ブラック鎮守府提督のthe unsung war 作:spring snow
「どうしようかしら……」
本来であればすぐにでも助けに来たいところであるが、伊藤からは出撃は厳禁と伝えられている。だが、敵は近海に展開だ。こちらにやってこないとも限らない。
「とにかく電話をしよう!」
叢雲は鎮守府の地下に置かれた通信施設からすぐに伊藤を呼び出すことにした。
すぐに電話がつながり、伊藤の声がする。
「叢雲か、どうした?」
叢雲は事情をかいつまんで説明をして指示を求めた。
「分かった。では赤城、加賀、金剛、比叡、五十鈴、雪風に出撃命令を出しておけ。雪風と五十鈴には対潜装備を、赤城、加賀には艦戦をメインにして航空機を積み、機動部隊の襲来に備えさせよ。金剛、比叡は砲撃戦の準備をさせ、水上艦艇が来たときは撃滅せよと伝えてくれ。それから鎮守府防衛を任務とした長門、陸奥、千歳、千代田、秋月、照月には近海に展開させ、万が一に備えさせよ。他の艦娘たちには避難を指示、鎮守府の近くの山に避難用の防空壕が掘ってあるからそちらに誘導してくれ。優先順位としては高レベルの者からだ」
「え、それじゃあ、万が一、哨戒網から漏れた敵が来た場合はどうするの!」
「戦争中なんだ。誰もが皆平等に助けようとしたら貴重な戦力を失うことになる。この命令は提督命令だと全軍に伝え聞かない艦娘は無理矢理連れて行け」
「……」
「叢雲、おまえは提督の代理だ。返事は了解しか許されない」
「……了解」
そう言って叢雲はすぐに電話を切り震える手で近くの放送機の電源を入れた。
そして今、伝えられた命令をそのまま復唱し、叢雲は避難の誘導に当たることにした。
幸いなことに敵はそれほど大規模な部隊ではなく、輸送船こそ救助は間に合わなかったものの、要救助者の救助、および近海の深海棲艦の掃討は無事完了する。
深海棲艦を撃退できたことは喜ばしいことであったが、伊藤の決断を聞いた艦娘たちは、いきり立った。優先順位を決められることはやむを得ないといえども、気分的に良くないことは当然であろう。
そんな中、彼は鎮守府へと帰還した。
「どうだった、深海棲艦の攻撃以外に大事ないか?」
伊藤の開口一番の言葉はそれであった。
「……」
叢雲は評判が下がっていることを知っていたためにそれを言うべきか迷ったのだ。
「どうした? はっきり言え」
「あんたの評判が悪くなってきているわ」
思い切って打ち明けてみるが、彼は何も言わず執務室へと向かう。
「な、何よ? 言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「留守の間ご苦労だったな。大変ではあったと思うがよくぞやってくれた」
彼はそう言って彼女に一つの紙袋を渡す。中身を見て彼女は驚いた。なかなか手に入らないことで有名な間宮羊羹だ。
「評判を悪くしたことに対して何かないの?」
その好意故に余計に彼女は罪悪感を感じる。彼はそこまで信頼して任せてくれたにも関わらず、自分は評判を下げることしかできなかった。
「おまえは俺の指示に従い動いた上で、鎮守府を運営して見せた。さらに有事の際には的確な避難誘導を行い、被害を全く出さなかった。ちゃんと与えられた任務をしっかりとこなしている。それを果たせれば軍人として十分だ」
叢雲はその言葉を聞いて安堵と嬉しさの念が沸いてきた。
彼女ら艦娘を兵器ではなく、軍人と呼び人間扱いしたのだ。
「まあ、仕方がないわね。もらってあげる」
嬉しい表情を出さないようにしながら間宮羊羹を手に持って帰ろうとしたが、ふと途中で止まり、彼女が再び戻ってきた。
「一人で食べるのも良いけど、つまらないわ。特別にあんたにも分けてあげる」
そう言いながら彼の返事を待たずに、彼女は隣のキッチンへと向かった。
彼女がキッチンで作業している間に伊藤は鎮守府であったことを思い出していた。
「伊藤君、君は先の作戦ではよくやってくれた」
「ありがとうございます、閣下。他の提督や艦娘たちが頑張ってくれたおかげでござます」
「無論、君が艦娘を失ったことは聞いておる。だが、これは我が国の存亡をかけた一戦であったのだ。どうか彼女ら、そして君にも許してほしい」
「大丈夫です。分かっておりますので」
「その言葉を聞いて安心した。ところでだが君に新しい作戦について伝えたいと思う」
「何でしょうか?」
「深海棲艦への新たな反攻作戦だ。君にはその総指揮を執ってもらいたい」
「私が、ですか?」
「ああ。これは君にしかできないことだと思っている」
「しかし、先の戦闘で我が鎮守府の艦娘たちの心は私から離れております。おそらく厳しい任務になれば最悪言うことを聞かなくなるでしょう」
「どうにか頼めないか?」
「少し考えさせていただきたいです。猶予はいつまでですか?」
「来年の春には作戦を開始する。故に今月中に答えはほしい」
「分かりました」
伊藤はその後すぐにある場所に向かった。
そして……。
「あんた、お茶が入ったわ」
気づけば目の前に叢雲の顔があった。
「あ、悪い」
そう言いながら彼はお茶を一すすりする。
「何、疲れてんじゃないの?」
「いや、別に」
「ふ~ん。さ、羊羹食べましょう」
そう言って彼女は二切れ取ってそれぞれの皿に置いた。
「「いただきます」」
二人はそう言って羊羹をほおばった。
「あ、おいしい」
「旨いな」
二人とも間宮羊羹の味に舌鼓を打つ。口の中にいれた瞬間、羊羹がとろけるように消えて甘すぎない味が口いっぱいに広がるのだ。
二人とも瞬く間に食べ終わり、お茶を飲んで一休みした。
「ねえ、疲れてるんなら、特別にあれしてあげる」
「あれ、あれって何だ?」
「あれはあれよ!」
そう言いながら軽く頬を染めて膝をたたく。
「ああ。膝枕か?」
「ええ。特別にやってあげるわ」
「別に良いよ。おまえも疲れてるだろう。早く部屋に行って休みな」
「良いって言ってるでしょう! あんたは私が良いと言ったらそれに従えば良いの!」
なぜかキレながら、伊藤の頭をつかみ無理矢理膝枕をした。
「ど、どう?」
「気持ちいい」
「ば、バッカじゃないの!」
ふんっと鼻を鳴らしながら彼女はそっぽを向いた。その頬は明らかに先ほどより染まっている。
「ありがとう、叢雲」
伊藤が軽く微笑みながら叢雲にお礼を言って眠りに落ちていった。
叢雲はその笑顔を意外に思う。何せ普段はほとんど無表情で感情を表に出さない彼が微笑んだのだ。
「たまには私にもその苦労を背負わせなさいよ。この馬鹿」
今度の馬鹿は少し優しい語調の馬鹿であった。