった。

 

「お嬢様、こちらです」

「ど、どういう事かしら?」

 

 私達の側に出現した咲夜の手には、二つのワイングラスが握られていた。

 中には真っ赤な液体が入っていて、鼻に流れ込む鉄臭い匂いから、どうやらこれは血らしい。

 頬を痙攣させている主をよそに、真面目な面持ちのメイドが口を開く。

 

「パーティーには余興が必要、とお嬢様がお考えになっていると耳にしまして、急遽用意させていただきました」

「待ちなさい。一体誰から……まさか!」

 

 慌てた様子のレミリアが目を向けた先には、本で顔を隠しているパチュリーの姿があった。

 彼女はおかしそうに肩を震わせ、呼応して揺れている指で壇上を示す。

 

「お、お膳立ては私がしておいたから、レミィは心置きなく余興を見せてちょうだい」

「パチェ!?」

「あらあらぁ? 紅魔館の主様は、客人を楽しませる事すらできないのですか?」

「ぐっ」

 

 胡散臭い笑みで扇を広げた紫の言葉に、レミリアは声を詰まらせていた。

 

「私も暇だから見たいわ。なんか面白い事をしてよね」

 

 霊夢も料理を片手にそう告げ、着実に外堀が埋められていく。

 無表情ながらも期待に満ちた咲夜の眼差しも送られ、遂に観念したのか。

 ため息を漏らしたレミリアは、吹っ切れた様子で壇上を登る。

 

「あ、咲夜ー。お酒もう一杯ちょうだい」

「こちらに」

「ありがとう。さて、私も楽しませてもらおうかな」

 

 場に残る血の臭いを感じながら、私はニヤニヤして椅子に腰を下ろした。

 あのレミリアが一発芸をする事になるとは、本当になにが起こるのかわからないものだ。

 そんな風に考えていると、ドアが開かれて文がこの場に現れた。

 たしか、彼女は用事があるから来られない、とレミリアから話を聞いていたのだが。

 

「何故、天狗がここにいる!」

「レミリアさんが面白い事をすると風の噂で耳にし、いてもたってもいられず飛んできました!」

「どんだけ地獄耳なのさ……」

 

 満面の笑みでカメラを構えた文を見て、なにを言っても無駄だと悟ったのだろう。

 嘆く様子で首を横に振ると、レミリアは壇上の上でグラスを掲げる。

 

「レミリア・スカーレット。人間の血の一気飲みをするわ」

 

 パーティーの雰囲気にあてられてもいるからか、普段よりレミリアのテンションが高いようだ。

 でなければ咲夜の頼みだとはいえ、このような余興をするはずがない。

 やんややんやと野次を飛ばす霊夢と、愉快げに眺めている紫。

 パチュリーも楽しそうに親友の姿を見つめており、唯一咲夜だけが瀟洒な仮面で拍手していた。

 宴会らしく、和やかで平和な光景。

 たまの刺激もスパイスとして好きだが、やはり私はこうした日常を好むと再確認する。

 暫くは事件も起きないだろうし、今はこの平穏を精一杯謳歌しよう。

 

「これにて一件落着ってね」

 

 頬を緩ませた私は、一気飲みを始めたレミリアに合わせて、ワイングラスの中身をあおるのだった。

 

「あら? これ、ただのワインよ」

「……あっ。みずは様に渡すお酒と間違えました」

「ぶーっ!?」

 

 

 

 

 




これにて第二章完結。
次話からはタイトル通り、日常メインになると思います。

いつも読んでくださりありがとうございます。
皆様の存在が励みになりました。
今後もよろしくお願いいたします。

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