ブラック鎮守府提督のthe unsung war 作:spring snow
「ねえ、赤城さん?」
「何?」
「最近、提督の悪口を言う艦娘が多くなったわね」
「……ええ。最近はかなり厳しくなりましたから。以前であれば、演習でミスをして戦術的敗北でも怒らなかったのに、最近ではA勝利ですら怒るようになってしまったからね」
「おかしいと思わない?」
「最近の提督は何かにとりつかれたかのように急いでいるように感じるわ。彼の雰囲気の変貌に皆、戸惑っているのよ」
「戸惑っているだけであれば良いんだけれども……」
「何かあったの?」
「……いえ、何でもないわ」
冬に向けて時間が流れていく中で鎮守府内にも寒い風が吹き始めていた。
伊藤は最後の書類を仕上げて、万年筆を横に置いた。
「これで終わりだ」
彼が仕上げていたのは大本営への作戦考案資料だ。彼は自分の考えていた全ての策をここに詰め込み、大本営に届けるのだ。
「これを大本営へ」
待機していた連絡要員にその手紙を渡し、見送る。
連絡要員と会うのも最後になるであろう。既に大本営の方には事の次第は伝えてある。彼らもギリギリまでどうにかならないかと食い下がっていたが、こちらの用件を飲むとの約束の下で引き受けた任務であったので渋々納得しもらうことには成功した。
「もうすぐ冬が来るな……」
冬は彼にとって好きな季節だ。
確かに草木は枯れ、寂しくはなる季節だがその中でも強く生きていく生き物の姿が何よりも好きであった。
「さて、戻るか」
彼は静かに執務室へと戻っていった。
やがて年も明けて一月も終りの頃。
伊藤も最近では厳しさも収まりはじめ、徐々に艦娘たちも日常の雰囲気を取り戻しつつあった。そんな中、ついに反攻作戦が始まる旨が全艦娘に伝わった。
今回の作戦目標は深海棲艦の本拠地であるハワイを奪取するための大きな足がかりとなるグアム島周辺の海域の奪還だ。
無論、重要拠点と言うこともあり、深海棲艦の防衛網は前回とは比較にならない。そのため、今回も轟沈艦が多く出ると考えられていた。
この作戦は前回とは異なり、まず最初に基地航空隊が敵に総攻撃をしかけ怯んでいる隙に、全艦娘が一点に中心への突破を目指す作戦である。
当然、真っ正面からの攻撃のため小細工などは効かない文字通り実力勝負の戦いだ。
「今度の戦闘は厳しいものになるのよね?」
叢雲は伊藤に尋ねる。
「無論だ。今までのものも楽なモノではなかったがな」
「ええ、そうね」
「怖いか?」
「ええ。怖いわよ。正直戦いたくない。でもそれを言ってしまえば、誰がこの場所を守るの?」
「誰もいないな」
「そう。だから逃げることはできない。いや、したくはないの」
「……」
伊藤はしばらく黙っていたがやがて立ち上がった。
「着いてこい」
叢雲に言った。
彼が歩いて行った先にあったのは工廠だ。叢雲も普段はあまり顔を出すこともなく、久しぶりに来た。
「ここに何かあるの?」
「……」
彼はいつものように何も答えず中に入っていく。
中は思った以上に活気にあふれていた。工廠にいる妖精さんたちが忙しそうにあちこちを走り回り、何かを運んでいたり作っていたりする。
だが、彼らは誰もが伊藤の顔を見ると最敬礼をして丁重に迎えている。
「ねえ、あんた普段ここに何かしてるの?」
「……」
やはり何も答えない。
彼はそれらに手で応答しながら、奥へ奥へと進んでいく。そしてやがてある妖精さんのところへとたどり着いた。その妖精さんは以前、伊藤が執務室へと連れてきていた工廠長であった。
「ご苦労」
「伊藤閣下、お疲れ様です」
「うむ。悪いが例の妖精を呼んできてもらえないか?」
「え。今ですか?」
後ろにいる叢雲を見て思わず言った。
「ああ。今だ」
「……分かりました」
伊藤の目をしばらく見つめ、何か感じ取ったのか頷き工廠のどこかへと消えた。
数分後、彼は一人の妖精さんを連れてきた。頭にはちまきを巻き、腕組みをした職人のような風貌の妖精さんだ。
「ありがとう」
伊藤は礼を言ってその妖精さんの前に屈み、優しくつかんで手のひらにのせ叢雲の前に運んできた。
「これはある特殊な妖精さんだ。何もなのかは教えられない。おまえは次回の作戦の際にこれを乗せていってもらう」
「え! 装備を削って妖精さんを乗せるの!」
通常、艦娘というのは定数の妖精さんしか乗せられないようにできており、それ以上乗せる場合は武装を外さねばならない。
「ああ。そうだ」
「でも、敵と戦う最前線よ!」
叢雲の言わんとしていることは伊藤にも理解できている。深海棲艦の強力な部隊と戦うのだ。彼女としてはよく分からない妖精さんを乗せるよりも武装を積んだ方が安心できるであろう。
「頼む。叢雲」
彼はいつになく真剣な表情で言って頭を下げた。伊藤が頭を下げることなど初めて見た叢雲は思わず、頭を上げさせた。
「何でこの妖精さんを乗せようと必死なの? 妙じゃない?」
「それは悪いが言えない。ただ、彼女を積んでいってほしい。これは提督としての命令ではなく、伊藤一仁という一人の人間としてもお願いだ」
「……分かったわ」
彼の勢いに押され頷いた叢雲。何となくだが、彼女にはそれが伊藤のある決意の表れにも見えた。その決意が何であったのかはうかがい知ることはできない。ただ、何となく彼女は嫌な予感がした。