小さな光が飛んでいる。
淡い輝きを放つホタルのようなそれは、
風に乗せられているだけに思えたが、不意に光は規則的な動きで進行方向を変えた。
チカチカと明滅してから暫し、やがて眼下に広がる深紅の館に向かう。
ちょうど、二人の少女が門番らしき存在を倒したところで、堅牢な扉をぶち破っていた。
ゆらゆらと揺れていた光は、彼女達の背後に張りついて一緒に館へと潜入。
意思でも持っているのか、直ぐに天井付近まで飛び上がった光。
光から見える一対の羽を羽ばたかせ、上空から少女達に付いていく。
まるで、人が尾行しているように。
暫くすると、広間の階段から一人のメイドが降りてきた。
なにやら少女達と会話しており、やがて一人の少女がメイドと相対する。
同時に、魔法使いのような格好をした少女が、箒に乗ってどこかへ行ってしまった。
光は迷うように揺れていたが、やがて魔法使いの後を追うのだった。
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「ふぅ……」
慧音から貰った、質の良い緑茶を口に運んでいく。
まったりとしながら、私は
左目に入る光景は、いつも通り現代風である我が家のリビングだ。
対して、右目には一人の少女の背中が見えていた。
服装や箒に乗っている事から、恐らく彼女は霧雨魔理沙だろう。
弾幕はパワーという持論を持っており、気持ちの良い性格をしている少女だ。
ただ、この世界ではどうか知らないが、前世では本を死ぬまで借りようとしたり、色々とイイ性格でもあった。
果たして、この魔理沙の性格はどうなのか。
知らず知らずに笑みを浮かべながら、私は椅子の背もたれに寄りかかる。
「いやぁ、我ながら素晴らしい物を造ってしまった」
魔理沙を追っている光。
これは、私が発明した追跡装置だ。
前世の勇者ゲームを形の参考にしており、便宜上は妖精さんと呼んでいる。
なお、この世界のいたずら好きな妖精とは関係ない。
この妖精さんは私の右目とリンクしていて、こうして離れた場所でも景色を見られるというわけだ。
気分はさながら、防犯カメラを見ている警備員といったところか。
観戦のつまみに饅頭を食べていた私は、この異変を楽しむ気満々であった。
元々、原作である異変に介入するか悩んでいたのだが、あまり首を突っ込むのもどうかも考えたのだ。
これは博麗の巫女である博麗霊夢が解決するべき内容であり、妖怪である私は部外者と言っても過言ではない。
しかし、この幻想郷を揺るがす異変は、退屈を嫌う妖怪の性を持つ私からすれば、非常に魅力的すぎた。
結果、妥協して観戦するだけにしたのだ。
それに、これなら目をつけられる事もないので、ほどほどの平穏を守りたい私の目的とも合致する。
「異変をつまみに飲む酒は最高だね」
と言っても、今飲んでいるのはお茶だが。
しかし、もったいない。
魔理沙達が別れるのはわかっていたので、妖精さんを二匹連れていけば良かった。
リンクを切り替える手間があるが、これならば二場面の弾幕ごっこが見られたのに。
まあ、霊夢達の方は、次の異変の楽しみにでも取っておこう。
「お、図書館か」
妖精さんを伝って視界に広がる、壮大な本の群れ。
それこそ無数の本棚がそびえ立っており、巨峰という単語が脳裏を過ぎった。
本棚をなぞるように飛ばせば、様々なタイトルの背表紙が見える。
私でも読める物から、魔術書らしき怪しい本まで。
大いに好奇心が刺激されていき、思わず私は唇を舐めて身を乗り出す。
「読んでみたいねぇ……」
この異変が終われば、紅魔館に入られるようになるはずだ。
当主であるレミリア・スカーレットは気高いが、こちらが礼を尽くせば無下にはしないだろう。
それに、もしかしたら前世の二次創作であった、俗に言うかりちゅまレミリアかもしれない。
ただ、どちらであったとしても、私に紅魔館を訪れないという選択肢はなかった。
椅子に座り直して饅頭を食べていると、魔理沙が紫の髪の少女と相対する。
「おお、パチュリーか」
まさに魔女だという存在を思わせる、こちらまで伝わる厳かな雰囲気。
長い間、魔法を研究していたからだろう。
湖畔のように静かな双眸からは、飽くなき探究心と深い冷徹さが垣間見えていた。
二人はなにやら話しているが、ここからでは声が上手く拾えない。
近づきすぎると、流石に見つかってしまうだろう。
妖精さんの稼働テストでは、文や慧音に見つからなかった。
そのため、隠密性能等には自信があるが。
魔法はそこまで詳しくないので、別のアプローチで見破られるかもしれない。
付近の本棚の影に妖精さんを隠し、左目を閉じて視界を一つに絞る。
恐らく、始まるのだろう。
東方Projectの花形──弾幕ごっこが。
「おお!」
始まりは、突然だった。
弾けるように離れた両者は、小手調べと言わんばかりに弾幕を撃っていく。
ただの通常弾だが、それでも一定の規則性は見える。
上下左右、そして前後。
三百六十度に広がる色とりどりの弾の群れは、私に大いな感動を与えていた。
前世の東方Projectは、いわゆる2Dの画面だった。
平面でも十分に綺麗な弾幕だったが、眼前で映される立体的な弾幕達は、やはり比べ物にならないほど美しい。
自然と前のめりになりながら、私はこの弾幕ごっこに惹き込まれていく。
魔理沙が一枚のカードを掲げると、出現した星型の弾幕がパチュリーへと駆ける。
まるで、無数の彗星が現れたかのようだ。
スペルカード──弾幕ごっこで使われる、必殺技のような物である。
弾幕ごっこは、このスペルカードが鍵を握っていると言っても過言ではない。
一人一人違う、スペルカードの形。
それこそ人の数ほどあり、またどのスペルカードも美しい弾幕だ。
「これは、写真に撮りたいなぁ」
妖精さんにシャッター機能はないので、残念だが心に焼き付けるしかない。
気落ちする私をよそに、両者は互い互いに弾幕を魅せていく。
魔女らしく、理詰めの動きで回避しているパチュリー。
弾幕一つ掠らせないその手腕は、見事と手放しで褒められるであろう。
暫くすると、魔理沙のスペルカードの効果が切れたのか。
溶けるように弾幕が消え、同時にパチュリーがカードを掲げる。
すると、彼女を中心に炎の渦が巻き起こり、瞬く間に円状に広がっていく。
魔理沙は微かに面食らった表情を浮かべるも、直ぐにニヤリと表情に好戦的な色を宿す。
箒を巧みに操り、炎の津波とも呼ぶべき弾幕を躱している。
弾幕ごっこでは魔理沙に一日の長があるのか、パチュリーよりは幾分か余裕が窺える。
卓越された技術で相手を追い詰める七曜の魔女と、裏打ちされた経験で流れを引き込む普通の魔法使い。
ここに来て、危ういという枕詞がつくが、両者の戦況は均衡を保たれた。
「さて、どっちが勝つかな」
どちらが勝っても、おかしくはないだろう。
粗が目立つ魔理沙が回避し損ねるのか、はたまた攻めきれずパチュリーが落とされるのか。
少し思考を巡らせていたが、直ぐに打ち切る。
こういうのは、考えていても面白くない。
予想をせずに楽しみ、この綺麗な弾幕を噛み締めるべきだ。
急須に追加のお茶を注いでいる間にも、両者は一進一退の攻防を繰り広げていた。
しかし、ここでなにかを掴んだのか。
魔理沙の弾幕を避ける動きが、徐々に鋭利になっていく。
実戦を通して、成長しているのだろう。
魔法使いとして既に完成されている、パチュリー。
対して、魔理沙はまだまだ伸び代が高い。
それこそ、鯉が滝を登って竜になるかのように、恐るべきスピードで強くなっている。
「お、来るか」
焦ってしまったのだろう。
パチュリーの呼吸が微かに乱れ、魔理沙の姿を捉えきれなくなる。
それに慌ててしまい、対応が追いつかなくなっていく悪循環。
ここに来て、弾幕ごっこでの経験値が、勝負の差をつけ始めていた。
パチュリーのスペルカードが終わり、数瞬両者の間を静寂が通る。
紫の魔女が弾幕を放とうとするが、その機先を制するように。
口角を吊り上げた金の魔法使い──魔理沙が、八卦炉を向けて高らかに叫ぶ。
『恋符「マスタースパーク」ッ!』
ここまで伝わるほどの声量。
ビリビリと電撃の如き震えが起き、八卦炉から極太のビームが撃ち出される。
目を見開いたパチュリーが回避しようとするが、動くのには遅すぎた。
自分に迫りくる力溢れる弾幕を見て、足掻く事を諦めたようだ。
ビームに飲み込まれる直前、パチュリーは小さく笑った。
徐々にマスタースパークは収束していき、最後は糸のように細くなって消滅。
消えた弾幕の後には、目を瞑っているパチュリーの姿が現れる。
しかし、気絶してしまっていたのか、ぐらりと身体が傾くと落ちていく。
慌てた様子の魔理沙が飛び、彼女を抱きとめて地面に降り立つ。
魔女達の弾幕ごっこは──魔理沙の勝利で幕を下ろした。
「……」
その様子を最後まで見ていた私は、無意識に握っていた手を開いた。
手のひらは汗に塗れており、多くの手汗をかいていたらしい。
気がつけば、肩にも力が入っていた。
ゆっくりと深呼吸をして、全身から力を抜いていく。
「ふぅ……」
凄い。
これが、弾幕ごっこか。
魅入るというのは、まさにこの事だ。
特に、最後の攻防。
魔理沙がマスタースパークを放つ場面は、思わず手汗を握って興奮した。
弾幕はパワー、という彼女の言葉も頷ける。
あのビームは気持ちいいだろうし、圧倒的な力は胸を震わせた。
「良い物を見せてもらった」
妖精さん越しでここまで感動したのなら、生で見たらもっとヤバいのだろう。
今更だが、私も紅魔館に行けば良かった。
まあ、行ったら行ったで、色々と面倒な事になるのだろうが。
仮定のイフを考えていても、意味がないけど。
「うーん……」
見たい物は見られたので、このままお暇しても問題はない。
霊夢達の方は、今から向かっても間に合わないだろう。
レミリアを一目見ておきたかったが、次の機会まで取っておこう。
とりあえず、妖精さんに指示を出して──
「あ、そうだ」
ふいに閃き、私は帰らせようとした妖精さんの動きを止めた。
レミリアと言えば、忘れてはならない人がいたではないか。
悪魔の妹と呼ばれる、狂気を宿した無邪気な破壊者──フランドール・スカーレットを。
「これは見ておかなきゃ損だよ」
野次馬的思考が働いた私は、ほくそ笑んで紅魔館の地下へと向かわせる。
いる場所は、大まかに見当がついている。
あからさまに厳重な結界が張られており、恐らくこの先にフランドールはいるのだろう。
「楽しみだねぇ」
己の好奇心を満たしてくれるであろう、地下室。
眼前に広がるのは、一寸先の闇。
深淵を覗いているかのような、邪な空気がこちらに流れ込む。
良い妖力だ。
遠くにいるのに、この妖気にあてられて気が昂りそうだ。
浅く息を吸って意識を整えた後、目を細めて闇の先を幻視する。
「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか……」
どちらにしても、退屈はしなさそうだ。
チロリと唇を舐めた私は、結界を通り抜けて地下に続く階段へと進むのだった。