転生河童の日常譚   作:水羊羹

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第四話 饅頭片手に異変観戦

 小さな光が飛んでいる。

 淡い輝きを放つホタルのようなそれは、紅い(・・)霧に覆われた幻想郷を漂う。

 風に乗せられているだけに思えたが、不意に光は規則的な動きで進行方向を変えた。

 チカチカと明滅してから暫し、やがて眼下に広がる深紅の館に向かう。

 ちょうど、二人の少女が門番らしき存在を倒したところで、堅牢な扉をぶち破っていた。

 ゆらゆらと揺れていた光は、彼女達の背後に張りついて一緒に館へと潜入。

 意思でも持っているのか、直ぐに天井付近まで飛び上がった光。

 光から見える一対の羽を羽ばたかせ、上空から少女達に付いていく。

 まるで、人が尾行しているように。

 暫くすると、広間の階段から一人のメイドが降りてきた。

 なにやら少女達と会話しており、やがて一人の少女がメイドと相対する。

 同時に、魔法使いのような格好をした少女が、箒に乗ってどこかへ行ってしまった。

 光は迷うように揺れていたが、やがて魔法使いの後を追うのだった。

 

 

 ▼●▼●▼●▼●▼●▼●▼●▼●

 

 

「ふぅ……」

 

 慧音から貰った、質の良い緑茶を口に運んでいく。

 まったりとしながら、私は左右別々(・・・・)に映る景色に集中する。

 左目に入る光景は、いつも通り現代風である我が家のリビングだ。

 対して、右目には一人の少女の背中が見えていた。

 服装や箒に乗っている事から、恐らく彼女は霧雨魔理沙だろう。

 弾幕はパワーという持論を持っており、気持ちの良い性格をしている少女だ。

 ただ、この世界ではどうか知らないが、前世では本を死ぬまで借りようとしたり、色々とイイ性格でもあった。

 果たして、この魔理沙の性格はどうなのか。

 知らず知らずに笑みを浮かべながら、私は椅子の背もたれに寄りかかる。

 

「いやぁ、我ながら素晴らしい物を造ってしまった」

 

 魔理沙を追っている光。

 これは、私が発明した追跡装置だ。

 前世の勇者ゲームを形の参考にしており、便宜上は妖精さんと呼んでいる。

 なお、この世界のいたずら好きな妖精とは関係ない。

 この妖精さんは私の右目とリンクしていて、こうして離れた場所でも景色を見られるというわけだ。

 気分はさながら、防犯カメラを見ている警備員といったところか。

 観戦のつまみに饅頭を食べていた私は、この異変を楽しむ気満々であった。

 元々、原作である異変に介入するか悩んでいたのだが、あまり首を突っ込むのもどうかも考えたのだ。

 これは博麗の巫女である博麗霊夢が解決するべき内容であり、妖怪である私は部外者と言っても過言ではない。

 しかし、この幻想郷を揺るがす異変は、退屈を嫌う妖怪の性を持つ私からすれば、非常に魅力的すぎた。

 結果、妥協して観戦するだけにしたのだ。

 それに、これなら目をつけられる事もないので、ほどほどの平穏を守りたい私の目的とも合致する。

 

「異変をつまみに飲む酒は最高だね」

 

 と言っても、今飲んでいるのはお茶だが。

 しかし、もったいない。

 魔理沙達が別れるのはわかっていたので、妖精さんを二匹連れていけば良かった。

 リンクを切り替える手間があるが、これならば二場面の弾幕ごっこが見られたのに。

 まあ、霊夢達の方は、次の異変の楽しみにでも取っておこう。

 

「お、図書館か」

 

 妖精さんを伝って視界に広がる、壮大な本の群れ。

 それこそ無数の本棚がそびえ立っており、巨峰という単語が脳裏を過ぎった。

 本棚をなぞるように飛ばせば、様々なタイトルの背表紙が見える。

 私でも読める物から、魔術書らしき怪しい本まで。

 大いに好奇心が刺激されていき、思わず私は唇を舐めて身を乗り出す。

 

「読んでみたいねぇ……」

 

 この異変が終われば、紅魔館に入られるようになるはずだ。

 当主であるレミリア・スカーレットは気高いが、こちらが礼を尽くせば無下にはしないだろう。

 それに、もしかしたら前世の二次創作であった、俗に言うかりちゅまレミリアかもしれない。

 ただ、どちらであったとしても、私に紅魔館を訪れないという選択肢はなかった。

 椅子に座り直して饅頭を食べていると、魔理沙が紫の髪の少女と相対する。

 

「おお、パチュリーか」

 

 まさに魔女だという存在を思わせる、こちらまで伝わる厳かな雰囲気。

 長い間、魔法を研究していたからだろう。

 湖畔のように静かな双眸からは、飽くなき探究心と深い冷徹さが垣間見えていた。

 二人はなにやら話しているが、ここからでは声が上手く拾えない。

 近づきすぎると、流石に見つかってしまうだろう。

 妖精さんの稼働テストでは、文や慧音に見つからなかった。

 そのため、隠密性能等には自信があるが。

 魔法はそこまで詳しくないので、別のアプローチで見破られるかもしれない。

 付近の本棚の影に妖精さんを隠し、左目を閉じて視界を一つに絞る。

 恐らく、始まるのだろう。

 東方Projectの花形──弾幕ごっこが。

 

「おお!」

 

 始まりは、突然だった。

 弾けるように離れた両者は、小手調べと言わんばかりに弾幕を撃っていく。

 ただの通常弾だが、それでも一定の規則性は見える。

 上下左右、そして前後。

 三百六十度に広がる色とりどりの弾の群れは、私に大いな感動を与えていた。

 前世の東方Projectは、いわゆる2Dの画面だった。

 平面でも十分に綺麗な弾幕だったが、眼前で映される立体的な弾幕達は、やはり比べ物にならないほど美しい。

 自然と前のめりになりながら、私はこの弾幕ごっこに惹き込まれていく。

 魔理沙が一枚のカードを掲げると、出現した星型の弾幕がパチュリーへと駆ける。

 まるで、無数の彗星が現れたかのようだ。

 スペルカード──弾幕ごっこで使われる、必殺技のような物である。

 弾幕ごっこは、このスペルカードが鍵を握っていると言っても過言ではない。

 一人一人違う、スペルカードの形。

 それこそ人の数ほどあり、またどのスペルカードも美しい弾幕だ。

 

「これは、写真に撮りたいなぁ」

 

 妖精さんにシャッター機能はないので、残念だが心に焼き付けるしかない。

 気落ちする私をよそに、両者は互い互いに弾幕を魅せていく。

 魔女らしく、理詰めの動きで回避しているパチュリー。

 弾幕一つ掠らせないその手腕は、見事と手放しで褒められるであろう。

 暫くすると、魔理沙のスペルカードの効果が切れたのか。

 溶けるように弾幕が消え、同時にパチュリーがカードを掲げる。

 すると、彼女を中心に炎の渦が巻き起こり、瞬く間に円状に広がっていく。

 魔理沙は微かに面食らった表情を浮かべるも、直ぐにニヤリと表情に好戦的な色を宿す。

 箒を巧みに操り、炎の津波とも呼ぶべき弾幕を躱している。

 弾幕ごっこでは魔理沙に一日の長があるのか、パチュリーよりは幾分か余裕が窺える。

 卓越された技術で相手を追い詰める七曜の魔女と、裏打ちされた経験で流れを引き込む普通の魔法使い。

 ここに来て、危ういという枕詞がつくが、両者の戦況は均衡を保たれた。

 

「さて、どっちが勝つかな」

 

 どちらが勝っても、おかしくはないだろう。

 粗が目立つ魔理沙が回避し損ねるのか、はたまた攻めきれずパチュリーが落とされるのか。

 少し思考を巡らせていたが、直ぐに打ち切る。

 こういうのは、考えていても面白くない。

 予想をせずに楽しみ、この綺麗な弾幕を噛み締めるべきだ。

 急須に追加のお茶を注いでいる間にも、両者は一進一退の攻防を繰り広げていた。

 しかし、ここでなにかを掴んだのか。

 魔理沙の弾幕を避ける動きが、徐々に鋭利になっていく。

 実戦を通して、成長しているのだろう。

 魔法使いとして既に完成されている、パチュリー。

 対して、魔理沙はまだまだ伸び代が高い。

 それこそ、鯉が滝を登って竜になるかのように、恐るべきスピードで強くなっている。

 

「お、来るか」

 

 焦ってしまったのだろう。

 パチュリーの呼吸が微かに乱れ、魔理沙の姿を捉えきれなくなる。

 それに慌ててしまい、対応が追いつかなくなっていく悪循環。

 ここに来て、弾幕ごっこでの経験値が、勝負の差をつけ始めていた。

 パチュリーのスペルカードが終わり、数瞬両者の間を静寂が通る。

 紫の魔女が弾幕を放とうとするが、その機先を制するように。

 口角を吊り上げた金の魔法使い──魔理沙が、八卦炉を向けて高らかに叫ぶ。

 

『恋符「マスタースパーク」ッ!』

 

 ここまで伝わるほどの声量。

 ビリビリと電撃の如き震えが起き、八卦炉から極太のビームが撃ち出される。

 目を見開いたパチュリーが回避しようとするが、動くのには遅すぎた。

 自分に迫りくる力溢れる弾幕を見て、足掻く事を諦めたようだ。

 ビームに飲み込まれる直前、パチュリーは小さく笑った。

 徐々にマスタースパークは収束していき、最後は糸のように細くなって消滅。

 消えた弾幕の後には、目を瞑っているパチュリーの姿が現れる。

 しかし、気絶してしまっていたのか、ぐらりと身体が傾くと落ちていく。

 慌てた様子の魔理沙が飛び、彼女を抱きとめて地面に降り立つ。

 魔女達の弾幕ごっこは──魔理沙の勝利で幕を下ろした。

 

「……」

 

 その様子を最後まで見ていた私は、無意識に握っていた手を開いた。

 手のひらは汗に塗れており、多くの手汗をかいていたらしい。

 気がつけば、肩にも力が入っていた。

 ゆっくりと深呼吸をして、全身から力を抜いていく。

 

「ふぅ……」

 

 凄い。

 これが、弾幕ごっこか。

 魅入るというのは、まさにこの事だ。

 特に、最後の攻防。

 魔理沙がマスタースパークを放つ場面は、思わず手汗を握って興奮した。

 弾幕はパワー、という彼女の言葉も頷ける。

 あのビームは気持ちいいだろうし、圧倒的な力は胸を震わせた。

 

「良い物を見せてもらった」

 

 妖精さん越しでここまで感動したのなら、生で見たらもっとヤバいのだろう。

 今更だが、私も紅魔館に行けば良かった。

 まあ、行ったら行ったで、色々と面倒な事になるのだろうが。

 仮定のイフを考えていても、意味がないけど。

 

「うーん……」

 

 見たい物は見られたので、このままお暇しても問題はない。

 霊夢達の方は、今から向かっても間に合わないだろう。

 レミリアを一目見ておきたかったが、次の機会まで取っておこう。

 とりあえず、妖精さんに指示を出して──

 

「あ、そうだ」

 

 ふいに閃き、私は帰らせようとした妖精さんの動きを止めた。

 レミリアと言えば、忘れてはならない人がいたではないか。

 悪魔の妹と呼ばれる、狂気を宿した無邪気な破壊者──フランドール・スカーレットを。

 

「これは見ておかなきゃ損だよ」

 

 野次馬的思考が働いた私は、ほくそ笑んで紅魔館の地下へと向かわせる。

 いる場所は、大まかに見当がついている。

 あからさまに厳重な結界が張られており、恐らくこの先にフランドールはいるのだろう。

 

「楽しみだねぇ」

 

 己の好奇心を満たしてくれるであろう、地下室。

 眼前に広がるのは、一寸先の闇。

 深淵を覗いているかのような、邪な空気がこちらに流れ込む。

 良い妖力だ。

 遠くにいるのに、この妖気にあてられて気が昂りそうだ。

 浅く息を吸って意識を整えた後、目を細めて闇の先を幻視する。

 

「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 

 どちらにしても、退屈はしなさそうだ。

 チロリと唇を舐めた私は、結界を通り抜けて地下に続く階段へと進むのだった。

 

 

 

 

 


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