転生河童の日常譚   作:水羊羹

6 / 14
第二章 河童と紅魔館
第六話 意外な訪問者


 紫来訪から、少し日が経ち。

 異変解決後に霊夢達は宴会をしていたが、部外者である私は気を遣って行かなかった。

 ただ、楽しそうな様子は遠目から確認していたので、羨ましくなった私は、文を自宅に呼び出す事にしたのだ。

 何故か文は微妙な顔をしていたが、なんとか承諾を貰えたのである。

 そして、宴会から数日後の現在。

 私達は雑談を交わしている。

 

「いやー、異変も終わったねぇ」

「そうね。あっさりと終わりすぎて、物足りないわ」

「あれ? 文って、異変に肯定的だったっけ?」

「もちろん、新聞のネタになるからに決まっているじゃない」

 

 堂々とそう告げると、文はテーブルにあるせんべいを手に取る。

 普通の醤油せんべいならば、色が茶色だろう。

 しかし、文が手に持っているせんべいは、なんと緑色をしていた。

 口に運ぶのを躊躇っているのか、彼女はなんとも言えない表情で私に目をやる。

 

「どうしたの? 食べないの?」

「いや、あのねぇ……これ、なに?」

「なにって、せんべいだけど」

「私が知っているせんべいは、こんな不気味な色をしてないわ」

「失礼だな!」

 

 これは、私が最近作ったきゅうり味のせんべいだ。

 前世からきゅうりは好きであったが、今生ではソウルフードと呼べるほど、私の好みとなっている。

 私はきゅうり味がしていれば、姿形は問わない。

 だから、こうして試行錯誤して、きゅうりお菓子を開発しているのだ。

 仲間の河童に見せると、このせんべいは邪道だとか憤慨されてしまったが。

 ともかく、私のきゅうりへの愛が、せんべいの新たな境地に至ったのである。

 もちろん、合成着色はしてなく、無添加で身体にも優しい。

 と、文に説明すると、大きなため息が返ってきた。

 

「もうなにも言えないわ」

「なにも言えないのなら、さっさとそのせんべいを食べたまえ! さあさあさあ!」

「わ、わかったわよ……」

 

 私の勢いに圧されたようで、渋々といった様子でせんべいをかじる文。

 もぐもぐと咀嚼してから暫し、目を丸くして驚きを露わにする。

 

「どう? 美味しいでしょ?」

「本当ね。なんで、ただのきゅうり味が美味しいのよ」

「そんなの、きゅうりだからに決まってるじゃん!」

 

 胸を張る私に、文はジト目を向けた。

 表情からは不満が見えており、あまり納得していないのだろう。

 実際は味覚の美味い、と思う部分を刺激しているからなのだが。

 前世であった、アボガドにわさび醤油をつけるとトロの味がする、の原理を参考にしたのだ。

 文の感想を聞く限り、上々で良かった。

 私が食べても美味しいとしか思わないから、こうしたモニターが欲しかったのである。

 ゆくゆくは人里で流行らせ、幻想郷中にきゅうり信者を増やすのが目的だ。

 まあ、半分冗談だが。

 東方胡瓜愛──なんて異変が起こったら、色々な意味で紫が泣いてしまう。

 幻想郷は全てを受け入れるが、流石にこれは残酷過ぎる。

 住人の頭の中が、きゅうりで埋め尽くされてしまうのは。

 

「変な風に笑わないでよ、気味悪い」

「おっと、顔に出ちゃったか。あはは、ごめんごめん」

「まったく……ぶほっ!?」

 

 頭を掻いた私を尻目に、私が用意したお茶を飲む文だったが。

 驚いたようにむせ、目を見開く。

 ある程度予想していた反応だったので、私は一転してニヤリと笑いかける。

 

「どうだい? きゅうり味のお茶は?」

「ごほっ、ごほっ……普通のを飲ませなさい!」

「えー、ダメだった?」

「当たり前よ! 私は河童じゃないんだから」

 

 残念だ。

 今回はハズレだったか。

 いや、いきなりの味で驚いただけだろう。

 見切りをつけるのは、まだ早い。

 数瞬思考を巡らせた私は、文に味の感想を尋ねてみる。

 

「それで、美味しかった?」

「……微妙」

 

 次回までには、文に美味いと思わせるきゅうり茶を作ろう。

 内心で決意を固め直した後、私達はとりとめもない雑談をしていく。

 

「最近どう? 天狗の新聞では、例の異変が取り上げられてたけど」

「どうもこうも、情報が足りないわね。一応、私も触りだけ触れておいたけど、詳しくは実際に取材をしてからよ」

「久しぶりの刺激だから、文も乗り気だねぇ」

「当然。……そういえば」

 

 浮かべていた笑みを消すと、文は私の右目に視線を転じた。

 黒の眼帯を巻いており、現在の私は片目でしか視界が見えない。

 これは、フランドールを見にいった時の代償だ。

 紫に触媒を渡されたとはいえ、義眼を作るのには時間がかかるので、こうして眼帯を身につけて応急処置を施している。

 私が見慣れない装備をしていたから、それが文にとって不思議だったのだろう。

 瞳には並々ならぬ好奇心が宿りはじめ、全身から記者としての顔が露わになっていた。

 表情に友人としての色が消え失せ、代わりに完璧な営業スマイルが貌に乗る。

 

「あやや。みずはさんのその目……詳しい話を伺いたいですねぇ」

 

 見た目は美少女で、笑顔も朗らかで隙がない。

 雰囲気からも真摯な記者と窺え、初見では天狗なのに腰が低いと思えそうだ。

 しかし、観察眼に鋭い大妖怪や、文の本性を知っているごく僅かな者。

 彼等が注意深く意識を尖らせば、彼女の瞳の奥──更に底で潜む中に、こちらを見下す感情を覗く事ができるだろう。

 妖怪としての強い自負を持ち、また天狗として仲間以外を下に見る。

 いや、同じ天狗仲間ですら、文にとってはどうとも思っていないかもしれない。

 彼女にはそれほどの傲慢さがあり、またその鼻につく思考が許されるだけの力があった。

 ほとんどの人に自身の感情を悟らせない、非常に狡猾で世渡りが上手い天狗──それが、射命丸文の本性である。

 まあ、色々と考えたが。

 意外と可愛らしい部分も知っている私からすれば、腹黒天狗もありだと頷けてしまう。

 ……こんな事を考えている私の方が、ある意味傲慢なのかもしれないか。

 思わず苦笑いをした私は、椅子から降りて口を開く。

 

「これは、ちょっとしくじってね」

「ほほぅ。あのみずはさんが、しくじったのですか。これはこれは、妖怪の山で騒ぎになるネタですねぇ。是非とも、その辺の詳細を教えていただきたいですね」

 

 いつの間にかペンとメモ帳を手に取り、興味津々の笑顔で身を乗り出す文。

 ともすれば、パパラッチに見えるような、強引な口調だ。

 しかし、仕草や声色の節々からは、そのような様子を微塵も感じさせない。

 記者として、話を伺う相手を不快にさせないのが文のやり方だ。

 巧みな話術に、自身の恵まれた美貌を活かし、取材対象者から気持ちよく情報をすっぱ抜くのである。

 内心で、容易く話す相手を嘲笑いながら。

 これは私の推測が混ざっているが、あながち間違っていないと思う。

 文と長い間関係を持っていると、自ずとそんな思考が透けてしまうのだ。

 なお、文がそんな風になるのは取材の時だけで、天狗として前に出るのなら、弱い者にはむしろ不遜な態度を見せつけている。

 そうした切り替えの早さも、文の狡猾さゆえだろう。

 

「詳しく知りたいの?」

「ええ、ええ。もちろんですとも」

「と言っても、大した事じゃないよ。異変を見学していたら、こうプチッと右目を潰されただけ」

 

 右手を閉じてそう告げると、文の頬が少し引き攣った。

 ペンでメモしながら、目を細めて言葉を繋ぐ。

 

「みずはさんをして、回避できない攻撃ですか。これは俄然興味が湧いてきました」

「うーん、気になるのはいいけど、直接会うのはやめた方がいいと思うよ」

「何故ですか?」

「文でも危ないから、かなぁ」

「……ほーう。これでも私、幻想郷最速だと自負しているのですが。それなりに強いとも思いますが、それでも危険だと?」

 

 文の細められた瞳に、ちろちろと火が灯る。

 どうやら、自分が下だと思われた事が、私の想像以上にムカついたらしい。

 しかし、相手はあらゆるものを破壊できる吸血鬼だ。

 いくら文でも、戦ったらタダでは済まないと思う。

 

「まあ、負けるとは思ってないけど、最悪相討ちになるかもね」

「そこまで言うほどですか……わかりました。心に留めておきましょう」

「話がわかる友人で、嬉しいよ」

「それで、なくなった右目を隠すために、眼帯をしているというわけですか?」

 

 あっさりと、友達云々のくだりはスルーされた。

 ちょっと悲しいと思ってしまったのは、胸のうちに秘めておこう。

 ともかく、文の言葉に頷いた私は、左手を開いて右目に翳す。

 薬指と小指だけは閉じ、バッと架空のマントを翻す仕草に合わせて言い放つ。

 

「我が名はみずは! 河童随一のきゅうり愛好家にして、義手と義眼を操る者! 私の科学技術は世界一ッ!」

「……うわー、これはないわ」

 

 素に戻った文の言葉に、私は顔全体に熱を持ってしまう。

 せっかくの眼帯なのだから、前世の記憶を使ってノッてみたのだが。

 予想していたより、かなり恥ずかしい。

 厨二的な言動をするには、私の心が汚れすぎていた。

 とはいえ、そもそも私の姿が厨二っぽいので、なにを今更という話なのだが。

 改めて、アクティブに行動してみると、なんというか心に来たのである。

 まあ、意外と楽しかったし、今は妖怪の身なのだ。

 少しぐらい弾けても、問題ないだろう。

 自己弁護しながら平静を装り、コホンと咳払いを一つ。

 

「というわけで、眼帯をしているんだ」

「誤魔化しましたね」

「だから! 今の私は弱体化しちゃったんです!」

「はぁ、そうですか」

「ちょっと、そのニヤニヤはなんなの!? 記者の仮面が剥がれかけてるよ!」

「おお、怖い怖い。みずはさんに睨まれると、怖くて死んでしまいそうです」

 

 か弱い口調とは裏腹に、文の口元はイヤらしく吊り上がっている。

 前世で見た、きめぇ丸のような表情だ。

 正直、ひっじょーに腹が立つ。

 私の身から出た錆とはいえ、その小馬鹿にした流し目はいけない。

 

「くっ……!」

「あやや。怒ってしまいましたか」

 

 肩を竦める素振りが似合っているという、納得がいかない文の態度。

 様々な面に彩るその面持ちは、紫に似た器用さを窺わせる。

 流石は古参の妖怪、といったところか。

 大妖怪らしい雰囲気は全く感じさせないが、文は幻想郷でもトップクラスに強い。

 だからと言って、私が臆する理由にはならないのだが。

 

「そうだ。私と弾幕ごっこしよう。きっと、楽しいよ?」

「これにかこつけてボコしてやる、という浅はかな狙いが見え見えです。

 何故、私がみずはさんの茶番に付き合わなければいけないんでしょうか──と、普段なら返すけど」

 

 皮肉が効いた口調から、天狗としての文が表れていく。

 顔には珍しく好戦的な色を宿し、立ち上がると唇を不敵に歪める。

 

「弾幕ごっこは、体験してみたかったのよね。いいわよ。やりましょうか」

「お、そうこなくっちゃねぇ。手加減なんてしてくれるなよ?」

「するわけないじゃない。貴女が万全じゃないとはいえ、そこで驕るほど落ちぶれちゃいないわ」

 

 バチバチと、文と火花を散らす。

 室内は緊張感で張り詰められ、妖力と妖力がぶつかり合う。

 文の全身から風が吹き、渦巻いて部屋中を駆け抜ける。

 その余波だけで窓が割れそうになっており、文の強さが垣間見えるだろう。

 

「じゃあ、早速外で……うん?」

 

 インターフォンが鳴った。

 こんな良いところで、まさかの来客である。

 それも、インターフォンの使い方を知ってる人が。

 幻想郷にこんな物はないので、尋ね人は自然と私の知り合いだろう。

 文と視線を絡ませ、やがてどちらともなく気を鎮める。

 やる気が失せ、ため息をつく。

 

「やるのは、次の機会にしましょうか」

「そうだね。私は玄関に行ってくる」

「はいはい」

 

 手を振って見送る文を尻目に、私は玄関に向かう。

 まったく、タイミングが悪いのにもほどがある。

 文と戦う機会はなかなかないので、かなり貴重だったのに。

 こうしたじゃれ合いを、幼馴染みとしたかったのだ。

 思わず不機嫌になりながら、勢いよく扉を開けていく。

 

「はいはーい。どちら様──」

 

 途中で言葉に詰まると、私は目を大きく見開いた。

 唖然と固まり、目の前で頭を下げる来訪者を凝視する。

 いつかはここに来るかもしれない、と漠然には思っていたが。

 まさか、こんなに早く相見える事になるとは。

 

「滝涼みずは様ですね」

「そう、だけど」

「我が主が滝涼様をお求めです。今から我が館へ来ていただけないでしょうか」

 

 断定口調で告げた、少女。

 慇懃に頭を上げると、夕陽に反射して輝く銀髪が揺れる。

 見惚れるほどの涼やかな美貌や、吸い込まれそうな怜悧な眼差し等々。

 様々な美辞麗句が頭に浮かぶが、真っ先に脳裏を過ぎったのは──瀟洒なメイド。

 先ほどまで、文と話していた異変の内容。

 そこでの中心となっていた紅魔館で、メイド長を務めているレミリアの満月。

 我が家の訪問者は──十六夜咲夜だった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。